アサルトリリィPARABELLUM   作:苗陽さんガチ恋勢

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思い出


Paracelsus Complex編
19 ハマカンザシ ──Armeria── 旧友、その一


 

 

 江戸川・C・昭仁(あきひと)は、元防衛軍マディックである。

 セカンドネームはチャーリー。往年の海外俳優から取った名前らしいが、おかげで名前をローマ字表記で略すとACEとも読めてしまい、学生時代にはよくからかわれた。今となっては良い思い出だ。

 スキラー数値は32と、男性マディックとしては平均的な数値で、身体能力も同様だったものの、戦術への理解度については一つ頭抜けており、とある部隊のリーダーを務めた経験もある。

 しかし、防衛軍を不名誉除隊された今、彼はモルモットとして扱われていた。

 

 

『ミドル級撃破を確認。状況終了。デヴァイサーには洗浄処理を』

 

 

 無線機から感情の伴わない女性の声が届き、ついで、水をぶっかけられた……という表現は優しいか。

 寒空のもと、高圧で放出されるそれは、まとわりつくヒュージの体液を洗い流すためか、痛みを伴うほど強い。ヘルメットが無かったら目にダメージを受けるレベルだ。

 もう冬が近いんすけど。せめてぬるま湯にしてもらえませんかねぇ?

 と、声高に叫ぶのも、億劫だった。

 

 

「……クソ」

 

 

 ようやく口を開けるくらいに水圧が緩むと、異形のCHARMを取り上げられ、タオルを一枚放り投げられて、小銃を突きつけられながら輸送車へ押し込まれる。

 中には、江戸川と同じく濡れそぼった、一人の少年の姿。

 

 

「やあやあ、若人。お互い、今日も生き延びられて何よりっすなー」

「……ああ、江戸川さん。はい、どうにか……。こんな所で、死ねませんから……」

 

 

 ひどく疲れた顔の彼は、本当ならこんな扱いを受けるはずのない、いわゆる上級国民的な立場の存在だった。

 が、甲州撤退戦のあおりを受けて両親の会社が倒産し、同時期に“目覚めてしまった”スキラー数値を理由に、モルモットとして身を売ったらしい。

 少年は江戸川を覚えていないようだが、江戸川の居た部隊こそが、甲州撤退戦で彼を助けた。

 自分達で助けたはずの人間が、こんな状況に陥っているという事実は、心を落ち込ませるに十分だった。

 

 

「そうだ……。吉村達の仇を取るまでは、死ねないんだ……。俺のせいなんだから……俺が……俺が……俺が……」

「悪いんだけど、その辺で止めといてくれる? お兄さん今、青少年の悩み相談を受け付けてる余裕ないんだわ」

「……すみません……」

「さっさと体拭いとけー。しっかり疲労を抜けなきゃ、明日にでも死ぬかもよー」

 

 

 突き放すように言うと、少年は素直にタオルで体を拭き始める。

 馴れ合ってはいけない。

 関係性は掴まれているだろうが、下手に勘ぐられては面倒だ。

 

 

(……アンタらはいいっすねぇ。呆気なく逝っちまってさ……)

 

 

 不意に、昔の事を思い出す。

 昔と言っても、たったの数ヶ月ほど前だが、もう遠い昔に感じる。

 無事に終えられそうだったはずの甲州撤退戦の支援任務。

 その最中、極秘任務に駆り出された同僚が二名──幾度となく共に戦場を駆けた年嵩のマギウスと、その相棒のチャラ男が死亡した。

 なんの説明もされない事に不満と憤りを覚え、「脱走しようとしてヒュージに食われた間抜け」と揶揄した兵士達を半殺し……いや、七割殺ししてしまった。

 

 一度は投獄されたが、兵士達の素行が悪く、今までの功績から不名誉除隊に落ち着いたのは、上層部の温情と、事なかれ主義も幸いしたのだろう。

 そこからは、坂道を転がり落ちるような転落人生。無職からのホームレスを経てモルモット落ち。

 己の不幸を呪うしかなかった。

 

 実験場である廃墟群を出発した輸送車は、山間のデコボコ道を抜けて、密かに新設された実験施設へと戻る。

 各種センサーを取り付けた大仰なゲートを潜った……かと思えば、激しく警報が鳴り響く。

 

 

「ちっ、またかい」

 

 

 しかし、誰も慌てた様子が無い。誤作動だと知っているからである。

 一週間と少し前から、正面ゲートを潜る度に別の場所で警報が鳴り、慌てて警備員が向かうも異常無し、という事が続いていた。

 今では誰もがウンザリしているらしく、輸送車の運転手すら「うるせぇな」とボヤいている。

 

 

(ろくでもねぇ研究してる癖に、予算はねぇのか? 警報装置くらい取り替えろっての)

 

 

 この実験施設では、人を人とも思わない、倫理に悖る研究がなされている。

 であれば警戒は怠らず、侵入者があればサーチ・アンド・デストロイな対応が普通だと思うのだが、そういった危険な雰囲気はあまり感じない。

 どうにもチグハグだ。

 

 ともあれ、輸送車はそのまま実験施設内部へ進み、また小銃を突きつけられつつ、割り当てられた独房(へや)に押し込められた。

 シャワーくらい浴びたいものだが、そんな気遣いは期待するだけ無駄だった。

 キチンと三食、食事を出されるだけマシかも知れない。

 

 

(……ん?)

 

 

 ベッドの上で、何気なく、食事のトレイに乗せられたロールパンを齧る。すると、硬い物が口の中に残った。

 舌で形を確かめるが、細く丸い棒状の何か……という事までしか分からなかった。

 監視カメラに映らないよう、鼻をほじるようにして口元を隠し、手に吐き出したそれをシーツの中に隠す。

 そして、いつものように食事を終え、いつものようにさっさとシーツに包まる。

 常夜灯を頼りに、目を凝らして棒状の何かを確かめると、それは丸めたメモ用紙だった。

 もちろん、白紙であるはずもなく……。

 

 

(嘘だろおい。こいつを知ってるのは、あの夜、甲州に居たメンバーだけじゃ……。それに、この字の癖は……)

 

 

 そこに書かれた文字列を確かめた瞬間、江戸川の体に震えが走った。

 気ぃつけろ。土産よろ。ついでにエロ本。

 全く意味の通じない単語の羅列は、あの日を共に過ごした仲間しか知らないはずの言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ……。しんど……」

 

 

 実験施設から遠く離れた森の中、サブスキル・ステルスを解除した俺は、大きく息をついた。

 体を締め付けるようなスニーキングスーツが、酷く息苦しい。フルフェイスのヘルメットのせいもあるか。

 時刻は夜。新月のおかげで誰も姿を見る事は敵わないだろうが、油断はしない。

 

 静かに、けれど可能な限り早く移動し、奴等の実験場とは違う廃墟群へ。

 建物内を地下へと向かえば、敵陣地から一足先に戻った、小さな影が出迎えてくれた。

 俺と同じような、黒いスーツ姿のオットーさんだ。

 

 

「無事に戻られて何よりです、おじ様」

「なんとか……。サブスキルと義肢があって助かった」

 

 

 ヘルメットを外し、今度こそ大きく深呼吸。少しだけ警戒を緩める。

 つい先程、俺はCHARMの違法研究が行われている研究施設へと侵入。中に囚われている、ある人物との接触を図った。

 何日も前から“仕込み”を済ませ、新しく安定化させたサブスキル・ステルスの恩恵があったとしても、やはり緊張を禁じえなかった。

 ステルスの効果は、文字通りのステルス効果だ。対象の意識を逸らし、自分を認識させず、誤認させる事も可能となる。

 だが、逸らせるのはあくまで生き物の意識。機械に対するステルス効果は無く、監視カメラには映ってしまうので、色んな意味で肝を冷やした。

 

 今回の侵入は二度目で、一度目では監視カメラの位置の確認、当たりをつけていた捕虜収容棟の調査、そこへ出入りする人員の行動パターンを把握した。

 その時の情報を元に、ステルスとインビジブルワンを併用して侵入。実験の直後に必ず出される食事へと、メッセージを紛れ込ませたのだ。

 防衛軍時代、戦場に部隊ごと取り残されて、ヒュージから隠れ回って生き延びた経験があるが、こんな所でそれが活きるとは思わなかった。

 

 

「件の人物と接触は出来ましたか?」

「一応ね。戦場での反応を見る限り、連中に毒されてはいないはずだ。かと言って、協力してくれるかは分からんけど……」

 

 

 オットーさんが言う件の人物とは、実は俺の旧知の人物である。

 元防衛軍マディックで、甲州撤退戦まで同じ隊に居た、江戸川・C・昭仁。

 あの日……。

 初めてロスヴァイセの特務を知った日、義父上から彼の存在を知らされた。俺が協力を躊躇した場合も、この情報を出すつもりだったらしい。

 ようするに、俺に選択権があったように思わせたのは建前で、参加するのは決定事項だったのだ。

 無意味に思える事は、しかし政治的には必要だったのだろう。悲しいかな、百合ヶ丘も一枚岩ではないらしい。

 

 研究者がデヴァイサーと呼ぶ人員は二名。

 機械的な配膳を繰り返していたため、ほぼ確実に江戸川に直接メッセージが伝わるだろう。

 なんらかの事情で、今日に限って配膳のルーティーンが変わっていた場合は……半々か。仮に俺達の存在がバレたら、警戒が強まり、撤退するしかなくなる。

 最悪の場合、この施設を放棄されて、足取りを負えなくなる可能性もある。

 

 おそらくこの特務の成否が、百合ヶ丘から俺への試金石、あるいは分水嶺。

 姿こそ見えないけれど、俺を監視するために専門のリリィも派遣されている可能性がある。特務に関係なく、“マズい”事態に陥った場合、処理をするための。

 こういった事情から、完全には警戒を緩められない、常に気を張る日々が続いていた。

 

 

(防衛軍時代を思い出すよな、このブラック加減。ま、可愛い女の子が隣に居るだけマシだけど)

 

 

 疲れているのは確かだが、美少女が労ってくれるというだけで、かなり気持ちが安らぐ。男って本当に単純で馬鹿である。そう思わなきゃ、やってられん。

 しかし、出迎えてくれる美少女は、もう一人居るはずなのだが……?

 

 

「ところで、石上さんは?」

「碧乙さんなら今……」

「ただいま戻りました〜!」

 

 

 噂をすれば影。

 背後からの元気な声に振り向くと、カーディガンの上から黒いコートを羽織る、ロングヘア美少女が立っていた。手にはビニール袋を提げている。

 烏の濡れ羽、というのだろうか。光の具合いで青み掛かって見える黒髪が印象的な、中等部の子だ。

 

 

「お帰りなさい、碧乙さん。でも、少し元気が良すぎるわ。潜入任務中なのを忘れずに、ね?」

「あっ、ご、ごめんなさい……。百合ヶ丘の外に出るのって久しぶりで、はしゃいじゃいました……。本当にごめんなさいです……」

 

 

 先程までの元気はどこへやら、オットーさんに注意されてシュンとしてしまう。

 ちょっと浮き沈みの激しい性格が難点だが、将来的にはロスヴァイセ入隊が決まっている、ファンタズムの使い手である。

 ロスヴァイセの構成メンバーは全員が強化リリィ──ブーステッドリリィらしい。

 オットーさんも石上さんも、詳しい経緯までは知らないが、G.E.H.E.N.A.の実験を受けたようだ。

 

 

「えっと、おじ様もお帰りなさいです! 夕飯買って来ました! といってもコンビニご飯ですけど……」

「十分だよ。ありがとう、石上さん」

「いえいえ。こんな事くらいでしか、お役に立てませんから。馬車馬の如く使って下さい!」

「き、気持ちだけ受け取っておくよ……」

 

 

 そんな彼女達に下される特務とは、同じ強化リリィの救出が主とされる。

 この実験施設にも、数人の強化リリィが囚われていると見られ、その足掛かりとして江戸川との接触が図られたのだ。

 本当ならば、ロスヴァイセに属するリリィ全員で事に当たるのだが、優先事項の極めて高い案件が発生しているとの事で、少ない人員を更に割き、二つの作戦を同時進行している……というのが現状である。

 

 もっとも、こちらは人数が少な過ぎるので、与えられた任務内容は内偵のみ。

 行われている実験の詳細や、救出対象の特定を可能な限り行い、続く作戦行動の展開をサポートするのだ。

 直接戦闘こそ無い(バレたらその限りでは無い)ものの、地味で危険で、しかし重要な任務。

 無事に達成するためにも、まずは腹ごしらえを済ませなければ。

 そう思い、石上さんから唐揚げ弁当を受け取るのだけれど、その上には、しっとりと濡れた紙切れが張り付いていた。

 

 

「ん? なんだい、これ」

「あ、それは……」

 

 

 あっちゃあ……という感じで表情を曇らせる石上さん。忘れてたっぽい。

 事情を聞こうにも、立ったままでは宜しくないので、防音処理のされた地下室へ。

 打ちっぱなしのコンクリート壁の中、とりあえず用意された簡易テーブルに着くと、彼女は肩身の狭い様子で説明し始めた。

 

 

「じ、実は、お弁当を買ったコンビニの店員さんに、連絡先を渡されて……」

「……何だって?」

「碧乙さん。そのコンビニ、利用するのは何度目かしら」

「さ、三度目、です……」

「……買い出しをする時には、可能な限り同じ店舗は避けるように、と言っておいたと思うのだけれど?」

「ごごごごごめんなさいぃっ! あの、えと、お、オマケしてくれるっていうので、費用の節約になるかなぁと思ってぇ……」

「……はぁぁ……」

 

 

 アワアワする石上さんに、オットーさんが深〜く溜め息をつく。

 今回、任務のサポート役として抜擢された石上さんは、リリィとしての戦闘能力、並びにファンタズム保有者特有の危機察知能力を買われたらしいが、実戦経験はまだ少ないのだとか。

 正直、もっと別の現場で経験を積ませてからでないと、こういった潜入任務は無理だと思うんだが、ロスヴァイセの管理を務めるシェリス・ヤコブセン教導官は止めなかったのだろうか?

 色々と腑に落ちない。

 

 

「とにかくだ、石上さん。そのコンビニにはもう行っちゃ駄目だよ。その男は要注意人物だ」

「え? でも……ぉ、女の人、だったんですけど……?」

「………………その女の人は要注意人物だ。分かったね」

「は、はい……」

 

 

 別に同性愛をどうたらこうたら言うつもりはないが、コンビニ店員が女子中学生に連絡先を押し付けるとか、なんつー時代だ。任務中じゃなかったら即通報してやんのに。

 石上さん、見た目は大人しそうな清楚系だし、やっぱり慣れない街を一人歩きさせるなんてよくない。

 これ以上、悪い虫が寄りつかないように対処しないと、任務の成否にも関わるだろう。

 

 

「やっぱり、買い出しは俺──おじさんが行くべきじゃないかな。少なくとも、君達よりは目立たないだろうし」

「もっともな御意見ですが、おじ様を一人で行動させる訳には参りません。どんな危険があるやも知れませんから」

「なら、君が一緒に来るかい? 三分で職質されるぞ、きっと」

「……そう、かも知れませんが……」

 

 

 至極真っ当な指摘に、オットーさんは苦い顔だ。

 俺が知っているリリィは全員が美少女だが、その例に漏れず、オットーさんも美少女だ。

 垢抜けた……と言うより、恐ろしく洗練された容姿は、ビスクドールにも通じる美しさで悪目立ちする。

 そんな美少女と冴えないおっさんが並んで歩いていたら、それこそ事案で即通報である。

 でも、一回くらい「そんな事ありませんよ」と否定してくれてもバチは当たらないんじゃないかな? 自分で言った事だけど、あんまりすぐ頷かれちゃうと傷つくよ?

 

 

「分かりました。碧乙さん」

「はいっ」

「今後の買い出しは、おじ様と一緒に行って来なさい。いいわね?」

「……はい。すみません、一人じゃ買い出しも出来なくて……」

「違うの、言い方が悪かったわね。貴方にお願いするのは、おじ様の護衛。

 碧乙さんなら、わたしが側につくよりも自然でしょう。貴方になら出来るわ。お願いね」

「……はい! 全力を尽くす所存です! 粉骨砕身です!」

「それは、ちょっと気負い過ぎかしら……?」

 

 

 割り箸を手に「ふんす!」と鼻息荒くガッツポーズする石上さん。

 またも苦笑いのオットーさんだったが、それはどこか、楽しげな雰囲気も感じさせた。

 彼女達が無事に百合ヶ丘へと帰れるよう。

 そして、“手を汚す”必要の無いよう、この任務、必ず成功させなくては。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旧友からの物らしいメッセージを受け取ってから数日後。

 江戸川は再び、輸送車の中へ押し込まれていた。

 

 

(……生きてた、んだよな。あの人。いや、どっちも生きてるって可能性もあるのか)

 

 

 四つに千切って飲み込み、消化する事で証拠隠滅したあのメッセージには、本当にあれだけしか書かれていなかった。

 しかも、筆跡には非常に見覚えがあり、それが確かならば、あのメッセージを書いたのは死亡したはずのマギウス、という事になる。

 助けてくれるのかも、その手段があるのかも分からないが、とにかく外部に江戸川の存在を知る者が居て、接触するだけの手段を持っている事は理解できた。

 

 研究者達は、例の実験用CHARMの使い手をデヴァイサーと呼ぶも、その管理体制は“材料”と比べて雑。管理する棟さえ違う。

 外部から協力を得られるなら、逃げられる。

 自分だけなら、助かる可能性はもっと高くなる。

 ……けれど。

 

 

「逃げてどうすんのかね……」

「……どうかしましたか、江戸川さん」

「なんでもねぇっすよー。ただの独り言ー」

 

 

 どれだけ考えても、こちらから外部に接触できない限り、意味はない。

 行き当たりばったりな脱走が上手く行くはずなんて、ないのだから。

 今はまだ、待つべきだ。

 待って、待って、好機が訪れたら……動く。そうすれば、このクソったれな状況から、抜け出せる。

 江戸川がそう結論付けた瞬間、輸送車が停まった。

 

 

「降りろ」

 

 

 後部ドアが開け放たれ、お決まりの小銃でエスコートされる。

 もはや自宅の庭よりも馴染みのある廃墟群だ。

 車から離れた場所に小さなコンテナが二つあり、江戸川と少年がそれに近づくと、自動的に中身が露わとなる。

 

 赤黒い、異形のCHARM。仮称「ナラナリ」。

 長剣の形はしているが、第一世代CHARMである零式・御蓋を元に構成されたというそれは、生き物の様だった。

 マギクリスタルコアは縦に裂けた目玉にも見え、そこから刀身に這うケーブルが、血管の如く脈動している。

 柄に手を伸ばせば、ケーブルは腕へも絡みつき、否応なくマギを吸い上げる。

 江戸川達を、立ち眩みのような不快感が襲った。

 

 

『これより戦闘実験46を開始する。標的はラージ級一体。デヴァイサーA、B、共にステータスは平常』

 

 

 しかし、周囲の研究員は気にも留めず、女性の声が事務的に実験の開始を告げる。

 途端、正面の廃ビルが爆ぜた。

 

 

(ラージ級つったか? おいおいおい、今までミディアム級までだったろ!? ってかどうやって!?)

 

 

 コンクリートの残骸と共に姿を現したのは、全高5mはあろう巨体を揺らす、手足の生えたトゲ達磨のようなヒュージ。

 人は外見で判断してはいけないが、ヒュージはその外見で能力をある程度なら判別できる。

 恐らく、近距離戦が得意な防御特化型。動きは鈍重でもパワーがありそうで、丸みを帯びた棘皮に攻撃を弾かれそうだ。

 近接攻撃一辺倒なこちらと、相性が良い相手とは言えない。

 

 

「ヤバいな……。なぁ若人、まずは様子見──」

「……ぅうあああああっ!」

「なっ、おい! 突出す……クソッタレがっ」

 

 

 突如として、少年がCHARM──ナラナリを振りかざし突貫する。

 踏み込みで地面を砕くほど、尋常ならざるマギの高まり。

 間違いなく、何かのスキルを“発動させられている”。

 

 

「殺す、殺す、殺す、殺す殺すころすコロスッ!」

「落ち着けって! 背中がガラ空きだぞ! ──っく!?」

 

 

 可視化するほどに凝縮された、赤黒いマギを伴った少年の攻撃は、江戸川が硬そうと評した棘皮を容易く……否、無理矢理に引き裂く。

 ラージ級が吠え、トゲだらけの腕をデタラメに振り回すが、少年に避ける素振りは見られない。

 仕方なく江戸川が間に入って庇うも、見た目に相応しただけのダメージを受けてしまった。

 そんな中、通信機がまた女性の声を発する。

 

 

『狂乱の(しきみ)、覚醒を検知。戦闘能力、並びに戦意向上、軽度の精神汚染を認める。実験継続』

 

 

 狂乱の闘。

 ルナティックトランサーのサブスキルであり、戦闘力と引き換えに狂気をもたらす。

 デヴァイサーにはスキルを持たない者が選ばれるようなので、これは少年の保有スキルではなく、少年の持つ「ナラナリ」が保有するスキル。

 そう。ナラナリのマギクリスタルコアとなった、少女(リリィ)の。

 

 

(クズ共が……っ! 一人くらい誤爆に見せかけてブッ殺……いやっ、若人の援護が先!)

 

 

 このままでは少年も江戸川自身も死ぬ。

 そうなったら新しいデヴァイサーが用意され、新しいナラナリも作られてしまう。

 これ以上の犠牲者は出したくないし、何よりまだ死にたくない。

 江戸川は生き延びるために怒りを押さえ込み、少年への攻撃を捌きながら戦略を練る。

 

 利用できる地形。攻撃を凌ぐための遮蔽物。身を隠せる死角。

 それ等を必死に探していると、ラージ級の足元のコンクリートが、大きくヒビ割れて沈みかけている事に気付いた。

 

 

(予想通りなら、使える。まだ運は尽きちゃいないってか)

 

 

 一つのプランが浮かび、実現するための算段も弾き出される。

 上手くいけばラージ級に隙を作りだし、大きなダメージを与えられるだろう。

 失敗しても、一息つく程度の時間は稼げる。やって損は無い。

 

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!」

「うるっせぇんすよガキンチョめっ!」

「ぐがっ」

 

 

 相変わらず狂乱する少年を蹴っ飛ばし、無理やり攻撃範囲から追いやる。

 そして江戸川も、自分用のナラナリからサブスキルを引き出し、十数歩の距離を一瞬で離す。

 

 

(全く、インビジブルワン様々だぁね。アンタがあれだけ戦えてたのも納得ってなもんですわ)

 

 

 ふと懐かしい顔が思い出され、ヘルメットの下で笑ってしまう。

 いつも自信なさげで余裕が無く、自分の弱さを常に恥じているようなマギウスだったが、だからこそ共に戦う甲斐もあった。

 そして今、江戸川は“彼”と同じような立場に居る。“彼”の戦い方を見ていたから、生き延びられていたと言える。

 不思議と、気が楽になった。

 

 

「──ふっ!」

 

 

 再びサブスキルを引き出し、急接近。唸り声のような駆動音を放つナラナリを上段に、ラージ級ではなくコンクリート目掛けて振り下ろす。

 もちろんラージ級にダメージなんて与えられないが、振り下ろされるトゲの拳を避けつつ、同じ事を数回も繰り返せば、やがてラージ級の重量に耐え切れず、大きく陥没した。

 といっても二~三m程だけれど、とりあえず機動力は激減した。

 二人掛かりでタコ殴りできれば、いかにラージ級といえども倒せるだろう。

 江戸川は少年を蹴っ飛ばした方を向き──

 

 

「よしっ、後は二人で──うぉ!?」

 

 

 突き出されたナラナリの切っ先を、反射的に自分のナラナリで防ぐ。

 江戸川の見る少年の瞳は、ヘルメットのバイザー越しでも、赤く、ゆらゆらと発光している。

 

 

「ゔゔゔゔ……っ!」

「くっ……見境無しかい? さっきのは助けたんですけどもね!」

「がぁぁあああっ!」

 

 

 少年にとって、もう江戸川は攻撃対象らしく、一切の手加減無しにナラナリが振るわれた。

 技術もへったくれも無い、ただ強く速いだけの攻撃だったが、それ故に防御の上から体力を削られる。まるで獲物を前にした猛獣だ。

 そうこうしている内に、ラージ級もコンクリートから這い上がろうとしていて。

 

 

(やばい。死ぬ。……いや、今こそがチャンス!)

 

 

 ラージ級と少年から挟み討ちされそうな状態でも、なお諦めない。かつての戦友が、いつもそうだったように。

 眼前から凶刃。背後で待つはトゲの拳。

 江戸川はタイミングを見計らい、凶刃へと背を向ける。

 当然、狂った獣は隙だらけの首を狙う。

 

 

「あ゛あア゛ぁアァ!」

(ここだっ)

 

 

 ──が、そこで江戸川のナラナリが唸り、ラージ級の懐へ。

 振り下ろされるラージ級の両の拳を全力で弾き返し、空中に高く身を踊らせる。

 標的を見失った凶刃は、予想通り本能的に近い敵へと向けられ、ノーガードなラージ級の胴体を裂く。

 

 金属の激しい摩擦音。

 

 その衝撃は、ラージ級の巨体が仰け反るほど。大きく口を開けた胴体が、眼下に見える。

 わずかな時間、江戸川の体が宙に留まり、間もなく自由落下が始まった。

 また、ナラナリが唸る。

 

 

「こいつで終いだっ!」

 

 

 落下速度にインビジブルワンで補正を掛け、更に重力と運動エネルギーも加味された、真っ向唐竹割り。

 ナラナリの刃は、少年のつけた傷口へと吸い込まれ、ラージ級を見事に真っ二つとした。

 ところが。

 

 

(やばっ、止まれない!?)

 

 

 必殺を期しての全力は、ラージ級どころかコンクリートの下の地面すらをも抉り、地下深くへと続く大穴を開けてしまう。

 ナラナリの全力稼働の反動で動けず、江戸川は為す術もなく崩落に巻き込まれた。

 しかも、瓦礫にナラナリが引っ掛かって手放してしまうというオマケつき。

 瞬く間に視界は闇で埋め尽くされ………………このまま押し潰されて、死ぬ。

 

 そう思った瞬間、バシャン、と大きな音が立ち、江戸川の体は浮遊感に包まれる。

 水だ。水の中に落ちた。

 反射的に右手中指の契約指輪へマギを流し、ルーン反応の光を頼りに、降ってくる瓦礫から横へ逃れつつ水面に向かう。

 

 

「……ぶはっ、し、死んだかと思った……」

 

 

 やっとの思いで体重を掛けられる場所を見つけた江戸川は、息を整えながら周囲を確かめる。

 契約指輪から発せられる光が照らしだしたのは、なんらかの地下施設らしかった。

 商業施設か、なんらかの倉庫か。水没しているのは恐らく、経年劣化した壁面などから雨水などが流れ込んだのだろう。おかげで命拾いした。

 

 

(なんとか、生き延びられたけどもさ……。どうすんだこれ……)

 

 

 改めて周囲を照らして見たが、文字通り見通しは暗かった。

 崩落した天井は瓦礫で完璧に塞がっており、地上に戻る事は出来ない。

 幸い空気はあるものの、それがどこまで保つか、他に地上へ繋がる道はあるのかも分からない。

 体に着けられた計測機 兼 発信器も、戦闘と落下の衝撃で壊れているようだし、あの研究者達は……きっと助けには来ない。

 奴等にとって重要なのはナラナリで、その使い手こそが道具なのだから。

 

 

(ジッとしてたら、それこそ生き埋めか。死ぬほど疲れてるし面倒だけど、動くっきゃない)

 

 

 気持ちを切り替えた江戸川は、どうにか水没していない通路を探し出し、地上に向けて移動を始める。

 水を吸ったブーツがギュポギュポと音を立て、廃墟に木霊していた。

 体温も下がり続けているし、早急に暖も取らなければ。

 ところが、しばらくして気付く。

 

 

(……オレ以外の足音! 二人分!)

 

 

 どこからともなく、乾いた靴音が聞こえて来たのである。

 気のせいかとも思ったが、それは明らかに江戸川の方向へと向けて近づいており、否が応でも緊張感が高まる。

 武器は無い。

 格闘戦の心得はあるし、多少はマギで身体能力も強化できるけれど、銃を持ち出されたらアウト。

 もしも近寄ってくるのが敵性存在だった場合、これぞ万事休すだろう。

 

 

(だったらいっその事、こっちから不意打ちするしかねぇか。先手必勝、兵は拙速を尊ぶんだっけ? 詳しくは知らんけど)

 

 

 二対一で確実に負ける状況よりは、不意打ちで一人を仕留め、五分五分の状況に持ち込むのが上策。

 それでも、装備の差があればひっくり返されるのが現状だが、何もしないよりは遥かにマシなはず。

 江戸川は音を立ててしまうブーツを即座に脱ぎ捨て、足音が聞こえてくる方にある曲がり角の壁へ張り付く。

 ややあって、床を照らすライトが曲がり角まで届いた。

 あと、数歩。

 

 

「そこに居るんだろう。江戸川。不意打ちはちょっと勘弁してくれないか」

「……へ。そ、その声……?」

 

 

 しかし、懐かしい声が耳朶に触れ、思わず反応をしてしまった。

 奇妙なほどに懐かしく感じてしまう、あの、死んだはずのマギウスの声だ。

 罠かも知れない。

 普通に考えれば罠であって然るべき。

 だが、それでも確かめずには居られなかった江戸川は、恐る恐る、角から顔を出す。

 

 居た。

 黒いボディスーツを着て、ペンライトを持つ年上の戦友が。

 幽霊にしては、やけにハッキリと二本足で立っている。

 

 

「久しぶりだな。……名探偵」

「おうやめぇやその呼び方ブッ飛ばすぞバーロー」

「……っふ、ははは」

「……は、くくくっ」

 

 

 明らかに揶揄った呼び方は、またしても戦友達しかしなかった煽り。

 防衛軍時代、ちょっとした諍いで喧嘩になった時などは、古い推理マンガの主人公的な名前のせいで、今のように某「歩く殺人事件探知機」呼ばわりされていた。本当に懐かしい。

 同時に、こんな事ですら笑顔にさせられてしまう程、自分が疲れているのだと江戸川は自覚する。

 

 

「どうやってここが……?」

「裏技というか、バグ技というか……。とにかく、偶然の産物だよ。お前の姿を見るまで、こっちも半信半疑だった。届いたんだよな、あのメッセージ」

「ええまぁ。おかげさまで、翌日は便通がすこぶる良かったっすよ。食物繊維万歳」

「そいつは何より。……正直、安心した」

 

 

 溜め息混じりに、肩をすくめるマギウス。

 そのちょっとした仕草にも間違いなく見覚えがあり、声や顔を似せた偽物ではないと判断できた。

 江戸川も、気を許せる相手と再会した安堵からか、通路の壁にもたれるようにして座り込む。

 

 

「色々と話したい事もあるんすけど、まず先に、どうしても聞きたい事が」

「なんだ? 可能な限り答えるぞ」

 

 

 疲れを見せる江戸川に、マギウスは水のペットボトルを渡しながら答える。

 聞きたい事は山ほどあった。

 死んだんじゃなかったのか。どうやって生き延びた。今までどうしていた。どうやってこの実験の事を知った。

 普通ならこの辺りを聞くべきなのだろうが、しかし江戸川はあえて違う事を尋ねる。

 

 

「アンタの背後の銀髪美少女とはどういう関係なんすかねぇ? あと、オレが頼んだエロ本は?」

「よりにもよってそれに言及すんのかよっ!」

「……え、エロ本……?」

 

 

 周囲を警戒していた銀髪美少女こと、ロザリンデは頬を引きつらせ、マギウスのツッコミが通路に響く。

 本来であれば予断を許さない状況ながら、そのひと時だけは、お気楽な雰囲気がそこにあった。

 

 






 ナラナリという名称の由来にピンと来た人。貴方はきっと重度のメガテニストでしょう。DDSは短いけど名作ですよね。
 てな訳で、お久しぶりで御座います。せっかく新しいゲーム買っても遊ぶ暇が無いという絶望。マジで影分身したい。
 遊んでないのに遅れたのは、ぶっちゃけラスバレのイベントのせいで、プロットの修正を余儀なくされたためだったりします。公式とのシリアスネタ被りは避けたかったもんですから……。
 おのれアウニャメンディ・システマスめ! フットワーク軽過ぎじゃ!
 
 
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