アサルトリリィPARABELLUM   作:苗陽さんガチ恋勢

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変身


23 オウレン ──Coptis Japonica── 旧友、その五

 

 

 

「あ゛ア゛ア゛あ゛あ゛あ゛ッ!」

 

 

 大振りの斬り下ろし。

 受け流すためにアガートラームを構えようとして、けれど間に合わなかった。

 慌てて横に転がり、紙一重で回避はできたけれど、己が手足のように扱えていたはずのアガートラームが、重い。

 

 混乱していた。

 いや、単なる混乱という表現では足らない程、浮き足立っていた。

 

 

(くそっ、なんで……なんで、いつも通りに使えない……!)

 

 

 防御に使おうとして躊躇ってしまう。

 攻撃に使おうとしても振り抜けない。

 ナラナリは、アガートラームを基に作られた。ならば、アガートラームが、元人間……リリィであった可能性がある。

 “彼女”の言った事は嘘ではない。こんな嘘をつく必要を、少なくとも、今の俺には考えつかない。

 

 

『あまり簡単に死なれても困るんですが。“それ”はもう、不可逆な変化を起こしています。単なる機械に過ぎない。

 戦いなさい。戦え。フルスペックを発揮しろ。十全たるオリジンを討ち果たしてこそ、ナラナリの力は証明されるのだから』

「勝手な事を、ほざくな!」

 

 

 苛立ちに任せ、“彼女”が映るディスプレイと、付近にあった監視装置をまとめて撃つ。

 が、すぐに別のディスプレイが点り、またふてぶてしい態度で言う。

 

 

『それと、デヴァイサー02。私は共闘しろとは言っていません。貴方の敵は……』

「んなこと言われたって、オレだって死にたくないもんでねー! 襲われたら身を守るしか──うっひぃ!?」

 

 

 狂乱する少年は、もう見境い無しに、とにかく近くに居る人間を攻撃していた。

 たまにマギの衝撃波が、様子を見に来た警備兵を巻き込み、一撃でズタボロにしていく。

 そんな状態なのだから、江戸川の行動も至極真っ当な判断だろう。

 しかし、それを不満に思ったのか、ディスプレイの映像が北河原さんに切り替わった。

 ベッドで横たわる少女の周囲に、様々な機具が運び込まれ……あれは、手術具か?

 

 

「何をしている!?」

『本気になれないなら、本気にさせるまで。早く殺し合わなければ、彼女は生きたままナラナリと化す』

「この…………くそったれが……!」

「あ゛ア゛あ゛ア!?」

「うぐっ!?」

 

 

 自然と悪態が口をつくものの、迫る凶刃に余裕はなくなった。

 瞬く間に、江戸川と入れ替わり立ち替わり、少年の猛攻を凌ぐので精一杯となってしまう。

 込められたマギの量は、全く減じていない。むしろ勢いを増しているような気さえする。

 少年のナラナリに安全機構が備わっていれば良いが、そうでない場合──ナラナリが勝手に使用者のマギを吸い上げたりしていたら、命に関わる。

 北河原さんの事も含め、とにかくもう時間が無い……!

 

 

(江戸川、監禁場所に見当はつくか?)

(へ? ま、まぁ、一応。って、まさか)

(少年は俺が引き受ける。行け。お前の土地勘に頼るしかない)

(……いくらアンタでも、今の少年の相手はキツいしょ)

(なんとかしてみせるさ。これでも、リリィ達と戦闘訓練は積んできた。負けっぱなしだけどな)

(おうおうこんな時に自虐風自慢ですかい羨ましいわこのスケコマシ野郎。いいっすよいいっすよ、ならオレもあの子を助けて、白馬の王子様になっちゃいますからねぇ!)

 

 

 戦いながらの密談は、恐らくあの研究員にもバレているが、内容までは把握されていないだろう。

 江戸川がインビジブルワンを使えるなら、初動さえ間違えなければ速攻で救助できる。できると信じなければ。もう他に、今の俺に考えられる手立ては無い。

 アガートラームを構え直し、その影で、服のボタンに偽装された閃光手榴弾を準備する。

 そして。

 

 

「死ぬなよ」

「あたぼうっしょ」

 

 

 気安い返事に合わせてボタンを千切り、地面へ叩きつけた。

 一帯が閃光に包まれる……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(やはり別れて行動する、か。ここまでは想定通り)

 

 

 一瞬のホワイトアウトの後、ノイズしか映さなくなったモニターを見やり、女性研究員は椅子の背もたれを軋ませた。

 あの瞬きの間に、ほぼ全ての監視装置を破壊するとは、なかなかの手際である。警備担当の者達は今頃、大慌てで対応しようとしているはず。無駄であろうが。

 自らの居城である研究室で、全くもって動じた様子を見せない“彼女”に、いつから居たのか、フード付きのコートを着る少女が話しかける。

 

 

「逃げないんで? あの様子じゃ、五分と経たない内にここへ来そうだけど」

「あら。居たの。それでも良いのよ。むしろ、そうでないと仕込みが無駄になる」

「へー、なるほどなぁ。復讐を果たすためなら、文字通り死をも厭わないってか? 狂っちゃってまぁ」

「貴方ほどではないわ。……いえ、狂ってしまったのは貴方ではなかったわね。貴方はただの──」

 

 

 ヒタリ、と喉元に冷たい感触。

 音もなく、鎌の形状をしたCHARMが突きつけられていた。1cmでも、いや2~3mmでも動けば、動脈から噴水のように血が吹き出るだろう。

 それでも“彼女”は狼狽えなかった。

 その眼は、数少ない残された監視装置からの映像に注視している。他の事には……自身の命にさえ、興味がないように。

 

 

「殺さないのかしら」

「……けっ、胸糞悪い。あーあー、アチシもう飽きちゃったー。巻き添え喰うのも嫌だしかーえるー」

「そう。研究データはそこのUSBに入ってるから、持っていくと良いわ」

「…………ホンット、ムカつく女だな」

「褒め言葉として受け取っておきましょう」

「そうかよ。んじゃ、地獄に落ちろ、阿婆擦れ」

 

 

 USBを懐に仕舞い、少女は罵声を吐き捨て、隔壁を兼ねた自動ドアから立ち去った。

 あれには、不条理の塊であるあのCHARM(アガートラーム)の詳細なデータと、“彼女”自身の半生をかけた研究データが入っている。

 きっと彼等は悪用するだろう。

 この事がきっかけで、また多くの悲しみが生まれ、喪われる命が増えてしまうだろう。

 

 

(でも。それでも。誰かに伝えなければならない。無かった事にさせて堪るものか)

 

 

 睨むようにモニターを見つめる。

 画質は悪いが、“彼”は主に義肢を使い、デヴァイサー01を上手く遇っているようだった。

 アガートラームを使おうとしないのも、また想定通り。

 そろそろ次の仕掛けを──

 

 

「動くな!」

 

 

 突然、自動ドアが切り裂かれ、脈動するナラナリを構えた男……デヴァイサー02こと、江戸川・C・昭仁が現れる。もちろん、想定通りに。

 ナラナリを運用させる傍ら、折を見ては施設内を移動させ、内部構造を把握させていたのだから、そうでなくては困る。

 随分と急いでいたらしく、息が荒い。防護服が血に塗れているのは、途中で警備兵でも切り捨てたのだろう。ナラナリが“悦んでいる”訳だ。

 こうなると、江戸川自身も殺戮衝動を覚えるはずだが、しかし普段通りの飄々とした態度で、透明な隔離壁の向こうの北河原伊紀を見やる。

 

 

「夜分に乱入、申し訳ないっすね。とりあえず、あそこに居るかわい子ちゃん、解放して貰えません?」

「そもそも拘束なんてしていないわ。本当に眠っているだけ。施術の“予定”も無い」

「……なに?」

 

 

 背中を向けたまま言われて、江戸川が眉をひそめた。

 事実、“彼”に見せた映像ではあったはずの手術器具などはなく、隔離壁さえ開ければ、簡単に連れ出せてしまえそうだった。

 事前に撮っていた映像だとしても、その用意周到さが、逆に不信感を煽る。

 

 

「どうしたの、デヴァイサー02。早くあの子を助ければいいでしょうに」

「何を企んでる? 悪役が素直に言う事を聞く時ってのは、たいがい何かあるもんっしょ」

「ご明察。もちろん、最後の悪足搔きが残ってるわ」

 

 

 くるり。椅子が回転し、女性研究員の笑みが向けられる。

 江戸川の背筋に、ゾッと悪寒が走った。

 

 

「時に、ヒュージサーチャーの仕組みは知っているかしら。ああ、答えなくていいわ。私が勝手に話す」

 

 

 椅子から立ち上がった“彼女”は、タブレット端末を操作し始めた。

 すると、意外にも軽い音と共に隔離壁が開く。

 警戒を緩められない江戸川であったが、覚悟を決めたのか、隔離壁をくぐって北河原伊紀を肩に担ぎ、次の瞬間、先ほど居た位置に戻る。インビジブルワンを使ったのだろう。

 信用されていないのも仕方ないけれど、やはり“彼女”は気にした様子もなく、諳んじるように続ける。

 

 

「神出鬼没なヒュージは、しかし存在そのものが異質であり、そこに居るだけで特殊な粒子を発生させる。

 この濃度を検出し、出現しているヒュージの能力や活動範囲を測るのが、いわゆるヒュージサーチャー。

 そこで、とある研究者集団はこう考えた。ヒュージが発生させる粒子を意図的に濃縮させれば……ヒュージの発生を制御できるのではないか、と」

 

 

 言いながら、またタブレットを操作。

 研究室では大きな変化は起きていないが、“彼女”は監視装置と繋がるモニターへと眼を向けている。

 いつの間にか、“彼”が膝をついていた。いや、彼だけでなく、デヴァイサー01と呼ばれる少年も。

 まるで、息苦しさに喘いでいるような。

 

 

「そして今、そのヒュージ由来の粒子が散布された。

 核となる負のマギは、ナラナリと狂乱の閾によって十分に撒き散らされている。

 一体、どれだけの大きさのケイブが発生するか。興味があるでしょう?」

「ま、まさかアンタ……!?」

 

 

 唖然とする江戸川に、“彼女”はまた微笑む。作り物めいた、張りぼての笑顔だった。

 地面が大きく揺れる。地震ではなく、何か、非常に強い衝撃の余波。

 その影響か、程なく残された監視装置も破壊されたらしく、モニターが機能しなくなる。

 

 

「こういう時は、悪役らしいセリフを言った方がいいかしらね。たとえば、そう……」

 

 

 ほんの少し首を傾げて悩む素振りは、この場にそぐわない……夕食の献立でも考えているような、気の抜けた印象を与えた。

 けれど、それも一瞬。

 全てを嘲笑するかの如く、酷く歪んだ嗤いに取って代わられる。

 

 

「お楽しみはこれからよ」

 

 

 それは確かに、多くの命と情念を巻き込んだ、大舞台の山場を告げる言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が、朦朧としている。

 ひどい耳鳴り。視界も暗く、呼吸ができない。

 俺は……うつ伏せに倒れてる、のか?

 

 

「──っは、ふ、ぐっ、ごほ……っ」

 

 

 やっとの思いで体を起こし、息を整えようとするが、妙に喉が詰まる。

 息をするだけで、逆に体力を奪われていくような感覚があった。

 

 

「一体、何が……?」

 

 

 確か、江戸川を北河原さんの救出に送り出した後、俺は少年と戦っていて、けど突然、床から妙な噴出口が複数現れて……。

 と、そこまで思い出した所で、頭上に空間の揺らぎを感じた。

 肌が粟立つ。

 恐る恐る顔を上げれば、中空には空虚な穴が存在した。

 距離感がつかめないほど、視界一杯に広がる大きな、穴が。

 

 

「け、ケイブ……!?」

 

 

 悪い意味で見慣れてしまっている、どこからかヒュージを出現させるワームホール。

 しかし、ここまで大きなケイブは初めてだった。

 

 

(中心にあるのは、ナラナリか? ナラナリがケイブを? くそ、訳が分からない!)

 

 

 よくよく観察してみると、ケイブの中心には異形のCHARMが浮かんでいる。

 ナラナリから赤黒いマギが放たれるたび、ケイブも脈動しているような。

 加えて、視界の端には星空が見えていた。

 どういう原理か分からないが、俺が今居る地下から地上までにあった、一切合切が消滅しているらしい。

 更に悪い事は重なり……。

 

 

「おいおいおい、嘘だろ……」

 

 

 ケイブの奥から、非常に強い重圧を伴う存在が、現れ出でようとしているのが分かった。

 まだ形すら定かではないけれど、確かに、確実に、何かが“居る”。

 真綿で首を絞められるような、もどかしい時間が数秒。

 やがてケイブの中に、大きな眼が浮かび上がった。

 人間と同じような形状でありながら、しかし絶対に人間ではあり得ない大きさの、単眼が。

 

 

「ギガン、ト、級」

 

 

 ぎょろり。

 俺の声に反応したのか、単眼が地上を見下ろす。

 背筋が凍りついて、動けない。ただ息をするのが、こんなにも難しい。

 

 とにかく間違いない。

 この存在感、威圧感、プレッシャー。甲州撤退戦で戦った、あのギガント級とも通じる。

 ほとんど思い出せないのに、それだけは間違いないと、確信していた。

 早く。早く逃げなければ、今度こそ……!

 

 

「……くそっ、少年、目を覚ませ! 起きないと死ぬぞ!」

 

 

 焦りが恐怖を打ち消したのか、どうにか動く事が叶った俺は、付近で倒れ伏したままの少年に駆け寄る。

 肩を揺らすけれど、返事がない。呼吸はしているが、どんな容態かまでは判断できない。このまま抱えて逃げるしかないだろう。

 そんな時、高速で接近してくる、慣れ親しんだ気配が。

 

 

「ぉん待たせぇ!」

「江戸川! 彼女はっ」

「無事に決まってんだろって!」

 

 

 少年と同じく、意識を失ったままの女の子──北河原さんを背負った江戸川は、得意満面な笑みを作ってみせる。

 頬は引きつり、唇も戦慄(わなな)いていて、とても笑みと呼べる代物ではなかったが、虚勢を張っていないと、きっと恐怖に呑まれてしまう。

 

 

「もう用は済んだ、早くこの場を離れよう!」

「りょーかいっ! ……って、うぉい後ろぉ!?」

「は?」

 

 

 切羽詰まった江戸川の声に、後ろを振り向く。

 さっきまで何も無かった場所に、通常サイズの、新しいケイブが出現していた。

 そして、ぞろぞろとスモール級が這い出て来ている。

 

 俺と江戸川は無言で頷き合い、インビジブルワンでその場を離脱。くり抜かれた天井を跳んで地上へ向かう。

 が、そこもまた地獄だった。

 パッと見ただけで、両手で足りないほどのケイブが存在したのだ。

 もちろんヒュージも無数に湧き、逃げようとする警備兵達を襲っている。

 

 あの巨大ケイブは……どれだけ大きいのだろう。

 未だ頭上で脈動し、単眼がギョロギョロと忙しなく動いていた。

 

 

「やっばい状況っすなぁ、これ。今までで最悪だわ」

「確かに。ここまで酷いと笑えてくる」

「なんか打開案ありますん?」

「……援軍が来るまでひたすらウェーブ戦を凌ぐ、とか」

「インターバルくれなさそうなんすけど。無理ゲーっしょ、運営にお気持ち表明しなきゃ」

「無視されるだけだろうな。全く、人生はクソゲーだ」

 

 

 給水塔の上に陣取り、周囲を見回してみるが、光明は見出せない。

 研究施設の敷地内には至る所にケイブが出現し、ヒュージを吐き出し続けている。

 来るかも分からない援軍を待って防衛戦、なんて自殺行為だ。

 かと言って強行突破しようにも、要救助者を抱えていては、思うように動けず嬲り殺される。

 状況を打開するには、何か手立てが必要だ。

 

 

「江戸川。お前の使ってるスキル、インビジブルワンだよな」

「そっすよ。まぁ、この包囲網を抜けるには、ちょい速度が……」

「包囲網を抜けさえすれば、二人を抱えて逃げ切れるか?」

「………………」

 

 

 俺からの問いかけに、江戸川は驚いたようにこちらを見た後、沈痛な面持ちで頷く。

 

 

「逃げ切れる。いや、逃げ切ってみせやしょうとも」

 

 

 言わずとも、何をしようとしているのか、理解してくれたようだ。

 要は囮作戦である。

 マギ保有量の観点から、江戸川よりも継戦能力の高いだろう俺がヒュージを引きつけ、同時に退路を切り開く。

 そして少年と北河原さん、二人を抱えた江戸川がインビジブルワンで戦場を離脱。その支援も行う……という算段だ。

 まぁ、途中で不測の事態が起こらず、万事順調に運べば、だが。

 

 

「よし。じゃ、頼んだ。あと、これ持ってけ」

「へ? なんでスパムソーセージ……」

「しばらく食ってないだろ? ありがたく食えよ」

「アンタ……」

 

 

 少年を預けるついでに、懐から真空パックを取り出して渡す。というか押し付ける。

 すると、ますます悲しげな表情をする江戸川。

 ……命懸けで逃そうとしていると勘違いされてるか?

 それはそれでロマン溢れるシチュエーションだけど、生憎、死ぬつもりなんかない。

 

 

「安心しろ。ある程度引きつけてデカいのをブッ放したら、そのまま俺も逃げる。むしろ、多分俺の方が逃げる速度は速いだろうから、遅れるなよ?」

「あのー、そこは“俺に任せて云々”的な展開じゃないんすかね?」

「そんな御涙頂戴、誰が喜ぶんだ。勝てない相手とは戦わないに限る」

「んー、まぁ、そりゃそうですけど──」

『そうはさせない。絶対に戦ってもらいます』

 

 

 あの女性研究員の声。

 どこから……と考える暇もなく、江戸川が身悶えして苦しみ始めた。

 

 

「──ァがっ!? あ゛、ぐううううっ……!」

「お、おい、江戸川っ! これは……狂乱の閾かっ?」

 

 

 身に纏う瘴気。異様なマギの膨れ上がり方。

 見間違うはずもない、先程まで苦労させられていた、あの少年と同じ気配だ。

 投げ出される北河原さん達を受けとめつつ、慌てて周囲を伺うと、頭上にドローンが飛んでいた。

 搭載されたカメラが、こちらを無機質に見つめている。しつこい……!

 

 

『サブスキルは複数を保有し得るもの。驚く事はないでしょう。さぁ、ご友人は闘争に狂った。存分にその力を証明して下さい』

「……貴様ぁああ……っ!」

 

 

 まるで、全てが自分の手のひらの上、とでも言わんばかりの言葉。

 俺は、明確な殺意を以ってアガートラームの銃口を向けるが、しかし、引き金が絞られるよりも早く、そのドローンは破壊された。正確には、“何か”に真っ二つにされた。

 今のは、CHARMに込めたマギを斬撃として飛ばす、高等技術だ。

 俺以外に、この場でそんな事が出来るのは、ただ一人。

 

 

「江戸川? 大丈夫なのか!?」

「はぁ、はぁ、はぁ、ははっ、い、意外と、なんとかなる、もんだ……っ」

 

 

 息も絶え絶えではあるが、江戸川は自我を失う事なく、今にも暴れだしそうなナラナリを抑え込んでいた。

 

 

「せ、制御できてるのか、凄いな」

「んな訳ねぇでしょうよっ! こちとら発狂寸前だこんチクショウめ!」

「なんかいつも通りに見えるんだけど!?」

「そりゃあいっつもハッタリかましてましたんでねぇ!」

 

 

 俺の言葉に、怒り心頭な様子で返す江戸川。

 言われてみれば、口振りは普段通りだが、表情に全く余裕がない。

 恐らくは初めての、精神汚染のあるスキル発動で、それでも会話できているだけ僥倖なのか。

 

 遠方で爆発音。

 銃声と、悲鳴。

 今この時も、ヒュージとの戦闘は続いている。

 

 

「いつまで保つか分かんねぇ、んで……。さっさと行ってくださいよ、自分で言ったんだ、アンタなら余裕で、逃げ切れるっしょ」

「っ! それじゃお前はっ」

「……へへ。さっきとは立場が真逆だ。ま、これが似合いの役所ってなもんかね……。まさか、自分で言うハメになるたぁ、なんとも……」

 

 

 唸るナラナリを支えにして、江戸川は立ち上がる。

 獰猛に、けれど苦々しく口元を歪め、睨みつけるは空に浮かぶ単眼と、地に犇めくヒュージの群れ。

 

 

「ここはオレに任せて、先、行ってください。なぁに、後から追いかけますんで」

 

 

 俺は今、どんな顔をしているだろう。

 ついさっきの江戸川のような、痛みを堪えるような表情だろうか。

 だが、残された選択肢のうち、これが最も生存確率が高いと、分かってしまう。

 足手まといである二人を退避させなければ、誰一人として助からないと。

 そして、二人を助けるためにこの場を離れれば、確実に江戸川は犠牲となる。

 江戸川を見捨てる事でしか、この二人は、助けられない。

 

 

(……いいや! そんなこと認めてたまるか! 俺だったら、俺とアガートラームなら!)

 

 

 そうだ。普通の人間だったら、絶対に助けられない。

 たとえ縮地のレアスキルを持っていたとしても、決して間に合わない。

 しかし、アガートラームでインビジブルワンを二倍掛け出来る俺なら、間に合うかも知れない。

 

 まず、マギを半分使うイメージで二人を退避させ、同じ要領でここに戻る。

 次に、持ち堪えているはずの江戸川と再合流し、Awakeningで枯渇したマギを誤魔化して、効果が切れないうちに全速力で逃げる。

 成功する確率は……かなり低いかも知れない。が、最初から諦めるよりは何倍もマシだ!

 

 

「十分だ。十分間、耐えてくれ。必ず戻る」

「……追いかけるっつってんのにさぁ……。期待しないでおきますよ。……行け!」

 

 

 言うが早いか、江戸川は赤黒いマギ光の尾を引きながら、ヒュージに突っ込んだ。

 ナラナリの一振りで、数体のスモール級が薙ぎ払われる。

 やはり、スキルによって戦闘力の底上げがされているようだ。そう簡単にやられはしない。

 俺はそう信じ、北河原さんを左の小脇に、少年を右肩へと担いで、戦場に背を向ける。

 

 

(オットーさん達と使ってた活動拠点……いや、あの洞窟だ。一先ずあそこに二人を隠して、全力で戻る!)

 

 

 アガートラームを通して、可能な限りのマギを活性化。インビジブルワンにより加速した体が、宙を駆ける。

 もうアガートラームが元人間だとか、そんな事を気にしている余裕はなかった。

 背後から射出されるヒュージの遠距離攻撃……マギ光弾、熱線、刺棘などを必死に避けながら、とにかく疾る。

 ものの数分で、一夜を明かした洞窟の近くまで到達するのだが、地形を確認するために森の上へと跳躍した時、ふとこちらへ飛来する物体を確認した。

 あれは…………ガンシップ?

 

 

(まさかG.E.H.E.N.A.の──違う! 校章は隠されてるけど、あの機体は百合ヶ丘の使ってる型だ!)

 

 

 敵の増援かと思いきや、現れたのは待望の援軍だった。

 いや、ひょっとすると、敵が同じ型式のを使っている可能性もあったのだが、いちいち確認する時間も惜しく、手頃な木を足場にして、二つ並んだ円筒状カーゴへ衝突するように飛び移る。

 ズシン、と大きく機体が揺れるけれど、パイロットの腕が良いのか、すぐに立て直された。

 

 その間に、俺はコックピットの窓から搭乗員を確認するのだが、そこに見覚えのある少女が居た。戦闘服姿のオットーさんだ。

 月明かりに照らし出される銀髪が、薄闇の中でもよく目立つ。

 彼女は驚いたような顔を見せるも、すぐに何やらパイロットへと指示を出し、次に俺へ向けて指で矢印を作る。右……?

 すると、右舷カーゴの非常用上部ハッチが開いた。(普通は側面のハッチから出入りする。これは墜落した時などに閉じ込められないよう設けられたもの)。

 

 渡りに船と転がり込めば、オットーさんだけでなく、石上さんや、初見のリリィが複数人居た。

 加えて、彼女らを指揮するのだろう、教会服を着た妙齢のリリィも。恐らく彼女が、シェリス・ヤコブセン教導官か。

 

 

「なんて無茶をなさるんですか! 無事で何よりですが、この機が堕ちたらどうするつもりだったんです!?」

「強引にすまない! 時間が惜しいんだ、悪いが石上さん、この二人を頼む!」

「え? え、ぁ、はい、え?」

 

 

 怒り顔のオットーさんへの返事もお座なりに、北河原さんと少年を押し付け、またハッチから飛び出し、身を投げ出す。

 マギで着地の衝撃を和らげつつ、またインビジブルワンを発動。ガンシップを先導する形で、戦場へと舞い戻る。

 

 

(間に合う、きっと間に合う、甲州だって間に合ったんだ、だから)

 

 

 祈るように、心の中でそう唱える。

 あの日、川添を助けられたように、今回は江戸川を助けられる。

 きっと。きっと。きっと。

 俺は我武者羅に走り続けた。マギが尽きかけている事による目眩を堪え、乱れる呼吸もそのままに、ただひたすら。

 研究施設まで、あと数百m。時間にして数秒。

 予定よりも早く戻れている。きっと間に合う。

 

 

「江戸が──」

 

 

 けれど。

 そう信じて飛び込んだ先に待っていたのは

 

 

 

 

 

 ヒュージに囲まれた江戸川が、複数の触手に腹を貫かれた、その瞬間の光景だった。

 

 

 

 

 

「──ぁぁああああああっ!!」

 

 

 時間の流れが遅くなった。

 空気が粘度を持ったような中で、しかしかつてない速さでヒュージを排除。江戸川を助け出す。

 無意識にAwakeningやインビジブルワン、スキルプロトコルを使ってしまったらしい。

 

 

「……ぉ、おお゛……思ったよ、り……早かった、ずね゛……」

「喋るな! ああ、ちくしょうっ……!」

 

 

 横たわる江戸川は、素人目にも分かるほどの致命傷を負っていた。

 手足が痙攣し、内臓はおろか、背骨すらも損傷しているだろう。

 出血だって酷く、下手に触手を抜けば、そのままショック死するかも知れない。

 時間を巻き戻すレアスキル、Zがあれば…………でも、俺には使えない。まだ使えない。

 どんな風にマギを使えばいいのか、分からない。

 

 

「あの、二人……は……?」

「援軍に託してきた。無事だ、お前のおかげだ」

「そっか……。少しは……エースっぽい、こと……でき、だ……ゴボッ」

 

 

 咳と共に、どす黒い血を吐き出す江戸川。傍らのナラナリは、半ばから砕けている。

 俺の体には、とてつもない倦怠感が襲い掛かっていた。Awakeningがもう切れてしまったようだ。

 ヒュージの群れが、周囲を覆っていく。

 

 

「ああ。エースなんか通り越して、あの二人の英雄(ヒーロー)だよ。江戸川は」

「ヒーロー、か……。そりゃ、すげぇ……」

「帰ったらきっとモテモテだぞ。オットーさんとのデートの約束だってある。忘れたか?」

「……そう、だったな……。でも……オレは、もう……ダメなんだ、ろ……」

 

 

 ヒュージの足音が迫る。

 俺は、どう答えればいいのか分からず、何も言えなかった。

 彷徨うように伸ばされた手を、思わず握る。

 作り物の右手ではなく、まだ血の通う左手で。

 

 

「なぁ……。アンタは……ヒーローなんかに、なるな……。せっかく、女子校に、居んだ、から……。

 死んで、ヒーローになるくらい、なら……。若い子捕まえて、子供、たくさん作って……少子化社会、に、貢献……」

「何を言ってるんだよ。俺なんかが相手にされるわけ」

「……セージ、美味か……」

 

 

 握った手に痛いほど力が込められ、けれど、すぐに抜けていく。

 江戸川の眼は、何も映していなかった。

 手足の痙攣も収まり、微動だにしない。

 

 

「江戸川? 江戸……」

 

 

 呼びかけに答える声は、ない。

 もしかしたら、あったのかも知れないが、ヒュージの足音がうるさくて、何も……何も聞こえなかった。

 

 江戸川が、死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おじ様から、離れなさいっ!」

 

 

 今まさに、“彼”を踏み潰そうとしていたラージ級の脚部を、石上碧乙のCHARMが斬り払う。

 それだけに留まらず、同時にガンシップから飛び降りたロザリンデや、比較的軽傷だったロスヴァイセ本隊のリリィ数名と連携し、瞬く間に活路を開いた。

 

 

「おじ様、大丈夫ですかっ。……この方は……?」

「江戸川様……。間に合わなかった……」

 

 

 呆然とする“彼”の側に、事切れた江戸川を見つけたロザリンデは、とての短かった邂逅を、その時に見た笑顔を思い出し、言葉を詰まらせる。

 作戦目標である北河原伊紀と、被験者の少年は助けられた。その代わりに、“彼”の友人である江戸川が命を落としてしまった。もう、恩に報いる事すら叶わないのだ。

 けれども、ヒュージに囲まれ続けている今、感傷に浸る事は許されない。ましてや、正体不明の単眼──ギガント級と思しき影に見下ろされながらでは。

 ロザリンデは断腸の思いで、自失する“彼”を叱咤した。

 

 

「撤退しましょう。おじ様、立って下さい」

「………………」

「しっかりして下さいっ! このままでは、江戸川の献身が無駄になってしまいます! 御遺体を捨て置く事にもなりかねないのですよ!」

「……江戸川……」

 

 

 声を荒らげた甲斐があったのか、“彼”はのろのろと立ち上がる。

 しかし、顔は俯いたまま。

 一歩踏み出すも、その先は退路ではなく、ヒュージの群れの中心。

 

 

「こえが、きこえる」

「え……? あっ」

 

 

 気付いた時には、もう“彼”の姿はなかった。

 慌てて周囲に視線を巡らせると、何故かその後ろ姿は、戦場の只中……動きの鈍いラージ級の上に。

 

 

「アストラルガーダー」

 

 

 “彼”の呟いた声は、ロザリンデ達には届かない。

 マギが枯渇したはずの体に、どこからか“力”が流れ込む。

 

 

「カリスマ。エンハンスメント、テスタメント。ドレイン」

 

 

 次の瞬間、戦場を跋扈していたヒュージの群れが、突然動きを止めた。

 ラージ級がその巨体を苦しげに震わせ、ミドル級、スモール級は窒息でもしているかのようにひっくり返り、そのまま肉体を維持できず、崩壊していく。

 霧散するはずの膨大な、人の許容量を遥かに超えたマギは、彼の元へと導かれて。

 

 

「エンハンスメント、ヘリオスフィア。エンハンスメント、レジスタ。エンハンスメント、この世の理。エンハンスメント、天の秤目。エンハンスメント、ファンタズム。エンハンスメント、縮地。エンハンスメント、フェイズトランセンデンス。エンハンスメント……」

 

 

 言葉を重ねる度に、“彼”の纏うマギの光帯は色を変じる。

 青や緑、黄色、赤……。しかし、やがてそれらは混ざり合う。

 黒。

 純粋な漆黒ではなく、全ての色が混ざり合った上で作られる、混沌とした黒に。

 

 辛うじて体躯を維持するラージ級達が、“彼”目掛けて殺到した。

 が、その牙が届くより先に、“彼”は最後の言葉を呟く。

 

 

「ルナティックトランサー」

 

 

 黒いマギの光帯が、溢れるように吹き上がる。

 未だ出現しきれていないギガント級の単眼が、大きく揺れた。

 

 そして、“彼”の隣に、少女の形をした白い陽炎が、寄り添うように立っている事に気付く者は、当人を含め、誰一人として居なかった。

 彼女の赤い瞳が、煮え滾る程の憎悪を込めて、空を睨んでいる事もまた、決して気付かれはしなかった。

 

 

 

 

 

 数日後。

 関東近郊のとある山中において、夜間、廃棄施設の爆発事故と、局所的な山火事が起きていたというニュースが流れた。

 局所的とはいえ、かなりの広範囲が焼け野原となっており、裾野まで広がらなかったのは奇跡的な事だったとされる。

 

 放棄された旧世代施設に残っていた、可燃性ガスや液体燃料などが原因とされるも、近隣住民の話によると、遠くから銃声のような音を聞いた、見慣れないガンシップが飛んでいた、空に一瞬だけオーロラが現れた、などの証言も上がっている。

 この事から、どこかのガーデンや非合法組織が極秘作戦を行った結果である……との見解を示す有識者も居たが、物的証拠は何一つ無く、単なる陰謀論として扱われた。

 

 あの日、あの場所で何が行われ、どんな犠牲が払われたのか。

 多くの人々は知る由もなく、何も変わらない、平凡な日々を過ごしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「仕掛けは上々。結果は見てのお楽しみ、ってね。期待しててくれよ、相棒……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 ギリギリ九月中に間に合いました……。
 以降は例によって、シリアスブレイク警報。
 大した事も書いてないですから、余韻を楽しみたい方は読み飛ばし推奨です。








 あーもー! 1.5章のガチャでお迎えした新衣装三人の腋をペロペロしてーなぁー!
 ……ふぅ。スッキリしました。
 コラボイベはメモリアメダル使えない鬼畜仕様だったし、ハロウィンイベントで吐き出しますかねー。まぁ、石もまた貯まって3万あるんですが。配布多いのはホント助かります。

 それはさて置き、助けられる命があれば、喪われる命もある。まるで帳尻を合わせるように。
 多くの人々の運命を巻き込んだ一夜が終わりました。
 が、パラケルスス・コンプレックス編は終わりません。まだ事後処理などが続きます。やっとリリィの皆を出せる……。
 今回の事件を踏まえ、重くなってしまう場面もあるでしょうけど、それはそれで別の一面を描けるので、作者的には楽しいです。
 次はもう少し早めに更新したい所存。
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