アサルトリリィPARABELLUM   作:苗陽さんガチ恋勢

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24 百合ヶ丘女学院よもやま話、その十一〜十三

 

 

《よもやま話その十一、傷痕》

 

 

「……以上で、報告を終わります」

「うむ。ご苦労じゃった」

 

 

 北河原伊紀の救出作戦から数日後。

 ほとんどの生徒達が寝静まった夜半過ぎに、理事長室で密談を交わす影があった。

 一方は、その部屋の現在の主人である理事長代行、高松咬月。

 対するは妙齢の女性で、自身の立場を示す教会服を着た、シェリス・ヤコブセンである。

 

 結果だけ見れば成功に思える上記の作戦だが、もたらされた混乱は大きかった。

 特に、ロスヴァイセ主要メンバーの大半が負傷という、衛生レギオンには似つかわしくない甚大な被害は、内外に対して誤魔化せず、欺瞞情報を用意するのにも手間が掛かった。

 帰還中に遠距離型ヒュージの狙撃を受け、ガンシップが墜落した──というそのニュースは大きく報じられ、裏付けのために本当にガンシップを一機墜とす必要もあり、被害は相当なものになっている。

 

 そんなこんながあり、正式な報告が遅れていた所を、ようやく時間が取れた……という具合いである。

 報告自体はシェリスも慣れたもので、つつがなく終えられたのだが、彼女にしては珍しく、咬月への問いかけが続いた。

 

 

「理事長代行。一つ、お尋ねしたい事が」

「何かね」

「“彼”を今後、どう扱うかのか。その方針についてです」

 

 

 “彼”──言わずもがな、表向きは理事長代行の義息となっている、元防衛軍マギウス。

 あの作戦では、“彼”もまた心身共に深傷を負い、意識不明の状態で百合ヶ丘に戻った。

 救出の立役者でもある“彼”なのだが、シェリスの言葉の裏を見抜いていた咬月は、口が腐る思いで呟く。

 

 

「“処置”は済んでおる。いざという時の対処は可能だ。……が、そんな事を聞きたいのではない、か」

「……はい」

 

 

 シェリスの整った眉がひそめられ、伏せた眼差しが見つめるのは、やはりあの夜の戦いだ。

 

 

「目と耳に焼き付いて、離れないのです。あの、獣のような戦い方。魂を振り絞るような叫び。あれではまるで……」

 

 

 シェリス達が止める間も無くヒュージの群れに飛び込んだ“彼”は、ブーステッドスキルであるドレインでミドル級以下からマギを奪い、膨大なそれを使ってラージ級を撫で斬り、ギガント級──恐らく、世界でも目撃例の極めて少ない特型ギガント級を、ケイブごと叩き伏せた。

 無論、人間の体がそんな力に耐えられるはずもないのだが、“彼”の場合は義肢が先に限界を迎え、作り物の両脚と右腕は、ラージ級を倒した時点で砕けていた。

 それでも“彼”は止まろうとせず、口にアガートラームを咥え、左腕だけで地面を這い、縮地で移動力を無理矢理に補いながら戦った。

 人間の戦い方とは、到底呼べない有り様だった。

 更に、特異な点はそれだけに留まらず……。

 

 

「データによれば、あの時、“彼”のスキラー数値は100を超えていた。

 どうやって人の形を維持したのか。そして戻って来られたのかも分からぬ。

 危険ではあるが、だからこそ放り出す訳にはいくまい。それに……」

「……代行?」

「いや。気にせんでおくれ。ともあれ、ひとまずは現状維持。具体的な策は調査が進んでから下す事とする」

「了解しました」

 

 

 スキラー数値とは、0〜100の間で表される、いわばリリィ/マギウスとしてのポテンシャル値だが、その数値は絶対に100を越えない。それが人間の限界値だからである。

 なんらかの理由で100を超えるようなポテンシャルを発揮した場合……往々にして強化リリィが陥るのだが、そうなったが最後、狂化という変異状態となる。

 一時的な、軽度の狂化であれば、負のマギを浄化するレアスキルの助けで戻って来られる事が確認されている。

 しかしあの場で“彼”が見せたのは、そのように生易しい表現では説明のつかない状態だと推察された。

 

 付け加えると、“彼”はあの時、強化リリィだけが使えるはずのブーステッドスキルを、三つも使用した。

 ブーステッドスキルは、多く付与されればされるほど狂化の危険度が増すため、二つ程度までに抑えるのが無難とされている。

 “彼”は強化リリィではない。とするならば、かの研究所で作られていたT型CHARMのアーキタイプとされる、アガートラームの元となったリリィが持っていたスキルであるはず。

 

 最低でも三つ……。もしかすれば、それ以上のブーステッドスキルを保有する強化リリィを元としたCHARMと契約し、深刻な狂化状態から生還したマギウス。

 これが公になったとしたら、“彼”を利用しようとする者、“彼”を守ろうとする者、“彼”を始末しようとする者の間で、血で血を洗う争奪戦が起きるだろう。

 

 

(なぜ、こうも“彼”に災いが降り掛かるのか……)

 

 

 “彼”のここ数ヶ月は、控えめに言っても波瀾万丈であっただろう。

 悲しい事に、マギ保有者は悲劇に見舞われる事が多い。だが、それにしても劇的に過ぎる。

 咬月は、誰かが糸を引いているとしか思えなかった。

 けれど確信を持つには至っておらず、無用の混乱を避けるため、話の主題を“彼”以外の被害者へと移す。

 

 

「北河原君の方はどうかね」

「経過は良好です。後遺症も見られず、まだ入院は必要ですが、退院後は特別寮で生活する予定となっています」

「それは重畳。……“彼”からの要望については?」

「滞りなく。名前すら刻めないのは、心苦しいのですが……」

「そうじゃな……」

 

 

 ただでさえ重苦しかった理事長室が、今度は居た堪れなさで包まれる。

 G.E.H.E.N.Aの手に落ちていた北河原伊紀は、救出されたのちに百合ヶ丘で検査を受け、強化手術の痕跡は見られるものの、後遺症はなく、健康体である事が分かっている。

 だが、彼女を救出する際に犠牲となった男性──江戸川・C・昭仁の存在は、その死は、世間に公表されない。

 公表した所でG.E.H.E.N.Aは知らぬ存ぜぬを貫くだけだろうし、何故それを百合ヶ丘が知っているのかと追及されれば、百合ヶ丘の裏の活動、ひいてはロスヴァイセまで危うくなる。

 

 “彼”はこれを理解した上で、百合ヶ丘の霊園に墓標を建てて欲しいと懇願した。

 名前を刻む事が許されなくても、真実を伝える事が叶わなくとも、せめて、友人が確かに存在し、誰かを守るために戦ったという事だけは……と。

 同作戦に参加した生徒、ロザリンデも強く賛同し、百合ヶ丘のために命を散らしたリリィ以外の人物達との合祀……という形で実現した。

 

 

「逝ってしまった者に、遺された者が出来ることは少ない。せめて、花は絶やさぬようにしてくれぬか」

「勿論です。では、これで」

 

 

 恭しく一礼し、シェリスが理事長室を去る。

 一人、革張りの椅子を軋ませら咬月は、やおら立ち上がり、静かに歩く。

 一面の透過防護壁から空を見上げれば、欠けた月には叢雲が掛かっていた。

 

 

「長生きなど、するものではないな」

 

 

 己自身に向けられたその言葉からは、酷く苦い感情が、滲み出るようだった。

 

 

 

 

 

《よもやま話その十二、同じ言葉》

 

 

「どうですか、おじ様? 違和感とかは……?」

 

 

 妙に心配そうな顔の少女が、作業台の上で、繰り返し手を握る俺を覗き込んでいる。

 いつもは自信満々なこのラボの主人──真島さんだが、今回ばかりは不安が勝っているらしい。

 それもそのはず。

 本来は年末にはどうにか可能かも……というレベルの手術を前倒しし、俺の体には、精神感応型義肢のコネクターが埋め込まれたのだから。

 

 

「問題ないよ。以前と同じように動く。ハーネスが無くなった分、むしろ体が軽いかな。窮屈さも感じないし」

「そうですか。それは何よりです」

 

 

 ホッと胸を撫で下ろす真島さん。

 今回の手術、俺が無理を言って施してもらったものだ。

 最初は真島さんも「まだ開発途中ですから!」と難色を示していたけれど、三日くらい拝み倒したら渋々了承してくれた。

 術後数時間は異物感があったものの、もう以前と変わらない精度で動かせている。

 

 そして、そんな俺の腕を興味深そうに見つめる美少女がもう一人。

 

 

「これが、百由の作った精神感応型義肢なのね。実際に使っている所を見ると、面白いわ」

 

 

 灰色に近い銀色の髪を持つ、百合ヶ丘とは違う制服を着崩した彼女の名は、天津麻嶺。

 有名なCHARMメーカーである天津重工の社長令嬢であり、当人も中学生ながら天才アーセナルとして名を馳せる才媛でもある。

 普通の人間ではあり得ない髪色だが、これは体に宿すマギが作用しているマギ毛髪異色症だとか。眼の色の場合はマギ虹彩異色症というらしく、天津さんは両方を発症している。瞳は紫色だ。

 

 今まで特に触れてこなかったけれど、実は梅ちゃんや安藤、遠藤も異色症なので、殊更に珍しくはないのだ。

 ちなみに、オットーさんのプラチナブロンドは天然物だそうで。

 それはそれとして、友人に対し真島さんの態度は一変。ふんぞり返って胸を張る。

 

 

「ふっふーん。そうでしょう、そうでしょうとも。

 なんてったって自信作! 愛しの我が子! まぁ、おじ様との共同制作みたいなものだけど。

 はっ! という事は愛の結晶⁉︎ どうしよう麻嶺、私ってばいつの間にか人妻に!」

「なってない、なってない。何、どうしたの真島さん、徹夜明け?」

「……みたいですね」

「あっはっはっはっはー!」

 

 

 見た目にはいつも通りっぽいのだが、この妙ちきりんなテンション、きっと徹夜明けだろう。気をつけなさいって言ってるのに……。

 一方の天津さんは真島さんに呆れつつ、眼は真剣に義肢を眺めていた。

 見た目は非常に落ち着いた……大人びた彼女だけれど、同じ年頃で、同じレベルの天才が生み出した技術に、興味津々なのかも知れない。

 

 

「本当に感覚があるんですか?」

「ああ。試してみるかい。目を閉じてるから、好きなタイミングで右手を触ってみるといいよ」

「では、失礼して……」

 

 

 物は試しと、天津さんの前に右手を差し出す。

 眼を閉じて数秒後、人差し指をちょんと摘まれる感覚が。

 

 

「はい、人差し指を触られた」

「……驚いた。本当に実用レベルまで達しているなんて」

「全くだよ。しかも、他の研究と同時進行で、更なる改良までしてるんだから。いつか倒れないか心配だ……」

「大丈夫ですって。おじ様に忠告されてからは、徹夜しても一徹まで、エナドリも一日三本までにしてますから!」

「百由? 一日三本でも過剰摂取じゃないかしら」

「えー。美味しいのにー」

 

 

 一対二にも関わらず、エナドリに関してだけは譲るつもりがないらしい。どんだけ好きなんだ。

 まぁ、無性にあのケミカルな味を堪能したくなる時もあるけども、一日三本は無理そうだ。

 

 こんな感じで、面白おかしく談笑が続けられる真島さんのラボだったが、そんな中、俺は違和感を覚えていた。

 正確には、もどかしさ、か。

 俺が抱えている感情ではなく、すぐ側に居る人物──天津さんから発せられているそれは、楚々とした振る舞いの裏に隠された、激しい情動を伺わせた。

 自分でもなんで分かるのか不思議だけれど、特に不都合な訳でなし、率直にその事を尋ねる。

 

 

「なぁ、天津さん」

「なんでしょう」

「気を遣ってくれるのは有難いけど、そろそろ本題に入らないか。君が知りたいのは、アガートラーム……いや、T型CHARMの事だろう」

 

 

 こちらを見る紫の瞳が、僅かに見開かれた。

 三日と開けずに通っていた真島さんのラボで、これまでは完璧にすれ違っていたというのに、あの作戦後、出歩くのを許された途端に初遭遇するだなんて、偶然にしては出来過ぎだ。

 真島さんから聞いた限りだが、彼女はCHARMやリリィに対して非常にストイックな人物であるらしかった。

 そんな人物が不意に現れたのだから、勘繰って然るべきだろう。

 反応を見るに、正解だったようだ。

 

 

「大丈夫。どこで知ったかは聞かないし、実際に会って、君がマッドサイエンティストの類じゃないのは分かる。むしろ真逆……。ああいった研究に唾棄する人間だと感じた。違うか?」

「……私もまだまだですね。感情を抑えられていると、思っていたのに」

 

 

 軽く溜め息をつき、同時に苦笑いを浮かべる天津さん。

 手引きしたのであろう真島さんを見れば、今度は借りてきた猫の如く。

 さっきまでの騒ぎようは、罪悪感の裏返し、なのかも知れない。

 

 

「お察しの通り、私は現在、理事長代行からの要請で、マギ保有者を元としたCHARM──T型CHARMについて調べています。

 忌まわしい研究ではありますが、起きてしまった事は変えられない。

 ならばせめて、正しい方法で活かす道を見つけたい。……あの犠牲を、無かった事にしては、いけない」

 

 

 歯噛みするように顔を歪める天津さんの手は、自分自身の肘を強く握りしめている。

 研究者としての矜持が、狂気の産物を許せないのか。あるいは、命を冒涜する研究への純粋な嫌悪か。

 

 

「しかし、なんで俺に話を? CHARMの専門家である君達の役に立てる事なんて、あまりないと思うんだが」

「何分、前例の無い事態ですから。そうと知らずとはいえ、T型CHARMに携わっていたのは、もう貴方しか残っていません」

「……そうだね。あの研究員も、江戸川も、死んでしまった。俺だけが、生き残った」

 

 

 それきり、ラボには沈黙が広がった。

 そう、あの研究を主導していた女性研究員は、ギガント級との戦いの余波に巻き込まれて死亡していた。

 瓦礫で生き埋めになっていた、としか聞いていない。それ以上、聞く気も起きなかった。

 結局、T型CHARMの研究で犠牲になったのは、何人になるのだろう。

 江戸川、例の少年(百合ヶ丘で保護されている)、ナラナリの素体となったマギ保有者、ナラナリが完成するに至るまでの被験者……。

 少なくとも、両手足の指で足りない事は確かだ。

 ……報いなければならない。

 

 

「分かった。可能な限り協力するよ」

「……それが、またT型CHARMを使う事でも、ですか」

「ああ」

 

 

 即答すると、天津さんはまた驚いた様子だった。意地悪な問いかけのつもりだったのだろう。

 でも、そのくらいの覚悟はとうに出来ている。

 

 

「天津さん。“あの夜の出来事”について、どこまで知ってる?」

「事のあらましと、ロスヴァイセによる記録映像、それと研究資料を」

「なら、俺が“暴走”した事も知ってる訳だ」

「……はい」

 

 

 暴走。

 言葉にするとたった一言だが、起きたのは複雑怪奇な異常事態だ。

 その一部始終は、俺の脳裏に焼き付いている。

 

 

「漫画とかだと、その最中の事を何も覚えてない場合がよくあるけど、俺は忘れていない。色々な事を感じて、でも一番強かったのは、共感だった」

「共感?」

「恐らくは、アガートラームのコアに使われたリリィの感情。……ヒュージへの、強い怒りと憎しみ。そして、狂おしい程の後悔」

 

 

 あの時、俺の体を動かしていたのは、俺じゃない。

 俺の体を使い、アガートラームが──誰とも知れないリリィが、動いていたのだと思う。

 スキルの多重発動も、強化リリィしか使えないはずのブーステッドスキルを使えたのも、それならば納得がいく。

 一体、誰がどんな理由でCHARMと化し、どこから来たのか。

 そんな事すら分からないまま、けれど俺は、確かにアガートラームと一体化していた。

 そうでなければ、あんな我を忘れた戦い方が出来るわけない。

 

 

「ラージ級を捻り潰し、ギガント級を嬲って、ケイブに押し込めていたあの時、アガートラーム(おれ)は確かに、喜んでいた。楽しんでいたと言ってもいい」

 

 

 あるいは、単なる憂さ晴らし、八つ当たりでもあったのだろう。

 人の身に余る力を存分に振るう万能感と、超越感。破壊衝動に任せてCHARMを振り回す、ある種の爽快感。

 代償として機械の手脚は吹き飛び、百合ヶ丘で意識を取り戻してからの数日間、強烈な幻肢痛に喘いだけれど、その事に後悔はない。

 もしまた同じ状況に陥ったとしたら、間違いなく同じ行動をすると思う。

 

 これが危険な思考傾向だという自覚はある。でも、止められそうにない。

 何故なら。

 

 

「“彼女”がどういう経緯で、あんな姿になったのかは知らない。

 正直な話、知ったところで、受け止め切れる自信もない。

 けど、もう“彼女”にはそれしか遺されていない。それが分かってしまう」

 

 

 万能感や爽快感の裏で、“彼女”は泣き叫んでいたようにも感じたからだ。

 

 どうして。

 なんで。

 守れなかった。

 生きていて欲しかった。

 笑っていて欲しかったのに。

 

 支離滅裂な、決して言葉にはならない感情の渦が、激情の裏に確かに存在したのだ。

 経緯は分からずとも、あんな哀しみを直接に感じて、無視する事なんて、とても。

 

 

「俺にしてあげられる事があるとしたら、それこそ戦う事だけだから。今まで助けられてきた分、誰かを助けさせてくれた分くらいは、恩返ししたいからさ」

「あの、おじ様……? それ、なんですけど……」

「分かってる。もうアガートラームは使えないんだろう? 危険だから」

「…………はい」

 

 

 真島さんは、まるで自分が死刑宣告をしているかのような、苦渋に満ちた顔をしている。

 俺がどう思っていようと、暴走し、周囲に致命的な破壊を撒き散らしたのは事実。無理もない。

 恐らくアガートラームは、調査のために封印こそされないまでも、戦闘出力は出せないよう、機能にロックが掛けられるだろう。

 そうしないと、他のリリィ──川添や白井さん、真島さんにだって危険が及ぶかも知れないのだから。

 なればこそ、行動し続けなければ。

 犠牲になった者達の為にも……。

 

 

「それでも、“貴方”は戦い続けると」

「もちろん」

「何故、そこまで……?」

「………………」

 

 

 問いかける天津さんに、しかし俺は即答できなかった。

 言葉にすると安っぽくなるから? いや、違う。

 他に出来そうな事を見つけられない、安易に戦いに逃げている自分を、これ以上、綺麗事で飾りたくなかった。

 誰かの為、というのは理由の半分。

 もう半分は、そうしないと罪悪感で潰れてしまいそうだから。

 戦っている間なら、まぶたの裏を過ぎる死に顔を、きっと忘れられるだろうから。

 

 俺は曖昧に笑って誤魔化し、作業台を降りて天津さん達に背を向ける。

 

 

「そろそろ行くよ。この後、久々に戦闘訓練をする予定だから」

「あ、だったら、データ取りたいので私も」

「ダメ。真島さん、君は寝なさい。放っとくとまた研究を始めるだろう?」

「うっ。そんな事は、無きにしもあらずんば、ですけどぉ……」

「はぁ……。天津さん、頼んだ」

「ええ、任されました。……頑張って下さい」

 

 

 端末片手に抜け出そうとする真島さんの肩を掴みつつ、天津さんは苦笑いで見送ってくれた。

 それに手を振りかえしながら、部屋を出て、作り笑いを消す。

 無理に笑うのが、こんなにも疲れるものだとは、知らなかった。

 

 

 

 

 

《よもやま話その十三、普通ということ》

 

 

「碧乙さん。……碧乙さん!」

「え? ……あ、はい、なんでしょう⁉︎」

 

 

 唐突な呼びかけに、石上碧乙は勢いよく背筋を伸ばした。

 敬愛する先輩──ロザリンデ・フリーデグンデ・フォン・オットーの声だ。

 反射的にそうなってしまったのだが、それを見たロザリンデは、笑顔のていを成しながらも、同時に強い圧迫感を放つ、凄みのある表情を見せる。

 ……要するに、怒っているらしかった。

 

 

「なんでしょう、じゃないでしょ。今はなんの時間かしら」

「……せ、戦闘訓練の時間、です……」

「分かっているようで安心したわ。なら、私がさっき話した戦法を復唱してくれる?」

「う……あの……えっと………………ごめんなさい」

「はぁぁ……」

 

 

 深い溜め息。

 たまたま、他に使うリリィの居ない地下訓練場では、やけに響いて聞こえる。

 マンツーマンの戦闘訓練中にボーっとしていたのだから、ロザリンデの憤慨も当然だし、それを受けて碧乙が涙目になるのもまた当然なのだが、普段ならお説教に移行する場面で、けれどロザリンデは矛を収めた。

 

 

「集中できていない理由は、おじ様ね」

「……そう、です……」

 

 

 碧乙達が地下訓練場に入る直前、二人は“彼”と出くわした。

 公には面識はないという事にされているので、すれ違う時に「ご機嫌よう」とだけ挨拶を交わしたが、碧乙が明らかに動揺し、集中を欠いたのはあの時からだった。

 

 

「今日はもう上がりましょうか」

「え。でも」

「そんな状態では、訓練すらも怪我の元よ。その代わり、少しお茶をしましょう。いいわね?」

「……はい」

 

 

 やや強引に訓練を切り上げ、ロザリンデと碧乙は特別寮──特殊な事情を抱えたリリィの保護寮──へと引き上げる。

 道すがらも碧乙は言葉数が少なく、意気消沈といった有り様だ。

 もっとも、あの作戦以降、明るい表情を見せる事の方が少ないのだが。

 それに輪をかけて動揺したのは、やはり“彼”と碧乙の関係に原因があるのだろう。

 

 

(怖がっている……のではない。この子は、どちらかと言えば感情を内に向けるタイプだから……)

 

 

 短くはない付き合いと、放って置けない後輩との間で培った記憶、思い出からロザリンデが推測するに、その理由は……。

 

 

「もしかして、後ろめたいのかしら?」

「えっ。な、なんで分かるんですかっ」

「なんとなく、よ。それに、理由までは分からないわ」

 

 

 驚く碧乙に、ロザリンデはしとやかに微笑み、内心で胸を撫で下ろしていた。

 碧乙はロザリンデを崇拝しているような気配があるので、その理想像を崩さないよう、面倒ではあるが、隠れて努力していたりするのだ。

 ともあれ、二人は特別寮のラウンジに移り、気もそぞろな碧乙に代わって、ロザリンデが優雅な所作でティーセットを用意。

 香り高い紅茶の湯気が立ち昇った頃、ようやく碧乙がポツリポツリと語り始める。

 

 

「私達は、強化リリィです。G.E.H.E.N.Aの強化手術を受けた、リリィの中でも、特に異質な存在。……ですよね?」

「……ええ。そうね」

「だから、でしょうか。普通だった頃が、懐かしく思える事があるんです」

 

 

 望む望まないに関わらず、と付け加えた方が正しいものの、変えようのない事実に、ロザリンデは頷くしかない。

 一方で碧乙の眼は遠くを見ており、過去を振り返っているのが分かった。

 

 

「あの作戦で、私はおじ様と血縁関係を演じました。ごっこ遊びみたいなものでしたけど、私は、楽しかった。普通の人に……ただの女の子に、戻れた気がして」

 

 

 その後に起きた出来事からすれば、本当に些細な、取るに足らない事柄。

 食料の買い出しついでに、妙に重い設定の家族を演じた数時間。

 ふと思い出しては苦笑いしてしまうような、ちょっとした遊び心の結果ではあったけれど、碧乙にとっては思い出深い時間だった。

 ……だが。

 

 

「でも、おじ様は……あの作戦で、おじ様は御友人を亡くして、あんな……あんな……っ」

 

 

 それを簡単に吹き飛ばすのが、あの戦い。あの暴走。

 黒いマギで身を鎧い、慟哭し狂乱する、“彼”の姿。

 本当に同一人物なのかと疑いたくなるほど、衝撃的だった。

 そして。

 そんな姿を目の当たりにして、何も出来なかった……。脚が竦んで動けなくなってしまった、自分自身の不甲斐なさを、碧乙は許せなかった。

 

 

「私にもっと力があったら。

 おじ様との共感現象をもっと利用して、あの事態を予見できていれば。

 もっと別の結末があったんじゃないかって、どうしても、そう考えてしまうんです」

 

 

 もっと早く救援を呼んで、もっと早く戦場へ駆けつけていれば、“彼”の友人は助かったかも知れない。

 それよりも、いっそ救援はロザリンデに任せて、最初から“彼”と共闘していたなら、“彼”が暴走なんてしない、違う結末を掴めた可能性だって。

 そうしたら、“彼”が上層部から不当な……危険分子扱いを受ける事も、なかったはず。

 

 いいや、物理的に間に合わない。

 共闘しても何も変えられない事だってあり得る。

 何をしたとして、喪われる命も救えず、“彼”の暴走も止められない、かも知れない。

 それでも、無駄だと分かっていても、考えてしまうのだ。

 もっと良い今があったのでは? と。

 

 ラウンジは静まり返っていた。

 いつもなら寮生で賑やかなのだが、中途半端な時間に訓練を終えてしまったからだろう。

 ゆっくりと、ロザリンデが紅茶に口をつける。

 その温かさが、少しだけ心を軽くしてくれたような気がした。

 

 

「確かに、ファンタズムは未来を予見できる。けれど、レアスキルだって絶対じゃないわ。

 未来を見てしまったせいで、より悪い未来を引き寄せてしまう可能性だってある。

 自分の力で、世界を思い通りに変えられるだなんて、傲慢な考え方だわ」

「……そ、そう、ですよね。私なんかが何したって、事態を悪化させるだけ、で……」

 

 

 ある意味では予想通りの、厳しい言葉を投げかけられ、碧乙の目尻にいよいよ大粒の涙が浮かぶ。

 慰めて欲しかった訳ではない。

 同情して欲しかったのでもない。

 碧乙は、痛いほどの事実を突きつけて欲しかった。

 

 そうすれば。

 そうする事で、少しでも似たような痛みを感じれば、少しは“彼”の苦しみも、理解できるのではないかと思ったから。

 訓練場の前で見た、あんな、思い詰めた表情をさせずに済む方法が、思いつくかも知れなかったから。

 ……どんなに痛くとも、“彼”の痛みには決して及ばないと、知っていても。

 

 しかし。

 

 

「でも」

 

 

 ただ痛いだけで終わるはずだった言葉は、不意に温かさを宿した。

 いや、違う。

 言葉だけではなく、ロザリンデの手が、固く握られた碧乙の手に重ねられていて。そこから、体温が伝わってくる。

 

 

「誰かを救いたかった、助けたかったと思って涙を流せるなら、それはきっと、優しさから生まれる、立派な後悔よ」

「後悔……。立派な……?」

「そう。今はまだ活かせなくても、いつかきっと、その痛みは力になる。いいえ、力に変えられる。貴方にそのつもりがあるのなら」

「………………」

 

 

 優しく、凛々しく。それでいて力強いロザリンデの言葉は、不思議と違和感なく碧乙へ染み込んだ。

 それは、根源で同じ痛みを抱える者同士だからこそ、伝わる慈しみ。

 

 貴方は強くなれる。

 今は無理でも、いつかきっと。

 そう信じてくれているのが、肌で分かる。

 

 

「誰かに笑って欲しいなら、まず自分が笑顔でいなさい。しかめっ面や泣き顔のまま、誰かを笑顔にできるほど、貴方は器用じゃないんだから」

「……っ、は、い……っ」

 

 

 優しく涙を拭ってくれる手に、その温かさに頬を寄せながら、碧乙は不器用に笑い、そして泣いた。

 いつかきっと、誰かを笑顔にさせられる自分になるため。

 今だけは、優しく守ってくれるこの手に、甘えたかった。

 

 

 

 

 

 なおこの光景は、物影から見守っていた特別寮の生徒達によってしっかり周知され、今後数週間、多方面からイジられる事になったのは、言うまでもない。

 イジられている間、碧乙の顔には、照れ臭そうな笑顔が浮かんでいた事も、また同じく。

 

 

 







 言い訳を……言い訳をさせて下さい……。
 実はですね、ようやく当たったんですよ。PS5。Amazonの抽選販売一回目で。
 届いたらまぁ「どんなもんやろ」と起動するじゃないですか。
 開封すら出来なかった購入済みのデモンズリメイクとか、デスストDCとか、ブーストモードが適応されるダクソ3とか隻狼とかホライゾンとかを遊んでみたら、あっという間に100時間以上吸われました。ごめんなさい超楽しかったです。
 エルデンリングのテスターにも当選したので、仕事がある時以外は遊び倒す予定だったり。超絶楽しみです。

 そんなこんなで遅れた上に無駄に長くなったので、本来は五話構成だった物を書き上がった三話分だけ先に投稿します。
 でも、あれですね。遅れてる間に公式ツイッターで碧乙ちゃんの二つ名の由来とかも判明したので、怪我の巧妙ですかね?
 意外と重くない理由で肩透かしくらった気分ですが、きっと本人にとっては辛かったんでしょう。ロザリンデさんに慰められるといいよ……。

 あと、少し前にラスバレの方でで亜羅椰ちゃんを解放したんですが、深夜帯の囁きボイスが優しくて(やらしくての誤字にあらず)堪りません。惚れてまうやろ!
 まだ解放してない人は是非とも解放して聞いて欲しい。性能? 特に語る事はないです(´Д` )
 ああ、次はレジェバト用に番匠谷Pを解放しなきゃ……。アールヴへイム全解放はいつになるやら……。
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