アサルトリリィPARABELLUM 作:苗陽さんガチ恋勢
《よもやま話その十四、外側から見た景色》
その日、郭神琳は最悪の気分で目覚めてしまった。
(……嫌な夢)
ベッドの上で起き上がりながら、目尻を拭う。指には、透明な雫。
悪夢を見た。
人々がヒュージに蹂躙され、街が壊されていく夢。
神琳の故郷──台北市が滅ぼされる、夢。
幼い頃から日本で生活しているため、神琳は直接その光景を見ていない。
あの悪夢は、神琳の心が作り出した光景に過ぎない。
それでも、胸を掻きむしりたくなるような、耐え難い激情が渦を巻いた。
(嫌な、夢)
時計を確かめてみると、まだ朝の五時。どうりでカーテンの向こうが暗いはずだ。
しかし、今から寝直す気分でもなければ、いつものように朝練に繰り出す気力もない。
仕方なく、神琳は少し大人びたデザインの寝巻きから制服に着替え、散歩に出る事にした。
「……はぁぁ〜」
寮から出て、大きく息を吐く。
肌には冷たい空気が突き刺さり、曇る息が瞬く間に消えてしまう。
もちろん、こんな時間に人影は全く無く、誰も居なくなった世界にたった一人、取り残されたような感覚を覚えた。
(どうして、今更あんな夢を)
当て所もなく進む神琳の足取りは、重い。
昔、故郷が陥落したという知らせを聞いた時は、それこそ眠れなくなるほどのショックを受けたものだが、ここ最近、故郷に関する悪夢は見ていなかった。
忘れていた訳ではない。
忘れられる訳がない。
けれど、普通に生活できるくらいには、折り合いをつけられたはずなのに。
何故。
「……? あれは……」
考えながらも歩き続け、休憩所──足湯の東屋まで来たところで、神琳は気付く。東屋に人影があったのだ。
この足湯、冬場は源泉掛け流しで常に温水が流れているため、人気のスポットではあるのだが、わざわざ朝早くに浸かりに来る物好きな生徒は居ないだろう。
というか、よくよく見れば学院の生徒にしては体が大きい……というより、明らかに性別が違う。
“彼”だ。
(こんな時間に、どうして……?)
何故だろう。神琳は“彼”に気取られないよう木の影に隠れ、遠目に様子を伺う体勢になってしまった。
そも、やたら早くに出歩いているのは神琳も同じなのだが、“彼”の佇まいが妙に気になった。
覇気がない、とでも言うのか。
やっと姿を見せ始めた太陽に照らされる“彼”は、身じろぎ一つせず、ただただ無言で虚空を見つめ、まるで人形のよう。
胸がザワつく。
あの生気のない表情を見ていると、無性に。
「あら。まぁたまた随分と熱〜い視線を送ってるわねぇ。もしかして、本気にでもなっちゃったのぉ?」
そんな時、ふと背後から声を掛けられた。
ま た か 。
覚えたくなくても覚えさせられたその声に、神琳は無意識のまま、深く深く深く溜め息をついた。
チラリと横目で振り返れば案の定、同じく制服姿の遠藤亜羅椰が、そこに居た。
もう真面目に答えるのすら面倒で、神琳が投げやりに答える。
「……そうかも知れませんね」
「は? 冗談のつもりだったんだけど」
「奇遇ですね。わたくしもです」
「
相も変わらず挑発的な顔付きで、横から覗き込んでくる亜羅椰。
その言われようには文句をつけたかったが、自分でも気落ちしている自覚はあるので、神琳は話題を変えた。
「遠藤さんは、なぜこんな時間に?」
「ちょっとルームメイトがね。先に寝落ちされちゃったから、暇潰しに散歩でも……と思ったら、物影からおじ様を見つめる不審者が居たもんだから、思わず」
貴方にだけは不審者なんて言われたくありません。
と神琳が言い返す前に、亜羅椰は東屋を見遣る。
あちらもあちらで、変わらず虚空を見つめている。
不機嫌そうな溜め息が白く煙った。
「あっちもあっちで湿気た面ねぇ……。ホント、何があったんだか」
「遠藤さんはご存知ないんですか? 最近、絵のモデルを頼んでいるらしいじゃありませんか」
「知る訳ないでしょ。ただ絵を描いてるだけよ。余計なお喋りなんてしないし、聞いたところで答えないんじゃない? あの人、けっこう頑固なとこあるみたいだもの」
亜羅椰は木に寄り掛かり、大仰に肩をすくめた。
遠藤亜羅椰が男をモデルに絵を描いている。
この事実は、大きな驚きと共に学院を駆け巡り、本人達の耳には届かない範囲で、あれやこれやと噂が広まっていた。
神琳にはあまり興味のない内容なので我関せずを貫いていたけれど、“彼”を見るその視線からは、“彼”を気遣うような気配が感じられて。
「風の噂に聞く程度だけど、おじ様が学院を出たのと同じ時期に、ロスヴァイセが動いてたらしいのよ」
「ロスヴァイセ……。確か、衛生レギオンとして有名でしたね」
「それだけじゃなさそうだけどねぇー。絶対に裏があるわ」
「根拠は?」
「か・ん。でも、私のこういう勘は当たるんだから」
時々……。本当に時々だが、この根拠のない自信を羨ましく思う事がある。
とはいえ、真似をするつもりは全くないし、それよりも重要な事に思い至ったので、神琳は亜羅椰の存在を頭から追い出して、自らの記憶の海を覗く。
(あの顔を、あの表情を、私は知っている。見た事がある)
まるで、心が死んでしまったかのような、空虚な表情。
以前にそれを見たのは、鏡越し。そう、神琳自身の顔だ。
神琳には三人の兄が居た。
歳の離れた彼等は、神琳が物心つく位の頃には、すでに台北市で戦っていた。
そして、台北市が陥落して以来、連絡は途絶えている。
神琳の心に、この出来事は深く刻まれている。
……思い出すだけで、胸が痛くなるほど。
(わたくしは、どうやって乗り越えたの……。そもそも、本当に乗り越えられているの?)
正直に言って、決して忘れられないけれど、あまり積極的に思い出したくもない記憶である。
返事が来ないと分かっていて手紙を書いたり、一人で塞ぎ込んでは、泣き疲れて眠ってしまったり。
我ながら酷い状態だったと神琳は思うのだが、どうやって立ち直ったのか、思い当たる節がない。
時間が悲しみを紛らわせた可能性もなくはないだろうが、別の何かがあったような……。
「じぃ〜」
「……な、なんですか。そんなにジッと見て」
いつの間にか、また亜羅椰が神琳の顔を覗き込んでいた。
思わず身構えて距離を取るも、彼女は難しい顔でしばらく考え込み、かと思えば、「やれやれ」とでも言いたげに肩をすくめて見せる。
「もう冬だっていうのに、どこもかしこも湿気ってばっかり。まるでふやけたお煎餅みたいだわ」
「……確か、濡れ煎餅、という種類のお煎餅があったような」
「アンタ、分かっててスッとぼけてるでしょ? もういいわ、ちょっとこっち来なさい」
「え。あ、ちょっと!」
むんず、と神琳の腕を掴み、亜羅椰は迷わず東屋へ向かって行く。
有無を言わせないその歩みは、ザクザクと枯葉で大きな音を立て、程なく、“彼”に神琳達の存在を気付かせた。
「……ん? おお、遠藤と郭さんか。ずいぶん早起──」
「神琳、そこに座りなさい」
「な、なんなんですか、いきなり。わたくしは」
「いいから早く! おじ様は動かないで!」
「え? ……え?」
座っている“彼”の隣を指差し、亜羅椰が言う。
困惑する二人を他所に、亜羅椰はその対面へと腰掛け、どこからか取り出した大きめのシステム手帳とペンを構えた。
どうやら、今ここでスケッチするつもりらしい(なんなら足湯にも浸かっている)。
こうなっては仕方ない。抵抗すると後が面倒な事になりそうなので、神琳は不服ながらも従う事にした。
「し、失礼します」
「……どうぞ」
一応、“彼”に断りを入れてから、拳数個分の距離を置いて、足湯に浸かる。
体が冷え始めていたのか、じんわりと温かさが足を伝って心地よい。
しかし、亜羅椰は不満げにペンをビシッと。
「ちょっと神琳、距離開け過ぎ。もっと近寄って。腕組んだり、肩にしなだれ掛かれるくらいに」
「んなっ⁉︎ そそ、そんな事できるはずがっ」
「実際にしろだなんて言ってませんけどぉ〜? 距離があると構図が悪いのよ、ほらちゃっちゃと詰める」
「む……っ」
「お、おい、遠藤? 俺には構わないけど、郭さんに無理強いは」
「おじ様は黙ってショボくれてればいいの。大人しく引き立て役になってなさいな」
「ぐ……」
あからさまな挑発を受け、流石に二人もイラっとしてしまうのだが、ここで声を荒らげては、きっと亜羅椰の思う壺。
大人な対応を心掛けるべく、神琳は深呼吸、“彼”は大きな溜め息で気を落ち着かせ、亜羅椰がペンを動かし始めるまで、徐々に徐々に距離を詰めた。
「なんか、ごめんね。巻き込んじゃったみたいで」
「いえ、わたくしの方こそ……。本当に、何を考えているのやら……」
結局、肩が触れるか触れないかの距離まで詰める事になったものの、亜羅椰の横暴の被害者であるという共通点のおかげで、神琳も変に緊張する事はなかった。
が、亜羅椰のスケッチが終わるまでの時間を、ただ無言で過ごすというのは、ちょっと気不味い。
何か世間話のネタでもなかったかしら……と考えを巡らせる神琳に、“彼”の方から助け舟が出される。
「最近はどう? なりたい自分に近づけてるかい」
「……どうでしょう。勉学でも戦闘技術でも、学ぶべき事が多過ぎて、身についているかどうか」
「ふむ。何か、克服したい課題がある、とか?」
「そう……ですね」
控えめに言っても、神琳は優秀だ。
同学年のリリィと比べて、学業の成績は抜きん出ているし、実技──戦闘訓練でも一歩先を進んでいる。
いっそ、高等部の生徒と比べた方が、客観的にも実力を推し量りやすい位である。
けれども、それ故に神琳は、他を導く、先導する存在として認知されており、いわゆる仲間との切磋琢磨が可能な環境に、身を置けていなかった。
まぁ、よく突っかかってくる
この事を自覚すると、どうしても苦笑いが浮かんでしまうのが不思議だった。
「わたくしのレアスキル、テスタメントは、防御結界を薄くする欠点があります。
近頃、誰かさんに絡まれて戦闘訓練する度に、それを思い知らされていて……。
あ、ちなみに勝ち越していますよ? わたくしが」
「記憶を捏造しないで貰える? 昨日の私の勝ちで同点よ」
「遠藤さんの記憶違いでは?」
「い、い、え。私の記憶力は絶対だから。あの模擬戦以来、27勝27敗。きっちり同点!」
「つまり、あの模擬戦を加えれば、わたくしの勝ち越しですよね?」
「ぐ、ぬぬぅ……!」
にっこり。今度は満面の笑みで神琳が言い、対する亜羅椰の顔は、苦虫を噛み潰したよう。
良くも悪くも、確かなライバル関係が構築されていた。
傍から見ると、喧嘩するほど仲が良い、の典型に思えるのか、“彼”の顔にも笑顔が浮かぶ。
「テスタメントの欠点か……。難しい問題だね。解決の糸口はある?」
「推奨されているのは、ヘリオスフィアの影響下に入ること、もしくは防御に適したCHARMを使うことなのですが……」
「その様子だと、しっくり来てないみたいだね」
「はい。もっと能動的に対処できれば、と考えています。受け身なばかりでは、戦場で動けなくなってしまいますし。でも、なかなか……」
和やかな雰囲気ではあるが、話の内容は真剣そのもの。
他人のレアスキルを増幅するテスタメント使いは、その防御力の低さが原因で、戦闘においては後衛に適するとされている。
前衛に立つにしても、上記の条件を満たせないと、生存率が非常に下がるからだ。
しかし、そう都合良くヘリオスフィアの使い手が側に居てくれるとは限らない上、常時その効果を発揮させるのは、マギの消耗的にも好ましくない。
神琳としては、自らの持つレアスキルを最大限に活かす──他のリリィをより活かすために、テスタメントの欠点を、自分だけで解決したいと考えているのである。
高望みかも知れないと、分かっていても。
「同じレアスキルを持つ先輩とかに、相談はしてみた?」
「……いえ。お手を煩わせるのも良くないと思って、まだ誰にも」
「煩わせる、なんて事はないんじゃないかな。きっと力になってくれるよ。
そういえば、アールヴへイムにもテスタメントを使うリリィが居たっけ。
川添を通じて、相談相手になって貰えるよう、打診してみようか」
「い、いえ、そこまでして頂く訳には……!」
思わぬ申し出に、神琳はつい首を振ってしまう。
本来ならば、一も二もなく飛びつくべき話だ。
中等部の生徒混じりでありながら、今の時点でも注目を集める超有望株ばかりの、アールヴへイム。そのメンバーに直接指導してもらえるかも知れない。
きっと得るものは目白押しで、実り多い時間になるだろう。
が、神琳自身はアールヴへイムと何某かの伝がある訳でなく、それを無視して指導を願うなど、なんとも厚かましく、図々しい甘えだと思ってしまうのである。
生真面目さが裏目に出ている形だ。
事実、神琳は教本を読んだり、同級生のテスタメント使いの話を聞くなどして、まず自分なりの努力をしてから、誰かに相談しようと考えていた。
しかし、“彼”は尚も言葉を重ね……。
「今は学院防衛の手伝いだけだから、そう思ってしまうのも無理はない。
でも、戦いに絶対は無いし、あと一年もすれば、本格的にリリィとして活動する事になる。
そうなってからじゃ、遅いかも知れない。ほら、後悔先に立たず、って言うだろう?」
冗談めかしていても、その表情は真剣さを隠しきれていなかった。
後悔。
たった二文字の言葉の裏には、“彼”の複雑な思いが込められているように感じられる。
その中に、神琳の身を案じる気持ちがあると。そう思うのは、自惚れではないだろう。
「……そうですね。わたくしとした事が、折角の学ぶ機会をふいにする所でした」
「じゃあ……?」
よくよく考えてみれば、いや考えずとも最高の申し出。
試行錯誤する時間を省き、確実に地力を上げられるうえ、何か他の分野でも学べる可能性は高い。
神琳は破顔し、“彼”に大きく頷き返す。
「はい。先輩方へのお話、どうか宜しくお願いします、おじ様。もちろん、わたくし自身からもお願いに参りますので」
「そっか、良かった……。余計なお世話にならなくて、安心したよ」
ようやく、“彼”の顔に自然な笑顔が浮かび、肩の力も抜けたように感じられた。
この数週間で、“彼”に何があったかは分からない。辛い事だったのかも知れない。
けれど、この小さなやり取りが、ほんの少しでも“彼”の救いになったならと、神琳は思った。
そして、そんな風に笑い合う二人を、亜羅椰は静かに見つめていた。
ペンを動かす事もせず、まるで別人のような、穏やかな顔付きで。
ただ、静かに。
《よもやま話その十五、裸の付き合い》
「時に、温泉は好きかね」
「は? はい、人並みには……」
義父上からの唐突な問いに、なんとなく曖昧な答え方で返してしまう。
場所はいつもの理事長室。
今日も一日が過ぎようとしており、暮れなずむ景色を窓の外に見られる時間帯である。
例の一件以降、経過観察の意味合いも兼ねた面談を、こうして毎日行っているのだが……何故に温泉?
「宜しい。では付き合いたまえ」
「……温泉に、ですか? でも、百合ヶ丘の温泉は全部リリィ専用じゃ……」
「大浴場は、な。源泉に近い場所に露天風呂がある。本来は教職員用なのじゃが、少し歩く必要があって、事実上、儂専用になっておる」
「なるほど」
部屋を出る義父上に続き、歩いて学院から離れる。
てっきり車か何かで行くのかと思っていたが、それほど距離はないらしく、普通に徒歩で向かうようだ。
暗くなり始めた森の中を、義父上が持つ古めかしいランタンの明かりを頼りに進み、急勾配な坂道などを越えること二十分ほど。
小高い丘に拓けた場所が現れ、これまた古式ゆかしい日本家屋……いわゆる庵が、ひっそりと佇んでいた。
「周りが拓けてて、景色も良いですね」
「うむ。ここで静かに湯に浸るのが、密かな楽しみでな。さぁ」
裏手が露天風呂になっているとの事で、勧められるがまま、庵へと足を踏み入れる。
こじんまりした室内には最低限の家具しかなく、畳敷の休憩スペースと脱衣所が間仕切りされている位で、後は物置っぽい戸棚があるだけ。
流石に電気は来ているのか、照明はあるけど天井に一つのみ。隠れ家的雰囲気だ。
そんな中、義父上は戸棚から何やら一升瓶を取り出し、燗徳利や猪口まで用意すると、そのまま無言で服を脱ぐ。
(凄い傷跡だ)
義父上──高松咬月という人物は、歴戦の勇士である。
ヒュージ出現最初期の動乱、南極大戦を生き抜き、現在に至るまで活動を続ける傑物。
分かっているつもりだったけれど、老いてなお壮健な体に刻まれた多くの傷跡が、その人生を如実に物語っていた。
それに倣い、俺もそそくさと服を脱ぎ、裏手へと続く引き戸を二人でくぐる。
蛇足だが、湯着着用の上で、である。学院敷地外ではあるが、護衛してくれているリリィへの配慮なのだとか。
そりゃそうですよ。野郎のイチモツ見て喜ぶ女子高生とか居ない。居たらヤバい。
「……っあ゛ぁああぁ……。染みるぅ……」
「じゃろう?」
掛け湯をし、熱めのお湯に体を慣らしてから全身で浸かると、マギがほんの少し活性化するのが分かった。
百合ヶ丘の温泉は、わずかながら聖泉としての性質があると聞いていたが、源泉に近いとよく分かる。
ジワジワ〜とくるのが気持ち良い。
聖泉とは、龍脈・地脈といった“力”の流れの影響を受けた水源の事で、それに身を浸す事でマギの回復が促されるのだ。
単純に泉として湧く事もあれば、古くから温泉として利用されてきた聖泉もあり、「傷が早く治る」などの効能が見られる温泉は、たいがい聖泉だと思っていいらしい。
そのまましばらく、無言でお湯を楽しむ時間が続いた。
比較的高所だからか、沈みかけた夕日がまだ見えて、闇に染まりつつある空にグラデーションを作っている。
背後の引き戸から溢れる明かりは弱く、幽玄な情感を引き立たせて。
なんとも……静かだ……。
「先日の……」
「……はい?」
「先日の作戦では、辛い想いをさせてしまった。一度、謝りたいと思っておった」
不意に、静寂が破られる。
義父上はこちらを向いていなかったが、空を見上げるその顔に、物憂げな皺が浮かんで見える。
静かだった胸の内に、漣が立つ。
「謝って頂く事なんて、ありませんよ。少なくとも、戦友の死を看取る事はできました。何も知らないまま、いつの間にか死なれているよりは、ずっといい」
「……かも知れぬが」
「それに今の時代、こんな別れはありふれています。誰もが、こういった感情を抱えて生きてる。自分だけ悲劇の主人公ぶるのは、少し、違うかと」
同じように空を見上げ、思ったままを口にする。
嘘だ。こんなのは建前で、本当は虚無感に苛まれている。ずっと。
でも、それを認めてしまったら、心が折れてしまいそうだから。
俺は必死に、強い自分であろうと嘯く。
しかし、義父上にはそれもお見通しのようで。
「確かに、ありふれているのじゃろう。しかし、ありふれた出来事だからこそ、耐え難い時もある。無理に蓋をすれば、いずれ弾けてしまうぞ」
言いながら、先ほど義父上の用意した二本の徳利と猪口が盆に乗せられ、湯船の縁に置かれる。
湯で燗されていたのか、芳しい日本酒の香りが鼻をくすぐった。
「そら、一献」
「……頂きます」
差し出される徳利を猪口で受け、今度は俺が義父上に。
無言で、目線の高さまで掲げたのち、猪口を呷る。
ぬるめの酒精が喉を焼いた。
「
「ああ。儂の好みとは少し外れるが……こればかりを好き好んで呑む男が居たんじゃよ」
猪口を見つめる目が細められ、目尻の皺がより深くなる。
口には出さないが、きっと義父上も、同じような経験をしたのだろう。いや、幾度もしてきたのだろう。
一息に猪口を空にして、深く息を吐く。
「やはり、
「……
今度は手酌で猪口を満たし、また呷る。
以降、言葉は殆ど交わさなかった。
ただ湯に浸かり、誰かが好きだったという酒を飲むだけの時間。
いつの間にか。
胸の内に立った漣は消えていた。
《よもやま話その十六、葛藤》
深夜。
机に付属した灯りだけを頼りに、一人の男性がタブレット端末に向き合い、作業を行っていた。
左手のみで行われるそれは、右腕に装着された義肢と、その接合部のメンテナンスである。
と言っても、出来るのは簡単な洗浄や、専用端末に繋いでのシステムチェックくらいで、専門的な調整などはアーセナルに頼らざるを得ない。
それでも作業を続けるのは、少しでも自分に出来る事を増やそうという考えからなのだろうが、しかし“彼”の表情は、酷く暗いものだった。
「……やっぱり、か」
嘆息。
視線の先には端末の画面があり、様々なデータが表示されているものの、全て教えられた正常範囲内に収まっていた。
問題など無いはずなのに、右腕の凸型接合部を撫でては、顔を顰めている。
まるで、そこに“何か”が存在しているように。
「………………」
立ち上がり、窓辺へ。
地上を見下ろす満月には叢雲が掛かり、風が強いのか、異様な速さで流れていく。
一部地域では、急ぎ足の雲は凶兆とされるらしい。
ふと、そんな事を思い出しながら、月明かりに欠けた右腕を翳す。
「俺は、何なんだろうな」
呟きは夜闇へと消え、揺れる窓ガラスの音だけが聞こえる。
結局、“彼”は朝日が昇り出すまで、窓の外を見続けていた。
そして、そのまま部屋を抜け出したのち、神琳と亜羅椰に発見されるのである。
百合ヶ丘女学院に招かれざる客人が訪れる、わずか二日前の出来事であった。
ちょっとした小ネタ。
亜羅椰ちゃんと天葉様を同時に編成して、デイリーなどをオートで始めると、「活躍したら樟美をお貸し下さい!」「亜羅椰! ほd《ヘリオスフィア》!」となって「樟美から離れんかいワレェ」してるようになる。
ちなみに本来は「程々にね!」と返します。……OKなの?
それはさておき、アサルトリリィ二次なのに、初めての温泉シーンが爺とおっさんなんて誰得やねーん!
本当に誰も得しないんですけど、どうしても描写しておかないといけなかったんです許して。お尻貸すから(オイ
話の内容が前後して分かりづらいと思いますが、時系列的には16、14、15の順に進んでます。
なんでこうなったか? 書きたい物を書きたい時に、行き当たりばったりで書いてるからじゃないっすかね(適当)。
次回はPC編の詰め。久々にあのシュッツエンゲルと、その後が気になる愛の重い子が出ます。ご期待ください。