アサルトリリィPARABELLUM   作:苗陽さんガチ恋勢

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命を捧ぐ


27 タツナミソウ ── Scutellaria Indica ── 君の未来に望むこと、その二

 

 

 眠い。

 燦々と朝日が降り注ぐ中、俺の頭を占めているのはそんな感情だった。

 

 

「……おじ様? 顔色があまり良くないようですけれど、もしや気分が……」

「いや、大丈夫だよ。少し寝覚めが悪かったんだ」

 

 

 霊園へと向っている途中。

 隣を歩く北河原さんが、心配そうな顔で俺を見上げる。

 腕には仏花の花束が抱えられていて、黒い中等部制服を着た彼女の儚さを際立たせていた。

 

 

「妙な夢を見て夜中に起きたんだけど、具体的な内容は何も覚えてなくて。思い出そうとしている内に、気が付いたら朝になってた……」

「あ〜、分かる、分かります。なんでか夢って忘れちゃいますよね。でも、内容は覚えてないのに、どんな夢だったかしっかり覚えてる時もあるのが不思議です」

 

 

 北河原さんの反対側では石上さんが、いつもの明るい笑顔を浮かべてくれている。

 ともすれば、雰囲気が暗くなりがちな墓参り。

 場違いと思う人も居るかも知れないけれど、今の俺には、それを救いと感じた。

 きっと、少し足取りの重い、北河原さんにとっても。

 

 

「……気が重い? 無理はしなくても……」

「い、いえ、大丈夫ですっ」

 

 

 歩調を合わせて問いかけるが、北河原さんは首を振る。

 彼女なりのけじめ、なのだろう。

 嬉しく思うと同時に、少し申し訳なくも感じる。

 こんなに細い肩へと、既に人の死という重みが、のし掛かっているのだから。

 

 そこからは無言で歩き続ける。

 程なく霊園に辿り着くのだが……。

 

 

「ん? あれは……」

 

 

 意外な事に、先客の姿があった。

 短めに切り揃えた赤毛の少女。

 北河原さんと同じ、百合ヶ丘の中等部制服を着ている。

 

 

「あの方も御参りでしょうか」

「きっとそうね。邪魔をしないようにしましょう」

 

 

 声をひそめて話し合う二人。

 俺もそれに頷くけれど、近づくにつれて、ある事に気付く。

 

 

(……あの子が居るの、江戸川の墓の前だよな)

 

 

 少女が膝をついている場所。

 そこは俺達の目指す墓標の前なのだ。

 思わず三人で顔を見合わせてしまうが、こうなると話しかけない訳にもいかないので、代表して俺が声を掛ける事に。

 

 

「ご機嫌よう。いい天気になって良かった、ね……?」

 

 

 挨拶をすると少女は立ち上がり、こちらを振り返る。

 そして、赤い瞳と視線が重なった瞬間、奇妙な感覚を覚えた。

 

 

(この子、前にどこかで)

 

 

 懐かしさ。既視感。いや、違和感?

 喉に何かが詰まったような異物感があったのだが、それは彼女が軽く頭を下げた事で途絶える。

 

 

「あー、どうも、です。……高松さん、っすよね。ええっと……ご機嫌よう」

「あ、ああ。ご機嫌よう」

 

 

 慣れない挨拶と、糊の効いたおろしたての制服。

 最近百合ヶ丘に来た子、なのだろうか。

 とにかく、この挨拶を皮切りに、石上さん、北河原さんも少女へと話しかける。

 

 

「貴方も、そのお墓に御参りを?」

「いや、そういう訳じゃ……。ただ、なんとなく足が向いて、なんとなく眺めていただけで」

「そう……。あ、わたしは石上碧乙よ。こっちの子は──」

「知ってる。北河原伊紀」

「……私を、ご存知なのですか?」

「そりゃーね。同じタイミングで助けられる予定だったんだしー」

 

 

 急に砕けた……ギャルっぽい口調に変わった少女は、左右非対称の、皮肉屋な笑みを浮かべる。

 

 

「全く、ヤんなるよ。アルケミートレースへの適性があるってだけで、武器の部品扱いとかさ。そう思うっしょ?」

「……そう、ですね……。とても遺憾に思います」

「でもまー、人間兵器って意味じゃあ、間違ってないか。リリィなんて、結局は生きたAHWってねー?」

「………………」

 

 

 機密事項であるはずの情報を口にしている事が、確かに彼女があの事件の被害者である事を示している。

 T型CHARMの部品として選ばれていたマギ保有者は、その全てが、アルケミートレースという強化スキルへの適性を持っていた。北河原さんもそうだ。

 このスキルは、自らの血液とマギクリスタルコアを媒介に、擬似CHARMを生成する。これによる筐体の安定化が、T型CHARMの要だったらしい。

 ともあれ、言葉に詰まる北河原さんに代わり、話に割って入る。

 

 

「すまない。先に手を合わさせて貰ってもいいかな」

「お好きにどーぞ」

 

 

 こちらが本性なのだろうか。嫌味な態度が板についていた。

 腹立たしく思う部分はあるけれど、あんな事件の被害者だ。

 人間不信になっていたりしても変じゃない。今は置いておこう。

 

 俺達は真新しい墓標に向き直る。

 掃除する必要もないくらいに綺麗なそれには、『語られぬ英雄の為に』と、それだけが彫られていた。

 線香と花を供え、江戸川の好物だったスパムソーセージも墓前に。

 俺は膝をつき、石上さん達は立ったまま、手を合わせる。

 静寂の中、冷たい風だけが鳴っていた。

 

 

(俺は、あの時……)

 

 

 どうしても思い返してしまうのは、彼の死に様だった。

 体を貫かれ、血に塗れ、それでも笑う姿。

 助けられなかった。

 ……いや、違う。助けるのを“諦めた”。

 だから、あいつは死んだ。

 死んだ。

 

 

「──様? おじ様!」

 

 

 肩を揺すられ、ハッとする。

 考え込んでしまっていたらしい。

 今朝と同じような、心配げな北河原さんの顔が、また俺を覗き込んで。

 

 

「本当に大丈夫ですか……? 酷い顔色です……」

「大丈夫……じゃ、ないな。どうしても、記憶が蘇る」

「……少し、ベンチで休みましょう」

 

 

 石上さんに促され、近くにあるベンチへ。

 腰を下ろして一息つくと、少し離れて着いてきたらしい少女が、またしても嫌味な、しかしどこか気遣わしげな様子で口を開く。

 

 

「なーんか訳ありっぽいねー。部外者は引っ込んだ方が良さげ?」

「部外者だなんて……。君も“あの”計画の被害者だろうに」

「そりゃーそうだけど……」

 

 

 頭を掻きむしり、大きく溜め息をついた彼女は、一瞬だけ表情を歪めた後、せせら笑うように俺を見る。

 

 

「なら遠慮なく首つっこむけどさ。誰か近しい人でも死んだん?」

「……そうだよ。戦友だった」

「親友でもあった?」

「どうかな。そこまで親しくはなかったと思う。でも、同じ釜の飯を食って、一緒に死線を潜り抜けた。……仲間だったんだ」

 

 

 正確に言えば、江戸川よりも“あいつ”……甲州撤退線で俺を売った“あいつ”の方が、江戸川より接点も多く、長い時間を共に過ごしたくらいだ。

 でも……それでも江戸川の死は、俺にとって酷く重たい意味を持っていた。

 それを知ってか知らずか、少女は少し間を置いて続ける。

 

 

「高松さんってさー、歴戦のマギウスだったんだよね」

「一応は」

「その間に、仲間が死んだ事は?」

「少なくは……ないよ」

「じゃあ、その反応って変くない?」

「……え?」

「仲間が戦死する度にそんな風に落ち込んでたら、とっくに心が折れてる気がすんだよねー」

「………………」

「という事はさ、今回に限っては落ち込む理由があるって事じゃん。……それって、どんな理由?」

 

 

 どくん、と心臓が跳ねる。

 的確に、抉るように突きつけられる事実。

 何一つ間違っておらず、だからこそ、言葉を返せない。

 

 

「止めてください! 貴方、なんの権利があってそんな……!」

「うっせーな、大人しく猫かぶってろよ。ムカつくんだよクソアマが、良い子ぶりやがって」

 

 

 食ってかかる北河原さんに対し、少女は敵意を剥き出す。

 不意打ち気味の暴言で、北河原さんは眼を白黒させている。

 

 

「どいつもこいつも、お上品に笑顔を浮かべて、お嬢様ぶった挙句に姉妹ごっこぉー? きっしょ。

 一皮剥けば、ドス黒いモノを腹に抱えてる癖して、取り繕うのだけは上手いときてる。……反吐が出んだよ!」

「あなたは、一体……」

 

 

 段々と変わっていく雰囲気を感じ取り、石上さんが警戒を始めた。

 赤毛の少女は、もはや嘲りを隠さない。

 その表情が、俺の記憶の引き出しを、無理矢理にこじ開ける。

 

 

「思い出した……」

 

 

 脳裏によぎるのは、甲州での光景。

 G.E.H.E.N.Aの装甲車と、その側で立ち尽くす無表情のリリィ。

 髪の色こそ違うが、顔立ちは変わっていない。

 変わらない顔立ちのまま、まるで“あいつ”のような表情で、嗤っている。

 

 

「君は……君はっ、甲州撤退線の時にG.E.H.E.N.Aと一緒だったリリィだろう! 何故、今ここに居る!?」

 

 

 ベンチから立ち上がり、俺は声を荒らげる。

 すると、少女はにんまりと口角を上げた。

 

 

「やぁーっと思い出したかー。でもまー、手遅れなんだけど、さ」

 

 

 彼女は指で作った銃を、俺、石上さんと動かし、北河原さんで止め……。

 

 

「BANG」

 

 

 撃つ。

 風が吹いた。

 北河原さんの胸に、血の花が咲いた。

 

 

「──え?」

 

 

 北河原さんは、茫然としたまま体をふらつかせ、うつ伏せに倒れる。

 ……なんだ、これ。何が。……狙撃!?

 

 

「い、伊紀さん……? 伊紀さん!? そんなっ、どうし……嫌ぁああああっ!」

 

 

 取り乱した石上さんが、北河原さんを抱き起こそうとしている。

 俺は、北河原さんの負傷状況から狙撃方向を割り出し、二人を庇うように立ち塞がるのだが、あの少女は尚も楽しげに笑った。

 

 

「そうそう、これは“オレ”からの伝言だ」

 

 

 親指を噛み切り、懐から取り出したコアを中心に擬似CHARMを生成。

 意味不明な言い回しで、捨て台詞を吐く。

 

 

「殺せば止まる。せいぜい足掻けよ、英雄(あいぼう)

 

 

 地面に円を描き、大跳躍で逃亡する少女。

 追うべきか迷う暇もなく、今度は背後で変化が生じていた。

 

 

「……ゔ……」

「伊紀さん? 良かった、意識が──」

「ゔあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっっっ!!」

「きゃっ!?」

「うおっ」

 

 

 強烈なマギの波動で、俺は石上さん共々吹き飛ばされてしまう。

 地面を転がされ、数秒、意識が飛ぶ。

 

 

(何が、どうなってるんだ……っ)

 

 

 どうにか立ち上がり、頭を振って意識をハッキリさせる。

 状況を確認しようと辺りを見回せば、赤いマギの光を纏う北河原さんが、ヨロヨロとした足取りで霊園を離れようとしている所だった。

 

 

「ど、どこに行くんだ!? 早く治療をっ」

「こないで! ……こない、で……ください……っ」

 

 

 駆け寄ろうとする俺を、北河原さんが何故か止める。

 その顔は、苦痛に歪められて。

 

 

「マギが、おさえられ、ません……。このまま、だと……たぶん……ばく、はつ……」

「だったら尚さら、早くどうにかしないと!」

「……どうやって……ですか……?」

 

 

 同じく立ち上がっていた石上さんが呼びかけるけれど、何も続けられない。

 どんな状態か分からず、どう対処すれば良いのかも、全く分からなかった。

 そんな時、覚えのあるマギの気配が、上空から複数やってくる。

 

 

「一体何事だい、これは……!?」

「川添っ? 白井さんに真島さんも、どうして……」

「今日は私達が警戒当番で、未登録のCHARM反応を検知したと報告があったんです」

「ワタシも、レーダーで異常反応の近くにおじ様が居るって分かったもんだから、大急ぎで……でも、こんな……」

 

 

 川添、白井さん、真島さんも、状況に困惑している様子だった。

 そのおかげで、逆にこちらは多少冷静になれたらしく、起きた出来事を頭で整理、川添達へ伝える。

 

 

「G.E.H.E.N.Aの工作員が侵入していた! 北河原さんが狙撃されて、恐らくそれが原因で異常が発生してる……っ」

「……っ! 被疑者はどうしたんだい?」

「西へ逃亡した。白井さん、追跡班に連絡を! 罠の可能性があるから注意するようにって!」

「は、はい!」

 

 

 話を聞き、白井さんが即座に連絡を始める。

 川添と真島さんは、歩き続ける北河原さんを遠巻きに観察しているようだった。

 

 

「あのマギの高まり……。何をされたかは分からないけど、フェイズトランセンデンスも目じゃないね。彼女だけの特質を利用した訳ではなさそうだ。前もって計画されていた……?」

「救出後の検査では異常は無かったはずだ。なのに、どうして……っ」

「こちら側の技術も完璧じゃないって事だわ。G.E.H.E.N.A側が抜け道を見つけていたら……本当に度し難い……!」

 

 

 北河原さんから放たれる波動は、凄まじいに一言に尽きる。

 彼女自身はフェイズトランセンデンスもAwakeningも保有していないはずだが、その何倍もの……防衛軍時代に一回だけ目にした事のある、ノインヴェルト戦術のマギスフィアに匹敵する圧力を感じ取れた。

 つまり、爆発すれば地形を変えるほどの大破壊をもたらす……可能性がある。

 それでも、石上さんは北河原さんに追い縋ろうと。

 

 

「動かないで伊紀さん! なんとかするからっ、必ず助けるからっ、だから!」

「はぁ……ゔ……ごほ、ごほっ……! っ、にげて、くだ、さ……」

「嫌よ! 伊紀さんを見捨てて逃げるなんて、出来るはずないじゃない! 絶対に見捨てな──うっ」

 

 

 石上さんの伸ばした手が、マギの波動で弾かれた。

 触れる事すら許されないのか……。

 歯痒い思いで見守るけれど、不意に、北河原さんが振り返る。

 眼尻に、大粒の涙を湛えて。

 

 

「からだが、いまにも、バラバラになりそう、なんです。いつまで、もつか、わかりません。できる、だけ、がくいんから、はなれ、ますから」

 

 

 苦しみ。悲しみ。諦め。

 それらが混ぜこぜになった、微笑み。

 見る者の心を締め付ける、儚い微笑み。

 それが、覚悟を決めさせた。

 

 

「お、おじ様? 何を……」

 

 

 戸惑う白井さんの声を背に、俺は北河原さんの前へ。

 ……大丈夫。マギには反応しないはず。だから、どうにかなる。

 いや、どうにかする。して見せる。

 

 

「諦める必要なんか、ないんだ」

 

 

 軽く深呼吸し、俺は、右腕をマギの波動へと付き入れる。

 途端、右腕から電流を流し込まれるような、激しい痛みが襲った。

 

 

「うぐ──っ!? 痛覚切っても、これかよっ、キッツいな……っ」

「だ、だめ……にげて……だれも、きずつけたく、ない……」

「嫌だ。お断りだ! 助けられるかも知れないのに、放っておけるかっ!」

 

 

 痛みに負けないよう声を張り、マギを励起。スキルの発動準備に掛かる。

 俺の意図を察したのか、川添が皆を代表するように問いかけてきた。

 

 

「勝算はあるんだね。根拠は?」

「……っ」

 

 

 痛みを堪え、考えようとしたものの、そんな事するだけ時間の無駄。

 躊躇う気持ちを振り切り、どうにか口を開く。

 

 

「……縮地だけじゃ、なかったんだ」

「え? ……どういう事ですか、おじ様?」

「俺が使っていたあのスキルは……アガートラームのスキルプロトコルは、縮地のサブスキルじゃなくて、縮地とZの複合スキルだったんだ」

「……あっ!」

 

 

 俺の言葉に、白井さんが更に首を傾げ、やがてあの模擬戦を思い出したか、眼を見開いた。

 違和感を覚えたのは、対ギガント級での暴走を経験してからだ。

 それまでも時々、戦闘時に体感時間の遅延・停滞を感じた事はあったが、暴走して以降、自分の意思で同効果を発動できるのに気付いた。

 白井さんとの模擬戦で、それを最大出力で発動した時、やっと確信した。

 あの時、俺は停滞した時間の中を動き、止まったままの白井さんへとCHARMを突きつけた。

 

 そもそも、スキルプロトコルという呼び名自体、防衛軍が名付けたもの。

 解析すら碌に出来ていなかったであろう彼等が、正しく能力を定義できないのは道理で、俺の意識は、間違ったそれに従ってしまっていた。

 つまり、俺はZを使えた。使えたはずなのだ。

 

 

「もっと早く気付いていれば、江戸川を助けられた……。いや、気付いてなくても試せたはずだ。

 あいつが死んだのは他でもない、最初から俺が“無理だ”って、諦めたからだ。……俺のせいなんだ」

 

 

 けれど、俺は思い込みからその事実に考えが至らず、死に瀕した戦友を前に、諦めた。

 無駄でもなんでも、やってみればアガートラームが反応してくれたかもしれないのに。

 ……分かっている。こんなのは、たらればの話だ。

 でも。それでも。

 救えたかもしれないという可能性が、重い。

 ……だから。

 

 

「君に撃ち込まれた“何か”を、今からZで巻き戻して摘出する。辛いだろうけど、俺に時間をくれ。なんとかしてみるから」

 

 

 助けられる可能性があると分かっている今、手をこまねいては居られない。

 今度こそ助けてみせる。

 そんな決意をもって、俺は北河原さんを見つめた。

 ──が。

 

 

「いや、です」

「なっ──ぐあっ!?」

 

 

 マギの波動がまた異様に高まり、右腕から伝わる苦痛も、より大きく。

 もう、息をするのも難しい。

 膝が勝手に地面へ落ちてしまう。

 

 

「もういや……。わたしのせいで、みんな、きずつく。わたしを、たすけようとして、みんな。もう、いやです……。わたしは、なにも、かえせない、のに……」

 

 

 北河原さんは、熱に浮かされるように呟いていた。

 涙は見えない。

 流れた端から、蒸発しているみたいだった。

 

 

「いたいんです……。おもいんです……。

 かえせない、おん、ばかりが、つみかさなって。つぶれて、しまいそう、なんです……。

 こんな、おもいを、するくらい、なら……あのとき……みすてて、ほしかった……」

 

 

 それはきっと、彼女が笑顔の裏側に隠していた想い。

 必死に強がって、見て見ぬふりをしていた、負の感情。

 

 

「わたしは、けっきょく。こうなる、うんめい、なんです……。だったら……わたし、なんか……。たすから、なければ……よかったのに……っ」

 

 

 苦笑。

 唇は震え、頬も引き攣っているのに。

 こんな状況なのに、何故だか美しくも感じてしまう、憂いの美。

 

 ……ふざけるな。

 

 

「ぐうぅぅぅっ……!」

 

 

 歯を食いしばり、死に向かおうとする北河原さんを、睨みつけるようにして立ち上がる。

 自然と体内のマギは活性化し、Zが発動する。

 マギクリスタルコアの補助が無いせいで、体への負荷はかなり重いが、気にしている場合じゃない。

 せめぎ合う二人分のマギが、赤と青の光となって可視化していた。

 

 

「おじ様っ、無茶です! そのままでは先におじ様がっ」

「──た事か……」

 

 

 白井さんが呼びかけてくるけれど、それには答えない。

 それよりも、もっと、ずっと、優先したい感情があった。

 

 

「無茶だとか、返せない恩だとか、知った事か。こんな運命、俺は認めない。認めるものか。認めてたまるかっ、こんなものっ!」

 

 

 吐き捨てるように言葉を叩きつけると、北河原さんは困惑した風に眉を寄せた。

 いや、単に苦しかっただけか?

 どちらにしても、俺はZの行使を止めはしない。

 

 

「……どうして、そうまでして、わたしを……?」

「どうして? そんなの決まってる、腹が立つからだよ!」

 

 

 その原動力は、怒り。

 純粋に、単純に、腹立たしかった。

 

 

「どこかで笑ってるんだ。君にこんな運命を押しつけようとしてる奴が。

 きっと今も、どこからか俺達を見て、無駄な足掻きだって笑ってる。

 そう思うと(はらわた)が煮えくりかえるんだよ……。

 どこかの誰かが! 勝手な都合で! なんの関係もない、ただの女の子を苦しめてるんだぞ!」

 

 

 北河原さんをこんな風にしたG.E.H.E.N.Aにも。

 それを受け入れてしまっている北河原さんにも。

 とにかく腹が立った。

 許せなかった。

 認められない。認められるはずがない。

 

 

「そんな奴の思い通りになんて、させるものか。そんな奴に負けてたまるかっ。こんなクソったれな運命なんかに、負けてたまるかぁああっ!!」

 

 

 最早、北河原さんの想いも関係なく、俺は、ただ俺自身の激情に任せ、叫んでいた。

 すると、上空にまたしても覚えのあるマギの気配。

 が、それは人の放つ気配ではない。

 見上げると、空間の歪みがそこにあり、白を基調としたCHARM……アガートラームが出現していた。

 

 

「アガートラーム……? どうして、マギの絶縁処理をした上に、保管庫の筐体にロックしてたはず!?」

 

 

 狼狽した真島さんの声が聞こえる。

 アガートラームは重力に従って落ち始め、俺のやや左後方、手を伸ばせば届く距離に突き刺さる。

 

 ……ああ、助けてくれるのか。

 また、助けさせてくれるのか。

 俺は反射的にその柄を握り、しかし真島さんが慌てて止めようと声を上げた。

 

 

「だ、ダメですおじ様、そのCHARMを使っちゃダメ!」

「……義肢が爆発するから、かい? 正確には、義肢との接合部が」

「っ……!」

 

 

 真島さんが色を失った。

 やはり、か。分かってはいたが、少しだけ気が重くなる。

 が、俺以上に白井さんが大きく動揺し、真島さんへと詰め寄った。

 

 

「どういう事なの、百由……。まさか、おじ様の体に爆弾を……っ!?」

「そ、それは……」

「責めないであげてくれ、白井さん。きっとこれは、理事長代行(ちちうえ)の命令だ……。だろう?」

「……なんで分かったんですか……?」

「真島さんの技術が高過ぎたおかげさ。髪の毛一本より薄いマイクロフィルム爆薬でも、その存在を感じ取れるくらい、繊細な感覚を再現してくれてたからね」

 

 

 俺の体と義肢を繋ぐ接合部。

 そこに、最新式のマイクロフィルム爆薬が仕掛けられているのは、手術後すぐ気付いた。

 知らないふりをしていたのは、当然だと思ったからだ。

 

 義父上には、百合ヶ丘に居るリリィを保護する義務がある。

 いつ、どんなきっかけで暴走する分からない危険因子には、いざという時のための“首輪”が必要。

 周囲への被害を最小限にし、ひと一人を確実に処分するには、極秘裏に仕込めるフィルム型爆薬が最適だった訳だ。

 

 

「時間も無いし率直に聞くよ。起爆方法は?」

「……レーザー信管と精神波信号の複合型です。

 特定の状態時に、特定の機器から発せられる信号を受信すると起爆します。

 それ以外では絶対に爆発しません。そもそもが非常に安定した爆薬ですから」

「流石。なら安心だ」

 

 

 北河原さんに向けて右腕を差し出す時、うっかり起爆しないかと戦々恐々していたのだが、余計な心配だったらしい。

 俺は真島さんを信じる事にする。というか、信じないという選択肢がない。

 

 

「工作員が言っていた。殺せば止まる、と。……もしダメだった時は、俺ごと……」

「な……! 何を言ってるんですか、おじ様! そんな言葉、本当かどうかもっ」

「もし、の話だよ、石上さん。きっと奴等の狙いはそこにある。

 だから全力で抵抗するけど、俺も自分をあんまり信用できないからさ。いざという時の覚悟は必要だ。

 起爆装置は義父上が持ってるんだろう? それに、この話も聞いてる」

 

 

 真島さんが頷き、携帯端末を掲げた。

 それに向けて、俺は告げる。

 

 

「もしもの時は頼みます。でも、それまでは。最後まで足掻かせて下さい」

 

 

 返事はない。

 でも、義父上なら大丈夫だろう。少なくとも、真島さんに無駄な重荷を背負わせはしまい。

 憂いも消えた所で、俺は北河原さんに向き直る。

 

 

「君は、どうなんだ」

「え……」

「本当に、このまま死んだっていいのか? どこかの誰かの、勝手な都合で死んでもいいのか? そんなはずないだろ」

「……ぅ、あ……」

「我慢しなくていい、本音を聞かせてくれ。君の本当の気持ちを」

「……わたし……は……」

「頼むよ……。頼むから、お願いだから、ちゃんと言葉にして、聞かせてくれ。どうして欲しい?」

「………………」

 

 

 彼女もまた、答えない。

 俯いて、震えながら自分の体を抱きしめている。

 まだ十三歳なのに、頭の良い子だから、誰かに迷惑を掛けたくないと、自分を殺してしまう。

 もっとわがままで良いのに。駄々をこねたって良いのに。

 本当の気持ちが知りたい。

 知る事ができれば。言葉にして貰えれば。多分、俺も頑張れるから。

 だから。

 

 

「教えてくれ。伊紀ちゃん」

 

 

 祈りを込めて、静かに呟く。

 空白の一瞬。

 細い体の震えはより大きくなり、そして。

 

 

「しにたく、ないです」

 

 

 掠れる声が、紛れもない本心を教えた。

 

 

「しにたくない……。まだ、やりたいことが、たくさん、あります……。

 みお、おねえさまと、いっしょに、おでかけする、やくそく、してるのに。

 おじさま、とも、はなしたい、こと、いっぱいある、のに」

 

 

 眼を細め、への字に唇を歪め。

 赤ん坊がむずがるように、首を振る。

 

 

「こわい、です……。いたくて、くるしくて、もう、たえられない……。わたしまだ、しにたくないです……。いきたい、です。だれか、たすけてぇ……!」

 

 

 北河原さんの切なる願いは、凄絶なマギの波動に晒される中でも、確かに届いた。

 痛みで軋む俺の体に、火が灯ったような感覚を覚えた。

 激しく燃える、沸き立つが如き熱を。

 と、そこへ新たなる仲間の影が。

 

 

「話は聞かせて貰ったわぁ!」

 

 

 やたらハツラツとした、高飛車にも聞こえるこの声は、間違いなく遠藤のものだ。

 振り返ってみれば、もちろん遠藤がCHARMを構えて仁王立ち、その両隣に郭さん、加えて天津さんまでもが居た。

 

 

「遠藤亜羅椰、ただいま推参致しました!」

「同じく、郭神琳。及ばずながら、助力させて頂きます」

「どうして、君達が……?」

「百由に呼ばれたんです。おじ様が無茶してる、助けて……と」

「ちょっ!? なんでバラすの麻嶺!」

 

 

 アワアワと手を振り回す真島さんは、照れているようで妙に顔が赤い。

 重苦しかった雰囲気が、少しだけ軽くなった気がした。

 そんな友人を横目に、天津さんが足早に進み出る。

 

 

「Zは、長時間の使用でマギの消費量が増大します。本当なら、ZとAwakeningを使える私が代わるべきですが……」

「やめておいた方がいい。生身の腕だったら、とっくに炭になってる」

「でしょうね……。だから、私達でマギを供給します」

「わたくしのテスタメントで、おじ様と遠藤さん・天津様を繋ぐんです。これならマギの制限は無くなります」

「最初は私のフェイズトランセンデンス、それが終わったら麻嶺様のAwakening、それでも足りなければ、私が回復し次第また……という感じよ。これならイケるでしょう?」

 

 

 いつも通り、淑やかに説明してくれる郭さん。

 自信たっぷりにウィンクする遠藤。

 彼女達が言うように、俺のマギは相当な早さで減ってきている。

 このままでは北河原さん……伊紀ちゃんを助ける前に枯渇してしまうだろうが、こんなにも頼もしい仲間が駆けつけてくれた。

 これならば……!

 

 

「ありがとう。……さぁ、始めよう!」

 

 

 決意を新たに、アガートラームを強く握りしめる。

 コア無しでスキルを発動する時の負荷は、既に消失していた。

 そこに郭さん、遠藤が手を重ねて。

 

 

「準備はいいかしら? 神琳。結構キツいわよ」

「覚悟の上です。いつでもどうぞ」

「あらそう。なら遠慮なく。……フェイズトランセンデンス!」

「っうく!? て、テスタメント……!」

 

 

 ずん、と来るマギの重み。

 アガートラームを通じて、遠藤のマギが流れ込む。

 エンジンの回転数が青天井になり、ついでにハイオクのガソリンを流し込まれたような感じだ。

 せめぎ合っていたマギの波動が徐々に混ざり、やがて、青が赤を塗り潰していく。

 

 

「頑張れ伊紀ちゃん! もうすぐ助ける!」

「そうよっ、負けないで伊紀さん! 一緒にお出かけするの、わたし楽しみにしてるんだから!」

「ううう……っ、くうぅ……」

 

 

 撃ち込まれた“何か”を巻き戻すという事は、撃たれた時の痛みを、逆回しにゆっくりと味わうに等しい。

 苦痛に喘ぐ伊紀ちゃんを、石上さんが励まし、繋ぎ止め続ける。

 

 

「時間切れまで五秒! 四、三、二、麻嶺様!」

「任せて。Awakening」

 

 

 一旦、遠藤の手がアガートラームから離れ、代わりに天津さんが手を伸ばす。

 遠藤のとはやや違う……涼やかなマギを感じた。

 

 

「あと、少し……もう少し……!」

 

 

 マギの質は変わってもやる事は変わらない。

 赤いマギを押し除け、俺のZが“何か”を完全に捉えるまで、あと僅か……。

 

 

「ごほっ、げふ…………あ?」

 

 

 ふと、喉から違和感が込み上げ、思わず咳き込む。

 それだけなら良かったのだが、今度は左腕に違和感が。

 確かめてみると、青かったはずのマギが、黒く変色し始めていた。

 これは……負のマギ?

 

 

「いけないっ、離れるわよ郭さん!」

「で、ですが……あっ」

 

 

 異変を察知した天津さんが、郭さんの手を取って俺から距離を取る。

 アガートラームから始まったマギの侵食は止まらず、瞬く間に青を黒に染め上げた。

 

 

「ガ、あ゛……ッ!? ぐ、ぎ、ぃい……!」

 

 

 痛い。

 苦しい。

 さっきまでの比じゃない。

 存在自体が喰われていくような、底知れない恐怖を伴う、自分の意思では止められない、変化。

 

 

「狂化……しかけてる……。条件が、揃ったわ……」

「条件? どういう事なの、百由……まさかっ!」

「……そうよ、夢結。理事長代行が起爆スイッチを押す条件、よ……」

 

 

 痛みで思考は占められているのに、五感は尋常でなく鋭くなり、真島さん達の会話を余さず捉えられた。

 狂化。

 ブーステッドリリィが、暴走の果てに陥るという、人間のヒュージ化現象。

 なんで。

 ここまで来て、どうして……っ!?

 

 

「グ……ぉ、オおおオオおッ!!」

 

 

 諦めるものか……諦めてたまるか……!

 自分を奮い立たせるために咆哮し、膨れ上がるマギの制御に集中する。

 たとえ負に傾いても、マギはマギ。

 伊紀ちゃんを助けるまで保てば、それでいい!!

 

 

「あと少し、あと少しなんだっ。頼む、お願いだっ、あともう少しだけ……!」

 

 

 命が削られていく感覚を覚えながら、ただひたすら、Zを使う。

 しかしあと一歩が、どうしても届かない。

 視界が、黒く染まり出す……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鬼気迫る咆哮が轟き、誰もが固唾を呑んで、事の行く末を見守っていた。

 石上碧乙。

 遠藤亜羅椰。郭神琳。

 真島百由。天津麻嶺。

 そして、川添美鈴と白井夢結も。

 

 

「おじ様……っ」

 

 

 美鈴の隣で、夢結が拳を固く握る。

 きっと歯痒い想いをしているのだろう。

 どうして、私には何も出来ないの。どうして見守る事しか出来ないの、と。

 そんな苦しみが、美鈴には手に取るように理解できた。

 

 

「夢結。……助けたいかい?」

「……はい。はい! 当たり前です! でも……私には……」

「……うん。分かった」

 

 

 力強く頷きながら、しかし弱々しい声を悔しさに噛み殺す夢結。

 欠け替えのないシルトの願いを確かめた事で、美鈴の心にもある決意が生まれる。

 今までの生き方を覆すほどに、美鈴にとって重大な決意が。

 

 

「夢結は、自分を無力だと思っているんだろう? なんの助けにもなれない、助ける力が無いと」

「そ、それは……っ」

「でも」

 

 

 図星を突かれ、口籠もる夢結だったが、その隣を離れ、美鈴は“彼”に近づく。

 

 

「君の“助けたい”という思いが、助けられる“力”を持つ誰かを動かしたなら。それは間違いなく、君の力なんだよ」

「お姉様……? 何を仰って……」

「夢結のシュッツエンゲルになれて、僕は幸せだって話さ」

 

 

 ブリューナグを片手に、美鈴は笑顔で振り返る。

 何故だろう。とても晴れやかな気分だった。

 晴れやかで、清々しくて。

 今なら、なんでも出来るような気がした。

 

 “彼”に手が届く距離……負のマギで肌を焼かれるのが分かる程まで近づくと、美鈴に気付いた“彼”が振り向く。

 その左眼は、コントラストが反転したように黒く変色していた。

 

 

「川添……何ヲ、スるツモりだ……」

「僕のスキルで、負のマギを浄化する。まだ時間はある、諦めないで」

「……? 川添の、スキルって……」

「“忘れたのかな? 僕のレアスキルはカリスマだよ。浄化もマギの供給も可能さ”」

 

 

 スキルを発動しつつ、美鈴は囁いた。

 負のマギが発生しているこの状況なら、美鈴がマギを浄化し、正常化したマギを“彼”へと供給する事で、狂化のデメリットをメリットに変換可能だ。

 北河原伊紀を助けるための後一歩を、美鈴が手を引いて進むのである。

 

 アガートラームの柄に手を置く。

 美鈴の“力”に反応し、黒いマギが青へと戻っていく。

 

 

「さぁ。このクソったれな運命とやらを、捻じ曲げようか」

「……ああ!」

 

 

 美鈴は“彼”と笑い合い、マギと意識を重ね、一歩を踏み出す。

 

 

「はぁぁあああっ!!」

「おおぉぉおおっ!!」

 

 

 吹き上がるマギの奔流は、赤い波動を柔らかく包み込み、痛みに歪んでいた伊紀の表情も和らぎ始める。

 彼女の体内に留まっていた“何か”が、姿を見せようとしていた。

 

 

「おじ様、お姉様っ、頑張って! 頑張ってください!」

「あと少しよ伊紀さん! 頑張って、頑張れぇええっ!」

「まだ描いてる途中の絵があるんだから、こんな事で負けちゃダメよ!」

「おじ様なら出来ます、必ず出来ますっ」

「負けないでおじ様っ。キチンと謝らせて下さい、お願いっ!」

「……頑張って下さい! そのまま、そのまま行って……!」

 

 

 声を枯らすのも厭わずに、夢結と碧乙は声援を送った。

 二人だけでなく、亜羅椰と神琳、百由や麻嶺までもが、それぞれの言葉を叫ぶ。

 少女達の声が響くたび、マギは吹き上がる量を増し、伊紀の制服の胸元が蠢く。

 ……そして。

 

 

「──来た!」

 

 

 “彼”が呟いた瞬間、“何か”が伊紀の体から吐き出された。

 大き目の銃弾のように見えたが、まるで生物の如く脈打ち、明らかに異常だ。

 しかし、銃弾の脈動は徐々に弱々しくなり、やがて空気に溶けていった。最初から何も存在しなかったかのように。

 外気に晒されたからか、他に理由があるのか。どちらかは分からないけれど、“彼”と伊紀から放たれていたマギも消失。

 一帯には静寂が広がった。

 

 

「……や、った……?」

 

 

 美鈴が呟く。

 支えを失ったように崩折れる伊紀を、駆け寄った碧乙が抱き止めた。

 安らかな表情で、目蓋を閉じている。

 

 

「伊紀さん? 伊紀さん!」

「……脈は安定してる。気を失ってるだけみたいね」

 

 

 碧乙の呼びかけには答えないが、同じく駆け寄った麻嶺が状態を診る。

 少なくとも外傷は無く、他に目立つ異常も見られない。

 あの銃弾を撃ち込まれる寸前の状態に戻っているようだった。

 一気に皆の緊張感も霧散し、笑顔が浮かぶ。

 

 

「おじ様、お姉様っ、お二人とも凄いです! こんな事をやり遂げてしまうなんて……!」

「っはは……流石に疲れたけどね……」

「………………」

 

 

 眼をキラキラさせ、夢結が二人を称賛。照れ臭さを隠すために、美鈴は大きく肩をすくめて見せた。

 いつもなら、この後に皆を“誤魔化す”のだが……。何故だろう、そうしたくない。

 久方ぶりに、この“力”を持っていて良かったと、心から思える瞬間だった。

 

 が、ここで“彼”の反応が無い事にも気付く。

 だらんと焼け焦げた右腕を下げ、顔を俯かせて黙ったまま。

 心配になったのか、夢結が覗き込むようにして手を差し出し……。

 

 

「おじ様? どうしま──」

 

 

 声もなく、“彼”は崩れ落ちる。

 時間の流れが遅くなったように、美鈴は感じた。

 遠ざかる体を、ブリューナグを離した手で追うが、美鈴の手は、届かない。

 まるで水飴の中だ。ただ腕を伸ばすのすら、もどかしい。

 

 “彼”の左手が、アガートラームから離れた。

 どうにか助けようと、美鈴は更に手を伸ばし──“彼”が消えた。

 

 

「な……?」

 

 

 美鈴は白い空間に居た。

 地平線も見えない、ただただ白が続く空間。

 先程まで霊園の近くに居たはずが、変わらないのは、手の中にあるアガートラームのみ。

 流石の美鈴も困惑を隠せない。

 

 

「これは、一体……」

 

 

 辺りを見渡す美鈴。

 本当に何も見当たらない。

 立ってはいるが、地面を踏みしめている感覚も無い。

 “力”のせいで異常事態には慣れているつもりだったけれど、こんな事は初めてだった。

 

 

(……っ! 人の気配!)

 

 

 突然、背後に誰かが現れた。

 そうとしか言いようのない感覚を信じ、アガートラームを構えながら振り返ろうとして、いつの間にか手が空になっていた事に、また困惑する。

 しかし、それ以上に美鈴を困惑させたのは、白い少女の存在だ。

 

 

「君は……?」

 

 

 裸体を隠そうともしない、長い白髪の少女。

 歳頃は夢結と同じくらいだろうか。

 病的なまでに白い肌は、しかしこの空間に決して埋没しない、強い存在感を合わせ持つ。

 その少女は、美鈴をゆっくりと指差して────告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 ラ プ ラ ス の 悪 魔 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──はっ!?」

 

 

 心臓が暴れていた。

 気がついた時、美鈴は霊園へと舞い戻っていた。

 どさり、と。“彼”の倒れる音。

 手を差し伸べた体勢のまま、美鈴は動けない。

 今のは、なんだ。

 

 

「おじ様っ!? しっかりしてくださいおじ様、おじ様ぁ!!」

 

 

 倒れ伏した“彼”を揺すり、夢結は泣き叫んでいる。

 それも仕方ない。“彼”の眼や鼻腔、更には耳からも血が垂れ流されているのだから。

 伊紀とは違い、急を要する事態なのは間違いなかった。

 

 

「……救護班を待つより運んだ方が早い、行こう夢結!」

「は、はい!」

 

 

 “彼”の腕を肩に回し、持ち上げる美鈴。反対側には夢結が入り、大跳躍で医療施設へ。

 逸る心を隠して、美鈴は跳ぶ。

 白い少女が突きつけた、不吉な言葉を胸に抱いたまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分が天井を見上げているのに気付いたのは、恐らく、意識を取り戻して数分は経ってからだった。

 体を起こそうとするが左腕以外の感覚が無く、義肢が外されている事を理解する。

 

 

(……またこの展開か)

 

 

 夏の一件でも意識を失って、病院に運ばれて、そこで意識を取り戻した。

 あの時は窓から外の光が入ってきてたけど、この部屋は、伊紀ちゃんが入院していた部屋に近い印象だ。

 つまり、地下に居る。

 

 

(狂化しかけたから、隔離措置は当たり前だけど……視界が狭いのはなんでだ?)

 

 

 体調は問題ない。

 が、両眼を開けているはずなのに、見える範囲が右に寄っているような気がした。

 確かめようと部屋をグルっと見回し、そこでようやく、ベッドの側の椅子で、うたた寝している女の子が居る事が分かった。

 

 着ているのは百合ヶ丘の高等部の制服。

 セミロングくらいの髪を後ろで結んで……ハーフアップ? にしているようだ。

 俯いているので顔は見えない。

 

 

「あの……」

「すぅ……すぅ……」

 

 

 声を掛けるが、起きない。

 いや、俺の声が掠れている? 何日も声を出してないような感覚だった。

 何度か喉を鳴らし、ちゃんと声が出るのを確認。もう一度、声を掛ける。

 

 

「あのぉ、もしもーし」

「ん……いけない、いつの間に眠って………………え?」

 

 

 女の子が眼を覚まし、顔を上げる。

 見覚えがあった。

 こちらを見て驚いている、その顔は。そして聞き覚えのある声は。

 川添美鈴のものだった。

 ……なんで髪が伸びてるんだろう。

 

 

「もしかして君は、川ぞぶぇ!?」

 

 

 いってぇ!?

 なんだか知らんが、凄い勢いで頬を抓られた。

 そのあまりに必死な様子に、抵抗できずに呆然としていると、やがて川添(仮)は、信じられないといった感じで呟く。

 

 

「起きた……起きてる……? っ、患者が意識を取り戻した! 医師を!」

 

 

 かと思えば、慌ててナースコールのボタンを押し、人を呼んだ。

 ……慌てて?

 どうしてこんなに慌てる必要が?

 

 

「な、なぁ、川添なんだよな? その髪、どうしたんだ? というか、あれからどうなった。伊紀ちゃ……北河原さんは? 俺は何日眠ってたんだ?」

 

 

 矢継ぎ早に問いかけると、川添(仮)は苦虫を噛み潰したような顔を見せ、黙り込む。

 しばらくすると、まさに意を決したという顔付きで口を開く。

 

 

「落ち着いて、聞いて欲しい……」

 

 

 気を持たせる口振りに、思わず眉を寄せてしまう。

 が、彼女の放った言葉は、確かに俺の精神を大きく揺さぶるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの事件から、一年が経っている。……“貴方”は丸一年、眠り続けていたんだ」

 

 

 

 

 

 

 









 次編、Blank of 16month編に続く。

 例によってシリアスブレイク注意報。スクロールにご注意下さい。















 ああああああああああ!!
 アニバメモリア雨嘉ちゃんの背中ペロペロしたいよぉぉおおおおおっ!!!!

 いやエロ過ぎやろR15相当やであんなん……。はよ。はよください。
 それはさて置き、今回でPC編は終了。次編はB16編となります。
 ナデシコのキャラゲーは名作でしたね。原作はリアタイで見れてないのですが。

 ラスバレの方でも痴女姉妹……もとい船田姉妹を始めとする御台場じょごキャラ、やルドビコのキャラが実装予告されて、某迎撃戦などに関しても、そのうち詳細な情報が出そうなので、スッ飛ばしました。
 関わると変わり過ぎる可能性もありますし、作者が描きたいのはあくまでアニメ版の二次創作なので、ご了承下さい。
 なお、「ラプラスの悪魔」は誤字ではありません。「魔」でも「霊」でもなく「悪魔」です。

 次編では主人公が眠っている間の話や、アニメ版開始までの空白期間がメインとなる予定です。
 変わり過ぎると言っておきながら、様々なキャラの運命を変えていく事になりますが、ご期待頂ければ幸いです。

 あ、遅ればせながら、あけましておめでとうございました!(過去形)
 本年も宜しくお願い致します!
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