アサルトリリィPARABELLUM 作:苗陽さんガチ恋勢
見惚れていたのは、おそらく数秒。
しかし、それが致命的な時間のロスであると気づき、俺は再びこの場からの離脱を試みる。
けれどやはり、ほとんど体が動かない。薬は抜けてないし、思っていたよりスキルプロトコルの反動も大きかったらしい。
そうこうしている間に、髪の短い少女が、ふわり、と側へ降り立つ。
「──ぁ──っ──」
「ふむ。息が出来ないのですか。まずは落ち着いて、深呼吸を」
こちらをざっと観察した彼女は、身動ぎしようともがく俺の胸に手を置き、落ち着いた声で語りかけてくる。
不思議と、その言葉は浸透するように、脳の隙間へと入り込む。
生まれて初めての、奇妙でありながら、心地良い感覚。
「お姉様。ついさっきの防衛軍からの広域通信、お忘れですか。きっとその人は……!」
「おっと、そうだった。しかし……」
長い黒髪の少女の厳しい声が、どこか遠くの出来事にように感じてしまう。
彼女の言う“お姉様”も、何故かあまり真剣には受け取っていないようだ。
かと思えば、細い指で俺のまぶたをこじ開け、間近で瞳孔の動きを確かめたり、手首や首筋を確認したり。
好き勝手されているのに嫌と感じないのは、どうしてだろう。
「やっぱり。どうやら薬を打たれているようだ。位置からして、恐らく不意打ち。違いますか」
俺の首筋に注射痕を発見したのか、“お姉様”はそう問いかける。
首も動かないので、代わりに目で頷いて返すと、嫌味のないしたり顔を浮かべた。
「お、お姉様? どういう事でしょう」
「防衛軍も一枚岩ではないという事さ。覚えておくといい、夢結」
夢結と呼ばれた長い髪の少女は、まだ状況を飲み込めていない様子だ。
無理もない。人間離れした戦闘力を持っていても、まだ十代半ばの子供なのだから。
むしろ、断片的な情報から正解に近い分析をして見せた、“お姉様”が凄まじいだけ。こちらからすれば、ありがたい限り。地獄に仏だ。
そんな彼女が、腰のポーチから小さなアンプルを取り出す。
「治癒力を活性化させる薬です。外傷にはあまり効果がありませんが、その他の軽い状態異常なら治るはずです。多少はマギも回復します。どうぞ」
「お姉様っ、それはいざという時の!」
「良いんだ。使わず置いておくだけの薬ほど、無意味なものはない」
夢結──苗字知らんし脳内だけなので呼び捨てでも許して下さい──が止めるのも構わず、“お姉様”はアンプルを開封し、俺の口元へ運んでくれる。
その背後には、「なんでそんな怪しい男に!」と言わんばかりなふくれっ面。ぶっちゃけ、可愛い。凄く可愛い。ただただ可愛いだけ。
それはともかくとして、アンプルの効果は目覚ましく、全身を弛緩させていた薬物汚染は瞬く間に解消し、数秒で体を起こせるまでに回復した。
「っはぁぁぁ……。ありがとう、助かった。君達は、どのガーデンの?」
「百合ヶ丘女学院です。事情を伺っても?」
「……ああ。だがまずは、身を隠したい。G.E.H.E.N.A.の追っ手が来る」
「G.E.H.E.N.A.……? 了解しました。ただし、用心のためCHARMはまだ預からせて頂きたい。よろしいですか」
「構わない。行こう」
G.E.H.E.N.A.という単語で得心がいったか、“お姉様”はすぐさま頷き、夢結を伴ってクレーターを後にする。
リリィである二人の脚は速く、俺も全力疾走で続いた。訓練で無駄に走り回されたおかげで、なんとか離されずに済む。
ややあって、深い森の中、身を隠せそうな打ち捨てられた社を見つけた俺達は、そこで脚を休めつつ情報交換を始めた。
「なるほど……。あの連中、そろそろ懲りて欲しいものだね」
「ヒュージ研究に取り憑かれたマッドサイエンティスト集団を抱え込む、多国籍企業……。悪い噂ばかりが目立ちます」
俺の事情を聞いた“お姉様”と夢結は、言いながら露骨に眉をひそめる。
リリィを養成する機関──ガーデンにも色々あり、反G.E.H.E.N.A.、親G.E.H.E.N.A.の派閥もあったはず。
百合ヶ丘女学院は反G.E.H.E.N.A.主義なのだろう。彼女達自身も良い印象を抱いてはいないようだ。
「君達は、なぜこんな場所に?」
「新たなヒュージ粒子の反応が検出されたと報告を受け、捜索しています。が、いまだ手掛かりすら発見できず……」
「本来であれば、私達も撤退のお手伝いをするはずでした。しかし、計測結果から予測される出現ヒュージは……ギガント級」
「ギガント級……。そういえば、G.E.H.E.N.A.の研究者らしき男が、取り引きの場で気になる事を言っていた。一石二鳥……いや三鳥だ、と」
「ふむ」
基本的に、ヒュージは神出鬼没。
ステルス飛行能力を持つ個体は、往々にして高高度からの襲撃。それ以外はケイブと称されるワームホールを通って瞬間移動してくるのだ。防ぎようがないと言っていい。
しかし、人類側もただ受け身に回るだけでなく、ヒュージが発する特殊な粒子を計測する事により、ある程度は出現予測が可能になっている。
ギガント級──上から二番目の脅威度──のヒュージが出現するかも知れないとあっては、ガーデンも無視できず、撤退戦を支援するはずのリリィを派遣したのだろう。ちなみに、俺はまだギガント級を見た事すらない。
だが、ここにG.E.H.E.N.A.が絡むとなると、一気にきな臭くなる。
偽の情報によるリリィの誘い出し。ヒュージの出現に影響を及ぼす“何か”の実験。はたまたギガント級ヒュージそのものが目的か。
ちょっと考えただけで、これだけの可能性が出てきてしまう。
本当に厄介な相手だ。
「この撤退戦に乗じて、G.E.H.E.N.A.がなんらかの行動を起こしているのは間違いない。そのギガント級に、奴等が関わっているとしたら」
「憶測の域を出ませんが、無視できる情報でもありませんね。学院に連絡を取ろうと思いますが、そちらは?」
“お姉様”は隣を見やり、夢結が携帯通信端末を取り出す。百合ヶ丘へ報告を上げるのだろう。
対する俺は…………どうすればいい?
(この子らの様子からして、俺は脱走兵だと思われている。
防衛軍に戻った所で軍法会議にかけられ、懲役刑を受ける可能性は否定できない。
かと言って、そもそも他に行く当てなんてない)
防衛軍兵士の責務は重く、マギウスならば更に辛い。
敵前逃亡が重罪なのは当然で、直接の死罪は無いにしても、出撃しても無報酬にさせられたり、死の危険がある任務を強制させられる場合だってあり得る。
濡れ衣を晴らすには…………いや、時間が開くほど不利か?
偽の報告を上げただろう“相棒”は、おそらく防衛軍には戻らないはず。俺が逃げずに戻って証言すれば──ダメだ。本当に上がG.E.H.E.N.A.と繋がってたら、出頭した時点で詰む。
結局、戻る事は……不可能。
手詰まりな現状を再認識させられ、知らず溜め息をついていた。
が、それと同時に地面が揺れる。
……気のせい? 二人へ顔を向ければ、彼女達もこちらを見ていた。
また揺れる。今度は体が浮くほど大きい!
「今のは?」
「お姉様、あれを!」
社を飛び出す二人の後を追い、外へ出ようとしたまさにその瞬間。背骨を氷に置き換えたような強烈な悪寒が走り、足が止まってしまう。
これは、なんだ? プレッシャー?
困惑しながらも首を巡らせれば、山間の遠景に違和感があった。
巨大な構造物が動いている。
そう、構造物。
動くはずの、動かせるはずがない規模の、巨大な。
「あれが、ギガント級……っ」
理解した途端、膝から崩れ落ちてしまう。
ダメだ。勝てない。
俺程度のマギ保有量では、傷をつける事すら叶わない。
映像や資料なんかでは決して伝わらない、笑えるくらい圧倒的な、格の差。
人類は、こんなモノと戦っていたのか。
アレに勝つ? 無理だ、無理に決まっている!
……なのに。
「誰か追われているらしい。夢結、行こうか」
「はい!」
きっと俺の半分も生きていない二人は、臆する事なく駆け出して行く。
アガートラームが残されている。
俺なんかに構っている余裕はなくなった。どこへでも行け、という事だろう。
(なんで、あんなバケモノに立ち向かえるんだ)
なまじマギを扱えるからこそ、ギガント級ヒュージがどれだけ出鱈目なのか分かる。
アレは災害と同義だ。それも数百年に一度、起きるか起きないかレベルの。
人間にできるのは、命からがら逃げ出すか、ただ過ぎ去るのを待つだけ。
立ち向かったって、意味がない。
あの二人だってマギを扱えるのだから、アレの脅威を本能的に理解できるはず。
……なのに。どうして。
「……くそったれぇ!」
思い切り、地面を殴りつける。
その勢いを借りて、片膝を立てる。
次にもう片方。
まだ震える脚を、前へ。
指先がCHARMに触れ、銃弾すら防ぐマギの防御壁が展開されても、なお恐ろしさは消えてくれない。
でも、それでも、行かなくては。
だって。
(このまま逃げたら、最高に格好悪いじゃないか)
俺は大人だから。防衛軍のマギウスだから。男だから。
思いつく理由なんてそれぐらいだが、もうこれにすがるしかない。
今日、俺は死ぬかも知れない。
だからこそ。あの子達が最後に見た俺が、ヒュージに怯え、震えている姿だなんて、嫌だ。
(……全く、我ながら馬鹿らしい。可愛い女の子の前で格好つけたいだけかよ)
けど、おかげで脚は動く。
足元にアガートラームの剣先でサークルを描き、マギを注いで跳躍。俺は何か出来る事を探すため、リリィ達の元へ向かう。激しい戦闘音が轟いており、迷う事はなかった。
数分と経たない内に、大きな橋の近くで三つ人影を見つける。
一人は夢結。へたり込んでいる二人は、見覚えのない幼い少女達。
側に降り立つと、夢結は一瞬、驚いたような表情でこちらを見るが、すぐに破顔した。
「防衛軍の方! この子達を送って頂けますか」
「え? あ、ああ。了解した」
「お願いします。私はお姉様の援護に向かいますので!」
反射的に頷くと、夢結は幼い少女へ優しく微笑んだ後、大跳躍で戦いに向かう。
本当に、二人だけでギガント級と渡り合っているのか……。
下手に援護しようとすれば、連携を崩して邪魔するだけ。
まずはとにかく、民間人の避難を優先しよう。これだって一つの援護の形だ。
「怪我はないか? 歩けるかい?」
「…………あ、は、はいっ、だいじょぶですっ! 歩けますっ!」
「あ、あたしも、だいじょうぶ、ですっ」
ぼうっと夢結の後ろ姿を見送っていたサイドアップの子だったが、声を掛けると勢いよく立ち上がった。頬が汚れている。
三つ編みの子も何度か転んだらしく、擦り傷や土汚れが目立つものの、大きな怪我は無さそうだ。
俺は背中側でアガートラームを横に構え、少女達の前で屈む。
「悪いけど、これに乗ってくれるか。早くこの場を離れないと、彼女達の足手まといになる」
「え? わ、分かりました」
「でも、二人も背負ったら……」
「任せろ。飛ぶぞ、しっかり捕まって」
「はい……うわぅ!?」
「ひぁあっ!?」
二人がアガートラームに腰掛けたのを確認すると、負担にならない程度のマギで跳躍。移動を開始する。
それでも驚いたらしく、少女達は必死に首へと腕を回していた。……ちょっと絞まってる気もするが、まぁ平気だ。
「オジさ……お兄さんは、防衛軍の人、なんですよね」
「オジさんで構わないよ。実際、君らからすればそんな歳だ」
「ぁう、ごめんなさい」
戦闘音がかなり遠くなった頃、サイドアップの子が不意に口を開く。
言いたい事は分かる。
自分だけ、逃げてもいいのか。
多くの民間人が防衛軍やリリィに対して抱く感想で、所属する兵士自身が、最初に諦める感情だ。
「心配しなくても、あの二人は大丈夫さ。オジさんが百人居たとしても、きっと敵わないくらい強いはずだ」
「でも……」
安心させようと出来るだけ話掛けるのだが、言い淀む声からは、大きな迷いが感じ取れる。
優しい子のようだ。
あれだけ怖い思いをしたんだから、普通は「逃げられて良かった」と、そんな風に思っていいのに。
「……オジさんだって、本当は戦いたいよ。けど無理なんだ。……どう逆立ちしたって、無理なんだ……」
知らず、本音を零してしまっていた。
とうの昔に枯れ果てた願望が、燻り始める。
始めは単に生きるためだった。
次第に、あの子達のように、誰かを守りたいと思い始めた。
でも、計測された数字が言う。お前じゃ無理だ。誰も守れやしない。足手まといになるだけだ。
……だから、仕方ないんだ。「助けになれるかも知れない」より、「足手まといになりたくない」を、優先するのは。
──怒音。
「うぉっ」
「きゃっ」
背後からの音の波が、体を揺らす。
首を巡らせれば、これだけ離れても分かる高さまで、土煙が上がっていた。
地形を変えるほどの攻撃力。
あんなものを、あの二人は。
(大丈夫。大丈夫だ。あの二人はリリィなんだ、俺なんかが心配する必要……)
後ろ髪を引かれるとはこの事か。
夢結のあの笑顔が、脳裏にチラついて消えない。
どうしてだ。
脚が、重い。
本当に、これで良いのか。
「…………」
「オジさん?」
気がつけば、遠目に避難所が見える場所まで来ていた。
緩んだ速度に、サイドアップの子は不思議そうに首をかしげ、お下げの子は……疲れからか、眠ってしまっていた。
俺は完全に脚を止め、お下げの子を起こさないよう背中から降ろし、サイドアップの子に向き直る。
「君、名前は?」
「あ、はい。梨璃です、一柳梨璃、十三歳」
「そうか。綺麗な名前だ」
定番の口説き文句に、サイドアップの子──梨璃ちゃんは「えへへ」と頬を染める。将来、美人になりそうである。
……よし。決めた。
「一柳さん。ここからは二人で行ってくれないか」
「え……大丈夫、ですけど……まさか?」
お下げの子を梨璃ちゃんに託し、距離を取る。
俺のしようとしている事を悟ったのだろう、見上げてくる顔には驚きの表情が。
自分でも驚きだ。こんな選択肢を選べるなんて。
「戦闘では足手まといにしかならないだろうけど、退却の支援だったら、奥の手がある。
何も出来ないかも知れないけど、近くに居なきゃ、助けにすらなれない。
まぁ、いわゆる、あれだよ。……ちょっと畑の様子見てくる!」
「えええっ!? それ、こういう時に言っちゃダメな言葉じゃ!?」
親指をビシッと立てながら言うと、梨璃ちゃんは両手を振り回してあわあわしだす。
良かった、まだ通じるネタだった。
可愛い慌てっぷりのおかげで緊張もほぐれ、余計な力が抜ける。
足元にサークルを描き、俺は戦場へと跳び立つ。
「お、お気をつけてー! 頑張れーっ!」
「ん〜……梨璃ちゃんうるさいぃ……」
「あっ、ごめんねっ」
投げ掛けられる声援に、自然と笑みが浮かぶ。
ああ、悪くない。まるで物語の主人公みたいだ。
願わくば、この戦いの結末も、ハッピーエンドであって欲しい。
しかし、戦っているリリィ達に近づくに連れ、そんな気持ちも陰っていく。
(嘘だろ。近づくだけでヒュージ側エナジーが感じ取れる。何が起きてるんだ?)
空気の密度が上昇したような、息をするのにも苦労するほどの重圧。
リリィ/マギウスもヒュージも、使うマギ自体は同じ性質を持つ。
ただし、ヒュージが出力したマギをリリィ/マギウスが吸収してしまうと、体内に負の残滓が生じる場合もあり、気を付けなければならない。
それがこんな場所まで漂うほどに広がるなんて、たった数分の間に何が起こったんだ?
と、次の瞬間、視界の端で銀閃が走る。
──悪寒。
「やっばいぃ!?」
直感に従いアガートラームを振るうと、凄まじい衝撃が腕を通じ、跳躍の勢いが完全に相殺される。
ヒュージの、切断された攻撃部位? 奇跡的に弾く事ができたそれは、山肌を深く抉りながら止まった。
あ、危なかった……。危うく一刀両断される所だった……。
「…………はっ、あの二人は────っ!?」
着地したまま唖然としてしまったが、本来の目的を思い出し慌てて振り返ると、思わず息が止まった。
いや、時間そのものが止まっているように感じた。
手のひらで隠せてしまうほどの距離に、満身創痍の夢結と“お姉様”が居る。
夢結の瞳は不気味に赤く揺らめき、大剣を前方へ突き出していた。
そして“お姉様”の方は地面から脚が離れ、夢結へと体を向けたまま……その方向へ吹き飛ばされている。
何故だか、分かる。
このままでは、あの二人は交錯する、と。
(skill-protocol:invisible-one:charge)
意識するより先に、CHARMから不協和音が響いていた。
世界が縮む。
アガートラームを上へ振り抜く。
激しく火花が散り、夢結の大剣が空へと弾き飛ぶ。
そうしてやっと、せき止められていた時間が一気に流れ出す。
俺と夢結は吹き飛ばされて来た“お姉様”に巻き込まれ、背後に広がっていた緩やかな坂を転がり落ちた。
沢まで下ってどうにか止まると、ようやく忘れていた呼吸をする事ができた。
「はっ、はっ、間に合った、はは」
引きつった笑いを漏らしつつ、状況を確認する。
夢結は気を失っているらしい。当たりどころが悪かったか。
“お姉様”の方は意識を保っているようだが、やはり満身創痍なのは変わらない。CHARMも破損していた。
「く、ぁ……。やって、くれた、ね……。せっかく、夢結に殺して貰える、チャンスだったのに……っ」
「な……何を言ってるんだ。頭でも打ったのか?」
思わず耳を疑うも、“お姉様”は苦しげに笑うだけ。
夢結に殺してもらう? じゃあ、あの状況は狙っていたとでも?
「まぁ、いいさ……。どちらにせよ、アレは止めなければならない……。
申し訳ないけど、予備の第一世代とか、AHW(Anti-Huge-Weapon)を持っていたら、貸してもらえないかな……?」
こちらの困惑を他所に、“お姉様”は壊れかけのCHARMを支えにして立ち上がる。
戦う意思が、失われていない。
いや、彼女の言葉が本気ならば、戦う意思ではなく……。
「お前、何をしようとしてる?」
「“貴方”には出来ない事さ。あと、お前呼ばわりされたくはないね」
「だったら名前を伺ってもいいかい、“お姉様”」
「……美鈴。川添、美鈴」
見知らぬ男に“お姉様”と呼ばれた事が不愉快なのだろう、“お姉様”──川添美鈴はしかめっ面で名乗った。
塚系の華やかな容姿に比べ、わりかし普通の名前だ。声が鈴のように美しいから、確かに似合っているが。
「川添。俺は川添の事は全く知らんが、今、この子に対して独りよがりな事をしようとしてるのは、流石に分かるぞ」
「じゃあ、あれを放っておけと? 仮にも防衛軍の兵士とは思えないセリフだ」
「二人でこんなザマなんだろっ、自殺と変わらない!」
「そうさ! ……僕は、僕が夢結を傷つける前に、消えてしまいたい」
絞り出された声は、まるで独白しているようにも聞こえる。
……この二人の間に何があったんだ。
リリィ/マギウスが発現するレアスキルの中には、強力であるが故に暴走の危険性を孕む物もある。
ヒュージ側エネルギーに近いものを宿し、異常なまでに戦闘力を高めるルナティックトランサーがその代表だ。
しかしさっき見た限り、それを使えると思しきは夢結の方。訳が分からない。
「どの道、誰かが足止めしないといけないんだ。邪魔したんだから、せめて夢結を連れて逃げてくれ。あ、変な真似はしない事だ。化けて出るよ」
丘に隠れて見えないが、川添の背後で、ギガント級の暴れる音がする。
確かにこのままだと、三人揃ってオダブツだろう。
状況を打開するには、それこそレアスキルの恩恵が必要だ。
そして、実現する手立ては。
「いや、逃げる手立てならある」
「なんだって……?」
断言する俺を、胡乱な目で見る川添。
まぁ、信じられなくても仕方ない。
ただでさえ数が少なく、スキラー数値も低くなりがちなマギウスが、都合良く必要なレアスキルを持っているだなんて、普通はあり得ない。
けれど、実際に可能なのだ。俺ではなく俺のCHARMが。
「傷つける前に消えたい、だ? 何をどう拗らせて、そんな中学生みたいな考えに至ったんだか。それとも本当に中学生か?」
「……何も知らない癖に」
「ああ知らん、知らんとも。だから」
アガートラームから不協和音が響く。
未だ目を覚まさない夢結を横抱きに立ち上がり、川添へ歩み寄る。
実に良い抱き心地で、ずっとこの重みを感じていたいほどだが、役得はここまで。
不協和音もどんどん高まっていき、しかしある時を境にして、清涼な音へ。
「後でたっぷり、痴話喧嘩するんだな」
「え」
それを合図に、俺は夢結とアガートラームを川添へと押し付ける。いや押し飛ばす。
目印は……さっきのサイドアップ少女、一柳梨璃ちゃん。
(skill-protocol:invisible-one≠phase-shift)
アガートラームを中心に、空間の歪みが発生した。
成人男性が一人、小柄な女性なら二人が限界のサイズ。その向こう側は、梨璃ちゃんの居る避難所へ通じている。
使えば強制的にマギが空っぽになってしまう、一回こっきりの空間移動。インビジブルワンではなく、縮地の最高ランク効果。これが俺の──アガートラームの宿すバグ。
軍のアーセナルがどんなにコピーしようとしても出来なかった、取って置きだ。
……けど。
「あーあ……」
おかげさまで、俺はギガント級と二人きり。
空間の歪みは持続時間が短く、下手をすれば閉じる歪みに挟まれて真っ二つ。続いて通ろうとしても無理なのだ。
川添達は助けられた。おそらく百合ヶ丘にも連絡は行ってるだろうから、このギガント級が放置される可能性も低い。
だが、俺はどう足掻いても助からない。
手持ちの武器は、ショルダーホルスターに入れっぱなしのハンドガン型AHWのみ。替えの弾倉も二つだけ。
ここから逆転できたら、もう奇跡としか言いようがないだろう。
「どうせ格好つけるんなら、最後まで足掻いてみるか」
ホルスターから銃を抜き、安全装置を解除、スライドを引いて装薬。地響きをさせながら近づいてくるギガント級へ構える。
見れば、ギガント級の肩……と思しき部位に、俺が弾き飛ばした夢結のCHARMが刺さっていた。
落ちてきたのが偶然当たったのか。運が良いやら悪いやら。
(あれを回収できたとしても、コアはあの子のだし、マギを入れられないから鈍器としてしか使えない。それでも拳銃よりは)
勝てなくていい。負けなければいい。
死にさえしなければ、時間さえ稼げば、百合ヶ丘の援軍が来る。
これしか俺の生き延びる道はない!
「生きて帰れたら、エロいお礼でもしてもらおうかねっ! なんなら二人同時にさぁ!」
下世話に笑い、ギガント級へと発砲。
未来をかけた戦いが、始まった。
美鈴は、自分を突き飛ばす男の顔を、唖然と見送るしかなかった。
笑っている。
言う事を聞かない駄々っ子を見るような。苦笑いと微笑みの、中間のような。
知らず、彼に向けて手を差し伸べて……けれど届くことなく、後ろへ倒れこむ。
「うっ!」
ろくに受け身も取れないまま、したたかに臀部を打ってしまった。
痛みで顔が歪み、文句を言おうとして、気づく。
彼が居ない。代わりに、多くの人々が周囲を囲み、美鈴をポカンと見つめている。
屋外。軽食の配給。避難所?
「こ、こは……」
「う……お姉様……?」
夢結も意識を取り戻し、瞬きを繰り返す。
ルナティックトランサーの過剰使用による狂乱状態からも、脱しているようだ。
おそらくは、空間移動。最高ランクの縮地を持つリリィだけが可能とする事を、マギウスが? そもそも、縮地は他人だけを移動させられただろうか?
にわかには信じられなかったけれど、現実に起きているのだから、そう判断する他になかった。
「ああー!? リリィさん達!?」
「ん。君は、さっきの……」
「良かったぁ、あのオジさん、ちゃんとお二人を助けてくれたんですね!」
そんな時、喜びの声を上げて美鈴へ駆け寄る少女が。一柳梨璃だ。
夢結がこの子を彼に託したと聞いた時は、正直大丈夫だろうかと不安に思ったけれど、無事に辿り着いていたらしい。
しかし、安堵したのも束の間。梨璃は美鈴達の姿を確認した後、周囲を見回して首を傾げる。
「あれ? でも、オジさんは……どこに?」
「っ、彼、は……」
言葉に詰まる美鈴。
彼がこの場に居ないのは、ほぼ間違いなく、あの場に取り残されたから。
その事実を伝えてしまったら、この子は。そして夢結は、どんな顔をするだろう。
重苦しい沈黙。
だが、不意にそれを破ったのは、人の声ではなかった。
遥か彼方で、まるで花火のように炸裂する、光の奔流だった。
誰もがそれを、無心に見上げていた。