アサルトリリィPARABELLUM   作:苗陽さんガチ恋勢

31 / 35
信念


29 アイリス ── Iris sanguinea ── 遡行する時間

 

 

 

「儂は、恨まれておるのだろうな」

 

 

 地下へ向かうエレベーターの中、理事長代行──高松咬月は大きく息を吐く。

 思わず漏れた、といった風のそれに応えるのは、タブレット端末を抱える長髪の少女、真島百由である。

 

 

「恨み言は……言われるかも知れませんね。むしろそれを望まれているのでは?」

「……相変わらず、痛い所を突いてくれるのう」

「そりゃあ、まだ私も怒ってますから」

 

 

 一生徒が、仮にも理事長を代行する人物に対して、不適切な対応に違いないのだが、代行は苦笑いを浮かべるだけ。

 彼女の言う通りであるという事もあったが、立場上、こういった物言いをしてくれる人物は貴重でもあった。

 だが、天邪鬼な百由の笑みもまた、代行と似た自嘲に歪んでしまう。

 

 

「でも、恨んだり憎んだりはしていません。必要な措置だったというのも理解してます。一番腹が立つのは、それを受け入れるしかなかった、自分自身ですけど」

 

 

 共通するのは、後悔の念。

 一年前、“彼”に施した義肢の改造が、ずっと糸を引いている。

 結果として使用することはなかったけれど、直後に“彼”は意識不明となり、謝罪する事もできず今日に至る。

 恨まれているかも知れない、という点では、代行も百由も同じ穴の狢であった。

 

 白過ぎる廊下に、二人分の足音だけが響く。

 やがて、目的の部屋の前に……正確には隔離房の前に到着した。

 一枚目の隔離壁を抜け、二人は“彼”の部屋へと続く自動ドアで立ち止まる。だが、開けようと伸ばされた代行の手は、直前で止まってしまう。

 ためらうようなその所作に、百由は仕方なく皺だらけの手を押し退け、先んじて入室した。

 

 

「失礼しまーす。おじ様、お加減は如何ですか?」

 

 

 いつも通り……。“彼”の知る真島百由という人物を意識した、空気を読まない明るい声。

 しかし、ベッドの上から返される声は、いつも通りとはいかなかった。

 

 

「久しぶりだね、真島さん。お陰様で……と言いたいけど、倦怠感が抜けない、かな」

 

 

 “彼”は横たわったまま、青い顔でそう微笑む。いや、笑おうとしているのだろうが、衰えた頬の筋肉が引き攣るだけ。左腕には点滴も。

 タブレットを抱えた手に力がこもる。

 それでも笑顔を崩さず、百由はベッド脇の医療端末を操作し始めた。

 

 

「正しい感覚ですよ。今のおじ様は、いわば擬似的なマギの枯渇状態に近い状態にさせてもらっています」

「……暴走を防ぐために?」

 

 

 今度は、あからさまに指が止まってしまった。

 百由自身が思っていた以上に、罪悪感を抱えてしまっているようだった。

 “彼”は苦しんでいる。自分が苦しませている。そうしなければ皆が危険だからと、言い訳をして。

 どんなに科学者として、リリィとして強固な心を持ち合わせていても、百由はまだ幼い少女。

 思わず、表情が崩れそうになる。

 

 

「不快なのは当然じゃろうが、狂化したお主の生命活動を安定させるためにも、必要な措置じゃった。許せとは言わぬ」

 

 

 助け舟となったのは、代行の硬い声だった。

 そも、狂化とは強化リリィなどにのみ発生するリスクであり、副作用はヒュージ細胞に由来する。強化施術を受けていない“彼”には、本来なら発生しない。

 しかし実際に狂化と思しき状態に陥り、それが短期間に二度も発生したことを鑑みて、“彼”が意識不明の間も、マギの吸引処置が施されていた。

 どんなに強大なリリィも、マギがなければ暴れることすら不可能……という単純な原理に基づく処置で、生命活動に支障を及ぼさない範囲で行われる。

 施される側からすれば、常に倦怠感に苛まれ、虚脱状態で動くことも難しいという、拷問にも近い処置なのだが。

 

 

「それはそうなんでしょうけど……。それだけじゃ、ないですよね」

 

 

 ところが、“彼”からするとそれも主題ではないようで、ゆっくりと体を起こしながら続ける。

 

 

「なんで俺は、若返っているんですか。俺の体に、何が起きてるんですか」

「……気づいておったか」

 

 

 どう切り出すべきか、と内心思案していたことを逆に指摘され、代行は安堵とも溜め息ともつかない息を漏らす。

 若返り。

 見た目と外見が一致しない身内の居る代行にとっても、非常に珍しい事象だ。

 言ってしまえば、過去に存在を確認されたことのない、誰もが一度は求める奇跡。

 

 

「変なんですよね。三年前に戦闘で負った傷跡や、他の軽い傷は消えているのに、その後に失った手足が戻っていない。何か、おかしな事が起きている」

 

 

 “彼”の掲げた左腕は、非常に滑らかなものだった。

 恐らく、入院着から覗くそこには、戦いで負った傷跡があったのだろう。

 そしてその傷は、甲州撤退線で手足を失うよりも前に受けた。

 

 百由が代行を見やる。

 代行の重々しい頷きを待って、百由は説明を始めた。

 

 

「そうです。一年前、おじ様が北河原さんを助けるために使った“Z”……。あれがずっと作用し続けているようなんです」

「Zが……?」

 

 

 一年前の、“彼”を収容した直後から、奇妙なマギの反応はあったのだ。

 しかしながら、二度目の狂化という恐るべき事態を前に、医療班も医師も、技術的見地から隔離処置を補佐した百由すらもが、それを軽視してしまった。

 問題として認知されたのは、見舞いに来たとあるリリィからの指摘と、狂化による負のマギの発生が落ち着いてからも、その反応が消えなかった事に起因する。

 

 もちろん原因の究明が早急に行われたが、分かったのは「無意識下でレアスキルが発動し続けている」という事実だけ。

 マギが完全に枯渇しようものなら、“彼”の命を削ってまでも発動する、非常に危険な状態だった。

 よって、マギを完全に枯渇させず、レアスキルの作用を可能な限り低減させるという、絶妙なバランスが要求されていた。

 

 

「寝て起きたら若返っていたなんて、喜んでもいいんだろうけど……」

 

 

 事態をキチンと把握できているのかいないのか、“彼”は曖昧な苦笑いを浮かべる。

 半枯渇状態のせいで、思考が定まっていないのかも知れない。

 ともあれ、この状態を設定した者としての義務を果たすべく、百由は「推測ですが」と付け加える。

 残酷な、事実を。

 

 

「ここまで明確に、使用者の肉体が若返る事例は初めてです。

 しかも、マギの励起が一定レベルを超えると自動的に発動し、止まらない。

 おじ様のZが、止まらないのだとしたら。肉体の全盛期を超えても、なお若返り続けたら……」

 

 

 時は不可逆。

 人間は胚から胎児、そして子供から大人へと成長し、やがては老いて死ぬ。

 それが逆さに回り続けるのならば、その果ては……。

 

 

「発覚するまでの約三ヶ月で、おおよそ五年分。一年で約十年分と推測される若返りが観測できました。

 マギが不活性なら若返りは遅くなりますが、活性化すると逆に早まると考えられます。

 今のおじ様が二十代半ばから後半だとして、これを加味して平均値を見積もり、誤差も含めて計算したところ……」

 

 

 保持していたタブレットを操作、映し出される生体情報を確認して、唇を噛む。もう何度目かも分からない。

 それでも、絶対に誤魔化す訳にはいかないのだ。

 百由は意を決し、カウントダウンの表示された画面を“彼”に向ける。

 

 

「自立して生活可能な年齢、十歳に若返るまで約一万時間……おおよそ十四ヶ月。これが、これから先の人生で、おじ様がマギを使用できる時間です」

 

 

 ……沈黙。

 誰も声を発しない。

 時折、医療端末が発する電子音だけが、小さな隔離房を支配する。

 

 

「さ、さっきも言いましたけど、あくまで推測です。全盛期で止まる可能性もありますし、効率的にマギを抑え込める技術が新しく開発されれば、もっと猶予は──」

「ごめん、少し、待ってくれるかな」

 

 

 取り繕う百由の前に、“彼”は手のひらを向け、そして自らの顔を覆う。

 震えているように見えた。

 なんで、どうして、と叫びたいのを必死に堪えているようだった。

 また、唇を噛んでしまう。

 

 

「……もう大丈夫。続けて、真島さん」

「は、はい。ええと……」

「いや。ここからは儂が話そう」

 

 

 ややあって、平静を取り戻した“彼”が続きを促すのだが、今度は代行が話に割り込む。

 厳めしい表情。深く刻まれた目元の皺は、憂いを帯びているように見える。

 

 

「この件に加えて、お主の行動には今後、更なる制約が課される」

「制約……?」

「CHARMの保有、使用の禁止じゃ」

 

 

 今度こそ、“彼”は色を失った。

 いつだったか……。そう、あの夏の日……美鈴に足手まといと告げられた時に見た、心を抉られる表情。

 胸が痛む。

 

 

「アガートラームは不可解すぎる。コアを分離した状態で、こちらで保管させてもらう。お主が戦場に出る必要は、もう無い。……もう、十分じゃ」

 

 

 最後に、優しく諭すような声色で、代行はそう付け加える。

 十分。間違いない、“彼”はもう十二分に戦った。特異なレアスキルに恵まれたとはいえ、それは必ずしも戦いを義務付けるものではない。

 “彼”は“彼”自身の意思で戦い、多くの人を救ったのだ。胸を張って良いはずなのだ。

 だというのに、“彼”はうなだれている。

 伏せた顔に浮かぶ表情は、一体どんなものか。……あまり想像したくなかった。

 

 

「俺が戦場に出れば、逆に味方を危険に晒すから、ですか」

「違う。そうではない。自分の身を案じても良い頃合いじゃ、と言っておる」

「……もうこんな体なのに?」

 

 

 仄暗い感情を覗かせる一言と共に、“彼”の右腕が掲げられた。

 肘の少し先で長い袖が折れ、ベッドに落ちて。

 

 こんな体になってから言うのか。今さら遅過ぎる。この偽善者共め。

 実際には口に出されていない言葉が、幻聴と分かっている言葉が、したたかに耳朶を打つ。

 

 

「防衛軍に入ってから、戦うことしかしてきませんでした。もう真島さんの義肢無しでは日常生活も覚束ない。そんな俺ですけど、それでも一つ、望みがあります」

「……なんじゃ」

「ここに居させてください」

 

 

 代行を見上げる“彼”は、まるで怯えているように見えた。

 自らの存在意義を否定され、それでも見捨てられないよう、必死に懇願する、子供のように。

 

 

「もう他の場所には行けない、行きたくない。ただのお荷物として扱われるのは嫌です。ここでなら、まだ役に立てます。戦闘は無理でも、Zが使える今なら、衛生兵として誰かを助けられる。だから、だからっ」

 

 

 最早なりふり構わず、“彼”は身を捩って左手を伸ばす。

 引っ張られた点滴が倒れ、医療端末から警告音が鳴り響く。

 

 

「百由君。鎮静剤を」

「え。……あ、は、はい」

「ま、待ってくれ真島さん、俺は──っ」

 

 

 ハッと、百由が慌てて無針注射器を取り出す。

 弱々しい抵抗を抑え込んでそれを押し付ければ、カシュ、と空気圧が弁に作用して、薬液を流し込んでいく。

 元々消耗していたからか、“彼”はそのまま、眠るように思考を閉ざした。

 

 

(どうしたら、この人は救われるの……?)

 

 

 この時代、戦いに存在意義を見出す者は多い。

 ヒュージに“何か”を奪われた人。または、絶対に奪われたくない人。奪われたからこそ戦う人。理由はそれぞれだ。

 が、“彼”の在り方は最早、戦いに依存していると言っていい。手足を失い、マギを使えば死を早めるかも知れない状況で、なおも戦いに関わろうとするなど、尋常ではない。

 そうすることでしか精神の安定を図れないとしても、いずれ確実に破綻するだろう。

 

 崩れ落ちる体を支えながら、百由は代行を見上げる。

 顔の皺がさらに深く、唇も硬く結ばれていた。

 百由にはそれが、涙を堪えているように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識を取り戻してから、約二週間後。

 ようやく運動の許可が降りたので、俺は早速リハビリに励んでいた。

 

 

「……よっ」

 

 

 甲州撤退線の後、しばらく通い詰めていたリハビリテーション・ルームで、あの時と同じように、手すりに捕まりながらゆっくりと歩く。

 眠っている間も、定期的に電気刺激を与えられていたとの事で、筋力そのものはさほど衰えていない。

 だが、マギを不活性化する装身具……首輪型なのがなんともアレだが、それのせいで体の動きは鈍くなっている。全身に重りをつけているようだった。

 そんな状態ではまともに歩くのも難しく、あの当時に戻った感覚だ。

 

 

「く……ぐっ……ふうっ……!」

 

 

 かつての高性能義肢も、現状では使えない。

 最低限の精神感応だけを残したバッテリー駆動の義肢は、やはり本物の手足のようには動かせなかった。

 正座で痺れた足を無理やり動かしている、というのが一番近い表現だろうか?

 しかし、かつての経験は失われておらず、リハビリ2日目にして、目標距離を達成できた。

 

 

「素晴らしいです。もう体は慣れたようですね」

 

 

 横合いからの拍手。

 振り向いた先に居たのは、百合ヶ丘の制服をピシッと着こなす少女が居た。

 彼女の名は出江 史房(いづえ しのぶ)。高等部の二年生であり、艶やかな茶髪をサイドポニーにしている。

 

 

「どうだろう。本調子には程遠い感じだよ……。慣れるしかないんだろうけどね」

「quod nimium est, fugito. parvo gaudere memento. 大事を避け、小事の喜びを忘れるな。昨日は歩き切る事も難しかったのですから、確実な進歩ですよ」

「……ありがとう」

 

 

 外国語(多分ラテン語?)混じりの励ましに、俺は苦笑いで返す。

 折り目正しく、心優しい出江さんなのだが、その言動はなんというか……厨二的であり、自分の中の黒歴史が刺激されてしまう。良い言葉が多くあるのは確かなんだけど。

 ちなみに、彼女とは以前から面識があった。

 義肢のテスト段階で外出した時など、影ながら護衛についてくれていたリリィの一人が出江さんなのだ。

 

 そして。

 この場にはもう一人、出江さんと同じく護衛をしてくれていたリリィが居たりする。

 

 

「そーそー。シノの言う通り、おじ様は頑張ってるんだから! もっと自分を甘やかそー! というわけで、ご褒美のお汁粉をどうぞ」

「ああ、うん。ありがとう山崎さん。……お汁粉か」

「あっ、もしかして嫌いだったり?」

「いや嫌いじゃないんだけどね。運動の後には重いかなぁと」

「ですよねー! そう言われると思って普通のスポーツドリンクも買ってあります!」

「…………ありがとう」

 

 

 山崎 明伽(やまざき めいか)

 小悪魔な笑みで、缶とペットボトルを差し出す少女の名前である。

 笑顔と共に、エメラルドグリーンのショートカットが輝いている。

 緑のマギ異色症の人はそういう性格が多いのか、梅ちゃんを思わせるザ・陽キャだが、こう見えて百合ヶ丘の全レギオンを司る、ブリュンヒルデという役職を担っている。もちろん生徒会役員だ。

 どっちかというとギャルっぽいのに、意外だ。

 

 

「明伽お姉様。一応はここも病院内なのですから、あまり騒がしくしては」

「固いこと言わない! 昔の人も言ってたじゃん、空元気も元気のうち、元気があればなんでもできるって!」

「精神論ではなくマナーの問題です。もう……」

 

 

 ころころと笑う山崎さんと、溜め息ながらに微笑む出江さん。

 真逆としか思えない性格は、しかし絶妙に噛み合って仲睦まじく見える。

 正直なところ、彼女達の他愛ないやりとりに、安らぎを覚えている自分が居た。

 一人ではどうしても、気が滅入ってしまうから。

 

 

「とりあえず、まずはあの二人の様子、見てきましたよ」

「……っ。どう、だった?」

 

 

 長椅子へ移動し、ありがたくスポドリを頂いていると、不意に山崎さんがそう呟く。

 あの二人。

 川添美鈴と、白井夢結。意地っ張りな皮肉屋と、生真面目で不器用なシュッツエンゲルのことだ。

 目覚めて以来、北河原さんなどの様子は教えてもらえた(分厚いオブラートに包んでではある)が、その他の面々……先に挙げた二人や、遠藤、郭さんなどの情報は入ってこなかった。

 あのテロ以降も、全国各地でさまざまな戦いが起こり、皆が目まぐるしい日々を送っていたとだけは聞いたけれど、それで逆に気になってしまい、情報収集を頼んだのである。

 

 

「特に何も変わらない。すこぶる平常運転だよ……って、伝えて欲しいそうです」

「お姉様っ、その言い方では……!」

「本当はめっっっっっちゃ心配してるんだろーねー。顔に出まくりだった。他にも気にかけてる娘がたくさん居たし、おじ様ってばモッテモテー」

「あああああ、もう……っ」

 

 

 肘でツンツンしてくる山崎さんを見て、「またやられた!」的な感じで顔を覆う出江さん。

 この分だと、山崎さんの所見は当たっているのだろう。

 そりゃあまぁ、知り合いが一年間も眠っていたのだから、少なからず心配させてしまっていたに決まっている。秘密にするよう頼まれてもいた。

 川添はさて置き、白井さんは本気で心配してくれていただろうから、申し訳ない気持ちで一杯になる。

 病院から出られるようになったら、何かお詫びを──

 

 

「でも。おじ様がまた戦場に出ようとしてるって言ったら、渋ーい顔してましたけどね」

 

 

 唐突に。

 ニヤニヤとしていた山崎さんが、真剣な表情を見せる。

 シン、と部屋の空気が静まり返る。

 ……予想はしていた。

 強制的に中断させられた義父上達との話で、俺は冷静さを失った。

 随分とみっともない真似をしたし、どう考えても、また戦場に出ることは不可能だろう。

 Zが使えると言えど、仮に俺がまた暴走したら、助けられる数以上に、被害が出る可能性の方が高い。

 それでも諦めきれないから、こうしてリハビリなんてしている訳だが。

 

 

「どうして、そこまで戦おうとするんです? もう十分ではありませんか。そうまでして誰かを助けようとした“貴方”のことを忌避するリリィは、もう少数派です。少なくとも、私達は“貴方”の努力を知っています」

 

 

 今度は出江さんが、まるで説得するような語り口で後を継ぐ。

 リハビリをしたいと申し出た直後、付き添いとしてこの二人が充てがわれたのは、やはり監視という名目があったのだろう。

 加えて、可能ならば思い留まらせろと、言い含められている。恐らく、義父上の差金。

 信用されていない……いや、信用を失ったのか。残念だ。

 

 返答を待っているのか、出江さんも、山崎さんも黙ったまま。

 俺は、どう答えるべきかを考える。

 戦う理由。

 戦わなければいけない理由。

 身を粉にしてでも、戦い続けた、理由。

 

 

「住んでいた街が滅ぼされるまで、俺は平穏な人生を送ってきた。そして、それはこれからも続くんだと思っていた。世界の存亡をかけた戦いなんて、対岸の火事だった」

 

 

 気がつくと、俺は自分語りを始めていた。

 何しろ、それが始まりだったから。

 そうすればきっと、自分でも気持ちを再確認できるだろうから。

 

 

「家族も、友人も、単なる知り合いすら全滅してからは、被害者としてその戦いに組み込まれた。でも、同時に厄介者でもあったんだ」

 

 

 文字通り、降って湧いたような不幸だった。

 比較的内地にあり、陥落地域からも距離のあった故郷は、飛行型ヒュージの襲来によって壊滅した。

 リリィの救援は間に合わなかった。

 最初こそ恨む気持ちもあったけれど、泣いて謝り続ける少女の姿に、矛先は失われた。

 

 

「まだ学生で、ろくに働いた経験もなく、身寄りも蓄えもない。避難シェルターでは常に一人だったし、保護施設でもうまく馴染めなかったよ。

 家族の死から立ち直れていなかったのもあるし、本気で立ち直ろうとしていなかったとも思う。……そうしたら、みんなを忘れてしまう気がしたから」

 

 

 家族の死への悲しみ。ヒュージへの憎しみ。無力な自分への憤り。

 それら全てがごちゃ混ぜになった、酷く不安定な精神状態が長く続いた。

 優しくしてくれる人は居た。親身になろうとしてくれる人も現れた。

 だけど、「また喪ってしまったらどうしよう」と、そんな考えが頭を離れなかった。

 

 

「結局、新しい居場所を作ることに失敗した俺は、数年後に防衛軍への入隊を余儀なくされた。食事も寝床も提供されて、給金も出る。ただ命を掛ければいいだけ。ヤケクソだった」

 

 

 この世界は残酷で、俺のような被害者は常に生まれ続けている。

 何年経っても立ち直らない厄介者は隅っこへと追いやられ、強制的な自立を余儀なくされた。

 その中でも一番お手軽だったのが、防衛軍入隊だ。

 初期訓練こそ厳しかったけれど、似たような経緯で入隊した人間は多く、同じ訓練をさせられたという連帯感も手伝い、自然と同じ班のメンバーとの信頼関係も生まれた。

 

 

「順調ではなかったよ。何度も死にかけたし、助けられなかった命の方が遥かに多い。

 ……でも、戦っている間は、何も気にならなかった。俺だけが生き残った意味も、俺のために死んでいったみんなの事も。

 忘れたくなかったのに、本当は忘れてしまいたかったんだ。……あの罪悪感を。

 防衛軍に入ってなかったら、きっと自殺してただろうね」

 

 

 後ろ向きな俺を笑い、からかいながら、共に戦場を駆けた仲間が、“あいつ”や江戸川だった。

 辛い日々だったけれど、皆とバカやってる間は、本気で笑えた。

 結局は裏切られて、江戸川にも先立たれたが、皆が居なければ生きていけなかったとも思う。

 ……そして。

 

 

「そして、あの日。甲州撤退線で、川添と白井さんに出会った。

 いつもそうだった。戦場で諦めそうになった時や、生きて行くことに疲れてしまった時、いつも君たち(リリィ)が現れた。

 ただ、人とは違った才能を持って産まれただけなのに、それでも戦う君たちが。

 眩しかった。憧れた。悔しかった。妬んだ。嫉妬した。何度も、何度も、何度も……助けられた」

 

 

 ああ、そうか。ようやく自分でも理解した。

 俺は、自分で自分に価値を見出したかったんだ。

 家族や友人が命を賭けるに相応しい人間だったと、自分を納得させたかったんだろう。罪悪感から逃れるために。

 

 だから、助ける事にこだわっている。

 人を助け、リリィを助け、その分だけ罪悪感が軽くなるよう願って。

 だから、戦い続けなくちゃいけない。

 他の誰でもなく、自分自身を助ける為に。

 おまけに、一度でもあの誇らしさを……リリィを助け、並び立つ誇らしさを味わってしまったら、戻れるはずがない。

 自分を呪い、世界をそしり、ただ過去を悔やみ続ける日々になんて、戻れる訳がない。

 

 だから。

 ……だから。

 

 

「だから俺は、もう自分を諦められない。

 助けられるだけじゃ嫌だ。誰かを助けられる自分じゃなきゃ嫌なんだ。

 もし戦場に出る事が叶わなくても、せめて誰かの背中を支えて、押してあげられるような自分でありたい。

 ワガママだろうとなんだろうと、これだけは譲りたくない。そんな風に、生きたいんだ。

 …………なんか、妙なことを語うぉ!?」

 

 

 一通り話し終えて横を見やり、超ビックリした。

 なぜなら、妙に静かだった山崎さんが、涙を滂沱していたからだ。

 え? な、泣くとこあったか?

 

 

「だ……だいへん゛らったんだねぇ……ぐすっ……こ、こんな話ぎがされだら、もう……ずびっ」

「お姉様。鼻が出ていますよ……っすん」

「い、いやいや、そんな泣くほどの話じゃ」

「泣ぐよごんなの゛ぉおお! うぉおぉおん……!」

 

 

 山崎さんに釣られたのか、出江さんまでもが涙ぐんでいる。

 どうしよう。本気で泣いてるらしく、整っているはずの山崎さんのお顔が若干ブサかわ寄りに。

 ……いや本当にどうしようこれ。感受性が豊かなのは良いことだ。でも、実際に隣で泣かれるとめっちゃ困るんですが。

 どう慰めれば……と、頭を悩ませていた時である。

 

 

「やっぱり、おじ様は変わりませんね」

 

 

 新たな人の気配が、リハビリ室に現れた。数は二つ。

 入口の方を確かめてみると、そこには微笑む桃色の髪の少女と、何故か居心地の悪そうな顔をした黒髪の少女が。

 北河原伊紀。石上碧乙。

 T型CHARMに関する一件で関わったリリィ達だ。

 

 

「北河原さん……? 貴方との“面会”は予定になかったはずですが。石上さんも」

「はい。不躾な真似をして、誠に申し訳ございません」

「…………」

 

 

 二人に対し、出江さんは厳しい態度を見せる。

 学園内での俺の扱いがどうなっているかは定かでないが、気軽に見舞えるようなものでないのは確か。

 それを破っているというのに、彼女は涼しい顔で頭を下げている。

 出会った頃とは、違う。女の子に使っていい表現か怪しいけど、なんというか、肝が据わった? ような印象を受けた。

 石上さんは無言のままだが……やっぱり気まずいんだろう。真面目だったし。

 ともあれ、俺を訪ねてくれたのだ。監視役の出江さんには悪いが、挨拶くらいはさせてもらおう。

 

 

「元気そう、だね。安心した」

「はいっ。おかげさまで、すこぶる元気です」

「石上さんも、背が伸びた? 少し目線が高くなったような」

「……ま、まぁ……少し、は……」

 

 

 当たり障りのない切り出しに、北河原さんは花咲く笑みで、石上さんは所在なさ気な顔で頷く。

 ……なんだろう、この違和感。

 北河原さんは良いとして、石上さんの歯切れが妙に悪い。もしかして、来たくなかったとかだろうか。

 だったら寂しい。本気で寂しい。かつては偽兄(誤字にあらず)として慕ってくれていたのに!

 

 

「本当なら、もっと色々なことをお話ししたいのですが……。決まりを破っている手前、単刀直入にお伝えします」

 

 

 脳内でふざける俺を知ってか知らずか、北河原さんが真面目な表情を浮かべて歩み寄る。

 そして、座ったままの俺の前で膝をつき、恭しく左手を取り──

 

 

「おじ様。ロスヴァイセの特別顧問になって頂けませんか?」

 

 

 寝耳を水鉄砲で集中砲火するような、驚きの提案をするのだった。

 

 




Q:碧乙ちゃんの時の失敗を忘れたんか?
A:もうどーにでもなーれ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。