アサルトリリィPARABELLUM   作:苗陽さんガチ恋勢

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清楚な人、自由奔放、親愛


31 サンカヨウ ── Diphylleia grayi ── 相対性恋愛論・郭神琳の場合

 

 

 

「覚悟はよろしいですか、おじ様」

 

 

 若返り現象の抑制方法が見つかった……という吉報を受けて、早二日。

 百合ヶ丘女学院附属病院のリハビリテーション室で、黒い訓練着を着た俺は、制服姿の北河原さんと向かい合っていた。

 

 

「やっぱり考え直そう? こんな形でやる必要なんて……」

「いいえ。これは必要なことなんです。マギの操作は繊細なものだと、おじ様もご存じのはず。この方法なら、一番上手にできる自信があります」

「だけどさ……」

 

 

 有無を言わせぬ迫力のある、しかし可愛らしいとしか表現できない笑顔で、北河原さんが一歩を踏み出す。

 思わず後退りしてしまうのだが、そうすると、協力者である郭さん(彼女も訓練着姿)の呆れ顔が視界の端に。

 ……そんな目で見ないでくれないかなぁ。

 どう考えても俺のせいじゃないよ?

 

 

「郭さん、お願いできますか」

「……ふぅ。承知しました。テスタメント」

「あっ」

 

 

 意味深なため息一つ。郭さんは北河原さんに対してレアスキルを発動する。

 テスタメント。

 他者のレアスキルの効果範囲を拡大するこれを用い、北河原さんのレアスキルであるZの効果を拡大。通常は手に収まる範囲しかないのを、全身にまで広げて若返りを打ち消す……という理屈らしいのだが。

 問題はそこではない。

 問題なのは……。

 

 

「さぁ、行きますよ……!」

 

 

 両腕を広げ、なおも微笑みつつ歩み寄る北河原さん。

 こうしている間にも、郭さんのマギは消費され続けている。逃げ場もない。

 覚悟を決めた俺は、彼女と同じように軽く腕を広げ、その時を待つ。

 そして。

 

 

「えい」

「うっ」

 

 

 ぽすっ。

 と、胸に小柄な体が飛び込んできた。いわゆる、ハグの体勢だ。

 どうしようもなく勘違いされそうな状態ではあるが、これは決して逆セクハラではない。マギ交感という立派な治療行為である。

 

 通常戦闘や訓練でのマギの使用など、リリィとしての生活でも、負のマギは自然発生してしまう。

 これを効率的に浄化するには、自分以外の誰かが練ったマギに触れ、それと自分のマギを入れ替える……という工程が必要になる。

 一度に浄化できる量は少ないし、一方が過剰に負のマギを受け入れてしまうと、体に不調をきたすという欠点はあるのだが、一定期間を置き、受け入れる量を不快感がない程度に抑えるだけで解決できる問題なので、非常にお手軽な管理方法なのである。

 百合ヶ丘がシュッツエンゲル制度を導入しているのは、シルト同士でのマギ交感を促すため、という側面もあるそうだ。

 

 なお、通常のマギ交感は手を繋ぐ程度の接触で成立する。

 ハグをする必要性はない。……はず。

 

 

「どうですか、おじ様。私のマギ、感じられますか?」

「ああ、うん……なんというか……あったかいような、むず痒いような……」

 

 

 ぶっちゃけ、誰かと意識的にマギ交感するのは初めてなので、よく分からないというのが本音。

 加えて、事故以外で花も恥じらう乙女とハグするのなんて、当然初めて。もう気が気じゃない。

 どうすれば、どうすればいいんだ? 俺は手をどこに置けば? 

 抱きしめ返すなんて論外だろうし、肩が無難か? でも昔は、電車内でちょっと触れただけで通報される事もあったっていうし……。

 あああああ郭さん、そんな痴漢を見るような目で見ないでください……。

 

 

「深呼吸しながら、マギの流れに意識を集中してください。気持ちを楽に、他のことは考えず……私のことだけを……」

 

 

 仕方なく、両腕をだらんと下げた俺は、言われた通りに深呼吸する。

 北河原さんから香っているだろう花の匂いが、自然と鼻腔をくすぐった。

 なんでだろう。さっきまで浮わついていた気分が、瞬く間に落ち着いていく。

 触れ合った部分から流れ込んでくる彼女のマギは、その匂いと同じ清浄さを感じさせる。

 酸欠状態だった体に、酸素が染み渡っていくような感覚と似ているかも……。

 

 

「……おっほん。北河原さん、もう十分に時間は経っていると思うのですが?」

「あら、そうでしたか。私としたことが、うっかり夢中になってしまいました」

 

 

 不意に、やたら不機嫌そうな咳払いが聞こえ、北河原さんが体を離す。

 温もりが離れていくのを寂しいと思ってしまうのは、単なる人恋しさか、それとも男の性か。

 自分でも判別がつかない感情に難しい顔をしていると、それを勘違いしたらしく、不安そうな上目遣いが向けられる。

 

 

「やっぱり、お嫌でしたか……?」

「………………ノーコメントでお願いします」

「では、好きなように解釈しても?」

「それもノーコメントで……」

 

 

 随分と優柔不断な返事だろうに、それでも彼女は嬉しそうに、にっこりと微笑んだ。

 ……やっぱり、俺の勘違いじゃない、よな。

 北河原さんから俺への好感度、めっっっっっちゃ高いよな。

 もしこれで演技だとしたら、俺は生涯独身を貫く事をここに誓おう。。

 

 

「体調の方は問題ないですか? 気分が悪いとか、違和感が残っているだとか」

「大丈夫、だと思う。むしろ、気怠さが抜けたような感じかな」

「それはよかったです」

 

 

 軽く左腕を動かしながら、今度は真面目に答える。

 まるで、昏睡から目覚めて以降、ずっと体にくくりつけられていた錘が外されたようだ。

 女の子とハグしてテンション上がっているからじゃないと思いたい。

 

 

「これから毎日、このマギ交感と合わせてZを使い、おじ様の若返りを停滞させます。本来の予定では、加えてドレインによる負のマギの除去を……と考えていたのですが、負のマギが一定の閾値を超えないと使用が難しいことが判明したため、見送りとなってしまいました。申し訳ございません」

「いやいや、謝ってもらうような事じゃないよ。こうして色々と気を配ってくれるだけでも、本当に有難いんだから」

 

 

 心底、胸を痛めているといった表情から、北河原さんが本気で俺を気遣ってくれていることが伝わってくる。

 命を救われたから……という理由も勿論あるだろうけど、それだけでなく、彼女自身の責任感の強さや情の深さがそうさせるんだろう。

 本当にいい子だ。

 それにしても毎日か……。毎日、女の子とハグかぁ……。そっかぁ……。

 

 

「それでは、名残惜しいのですが、私はこれで失礼いたします。郭さん、明日からもよろしくお願いいたします」

「承りました。ご機嫌よう、北河原さん」

「ご機嫌よう」

 

 

 優雅に一礼する北河原さんを、俺と郭さんは二人で見送る。

 なぜ郭さんがこの場に残ったのかと言えば、これから彼女と、とある事をするためなのだが。

 

 

「……その物言いたげな視線は何かな、郭さん」

「いえ。随分と懸想されているご様子なので、少し気になっただけです」

 

 

 こちらを横目で見るヘテロクロミアは、まさしくジト目だった。

 過去の偉い人曰く、美少女からの蔑みはご褒美であるらしいのだが、郭さんほどのリアル美少女にされると、それが事実なんじゃないかと思えてしまうから不思議だ。

 まぁ、そんな事はどうでも良い。大事なのは、郭さんが俺と同じ感想を抱いたということだ。

 

 

「やっぱり、そうなのかな。女の子から見ても」

「経験がありませんので確かなことは言えませんが、あれで違っていたなら、彼女は相当な悪女かと。牽制されているのかと思ってしまいました」

「そっか……ハァァ……」

 

 

 逆説的に、非常に高い確率で好かれている、と言いたいのだろう。明言しないのは、照れがあるから?

 ともあれ、女の子からも同じ意見をもらって安心すると同時に、深い溜め息も出てしまった。

 どうしたもんかなぁ……。

 

 

「嬉しく、ないのですか」

「…………嬉しい嬉しくない以前に、応えられないから困ってる」

「何故でしょう。年齢的な問題は、時間が解決してくれるじゃありませんか」

 

 

 一時は盛り返したものの、人類の総人口が55億まで減ってしまった現在、男女の営みについての話はデリケートな問題になっている。

 各国が政策として子作り支援をするのはごく普通だが、中には法律を改正してでも国力を回復させようとし、国民の反発を受けて政権交代、なんて事態も起きたらしい。

 が、事実として人口が減り続けているのは変わらず、堕胎などは忌避される傾向にあるようだ。

 

 そして、特にリリィについては議論が紛糾している。

 人類の防人であるリリィ。彼女たちはただでさえ天寿を全うできない確率が高い。ならば、その数を確保するにはどうすればいいのか。

 全盛期を過ぎたリリィが普通に結婚し、子を為してくれるのが最善だろうが、そもそも確実に遺伝するのかは疑わしく、数が足りるはずもなく。

 防衛軍時代に聞いた胡散臭い話では、某頭文字Gな大企業が国際法を無視し、人造リリィを作り出そうとしている……なんていうのもあった位だ。

 

 郭さんは恐らく、「唾をつけるくらいなら許されるんじゃありませんか?」とでも言いたいのだろう。

 半分、当てつけも含まれているのかも知れないが、しかし。

 

 

「忘れてないかい? 俺にはもう、左腕一本しか残ってないんだ。誰かと恋仲になっても、定年を迎えたら満足に抱きしめることすら出来ないよ」

「あ……」

 

 

 ここで言う定年とは、一般的ではないが、リリィやマギウスが完全にマギ保有能力を失うことを意味する。

 俺が人並みに動けているのは、真島さんの義肢のおかげ。だが、この義肢はマギにより駆動する。電力バッテリーによる補助はあるけれど、体内に一定量のマギを保有できていなければ、単なる鉄の塊だ。

 外部にマギを保管する技術もなくはないが、それは都市防衛などの戦略レベルで使われるもの。義肢の運用といった日常レベルでは難しい。

 

 きっと北河原さんなら、俺が五体不満足になっても、甲斐甲斐しく世話してくれるのだろう。

 でも、きっと俺は耐えられない。

 いつか彼女が言ったように。ただ与えられ続ける愛情は、報いることのできない恩は、真綿のような柔らかさで首を締め付けるだろうから。

 

 

「そんな事より、早く始めよう。時間は有限だ」

「……そうですね。では」

 

 

 重い空気を払拭するため、郭さんを催促。

 すると彼女は、俺と十歩ほどの距離をとって向かい合い、とある構えをとった。

 それに倣い、俺が同じような構えをとったのを確認すると、ゆっくりとした動きの套路(とうろ)が始まった。

 

 套路というと馴染みがないかも知れないが、太極拳という呼び名なら、誰もがなんとなく理解できるだろう。

 古くは中国武術の練習方法であり、その型・流れは門外不出とされる事もあるけれど、今日に至っては運動療法、健康維持のための体操といった側面が強く押し出されている。

 郭さんのそれは古風なものらしく、漫画やアニメ、アクション映画などで見覚えのある動きが散見できた。

 といっても、この一年でなまりきった体では、真似をするのも精一杯なのだが。

 

 

「間違えても構いません。まずは一つ一つの動きを確認しながら、ゆっくり、何度も繰り返していきましょう」

「はい、郭先生」

「まぁ。先生だなんて」

 

 

 彼女にとっては体で覚えている動きなのだろう、俺のために普段とは逆……鏡合わせの動きをしているはずだけど、その足運び、腕の構え、体の流れは滑らかだ。

 対する自分はというと、もうすでに息が上がり始めていた。

 防衛軍時代にも格闘訓練は行っていたが、対ヒュージ戦で役に立つことは少なく、おざなりだったと言う他にない。

 だからこそ、リハビリを兼ねた体力向上のため、郭さんに教えを乞うことになったのである。

 

 選定基準は……なんとなく、だったりする。

 だって、中国武術よく知ってそうだったし。実際に知ってたし。

 場所を取らず、室内外を問わず、特別な器具も必要なく、継続することで体力の回復・向上と、バランス感覚を養える有酸素運動。これら全てを見込めるのは、俺には太極拳くらいしか思いつかなかったという理由もあるが。

 

 

「やっぱり、体力が落ちてるな……。それに、戦闘では即応ばかり求められてたから、ゆっくり動くって言うのが……」

「実戦を経験している方には、特にもどかしく感じられるかもしれませんね。……こう考えてはいかがでしょう。これはあくまで準備運動。今まで無意識に動かしていた体を、意識的に動かすための確認作業なのだと」

「確認作業、か……」

 

 

 言い得て妙、だと思った。

 鉛のような新しい手足を満足に動かすため、少しでも早く自立活動を可能にするために、とにかく何かしなければと始めた事だが、気が急いている部分も大いにあっただろう。

 急いては事を仕損じる。

 自分に何ができて、何ができないのかを理解しないまま訓練しても、身につくものは少ない。

 そこからは意識を切り替え、ただ真似をするのではなく、一歩一歩を確かめるように、指先や下肢の先端にまで気を配りながら、郭さんを見つめる時間が続いた。

 

 

「……ゔっ、痛、あ、汗が目にっ」

「えっ? だ、大丈夫ですか?」

 

 

 どのくらい時間が経っただろうか。

 不意に視界が歪んだかと思ったら、目に違和感と痛みを覚え、動きを止めてしまった。

 いつの間にやら額に汗が浮かんでいたらしく、それが目に入ってしまったのだ。

 

 

「大丈夫、大した事ないよ。……うわ、汗だくだ」

「よく動けている証拠です。久々だからか、わたくしも少し火照ってしまいました。休憩にいたしましょう」

「うん、ありがとう」

 

 

 柔らかいタオルを受け取り、顔の汗を拭いつつ郭さんを確認すると、俺と同じく汗ばんでいる様子。

 さっきまで見つめていたせいか、ベンチへ腰を下ろし、二人揃ってスポーツドリンクを飲む間も観察を続けてしまう。

 普段の楚々とした佇まいもそうだが、こうして運動をした後の火照った姿からは、なんというか……健康的な色気? が醸し出されていた。

 だからだろう。俺はうっかり……。

 

 

「本当に、郭さんは綺麗だなぁ」

「んぐっふ」

「あっ」

 

 

 などと口走ってしまった。

 ヤッベェつい口に出ちまった!

 疲れたからって気を抜き過ぎだっ。

 

 

「ちち、違う、郭さんの動作がって意味で、いや見た目的にも違ってないんだけど、とにかく言葉足らずだったごめんなさい!」

「…………」

 

 

 むせてしまった口元をハンカチで拭いつつ、またもこちらをジト目で睨む郭さん。

 頬が赤く見えるのは、運動後だからだと助かる。不埒な感想への怒りだったら……もう謝り続けるしかないか。

 やっちまったよ……。

 郭さんってこういうのに厳しそうだから、失言しないように気をつけてたつもりだったんだけど……。

 

 

「わたくしはおじ様の人となりを知っているから構いませんが、他の子に対しては、少し言い方に注意した方がよろしいかと」

「ですよね……本当に申し訳ない……」

「謝らないでください。褒めていただいたのは、分かっていますから」

 

 

 案の定、苦言を呈されてしまった俺は、肩身を狭く縮こませる。

 落ち着き払った横顔を確かめてみても、もう赤みは差しておらず、平常心を取り戻しているように見える。

 これが恋愛小説とかラブコメとかだったら、互いを異性と認識し始めて関係が一歩進み……なんてケースもあるだろうが、あいにくこれは現実の話。女子中学生とおっさんにでは成り立たないのが悲しい。

 実際に進展されても困るだけだから良いんだけど。

 ……良いんだけどもっ。

 

 

「兄に、教わったんです」

 

 

 間抜けな気まずさを破ったのは、静かな……とても静かな声だった。

 

 

「物心つくかどうか、といった年頃に……。まだ台湾が陥落していなかった頃に、年の離れた兄を真似して。でも出来なくて、転んで泣いてしまって。見かねた兄達が手取り足取り、子供でもできる範囲で、教えてくれたんです」

 

 

 赤と茶色のヘテロクロミアが誇らしげに、けれど物憂げにも見える瞳で、遠くを見つめる。

 台湾。

 昔から日本と友好関係にあった彼の地は、現在、陥落指定を受けている。

 現地で抵抗を続けている戦力も勿論存在するけれど、辛うじて勢力拡大を留められているだけだとか。

 

 郭さんの詳しい事情は知らないが、いわゆる生え抜き……幼稚舎から百合ヶ丘に通う生徒であることは知っている。

 という事は、それよりも前に故郷を離れ、愛してくれた家族と離れ離れになってしまったのだろう。

 日常的な会話の中で、彼女の両親については言及されていたので、恐らく郭さんは両親と日本へ疎開し、お兄さん達は故郷に残った。

 そして、その事を今まで黙っていた理由は……。

 

 

「郭さんのお兄さんなら、さぞかしイケメンなんだろうなぁ。羨ましがられたんじゃない?」

「ふふ、どうでしょう。妹からすると、とても良い兄ではありましたけれど」

 

 

 努めて明るく、茶化すように笑いかけると、困ったような、しかし楽しそうでもある笑顔が咲く。

 けれど、物悲しい雰囲気は消えなかった。

 それはきっと、喪う辛さを知っているから。

 もう取り戻せないと分かっていても、つい思いを馳せてしまうから。

 

 

「……あの」

「うん?」

「こんな事をお願いするのは、自分でもおかしいと思うのですが……」

「なんだい。できる事ならなんでもするよ、お礼も兼ねて」

「……では……」

 

 

 そんな時、珍しく郭さんの方からお願いをされてしまった。

 せっかくの美少女に悲しい顔をさせ続けるのも忍びない、俺は二つ返事で頷く。

 すると、彼女は逡巡するように顔を伏せた後……。

 

 

「わたくしを、神琳、と呼んでみて貰え、ないでしょうか……」

 

 

 上目遣いに、恐ろしい破壊力のお願いをしてきたのだった。

 思わず一瞬、脳が思考を停止した。

 話の流れからして、兄が妹にするように、名前を呼び捨てにしてほしい……という事なのだろう。

 

 

「すみません、何を言っているんでしょうか、わたくしは。聞かなかったことにして下さい」

「…………」

 

 

 らしくないと思ったのか、苦笑いで誤魔化そうとする郭さん。

 しかし、俺は逆に安心した。

 遠藤との決闘騒ぎで知り合い、その理想の高さや、弛まぬ努力を続ける姿勢など、尊敬できる面は色々と見せられてきた。けれどこんな風に、年相応に甘えたい気持ちも、きちんと残っているのだ。

 時が来れば、リリィとして命懸けの戦いに身を投じなければならない、過酷な使命を背負わされていて、それに応えるだけの力量と覚悟も備えている。

 でも。それでも。やはり郭さん(かのじょたち)は、まだ幼い少女なのだから。

 だから、俺は。

 

 

「どうした、神琳。急にそんな事を言い出すなんて」

「……っ!」

 

 

 自分の中にある父性を最大限に絞り出し、優しく微笑みかけてみる。

 頭を撫でてあげた方が良かったか? とも思ったが、不用意な接触はセクハラになるのでやめておく。拒否られたら傷つくし。むしろこっちが本音。

 そんな訳で、あまり自信はない笑顔を浮かべ続けて、約5秒。

 ピクン、と肩を揺らしたきりだった郭さんの評価は。

 

 

「……30点」

「えっ」

「30点です。100点満点中」

「いや低っ!? 分かっちゃいたけどそんなにダメかなぁ!?」

 

 

 想像以上に低かった。

 辛口にも程があるんじゃないですかねっ。

 

 

「普通通りでいいのに声を作りすぎです。それと、過分に照れがありますね。もっと自然に呼んで頂かないと、違和感が強く出てしまいます」

「無茶言わないでくれ……。年頃の女の子を呼び捨てにするのなんて、灰色の青春送ってた身には荷が重いよ」

「あら? 確かあの事件の時、北河原さんのことは『伊紀ちゃん』と呼んでいらしたような」

「あれは極限状態だったから! アドレナリンがドバーっと出て、普段は出来ない事やっちゃっただけだから……」

 

 

 理路整然とダメ出しされ、かつ過去の振る舞いを掘り返されて、俺はもう瀕死状態である。

 うん、慣れない事をするもんじゃないな。

 俺に素面でイケメンムーブは無理だ。

 

 

「やっぱり、今まで通りが丁度良いのかも知れませんね」

「そうだね……。じゃあ今まで通りに」

「はい。おじ様と、郭先生で」

「うん……ってそっちかい!?」

「ふふふ」

 

 

 わかりやすいボケにノリツッコミで返せば、郭さんはいつも通りの、大人びた微笑みを返してくれる。

 物悲しい雰囲気は、すっかり消え去っていた。

 可愛い女の子が笑っていれば、それだけで世界はちょっと救われるはず。きっと。

 代わりにちょっと心を抉られた気がしないでもないが……まぁ、いいか。

 世は全て事も無し、だ。

 

 

「──さんが可哀想ですし、ね」

「え? 何か言った?」

「いいえ、何も」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、神琳じゃない。ひょっとして朝帰りかしら?」

 

 

 チッ。面倒なのに出くわした。

 

 一通りの套路を終え、“彼”と別れて寮に戻るや否や、神琳は心の中で毒づいた。

 それが何故かと問われれば、獲物を見つけた猫のような顔をした友人……悪友……単なるクラスメイトの自由人、遠藤亜羅椰に捕まったからである。

 勿論、表面上は笑顔を浮かべているので、亜羅椰はそれを知る由もないのだが。

 

 

「おはようございます、遠藤さん。そちらこそ、いつもより早いのでは?」

「例によってルームメイトがね……。今度は夜中に『いいアイディアを思いついた!』とか騒ぎ出して、困ったものだわ」

 

 

 時間的には、日が登り始めて少し経った頃。

 朝練などをするリリィ以外はようやく起き出す時間帯だからか、ロビーにも人影は少ない。

 わざわざ待ち伏せする理由もないだろうから、本当に早く起きてしまっただけなのだろう。

 彼女のルームメイトである森辰姫は、工廠科の所属ながら高い戦闘力で有名だが……なかなか癖の強い人物のようだ。

 

 

「申し訳ありませんが、朝食前に身だしなみを整えたいので、これで失礼します」

「あ、ちょっと」

 

 

 久方ぶりの套路でかいた汗がベトベトしていた事も手伝い、神琳は亜羅椰を適当にあしらって逃げ出す。

 亜羅椰も背に声をかけはするものの、引き止めるまではしなかった。

 その行動に、らしくなさを感じたからだ。

 

 

「怪しい」

 

 

 亜羅椰と神琳の関係は、いわゆる悪友と言って差し支えないだろう。

 ちょっとした軽口を叩いては窘められ、訓練などでも互いに煽り合うなんてザラにある。そうでないとつまらない。

 だからこそ、おかしい。

 神琳が逃げるように去っていくなんて、何か後ろめたいことでも……。

 

 

「馬鹿らしい。何を考えているのよワタシは」

 

 

 かぶりを振り、自らの考えを否定する亜羅椰だったが、それでも妙に気になってしまう。

 それというのも、あの「付き合って欲しい」発言を耳にしたからだ。

 ルームメイトが騒いだせいで起きてしまったのは本当だけれど、それにかこつけて神琳を待ち伏せたのは、これが理由だ。

 なお、神琳が朝早くに出かけたのは、同じく朝練のために出かけようとしていたリリィ三人組に聞いた。

 

 

(まぁ? おじ様と神琳が仮に“そういう関係”になったとしても、ワタシにはなんの関係もないし。むしろ爛れた関係になってくれれば、ワタシの交友関係に口出しされる事もなくなるだろうし、歓迎すべきよね?)

 

 

 品行方正という言葉が服を着て歩いているような人間。それが神琳である。

 が、人間には三大欲求というものがあり、中でも性欲に関してはお盛んな年頃である(当事者比)。

 ちょっとタガが外れてしまえば、なまじ真面目だった分、のめり込む可能性だって低くない。

 

 

「……………………」

 

 

 なんとは無しに……というかいつも自分でしているように、亜羅椰はちょっとした妄想をしてみる。

 まだ誰もが夢の中にいる頃に、人目を忍んで逢瀬を重ねる二人。

 神琳が足早に待ち合わせ場所へと向かうと、すでに“彼”の後ろ姿がある。

 足音で気付いたのか、“彼”は後ろを振り返り、神琳の姿を見つけて微笑む。

 

 

『神琳』

『おじ様』

 

 

 互いを呼び合い、二人の間の距離がなくなっていく。

 少しゴツゴツとした指が、薄紅に染まる頬へと触れ、そのまま髪を梳くように動いた。

 神琳はくすぐったそうに首をすくめるけれど、決して逃げたりはしない。

 視線が重なる。

 “彼”の手が、神琳の腰を優しく引き寄せる。

 神琳もまた、“彼”の背に腕を回して。

 そのまま、二人の影は重なる……かと思いきや、吐息が触れる距離になると、神琳は恥ずかしげに“それ”を躊躇う。

 しかし、“彼”はもう待てないのだろう、やや強引に唇を──

 

 

(ってないないない! あの優等生様に限って、あり得ないわ)

 

 

 軽い妄想のはずだったのに、やたら生々しくなってしまった。

 目の前で神琳があんな表情をしたら、亜羅椰なら確実に頂いてしまうくらいに会心の出来の妄想だったが、やはり無理があるだろう。

 神琳はそういった事を知ってはいても興味がなさそうだし、何より、“彼”にもあんな甲斐性……というか肉食気質はなさそうだ。

 だから、これは単なる亜羅椰の妄想。

 そう。

 あり得ないはず。

 

 

「ねぇねぇねぇ、また遠藤さんがなんか唸ってるよ?」

「放っておきましょう。関わっても碌なことにならないわ。君子危うきに近寄らず、よ」

「そうかなー。わたし的にはー、面白そうな匂いを感じるかもー」

 

 

 頭の中のラブシーンをかき消そうとしている亜羅椰は、自分が見られている事に気づけていない。

 こうして、悶々とした思いを抱えたまま、彼女の日常は始まっていく。

 何事もなく。ただただ、いつも通りに過ぎていく。

 

 …………はずだった。

 

 




本当は70点。

亜羅椰ちゃん回だと思った? 残念、神琳ちゃん回でした。
これだけだと「亜羅椰ちゃんメイン回はどうした」と思われるでしょうから、キチンと亜羅椰ちゃん回もご用意してございます。
明日をお待ち下さいませ。
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