アサルトリリィPARABELLUM   作:苗陽さんガチ恋勢

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32 サンカヨウ ── Diphylleia grayi ── 相対性恋愛論・遠藤亜羅椰の場合

 

 

「はぁ? 神琳が上級生に連れてかれた?」

 

 

 神琳が朝帰りをして、わずか数時間後。具体的には昼食時。いわゆる、お昼休みである。

 一緒にランチを食べてくれる女の子を探していた亜羅椰に告げられたのは、なんとも意外な事態だった。

 

 

「……だから? 何か用があったっていうだけでしょ。どうしてワタシに言うのよ」

「だってだってだって! 相手は“あの石上さん”なんだよ!? もしかしたら校舎裏とか体育館裏とか地下訓練場でシメられちゃったり……!」

「古い漫画の読み過ぎよ……。ともあれ、危うい気配があったのは間違いないわ」

「あれは一触即発な雰囲気だったねー。腹に据えかねてますー、って顔に描いてあったものー」

 

 

 三人組のリリィ達は、口々に当時の様子を語る。

 ポニテ少女は興奮しきりで、それをメガネ女子が宥めつつ、のほほんとした見た目の少女と共に的確な分析で補足するという、見事なコンビネーションだった。

 仲が良さそうで実に羨ましい。混ぜてほしい。性的な意味で。

 

 

「つまり、気になるから様子を見て来い、ってことね。ま、引き受けてもいいけれど……高いわよぉ?」

「OKだいじょぶノープロブレム! 体で払うから! 馬場ちゃんが!」

「いやなんで私!? 確かに最初に気づいたのは私だけど!」

「遠藤さんに揉まれたことないって気にしてましたからー。ぜひ可愛がってあげて下さいー」

「あらそうなの? じゃあ今夜の入浴時間にでもたっぷりと……うっふふ……」

「ちょ、コラ! 私を出汁に使わないでよ!?」

 

 

 半分本気の冗談はともかく、亜羅椰としても神琳の行方は気になり、捜索を引き受けることになった。ちなみに、後で揉むのは本気だ。

 もともと軽めに済ませる予定だった昼食をササッと片付け、早速カフェテリアを後にする。

 

 

「ええと、あの子達が言うには、地下訓練場方面に向かったらしいから、まずはそこに……ん? あの後ろ姿は……」

 

 

 メガネ女子からの目撃情報を元に足を進めていると、少し前を行く後ろ姿が目に入った。

 美しく切り揃えられた長い黒髪は、何かを探すように左右に揺れている。

 間違えようがない。愛しの白井夢結である。

 

 

「夢結様! ご機嫌よう、こんなところで奇遇ですわね!」

「え? ああ、遠藤さん。ご機嫌よう……」

 

 

 喜び勇んで、スキップしそうな心持ちで挨拶をする亜羅椰に対し、夢結は言外に「会いたくなかった」と表情を曇らせる。

 なかなかに珍しい表情である。

 

 

「ごめんなさい、人を探しているところだから、私は行くわ」

「まぁ、そんな寂しいことを仰らずに。もしかしたら、何かお力になれるかも。どなたをお探しに?」

 

 

 しかし、この程度で亜羅椰が傷つくはずもなく、獲物を見つけた猫のように体をくねらせる。

 最早、神琳のことなど頭から消え去ってしまっていた。

 正確に言うと消えるはずがないのだが、より優先順位の高い対象が現れてしまったのだ。仕方ない。

 そして、狙われているとは露にも思わない夢結は、藁をも掴む心境で続ける。

 

 

「ロスヴァイセの次期主要メンバーと言われている三人……。オットーさん、石上さん、北河原さんを探しているの。心当たりはあるかしら」

「石上さん? これまた奇遇ですわ、実はワタシも石上さんに用がありまして」

「……そう」

「あ、疑ってますぅ? 本当ですよ、彼女の居そうな場所も目星はついていますし。どうぞ、ついていらして下さい」

「…………分かったわ」

 

 

 これぞ運命の巡り合わせ! と言わんばかりに目を輝かせる亜羅椰。対する夢結の顔つきはドンヨリしていた。

 信じたいのだけど信じられない。でも、他に情報がないから確かめるしかない。だから、止むを得ず着いていく。そんな感じである。

 ここまで来ると、逆にその不審者を見るような目付きが癖になり、亜羅椰のテンションは鰻登りだ。

 それも手伝ってか、第一目標地点──地下訓練場にはあっという間に到着してしまった。

 

 

「訓練場?」

「ええ。どうやらワタシのクラスメイトが、石上さんに因縁をつけられたらしいんです。なので、心配になって様子を見に。ここはその第一候補という訳ですわ」

「そうだったの……」

 

 

 まさか本当に同じ人を探していたなんて……と、言外に語る夢結。

 1mmたりとも信用されていない証拠なのだが、亜羅椰がその悲しみを、わざとらしくアピールする暇はなかった。

 何故なら、隔離壁をくぐった瞬間、二人の耳にCHARMの剣戟が届いたからだ。

 

 

「まさか、私闘……!? 止めないと!」

「お待ちください、夢結様っ。まずは確認です、先走ってはいけませんわ」

 

 

 思わず駆け出す夢結を、亜羅椰の手が引き留める。

 さりげなくボディタッチに成功して内心ウハウハ(死語)でも、亜羅椰の表情は真剣そのもの。

 仕方なく夢結も納得し、二人で客席の方へ移動。訓練場で戦っているリリィ達に気取られないよう、身を隠しながら様子を伺う。

 

 制服姿のまま、刃留めされたCHARMを振るうのは、双方ともに長い髪の少女だった。

 一方は黒髪。残るは亜麻色の髪。石上碧乙と郭神琳である。

 

 

「やっぱり。よくご覧になってください。確かに模擬戦にしては激しく見えますが、度を越しているとは思えません。この程度なら、ちょっとした肉体言語での話し合いですわ」

「……い、言われてみれば……? でも……えぇ……?」

 

 

 火花散らす二人を見て、亜羅椰が得意げに説明するも、夢結は首を傾げている。

 というのも、割と頻繁に神琳とやり合っている亜羅椰にとっては普通、というだけであって、傍から見れば十分に苛烈に感じられるからだ。

 もちろん、積極的に相手を傷つけようとするような危険行為は見受けられないものの、一合、二合、三合と打ち合い、今まさに鍔迫り合う様は、決闘と呼んで差し支えない気迫が感じられる。

 拮抗はほんの数秒。

 互いを押し合うように距離を取った二人の間に、荒い呼気だけが響く。

 

 

「そろそろお聞かせ願えませんか。どうして、わたくしを御指名に?」

「…………」

 

 

 沈黙を破ったのは神琳だった。

 どうやら亜羅椰達には気づいていないようで、その目は一心に碧乙を見つめている。

 それを真っ向から受け止めた碧乙は、CHARMをフリップしながら構えを解いた。

 

 

「……今朝の様子、見ていたのよ」

「えっ」

 

 

 その一言で、文字通り空気が一変する。

 例えるなら、武に秀でた女傑同士の立ち会いが、色恋沙汰の末の痴話喧嘩になったような感じである。

 

 

「も、もしかして、最初から……ですか?」

「ええ。最初から。貴方が、名前を呼び捨てにしてほしいとお願いした事も、全部」

 

 

 ピクリ。

 夢結の片眉が不機嫌そうに跳ねた。

 なんなら目も据わっている。

 物凄ーく分かり易く、不機嫌になっている。

 

 

「あの、あれはですね、ほんの戯れ──」

「羨ましい」

「はい? ──ッ!?」

 

 

 そんな事になっているとは知らず、言い訳するように言葉を重ねようとした神琳。

 だが、再び襲いかかってきた凶刃に、中断を余儀なくされる。

 こちらはこちらで、とんでもなく不機嫌になっていた。

 

 

「私なんて、数えるくらいしか呼び捨てで呼んでもらってないのに……」

「いやあの、わたくしもまだ一回しか」

「それどころか、目を覚ましてからろくに話もできていないのに……っ」

「……それに関しては、わたくし全く関係ないのでは?」

「あまつさえ、これから毎日、朝一番に会うんでしょ……。きっと、日が経つに連れて親密になって、いつしか自然と下の名前で呼び合う関係に……っ」

「…………可能性が無い、とは言い切れませんけれども…………」

 

 

 段々と涙目になっていく碧乙。

 徐々に「うわこの人も面倒臭い」といった顔になる神琳。

 なんの事はない、この騒動は“おじ様ガチ勢”である碧乙が、朝っぱらからイチャついていた神琳に嫉妬した末の、単なるやっかみであった。

 

 

「だいたい、なんであの子ってば抱きついたり……あんなの職権濫用じゃないの……私だって……私だって……!」

「ぃ、石上様? それほどまでに慕っておいでなら、直接伝えた方が良いのではないでしょうか。それこそ、北河原さんのようにすれば、無碍にはされな」

「それが出来ればこんなに悩んでなぁいっ!!」

「くうっ!?」

 

 

 実にくだらない動機ではあるのだが、碧乙の太刀筋はそれを忘れさせるほどに鋭い。

 なまじ実力があるせいで、おふざけがおふざけにならないパターンである。

 そして、そんなキャットファイトを眺める二人の間にも、奇妙な空気が漂っていた。

 

 

「……何が、起こっているの?」

「ワタシにもさっぱり。大したことではないようですけれど。……何がいいんでしょう、ホント」

 

 

 溜め息ひとつ。亜羅椰は、媽祖聖札で防戦一方の神琳を見遣る。

 長い髪を揺らしながら、的確に、流れるように攻撃を防ぎきっているその様は、亜羅椰をしても惚れ惚れする美しさだ。

 それこそ、男なんて選び放題だろうに、物好きだこと。

 

 

(……あの人は、ワタシを呼び捨てにしたりするかしらね)

 

 

 小気味良い剣戟をBGMにして、ふと想像してみる。

 と言っても、今朝の妄想での神琳を自分に置き換えるだけ。

 

 人目を忍んだ逢瀬。

 亜羅椰に気づいた“彼”は優しく名前を…………いや、むしろ「遅いぞ」と文句を言いそうな気がする。

 それに対し、「早く来過ぎなのよ」と返しつつ、上目遣いに「そんなに会いたかった?」とからかう。

 普段なら否定する“彼”だが、人目がないのを良いことに「もちろん」と亜羅椰の頬へ手を添える。

 見つめ合い、ゆっくりと顔を寄せ。

 吐息が重なる距離になってようやく、“彼”は………………。

 

 

(……うん、これはないわ。絶対ない。男相手とかあり得ない)

 

 

 またしてもねっとり妄想してしまったが、今回は我ながら酷い出来だ。

 百歩譲って“彼”が亜羅椰に惚れるまでは可能性があるだろう。けれど、逆はあり得ない。

 亜羅椰が好きなのは女の子である。自分自身も含め、可愛らしい女の子が好きなのである。

 もちろん亜羅椰にだって両親は居るし、その愛を否定することはしないが、それが自分に当てはまるかと言ったら疑問だ。

 女の子とラブラブする自分は想像はうまく想像できても、男相手に色気を振りまく自分なんて。

 

 

「やっぱり止めましょう。このまま続けても遺恨を残すわ」

 

 

 くだらない事を考えている間にも時間は進み、切羽詰まったような夢結の声が思考を引き戻す。

 見れば、いつの間にか模擬戦の攻守は入れ替わり立ち替わりなっていた。

 アステリオンの薙ぎを媽祖聖札が受け流し、かと思えば、媽祖聖札の短刃による超至近距離攻撃を見事なフリップ捌きがいなす。

 二人の顔にも、羨ましい云々辺りの間抜けな雰囲気は無く、己の限界を試す求道者の気配が匂っている。

 つまり、やってるうちに本気になってしまったようだ。

 碧乙も神琳も見た目は清楚なのに、妙に喧嘩っ早いところがあるのは、似たもの同士という事なのだろうか?

 

 

「夢結様のその優しさ、本当に素晴らしいと思います。ですが、手元にCHARMも無いですし、言葉で止められる雰囲気でもありませんし……」

 

 

 しかしながら、あそこまで本気のやりとりをしているとなると、周囲の声が届かない可能性がある。

 かと言って無理に割り込めば、夢結も亜羅椰も無事では済まない。

 それでも止めたいとなったら、緊急用の第一世代CHARMを引っ張り出さなければならないが……鶴の一声は意外な方向から発せられた。

 

 

「やめなさい、碧乙っ!」

 

 

 神琳達を挟んで、ちょうど訓練場の反対側。

 裂帛の気合いと共に現れたのは、艶やかな銀髪を揺らす美少女──ロザリンデ・フリーデグンデ・フォン・オットーだった。

 

 

「どど、どうして……?」

「勝手にCHARMを持ち出したって聞いて、もしかしたらと思ったのよ。全くもう……」

 

 

 予想外の人物の登場に、碧乙は顔面蒼白といった様子で狼狽える。

 ロザリンデは、息切れを整えながら二人に駆け寄り、まず神琳へと頭を下げた。

 

 

「ごめんなさい、郭さん。もうご存知だと思うけれど、この子は思い込みの激しいところがある上に、思い詰める性質でもあるものだから」

「い、いえ。ガ────天才と称される方との立ち会いなんて、願ってもない事ですから……」

「そう言ってもらえると助かるわ。このお詫びはいずれ。あなたも謝りなさい」

「…………さぃ」

「 碧 乙 」

「ご、ごめん、なさい……」

 

 

 ギロリ、と青い瞳に睨まれ、碧乙は既に戦意を喪失。先程までと打って変わり、気弱な印象を見せ始めた。

 それこそ、神琳が口にしかけた異名「ガラスの天才」に相応しい落差である。

 北河原伊紀、並びに百合ヶ丘女学院に対する障害・テロ事件で名を馳せ、その後の迷走っぷりから名付けられた皮肉めいた異名だが、天才と渾名される実力は伊達ではないと、しっかり味わわされた。いずれこの経験が役に立つ場面もあるだろう。

 まぁ、ここに至る経緯については甚だ腑に落ちないけれども、これが神琳から碧乙に対する、嘘偽りない評価だった。

 

 

「郭、さん」

「え?」

 

 

 ようやく肩の力を抜いた神琳に、連行される直前の碧乙が呼びかける。

 もしや捨て台詞でも……と身を固くしてしまったが、その表情は穏やかで。

 

 

「にい……おじ様のこと、お願い。戦ってみて分かった。あなたになら、任せられる」

「……はい。おまかせを」

 

 

 思い込みが激しく、暴走しがち。

 そのせいで迷惑を被った形であったが、碧乙の言葉には真摯な思いが込められているように感じられた。

 ならば、こちらも真摯に応じるのが礼儀。

 胸に手を置き、神琳が一礼すると、ホットした様子の碧乙も大きく頭を下げ、今度こそ連行されていく。

 

 

「一件落着、かしら」

「そのようですわね。ところで夢結様? あの方達に用があったのではありません?」

「……はっ!? そ、そうだったわ。ありがとう遠藤さん!」

 

 

 成り行きを見守っていた夢結が胸を撫で下ろすも、亜羅椰の指摘を受けて慌てて碧乙達を追いかける。

 本当ならその後ろ姿を追いかけたいところだが、余計な事をして、せっかく稼いだ好感度を下げたくはないので、見送ることにした。

 代わりに、疲労困憊といった感じのクラスメイトに近づいていく。

 こちらの姿を見つけると、ゲンナリとした表情を浮かべた。こやつめ。

 

 

「災難だったわねぇ」

「全くです。が、得られるものもありましたから」

「ふぅん」

 

 

 ハンカチで汗を拭いつつ、息を整える神琳。

 強がり……ではなさそうである。

 不本意な八つ当たりからも学びを得るとは、優等生ここに極まれり。

 その割に、普段は隠せている表情が溢れるくらいに、余裕は失っていたようだが。

 

 

「遠藤さんは、どうしてこちらに?」

「頼まれたのよ。拉致された神琳の様子を見てきて、ってね」

「拉致だなんて……」

「実際そんな感じだったでしょうに。心中お察しするわぁ。好きでもない男のために、いちいち面倒事に巻き込まれるなんて、迷惑千万じゃない。ホント、ご苦労様」

「…………」

 

 

 いつものように、スラスラと神琳に対する皮肉が出ていく。

 しかし、亜羅椰自身は気づいていない。

 今日のそれは、普段よりも幾分か、当て付けがましくなっていることに。

 けれど、向けられた方は気づかないわけもなく。

 

 

「発破をかけるべき、でしょうね」

「……? なんのことよ」

「迷惑だなんて思っていません。わたくしはおじ様のこと、毛嫌いしていませんから。あなたと違って」

「は?」

 

 

 にこり。

 老若男女を魅了するだろう、完璧な笑顔を浮かべ、神琳はそう言い放った。

 対する亜羅椰も笑顔のまま、片眉が角度を上げる。

 

 

「あらあら、そんなこと言っていいのかしら。せっかく優等生で通っているのに、誤解されちゃうわよ?」

「ただ敬意をもって接しているだけですから。それを見て誤解するような人は、むしろ“そういう関係”に憧れているのではないでしょうか。リリィと言えども、思春期の婦女子ですし」

 

 

 笑顔で睨み合う二人。重なる視線が、明らかに火花を散らしていた。

 

 優等生の問題発言(スキャンダル)、言いふらしちゃおうかしら?

 やってみなさい万年発情期リリィ。

 

 上記のやりとりを意訳すると、こうであろうか。

 気の弱い人間がこの場に居たなら、卒倒しかねない迫力があった。

 が、亜羅椰は「ふん」と鼻を鳴らし、おどけた様子で言い直す。

 

 

「ま、よく考えたら、手を出すような度胸があの人にあるはずないだろうし、取り越し苦労よね。口説き文句の一つも言えそうにもないもの」

「口説き文句……」

 

 

 そして、この発言に神琳が妙な反応をしてしまう。

 今朝の出来事……不意打ちで「綺麗だ」と褒められたのを思い出し、表情を噛み殺すように唇を波立たせ、頬を真っ赤に染めたのだ。しかも、絶妙な角度で視線を逸らしつつ。

 こんな反応をされては、事情を知らない亜羅椰が誤解してしまうのも当然で。

 

 

「え……? ちょ、え? まさか……?」

「な、なんでもありません、何もありませんから! それは本当に誤解です! あれはただ……!」

 

 

 嘘でしょ……? と狼狽える亜羅椰へ、神琳は言い訳しようとした。

 けれど、言葉が出てこない。

 なぜだか分からない。だが、亜羅椰に説明するのが憚られた。

 ここで弁明しないとまずい事になる。それは分かっている。

 けれど。

 けれど。

 

 

「急用を思い出したので、わたくしはこれで失礼します。では」

「嘘おっしゃい! 何があったのよ、ねぇちょっと! 待ちなさい!」

 

 

 結局、神琳は逃げるようにその場を後にした。

 もちろん亜羅椰も追いかけ、二人なのに姦しく、足音は遠ざかっていく。

 その姿は、色恋沙汰に花を咲かせる、思春期の少女達そのものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 碧乙達を追いかけていた夢結は、予想外の人物と遭遇していた。

 

 

「……つまりは、おじ様をけしかけるな、と。そう仰いたいのですね」

 

 

 透明感のある微笑みを浮かべる、桃色の髪の少女。北河原伊紀だ。

 訓練場を出て、程なく碧乙とロザリンデの後ろ姿を見つけたのだが、そこへ伊紀が合流し、奇しくも目的だった三人全てと対峙することになった。

 

 

「そんな言い方はしていないわ。ただ、他にもっと穏便な方法があるはず、と言っているだけよ」

 

 

 要件は至極単純。“彼”を戦いから遠ざけるべきだと、直訴したかったのである。

 口止めされているから……と言葉を濁す百由を口説き落とし、“彼”の今後を聞いた時は、本当に眩暈がするかと思った。

 前を向き始めたのは良いとして、それが命懸けになってしまうなら話は別だ。

 たとえ“彼”の意に沿わなくても、大事を取って欲しい。夢結はそう考えている。

 

 

「もっともなご意見ですわ、白井様。まるで模範解答を見ているかのよう」

「……なんですって?」

 

 

 しかし、目の前の少女は。年下であるはずの少女の放つ威圧感は、夢結をして寒気がするほど。

 見た目に関しては前評判通り、純真無垢で可憐な花のようだというのに。

 それでも怯むわけにはいかない。

 丹田に力を込め、正面から向かい合う。

 

 

「おじ様自身が戦い続ける事を望んでいるのは、ご存じのはずですね」

「ええ。だからと言って……」

「止める理由は、心配だから?」

「当たり前よ。これ以上おじ様が傷つくところなんて、見たくないわ。貴方だって同じ気持ちでしょう」

「いいえ。違います」

 

 

 首を振る伊紀に、夢結は驚かされる。

 どんな形であれ、“彼”を案じているならば、この気持ちだけは同じだろうと踏んでいたから。

 

 

「人生とは過酷なものです。生きていれば、どんな人間でも必ず傷を負うもの。それが肉体であれ、精神であれ」

 

 

 己の胸に手を置き、まるで傷跡をなぞるように指を滑らせ、握りしめる。

 微笑みが少し歪んだのは、その痛みを思い出してしまったから、だろうか。

 けれど、次の瞬間にはまた花が咲く。

 

 

「私は、おじ様が傷ついた時、そばに居て差し上げたいんです。本当に辛い時、苦しい時。隣に誰かが居てくれたなら。手を取ってくれたなら。それがどれほどの救いになるのか、身をもって知っていますから」

「…………」

 

 

 伊紀の言葉に込められた想いは、それこそ重量を感じるほどに濃く、そして実感に満ちていた。

 それが嘘偽りのない彼女の気持ちだと、分かってしまう。

 夢結だって、“彼”に救われた事のある一人なのだから。

 でも。だからこそ。

 

 

「……でも私は、やっぱり貴方のやり方には賛同できない」

「進んで戦場に送り出すようなものだから、ですか」

「分かっているなら何故……!?」

「自分が不安だからと言って、おじ様を籠の鳥にするような真似をしたくないだけです」

「……っ」

 

 

 思わず、言葉に詰まる。

 言い返そうとして、けれど言葉が出ず、抉られたような胸の痛みに、顔を伏せてしまう。

 “彼”を戦いから遠ざけようとするのは、夢結(自分)が不安だから?

 “彼”が心配だからではなく、自分が安心するために、安全な籠の中に閉じ込めようとしている。

 夢結の中に、そんな気持ちが無いとは言い切れない、自分が居た。

 

 

「私が……私の願いは、間違っていると……?」

「いいえ。間違ってなんていないと思います」

「え……?」

 

 

 伏し目がちになった夢結の顔に、今度は疑問符が浮かぶ。

 真っ向から意見を否定しておいて、それを……それも間違っていないと言う伊紀。

 ピンと背筋を伸ばす姿からは、並々ならぬ自信が溢れていて。

 

 

「人が誰かを想う気持ちに、正しいも間違いもありません。あって欲しくないです。形はどうあれ、私も白井様も、おじ様に寄り添いたいというだけなのですから」

 

 

 大切に思うから、危険から遠ざけようとする。

 大切に思うから、危険が及ばぬよう側で守る。

 確かにその想いの根源は同じであるはずで、ただ発露する形が違うだけに思える。

 けれど、伊紀の言い方は。

 その語り口は、まるで。

 

 

「申し訳ありませんが、予定がありますのでこれで失礼を。いつの日か、白井様にも私の気持ちを理解して頂ける日が来ると信じております。ご機嫌よう」

「あ……」

 

 

 言うが早いか、伊紀は優雅に一礼し、夢結へと背を向ける。

 様子を見守っていたロザリンデも、何か物言いたげではあったがそれに倣う。

 が、ただ一人。

 碧乙だけは夢結を見つめ……いや、ガン見していた。むしろ、睨みつけていると言った方が良いだろうか?

 

 

「な、何かしら」

「……狂乱の天使……」

「え?」

「……長い黒髪……暴走しがち……同い年……キャラ被り……」

「あの、何を言って……?」

「絶対に負けない……!」

「は……?」

 

 

 一方的に宣戦布告を押し付けて、二人の後を追う碧乙。

 残された夢結はといえば、困惑しきりであった。

 

 

「なんだったの、一体……」

 

 

 碧乙の宣戦布告のせいで、なんというか、肩の力が抜けきってしまった感はあるものの、伊紀との対話は終始押され気味だった。

 あの物言い。言葉に込められた情念。

 そういった経験のない夢結ですら分かるほどの、恋慕。

 北河原伊紀という少女は、“彼”に慕情を抱いているのだろう。経緯を考えれば無理からぬこと、だと思う。

 

 対して夢結は、あくまで恩人に対する親愛だと思っている。

 自分と大切なお姉様の、命の恩人。

 親愛と尊敬の念を抱くのは当たり前で、誰かのために身を投げ出せるその献身性は、得難く尊いものだ。

 

 ……では。

 伊紀と夢結の相反する願いを聞かされた時、“彼”はどちらを選ぶのだろう。

 自分を愛し、傍らで守ってくれるだろう伊紀だろうか。

 それとも、“彼”の意思に沿わない、危険から遠ざかる道を示す夢結だろうか。

 

 

(……分からない。私は、どうしたいの。どうして欲しいの)

 

 

 私は。

 あの人に、私を選んで欲しいの……?

 

 夢結は一人立ちすくみ、堂々巡りな思考を続ける。

 考え続けたところで、答えは出ないだろうという事も分かっているけれど、それでもやめられない。

 胸の内に湧き上がる、名状し難いそれは。

 芽生えはじめたその感情を、人は……。

 

 

 






一体なんと呼ぶのでしょう。

疑問に思われている方も居ると思うので明言しますが、この世界に御前は存在しません。
あくまでアニメ版を原作とし、ゲームや舞台で補完された情報を取捨選択して構成しています。
まぁ、設定的に似ちゃった人は居ますけど。むしろその人がこの作品のメインなんですけども。
そこら辺を捏ねくり回して、なんとか帳尻合わせするのが楽しくもあります。

こちらのメインストーリーもそろそろ進展します。
拙作における裏設定などにも言及が始まる予定ですので、作者なりの解釈をお見せできればと。
時間はかかると思われますが、お付き合い頂ければ幸いです。

最後に。
イベントガチャを小出しにすんのやめろやぁあああああっ!!!!!!
なんとか全員分の満開衣装揃えたけど、胃がキリキリしたわぁあああああっ!!!!!!
……今年の水着イベントは手加減して下さいホントお願いしますマジで。
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