アサルトリリィPARABELLUM   作:苗陽さんガチ恋勢

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変化


04 ルリハコベ ─Blue Pimpernel─ 甲州撤退戦、その四

 

 

 甲州撤退戦から数週間後。百合ヶ丘女学院のサロンにて。

 白井夢結は、優雅な所作でテーブルの上の茶器を配し、シュッツエンゲルである川添美鈴の前に、手ずから淹れた紅茶を差し出す。

 美鈴は白い指でカップを手に取り、香りを楽しんでから、ゆっくりと口をつけた。

 

 

「……うん。夢結の紅茶はいつ飲んでも美味しいね」

「ありがとうございます、お姉様」

 

 

 窓からは陽光が差し込み、微笑み合う美鈴と夢結の姿は、絵画に残したくなるほど美しい。

 しかし、絆を結んだ夢結には分かる。

 その笑顔には一点の曇りがある、と。

 

 

「……お姉様?」

「ん……。なんだい、夢結」

 

 

 問いかければ、その曇りは瞬く間に消えてしまう。

 ……原因はもう知っている。

 何故なら、“それ”は夢結自身の心にも、大きなしこりを残しているのだから。

 

 

「今日も、向かわれますか」

「そうだね……。時間はある訳だし、それが先方の望みでもある」

「分かりました」

 

 

 所属するガーデンの授業や、作戦行動の合間の余暇。

 対ヒュージ戦闘要員であると同時に、学生でもあるリリィ達は、それを様々な形で使う。

 趣味。予習。遊び。戦闘訓練。休息。

 そして……見舞い。

 

 夢結達は、百合ヶ丘女学院に併設された病院へと足を向ける。

 戦場で傷を負ったリリィを速やかに治療する場所であるが、利用するのはリリィだけに限られない。

 やむを得ぬ事情から百合ヶ丘に保護された人物なども、この病院へと搬送され、治療を受ける場合がある。

 

 受付で面会登録を済ませ、病院の中を無言で進む。

 目的の部屋の前へ辿り着くと、美鈴がドアをノックした。

 ……………………反応がない。

 夢結達は顔を見合わせ、ゆっくりとドアをスライドさせる。

 広々とした個室の中央では、一人の男性が寝息を立てていた。

 

 

「眠っているみたい、ですね」

「らしいね。全く、せっかく見舞いに来てあげたというのに」

 

 

 肩をすくめ、美鈴は苦笑い。部屋を進んで窓辺に寄り掛かる。

 夢結もそれに続き、ベッド脇の椅子へ腰掛けた。ここ数回の見舞いで定位置となった配置だ。

 この男性は、甲州撤退戦で夢結達を助けた、防衛軍のマギウス。

 しかし、被せられたシーツを押し上げる体の形は歪だった。

 右前腕部と右脚の膝下から先、左脚の大腿部より下が、全て失われているからである。

 

 あの後……夢結と美鈴が避難所へ転移させられた数分後には、他のリリィがギガント級との戦場へ辿り着いたらしい。

 けれど、すでにギガント級の姿はなく、現場に残されていたのは、左腕にボロボロとなった夢結のCHARM──ダインスレイフを抱え、残る手足を炭化、もしくは切断された彼のみだった。

 縮地のレアスキルを高ランクで持ったリリィが、大急ぎで百合ヶ丘の医療班へ担ぎこんで居なければ、そのまま死亡していただろう。

 低スキラー数値のマギウスが他人のCHARMを手に、ギガント級ヒュージと戦ったのだ。命があっただけでも奇跡に近い。

 

 だが、もはや彼は戦う事はおろか、一人で日常生活を送る事すら、ままならない体となってしまった。

 この変えようのない事実が、夢結と美鈴の心に、深い影を落としていた。

 

 

「う、ぐ……っ」

 

 

 呻き声。

 穏やかだったはずの寝顔は、いつの間にか苦痛に歪んでいる。

 左腕が、短くなった右腕の先端を探し、シーツの上を彷徨う。

 

 

「あ゛ぁ、う……うう……っ」

「おじ様? おじ様っ」

 

 

 脂汗を流し、苦悶し続ける彼の肩を、夢結が強く揺する。

 ようやく目を覚ますと、彼は作り笑いを浮かべて見せた。

 

 

「ああ、白井さんか……。来て、くれてたんだな……」

「はい。約束、ですから」

「僕も居るんだけれど、見えてるかい?」

「んん……? お、川添も居たのかー、白井さんの陰に隠れて全く気付かなかったなー」

「……ふふふ。老眼鏡をかけてはどうかな」

「はっはっは。白井さんが見えれば十分だ」

 

 

 夢結には優しい口調の彼だが、美鈴が相手となると、二人揃って天邪鬼な態度になってしまう。

 それに対して夢結が「もう」と溜め息をついて……というのが、お決まりのやり取り。

 

 甲州撤退戦から数日後に目を覚ました彼は、最初こそ手足を失った事に錯乱したという話だが、夢結達の面会が許された時には落ち着いており、「恩義に報いたい」という申し出に対し、暇な時は見舞いに来て欲しい、と望んだ。

 それからというもの、余暇を見つけては病院へ通っているけれど、普段と違い、彼の顔に余裕がなかった。痛みを堪えているのが隠しきれていない。

 夢結が心配そうに見つめると、彼は観念したかのように呟く。

 

 

「幻肢痛、だそうだ。おかげで、まとまった睡眠が取れなくてさ」

 

 

 幻肢痛。

 主に四肢を失った人間が発症し、もう存在しないはずの手足の痛みに苦しめられる。

 脳の錯覚が原因であるため、痛み止めなどによる投薬治療が効果を発揮しない事も多い。

 脳が順応して痛みを感じなくなる場合もあれば、人によっては死ぬまで苦しむ。

 

 私のせいだ。

 私があの時、もっと上手く戦えていたら。

 

 夢結の細い指に、力がこもる。

 

 

「ごめんなさい……。私のせいで、おじ様は……」

「あ、すまない。責めるつもりじゃなかったんだ。何度も言ってるけど、自分で選んだ結果だ。受け入れて、前に進むしかない」

 

 

 彼が手足を失った事に対する夢結の謝罪は、これが初めてではなかった。

 ただ謝るだけで全てを忘れられるほど、夢結の面の皮は厚くない。

 対する彼の言葉もまた、その度に繰り返された。まるで、自分に言い聞かせているように。

 それが分かってしまうからこそ、辛いのだ。

 

 しばらくの間、静寂が広がる。

 次に言葉を発したのは、そんな二人を見守る美鈴だった。

 

 

「少し、散歩に出ようか」

「……ああ。そういえば、もう一人で車椅子には乗れるようになったんだぞ? どうだ、凄いだろう!」

「着実な進歩ですね、おじ様」

 

 

 車椅子を用意する美鈴に、彼は空元気で答え、夢結も小さく微笑む。

 たとえ空元気でも、先程までの空気よりはマシだった。

 宣言通り、彼は自分一人で車椅子に乗って、それを美鈴が押し、夢結が続く。

 

 

「もうすぐ、義手と義足が完成するそうなんだ。そしたら、本格的なリハビリ生活さ。食っちゃ寝してたから大変だよ」

「その弛んだお腹を引っ込める、良い機会じゃないか。四苦八苦する様を見ててあげるから、せいぜい頑張るといい」

「別に川添は来なくてもいいよ。むしろ白井さんに応援して欲しいね。やる気が三倍くらいになりそうだ」

「残念、夢結が応援していいのは僕だけなんだ。そろそろ理解したらどうだい?」

「もう……。お二人共、そのくらいにして下さい」

 

 

 中庭へ向かう通路に、人影は少ない。

 清潔で、真っ白な道。

 他愛のない話題が、やがて尽きてしまうくらいには、長い道。

 大木が植えられた中庭に着くと、彼は風に揺れる木の葉を眺め、問う。

 

 

「戦況はどうなってる」

「……相変わらずさ。人類の住める場所は、確実に狭くなっている」

 

 

 甲州撤退戦後も、夢結達は多くの作戦に駆り出された。

 取り返した地域もあれば、失った地域もある。そして、戦いの度にリリィが失われる。

 彼が助けたのは、その内のたった二人。大きく戦況を変えられた訳ではない。

 人類とヒュージにおいて、あまりに小さな変化でしかない。

 

 

「先日、正式に報道があったよ。甲州撤退戦に派遣されていた、防衛軍のマギウスが戦死した、と」

「っ……!?」

「お姉様! その事は伏せると……」

「いずれは聞く事になる。なら、いつ知っても同じさ」

 

 

 彼の肩が大きく揺れる。

 戦死報告。これより先は、生きた人間として認められない。

 防衛軍の兵士として、命懸けで戦った末に、存在そのものを否定された。

 どれほどの衝撃を受けたのか、彼は顔を伏せたまま溜め息をつく。

 

 

「そうか……。とうとう、帰る場所も無くなったか。ま、期待なんてしてなかったけどな。はは」

 

 

 表情は見えず、声だけは、笑っているように聞こえた。

 明らかに無理をしている。

 夢結の胸も、締め付けられたように痛んだ。

 

 

「いつまでも百合ヶ丘の好意に甘える訳にもいかない……というか、いつまでもここに居たら迷惑が掛かるか。どうしたもんかなー。……いっそ、あの時──い゛っ」

 

 

 唐突に、言葉は途切れた。

 美鈴が彼の頬をつねったからだ。

 見ただけで痛いというのが分かるくらい、割と強めに。

 

 

「冗談でも、その先を口にしたら、許さないよ」

 

 

 彼を見下ろす美鈴は、ただでさえ切れ長な目がさらに細く、本気に近い怒りが見て取れる。

 それもそうだろう。

 あの夜、命を賭して自分を助けようとした人物が、今度は死を願うだなんて。あべこべだ。

 救われたのは命だけではない。どんな形であれ、彼が生きていてくれたからこそ、夢結も美鈴も、心に致命的な傷を負う事はなかった。

 まぁ、直後には色々とゴタゴタしたけれど、それだって彼が生きていなければ出来なかった。

 

 こうして世話を焼くのは、決して同情からだけではない。

 本当に感謝しているのだ。

 出会ったばかりの美鈴の命と、夢結自身の命と。シュッツエンゲルとしての誓いをも守ってくれた、彼に。

 そんな思いを伝えたくて、夢結は美鈴と反対側の頬を、優しくつねる。

 

 

「お姉様と同じく、です。……らしくないですよ、おじ様」

 

 

 頬をぐいーっと引っ張られたまま、彼は目を丸くし、間抜けな顔で夢結達を見上げる。

 それがなんだかおかしくて、美鈴と夢結は笑い合う。

 

 

「なんなら、僕が養ってあげようか? これでもリリィなんだ、少なからず収入はあるし、資金援助ならできるよ」

「いいですね。私もお手伝いします、お姉様」

「い、いやいや、ただでさえ守ってもらってるのに、いくらなんでもそれは甘え過ぎというか、年下の女の子に養ってもらうなんて、普通にダメ人間というか……ん? あれは……」

 

 

 逃げ場を探すように首を巡らせた彼は、ふとある方向に目を留める。

 釣られて夢結達が視線を向けると、そこには和装の老紳士が立っていた。

 百合ヶ丘の生徒なら誰でも知っている。

 高松咬月。

 百合ヶ丘女学院、理事長代行である。

 

 

「御機嫌よう、理事長代行」

「御機嫌よう」

「うむ。二人共、よく彼を見舞っているようだね」

「それを望まれましたので」

「もちろん、私とお姉様の望みでもあります」

「……そうか」

 

 

 美鈴が仕方なくといった様子で返し、夢結が微笑みながら補足すれば、理事長代行も笑みを浮かべる。

 代行はそのまま歩み寄ると、彼の前で深々と一礼した。

 

 

「お初にお目に掛かる。儂は、百合ヶ丘女学院の理事長代行を務めている、高松咬月と申す者。我が校のリリィを、その身に替えて助命頂き、感謝しております」

「い、いえ、曲がりなりにも、防衛軍の人間でしたから……その、初めまして」

 

 

 慇懃な応対に、彼も慌てて頭を下げる。

 言うなれば、会社員に対する社長、アパートの住人に対する大家。

 緊張するのも仕方ない。

 

 

「本日お訪ねしたのは他でもない、今後の身の振り方について、提案をさせて頂きたいのです」

「……というと?」

「まずは、これを」

 

 

 理事長代行が、袂から小さめのタブレット端末を取り出す。

 彼の代わりに夢結が受け取り、表示されたデータを三人で確認する。

 様々な部分がマスキングされているものの、夢結達には見慣れた形式だった。

 

 

「これは……おじ様の、マギウスとしての波形データ?」

「いや、違うよ白井さん。俺のじゃない。だって、スキラー数値が倍近くある」

「確かに、マギウスでこれだけ数値が高ければ、もっと有名でもおかしくないしね」

 

 

 同じマギを扱うリリィとマギウスであるが、その能力にはいささかならず違いがある。

 リリィはスキラー数値の上下の振り幅が大きく、成長幅も比例して大きい。加齢によるマギ減退も、だ。

 対するマギウスは比較的振り幅が小さい傾向にあり、成長幅、マギ減退も同様。

 リリィのスキラー数値が50〜100までなら、マギウスは30〜60程度に収まるのだ。

 

 彼の最終公式スキラー数値は41。

 しかし、タブレット上のデータは、スキラー数値が84と表示されている。

 これは上位レアスキルや希少スキルを覚醒してもおかしくない、むしろ覚醒して然るべき数値だ。

 スキルすらCHARM頼りだった彼では、あり得ない。

 

 

「川添くん。そのデータは間違いなく彼のもので、この病院で計測したものなのだよ」

「……という事は、スキラー数値が上昇した? マギウスなのに、尚更ありえません」

「多少の上下ならともかく、おじ様が言うには倍近くなんですよね? 流石に考えにくいのでは……」

「我々もそう思った。しかし、幾度も計測を繰り返した結果が、これなのだ」

 

 

 理事長代行は鷹揚に首を振り、美鈴と夢結の疑念を否定した。

 そのまま周囲を回り込むように歩くと、中庭の大木へ手を置く。

 

 

「聞いた事はないかね。人が腕や脚を失った時、その機能を補填するように、今まで以上に脳が活性化する場合があると」

「それがスキラー数値として現れたと言うのですか?」

「解析班が強引に結論付けただけだが、しかし見当外れでもないと、儂は考えている。魔化革命により進歩した科学技術でも、未だ人間の脳は未開拓分野に近しい」

「ですが、もしそれが事実だとしたら、おじ様は……」

 

 

 非常に貴重な、高スキラー数値のマギウス。しかも、公的には死亡済みの。

 もしこれをG.E.H.E.N.A.が嗅ぎつけたら、間違いなく身柄を奪おうとするだろう。そして、非人道的な実験の対象となる事は確実。

 彼を見れば、凄惨な末路を想像してか、ただでさえ良くない顔色を土気色にし、視線も泳がせている。

 夢結は、掛ける言葉が見つけられなかった。

 流石の美鈴も、悩ましげに眉を寄せている。

 ところが、理事長代行だけは穏やかな笑みを浮かべ、彼の車椅子の前へと膝をつく。

 

 

「そこで……百合ヶ丘女学院、理事長代行として正式に申し出たい。……儂の養子にならんかね」

「は?」

 

 

 ポカン、と口を開けて固まる彼。

 これには夢結達も驚いた。

 戸籍を偽造する、という事だろうか?

 確かに理事長代行ほどの力を持ってすれば、そのくらいは朝飯前。やや強引だが学院で保護する口実にもなるし、一挙両得である。

 

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい、あ、頭が、混乱して……え? 養子……」

「無理もない。が、これ以外に選択肢があるとも思えんのでね。彼女達の恩人を見殺しにするなど、あってはならぬ事だ」

「…………」

 

 

 しどろもどろな彼を前に、更に言葉が重ねられる。

 元々、G.E.H.E.N.A.に捕らわれた実験体リリィの保護を行っているとはいえ、マギウスに対しここまでする必要はない。本来なら国へと報告し、身柄を引き渡すというのが無難な選択だろう。

 それを理解した上で……余計なリスクを抱え込む事を承知の上で、理事長代行は──高松咬月という人物は、彼を救おうとしている。

 

 

「俺は……自分はもう、なんのお役に立つ事も、出来ませんよ」

「諦めるのかね。あの時、ろくな武器も持たないまま、ギガント級ヒュージに対抗してみせた“君”が」

「あれが最初で最後です。もう一度やれと言われても、無理です。……怖いんです……情けないですよね……」

 

 

 唯一無事に残された左手を震わせ、俯きがちに、彼は内心を吐露する。

 心的外傷後ストレス症候群。いわゆるPTSD。

 人外の異形を相手に命を落としかけた経験が、心にも深い爪痕を残している。その事を恥じているのかも知れない。

 

 けれど、この場にそれを笑う者は居なかった。

 ましてや、情けないと思う者など。

 

 

「その恐怖を知って生きている者は少ない。これは大きな武器となりうる。

 “君”はまだ、終わっていない。まだ諦めるには早い。

 この世界には必ず、今の“君”にしかできない事があるのだから」

 

 

 力強く、確信を持って、理事長代行は断言した。

 彼の肩が、小刻みに震え始める。

 入院着の太ももへ、ポツリ、ポツリ、と染みが生まれる。

 美鈴の手が肩にそっと置かれ、反対側には、夢結の手が。

 やがて、彼は拳を強く握り締め、それで顔をゴシゴシと拭ってから、少し赤くなった目で、理事長代行に向き直る。

 

 

「よろしく、お願いします」

 

 

 そう返事をする声に、迷いは感じられなかった。

 この時、彼は一歩を踏み出したのだ。

 両脚を失いながらも、確実に、前へ。

 

 




 防衛軍とは橋渡し済み。

 書き溜めはここまでです。少な過ぎぃ!
 作者は非常に遅筆なので、10万字越えるまではチラ裏で更新したいと考えています。
 もし「そこそこ気に入ったから付き合ってやんよ」という奇特な──もとい心の広い方が居たら、気長にお待ち頂けると幸いです。
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