アサルトリリィPARABELLUM   作:苗陽さんガチ恋勢

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隠された力


05 フウセントウワタ ──Swan Plant── 幕間、その一

 

 

 百合ヶ丘女学院に併設された病院。

 普段は利用者のほとんどいないリハビリテーションルームに、一人の男性が立っている。

 両サイドにある手すりを掴み、フラフラ揺れる上体をどうにか支えようとしているが、ただ立っているだけで一苦労、といった様子だった。

 

 

「お……ぬ……ふ……む……」

 

 

 それでも右脚を前へ踏み出せば、きしきし、とセラミックの義足が軋む。

 右脚が地面と接したのを目で確認してから、同じくセラミックの右腕と、生身の左腕を手すりの上で滑らせる。いざという時は左腕だけが頼りだ。

 次に、外へと振るようにして、一番大きな義肢である左脚を踏み出す。膝関節が固定されているため、こうしないと床に当たってしまうのである。

 これらの動作を、男性は数十秒かけて繰り返すのだが、彼を見守っていた少女──川添美鈴は、あえて焦らせるために手拍子を始めた。

 

 

「ほらほら、どんどん遅くなってるよ。もっとリズミカルに! いち、に、いち、に!」

「ちょっ、急かさないでくれっ! まだバランス取るのだって難しい──のにぃっ!?」

 

 

 案の定、男性のふらつきは大きくなり、危うく足を滑らせる寸前で、手すりに掴まって耐えた。

 美鈴も支えようと一歩を踏み出したが、軽く首を振って思い留まる。

 

 

「大丈夫かい? 一人で立てる?」

「た、立てる、とも……っ」

 

 

 彼は立とうとするので精一杯なのか、美鈴の方を見ないまま。

 腕の力だけでやっと体勢を戻すと、悔しげに溜め息をつく。

 

 

「くそ……。自分の意思で足首を動かせないだけで、こんなにも歩けないとは……。長さの違う竹馬に乗ってるみたいだ」

「セラミックとシリコンの塊だからね。無理もないさ。けど、構造的な強度は生身に勝るんだ。慣れれば今まで以上に動ける可能性だってある」

「本当かねぇ……」

 

 

 美鈴の言葉に、返されるのは訝しげな声である。

 場合によっては、生身の走者より義足の走者が素晴らしいタイムを出せるのだから、結局は努力次第だ。

 まぁ、それも多くの練習あってこそ。義肢を装着して二週間も経っていない彼がその域に達するには、まだ時間が掛かるだろう。

 

 

「ほら、いつまで休憩しているんだい? 歩いていた感覚を忘れてしまうよ」

「ええぇ……。まだ義肢に慣れてないから接合部が痛い……」

「それこそ歩かなきゃ慣れないだろう? はい、行くよ」

 

 

 そんな訳で、美鈴は少々スパルタ気味に彼の背を押し、練習の続きを促す。

 ここ一~二ヶ月の付き合いで理解した事だが、彼はそこそこ怠け者である。

 しかも、ある程度まではしっかり頑張れるけれど、それ以上を望むなら側で見ていないといけない、一番面倒臭いタイプだ。

 見栄が取り払われ、素の部分が出てきたのだろう。

 

 そして、この手のタイプは目先の餌に釣られやすい傾向にもある。

 仕方なく、美鈴は我が身を犠牲とする覚悟を決めた。

 

 

「じゃあ、ノルマを達成したら僕が御褒美をあげようか。それなら頑張れるだろう?」

「御褒美? ……内容は?」

「今、ハレンチな事を考えたね。このロリコンめ」

「っはは。寝言は寝て言え小娘が」

「せいっ」

「ぐおっ」

 

 

 抉りこむような肘鉄を食らわせて、手すりの末端側へ回り込む美鈴。

 涙目で脇腹を抑える彼を尻目に、浮かべるのは自信満々に見えるだろう、完璧な笑顔である。

 

 

「あいにく、自分を安売りするつもりはないからね。向こうまで辿り着けたら握手、往復できたらハグ、補助なしの往復で膝枕。どうかな」

「…………性質の悪いJKビジネスっぽくて、おじさん色々と怖いよ」

「要らないかい? 夢結ほどではないとはいえ、僕も自分にそれなりの自信はあるんだけど」

 

 

 その場でくるりと一回転。黒いスカートを緩やかに翻し、斜めに構えて腕を組む。

 ヒュージすら屠る力を宿すうえに、花も恥じらう十六歳。

 かなりの威力があったらしく、彼はそっぽを向いて、また歩き出すための準備を始めた。

 

 

「とりあえず、やるだけやってみる」

「ん。頑張って」

 

 

 美鈴の声を背に、彼は大きく深呼吸。

 手すりの上で迷うように左手を彷徨わせ、そのまましばらく。

 意を決したのか、手すりを掴む。

 

 

「膝枕は消えた、と」

「いちいち言わんでよろしい」

 

 

 左手。右手。右脚。左脚。

 ゆっくり。確実に。

 一歩ずつ、美鈴から離れていく。

 

 

「う……う、お……と……」

 

 

 手すりの終わりまで行くと、体をふらつかせながらも向きを変え、美鈴と相対する。

 また、一歩ずつ。

 

 

「ほらほら、ここまで来ればハグが待っているよ」

「うぐぐ……集中できんわ! 黙っててくれ!」

 

 

 美鈴は両腕を広げ、迎え入れる準備を。

 彼は歩き続け、二人の間の距離はどんどん縮まっていく。

 あと五歩。

 四歩。三歩。二歩。

 あと、一歩。

 

 

「よしっ、往復できた──ぬあっ!?」

「おっと」

 

 

 最後の一歩で気を抜いてしまったようで、彼の左脚は滑り、倒れこむ寸前に。

 美鈴は今度こそ受け止めるのだが、予想外の衝撃を受ける。

 

 

(軽い。男の人なのに)

 

 

 想像していたよりも、腕に掛かる体重は軽かったのだ。

 美鈴より上背はあるし、衰えたとはいえ筋肉だってあるはず。

 それなのに軽いと感じてしまうのは、装着している義肢が、負担を軽くするためにセラミック製で作られているという事と……本来なら存在する部位が、それだけの重みを持っていたはず、という事。

 総合的な体重は、かなり減っているに違いない。

 

 

「す、すまない」

「気にしなくていいさ。それより」

「なんだ……?」

「…………」

「な、なんだよ」

 

 

 流石に照れがあるらしく、彼は顔を背けながら謝るけれど、美鈴は逆にそれを覗き込む。

 相変わらず血色は悪い。

 肌もガサガサに見えるし、呼吸からは見た目以上の疲労も感じ取れる。目の下にうっすらと隈まで。

 本調子には程遠いと思えた。

 

 

「ちゃんと眠れているかい? 目の下、隈が出てるよ」

「……眠れてる」

「なるほど。ちゃんとは眠れていない、という事だね」

「…………察しが良過ぎて怖いぞ」

「褒め言葉として受け取っておこう。休もうか」

 

 

 言いながら、美鈴は近くのソファーへと促す。彼も抵抗せず、大人しく肩を借りていた。

 

 

「まだ幻肢痛は酷いのかい? 義肢を着ければ軽くなるかも、と聞いたけど」

「かも、だろう……。そんな簡単に治れば、誰も苦しんだりしないさ」

「……そうだね」

 

 

 ソファーに腰を下ろさせると、彼はそのまま体を横たえてしまう。

 脚まで乗せてしまうのは行儀が悪いけれど、接合部が痛いと言っていた。本当に辛いのだ。

 どことなく、目がとろんとしているようにも。

 

 

「眠いんだったら、部屋に戻るかい」

「……ああ、うん。でも、その前にもう少し、休憩を……」

 

 

 もはや完全に目を閉じ、全身から動きたくない、という意思を発する彼。

 なんだかんだで、美鈴も誰かのリハビリに付き合うのは初めて。適切な範囲を超えてしまったかも知れない。

 このままでは、リハビリ行為自体に苦手意識を抱く可能性も……。

 

 

「……仕方ない、か」

 

 

 彼がこうなった責任の一端を担う身としては、自発的に精神的なケアを買って出るのが自然。だからこうして、他の案件で人手不足な看護師の代わりを務めている。

 何より、夢結が“それ”をするのを想像すると、やはり激しく苛立ちを覚えるし、ならば自分でやるしかない。

 よし。やろう。

 覚悟を決めた美鈴は、ソファーの空いている座面……彼の頭側にゆっくりと腰掛ける。

 そして、断りもしないまま、汗ばんだ頭を無理やり太ももへと乗せた。

 いわゆる、膝枕の体勢だった。

 

 

「か、川添?」

「頑張ったからね。今回だけ、特別だよ」

「……後で何か請求したりは……」

「人をなんだと思っているのさ。好意は素直に受け取りたまえ」

 

 

 唐突な御褒美で、声が思いっきり困惑している。

 提示した条件は満たしていないし、何か裏がないかと不安なのだろうが、随分と失礼な事を言われている気がする。いや間違いなく言われている。

 それでも美鈴は、頑張った子供にでもするように彼の頭を撫で……どちらからともなく、無言になる。

 やがて、太ももに感じる吐息の間隔が長く、深くなっていくのが分かった。

 

 

「寝付きそのものは、良いみたいだね……」

 

 

 美鈴と会話する時はシニカルな表情を浮かべがちな彼だが、眠っている間は、わずかにあどけなさを取り戻していた。

 我ながら似合わない事をしているという自覚があり、この場に夢結が居なくて助かった、と胸を撫で下ろす。

 

 

『好きでもない男を相手に、自分の体を使って罪滅ぼしかい? 悲劇のヒロイン気取りとはね』

 

 

 背筋が凍る。

 どこからか聞こえた冷笑は、聞き覚えがあるようで、しかし異質だ。

 辺りを見回しても、人の姿はない。

 当たり前だ。この声は、美鈴にしか聞こえないのだから。

 

 ……やめろ。

 

 

『何を気にする事があるのさ。男なんて掃いて捨てるほど居る。そのうちの一人が、勝手に苦しんでるだけなのに』

 

 

 一切温度を感じさせない“それ”は、決して嘲りを止めようとはしない。

 耳を塞いでも、“それ”は聞こえてくる。そう知っている。

 あの“力”に目覚めてから、何度となく繰り返されてきたのだから。

 

 やめろ。

 

 

『誰もが──を愛してくれる。

 誰もが──を支えてくれる。

 誰もが──の、犠牲になる。

 だって、そうさせているのは──なんだから』

 

 

 黙れ!

 

 口から出そうになる怒声を手で押し殺し、忌々しい仇を見るような目で、天井を睨む。

 そこには何もない。

 そうだ。

 ここには彼と、美鈴しか、居ない。

 眠っている彼を起こさないよう、静かに、けれど大きな溜め息をつき、美鈴は自嘲する。

 

 

「酷い人だよ、“貴方”は。僕をこんなに、苦しめるんだから」

 

 

 無邪気な寝顔が憎らしく、強く触れて、滅茶苦茶にしてしまいたい衝動に駆られる。

 夢結以外にこんな感情を抱くとは、思いも寄らなかった。

 

 彼への同情。

 自分への憤り。

 夢結への、申し訳なさ。

 

 全てがごちゃ混ぜになって、ただ、ただ……苦しい。

 

 

「あのぉ、イチャついてるとこすみません、ちょっといいですか?」

「っっっ!?」

 

 

 そんな時である。横合いからいきなり声を掛けられた。

 美鈴にしては珍しく、完全に油断していた。

 誰かに見られていたと自覚した途端、自分が男性に膝枕しているという事実が妙に恥ずかしく思えてしまい、美鈴は慌てて表情を作る。

 

 

「な、なんだい? あ、その前に、僕と彼は別にイチャついてなんかいない。これは仕方なくしているだけで」

「あー、はいはい。そういうのはいいんで、美鈴様、その人を起こして貰っても? ちょっとお話があるんです。とっても良いお話が」

 

 

 声を掛けてきた眼鏡の少女は年下らしく、百合ヶ丘女学院、中等部の制服をまとっている。

 手にタブレット端末を持ち、肩に掛かる程度の髪は、毛先が斜めに切り揃えられていた。

 というか、よくよく見れば知った顔である。

 ついこの間まで、腰より長い髪を持っていたはずの彼女──真島百由は、なんとも屈託のない笑みを浮かべ、美鈴の返事を待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅くなってしまったわね。お姉様、まだいらっしゃるといいけど」

 

 

 駆け足にならない程度の急ぎ足で、私は病院の廊下を歩く。

 本当なら、またお姉様と一緒にお見舞いをするはずだったのに、急な用事が入って別行動を取らざるを得なかった。

 こういう時、高等部一年生であるお姉様と、中等部三年生である私自身との違いが、疎ましく思えてしまう。

 

 足繁く通ったおかげか、受付はもう顔パス状態。

 本当はいけないのだろうけど、「どうぞ」と通してくれる看護師さんに笑顔と会釈で済ませ、おじ様の病室へ。

 ドアの前で軽く息とスカートを整えてから、控えめにノックをする。

 …………返事がない。

 おじ様が眠っていたとしても、お姉様が居れば、何かしら返事があるのに。

 

 

「居ないのかしら……。もしかして、リハビリ中?」

 

 

 所在なく廊下の窓の方へと歩き、ふと行き先を思いついて、今度はリハビリテーションルームへと足を向ける。

 なんやかやと言い合いながらリハビリをする、お姉様とおじ様。

 そんな姿を想像し、自然と笑ってしまう。

 

 私にはあんな風にイジワルを言って下さらないし、少し……本当に少しだけ、おじ様が羨ましくもあるけれど、お姉様自身も楽しそうにしているから、良しとしましょう。

 でも、可及的速やかに、私もそこへ混ぜて下さい。

 私にだって、お姉様と楽しくお喋りする権利はあるんですから。なにせシルトですし。

 

 

「あ……」

 

 

 ……ところが。

 リハビリテーションルームの中を覗ける所まで来て、私の足は止まってしまった。

 お姉様が、自分の口を手で押さえ、顔をクシャクシャに歪めていた。

 かと思えば、今度は泣き笑いのような表情を浮かべ、おじ様に……膝枕しているおじ様に触れようとして、触れられずにいる。

 

 あんな表情、初めて見た。

 “私の記憶にあるお姉様の姿”は、いつも自信に溢れ、凛としていて。誰もが見惚れる、涼やかな微笑みを浮かべているのに。

 あんなに苦しそうで、弱々しい表情は、今まで一度も。

 

 

(私、には……)

 

 

 気がつくと、私はその場から逃げ出していた。

 途中で誰かとすれ違ったような気もしたけれど、その顔も覚えていられないくらい、動揺したまま。

 生まれて初めて胸の内に感じる、暗い衝動に戸惑いながら。

 

 




「君、もっと髪が長くなかったかな?」
「いやー、試作CHARMの実験中に散った火花が燃え移ってるのに気付けなくて、慌てて切っちゃいました。危うく出家するところでしたよーあはははー」
「ははは……笑い事じゃないだろうに……」
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