アサルトリリィPARABELLUM   作:苗陽さんガチ恋勢

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勤勉


07 アカツメクサ ──Red Clover── 幕間、その三

 

 

「以上が、先日までの実験結果の報告になります」

 

 

 タブレット端末を手に、真島百由は得意げな表情を浮かべる。

 場所は理事長室。

 データ投影のために暗くなっていた室内が明るくなり、眩んだ目を理事長代行──高松咬月が揉み解す。

 内心、歳はとりたくないものだ、と独りごちた。

 

 

「経過は順調らしいの」

「はい。本人がとてもやる気なので、助かってますよ。今も、高機能型の義足で走りこんでるはずですし」

「監視について、彼はなんと言っておった?」

「特に何も。むしろ申し訳なさそうにしてました。ただのランニングなのに、時間を使わせて……って」

 

 

 百由が報告したのは、義理の親子関係となって、早くも二ヶ月が経過した義息の事である。

 健康状態、スキラー数値、マギ波形データ、作成した義肢の詳細や、その運用データなど、内容は多岐に渡った。

 

 

「波形データに変化が見られるようだが、本人に自覚は?」

「まだそんな余裕はないんじゃないでしょうか。

 義肢を使う事で、常にマギを消費しているような状態ですから。

 そのせいか、動かしてる時間に比例して、だんだん保有量も増えてますね」

 

 

 百由が作成した義肢は、マギを保有している人間専用。

 マギを使えるならば、超高性能の機械式義肢以上の動きをしてくれる代物だ。

 しかし、ただ着けているだけでも微量のマギを使用するため、常にCHARMを使っているような状態となる。

 いわば、日常生活がマギ操作訓練となっているのだ。否が応でも保有量は上昇する。ひいては、マギウスとしての地力も。

 

 

「防衛軍のCHARMについては、どうなっておる?」

「う~ん……。実は、そっちの方が問題で……」

「というと?」

「OSにバグが発生してるとは聞いてましたけど、そのせいで大部分がブラックボックス化しちゃってるんです。解析は進めてますが、かなり時間が掛かりますよ、これは」

 

 

 口調は困り果てているが、非常に楽しそうな顔で百由が語る。

 防衛軍が独自開発したというCHARM、アガートラーム。

 全てのCHARMにはマギクリスタルコアと呼ばれるパーツが存在し、これによりマギのコンピュータ制御が可能となる。リリィ/マギウスは、このコアを介して、CHARMとマギを操るのである。

 が、アガートラームのコアにインストールされたOSは、スキルプロトコルという重大かつ貴重なバグを抱えていた。

 多少の身体能力強化程度ならば、支援プログラムとして組み込まれる事もあるのだが、スキルに相当する効果を発揮するまでには至らない……というのが常識だ。

 

 アガートラームのバグは、この常識を覆す可能性を秘めているものの、下手をすれば有用なバグ自体が消えてしまう事もあり得る。

 慎重に慎重を重ねて、ゆっくり解析を続けるしかないのだ。年単位の仕事になるかも知れないが、それでも百由は、諦めるつもりなど微塵もなかった。

 しかし、それ故に気になる事もあった。

 

 

「一つ、いいですか?」

「構わんよ」

「ワタシが聞いていい事なのかは、分かりませんけど……。本当に防衛軍は、なんとも言ってこないんですか?」

「…………」

 

 

 義肢などを作成する都合上、百由は“彼”の素性を教えられている。

 甲州撤退戦。防衛軍。G.E.H.E.N.A.。川添美鈴、白井夢結との出会い。そして、ギガント級との死闘も。

 ここで問題なのは、防衛軍に横槍を入れられてしまう事である。

 

 表向きはどうあれ、元が防衛軍の人材、そして防衛軍の所有兵器なのだ。自分達の側で出せなかった成果を、たまたま所有権を譲る事になった相手の側で出してしまったら……。

 大きな組織であればこそ、その大きさを維持するために、“力”を必要とする。

 防衛軍が“彼”とアガートラームを取り戻そうとした場合、百合ヶ丘女学院は正面切って拒否できるだろうか。

 表立って対立しているG.E.H.E.N.A.の方が、まだ跳ね除けやすいはずだ。

 

 

「問題はない、と言い切れれば良かったのだが。今の所、表立った動きはない、としか言えぬ」

「……そうですか」

 

 

 理事長代行の含みのある返事を受け、肩をすくめる百由。

 全く答えになっていないのが答え。出方を待つしかないのだろう。

 情報を秘匿し、相手に手を出させないのが一番だが、それもいつまで保つか……。

 部屋には重苦しい沈黙が広がるも、そんな時、代行の執務机に置かれた通信機が、着信音を発した。

 

 

「儂だ。…………む…………了解した。そのまま警護を続けておくれ」

「何かありましたか?」

「大した事ではないよ。……やはり、引き合うものなのかも知れんのう」

 

 

 何がしかの報告を受け、代行は一瞬、驚いたような表情を浮かべるけれど、新たな指示を出して通話を終えた。

 小首を傾げる百由に苦笑いで答え、部屋の外を見やる。

 床から天井までを繋ぐ、一面の強化ガラスの向こうに、広大な森と、人が住まなくなって久しい廃墟群があった。

 かつてを偲ばせる風景は、その胸に少なくない寂寥感をもたらすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 木漏れ日と、風に揺れる葉の音。

 一足早い夏の気配が、肩で切る風に混じっている。

 ジワリと額に湧く汗が蒸発し、新緑の香りが肺を満たしていく。

 変わらない速度で移り変わっていく木々の中を、俺は無心で走り続けていた。

 

 

「はっ、はっ、ふっ、ふっ、はっ、はっ……」

 

 

 リズムを刻むように息を吐き、同じように吸う、を繰り返して、ただひたすらに走る。

 これ以上ないと思える清々しいランニングコースは、しかしヒュージのせいで作りだされたもの。なんとも皮肉だ。

 ペースを落とさず、更に走り続けて、約十分ほど。

 森が途切れ、廃墟と化した街が見下ろせる、小高い丘に辿り着いた所で、少し休憩を入れる事にした。

 

 

(もう痛みはない。動きも生身だったころと変わらない。痛覚をオフにできるから、むしろ前より無茶だって出来る)

 

 

 草むらに腰を下ろし、新しくなった自分の義肢を確認する。

 少し前のバージョンと違い、生身に近い質感のシリコンを纏ったそれは、もはや作り物とは思えないほど、体に馴染んでいた。

 最初の頃は、数時間も着けていると、マギを使い果たして動けなくなってしまう位に燃費が悪かったが、真島さんと共に改良を重ねた結果、今では丸一日着けていても問題なく動け、激しい運動だって可能なまでになった。

 本当に、天才アーセナル様々である。

 

 

(ま、一番嬉しいのは、自活できるようになった事だけど)

 

 

 一人で立ち上がり、歩き、ご飯を作り、風呂に入り、トイレにも行ける。

 これがどんなに素晴らしい事なのかは、それが出来なくなった人にしか分かるまい。

 介護福祉士さんとかに手伝ってもらうのも、やっぱり気が咎めるというか、申し訳なさが付きまとうのだ。

 ちなみに、この義肢は機械部品を使ってはいるが、電気式の回路などは使っていないため、水に浸かっても全く問題ない。

 サビに強い合金とセラミックで構成されているし、天敵なのはチリやホコリくらいである。

 

 真島さん曰く、次はより強い負荷に耐えられる、戦闘用義肢の作成に取り掛かるらしい。

 その義肢に換装して、動かすのに慣れたら、いよいよマギウスとしてのリハビリ開始だ。

 早くCHARMを握りたい。そして、実戦の勘を取り戻したい。

 そうすれば、今のタダ飯食らいに近い状況から抜け出せ──────にゃあ〜ん。

 

 

「ん……? 猫の鳴き声……?」

 

 

 思考に割り込む、甲高い鳴き声。

 風に乗って、ほんのかすかに届く程度だが、間違いなく聞こえる。

 しかも、庇護欲を誘う可愛らしい感じではなく、周囲に危機を知らせるような、切羽詰まった感じの、子猫の声だ。

 ……どうしよう。気になる。

 

 

「どこで鳴いてんだろ……。た、確かめるだけなら……」

 

 

 学院敷地外での運動時は、指定されたコースから外れないようにと、義父上から言い付けられている。

 だが、あの鳴き声を無視して走り去るなんて、ちょっと無理だ。

 見えない所から護衛してくれているはずのリリィ達に、心の中で「ごめん」と謝りながら、俺は鳴き声のする方へと向かう。

 

 丘を下り、廃墟群へと近づくにつれ、子猫の声は大きくなる。

 倒壊したビルの合間を抜け、陥没した道路の池を横目に進むと、斜めになった電柱の上で動く、黒い影を見つけた。

 だが、違う。猫じゃない。

 

 

(百合ヶ丘の制服……。リリィ?)

 

 

 見覚えのある黒い制服のスカートを揺らす、ポニーテールの女の子。

 その視線の先にこそ、子猫は居た。

 助けようとしているのだろう女の子は、制服が汚れるのも構わず、苔むした電柱の上で四つん這いになり、優しく声を掛けながら、ゆっくりと子猫に近づいていく。

 

 

「大丈夫。怖がらないで。今、そっちに行くからね」

 

 

 しかし、人間の言葉が通じる訳もなく、子猫は女の子を怖がって身をよじり、ついには電柱から落ち掛け──手を伸ばした女の子ごと、落ちてしまう。

 

 

「危ないっ!」

 

 

 女の子は、落ちながらも子猫を腕に抱え、きつく目を閉じる。

 落下する先に、コンクリートの裂け目。怪我では済まない。

 知らず、俺は女の子へと駆け寄っていた。

 どう考えても間に合わない距離。それでも、体が勝手に動いて。

 

 ──と、そこで気づいた。

 踏み出した一歩が、大き過ぎる。

 

 

(なんだ、これ)

 

 

 一歩進んだはずが、十歩先に居た。

 驚く間に二十歩進み、女の子はもう目の前。

 ぶつかるようにして抱きとめ、三十歩の距離を進んだが、まだ──止まらない!?

 

 

「うぉおぉおぉおっ!?」

 

 

 反射的に義足の痛覚を切り、真正面に来たビルの壁面を蹴る。

 恐ろしいほどの加速が背を押し、蹴ったはずの壁を駆け上って、倒壊したそれの今の屋上……過去の壁面へと着地した。

 

 

「…………っはあぁぁ…………あ、ぁ、危なかった…………」

 

 

 肺が空っぽになるような溜め息をつき、ついでに尻餅もつく。

 気が抜けたからか、それとも極度の緊張の反動からか、自分の体が震えているのが分かる。

 なんだ。なんだったんだ、今の。

 まるで、アガートラームのスキルプロトコルを使った時みたいな、人間離れした機動を……。

 

 

「……あの」

「へ。……あ、だ、大丈夫だった?」

 

 

 腕の中で何かがモゾモゾと動き、そこでやっと、女の子を抱き続けている事を思い出す。

 子猫を抱っこしたまま、ジト目で見上げてくる彼女を離すと、警戒するように距離を取られた。

 なんというか、さっきまでの子猫みたいな反応だ。

 

 

「貴方は、なんですか」

「あ〜……えっと……」

 

 

 強い不信感を匂わせる問いかけに、どう答えたものか、迷ってしまう。

 正直に素性を──と言っても偽造した戸籍の方だが──を話しても、信じて貰えるだろうか。

 百合ヶ丘女学院の周囲の土地は、海から来るヒュージを積極的に誘引し、居住区への被害を軽減するための、いわば戦場である。

 そんな所をほっつき歩き、しかも人間離れした動きで女の子を抱きとめたとあっては、通報待った無しが当然の判断か? 目つきもやたら険しいし。

 

 というか、彼女の方こそ何者なんだろう。

 百合ヶ丘の生徒にしても、今の時間帯はちょうど講義中のはずなのだが……。むしろ、この女の子こそ、不審者ならぬ不良少女では?

 そんな疑念を込めて彼女を見返すと、険しかったはずの目つきが、今度は何故か、戸惑った顔つきに。

 

 

「……足。何か刺さって、ますけど」

「え? ……うわっ、やっちまった!」

 

 

 言われて視線を落としてみれば、左義足の膝上の部分に、コンクリートらしき尖った破片がめり込んでいた。

 おそらく、壁を駆け上った時にでも刺さったのだろう。

 痛みはないが、完全にシリコンの皮膚層を貫通している。まずい。

 

 

「しまった……。こりゃあ、さっそく皮膚を全張り替えかな……怒られるかも……」

「痛くない、んですか」

「ああ、平気平気。作り物だから、この足。まぁ、左腕以外は全部そうなんだけどさ」

「作り物……」

 

 

 プラプラと手を振って大丈夫である事を示し、おまけに右手の義手を外して、嘘は言っていないという証明もする。

 女の子は唖然とそれを見つめ、いつの間にやら懐いたらしい子猫が、呑気に「にゃーん」と鳴いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後。

 ランニングコースから外れた事を、義父上にしっとりと──本当にこんな感じだったのだ──注意され、強制的にフルチェックを受けさせられて、別の意味でクタクタになった俺は、学院内に置かれた自室……。

 理事長代行のために用意されたが、あまり使われていなかった私室にて、体を休めていた。

 

 

「インビジブルワン。レアスキル、縮地のサブディビジョンスキルであり、物理抵抗を変化させる事で高速移動が可能になるスキルですね」

 

 

 ソファでぐったりしていると、芳しい紅茶の香りと共に、心を落ち着かせてくれる静かな声が。

 姿勢を正せば、放課後の余暇に遊びに来てくれた白井さんが、ティーセットをテーブルに配していた。

 対面には川添も居て、相変わらず自信たっぷりな顔で足を組み、しなやかな太ももを見せつけている。

 

 ……こんな風に感じるなんて、色々と溜まっているんだろうか。危ない危ない、気をつけねば。

 俺は気を取り直し、「頂きます」と紅茶のカップを手に取った。

 今の義肢は、指先や足の裏などが耐熱ゴムで覆われた、メカメカしいタイプだ。

 物を持ったり、滑らないように歩いたりするには、摩擦抵抗を高めないといけないのである。人間の体は便利にできていたんだと、つくづく実感する。

 

 

「アガートラームで使い慣れてなかったら、今頃、大怪我していた所だよ」

「子猫を助けようとしてたっていう中等部の子は、無事だったのかい?」

「ああ。子猫も無事に保護されたらしい」

「それは良かったです。おじ様のおかげですよ」

 

 

 話の内容はもちろん、昼間の出来事についてだ。

 怪我をしそうな女の子を助けようとして、サブスキルに目覚める……。

 まるで少年漫画のお約束。ご都合主義的な感じもするけれど、実際に起きてしまったのだから受け入れるしかない。

 

 あの後すぐに、影ながら護衛してくれていたリリィ達が現れ、助けた女の子の名前も知らないまま、俺はその場から離れざるを得なかった。

 まぁ、リリィ達も子猫の鳴き声が気になっていたらしく、「ちょっと格好良かったですよ」とお褒めの言葉を頂いた。鼻高々だ。

 

 

「スキルっていうのは、みんな、こんな風に使えるようになるもの……なのかな?」

「ん……。一概には言えないね。それこそ千差万別だから」

「訓練で、ある程度の傾向付け可能な場合もあれば、逆に実戦の中で得られる場合もあります。ガーデンの中には、特定のレアスキル教育に特化している所もあるんですよ」

「へぇ……」

 

 

 当然の話だが、レアスキルにも様々な種類が存在し、戦闘で役立つもの、支援に適したもの、汎用性の高いものなど、それなりに系統立てられている。

 白井さんのルナティックトランサーは、いわゆるバーサーク状態での戦闘を可能とし、一時的にマギを増大させるフェイズトランセンデンスと並んで、戦闘用レアスキルの花形とも言えるレアスキルだ。

 対して、俺のインビジブルワンの上位版であるレアスキル、縮地は、単純に高速移動を可能にするだけだが、それ故にどんな場面でも腐らないスキルである。

 しかし、活かせるかどうかは使い手に寄るところも大きい、というのが難点でもある。事実、俺はスキルプロトコルのインビジブルワンですら、使いこなせていた自信が無い。

 

 ちなみに、レアスキルとサブスキルの違いは、その効果。

 レアスキルの効果が100%なら、サブスキルは70%程度の効果が限界とされる。

 そもそも発現率の低いスキルの場合、サブスキルの存在が見られない事だってある。

 

 “川添のレアスキルは…………なんだっただろう。前に聞いた覚えがあるが、思い出せない。”

 同じ事を二度も聞くと小馬鹿にされそうだし、後で白井さんにでも確かめておこう。

 と、何気なく彼女の方を見やれば、心配そうな眼差しがこちらへ向けられていた。

 

 

「おじ様は、また戦場へ出たいのですか……?」

「それは……そうだね。悠々自適の隠遁生活っていうのも、あんまり続くと心に来るから」

「そんな理由で、安全な生活を手放すとはね。その義肢の試験運用が、今の仕事みたいなものじゃないか」

 

 

 川添は、白井さんが用意してくれた紅茶と、上品な甘さのクッキーを楽しみながら、やはり皮肉屋な態度を崩さない。

 ……正直に言うと、怖いのだ。

 この、安全が保証された生活を続けて、慣れてしまうのが。

 誰かの善意を当たり前と思い、それに胡坐をかいたら、きっと俺は酷く醜い人間になると、自分で分かる。

 

 人並みに出来る事なんて、それこそ戦いしかない。

 存在証明を、戦いに求めるしかないだけ。ろくでもない人間。まるでヤクザ者だ。

 でも、こんな風に考えていると二人が……特に白井さんが知ったら、きっと要らぬ心配をさせてしまう。

 本心を悟られないため、俺は努めて明るく振る舞う。

 

 

「ま、実際に戦えるかどうかは分からないけどね。君達と比べたら、はるかに弱っちい訳だし。まずはスキルを扱えるようにならないと」

「うん。自分の力を正確に把握するのは良い事だね。問題は、多くの人がそこで諦め、立ち止まってしまう事だけれど」

「でしたら、おじ様がCHARMを持てるようになったら、私が訓練にお付き合いします。きっとおじ様は、まだまだ強くなれるはずです!」

 

 

 胸の前で両手を握り、満面の笑みで言う白井さん。

 ん〜……? 思っていたよりアグレッシブな反応……。もしや意外と熱血主義だったりするのか?

 それはそれでアリなんだけど、ほら、なんか川添の目付きが怪しく……。

 

 

「そういう事なら、僕の方が適任じゃないかな、夢結。シュッツエンゲルとして、君を導いた経験もある」

「いえ。お姉様のお手を煩わせる必要は。それに、私もいずれはシルトを迎えるでしょうし、その予行演習も兼ねて……」

「随分と気が早いね。まだ二年も先の事じゃないか。それとも、僕のシルトで居るのに飽きたのかな?」

「そ、そんな事は!」

 

 

 あれ。なんだろうこの空気。ギスってるのを感じる。

 まさかまさか、二人して俺を取り合いか!? ついにモテ期到来かぁ!?

 

 んなわきゃない。

 純粋に互いの負担を減らそうとする気遣いが、微妙にすれ違っちゃってるだけだろう。

 シュッツエンゲル──守護天使の誓いを立てた百合ヶ丘のリリィは、擬似的な姉妹関係を築くというが、本当に仲が良過ぎだ。

 

 俺自身、微妙に脳破壊要員化している自覚はある。

 ここは間を取り持たなければ。

 

 

「き、気持ちは嬉しいけど、そもそもCHARMを返して貰えるかどうかも分からないしさ。その時になったら改めて相談するよ」

「そうですか……」

「妥当だね」

 

 

 白井さんは少し残念そうで、対する川添は然も当然といった顔。

 表情の読みやすい白井さんはともかく、川添の感情は、なんとも掴み難い。

 彼女の胸の内にあるのは、俺への同情、贖罪、気配り、敵愾心…………やっぱり、よく分からなかった。

 

 

「では、今日はこれで失礼します」

「また暇な時に来てあげよう」

「うん、また」

 

 

 そうこうしている内に時間は過ぎ去り、日が沈む頃合いには、二人も部屋を後にする。

 一人残された俺は、取り敢えず夕食をどうにかしようと、冷蔵庫から買っておいた購買弁当を出してレンジへ投入。

 温めている間に書棚から筆記用具などを用意し、義手での書き取り訓練の準備をしておく。

 それが終わる頃にレンジからチンと音が鳴り……という具合いに、孤独な時間も忙しなく過ぎていった。

 

 一夜明け、翌日。

 もはや常連と化した、工廠科は真島さんのラボにて。

 

 

「いやー、昨日は貴重なデータが取れましたよー。なので、それを踏まえてガッチガチに計測機器を着けて欲しいんですけど……」

「……計測機器って、それ?」

「はい!」

 

 

 興奮冷めやらぬ、といった様子の真島さんの言葉を受け、俺は作業台に目を向ける。

 そこには、およそ人間が身につける物ではないと思える、見るからに重い機械がゴチャゴチャと置かれていた。

 仮に全部着けたとしたら、小さめなLAC──リリィ・アーマード・キャバリアと呼ばれるパワードスーツくらいになりそうだ。

 

 

「無理だよ。まともに走れんわ」

「ですよねぇー。ま、とりあえず義肢が壊れなければいいんで、ちょっと飛んだり跳ねたり多めでお願いしまーす! 行ってらっしゃーい!」

「簡単に言ってくれるよ……」

 

 

 どうやら真島さんなりの冗談だったらしく、昨日と同じ高機能型の義肢にささっと換装、送り出してくれる。

 最近、彼女の人となりが、少しだけ分かってきた気がする。同じ工廠科のアーセナルからも変わり者扱いされてるらしいが、然もありなん、といったところか。

 まぁ、本当の俺を知る数少ない相手だし、可愛い女の子に「行ってらっしゃい」を言って貰えるだけでも、十分なのだが。男って単純である。

 

 

「いつもと同じコース……を、ショートカット多めで行くか」

 

 

 エレベーターで移動し、校舎の外へ向かう。

 歩哨の軍人に身分証明書を提示して、裏門的なゲートをくぐるのにも慣れたものだ。

 最初は身バレしないかビクビクしてたけども。

 

 軽く柔軟運動をしてから、俺は義肢の調子を確かめるように、ゆっくりと走り出す。

 1000mも行けば野山も同然で、大きく張り出した木の根やら、戦闘の流れ弾で折れた木の枝などを避けるため、飛んだり跳ねたりが必要になってくる。

 コースには小川もあったりするから、あらかじめ助走をつけ──跳躍。

 

 

「ぃよっと」

 

 

 簡単な走り幅跳びだが、これを神経の通っていない、作り物の脚で行えるのだから、マギとは本当に万能だ。

 マギ。

 リリィ/マギウスとヒュージが、互いに影響を及ぼすエネルギー。

 力それ自体に善悪はなく、扱う者がそれを決める。昔から変わる事のない、世の道理である。

 

 

(インビジブルワンも使ってみるか。一応、護衛の子にメールしといて、と……)

 

 

 義肢、体、共に調子も良い。なら次に試すべきは、目覚めたばかりのサブスキル。

 おそらく移動速度が大幅に変化するので、事前に護衛のリリィ達へとその旨を連絡しておく。

 もちろん、個人的に交換したメアドじゃない。前回の事を踏まえて交換した、業務連絡用のアドレスである。

 ……別に、悲しくはない。

 白井さんと川添と真島さんのアドレスは知ってるし、本当に悲しくない。

 彼女達とも訪問の事前連絡位しかしないけど、全く悲しくない。

 防衛軍時代の、野郎の連絡先しかない、汗臭くてむさ苦しいアドレス帳に比べたら、フローラルな香りすら漂ってきそうだ。

 

 それはさて置き、サブスキルである。

 基本的に、リリィ/マギウスはCHARMを介してマギを使用するが、CHARMがなければマギを使えない訳ではない。

 ちょっとした身体強化なら無意識に行えてしまうし、幼い頃からレアスキルの暴走に悩まされたリリィも居るらしい。

 

 数ヶ月前の俺はマギ保有量も少なく、そもそもスキルに目覚めてもいなかったので無理だったが、今の俺ならば、問題なくマギを消費して発動できるだろう。

 更に言うなら、現在装着中の義肢には、マギクリスタルコアと類似した制御装置があるため、発動は容易いと思われた。

 数回、深呼吸。

 昨日の感覚を思い出しながら、義肢と体にマギを循環させ、開けた道を一歩踏み出す。

 

 

「──っとぉ!?」

 

 

 想定以上に景色が変化し、慌ててマギを不活性化、急制動をかける。

 昨日は一歩で十歩だったのに、今回は一歩で二十歩は移動していた。

 意識して使ったから効果が上がった? それとも、マギを使い過ぎたか……。

 なんにせよ、注意しないと。

 

 

「動きすぎないように、もっと細かく動作を切って……」

 

 

 細心の注意を払い、再びマギを活性化する。

 スキルプロトコルの時は、移動するというより、体を滑らせるような感覚で使っていた。

 あれと同じような感じで、でもマギは控えめに……。

 

 

「よし……行くぞ!」

 

 

 覚悟を決め、今度は走り出す。

 徐々にマギを高めていき、スキルの発動点を探りつつ、ここだと思った瞬間、垂直に──跳ぶ。

 空が一気に近づいて、ランニングコース全体を眼下に収められた。

 それだけでなく、はるか沿岸の海も。天へと聳える、忌まわしきヒュージネストまでもが見える。

 控えめに使ったはずなのに、軽く10mほどは跳んだだろうか。

 壮観だ。

 

 

(……って、着地忘れるとこだった!?)

 

 

 感動も束の間、徐々に重力を感じ始め、背筋が凍る。

 景色に見惚れて墜落死とか、笑い話にもならない。

 慌てず焦らず、マギを使った大跳躍と同じ要領で衝撃を殺せば、トスン──という軽い音だけで、俺は地に降り立っていた。

 

 

「……っふう、油断してたな……。気持ちを切り替えて、行くぞっ」

 

 

 冷や汗を拭い、今度こそ、インビジブルワンを使っての移動を開始する。

 森を一気に抜け、廃墟群へ。

 コンクリートを蹴り、倒壊したビルの壁を走り、また別のビルへ跳ぶ。

 一切地面に降りずとも、縦横無尽に空中を動き回れる。

 

 

(凄い。これがスキル。サブスキルでこれなのか)

 

 

 アメコミのヒーローとか、少年バトル漫画の主人公もかくや……といった動きを、自前で再現できる日が来ようとは。

 しかも、これだけスキルを使っても、まだまだ余裕がある。

 ……楽しい。

 子供染みた全能感が、今は純粋に楽しかった。

 自由に空を駆けるって、なんて楽しいんだ!

 

 

「ん? あれは……」

 

 

 とあるビルの屋上へと降り立ったところで、少し開けた場所──かつての公園だろうか──に、人影を見つけた。

 辛うじて形を残したベンチ。黒い制服にポニーテール。膝の上の子猫。間違いない、昨日の女の子だ。

 キョロキョロして、誰かを待っているような様子だ……。まさか、俺を?

 勘違いかも知れないが、そうだとしても、挨拶くらいはした方が良い気がする。

 驚かさないよう、彼女から見えない位置でビルから飛び降りて、普通に歩み寄る。

 と、その時である。

 

 

「んも〜、甘えん坊さんだにゃ〜。そんなにわたしの指を噛み噛みしてぇ、もしかして美味しいのかにゃ〜?」

「……………………え゛?」

「あ゛」

 

 

 妙に甘ったるい猫撫で声が、女の子から発せられた。

 表情もビックリするくらい蕩け切っていたのだが、俺の愕然とした声に、女の子の顔は凍りつく。

 ……沈黙。

 ものすんごく居心地の悪い、沈黙。

 

 

「あ〜……。こ、こんにちは……?」

「……どうも……」

 

 

 ぎこちなく手を挙げると、女の子もまた、ぎこちなく頭を下げた。

 膝の上の子猫だけが、にゃっ、と元気に鳴いている。

 挨拶したはいいけれど、どうしたものか。彼女、顔真っ赤やし。

 

 

「ゔっゔん……。これ、昨日のお礼です。一応、助けてもらったから」

「あ、わざわざ、ご丁寧に」

 

 

 大きく咳払いをした女の子は、缶コーヒーをベンチの上に置き、そう言った。

 うん、なかった事にする感じなんですね。了解です。

 俺は缶コーヒーを手に取り、少し離れてベンチに腰を下ろした。

 

 

「自己紹介とかした方がいいかな。一応、学院の関係者なんだけど」

「……必要ない、です。有名人だし」

「え? 有名人?」

 

 

 首を振る女の子に驚いて、オウム返ししてしまう。

 確かに工廠科へ出入りしているし、顔見知りのリリィも何人か増えたが、それで有名になるだろうか?

 何も、学院に出入りしている男が俺一人という訳ではないのだ。

 防衛軍の兵士や、資材などの搬入を行う業者だっているのに。

 

 

「二十年以上前、G.E.H.E.N.A.の前身である軍産複合体に攫われ、長らく実験台にされていた、高松理事長代行の義理の息子……さん、ですよね。川添美鈴様、白井夢結様のシュッツエンゲルと親交があるとか」

「……合ってる、けど。そんなに有名なの?」

「はい。良くも悪くも」

 

 

 女の子が語ったのは、俺の素性を隠すためのカバーストーリー。

 それだけなら、知られていても別におかしくないけれど、川添達との関係まで?

 ……いや。普通に考えて、知られない方が変か。

 特に隠す訳でもなく見舞いに来てくれていたし、退院して以降もちょくちょく会っているんだから。

 もしかして周囲には、正真正銘の脳破壊要員として見られているのだろうか。

 そしていつか、「百合ップルの間に男が入るな!」と叫ぶリリィ達に……。

 いかん、不安になって来た……。

 

 

「じゃあ、コーヒー、頂きます……」

「……どうぞ」

 

 

 嫌な考えを振り払うため、貰った缶コーヒーに口をつける。

 隣を見れば、女の子も同じように缶を傾けていた。自分の分も買ってあったようだ。

 

 

「……聞かないんですか」

「何を?」

「……私の、こと」

 

 

 ややあって、女の子が重く呟く。

 一応、名前だけは義父上に教えられた。

 

 安藤鶴紗(たづさ)

 

 曰く、それ以外は彼女自身に聞くが良かろう──とのこと。

 余人の口から語られるべきでない、何らかの事情があるのだろう。

 女の子──安藤さんの暗い表情からも、それは伝わって来た。

 

 

「その様子だと、あまり聞かれたくない事っぽいね」

「…………」

「なら聞かないよ。誰にでも、触れられたくない部分はある。おじさんにも、ね」

 

 

 だから、どっちつかずな返事で、その場を誤魔化す。

 誰にだって、触れられたくない傷はある。

 俺が、甲州撤退戦でのギガント級との戦いを、ほとんど思い出せないように。

 思い出そうとすると、体の震えが止まらなくなるように。

 

 ほんのかすかな手掛かりは、感情だけ。

 押し潰されそうな恐怖と、激しい痛みと、呪いのような後悔の念と。

 それらをまとめてひっくり返す──怒り?

 しかし、どんなに近づこうとしても、全ては霞のように、現実感を伴わず消えてしまうのだ。

 

 こんな有り様なのに、本当にまた、戦えるのか。

 ヒュージを前にして、CHARMを振るえるのか。

 不安要素なんて、数え出したらキリがない。

 だが、それでも前へ進まなければ。

 一度立ち止まったら、きっと、再び歩き出すのにも苦労するだろうから。

 

 

「ご馳走様。おじさんはそろそろ行くよ。新しい力のテストも続けなきゃいけないし」

「テスト……?」

「ああ。それが今の仕事みたいなものだから」

「……そうですか」

 

 

 飲み終えたコーヒーの缶を、近くにあるゴミ箱へ投げ入れ、ベンチから立ち上がる。

 安藤さんは、意図的に無表情を作っているように見えた。

 子猫と戯れている時は、年相応に可愛らしかったのに。もったいない。

 

 

「それじゃ、また機会があれば。さよなら。その子猫のこと、よろしく頼むよ」

「……さよなら……」

 

 

 肩越しに別れを告げ、俺はまた走り出す。

 また会う機会なんて、来るだろうか。

 無ければ少し寂しいだけ。

 あったなら、猫の話でもしてみようと、そんな事を考えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 走り去る背中を、少女は──安藤鶴紗は、複雑な感情を込めて見つめていた。

 

 

「変な人、だったね」

 

 

 にゃあ。

 指にじゃれつく、柔らかい毛並みを撫でながら、一人呟く。

 鶴紗は、学院内で流れる“彼”の情報を、鵜呑みにはしていない。

 確かに百合ヶ丘はG.E.H.E.N.A.と対立しているし、被害を受けたリリィの保護も積極的に行っている。

 が、G.E.H.E.N.A.という組織は、よほど貴重なサンプルでもない限り、二十年も“一つの個体”を維持したりしない。その前に使い潰してしまう。

 男性のマギ保有者は珍しいが、大都市を探せば必ず数人は居る。使い潰しても換えは効く。

 

 なら、どうやってG.E.H.E.N.A.の中で長く生き延びたのか。

 可能性としては、実験される側から実験する側に移った、というのが一番濃厚な線。

 しかし、鶴紗には分かる。

 研究者特有の空気感も、実験台にされたが故の狂気も、“彼”からは感じられない。

 であるならば、開示されている情報そのものがブラフという可能性も出てくる。

 詰まるところ、謎だらけで怪しい事この上ないのだ。

 

 確実なのは、“彼”の手脚が三本も失われていること。

 百合ヶ丘の中で、マギ保有者向けの義肢をテスト運用していること。

 そして、その事を当たり前のように受け入れ、けれど、どこか表情に影があること。

 

 

(……考えても仕方ない、か。どうせ、わたしには関係ない。何もできない)

 

 

 かぶりを振り、溜め息をつく鶴紗。

 こうしてわざわざ出向いたのは、一応は助けてもらったから、というだけのこと。

 あの時、“彼”が助けてくれなくても、問題なかった。

 間違いなく大怪我を負っていただろうけれど、死にはしない。

 そういう“力”を持っている。いや、持たされたのだ。

 だから、恩義を感じる必要なんて。

 

 

(……でも)

 

 

 助けられた結果、怪我を負う事はなく、痛みに打ち震える事も、制服をダメにする事もなかった。

 この事実にだけは、感謝していいのかも、しれない。

 いっそ、新しく制服を買える金額と同じだけ、コーヒーでも奢ろうか。

 そうすれば、要らぬ負い目を感じる必要も、なくなるだろうか。

 そんな事を思い、鶴紗は誰に見せるでもなく、苦笑いを浮かべた。

 

 

「行こうか」

 

 

 にゃ。

 分かっているのか、いないのか。返事をする子猫を抱きかかえ、鶴紗もベンチから腰を上げる。

 特別寮への道のりを、子猫の名前はどうしようか、ああだこうだと悩み歩く。

 その姿は、ごく普通の、年頃の少女にしか見えなかった。

 

 




 一応調べたんですが、鶴紗ちゃんの保護された具体的な時期が出てこず、しかし、中学時代に友人が居た、という記述はありました。
 なので、この作品では二年前(甲州撤退戦)の前後で保護されていた、という事にしております。ご了承下さい。

 ちなみに鶴紗ちゃん、講義は普通にサボってます。
 まだやさぐれてる時期なので、きっと「勉強なんかしてなんの意味があるの?」とか、正面から言えちゃう。
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