アサルトリリィPARABELLUM   作:苗陽さんガチ恋勢

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失望


08 キンセンカ ──Pot Marigold── 語られぬ戦い、その一

 

 

 

「あっづい……」

 

 

 うだるような暑さ。

 ……としか表現しようがない、日本特有の蒸し蒸しした熱気が、全身を包んでいる。

 海風が吹けば涼を感じられるものの、それも一瞬だけ。燦々と陽光を降らせてくる太陽が、憎くて仕方ない。

 

 月日は穏やかに流れ、すでに夏。

 異常気象のおかげで、ただ息をするのもしんどい有り様なのだが、実はこれから、もっと疲れる事をしなければならなかったりする。

 

 

「何も、こんな炎天下に外出しなくたって……」

「甘えたこと言わない。僕達が付き合ってあげてるんだから、むしろ喜んでもいいんじゃないのかな?」

「そう言われてもだなぁ……暑いもんは暑いよ……」

 

 

 隣を歩く涼しい顔の少女──川添は、暑さなんてどこ吹く風、である。

 着ている制服は夏服に変わっており、肩のところが少し膨らんだ白い半袖シャツと、シンプルな黒いスカート、といった姿だ。

 そして、彼女を挟んで反対側に居る白井さんも、もちろん夏服。

 中等部の夏服は、春秋用の黒いワンピースと対照的な、純白のワンピース。川添と相合傘している日傘も相まって、お嬢様感が凄かった。

 いや、お嬢様と言うには、提げているCHARMコンテナがちょっと邪魔か?

 俺の格好はと言えば、半袖の黒いシャツに灰色のズボン。百合ヶ丘の訓練用制服と似た感じである。色が黒系だから、余計に暑いのだ。クソ暑いのだ。

 

 

「水場に近づけば、少しは涼しくなるはずですから。もう少しの辛抱ですよ、おじ様」

「うん……ありがとう、白井さん……。川添も白井さんを見習って、もっと慈愛の心を見せたらどうだ……?」

「お生憎様。僕の慈しみは、夢結だけに注がれるものなのさ。その残りカスでよければ、見せてあげてもいいけれど」

「この……この……夢結スキーめ……」

「お褒めに預かり光栄だね。あと、さり気なく夢結を呼び捨てにしないで貰えるかな」

「もう、お二人共? その辺にして下さいっ」

 

 

 川添とバチバチやり合っていると、白井さんが丁度良いタイミングで間に入ってくれる。

 暑さは変わらないが、それを少しの間忘れさせてくれる、相変わらずのこのやり取りが、せめてもの救いか。

 

 俺達が歩いているのは、ヒュージとの戦場である廃墟群。

 かつては剥き出しのコンクリートだった街も、今では苔むし、樹木に覆われているけれど、反射熱が消えて無くなる訳ではなく、学院敷地内と比べると、やっぱり暑い。しつこく言うが、本当にあっっっっっついのだ。

 

 と、愚痴を零している間にも脚は進み、白井さんの言う通り、大きなクレーターの湖が見えてきた。

 水の上を渡って吹く風は心地良く、汗を瞬く間にさらって行った。

 湖面から覗くビルの残骸と、その上に芽吹く草花が、どこか退廃的な美しさを醸し出している。

 

 

「あ、来た来た! おーいっ! こっちよー!」

 

 

 思わず見惚れていると、遠方から俺達を呼ぶ声が。

 見れば、少し離れた湖の沿岸で、大きく手を振る真島さんが居た。

 足を向けると、周囲をよく分からない機材に囲まれ、忙しなく動いているのが分かる。

 

 

「お疲れ様、真島さん。ここが、戦闘訓練をする場所?」

「ですです。きっちりしっかり観測しますんで、張り切って下さいね、おじ様!」

「それは、まぁ……。で、俺のCHARMは……」

「あ、はーい。ここにありますよ」

 

 

 そう。今日ここで行うのは、戦闘訓練。

 戦闘用義肢に慣れ、身体機能の回復も認められた事で、義父上からCHARMを握る許可が下りたのだ。

 実際には、バグを抱えたアガートラームのコアの運用試験を行うため、俺が駆り出されているという形なのだが、とにかく、以前の自分を取り戻せたようで嬉しかった。

 ……ところが、真島さんに満面の笑みで渡されたCHARMコンテナからは、見覚えがあるようでないような、記憶とは違うシルエットが現れる。

 

 

「なんか、形が違う?」

「当ったり前ですとも! ただ修理して元通りにするだけなんて、アーセナルの名が廃りますから! 使用履歴を参照して、大幅なバージョンアップをしました!」

 

 

 以前の、大鉈とバズーカが一体化したような形状と、似てはいる。

 しかし、刀身内に納まっていたはずの銃口が露出し、峰の部分と一体化している。

 ボックス型の弾倉は交換が簡単そうで、かつ動きの邪魔にならない位置。少し振ってみると、カウンターウェイトの役割も兼ねていそうだった。

 なんというか、全体的にシャープな印象である。ついでに、前は単なる金属色だったのが、清潔感のある白色に統一されていた。オレンジ色の刃止めパーツが目立つ。

 

 

「まず、砲撃形態をほぼ使っていなかったようなので、変形機構そのものをオミット。全体としての耐久性を上げています。

 次に、各パーツ自体の強度も上昇させて、より大きなマギを使った攻撃にも耐えられるようにしました。攻撃面、防御面での性能アップと考えて下さい」

「な、なるほど。他に、何か変更点とかは?」

「お、おじ様っ、その質問は──」

「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれました……! まだまだ追加機能がありましてですねぇ……!」

「あああ……遅かった……」

 

 

 現状を把握しておきたくて、俺は真島さんに詳しい説明を求める。

 何故か白井さんが慌てていたのだが、その理由はすぐに分かった。

 こちらが口を挟む暇がないほどの勢いで、真島さんがアガートラームの説明を始めたからだ。

 

 刀身の素材、ライフリングに刻まれたルーン文字の魔化傾向、発射される砲弾の初速、射撃時の反動の強さ、複数箇所に設けられた追加グリップの意味、などなどなど……。

 それはもう楽しそうに、これでもかと語りまくる姿は、CHARMオタクと呼んでも差し支えなさそうなほど、凄まじい情熱を感じた。

 とても良い事だと思う。思うけど、ぶっちゃけ暑苦しい。

 どうにかして話を逸らさないと……なんて思っていたら。

 

 

「おーい、まだ話は終わらないのかー? もう立ちくたびれたゾ!」

 

 

 頭上から、聞き覚えのない少女の声が降ってきた。

 比較的無事な、数階建ての廃ビルの上に、こちらを見下ろしているらしい人影が。

 逆光になってよく見えなかったけれど、人影は悠々とビルを飛び降り、真島さんの隣へ。

 

 俺と同じ配色の、百合ヶ丘の訓練用制服から、上着を外した夏バージョン。

 短めの髪を、頭の上の方で二つ結びにしている、小麦色の肌が健康的な少女だった。

 

 

「ごめんごめん、つい楽しくなっちゃって」

「それは見れば分かるけど、ぶっちゃけ忘れてなかったか? 梅のこと」

「あ、あはは〜、そんな事ないわよ〜」

「真島さん、彼女は?」

 

 

 見知らぬ少女と、仲良く談笑する真島さん。

 俺が問い掛けると、真島さんではなく本人がそれに答えた。

 

 

「わたしは吉村・Thi・梅。あんた──じゃない、貴方が、夢結と美鈴様を助けてくれたっていう人か?」

 

 

 一歩進み出て、無表情に俺を見据える彼女……吉村さん。

 あまりにもジッと見つめてくるので、思わず怯んでしまいそうになったが、やましい事は何もない。正面から視線を受け止め、頷き返す。

 ややあって、吉村さんはにっこり笑い、右手を差し出した。

 

 

「梅の友達と、そのシュッツエンゲルを助けてくれて、ありがとな!」

「え……?」

 

 

 ……呆気に取られた。

 表情の落差にではなく、言葉の真っ直ぐさに。

 真っ直ぐ過ぎて、ちょっと捻くれた俺でも、額面通りに受け取るしかない。

 この笑顔と、言葉が如実に物語っている。この子は──吉村さんは、めっちゃ良い子だと。

 知らず、こちらも右手を差し出していて、けれど、それが作り物である事を直前で思い出し、力を入れ過ぎないよう、注意を払いつつ手を取った。

 

 

「どういたしまして……。それで、吉村さんは──」

「梅だ」

「は? ああ、うん、吉村・Thi・梅さんだよね。で、よしむ──」

「苗字じゃなくて、名前で読んでくれた方が、梅は嬉しいゾ?」

 

 

 これまた、冗談で言っているとは全く思えない、純粋な笑顔。

 ……勘違いしちゃダメだ。

 男子高校生だったら間違いなく「あれ。俺のこと好きなんじゃね?」って勘違いしちゃう匂わせ女子ムーブだけど、きっと違うから。

 吉村さんは多分、誰にでもフレンドリーなだけだから。

 

 俺は気付かれないよう、軽く深呼吸。

 下心を蹴っ飛ばしながら笑う。

 

 

「分かった。それじゃあ、梅さん。君はどうしてここに?」

「それはもちろん、梅が訓練の相手をするからだ!」

「へ? 訓練の?」

 

 

 今度は、別の意味で呆気に取られる。

 小柄で、俺よりも頭一つ半は背の低い彼女が、訓練相手……。

 リリィを見た目で侮ってはいけないと分かっていても、不用意に傷付けないか、不安に感じてしまう。

 そんな気持ちを察したか、白井さんが進み出て経緯を説明してくれた。

 

 

「梅の持っているレアスキルは縮地なんです。彼女と訓練をすれば、おじ様の得るものも多いと思いましたので、頼んでみました。甲州撤退戦にも参加しています」

 

 

 甲州撤退戦?

 もしや、と思って白井さん、川添の二人を見れば、無言で首を縦に振った。

 彼女も“知っている”、という事だろう。

 意外と多いな、俺の秘密を知ってる人。

 

 

「本当は、訓練とかあんまり好きじゃないんだけどなー。他でもない夢結の頼みだし、あんたに──じゃなかった、貴方にも興味があったからな!」

「そうなのか……。あ、呼びにくいなら、もっと適当に呼んでくれても構わないよ」

「そっか。じゃあ、おっちゃんって呼んでも良いか?」

「おっちゃ──!?」

「こ、こら、梅! その呼び方は流石に……!」

「ぷふっ……くくく……っ、いやぁ、なかなかやるね、梅くんも」

 

 

 おっちゃん……。白井さんのおじ様呼びに慣れていたせいか、妙にダメージがデカい……。

 そして笑ってんじゃねぇ川添。お前だっていつか、おばさん呼ばわりされて傷つく日が来るんだからな?

 と、負け惜しむ俺を他所に、真島さんは笑顔で柏手を打つ。

 

 

「はいはい。親睦も深まったところで、おじ様? さっそくCHARMにマギを入れてみましょう! 訓練を始めるのは、試運転が終わってからですよー?」

「そう、だね……」

「それと、まいまい。今回は自前のCHARMじゃなくて、第一世代CHARMを使ってもらえる?」

「いいけど、どうしてだ?」

「得られるデータは全部集めたいの。計測用に調整したのを用意してるから、お願いね」

「ん〜……。分かった、やってみる」

 

 

 機材に紛れていたコンテナから、緩やかな反りを持つ、長剣型第一世代CHARMを取り出した梅さんは、確かめるようにそれを振り回している。

 ……呼び方、梅ちゃんのがいいか? とりあえず脳内では“梅ちゃん”で呼ぼう、その方が気楽だし。現実で呼ぶ勇気は無い。

 ちなみに第一世代CHARMとは、変形機構を最初から搭載せず、斬撃形態か射撃形態の、どちらか一方しか持ち合わせないCHARMの事である。

 真島さんが改造したアガートラームは、変形機構こそ無いものの、斬撃と射撃を使い分けられる(っぽい)ため、第二世代CHARMとして扱われるはずだ。

 

 

「コアは前と同じ物ですけど、それ以外は丸っと新品だと思って下さい。マギを入れにくいかも知れません」

「分かった。やってみるよ」

 

 

 やっとこ、おっちゃん呼びから立ち直った俺は、改めてCHARMを構えてみる。

 アガートラーム……。

 俺の、“相棒”。

 

 その名の意味は、銀の腕。ケルト神話のダナー神族(もしくはダヌー神族)の王である、ヌァザの事を指す。

 戦いの中で右腕を切り落とされたヌァザは、「肉体の欠損は王権の喪失」とされる慣習によって王位を追われたが、指先まで自由に動かせる銀の義手を得た事により、王権を取り戻した。

 また、彼の持つ名もなき剣は、北欧神話に登場する魔剣、ダインスレイフと同じ起源を持つという説もある。

 

 俺は王様なんかじゃないし、右手はおろか両脚まで失っているけれど、不思議とシンパシーを感じてしまう。

 これで戦闘用の義手が銀ピカだったら、コスプレになってしまうかも知れない。

 

 それはさて置き、CHARMへのマギ注入だ。

 本来は長い時間をかけ、自分のマギとCHARMの親和性を高める事で、己が手足と同じように扱えるようになるのだが…….。

 

 

(確かに、コア以外は新品だ。俺のマギの気配が微塵もない。こんな状態だと、振り回すのも難しいけど……いや、いける)

 

 

 CHARMと同化するには、時間をかけてマギを馴染ませる他に、もう一つ方法がある。

 一度に大量のマギを流し込み、運用可能なマギ許容量の飽和状態を一定時間維持する事で、強制的に染み込ませるのだ。

 難しいのは、飽和状態を維持するということ。

 水の入ったコップを持ったまま、零さないように空気椅子をするようなもので、かなり厳しい。

 

 アガートラームを握った時点で、そのマギ許容量はなんとなく理解できた。そして、今の俺ならば、それを一気に満たせるという事も。

 サブスキルに目覚めて、自分のマギ保有量と操作技術が、格段に上昇している事に気付かされた。

 失敗したとしてもマギを無駄にするだけで、CHARMは安全装置が守ってくれる。試してみて損はないだろう。

 

 

「──ふっ」

 

 

 呼吸を止め、左手中指の契約指輪を意識しながら、マギを活性化させる。

 コアから澄んだ共鳴音が響き、アガートラームは蒼い輝きに包まれた。

 そのまま、十秒、二十秒、三十秒……。

 やがて、輝きはアガートラームへと定着し、全体が一際大きく光を放ったかと思えば、元の白色に戻る。

 一見何も変わらないが、先程までとは全然違う。

 まるで血が通ったような一体感。……成功だ。

 

 

「っふう、上手くいった……」

「へぇ……。一気に自分のマギで染め上げるとはね」

「流石です、おじ様」

「やるなー」

「ほほう、なるほどなるほど、興味深い……ん?」

 

 

 わいわい、がやがや。

 女子三人が珍しそうに、アガートラームを観察する。

 一方の真島さんは、送られているデータをタブレットで確認していたのだが、何やら首を傾げて。

 

 

「どうかしたのかい、百由くん」

「……いえ、気のせいだったみたいです。そのまま、義肢の調子も見てみましょう」

 

 

 覗き込む川添にそう返し、真島さんは別のコンテナを開けた。

 そこにあったのは、日常生活の事など完全に度外視した、無骨な鈍色の塊。

 換装してもらって分かる、その性能。

 マギ許容量、伝達率、反応速度、強度。全てが段違いだ。

 

 

「よし、チェック完了! いつでも始めてもらってOKですよー!」

 

 

 グッと親指を立て、真島さんがゴーサインを出す。

 俺も右手の義手で親指を立て、少し離れた所で準備運動をしている梅ちゃんの元へ。

 彼女はニカッと笑い、刃止めされた第一世代CHARMを軽く振り回している。

 余談だが、第一世代のCHARMは、機能が単一であるが故に制御も容易く、使用者のマギも馴染みやすいという特性がある。

 なので、現在でも生産は続けられており、いざという時の予備機として活躍している。本当に良い物は廃れない、という事だろう。

 

 

「それじゃあ、まずはスキルを使わないで、軽く肩慣らしといくか!」

「お手柔らかに頼むよ? CHARMを振るうのは久しぶりなんだ」

「任せとけ!」

 

 

 笑顔を崩さす、CHARMを脇構えにする梅ちゃん。

 数歩離れて相対するこちらは、八相に構え、一呼吸。

 風が吹く。

 木の葉が間を舞い、視線が交錯したその刹那、同時に踏み込んでCHARMを振るった。

 

 ギィン──という衝突音と、激しい火花。

 数度のぶつかり合いの後、軽く距離を取った俺の左手は、受けた衝撃で痺れていた。

 

 

「見かけに寄らず、攻撃が重い……っ!」

「おっちゃんも中々だな! 弾き返されないようにするのが大変だ!」

 

 

 再び同時に踏み込み、鍔迫り合いからの攻防が始まる。

 振り下ろし。受け流し。突き。弾き。薙ぎ払い。いなし。切り上げ。身躱し。

 互いに攻撃しては防ぐ。ただそれだけの繰り返しだが、意識が研ぎ澄まされていく感覚がある。

 そして、梅ちゃんのデタラメさも、よくよく理解できた。

 

 軽やかな身のこなし。類稀な戦闘技術。これだけ動いて、息一つ乱さないスタミナ。

 全てが非常に高レベルでまとまっている。

 純粋に、強い。

 

 

(これだけ揃って、更に縮地まで使うとか、反則じゃないか? おまけに可愛いし)

 

 

 こちらはブランクありの元雑魚兵士。手加減されてるのは間違いない。

 が、それでも十年以上、防衛軍で生き延びてきたのだ。ただで負けるつもりもなかった。

 行動パターンを把握し、読み合いに持ち込めれば、俺の経験も活かせるはず……。

 と、そこで不意に梅ちゃんが構えを解く。何か言いたげだ。

 

 

「そろそろ準備運動は終わりでいいか? 普通に戦うのも飽きてきたゾ」

「……ああ、スキル解禁って事か。分かった、胸を借りるつもりで行かせてもらうよ」

「胸かー。どんとこいだ! 夢結よりちっちゃいけどな!」

「ブッ!?」

「ちょっと、梅っ!?」

 

 

 梅ちゃんのぶっ込み発言に、思わず吹き出す。

 まだ皆の近くで戦っていたため、バッチリ聞こえていたらしい白井さんの顔が真っ赤である。

 そうなのか……。まぁ、えっと、見た目からして、発育が大変よろしいのは分かってたけど、やっぱり大きめなのかぁ。

 ……………………いやいやいやいや、訓練に集中しろ集中!

 

 

(スキルでの移動の距離感や速度、完璧には掴みきれてないから、緊急回避に使う感じで……あれ?)

 

 

 頭から邪な想像を追い出し、俺はアガートラームを構え直すのだが、正面に居たはずの梅ちゃんが……居ない。

 

 

「どうした? 梅ならここに居るゾ」

「──っ!?」

 

 

 梅ちゃんの声は、背中側から聞こえてきた。

 慌てて振り返ると、得意げな笑顔がそこにある。

 

 

「い、いつの間に……?」

「おっちゃんが、梅の話術に惑わされてる隙に、だ。こういう事を可能にするのが縮地、そしておっちゃんのインビジブルワンだ!」

 

 

 胸を張るその姿からは、溢れんばかりの自信が垣間見えた。

 確かに、彼女は凄い。才能とセンスに恵まれ、それを活かす機会にも巡り合っている。

 ……しかし。話の出汁に使われた白井さんの怒りには、気付いてないらしく。

 

 

「……梅。訓練が終わったら話し合いましょう、じっくり」

「え? あ、あはは、怒るなってー、夢結ー。一応は褒めたんだし……」

「後で部屋に行くから。 い い わ ね ? 」

「はい」

 

 

 梅ちゃんは白井さんの方を一切振り向かず、冷や汗をかきながら頷いた。

 賢明な判断だったと思う。

 何故なら、白井さんの眼力が恐ろしい事になっていたからだ。もともと美人なだけあって、怒るとめっちゃ怖い。というかルナトラ発動しかけてません?

 正直、逃げたい。

 

 

「……よし、まずは梅の動きについて来い! 追いかけっこだ!」

「え、あ、ズルいぞっ!」

 

 

 縮地を使い、一目散にその場を離れる梅ちゃんを、俺も急いで追いかける。

 ズルいと言ったのはもちろん、勝手に追いかけっこを始めた事にであって、先んじて逃げ出した事に対してではない。

 嘘じゃない。本当だ。

 そしてもう、そんな事はどうでもいい。

 何故ならば……。

 

 

(嘘だろ、全然追いつけない!)

 

 

 インビジブルワンを全開で使っているにも関わらず、梅ちゃんとの距離が詰まらないのだ。

 廃墟の屋根を跳び、ビルの壁面を伝い、電柱の頭を蹴り。なんでも足場にして追い縋るが、全く近づけない。

 これが、レアスキルとサブスキルの差?

 なんてデタラメな……!

 

 

「ほらほら、こっちだゾ〜」

「くっ……こんのぉ!」

「ん、おしい!」

 

 

 地面へと降り、余裕綽々で手を振る梅ちゃん。

 俺も同じように戻って、衝突確実な勢いで手を伸ばすも、ひょい、と避けられる。

 が、それは承知の上。

 アガートラームを地面に突き立て急制動。反転して飛び掛かるが──

 

 

「あらよっと」

 

 

 軽々と身を翻される。

 その後も同じ展開が続き、五分。

 

 

「遅い遅〜い」

 

 

 十分。

 

 

「残念賞〜」

 

 

 とうとう十五分が経過し、精根尽き果てた俺は、大の字になって太陽を仰ぎ見る。

 雲一つない空が、憎らしかった。

 

 

「はぁ……はぁ……これ、どうやったって……無理……なんじゃ……」

「うーん。動きは悪くないんだけど、スキルは全然使えてないなー。振り回されてる感じだ」

「返す、言葉も……ございません……」

 

 

 梅ちゃんは側で膝を抱え、俺の頭をツンツン指で突っついている。

 ちなみに、彼女はスカートの下にスパッツを履いているため、見えない。

 が、あえて言おう。スパッツも大好物であると! ハハハハハ油断したなぁ!

 ……現実逃避してても意味がない。どうにかして、対応策を練らないと。

 

 

『そんなおじ様に朗報ですよー! 今回の義肢は戦闘用なので、出力を上げると性能が格段にアップするんです。

 義肢の最大出力とスキルを組み合わせれば、今までにない機動力を出せるはずです! どういたしましてー!』

「……あ、ありがとう?」

 

 

 少し遠目に見える真島さんから、拡声機越しの声が聞こえてきた。

 先に「どういたしまして」を言われてしまい、なんとなく腑に落ちないまま、お礼を言う。

 すっかり慣れたつもりだったけど、やっぱり変わってるよ、この子。

 取り敢えず立ち上がり、きちんと梅ちゃんと距離を取ってから、義肢を確かめた。

 出力を上げる……。

 単に流し込むマギの量を増やせば良いはずだが…………あまり変化は感じられない。

 しかし、“あの”真島さんが言った事だ。信じるしかないだろう。

 

 

「それじゃ、続きといくか! いつでもいいゾ!」

「よぉし……吠え面かかせてやる……!」

 

 

 改めてCHARMを握り直し、梅ちゃんと対峙する。

 彼女が足に力を込めるのを見定めた俺は、合わせてマギを活性化。全力で駈け出す。

 コンクリの壁が現れた。

 

 

「んなっ──ぶべっ!?」

 

 

 訳も分からないまま、反射的に防御結界に集中。真島さん達の横を通り過ぎ、付近の廃ビルと激しいキスを交わした。

 ドゴォンッ! という音が轟き、大量の粉塵が舞う。

 きっと壁には、ちょうど俺の大きさの、人の形をした穴が開いてるはず。

 痛い……。ただひたすらに、痛くて恥ずい……。

 

 

「お、おじ様っ? 大丈夫ですかっ」

「あっちゃー。これは、想定よりも出力が上がり過ぎちゃってるかも……。リミッターはあるはずなんだけどなぁー?」

「……っふ、く、ふふふふっ……や、やめて……笑わせないで……お腹痛い……くふうっ……」

「あっはは、おっちゃんは見てて飽きないなー!」

 

 

 慌てふためく白井さん。

 タブレットを確認する真島さん。

 お腹を抱え身をよじる川添。

 快活に笑う梅ちゃん。

 

 壁の一部と化している俺には見えないが、そんな様がありありと想像できた。

 よく確かめもせず、いきなり全力なんて出すもんじゃない。

 新しく得た教訓を噛み締めながら、俺は自分自身に誓う。

 

 

(絶対、インビジブルワンを使いこなしてやる!)

 

 

 全身に力とマギを込め、脆くなったコンクリート壁から脱出しつつ、アガートラームで粉砕する。

 またしても轟音が響き、粉塵は先ほど以上に拡散した。

 これで注意を集められたはず。

 後は、その注意を逸らし、隙を作ればいい。

 

 

「おーい、大丈夫かー? 助けは要るかー、おっちゃーん?」

 

 

 反応がないので心配したのだろう、梅ちゃんが声を掛けてくれる。

 粉塵の中、その聞こえてくる方向へ、強化した右腕に持ったコンクリの塊を──山なりにブン投げた。

 

 

「おおっ? そう来たかっ!」

 

 

 驚く声。

 彼女の行動は恐らく、縮地で回避か、CHARMで防ぐかの二択。

 これまでの動きを考えると、回避優先だと思われる。

 その可能性に賭けた俺は、更に陽動するため、訓練弾で投げたコンクリ塊を撃ち抜く。

 当然、それは粉微塵に粉砕され、間違いなく梅ちゃんの視界を奪う。

 このタイミングで突っ込めば──

 

 

「でも」

 

 

 ──不敵な囁き声が、耳に届く。

 嫌な予感を振り切るよう、声のする場所へ手を伸ばすも……空振った。

 粉塵が風で流される。

 梅ちゃんは、俺の動きを完全に見切ったかの如く、ほんの数歩ズレた位置に立っていた。

 嘘だろ、これでもダメか!?

 

 

「あははっ。そう簡単には捕まってはやれないゾ!」

「く……っ、逃がすかっ!」

 

 

 跳躍し、遠ざかっていく屈託のない笑顔は、まるで子供が遊んでいるみたいだった。

 悔しいけど、まだ策を一つ破られただけ。

 気合いを入れ直し、俺はまた、梅ちゃんの背中を追いかけ始める。

 

 まだまだ、これからだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 梅とおじ様の戦闘訓練が始まって、約数十分。

 遊び半分だったように見えたそれも、今や固唾を飲んで見守る他ない、白熱したものになっていた。

 

 

「凄い……。段々と、梅の動きに適応してる……」

 

 

 切り結ばれる、梅の第一世代CHARMと、おじ様のアガートラーム。

 その度に激しく火花が散り、刃が甲高く鳴り響いている。

 最初こそ、素早い動きに翻弄され続けていたおじ様だったけれど、梅を捉える事すら出来なかった攻撃が、ここに来て冴えわたっているような……。

 

 事実、さっきまで余裕を持って回避していた梅も、おじ様の攻撃を受け流しては、わずかに体勢を崩したりしていた。よほど斬撃が重いのだと思う。

 私だったら、受け止めきれる? どうかしら、受けてみないと判断できない。

 しかし。

 

 

「くっそぉ、芯がずらされるっ」

「あははっ。ヒュージの攻撃はもっと重いからな! こっちからも行くゾー!」

「ぅひぃ!?」

 

 

 防戦一方という訳ではなく、もちろん梅の攻撃も繰り出され、おじ様はそれを、やっとの思いで捌いている。

 小柄ではあるけれど、スピードの乗った梅の攻撃。厄介なのは、私も身を以て知っていた。

 

 

「まだ梅くんに余裕があるね。才能の差は歴然だけれど、それでも食らいついていけるのは、曲がりなりにも歴戦のマギウス、といった所かな」

「はい。おじ様が聞いたら喜びますよ」

「おっと。なら秘密にしてくれるかい、夢結。調子に乗ったらまずい」

 

 

 私の隣で観戦しているお姉様が、組んでいた腕を解いて、人差し指を口に立てた。

 ……どうしてお姉様は、おじ様への言葉を隠すのか。

 命の恩人である事実は変わらないし、こうして努力を重ねる姿を見ていると、私も尊敬の念を抱いているのを自覚する。

 お姉様だってそれは同じはずだし、だからこそ……。病院での、あんな表情を見せたりも、しているのだから。

 あ、私は異性としてではなく、あくまで人間として尊敬しているだけです。流石に歳が離れ過ぎなので。

 

 よく考えてみたら、お姉様の男性の好みって、どんな感じだろう?

 私はお姉様を大切に想っているし、お姉様も……同じだと願いたいけれど、別に同性愛者という訳ではない。

 いずれは誰かと結ばれ、子供を産む。

 そうなった時、お姉様の隣に立つのは……どんな……。

 

 と、思わず考え込もうとした瞬間、一帯に大きな鐘の音が響き渡った。

 

 

「この音は!?」

「ヒュージか、間の悪い……」

「おじ様、まいまい、訓練中止ー! 引き上げますよー!」

 

 

 黙々とデータを集めていた百由さんが、拡声機でおじ様達を呼び戻す。

 この鐘の音は、ヒュージが出現した事を知らせる合図。速やかなリリィの出撃を促すための物でもあった。

 泡を食った様子の二人も、すぐ私達の側へ戻って来る。

 

 

「白井さん、この鐘って!」

「はい。ヒュージです。当番のリリィが出撃するはずですが……」

「念には念を重ねないとね。夢結、僕達も支援に回ろう」

「もちろんです、お姉様」

「梅も行くゾ!」

 

 

 戦場ではどんな不測の事態が発生するか分からないし、対応する人員は多い方がいい。

 念のため、CHARMを持って来ておいて良かった。

 梅も第一世代CHARMを返し、本来の自分のCHARMが入ったコンテナを開けようと……した瞬間、百合ヶ丘女学院の方から、空を切り裂く白い軌跡が、幾条も放たれた。

 

 

(えっ、もう前段攻撃がっ?)

 

 

 防衛軍が運用する兵器群……いわゆる誘導兵器、ミサイル。

 普通はリリィによる防御陣が構築され、万が一にも味方に被害が及ばないよう、注意して行われるはずなのに。

 何かがおかしい。

 誰一人、言葉を発しないまま、マギを活性化。近くの廃ビルの屋上へ跳び、状況を確認する。

 

 見えたのは、炸裂するミサイルの数々。

 普段より数が多いのか、非常に広範囲に爆煙が広がっていた。

 そして、その分厚い煙を当然のように抜けてくる、影。

 ……ヒュージ。ヒュージの、群れ。

 海に浮かぶ、何本もの柱を背負った亀のような形をしたラージ級が、四……違う、五体も。

 

 通常兵器では、ラージ級のヒュージは傷付けられない。可能なのは、ほんの少し足を遅らせるだけ。

 でも、そうせざるを得なかったから、防衛軍も前段攻撃を早めたのだと、これで分かった。

 私と同じ危機感を抱いたらしいお姉様も、眉を寄せている。

 

 

「ラージ級の群れ、か。本格的に不味いかも知れない」

「急ぎましょう。百由さんは、おじ様の事をお願いね」

「りょーかい。自分のCHARMも持って来てないし、大人しく下がるわ。行きましょ、おじ様。……おじ様?」

 

 

 既に撤収の準備を終えていた百由さんが、大きな機材を背におじ様へ呼びかけるけれど、返事はない。

 おじ様は、ヒュージの来る方角を見つめていた。

 血の気の引いた、真っ青な顔で。

 

 

「あ、脚が、動かない……っ。右腕も、震え、が……。なんで、急に……っ」

 

 

 おじ様の右腕──鈍色の義手が、目に見えて震えている。

 保持したCHARMと擦れて、カチャカチャと金属音も。

 同じように、義足も動作不良を起こしているのか、踏み出すことすら危うい様子。

 どうして、こんな急に……。

 まさか、本物のヒュージを目撃したせいで……?

 

 

「どうやら、見誤っていたみたいだね」

「お姉様?」

「彼の、心の傷の深さを、さ」

「……あ」

 

 

 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる、お姉様。

 考えてみれば、当たり前の話だと思った。

 おじ様は甲州撤退戦でギガント級ヒュージと戦い、その中で手足と、命まで失いかけた。

 傷が浅いわけはない。

 本当なら、立ち直れなくてもおかしくないのに。

 

 何故、こんな単純な事に、思い至れなかったのだろう。

 何故、私はおじ様が立ち直ったものだと、思い込んでいたのだろう。

 自分自身の愚かさを突きつけられ、私は愕然とさせられる。

 

 その間にも百由さんは動き続け、手早くタブレット端末と義肢をコードで繋ぎ、調整に入った。

 

 

「おそらく、義肢との精神リンクが深過ぎて、不必要な情報を拾ってるんだと思います。

 今からリンクを弱めます。出力は下がりますけど、普通に動けるようになるはずですから」

「真島さん……お、俺は……」

 

 

 強い焦燥感に苛まれて見えるおじ様。

 縋るような眼差しが、こちらへ向けられていて。

 しかし、お姉様はおじ様に対し、くるりと背を向けてしまう。

 

 

「早く行くんだ。今の“貴方”では、足手まといにしかならない」

「──っ!」

 

 

 その瞬間、おじ様の顔から表情が抜け落ちた。

 見ている方の背筋を凍らせるほど、暗く、深い……絶望?

 傷付けた。間違いなく、おじ様の心を抉る言葉だった。

 

 

「お姉様っ、そんな言い方をせずとも──」

「いいんだ白井さん。……いいんだ」

 

 

 思わず、お姉様に意見しようとする私を止めたのは、他ならぬ、おじ様自身。

 顔は伏せられ、どんな表情をしているのか、分からなかった。

 けれど、次に見えたのは、諦めの混じる苦笑い。

 

 

「気をつけて。無事に帰って来てくれよ」

「は、はい。もちろんです」

「…………」

「川添、返事は?」

「……分かっているとも」

「なら良し。梅さんも、怪我をしないように。今度、ジュースでも奢ろう」

「う、うん。頑張ってくるゾ!」

 

 

 背を向けたままのお姉様にも声をかけ、最後に梅を激励したおじ様は、百由さんと共にこの場を去る。

 小さくなっていく影を、私は無言で見つめる事しか出来なかった。

 ところが、不意にコンクリートを砕くような破砕音が聞こえ、驚きながら振り向く。

 お姉様がCHARMを──先行量産型ブリューナクを、力任せに突き立てていた。

 

 

「いつも笑っているから、笑ってくれているから、つい忘れそうになるよ。彼がああなったのは、僕のせいなのに。……酷い女だね、我ながら虫唾が走る……!」

 

 

 苦味走った、獰猛な笑み。

 ブリューナグを握る手には、震えるほどの力が込められていると分かる。

 まただ。また、初めて見る表情。

 仲間を傷付けたヒュージに激怒する事はあっても、こんな……憎悪にも似た感情を露わにするなんて。

 どう声を掛けるべきなのか。そもそも、声を掛けても良いのかどうか。

 私が迷っている間に、お姉様はブリューナクを抜き放つ。

 

 

「行こう」

 

 

 そう言い残し、跳躍。戦場へと向かう、お姉様。

 知らず、遠ざかる背中に手を伸ばして…………何も掴めずに、下ろしてしまう。

 遠い。

 誰よりも近くに居たはずなのに、今は。

 この気持ちは何? 以前にも感じた、寂しさとも、悲しさとも違う……。暗くて重い、この気持ちは。

 

 

「なぁ、夢結。美鈴様は、大丈夫なのか?」

「……どういう意味かしら」

「ん〜……なんていうか……。みんな、素直じゃないなーと思って」

「ますます意味が分からないのだけど……?」

 

 

 動けないでいた私に、いつも笑顔な梅が、珍しく心配そうな顔を見せる。

 お姉様が、素直じゃない?

 ううん、違う。みんなと言うことは、私も含めて……?

 何を言いたいのか、考え込もうとする私の肩を、梅は力強く叩く。

 

 

「きっと、梅の言葉じゃ届かない。だから夢結がしっかりしなきゃ駄目だゾ!」

「え、ええ。よく分からないけれど、分かったわ……」

「よし、じゃあ急ごう! さっさと終わらせて、おっちゃんを安心させてやらないとなっ」

「……そうね!」

 

 

 いつも通りの、温かい言葉に背を押され、私は前へと足を踏み出す。

 本当に、梅には助けられてばかり。甲州撤退戦の時から数えたら、いくつの借りがあるのか分からない。

 今は、私やお姉様の事を考えている時じゃない。

 ヒュージを……おじ様を含む、多くの人を傷付けるヒュージを撃退する事に、集中しなければ。

 

 私は決意を新たに、ダインスレイフを構えて跳躍する。

 前線で待っているだろう、お姉様の隣に立つために。

 

 ああ、そうそう。借りがあると言っても、私の胸のサイズを出汁に使った件は忘れないわよ、梅。

 しっかり話し合いましょうね……?

 

 

「……っ、な、なんか背筋に悪寒が走ったゾ……」

「気のせいよ。多分」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 訓練で使っていた測定機器と、コンテナに格納したアガートラームを背負いながら、俺は無言で、転ばないよう、注意しつつ歩いている。

 先導してくれる真島さんも、重たい荷物を背負っているからか、会話する余裕はなさそうだった。

 おかげで、思う存分、自分に幻滅できた。

 

 

(情けない)

 

 

 一言で言うなら、これに尽きる。

 いつからか、自分が強くなったと錯覚していた。

 スキラー数値が上がり、マギ保有量も増え、失った手足をも補えた。

 だから、ヒュージを前にしても戦えると、思い込んでいたのだ。

 

 結果として、俺は逃げ出すことしか出来なかった。

 きっと、甲州撤退戦の時みたいな自己犠牲も、無理だ。

 ヒュージが俺の体と、精神に刻みつけた傷が、それを許してくれない。

 なんて、情けない。

 幻滅……いや、失望だろうか。どちらも等しく、今の感情を表すに最適な言葉だった。

 

 そんな時、ふと頭上を影がよぎった。

 反射的に目で追うと、見覚えのあるポニーテール少女が、白井さんと同じ型のCHARM──黒いダインスレイフを持ち、俺達を追い越すように降り立っていた。

 安藤鶴紗。

 こちらに気づいたのか、ペコリと頭を下げている。

 

 

「君は……どうしてここに……?」

「当番、だから。一応。やばいみたいだし」

 

 

 当番……。ヒュージ出現時の出撃当番、という意味だろう。

 が、彼女以外にリリィの姿が見えない。

 そのまま立ち去ろうとする安藤さんを、俺は呼び止めていた。

 

 

「ちょっと待った。一人なのか? 当番ったって、単独行動は……」

「……いいんだよ、一人で。他のリリィなんて、邪魔なだけだから」

 

 

 肩越しに振り向いたのは、冷たい目。

 あの日、我が身を顧みずに子猫を助けた女の子と、同一人物とは思えない、無機質な瞳。

 絶対の自信と、完璧な拒絶とを同居させる表情は、まるで氷の彫刻のようだった。

 

 一体、どういう事だろう。

 もしや、白井さんと同じくルナティックトランサー持ち? いや、ならば尚更、他のリリィとの協力が不可欠だ。

 バーサーク状態は最悪、マギが枯渇するまで持続してしまう。もしヒュージの群れのド真ん中でそんな状態になったら、最悪の事態が待っている。

 他のレアスキルにしたって、単独行動でしか活かせないスキルなんか──

 

 

「危ない!」

「え?」

 

 

 唐突に、安藤さんが俺を突き飛ばした。

 体当たりと変わらない勢いに、彼女共々、後ろへ倒れてしまう。

 すると次の瞬間、安藤さんの背で地面が炸裂する。

 

 吹き飛ばされる体。

 衝撃と困惑。

 思考の空白は、ほんの数秒だと思えたが、しかしその間に、炸裂した地面には巨大な柱がそびえ立っていた。

 いや、のみならず、その柱は蜂の巣みたいなハニカム構造から、上半身だけの蜂のような、小型の異形を排出し始める。

 ……ヒュージ! スモール級の!?

 

 

「嘘でしょっ!? スモール級の巣を飛ばしてきたっていうの、あのラージ級!?」

 

 

 荷物を投げ捨てた真島さんが、第一世代CHARMの刃止めを取っ払いながら、ヒュージの前へ躍り出る。動けない俺達を守る為だろう。

 俺は、義肢の動きが鈍いせいで。

 安藤さんは……俺を庇い、重傷を負ったせいで。

 

 

「ゔぁ……くっ……」

「おい、しっかりしろ! ああクソッ、こんなに血が……!」

「っは、ぁ……だい、じょうぶ、だから……」

「大丈夫なわけっ……?」

 

 

 抱きとめる背中は、おびただしい量の血で濡れていた。

 制服だって裂けているし、目に見えて大きな傷跡がある。問題大アリだ…………と、思っていたのに。

 裂けた制服から覗く傷跡が、瞬く間に塞がっていく。

 数秒と経たない内に、残っているのは流れ出た血だけとなった。

 

 

「これで、分かったでしょ……? 私は、一人で大丈夫なんだ。一人の方が、都合がいいんだ。……邪魔だから、さっさと逃げて」

 

 

 腕の中から逃げ出すように、血塗れの背中を見せながら、安藤さんが立ち上がる。

 ダインスレイフを構え、真島さんをも押し退けて、前へ進む。

 誰もが予想だにしなかった戦いが、否応なく、始まってしまう……。

 

 

 




 ここから裏設定という名の言い訳。

 アガートラームに施された改造は、舞台版などでいう所のカービン化ですが、ルドビコからの製作依頼よりも早い段階で行われています。
 百由様はこの時期から、変形機構をオミットしたCHARMという構想を持っていて、丁度いいのでそれを実験しているんです。
 つまり、この作品ではアガートラームが、最初のカービン化CHARM試作機、実証機体となります。

 また、鶴紗ちゃんのCHARMである先行量産型ティルフィングは、この時点ではまだ開発途中だろうと推測し、使用CHARMをドール版1.0のダインスレイフの色違いにしてあります。
 まいまいのタンキエムも、いつロールアウトしたのかが分からないので、あえて描写せずボカしています。お父さんがCHARMメーカーの支社長らしいですし、持っててもおかしくないですかね?

 最後に、夏服設定は捏造です。調べても出てこぬのです。
 もし公式の設定画像とかをご存知の方が居たら、教えて頂けると助かります。
 ラスバレで夏イベとか水着イベとかが来て、そういうので設定が出たら修正するかも……。
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