アサルトリリィPARABELLUM 作:苗陽さんガチ恋勢
「あっづい……」
うだるような暑さ。
……としか表現しようがない、日本特有の蒸し蒸しした熱気が、全身を包んでいる。
海風が吹けば涼を感じられるものの、それも一瞬だけ。燦々と陽光を降らせてくる太陽が、憎くて仕方ない。
月日は穏やかに流れ、すでに夏。
異常気象のおかげで、ただ息をするのもしんどい有り様なのだが、実はこれから、もっと疲れる事をしなければならなかったりする。
「何も、こんな炎天下に外出しなくたって……」
「甘えたこと言わない。僕達が付き合ってあげてるんだから、むしろ喜んでもいいんじゃないのかな?」
「そう言われてもだなぁ……暑いもんは暑いよ……」
隣を歩く涼しい顔の少女──川添は、暑さなんてどこ吹く風、である。
着ている制服は夏服に変わっており、肩のところが少し膨らんだ白い半袖シャツと、シンプルな黒いスカート、といった姿だ。
そして、彼女を挟んで反対側に居る白井さんも、もちろん夏服。
中等部の夏服は、春秋用の黒いワンピースと対照的な、純白のワンピース。川添と相合傘している日傘も相まって、お嬢様感が凄かった。
いや、お嬢様と言うには、提げているCHARMコンテナがちょっと邪魔か?
俺の格好はと言えば、半袖の黒いシャツに灰色のズボン。百合ヶ丘の訓練用制服と似た感じである。色が黒系だから、余計に暑いのだ。クソ暑いのだ。
「水場に近づけば、少しは涼しくなるはずですから。もう少しの辛抱ですよ、おじ様」
「うん……ありがとう、白井さん……。川添も白井さんを見習って、もっと慈愛の心を見せたらどうだ……?」
「お生憎様。僕の慈しみは、夢結だけに注がれるものなのさ。その残りカスでよければ、見せてあげてもいいけれど」
「この……この……夢結スキーめ……」
「お褒めに預かり光栄だね。あと、さり気なく夢結を呼び捨てにしないで貰えるかな」
「もう、お二人共? その辺にして下さいっ」
川添とバチバチやり合っていると、白井さんが丁度良いタイミングで間に入ってくれる。
暑さは変わらないが、それを少しの間忘れさせてくれる、相変わらずのこのやり取りが、せめてもの救いか。
俺達が歩いているのは、ヒュージとの戦場である廃墟群。
かつては剥き出しのコンクリートだった街も、今では苔むし、樹木に覆われているけれど、反射熱が消えて無くなる訳ではなく、学院敷地内と比べると、やっぱり暑い。しつこく言うが、本当にあっっっっっついのだ。
と、愚痴を零している間にも脚は進み、白井さんの言う通り、大きなクレーターの湖が見えてきた。
水の上を渡って吹く風は心地良く、汗を瞬く間にさらって行った。
湖面から覗くビルの残骸と、その上に芽吹く草花が、どこか退廃的な美しさを醸し出している。
「あ、来た来た! おーいっ! こっちよー!」
思わず見惚れていると、遠方から俺達を呼ぶ声が。
見れば、少し離れた湖の沿岸で、大きく手を振る真島さんが居た。
足を向けると、周囲をよく分からない機材に囲まれ、忙しなく動いているのが分かる。
「お疲れ様、真島さん。ここが、戦闘訓練をする場所?」
「ですです。きっちりしっかり観測しますんで、張り切って下さいね、おじ様!」
「それは、まぁ……。で、俺のCHARMは……」
「あ、はーい。ここにありますよ」
そう。今日ここで行うのは、戦闘訓練。
戦闘用義肢に慣れ、身体機能の回復も認められた事で、義父上からCHARMを握る許可が下りたのだ。
実際には、バグを抱えたアガートラームのコアの運用試験を行うため、俺が駆り出されているという形なのだが、とにかく、以前の自分を取り戻せたようで嬉しかった。
……ところが、真島さんに満面の笑みで渡されたCHARMコンテナからは、見覚えがあるようでないような、記憶とは違うシルエットが現れる。
「なんか、形が違う?」
「当ったり前ですとも! ただ修理して元通りにするだけなんて、アーセナルの名が廃りますから! 使用履歴を参照して、大幅なバージョンアップをしました!」
以前の、大鉈とバズーカが一体化したような形状と、似てはいる。
しかし、刀身内に納まっていたはずの銃口が露出し、峰の部分と一体化している。
ボックス型の弾倉は交換が簡単そうで、かつ動きの邪魔にならない位置。少し振ってみると、カウンターウェイトの役割も兼ねていそうだった。
なんというか、全体的にシャープな印象である。ついでに、前は単なる金属色だったのが、清潔感のある白色に統一されていた。オレンジ色の刃止めパーツが目立つ。
「まず、砲撃形態をほぼ使っていなかったようなので、変形機構そのものをオミット。全体としての耐久性を上げています。
次に、各パーツ自体の強度も上昇させて、より大きなマギを使った攻撃にも耐えられるようにしました。攻撃面、防御面での性能アップと考えて下さい」
「な、なるほど。他に、何か変更点とかは?」
「お、おじ様っ、その質問は──」
「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれました……! まだまだ追加機能がありましてですねぇ……!」
「あああ……遅かった……」
現状を把握しておきたくて、俺は真島さんに詳しい説明を求める。
何故か白井さんが慌てていたのだが、その理由はすぐに分かった。
こちらが口を挟む暇がないほどの勢いで、真島さんがアガートラームの説明を始めたからだ。
刀身の素材、ライフリングに刻まれたルーン文字の魔化傾向、発射される砲弾の初速、射撃時の反動の強さ、複数箇所に設けられた追加グリップの意味、などなどなど……。
それはもう楽しそうに、これでもかと語りまくる姿は、CHARMオタクと呼んでも差し支えなさそうなほど、凄まじい情熱を感じた。
とても良い事だと思う。思うけど、ぶっちゃけ暑苦しい。
どうにかして話を逸らさないと……なんて思っていたら。
「おーい、まだ話は終わらないのかー? もう立ちくたびれたゾ!」
頭上から、聞き覚えのない少女の声が降ってきた。
比較的無事な、数階建ての廃ビルの上に、こちらを見下ろしているらしい人影が。
逆光になってよく見えなかったけれど、人影は悠々とビルを飛び降り、真島さんの隣へ。
俺と同じ配色の、百合ヶ丘の訓練用制服から、上着を外した夏バージョン。
短めの髪を、頭の上の方で二つ結びにしている、小麦色の肌が健康的な少女だった。
「ごめんごめん、つい楽しくなっちゃって」
「それは見れば分かるけど、ぶっちゃけ忘れてなかったか? 梅のこと」
「あ、あはは〜、そんな事ないわよ〜」
「真島さん、彼女は?」
見知らぬ少女と、仲良く談笑する真島さん。
俺が問い掛けると、真島さんではなく本人がそれに答えた。
「わたしは吉村・Thi・梅。あんた──じゃない、貴方が、夢結と美鈴様を助けてくれたっていう人か?」
一歩進み出て、無表情に俺を見据える彼女……吉村さん。
あまりにもジッと見つめてくるので、思わず怯んでしまいそうになったが、やましい事は何もない。正面から視線を受け止め、頷き返す。
ややあって、吉村さんはにっこり笑い、右手を差し出した。
「梅の友達と、そのシュッツエンゲルを助けてくれて、ありがとな!」
「え……?」
……呆気に取られた。
表情の落差にではなく、言葉の真っ直ぐさに。
真っ直ぐ過ぎて、ちょっと捻くれた俺でも、額面通りに受け取るしかない。
この笑顔と、言葉が如実に物語っている。この子は──吉村さんは、めっちゃ良い子だと。
知らず、こちらも右手を差し出していて、けれど、それが作り物である事を直前で思い出し、力を入れ過ぎないよう、注意を払いつつ手を取った。
「どういたしまして……。それで、吉村さんは──」
「梅だ」
「は? ああ、うん、吉村・Thi・梅さんだよね。で、よしむ──」
「苗字じゃなくて、名前で読んでくれた方が、梅は嬉しいゾ?」
これまた、冗談で言っているとは全く思えない、純粋な笑顔。
……勘違いしちゃダメだ。
男子高校生だったら間違いなく「あれ。俺のこと好きなんじゃね?」って勘違いしちゃう匂わせ女子ムーブだけど、きっと違うから。
吉村さんは多分、誰にでもフレンドリーなだけだから。
俺は気付かれないよう、軽く深呼吸。
下心を蹴っ飛ばしながら笑う。
「分かった。それじゃあ、梅さん。君はどうしてここに?」
「それはもちろん、梅が訓練の相手をするからだ!」
「へ? 訓練の?」
今度は、別の意味で呆気に取られる。
小柄で、俺よりも頭一つ半は背の低い彼女が、訓練相手……。
リリィを見た目で侮ってはいけないと分かっていても、不用意に傷付けないか、不安に感じてしまう。
そんな気持ちを察したか、白井さんが進み出て経緯を説明してくれた。
「梅の持っているレアスキルは縮地なんです。彼女と訓練をすれば、おじ様の得るものも多いと思いましたので、頼んでみました。甲州撤退戦にも参加しています」
甲州撤退戦?
もしや、と思って白井さん、川添の二人を見れば、無言で首を縦に振った。
彼女も“知っている”、という事だろう。
意外と多いな、俺の秘密を知ってる人。
「本当は、訓練とかあんまり好きじゃないんだけどなー。他でもない夢結の頼みだし、あんたに──じゃなかった、貴方にも興味があったからな!」
「そうなのか……。あ、呼びにくいなら、もっと適当に呼んでくれても構わないよ」
「そっか。じゃあ、おっちゃんって呼んでも良いか?」
「おっちゃ──!?」
「こ、こら、梅! その呼び方は流石に……!」
「ぷふっ……くくく……っ、いやぁ、なかなかやるね、梅くんも」
おっちゃん……。白井さんのおじ様呼びに慣れていたせいか、妙にダメージがデカい……。
そして笑ってんじゃねぇ川添。お前だっていつか、おばさん呼ばわりされて傷つく日が来るんだからな?
と、負け惜しむ俺を他所に、真島さんは笑顔で柏手を打つ。
「はいはい。親睦も深まったところで、おじ様? さっそくCHARMにマギを入れてみましょう! 訓練を始めるのは、試運転が終わってからですよー?」
「そう、だね……」
「それと、まいまい。今回は自前のCHARMじゃなくて、第一世代CHARMを使ってもらえる?」
「いいけど、どうしてだ?」
「得られるデータは全部集めたいの。計測用に調整したのを用意してるから、お願いね」
「ん〜……。分かった、やってみる」
機材に紛れていたコンテナから、緩やかな反りを持つ、長剣型第一世代CHARMを取り出した梅さんは、確かめるようにそれを振り回している。
……呼び方、梅ちゃんのがいいか? とりあえず脳内では“梅ちゃん”で呼ぼう、その方が気楽だし。現実で呼ぶ勇気は無い。
ちなみに第一世代CHARMとは、変形機構を最初から搭載せず、斬撃形態か射撃形態の、どちらか一方しか持ち合わせないCHARMの事である。
真島さんが改造したアガートラームは、変形機構こそ無いものの、斬撃と射撃を使い分けられる(っぽい)ため、第二世代CHARMとして扱われるはずだ。
「コアは前と同じ物ですけど、それ以外は丸っと新品だと思って下さい。マギを入れにくいかも知れません」
「分かった。やってみるよ」
やっとこ、おっちゃん呼びから立ち直った俺は、改めてCHARMを構えてみる。
アガートラーム……。
俺の、“相棒”。
その名の意味は、銀の腕。ケルト神話のダナー神族(もしくはダヌー神族)の王である、ヌァザの事を指す。
戦いの中で右腕を切り落とされたヌァザは、「肉体の欠損は王権の喪失」とされる慣習によって王位を追われたが、指先まで自由に動かせる銀の義手を得た事により、王権を取り戻した。
また、彼の持つ名もなき剣は、北欧神話に登場する魔剣、ダインスレイフと同じ起源を持つという説もある。
俺は王様なんかじゃないし、右手はおろか両脚まで失っているけれど、不思議とシンパシーを感じてしまう。
これで戦闘用の義手が銀ピカだったら、コスプレになってしまうかも知れない。
それはさて置き、CHARMへのマギ注入だ。
本来は長い時間をかけ、自分のマギとCHARMの親和性を高める事で、己が手足と同じように扱えるようになるのだが…….。
(確かに、コア以外は新品だ。俺のマギの気配が微塵もない。こんな状態だと、振り回すのも難しいけど……いや、いける)
CHARMと同化するには、時間をかけてマギを馴染ませる他に、もう一つ方法がある。
一度に大量のマギを流し込み、運用可能なマギ許容量の飽和状態を一定時間維持する事で、強制的に染み込ませるのだ。
難しいのは、飽和状態を維持するということ。
水の入ったコップを持ったまま、零さないように空気椅子をするようなもので、かなり厳しい。
アガートラームを握った時点で、そのマギ許容量はなんとなく理解できた。そして、今の俺ならば、それを一気に満たせるという事も。
サブスキルに目覚めて、自分のマギ保有量と操作技術が、格段に上昇している事に気付かされた。
失敗したとしてもマギを無駄にするだけで、CHARMは安全装置が守ってくれる。試してみて損はないだろう。
「──ふっ」
呼吸を止め、左手中指の契約指輪を意識しながら、マギを活性化させる。
コアから澄んだ共鳴音が響き、アガートラームは蒼い輝きに包まれた。
そのまま、十秒、二十秒、三十秒……。
やがて、輝きはアガートラームへと定着し、全体が一際大きく光を放ったかと思えば、元の白色に戻る。
一見何も変わらないが、先程までとは全然違う。
まるで血が通ったような一体感。……成功だ。
「っふう、上手くいった……」
「へぇ……。一気に自分のマギで染め上げるとはね」
「流石です、おじ様」
「やるなー」
「ほほう、なるほどなるほど、興味深い……ん?」
わいわい、がやがや。
女子三人が珍しそうに、アガートラームを観察する。
一方の真島さんは、送られているデータをタブレットで確認していたのだが、何やら首を傾げて。
「どうかしたのかい、百由くん」
「……いえ、気のせいだったみたいです。そのまま、義肢の調子も見てみましょう」
覗き込む川添にそう返し、真島さんは別のコンテナを開けた。
そこにあったのは、日常生活の事など完全に度外視した、無骨な鈍色の塊。
換装してもらって分かる、その性能。
マギ許容量、伝達率、反応速度、強度。全てが段違いだ。
「よし、チェック完了! いつでも始めてもらってOKですよー!」
グッと親指を立て、真島さんがゴーサインを出す。
俺も右手の義手で親指を立て、少し離れた所で準備運動をしている梅ちゃんの元へ。
彼女はニカッと笑い、刃止めされた第一世代CHARMを軽く振り回している。
余談だが、第一世代のCHARMは、機能が単一であるが故に制御も容易く、使用者のマギも馴染みやすいという特性がある。
なので、現在でも生産は続けられており、いざという時の予備機として活躍している。本当に良い物は廃れない、という事だろう。
「それじゃあ、まずはスキルを使わないで、軽く肩慣らしといくか!」
「お手柔らかに頼むよ? CHARMを振るうのは久しぶりなんだ」
「任せとけ!」
笑顔を崩さす、CHARMを脇構えにする梅ちゃん。
数歩離れて相対するこちらは、八相に構え、一呼吸。
風が吹く。
木の葉が間を舞い、視線が交錯したその刹那、同時に踏み込んでCHARMを振るった。
ギィン──という衝突音と、激しい火花。
数度のぶつかり合いの後、軽く距離を取った俺の左手は、受けた衝撃で痺れていた。
「見かけに寄らず、攻撃が重い……っ!」
「おっちゃんも中々だな! 弾き返されないようにするのが大変だ!」
再び同時に踏み込み、鍔迫り合いからの攻防が始まる。
振り下ろし。受け流し。突き。弾き。薙ぎ払い。いなし。切り上げ。身躱し。
互いに攻撃しては防ぐ。ただそれだけの繰り返しだが、意識が研ぎ澄まされていく感覚がある。
そして、梅ちゃんのデタラメさも、よくよく理解できた。
軽やかな身のこなし。類稀な戦闘技術。これだけ動いて、息一つ乱さないスタミナ。
全てが非常に高レベルでまとまっている。
純粋に、強い。
(これだけ揃って、更に縮地まで使うとか、反則じゃないか? おまけに可愛いし)
こちらはブランクありの元雑魚兵士。手加減されてるのは間違いない。
が、それでも十年以上、防衛軍で生き延びてきたのだ。ただで負けるつもりもなかった。
行動パターンを把握し、読み合いに持ち込めれば、俺の経験も活かせるはず……。
と、そこで不意に梅ちゃんが構えを解く。何か言いたげだ。
「そろそろ準備運動は終わりでいいか? 普通に戦うのも飽きてきたゾ」
「……ああ、スキル解禁って事か。分かった、胸を借りるつもりで行かせてもらうよ」
「胸かー。どんとこいだ! 夢結よりちっちゃいけどな!」
「ブッ!?」
「ちょっと、梅っ!?」
梅ちゃんのぶっ込み発言に、思わず吹き出す。
まだ皆の近くで戦っていたため、バッチリ聞こえていたらしい白井さんの顔が真っ赤である。
そうなのか……。まぁ、えっと、見た目からして、発育が大変よろしいのは分かってたけど、やっぱり大きめなのかぁ。
……………………いやいやいやいや、訓練に集中しろ集中!
(スキルでの移動の距離感や速度、完璧には掴みきれてないから、緊急回避に使う感じで……あれ?)
頭から邪な想像を追い出し、俺はアガートラームを構え直すのだが、正面に居たはずの梅ちゃんが……居ない。
「どうした? 梅ならここに居るゾ」
「──っ!?」
梅ちゃんの声は、背中側から聞こえてきた。
慌てて振り返ると、得意げな笑顔がそこにある。
「い、いつの間に……?」
「おっちゃんが、梅の話術に惑わされてる隙に、だ。こういう事を可能にするのが縮地、そしておっちゃんのインビジブルワンだ!」
胸を張るその姿からは、溢れんばかりの自信が垣間見えた。
確かに、彼女は凄い。才能とセンスに恵まれ、それを活かす機会にも巡り合っている。
……しかし。話の出汁に使われた白井さんの怒りには、気付いてないらしく。
「……梅。訓練が終わったら話し合いましょう、じっくり」
「え? あ、あはは、怒るなってー、夢結ー。一応は褒めたんだし……」
「後で部屋に行くから。 い い わ ね ? 」
「はい」
梅ちゃんは白井さんの方を一切振り向かず、冷や汗をかきながら頷いた。
賢明な判断だったと思う。
何故なら、白井さんの眼力が恐ろしい事になっていたからだ。もともと美人なだけあって、怒るとめっちゃ怖い。というかルナトラ発動しかけてません?
正直、逃げたい。
「……よし、まずは梅の動きについて来い! 追いかけっこだ!」
「え、あ、ズルいぞっ!」
縮地を使い、一目散にその場を離れる梅ちゃんを、俺も急いで追いかける。
ズルいと言ったのはもちろん、勝手に追いかけっこを始めた事にであって、先んじて逃げ出した事に対してではない。
嘘じゃない。本当だ。
そしてもう、そんな事はどうでもいい。
何故ならば……。
(嘘だろ、全然追いつけない!)
インビジブルワンを全開で使っているにも関わらず、梅ちゃんとの距離が詰まらないのだ。
廃墟の屋根を跳び、ビルの壁面を伝い、電柱の頭を蹴り。なんでも足場にして追い縋るが、全く近づけない。
これが、レアスキルとサブスキルの差?
なんてデタラメな……!
「ほらほら、こっちだゾ〜」
「くっ……こんのぉ!」
「ん、おしい!」
地面へと降り、余裕綽々で手を振る梅ちゃん。
俺も同じように戻って、衝突確実な勢いで手を伸ばすも、ひょい、と避けられる。
が、それは承知の上。
アガートラームを地面に突き立て急制動。反転して飛び掛かるが──
「あらよっと」
軽々と身を翻される。
その後も同じ展開が続き、五分。
「遅い遅〜い」
十分。
「残念賞〜」
とうとう十五分が経過し、精根尽き果てた俺は、大の字になって太陽を仰ぎ見る。
雲一つない空が、憎らしかった。
「はぁ……はぁ……これ、どうやったって……無理……なんじゃ……」
「うーん。動きは悪くないんだけど、スキルは全然使えてないなー。振り回されてる感じだ」
「返す、言葉も……ございません……」
梅ちゃんは側で膝を抱え、俺の頭をツンツン指で突っついている。
ちなみに、彼女はスカートの下にスパッツを履いているため、見えない。
が、あえて言おう。スパッツも大好物であると! ハハハハハ油断したなぁ!
……現実逃避してても意味がない。どうにかして、対応策を練らないと。
『そんなおじ様に朗報ですよー! 今回の義肢は戦闘用なので、出力を上げると性能が格段にアップするんです。
義肢の最大出力とスキルを組み合わせれば、今までにない機動力を出せるはずです! どういたしましてー!』
「……あ、ありがとう?」
少し遠目に見える真島さんから、拡声機越しの声が聞こえてきた。
先に「どういたしまして」を言われてしまい、なんとなく腑に落ちないまま、お礼を言う。
すっかり慣れたつもりだったけど、やっぱり変わってるよ、この子。
取り敢えず立ち上がり、きちんと梅ちゃんと距離を取ってから、義肢を確かめた。
出力を上げる……。
単に流し込むマギの量を増やせば良いはずだが…………あまり変化は感じられない。
しかし、“あの”真島さんが言った事だ。信じるしかないだろう。
「それじゃ、続きといくか! いつでもいいゾ!」
「よぉし……吠え面かかせてやる……!」
改めてCHARMを握り直し、梅ちゃんと対峙する。
彼女が足に力を込めるのを見定めた俺は、合わせてマギを活性化。全力で駈け出す。
コンクリの壁が現れた。
「んなっ──ぶべっ!?」
訳も分からないまま、反射的に防御結界に集中。真島さん達の横を通り過ぎ、付近の廃ビルと激しいキスを交わした。
ドゴォンッ! という音が轟き、大量の粉塵が舞う。
きっと壁には、ちょうど俺の大きさの、人の形をした穴が開いてるはず。
痛い……。ただひたすらに、痛くて恥ずい……。
「お、おじ様っ? 大丈夫ですかっ」
「あっちゃー。これは、想定よりも出力が上がり過ぎちゃってるかも……。リミッターはあるはずなんだけどなぁー?」
「……っふ、く、ふふふふっ……や、やめて……笑わせないで……お腹痛い……くふうっ……」
「あっはは、おっちゃんは見てて飽きないなー!」
慌てふためく白井さん。
タブレットを確認する真島さん。
お腹を抱え身をよじる川添。
快活に笑う梅ちゃん。
壁の一部と化している俺には見えないが、そんな様がありありと想像できた。
よく確かめもせず、いきなり全力なんて出すもんじゃない。
新しく得た教訓を噛み締めながら、俺は自分自身に誓う。
(絶対、インビジブルワンを使いこなしてやる!)
全身に力とマギを込め、脆くなったコンクリート壁から脱出しつつ、アガートラームで粉砕する。
またしても轟音が響き、粉塵は先ほど以上に拡散した。
これで注意を集められたはず。
後は、その注意を逸らし、隙を作ればいい。
「おーい、大丈夫かー? 助けは要るかー、おっちゃーん?」
反応がないので心配したのだろう、梅ちゃんが声を掛けてくれる。
粉塵の中、その聞こえてくる方向へ、強化した右腕に持ったコンクリの塊を──山なりにブン投げた。
「おおっ? そう来たかっ!」
驚く声。
彼女の行動は恐らく、縮地で回避か、CHARMで防ぐかの二択。
これまでの動きを考えると、回避優先だと思われる。
その可能性に賭けた俺は、更に陽動するため、訓練弾で投げたコンクリ塊を撃ち抜く。
当然、それは粉微塵に粉砕され、間違いなく梅ちゃんの視界を奪う。
このタイミングで突っ込めば──
「でも」
──不敵な囁き声が、耳に届く。
嫌な予感を振り切るよう、声のする場所へ手を伸ばすも……空振った。
粉塵が風で流される。
梅ちゃんは、俺の動きを完全に見切ったかの如く、ほんの数歩ズレた位置に立っていた。
嘘だろ、これでもダメか!?
「あははっ。そう簡単には捕まってはやれないゾ!」
「く……っ、逃がすかっ!」
跳躍し、遠ざかっていく屈託のない笑顔は、まるで子供が遊んでいるみたいだった。
悔しいけど、まだ策を一つ破られただけ。
気合いを入れ直し、俺はまた、梅ちゃんの背中を追いかけ始める。
まだまだ、これからだ!
梅とおじ様の戦闘訓練が始まって、約数十分。
遊び半分だったように見えたそれも、今や固唾を飲んで見守る他ない、白熱したものになっていた。
「凄い……。段々と、梅の動きに適応してる……」
切り結ばれる、梅の第一世代CHARMと、おじ様のアガートラーム。
その度に激しく火花が散り、刃が甲高く鳴り響いている。
最初こそ、素早い動きに翻弄され続けていたおじ様だったけれど、梅を捉える事すら出来なかった攻撃が、ここに来て冴えわたっているような……。
事実、さっきまで余裕を持って回避していた梅も、おじ様の攻撃を受け流しては、わずかに体勢を崩したりしていた。よほど斬撃が重いのだと思う。
私だったら、受け止めきれる? どうかしら、受けてみないと判断できない。
しかし。
「くっそぉ、芯がずらされるっ」
「あははっ。ヒュージの攻撃はもっと重いからな! こっちからも行くゾー!」
「ぅひぃ!?」
防戦一方という訳ではなく、もちろん梅の攻撃も繰り出され、おじ様はそれを、やっとの思いで捌いている。
小柄ではあるけれど、スピードの乗った梅の攻撃。厄介なのは、私も身を以て知っていた。
「まだ梅くんに余裕があるね。才能の差は歴然だけれど、それでも食らいついていけるのは、曲がりなりにも歴戦のマギウス、といった所かな」
「はい。おじ様が聞いたら喜びますよ」
「おっと。なら秘密にしてくれるかい、夢結。調子に乗ったらまずい」
私の隣で観戦しているお姉様が、組んでいた腕を解いて、人差し指を口に立てた。
……どうしてお姉様は、おじ様への言葉を隠すのか。
命の恩人である事実は変わらないし、こうして努力を重ねる姿を見ていると、私も尊敬の念を抱いているのを自覚する。
お姉様だってそれは同じはずだし、だからこそ……。病院での、あんな表情を見せたりも、しているのだから。
あ、私は異性としてではなく、あくまで人間として尊敬しているだけです。流石に歳が離れ過ぎなので。
よく考えてみたら、お姉様の男性の好みって、どんな感じだろう?
私はお姉様を大切に想っているし、お姉様も……同じだと願いたいけれど、別に同性愛者という訳ではない。
いずれは誰かと結ばれ、子供を産む。
そうなった時、お姉様の隣に立つのは……どんな……。
と、思わず考え込もうとした瞬間、一帯に大きな鐘の音が響き渡った。
「この音は!?」
「ヒュージか、間の悪い……」
「おじ様、まいまい、訓練中止ー! 引き上げますよー!」
黙々とデータを集めていた百由さんが、拡声機でおじ様達を呼び戻す。
この鐘の音は、ヒュージが出現した事を知らせる合図。速やかなリリィの出撃を促すための物でもあった。
泡を食った様子の二人も、すぐ私達の側へ戻って来る。
「白井さん、この鐘って!」
「はい。ヒュージです。当番のリリィが出撃するはずですが……」
「念には念を重ねないとね。夢結、僕達も支援に回ろう」
「もちろんです、お姉様」
「梅も行くゾ!」
戦場ではどんな不測の事態が発生するか分からないし、対応する人員は多い方がいい。
念のため、CHARMを持って来ておいて良かった。
梅も第一世代CHARMを返し、本来の自分のCHARMが入ったコンテナを開けようと……した瞬間、百合ヶ丘女学院の方から、空を切り裂く白い軌跡が、幾条も放たれた。
(えっ、もう前段攻撃がっ?)
防衛軍が運用する兵器群……いわゆる誘導兵器、ミサイル。
普通はリリィによる防御陣が構築され、万が一にも味方に被害が及ばないよう、注意して行われるはずなのに。
何かがおかしい。
誰一人、言葉を発しないまま、マギを活性化。近くの廃ビルの屋上へ跳び、状況を確認する。
見えたのは、炸裂するミサイルの数々。
普段より数が多いのか、非常に広範囲に爆煙が広がっていた。
そして、その分厚い煙を当然のように抜けてくる、影。
……ヒュージ。ヒュージの、群れ。
海に浮かぶ、何本もの柱を背負った亀のような形をしたラージ級が、四……違う、五体も。
通常兵器では、ラージ級のヒュージは傷付けられない。可能なのは、ほんの少し足を遅らせるだけ。
でも、そうせざるを得なかったから、防衛軍も前段攻撃を早めたのだと、これで分かった。
私と同じ危機感を抱いたらしいお姉様も、眉を寄せている。
「ラージ級の群れ、か。本格的に不味いかも知れない」
「急ぎましょう。百由さんは、おじ様の事をお願いね」
「りょーかい。自分のCHARMも持って来てないし、大人しく下がるわ。行きましょ、おじ様。……おじ様?」
既に撤収の準備を終えていた百由さんが、大きな機材を背におじ様へ呼びかけるけれど、返事はない。
おじ様は、ヒュージの来る方角を見つめていた。
血の気の引いた、真っ青な顔で。
「あ、脚が、動かない……っ。右腕も、震え、が……。なんで、急に……っ」
おじ様の右腕──鈍色の義手が、目に見えて震えている。
保持したCHARMと擦れて、カチャカチャと金属音も。
同じように、義足も動作不良を起こしているのか、踏み出すことすら危うい様子。
どうして、こんな急に……。
まさか、本物のヒュージを目撃したせいで……?
「どうやら、見誤っていたみたいだね」
「お姉様?」
「彼の、心の傷の深さを、さ」
「……あ」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる、お姉様。
考えてみれば、当たり前の話だと思った。
おじ様は甲州撤退戦でギガント級ヒュージと戦い、その中で手足と、命まで失いかけた。
傷が浅いわけはない。
本当なら、立ち直れなくてもおかしくないのに。
何故、こんな単純な事に、思い至れなかったのだろう。
何故、私はおじ様が立ち直ったものだと、思い込んでいたのだろう。
自分自身の愚かさを突きつけられ、私は愕然とさせられる。
その間にも百由さんは動き続け、手早くタブレット端末と義肢をコードで繋ぎ、調整に入った。
「おそらく、義肢との精神リンクが深過ぎて、不必要な情報を拾ってるんだと思います。
今からリンクを弱めます。出力は下がりますけど、普通に動けるようになるはずですから」
「真島さん……お、俺は……」
強い焦燥感に苛まれて見えるおじ様。
縋るような眼差しが、こちらへ向けられていて。
しかし、お姉様はおじ様に対し、くるりと背を向けてしまう。
「早く行くんだ。今の“貴方”では、足手まといにしかならない」
「──っ!」
その瞬間、おじ様の顔から表情が抜け落ちた。
見ている方の背筋を凍らせるほど、暗く、深い……絶望?
傷付けた。間違いなく、おじ様の心を抉る言葉だった。
「お姉様っ、そんな言い方をせずとも──」
「いいんだ白井さん。……いいんだ」
思わず、お姉様に意見しようとする私を止めたのは、他ならぬ、おじ様自身。
顔は伏せられ、どんな表情をしているのか、分からなかった。
けれど、次に見えたのは、諦めの混じる苦笑い。
「気をつけて。無事に帰って来てくれよ」
「は、はい。もちろんです」
「…………」
「川添、返事は?」
「……分かっているとも」
「なら良し。梅さんも、怪我をしないように。今度、ジュースでも奢ろう」
「う、うん。頑張ってくるゾ!」
背を向けたままのお姉様にも声をかけ、最後に梅を激励したおじ様は、百由さんと共にこの場を去る。
小さくなっていく影を、私は無言で見つめる事しか出来なかった。
ところが、不意にコンクリートを砕くような破砕音が聞こえ、驚きながら振り向く。
お姉様がCHARMを──先行量産型ブリューナクを、力任せに突き立てていた。
「いつも笑っているから、笑ってくれているから、つい忘れそうになるよ。彼がああなったのは、僕のせいなのに。……酷い女だね、我ながら虫唾が走る……!」
苦味走った、獰猛な笑み。
ブリューナグを握る手には、震えるほどの力が込められていると分かる。
まただ。また、初めて見る表情。
仲間を傷付けたヒュージに激怒する事はあっても、こんな……憎悪にも似た感情を露わにするなんて。
どう声を掛けるべきなのか。そもそも、声を掛けても良いのかどうか。
私が迷っている間に、お姉様はブリューナクを抜き放つ。
「行こう」
そう言い残し、跳躍。戦場へと向かう、お姉様。
知らず、遠ざかる背中に手を伸ばして…………何も掴めずに、下ろしてしまう。
遠い。
誰よりも近くに居たはずなのに、今は。
この気持ちは何? 以前にも感じた、寂しさとも、悲しさとも違う……。暗くて重い、この気持ちは。
「なぁ、夢結。美鈴様は、大丈夫なのか?」
「……どういう意味かしら」
「ん〜……なんていうか……。みんな、素直じゃないなーと思って」
「ますます意味が分からないのだけど……?」
動けないでいた私に、いつも笑顔な梅が、珍しく心配そうな顔を見せる。
お姉様が、素直じゃない?
ううん、違う。みんなと言うことは、私も含めて……?
何を言いたいのか、考え込もうとする私の肩を、梅は力強く叩く。
「きっと、梅の言葉じゃ届かない。だから夢結がしっかりしなきゃ駄目だゾ!」
「え、ええ。よく分からないけれど、分かったわ……」
「よし、じゃあ急ごう! さっさと終わらせて、おっちゃんを安心させてやらないとなっ」
「……そうね!」
いつも通りの、温かい言葉に背を押され、私は前へと足を踏み出す。
本当に、梅には助けられてばかり。甲州撤退戦の時から数えたら、いくつの借りがあるのか分からない。
今は、私やお姉様の事を考えている時じゃない。
ヒュージを……おじ様を含む、多くの人を傷付けるヒュージを撃退する事に、集中しなければ。
私は決意を新たに、ダインスレイフを構えて跳躍する。
前線で待っているだろう、お姉様の隣に立つために。
ああ、そうそう。借りがあると言っても、私の胸のサイズを出汁に使った件は忘れないわよ、梅。
しっかり話し合いましょうね……?
「……っ、な、なんか背筋に悪寒が走ったゾ……」
「気のせいよ。多分」
訓練で使っていた測定機器と、コンテナに格納したアガートラームを背負いながら、俺は無言で、転ばないよう、注意しつつ歩いている。
先導してくれる真島さんも、重たい荷物を背負っているからか、会話する余裕はなさそうだった。
おかげで、思う存分、自分に幻滅できた。
(情けない)
一言で言うなら、これに尽きる。
いつからか、自分が強くなったと錯覚していた。
スキラー数値が上がり、マギ保有量も増え、失った手足をも補えた。
だから、ヒュージを前にしても戦えると、思い込んでいたのだ。
結果として、俺は逃げ出すことしか出来なかった。
きっと、甲州撤退戦の時みたいな自己犠牲も、無理だ。
ヒュージが俺の体と、精神に刻みつけた傷が、それを許してくれない。
なんて、情けない。
幻滅……いや、失望だろうか。どちらも等しく、今の感情を表すに最適な言葉だった。
そんな時、ふと頭上を影がよぎった。
反射的に目で追うと、見覚えのあるポニーテール少女が、白井さんと同じ型のCHARM──黒いダインスレイフを持ち、俺達を追い越すように降り立っていた。
安藤鶴紗。
こちらに気づいたのか、ペコリと頭を下げている。
「君は……どうしてここに……?」
「当番、だから。一応。やばいみたいだし」
当番……。ヒュージ出現時の出撃当番、という意味だろう。
が、彼女以外にリリィの姿が見えない。
そのまま立ち去ろうとする安藤さんを、俺は呼び止めていた。
「ちょっと待った。一人なのか? 当番ったって、単独行動は……」
「……いいんだよ、一人で。他のリリィなんて、邪魔なだけだから」
肩越しに振り向いたのは、冷たい目。
あの日、我が身を顧みずに子猫を助けた女の子と、同一人物とは思えない、無機質な瞳。
絶対の自信と、完璧な拒絶とを同居させる表情は、まるで氷の彫刻のようだった。
一体、どういう事だろう。
もしや、白井さんと同じくルナティックトランサー持ち? いや、ならば尚更、他のリリィとの協力が不可欠だ。
バーサーク状態は最悪、マギが枯渇するまで持続してしまう。もしヒュージの群れのド真ん中でそんな状態になったら、最悪の事態が待っている。
他のレアスキルにしたって、単独行動でしか活かせないスキルなんか──
「危ない!」
「え?」
唐突に、安藤さんが俺を突き飛ばした。
体当たりと変わらない勢いに、彼女共々、後ろへ倒れてしまう。
すると次の瞬間、安藤さんの背で地面が炸裂する。
吹き飛ばされる体。
衝撃と困惑。
思考の空白は、ほんの数秒だと思えたが、しかしその間に、炸裂した地面には巨大な柱がそびえ立っていた。
いや、のみならず、その柱は蜂の巣みたいなハニカム構造から、上半身だけの蜂のような、小型の異形を排出し始める。
……ヒュージ! スモール級の!?
「嘘でしょっ!? スモール級の巣を飛ばしてきたっていうの、あのラージ級!?」
荷物を投げ捨てた真島さんが、第一世代CHARMの刃止めを取っ払いながら、ヒュージの前へ躍り出る。動けない俺達を守る為だろう。
俺は、義肢の動きが鈍いせいで。
安藤さんは……俺を庇い、重傷を負ったせいで。
「ゔぁ……くっ……」
「おい、しっかりしろ! ああクソッ、こんなに血が……!」
「っは、ぁ……だい、じょうぶ、だから……」
「大丈夫なわけっ……?」
抱きとめる背中は、おびただしい量の血で濡れていた。
制服だって裂けているし、目に見えて大きな傷跡がある。問題大アリだ…………と、思っていたのに。
裂けた制服から覗く傷跡が、瞬く間に塞がっていく。
数秒と経たない内に、残っているのは流れ出た血だけとなった。
「これで、分かったでしょ……? 私は、一人で大丈夫なんだ。一人の方が、都合がいいんだ。……邪魔だから、さっさと逃げて」
腕の中から逃げ出すように、血塗れの背中を見せながら、安藤さんが立ち上がる。
ダインスレイフを構え、真島さんをも押し退けて、前へ進む。
誰もが予想だにしなかった戦いが、否応なく、始まってしまう……。
ここから裏設定という名の言い訳。
アガートラームに施された改造は、舞台版などでいう所のカービン化ですが、ルドビコからの製作依頼よりも早い段階で行われています。
百由様はこの時期から、変形機構をオミットしたCHARMという構想を持っていて、丁度いいのでそれを実験しているんです。
つまり、この作品ではアガートラームが、最初のカービン化CHARM試作機、実証機体となります。
また、鶴紗ちゃんのCHARMである先行量産型ティルフィングは、この時点ではまだ開発途中だろうと推測し、使用CHARMをドール版1.0のダインスレイフの色違いにしてあります。
まいまいのタンキエムも、いつロールアウトしたのかが分からないので、あえて描写せずボカしています。お父さんがCHARMメーカーの支社長らしいですし、持っててもおかしくないですかね?
最後に、夏服設定は捏造です。調べても出てこぬのです。
もし公式の設定画像とかをご存知の方が居たら、教えて頂けると助かります。
ラスバレで夏イベとか水着イベとかが来て、そういうので設定が出たら修正するかも……。