アサルトリリィPARABELLUM   作:苗陽さんガチ恋勢

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信じる心


09 ハナショウブ ──Japanese Water Iris── 語られぬ戦い、その二

 

 

 

「──はああああっ!!」

 

 

 羽虫のようなスモール級に向けて、美鈴がブリューナクを振り抜く。

 薙ぎ払う軌道は、一振りで数体を撃退せしめるが、空いた空間に新たなスモール級が雪崩れ込む。

 

 

「全く、数で押してくるだけなんて、芸のないラージ級だ。自分では攻撃すらしないとは、とんだ怠け者だね」

「ですが、お姉様。この数は流石に厄介です。常に囲まれているようなものですから、背中に気をつけないと」

 

 

 背中合わせに戦う夢結も、ダインスレイフでスモール級を切り続けているのだが、一向に数は減らない。

 それというのも、ラージ級の背にある柱から、スモールが湧き出ているからだ。

 自分よりサイズの小さいヒュージを生み出す、大型のヒュージ。珍しい相手ではないけれど、戦い辛い事は確か。

 

 

「僕の背中は夢結が守ってくれる。そして、夢結の背中は僕が守る。だろう?」

「……はい!」

 

 

 それでも、美鈴と夢結の闘志はくじけない。

 周囲で戦っている無数のリリィ達も同様に、互いを背中を守りつつ、発生源であるラージ級の背の柱──以降、ピラーと呼称──を破壊しようと、皆、奮起している。

 後方の部隊が防衛軍に連絡しているため、迫撃砲による火力支援が行われるのも近いだろう。

 タイミングを合わせ、通常火器でも倒せるスモール級を一掃したら、残るはラージ級だけ。

 しかし……。

 

 

(……でも。この嫌な感覚は、なんだろう。まるで……)

 

 

 美鈴の心からは、どうしても嫌な予感が消えなかった。

 上手く行っている。

 突発的なラージ級の襲撃に対し、出撃したリリィも危なげなく対応できている。

 だからこそ、引っかかる。

 あれだけ特異な形状をしているラージ級が、ただスモール級を生み出すだけしかしない?

 何か、隠し玉を持っていたりするのでは──そう、美鈴が考えた時だった。

 

 

「お姉様! ヒュージに動きが!」

 

 

 唐突に、夢結がラージ級の方角を示す。

 ゆっくりと進行を続けていたそれ等が、歩みを止めた。

 背中から生えたピラーのうち、何本かが大きく震えだし、ルーンを纏う。

 そして、電柱を何本もまとめたような大質量が、射出された。

 無数のスモール級を生み出すピラーが、複数。

 

 

「後衛のリリィ! “アレ”を全力で撃ち落とせぇぇえええっ!!」

 

 

 考える暇もなく、美鈴は自分の“力”を全力で使った。

 その途端、戦場の後方で支援射撃をしていたリリィ達が、上空を飛ぶピラーに向けて、全力での射撃を敢行する。

 先程までの支援射撃と比べて、非常に大きな火力が出ている。ミドル級程度なら一撃で屠れそうな手応えに、撃った当人達も、驚いているような表情を見せていた。

 

 幾条もの光弾が突き刺さり、中に居たであろうスモール級共々、射出されたピラーを粉微塵にする。

 みるみる内に、空を行くピラーは数を減らし、後方部隊の更に後ろへ墜落していった。

 予想だにしないヒュージの行動だったが、上手く凌げた。夢結はホッと胸を撫で下ろす。

 

 

「なんとかなりましたね……」

「……いや、ダメだ! 一つ撃ち漏らした!」

 

 

 ところが、美鈴の指し示す方向に、包囲網を抜けて突き進むピラーが、たった一つだけ存在した。

 諦めきれない後衛のリリィが射撃を続けるけれど、距離減衰によって威力は低下し、破壊するには至らない。

 しかも……。

 

 

「あの方向は、もしかして、おじ様と百由さんが逃げた方向じゃ……!?」

 

 

 ピラーの向かう先には、先んじて戦場を離れたはずの、“彼”と百由が居るかも知れなかった。

 余程の事がなければ一直線に学院へ向かうはずなので、可能性は高い。

 

 ラージ級の進みは遅く、実質的な敵戦力はスモール級のみ。

 前線を他のリリィに任せ、救援に向かおうかと夢結は考えた。が、まさにその瞬間、撃墜したはずのピラーから、新たなスモール級が湧き出る。

 このままでは、挟み撃ちになる。後衛を務めていたリリィ達も白兵戦をせねばならず、支援射撃を行えない。

 とても、百由達の救援には向かえない。

 

 

「くそっ、この場に釘付けにするつもりかっ!」

「これではまるで、遅滞戦術……ヒュージがっ?」

 

 

 毒づく美鈴と、戦慄する夢結。

 最悪の事態が、二人の頭を過ぎった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 周囲をスモール級に取り囲まれながら、俺はみっともなく喚き散らしていた。

 

 

「くそ、くそ、くそ! 動けっ、動けよっ、動けぇ!」

 

 

 震えてCHARMの柄も握れない右手。動きの鈍い両脚。

 逃げる事すら出来ない有り様が、どうしようもなく歯痒くて、自然と大声になってしまう。

 

 

「おじ様、焦らないで! くっ、その義肢は精神に強い影響を受けるんです! よっ、落ち着いて、“自分の体”を信じて下さい! せやっ」

 

 

 紙一重でスモール級の攻撃を避けつつ、真島さんはCHARMを振るう。

 この義肢を作った張本人だ。その言う事に間違いなんてある筈もない。

 けれど、それが出来れば苦労はないのだ。

 

 

(信じろ? 自分を? 無理だ、そんなの)

 

 

 さっきからずっと、自分の意思を裏切って、全く動こうとしないこの手脚を、どうやって信じろというんだ。

 いや、真島さんの義肢に問題はない。

 問題なのは、俺自身の心。精神の弱さ。

 ヒュージへの無意識の恐怖が、義肢の動きを妨げている。なんて情けない。

 

 それに比べて、俺を守ろうと戦っている安藤さんの動きは、凄まじかった。

 まるで舞うように華麗で、無駄がなく、一切の被弾を許していない。

 

 

「なんなんだ、あの動き。まるで、どんな攻撃が来るのか分かってるみたいな……」

 

 

 スモール級の攻撃方法は、おそらく鋭い牙を使った突撃のみ。

 だからこそ読み易くはあるが、押し寄せる数が多過ぎる。飴玉にアリの群がるが如く、避ける隙間もない。

 それを彼女は、CHARMで切り開いた空間に体を滑り込ませたり、背後から襲い掛かるスモール級を見もせずに撃ち抜いたり、武芸の達人のような立ち回りで、数の暴力を跳ね除けていた。

 被弾していないのは真島さんも同様だが、なんというか、身のこなしの精彩さが違うというか……。

 

 

「ファンタズム……」

「え?」

「近い未来を予知し、周囲にテレパスする事ができる、希少スキルです。今、私も恩恵を受けてます。じゃなきゃ、もうとっくに……」

 

 

 俺の疑問に、肩で息をする真島さんが答える。

 聞いた事がある。スキラー数値が高いリリィでも滅多に発現せず、使いこなせば、文字通り戦場を支配できる、レアスキル中のレアスキル。

 中等部なのに出撃要請される訳だ。

 棚からぼた餅で強くなった、俺とは違う。

 と、劣等感に苛まれている所に、当の安藤さんが回避ついでに側へやって来る。

 

 

「おじさん、何者?」

「は? どういう意味……」

「さっきから見えるヒュージの動きがおかしい。明らかに、おじさんだけを狙ってるんだ」

「や、やっぱりそうなのっ? さっきからそうじゃないかなーって思ってたんだけど、外れてて欲しかった、わっ!」

 

 

 俺だけを、狙っている?

 

 言われて、よくよくスモール級の挙動を観察すれば、一目瞭然だ。

 確かに奴等は、俺を中心にして大きなドームを作っていた。

 獲物を逃さんとする、群れによる包囲網。

 

 

「分からない……。分からない! なんで俺が!?」

 

 

 自分でも、呼吸が浅く、早くなっている……酷く動揺しているのが分かる。

 ヒュージは人間を襲う。それが当たり前の行動だが、特定の個人を狙って攻撃するだなんて、特型ヒュージでもない限りは……。

 そんな俺を見て、安藤さんが呟く。

 

 

「まさか、ヒュージ誘引体質……」

「誘引、体質……?」

「極稀に居るんだ。G.E.H.E.N.A.の強化を受けた人間の中に、ヒュージを引き寄せてしまうヤツが」

 

 

 G.E.H.E.N.A.の強化。

 思いもよらない言葉だったが、思い当たる節はあった。甲州撤退戦だ。

 

 俺がギガント級と戦い、救助されるまでの、空白の数分間。

 もしもあの数分間に、俺を実験体にしようとしたG.E.H.E.N.A.の連中が、現場に現れていたら。

 もしもあの連中が、ほんの数分間で施せる“何か”を発明していたら。

 

 荒唐無稽かも知れないが、絶対に無いと、誰が言える?

 

 

(この襲撃は、俺のせい、なのか。信じられない。……信じたくない)

 

 

 喉の渇きを覚えた。

 周囲では二人とも戦い続けているのに、異様なまでの喉の渇きに気を取られてしまう。

 が、頬に生暖かい飛沫が飛び、鉄錆の臭いで正気へと戻された。

 安藤さんが、また俺を庇ったのだ。

 

 

「う、ぐ……っ!」

「お、おい! なんで庇う!?」

 

 

 今度は腕に裂傷が生じ、しかし瞬く間に消えていく。

 ダインスレイフを一振り。安藤さんは、俺の周囲からスモール級を一掃する。

 

 

「私の言ったことが、事実とは限らない。それに、人を守るのが、リリィの仕事でしょ……。だからおじさんは、動けないなら大人しくしてて」

「でも!」

「私なら、大丈夫だから」

 

 

 ほんの一瞬、こちらを振り向いた彼女が見せたのは、罪悪感を抱えているような、痛みを堪えているかのような、切実さが滲む表情。

 返事も待たず、小さな背中はそのまま走り出す。

 

 左手で、頬を拭う。

 真っ赤な鮮血が、こびり付く。

 

 

(俺は、また、戦えないのか。また、守られるだけなのか)

 

 

 何故だろう。周囲の動きが緩慢になったように感じ、脳裏には過去の記憶が蘇る。

 防衛軍に居た頃の記憶だ。

 名も知らぬリリィ達の背中を、見送る日々。

 誰かを守り、助けるために戦うはずが、逆に、自分より小さな背中に守られ、助けられる日々。

 自分の無力さを嘆き、けれど、何も出来なかった日々。

 

 

(──ふざけるな)

 

 

 無意識に、奥歯を噛み締めていた。

 どうしようもない怒りが、腹の底から湧き上がってくる。

 他の誰でもない、自分自身への激しい怒りが。

 

 

(言い訳なんて沢山だ! もうそんな自分に戻るのは嫌だ!)

 

 

 弱いんだから仕方ないと、言い訳して、諦めて。

 そんな自分が本当は嫌で、だけどあの夜、川添達を助けられた事で、俺は逆に救われたのだ。

 自分でも誰かを助けられた。守る事ができた。ようやく俺も、彼女達と──リリィ達と肩を並べられる、誰かを救える人間に、なれた気がしたから。

 

 もう、あの頃に戻るのは、嫌だ。

 自分を呪うような日々に戻るのは、絶対に、嫌だ。

 

 今ここで戦えない俺なんか──もう俺じゃない!

 

 

(ようは動ければいいんだ。移動さえ出来れば、CHARMは片腕でも無理やり振れる)

 

 

 煮え滾る怒りと裏腹に、思考は冷静に、研ぎ澄まされていく。

 まだ義肢の動きは鈍いし、全く正確とは言えない。激情で恐怖を塗つぶせても、それだけ。

 ただ我武者羅に戦うのでは、みんなを悲しませる結果に終わるだろう。

 きっかけが必要だ。

 現状を打破するには、今までにない要素が。

 

 そんな時、ふと別の事を思い出した。

 戦闘訓練前に真島さんから聞かされた、新型アガートラームの注意点についての話を。

 

 

『変形機構をオミットしたのは良いんですけど、実はまだ調整が甘くて、うっかり操作を間違えちゃったりしたら、切りながら射撃しちゃうような場合もあるので、注意して下さいね?』

 

 

 切りながら射つ。

 射ちながら切る。

 

 そんな事になったら、反動でCHARMの軌道がずれ、当たるかどうかも怪しくなる。

 だが、その反動を利用できたなら? 反動で無理やり移動できたら。

 インビジブルワンを使えば…………駄目だ、足りない。もっと、もっと身軽に、それこそ羽のように軽くなければ。

 なら、どうやって実現する。

 サブスキルをレアスキル並みにするには、何が必要だ?

 

 

(……なんだ、簡単じゃないか)

 

 

 答えは、俺の手の中にある。そう、最初から握っていた。

 アガートラームの、スキルプロトコル。

 これをインビジブルワンと同時に使ったら、一体どうなる?

 

 相乗効果が生まれるか、逆に反発するか。不思議と、失敗するイメージが湧かない。

 アガートラームのおかげで、俺は過去の戦いを生き残ってきた。

 必ず上手くいくという、確信めいた直感があった。信頼と言ってもいい。

 

 未だ動きの鈍い世界では、しかし確実に時が動き続け、今も戦いの真っ最中。

 危なげなく立ち回る安藤さんと、疲れが見え始めている真島さん。

 不意に、安藤さんが微妙に立ち位置をずらした。

 頭上から襲い来るスモール級から、真島さんを守ろうとしているように見えた。

 防御する素振りは……ない。また、自分自身を盾にしようとしている。

 

 

(skill-protocol:invisible-one:charge)

 

 

 いつかと同じく、考えるより先にスキルプロトコルが発動する。

 が、これまでと違うのは、その音が不協和音ではなく、高く澄んだ音だったこと。

 左手で握ったアガートラームを肩に担ぎ、グリップに据えられたトリガーを引く。

 

 ──炸裂。

 

 

「伏せろぉおおっ!」

「──え?──」

 

 

 宙を舞う体をどうにか制御し、身を低くした安藤さんの頭上のスモール級を薙ぎ払う。

 無理やりに動いたせいか、着地は当然のように失敗し、彼女のすぐ側へと、不恰好に落ちる。

 俺を見るその眼には、多分な驚きが込められていた。

 

 

「な……なんで!? 大人しく──」

「あんな顔で!」

 

 

 アガートラームを支えに体を起こしながら、思わず、安藤さんの声を遮ってしまう。

 そんな事するつもり、なかったのに。

 

 

「あんな顔で、大丈夫だなんて、言うなよ。見ている方のが、痛かったくらいだ」

 

 

 激情に任せて口をついたのは、あの表情のこと。

 痛いのにそれを我慢して、身を挺して。大丈夫だと、自分自身を誤魔化す。

 そうさせたのは俺で、だからこそ、痛みを背負わせた事が苦しかった。

 

 あんな顔をさせたくない。

 

 今の俺を動かしている原動力は、この思いだ。

 だって、もっと彼女に似合う表情を、知っているから。

 

 

「な、何を言ってるの。だからって、動けないんじゃ……いや、どうやって今……なんで私、見えな……?」

「俺なら動ける。たとえ脚が動かなくても、俺には“コイツ”とスキルがある。君と真島さんでフォローしてくれ。ヒュージを掻き回す!」

「お、おじ様っ? 正気なの!?」

 

 

 困惑する安藤さんと、驚く真島さん。

 無理もないが、やらなければならない。

 先程から、スモール級の包囲網が狭まっているからだ。

 いくら未来を予知できても、このまま二人だけで戦線を維持しようとすれば、確実に詰む。

 その前に、動かなければならない!

 

 

「無茶言わないで! そんな自棄っぱちな事されたら、こっちが動けなくなるっ」

「だが、このままじゃジリ貧だ。俺はこの様だし、攻撃しか出来ない。

 だから、背中を預ける。一緒に戦ってくれ。

 頼りにしてるぞ、猫好き少女! そんでもって発明家少女!」

「ちょっと!? ……あああもうっ、世話の焼けるっ」

「なんかオマケ扱いされちゃってる気もするけど……やるっきゃないわね!」

 

 

 話している間にも、スモール級は迫って来る。

 二人の返事も待たず、俺はまたアガートラームを担ぎ、射撃移動を敢行した。

 

 

「ぅおらあっ! ──うぐっ」

 

 

 アガートラームを振り回し、地面に落ちる。

 殺到するスモール級を、射撃の反動で跳んで躱し、また空中で射撃。姿勢制御をしつつ落下攻撃。

 こんな行動を続ければ、あっという間に訓練弾も尽きるが……。

 

 

「おじ様っ、替えの弾倉!」

「ああ!」

 

 

 ちょうど一息つけるタイミングで、真島さんが駆け寄り、まだ右腕が本調子ではない俺に代わって、弾倉を替えてくれる。

 こんな連携が出来るのも、安藤さんのファンタズムのおかげだろう。

 どこで何が起きるのか、完璧に把握してしまえる。絶対的優位に立つ事を可能にする、まさにチートスキルだ。

 どうやら俺も恩恵にあやかっているらしく、スモール級の動きがなんとなく理解できる。

 その“流れ”は、やはり俺を中心にして動いていた。

 

 

(やっぱり、明らかに狙われてる)

 

 

 どうして、という気持ちはあるが、もう動揺なんてしない。

 俺を狙っているというのなら、俺自身を囮に出来るということ。

 スモール級の動きを俺が制御し、安藤さんと真島さんに仕留めてもらう。これが現状の最適解だと思われる。

 

 射撃移動しては切り、切っては射撃移動する。

 俺を追うスモール級を、二人が逆に追い立て、蹴散らす。

 弾倉の交換時には、安藤さんが獅子奮迅の活躍で凌ぐ。

 即席とは思えない滑らかな連携に、良い意味で震えが来る。

 

 

「今度は、私がコーヒー、奢ってもらうから」

「ああ、お安い御用だ」

「喫茶店の、高いやつだからね。普段は絶対に頼まないくらいの」

「……お、お安い御用だ!」

 

 

 少し前の、追い詰められたような空気感は、もうどこにも無い。

 軽口を叩き合い、互いの背中を守り合う。

 確かな信頼関係が、そこにあった。

 

 

「んもうっ、キリがないわっ! 発生源を潰さないと、先にこっちが潰される、ってぇの!」

「でも、私達に“アレ”を破壊できるような攻撃力、無いですよ。先輩」

「それが問題なのよねぇ~っと! くぅぅ、実験中のあれやこれやを持って来れば良かったわ!」

「なんでだろうな? 今、真島さんがその“あれやこれや”を持って来てなくて良かった、って思った」

「奇遇だね、おじさん。私も」

「どういう意味っ!?」

 

 

 しかし、真島さんの懸念も、もっともだ。

 負ける気はしないけれど、状況を打破するにはあと一手足りない。

 爆発的な破壊力を生み出すスキル……。

 ルナティックトランサーに並ぶ花形レアスキルである、フェイズトランセンデンスの使い手でも居れば、話は簡単なのだが、無い物ねだりをしても──

 

 

「……ん?」

 

 

 ゾクリ。

 と背筋に悪寒が走った。

 何か、とてつもない“気配”が、近づいて来ているような。

 漠然とした不安を振り払いたくて、俺はファンタズムを持つ安藤さんの様子を確かめるのだが、彼女もまた青い顔をしており……。

 

 

「──やばい! 二人とも伏せてっ!」

「うおっ」

「きゃあ!」

 

 

 安藤さんは、俺と真島さんを押し倒すように覆いかぶさり、地面に伏せさせる。

 もちろん、スモール級は無防備な俺達に襲い掛かろうとするが、それは叶わなかった。

 何故ならば。

 

 

「────やぁぁあああぁあぁぁああっ!!」

 

 

 空から、白い隕石が降って来たからだ。

 マギの光の尾を引くそれは、スモール級を吐き出し続けていた柱に衝突。

 凄まじい衝撃波と土煙を撒き散らす。

 

 息が出来ない。

 体の表面が、飛んでくる砂粒で削られるようだった。

 

 

「……ごほっ、ごほっ! す、砂が口に……っ」

「んもう……なんなのぉ……?」

「す、スモール級が……全部、吹き飛んでるぞ……」

 

 

 数十秒が経ち、ようやく衝撃の余波が収まった頃、俺達はやっと起き上がる。

 周囲を見回しても、スモール級の姿は見えない。

 はたと気付き、発生源である柱の方を確認すると、その形は大きく変わっていた。

 四分の一ほどの根元だけを残し、完全に、破壊されていた。

 そして、残骸の上に立つ、両刃の斧のようなCHARMを構える人影。

 

 

(お)

 

 

 風が吹き、人影の着る服……百合ヶ丘女学院、中等部の制服のスカートが、大きくはためく。

 しかし、もう少しで見える──という所で、安藤さんと真島さんに半分ずつ目隠しされてしまった。

 大急ぎで取り払いたいけど、けれど、けれども、俺は断腸の思いでジッと我慢する。

 そうこうしている内に、ザッ、と砂利を踏む音が聞こえ、人影が残骸から降り立ったのが分かった。

 

 

「大丈夫ですかぁ? なんだか大変そうだったから手を出しちゃいましたけど、お邪魔だったかしらぁ?」

 

 

 どこか、高飛車な雰囲気を漂わせる声。

 そこでようやく目隠しが外され、声の主の姿が確認できた。

 

 太陽の光を反射して、艶めく長い髪。

 猫耳のようにも見える髪飾りと、自信たっぷりな微笑み。

 小柄でありながら、メリハリのついたボディラインを、挑発的に見せつけている。

 

 ………………誰?

 

 

「誰だ、アンタ」

「あら。不躾ねぇ、命の恩人に対して」

「おかげさまで、こっちは土塗れなんだけど」

「その程度で済んで良かったじゃないの。あ、もしかして、お風呂で洗って欲しいっていうアピールぅ? だったら隅々まで洗ってあげるわよぉ?」

「…………っ、ち、近寄るな」

 

 

 俺と同じ疑問を口にした安藤さんに対し、なんとも……こんな表現していいのか分からないが、いやらしい顔付きと手付きで応じる少女。

 間違いない。彼女は“そっち系”の人だ。

 こんなにあからさまなのは、初めて見た。安藤さんがドン引きするのも、無理からぬ事だろう。

 ……しっかし、なんだろう。どっかで見た事があるような……? 思い出せない……。

 

 

「とにかく、おかげで助かったわ。貴方も中等部の子よね? 私は真島百由。お礼に、後でCHARMをいじってあげる! もう徹底的に!」

「あら、それはどうも。ご挨拶が遅れました。私、遠藤亜羅椰と申します。どうぞお見知りおきを」

 

 

 優雅に一礼する姿は、とても様になっていた。華がある。

 これだけ存在感があるなら、一目見ただけで覚えそうなものだが……。

 頭がモヤモヤする……。なんだか、気持ち悪い……。

 

 

「ところで……そちらの方は大丈夫ですか? 随分と顔色が悪いようですけど」

「……え?」

 

 

 華やかな少女──遠藤さんに言われ、ようやく自分でも気がつく。

 かつてない程の疲労感が、全身を覆っていた。

 アガートラームが重くて、仕方ない。

 

 

(あれ? なんだ、急に……めまい、が……)

 

 

 そうこうしている内に、足元まで覚束なくなってくる。

 立っている事すら辛く、アガートラームを取り落とし、膝から崩れるようにして突っ伏してしまった。

 顔を地面に打ち付けたのに、痛いのかどうかも、分からない。

 ……ねむい……。

 

 

「おじさん、おじさん! しっかり! 一体何が!?」

「この反応……マズい、マギが完全枯渇してるんだわ! この方、フェイズトランセンデンス持ちだったりします?」

「そんなはずないわ! おじ様のスキルは──」

 

 

 女の子達の慌てる声が、どんどん遠ざかって行く。

 肩を揺すられる感覚を覚えながら、しかし強烈な睡魔に勝てず、意識が沈み始める。

 深く。深く。深く……。

 

 

 




 読み易さを考慮し、二話同時更新しています。
 引き続きお楽しみ下さい。
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