冒険者ギルド職員だって時として冒険する事もあるんだよ   作:若年寄

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第肆章 お見合い当日を迎えて

 さて、いよいよクアルソ嬢のお見合い当日となった。

 僕はギルド長から密命を受けてビェードニクル伯爵領へと赴いていた。

 正直、この問題は冒険者ギルドが関与すべきものではないと思わなくもないけど、このまま捨て置いて聖帝陛下の思惑通りに事が進んでは面白くないのもまた事実だった。

 伯爵邸の門を護る騎士に、懇意にしている貴族に頼んで書いて貰った紹介状を手渡し伯爵との面会を求め、待つことしばし……

 

「いやぁ、クーア殿、よう来られたな。ささ、遠慮のう上がるが良い」

 

 まさかビェードニクル伯爵御自らに出迎えられるとは予想だにしていなかったものだから若干腰が引けてしまったとしても仕方が無いよね。

 にこやかに僕を迎えてくれた初老の男性は若い頃から騎士として鍛えられていたということもあって矍鑠としており、顔に刻まれた皺が無ければ彼の年齢は推し量れなかっただろう。

 台所が火の車だという噂だけど、目の前にいる老人の肌は血色が良く、着ている服も素材は一級品であると一目で知れた。想像していたより生活は苦しくないのかも知れない。

 更に云えば、領内は豊かで平和そのものだ。

 伯爵のお屋敷に来るまでざっと見てきたけど、まず道がきちんと整備されていて伯爵領に入った途端に馬車の揺れが小さくなったのには素直に驚いた。

 災害の備えも万全であり、川に沿って建造された大堤防は多少の嵐ではビクともしないだろうと素人目にもよく分かる。また堤防に沿って多くの桜が植えられており、春には花見で大いに賑わうのだそうだ。

 

「これがビェードニクル領名物の大堤防、名付けてポブレ大堤防でさ。土地(ところ)のモンは親しみを込めて親父堤(おやじつつみ)と呼んでまさぁ」

 

 大堤防を自慢げに紹介する馬車の馭者の表情を見れば、領民が心底ビェードニクル伯爵を慕っているのだと察することができた。

 他にも聖都スチューデリアの中にあって領民の識字率が高い事でも有名だそうで、理由を問えば、簡単な読み書きや算術を教える施設が無料で開放されているらしい。

 勿論、高度な専門知識を教える高等学校、大学は安くない授業料を取るが、農夫や職人の子からすれば生活に必要な読み書きを只で教えてくれるだけで十分ありがたいそうな。

 つまり、この土地に住む者は皆不自由ない幸福な生活を送っているのだと云えよう。

 

「生憎、今日は娘の見合いがあってな。あまり時間を取れぬが容赦してくれ」

 

 僕の前を歩く伯爵からは一分の隙も見出せない。

 冒険者ギルドの幹部として、数多くの冒険者、武芸者を見てきたけど、その誰もが目の前の老人には勝てないだろうなぁという予感があった。

 いや、下手をすればスチューデリア正規軍の精鋭さえも後れを取るかも知れない。

 

「しかし、流石は冒険者ギルドの副ギルド長よ。一見すれば華奢な魔法遣いのようだが、儂の剣ではそなたを討つことは敵うまい」

 

買い被りすぎです、と返そうとするよりも伯爵の唇の方が早かった。

 

「流石は宮廷で最高の治療術師にして、陛下の御正室、即ち聖后陛下の相談役を務められただけはある」

 

 この人は僕の素性を知っているのか?

 いやいや、聖都六華仙の一人に選ばれるだけの傑物だ。それくらいの情報網を持っていても不思議ではないか。

 するとビェードニクル伯爵はニヤリと笑って手招きをした。

 

「大きな声では云えぬがな。沢山の目と耳が儂を退屈させてくれんのじゃよ」

 

 子供のような笑みを浮かべて耳打ちする伯爵に、僕は合点がいった。

 人足寄場を卒業した職人達の中には、冒険者ギルドだけではなく伯爵の為にも働く密偵が数多くいるのだろう。

 否、むしろ冒険者ギルドが伯爵の密偵を借りているようなものに違いない。

 

「しかしなぁ……」

 

 伯爵は一変、悔いるような表情となって溜息をついた。

 

「儂も浅慮をしたものじゃわい。クアルソには可哀想なことをした……儂があの娘を養女にせなんだらピアージュの毒牙にかからずに済んだやも知れぬ」

 

「養女ですか?」

 

 貴族相手に少々不躾な言葉だったけど、幸い伯爵に気を悪くした様子はなかった。

 

「ああ、儂と女房殿は子宝に恵まれなんだわ。妻が四十を過ぎて、とうとう子供を諦めた儂は親類から……いや、クーア殿はもう知っていよう。執事長ビトレールの娘、即ち本家から養女を貰い受けたのじゃよ」

 

 やはりギルド長の指摘通りビトレールは黒幕じゃなかったようだ。

 黙っていれば自分は次期当主、いや、今回は侯爵家の舅になる訳だから、態々危ない橋を渡ってお家乗っ取りを企む必要は無かったのだからね。

 

「……クーア殿、これは年寄りの独り言じゃ……」

 

「はい……」

 

「父親というのは子供の首根っこを押さえてでも云う事を聞かせたいらしい。しかも子供はそんな父親の言に服従し、泣き寝入りして当然だと思うておるようじゃ」

 

 この場合、子供は貴族を含めた民衆を指し、父親は……

 

「親父も年を取り過ぎると耄碌するようじゃな。娘を征服して脅せば、へへぇ、畏まって候、とひれ伏すに違いないと高を括っておる」

 

 伯爵は嗤っていた。

 そう、あの夜、ギルド長が見せた、怒りを内に秘める笑顔とそっくりだった。

 

「へっ、そんな手に乗ってやるものかよ。子供とて折檻が過ぎれば親に反目しようと云うものじゃ。ましてや理不尽な虐待に対しては、の」

 

 ああ、僕は悟ってしまった。

 ビェードニクル伯爵も聖帝陛下の企みを叩き潰すつもりに違いない。

 もし、これが自らの財産を守りたいが為であったなら、僕も勝手にしてくれ、と背を向けていただろう。

 しかし、伯爵はそんなものの為に怒っているのではない。国のトップに立つ人間のくだらない嫉妬や欲のせいで民衆が苦しむ結果になると分かっているからこその怒りなんだ。

 だから僕は頷いてしまったのだろう。

 

「クーア殿、我が知行地に住まう子らの為に一肌脱いでくださらんか? 冒険者ギルドは副ギルド長に仕事を依頼したい」

 

 心から領民を想う心優しい真の貴族からの依頼に対して……

 これが僕の、冒険者ギルドの一員として初めての冒険の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼下がり。僕は街道を走る馬車の中で揺られていた。

 伯爵が自ら捕まえたという鴨の料理を頂いた後、ボースハフト侯爵領へ向かう馬車に便乗させて貰ったのだ。

 しかし、お昼に食べた鴨のローストは美味しかったなぁ。

 伯爵が私財の殆どを人足寄場や孤児院に寄贈しているのは事実だったけど、豊かな自然のお陰で家族が食べる分だけは自給自足ができているんだってさ。

 ただ、貴族が田螺のソイペーストスープを美味しそうに飲んで、下手な貝を食べさせられるよりこっちの方が断然良いね、と宣う姿を見るにつけ、やっぱり変わり者なんだな、と実感した。

 

「あ、あの……貴方は確か冒険者ギルドの方でしたわね? 何故、貴方がこの馬車に?」

 

「ええ、これからボースハフト侯爵領に用事があると申したところ、ならば楽をさせてあげよう、と伯爵様からご厚意を受けましてね」

 

「父上……仮にも娘がお見合いへ赴く馬車に同乗させますか……」

 

 只でさえ顔色が優れないクアルソ嬢は、更に肩を落として項垂れてしまった。

 それを尻目に平然と小説を読む僕は相当ギルド長に毒されてきているんだろうね。

 けど、これも作戦の内。

 可哀想だけどクアルソ嬢の不安を拭ってあげる訳にはいかない。

 けどね、言葉にできないけど僕達は貴女の味方だよ。

 僕は、自らクアルソ嬢のお供を志願して同じ馬車に乗り込んでいるピアージュを視界の端で観察する。

 確かに目鼻立ちは端整だし、手入れが行き届いた銀髪に紅い瞳は神秘的で男に免疫がない女の子では容易く陥落してしまうだろうと察せられた。

 しかし、その顔に張り付いた笑みはいかにも軽薄そうであり、少々人間観察ができる人間ならば、まず好意より先に嫌悪感を覚える。そんな印象を受ける若者だった。

 ま、今まで手をつけておいて捨ててきた女性達の怨念がわんさか取り憑いているのが『視』えるから、そう遠くない未来に破滅が訪れるのは間違いないだろうね。

 例えば今日とかね。

 楽しみにしていなよ? 聖帝陛下の陰謀と一緒に君も叩き潰してあげるから。

 僕は馭者の、ボースハフト侯爵家の邸が見えてきた、という言葉を聞くまで何食わぬ顔で小説を堪能するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お目にかかれて光栄です。私がボースハフト家十五代目当主、エーアリッヒ=ボースハフトで御座います」

 

「わ、私も今日という日が訪れる事を一日千秋の想いでおりましたわ。クアルソ=ビェードニクルで御座います」

 

 いつ聞いても貴族同士の挨拶は回りくどいと思う。

 御機嫌麗しゅうの、お互いの家の功績を称え合うの、宮廷治療術師をやっていた頃、散々聞かされた言葉をまたこうして耳にするなんてね。

 ただ、お互い緊張しているのか、舞い上がっているのか、全く無関係の僕がこの挨拶の場にいることを誰も指摘しない事に込み上げてくる笑いを堪えるのに苦労した。

 

「貴女のお噂はかねがね。幼い頃から孤児院の子供達と共に勉学に励み、知恵のみならず領民を慈しむ心も育まれていたとか。その聡明さとお心の清らかさが元より麗しい(かんばせ)に更なる美を与えていると聞かされておりました。今日、貴女の姿を一目見て、噂が本当であったと……否、噂以上に美しいと思いました」

 

 本当に十一歳かと疑いたくなるような美辞麗句を並べるボースハフト侯爵だけど、表情を見ればその言葉が台本に書かれたものではなく、本人が感じたままの言葉であることが分かる。

 身長こそクアルソ嬢の胸よりも低いけど、まだ幼さを残しつつも精悍な顔立ちと堂々とした立ち振る舞いは既に一国一城の主たる覚悟があるように窺えた。

 大海原を連想させる紺碧の髪に象徴されるように懐が広い人物だとビェードニクル伯爵から前情報を貰った時は、大袈裟な、と感じたものだけど、こうして見るとあながち伯爵の批評眼も馬鹿に出来ないなと思う。

 彼の言動を見るにつけ、他の男と婚前交渉をしたクアルソ嬢も受け入れてくれるに違いないと根拠も無く予感した。

 ふと厭な気配を感じて横に目線を向けると、ピアージュが嫌らしい笑いを浮かべてボースハフト侯爵を見ている。恐らく既に自分に純潔を奪われたクアルソ嬢を清らかだと褒める侯爵を馬鹿にしているに違いない。

 くだらない。生娘でなければ穢れているというのなら、世の母親はみんな不浄ってことになるじゃないか。

 さて、肝心のクアルソ嬢だけど、初めこそはボースハフト侯爵への罪悪感と例の異常性癖の噂からか死人のような顔色をしていたけど、侯爵の優しい言葉にほだされたようで、徐々にだけど笑顔を浮かべるようになっていった。

 やがて二人は会話に夢中になっていき、周囲の者達は気を利かせて最低限の世話係を残して退室していく。

 当然、僕とピアージュも出て行くのだけど、その際、横目で見たピアージュの愉悦に満ちた顔に云いようのない嫌悪感が湧き上がった。

 どうやらこの男は、二人が完全に惹かれ合った瞬間に全てを台無しにしようと目論んでいるようだ。

 その証拠として侯爵の言葉に一喜一憂しているクアルソ嬢の様子を見るたび、嬉しそうに拳を握りしめていたからね。

 別室に案内された僕達はボースハフト侯爵の御正室とお茶を楽しんでいた。

 美人でお淑やかそうなステレオタイプの貴婦人だけど、既に三十路を過ぎているそうな。

 と云っても政略結婚ならそのくらいの歳の差は珍しくもないので驚くに値しない。

 むしろボースハフト家に嫁ぐ三十歳まで処女(おとめ)であった事実に吃驚だよ。

 失礼な話だけど、一度結婚して出戻りしていたのだろうと思っていたからね。

 

「病弱ゆえにこの歳まで嫁き遅れてしまいましたわ。けど、エーアリッヒ様はこんなおばさんでも厭な顔をせずに貰ってくれて、本当に嬉しかった」

 

 その表情はまるで恋する乙女のように可憐でさえあった。

 

「クアルソさんは私より若くて美人さんだからきっとエーアリッヒ様とお似合いの夫婦になるでしょうね。脆弱な私は子供を産めるか自信が無いけど、あのお二人には沢山の子供に囲まれる素敵な家庭を築いて欲しいわ」

 

 少し寂しげに微笑む御正室、ルフト様を見て思わず唇が動きかけたが、何とか自重する事ができた。

 無責任に、貴女も侯爵家の一員ですよ、と云ったところで余計に傷つけるだけだろう。

 

「それはそうと、お連れの方はどちらに?」

 

 ルフト様の言葉に僕はいよいよ動いたかと腰を上げた。

 窓から中庭を見れば、仲睦まじくお喋りしている侯爵とクアルソ嬢の姿があった。

 そして案の定、二人に近づいていくピアージュも確認できた。

 僕は心の内で『作戦開始』と呟くと、ルフト様に断りを入れて中庭へと向う。

 

 さて、どうしてくれようか。

 背負っている怨念からして碌な死に方はしないだろうけど、やはり捕らえておいた方が良いだろうね。

 ただこれだけの陰謀だ。どこかに聖帝お抱えの間者がいるに違いない。

 現に纏わり付くような視線を感じるしね。

 僕の行動、間者の動き、或いはピアージュの言動次第によっては状況は変わっていく事だろう。

 ならば覚悟を決めるしかないかもね、命の遣り取りのね。

 この後、どうなるか。それはまた次回の講釈にて。




 次回はいよいよピアージュとの対決となります。
 計画自体はお粗末なのですが、後ろ盾が国家元首なのでかなり厄介です。
 それにクーアも感付いているように間者もしっかりと配置しているのも厄介ですね。
 果たしてクーアは彼らの身勝手な計画を阻止する事が出来るでしょうか?

 それではまた次回にお会いしましょう。

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