ムゲンの果てで、愛を唄う少女ユウリ   作:銀杏鹿

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13 セイリング・デイ

 二戦目、バウタウンのスタジアム。

 

 "簡単なパズル"を悠々と終えて、踏み入れる二度目の芝生。初戦の活躍に魅せられたのか、はたまたジムリーダーの防衛戦に期待したのか、観客は席を埋め尽くし、私達の出番を待っていた。

 

「ユウリ!貴女のチャレンジもここまでよ!羊臭い田舎まで流し去ってあげるわ!」

 

 相変わらず、スタジアムに立つと過激なことを言うルリナさん。

 

 引き締まったスタイルに、水着のようなユニフォームが似合っていて、然程年齢を感じさせない。

 

 さすがモデルとの二足の草鞋を履き続けているだけのことはある。

 

「へぇ、あの人も羊の匂いがしそうですけど、良いんですか?臭いとか言って」

 

「なっ、ヤローさんは臭くないわ!」

 

「あれ、おかしいなぁ私、ヤローさん何て、一言も言ってないんですけど、心当たりでもあったんですかぁ?」

 

「さ、さあ!始めましょう──」

 

「あっさり完封してあげますよ──」

 

 互いにポケモンを繰り出す。

 

「──ぺリッパー!」

 

「──ニョロトノ!」

 

 特性によってスタジアムは雨に濡れる。

 

「ニョロトノ!?何で同じ特性のポケモンを!?」

 

「貴女と同じ土俵に立つ為ですよ、ニョロトノ──」

 

「良い度胸じゃない!ぺリッパー!──」

 

 やりたいことを、通す。その上で勝つ。相手のやりたいことを上回って、勝つ。

 

 徹底的に、一切の容赦無く──。

 

「──はらだいこ」

 

「──蜻蛉返り!……え?」

 

 ニョロトノは雄々しく腹を叩き、ぺリッパーの蜻蛉返りを正面から受け止める。

 

 そして、ぺリッパーはルリナさんの元に戻って行った。

 

「何がしたいのか分からないけれど!交代させてもらうわ!──カジリガメ!」

 

 降り頻る雨の中に、いつか立ち塞がったカジリガメが繰り出される。

 

 ……いや、最初とリーグじゃ性別違ったから違うポケモンかな?まあいいや。

 

「天候制御と速やかなアタッカーの登場……やりますね、ルリナさん」

 

「貴女のニョロトノじゃ、雨で素早くなったカジリガメには追いつけないわ!さあ!止めよカジリガメ──」

 

「ニョロトノ──」

 

 ルリナさんの声を聞いたカジリガメが、滑るように走り出しているのが見える。

 

 ダイマックスを切らないと言うことは、別にエースがいるんだろう。まあ、予想はついてたけれど。

 

 相手の方が素早いのは間違いが無い。対してこちらは攻撃力を得る為の自傷とダメージが蓄積している上に、速度も負けている。だから。

 

「「──アクアブレイク!」」

 

 ──相手と同じ指示を重ねる。

 

 雨の中に交差する一撃。速度と重い体重をエネルギーとして乗せたカジリガメが放つ、水の暴力。

 

 その尋常ならざる斥力がニョロトノを叩き、退け反らせるのが見え、カジリガメは勝利を確信したように笑い──

 

「同じ技!?でも──」

 

「殴り飛ばせ」

 

 ──ニョロトノの拳がカジリガメの顎を目掛け、水流を纏った渾身の一撃で吹き飛ばした。

 

 転がったカジリガメはその、たった一撃で脳天を揺らされ、気絶する。

 

 壮絶なクロスカウンターにスタジアムは沸いた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 攻撃を正面から受けた筈のニョロトノはけろっとした顔で改めて拳を構え直す。その姿はボクサーのような立ち姿だった。

 

 攻撃を食らって尚、殆ど体力が減っていないかのようですらある。

 

「ど、どうして……何で!?」 

 

「さぁ、何故でしょうか。まあ、強さで言えば私はちゃんと同程度の練度のポケモンを使っていますから、何もおかしな事はしてませんよ」

 

「物理型のニョロトノって時点で十分おかしいわ!」

 

「決まった形が正しいわけじゃ、無いでしょう。凝り固まってませんか?水というのは自由に形を変えるものでしょう?柔軟に動かないと」

 

「このっ、言うわね!なら──グソクムシャ!ぶちかましてやりなさい──」

 

 交代は必要ない。

 

「ニョロトノ──」

 

 これだけ分かりやすく挑発しているのだ。

 

 私の思ったように技を選んでくれることだろう。

 

 負けて頭を掻きむしるような人だ、手にとるように分かる。

 

「──剣の舞!」

 

 グソクムシャは爪を剣に見立てたような、儀式じみた舞で、自身をトランス状態へ導き、高揚させようとするが、

 

「──催眠術!」

 

 その集中がかえって、仇になった。

 

 集中していたグソクムシャの聴覚に、ニョロトノの奇妙な響きを持つ鳴き声が突き刺さり、瞬時に昏睡状態へと落ちる。

 

「挑発に乗った演技をしたのに……見破られた……?」

 

 先ほどまで激昂したような表情をしていたルリナさんが、冷静に呟く。

 

「出会い頭を使わせないように、柔軟にって言ったんです。あと全然関係ないですけど、ルリナさんって催眠術に弱そうですよね」

 

「してやられたわ……後のは何を言ってるのかよく分からないけれど……」

 

 馬鹿正直に出会い頭を撃つと思わせて、守りを固めさせている間に、グソクムシャの準備を整えようとしたのだろう。

 

 そうして、柔軟さが必要なのはどちら、とでも言えばパフォーマンスとしては最高だ。

 

 私はエンターテイナーとしての彼女を信じたのだ。

 

「見事に釣られたのはルリナさんでしたね──ニョロトノ!アクアブレイク!」

 

 眠りこけるグソクムシャの懐に飛び込んだニョロトノが屈み込んで跳ね、水流のアッパーを浴びせる。

 

 危機を回避することも出来ず、グソクムシャは倒れ伏した。

 

「さぁ、次の手は何ですか」

 

「バトルはまだまだこれから!仕切り直しよ!ドヒドイデ!井の中の蛙に海の恐ろしさを教えてやりなさい!──」

 

 繰り出されるはドヒドイデ、物理主体のポケモンには痛い相手だ。

 

「ニョロトノ、まだいけるよね?──」

 

 ニョロトノは背中越しに視線を向け、無言で頷く。

 

「ドヒドイデ!トーチカ!」

 

「──アンコール!」

 

 集中して守りを固めたドヒドイデに対し、ニョロトノの催眠のような煽り立ての鳴き声。

 

「しまっ──」

 

「とどめ!──地震!」

 

 短い間に防御力を飛躍的に高めるトーチカも、強制的に長時間維持させられて緩みが生じ、震動する大地に跳ね上げられ、地面に叩きつけられたドヒドイデは、なす術も無く気絶する。

 

「井の中でも、田舎でも空はあるんです。例え海を知らなかったとしても!」

 

「空……ね、」

 

 それまで降り続いていた雨が疎らになり、俄に晴れ始める。

 

「ルリナさん、止まない雨は無いと言いますが……こころに降る雨は止みますか?」

 

「さあ。私には分からないわ」

 

「……そうですか」

 

「でもこれからの天気は──雨のち雨よ!ぺリッパー!」

 

 僅かに光が見えた空も束の間、再び雨天に変わり、スタジアムはジメジメとした空気に。

 

 私には、この天気の方がお似合いだろう。

 

 濡れたユニフォームが張り付き、少しだけ寒気がした。

 

「そうですか。私は……止まないなら、止まなくても良いと思うんです。雨の中、傘を差さずに唄ったり踊ったりしてもいい、それが──自由と言うものです!ニョロトノ!」

 

 一度目の邂逅で、既にぺリッパーの速さの程度は知れている。私の目は勿論、ニョロトノも理解しているだろう、故に。

 

「飛び跳ねる──!」

 

「ぼうふう──!」

 

 荒れ狂う風の中へ飛び込むニョロトノ。

 

「わざわざ危険に身を晒すなんて愚かな──」

 

「それが自由ってやつだ!そのままアクアブレイクで叩き落とせぇぇぇ!!」

 

 凶器のような風を全身に浴び、傷を負いながらも、ぺリッパーを踏み台にし、その渦巻く風の力で雨雲へ向かって跳んだニョロトノは、落下しながら回転して両腕を振り下ろした。

 

 その全身全霊の一撃でぺリッパーは地に落ちて打ち付けられ、気絶した。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 再び、鳴り響く声、歓声、悲鳴。

 

 観客席が多種多様な騒めきに彩られているのが分かる、皆、この戦いを固唾を呑んで見守っている。なんせ。

 

「うそ……でしょ?たった一匹でここまで追い詰めるなんて……!」

 

 さらに言えば同タイプなのだ。ジムリーダー相手に、ここまでやるような者はそうそういないだろう。

 

「灯台の灯りも後わずか!荒れる海には頼りもなし!はてさて最後に蛙が見えるは、一体如何なる怪物か!」

 

 たった一匹の蛙が海や嵐に挑み打ち克つ、これほど愉快な話が他にあるだろうか、いやない。

 

「……本当はこんな形で隠し玉を使いたくは無かったのだけれど、ここまで追い詰めたユウリが悪いのよ!──インテレオン!」

 

 最後の最後に出てきたのは、インテレオンだった。

 

 颯爽という言葉が似合う悠然とした振る舞いで、スタジアムの濡れた芝生に降り立ち、私を見て目を見開く。

 

「……何でこうなっちゃったんだろうね」

 

「……」

 

 無言で首を振るインテレオンは──私のパーティーメンバーだったポケモンは、そうして私達にその指先を向けた。

 

「……私が鍛えた技を私に向けるんだ?私と特訓したその撃ち方を……!良いよ、始めようか!過去の精算をさぁ!」

 

「インテレオン──キョダイマックスよ!」

 

「ニョロトノ──ダイマックスだ!」

 

 互いに巨大化したボールを投げ、スタジアムには赤い光を纏った巨大な蛙と、40mを越す遥か高みからこちらを見下ろすカメレオン。

 

「知ったところで、見上げるだけの空には届きはしない!どれだけの高さがあるのか分かりもしない!インテレオン!全てを打ち抜け──」

 

「止まない雨に唄い、荒れ狂う海に抗え!見上げるだけの空に逆らえ!ニョロトノ!天を貫け──」

 

 

「キョダイソゲキ──!」

 

 

 圧倒的に速いインテレオンの、凝縮に凝縮を重ね、磨き上げられた必殺の狙撃が巨大な的となったニョロトノへ向かう。

 

 風雨によって勢いを増したそれは回避動作すら許さず、膨れた胴体に突き刺さり爆ぜる。

 

 瞬間、瀑布のような凄まじい水飛沫が上がり、スタジアムは僅かな間、海へと変わる。

 

 観客やトレーナーを守る見えない壁が水によって覆われて、視界を塞ぐ。

 

 この破壊力を前にして、立っていられるポケモンなど、そういないだろう。

 

 だが、私はニョロトノに捕まり、そして告げた。それを耐え切れると信じて──!

 

「ダイジェットで雨ごと空を吹き飛ばせぇぇぇ!」

 

 吹き荒び、渦巻く風が海を巻き上げ、その刹那、視界が晴れる。

 

 降り続く曇天に向かい、ドリルのように旋回する風と水の螺旋が解き放たれた。

 

「いっけぇぇぇぇぇ!」

 

 嵐の螺旋がインテレオンの巨大な尻尾の螺旋と衝突する。

 

 ダイマックスが崩れる轟音が鳴り、巨大な爆発が起きる。

 

 爆煙が晴れた先に、二匹のポケモン。

 

 蛙は倒れ伏し、もう一匹はフラつきながらも、指先を構えて立つ。

 

「……これで──」

 

「──アクアブレイク!」

 

 私の声を聞いたニョロトノが最後の力を振り絞ってインテレオンの懐へ飛び込む。

 

 ルリナの指示を待っていたインテレオンはほんの一瞬、反応が遅れた。

 

 その時、私と目が合った。

 

 何もかもが止まって見える私には、その表情が見えた。

 

「……ぁ」

 

 あの子は──笑った。ほんの一瞬、私だけが理解できる一瞬に。

 

 そして、その僅かな隙の所為で、指先に集中させた水を打つ事もできず、ニョロトノの最後の一撃を食らい──仰向けに倒れた。

 

「そ、そんな、水タイプで私が負けるなんて……!」

 

「勝者──チャレンジャー、ユウリ!」

 

 ニョロトノは拳を掲げ、前のめりに倒れた。

 

 雨雲はまだそこにあり、雨が止む事は無い。

 

 日の光は降り続く雨の先にあって、決して私を照らす事は無い。

 

「っ、ぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 私もまた、天に手のひらを掲げた。

 

 勝った、圧勝だ、私は、私だけは全てを理解して勝った。ルリナさんの繰り出すポケモンを一匹で完封してみせた。

 

 でもそれは……譲られた完全勝利だった。

 

 なんで、どうして分からないんだ……

 

 そんなことをされても私は嬉しくなんか無い、そんなことを今更したところで、何も戻りはしないのに。

 

「ふざけるなよ……」

 

 雨の音と歓声が混ざり合って、私の声は誰にも何も聞こえない。

 

 罪滅ぼしがしたいなら私と向き合ってよ……分かったつもりになんかなるなよ……

 

「最後まで全力で戦ってよ……」

 

 私のこころは雨に紛れ、ただの水として頬を伝った。

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