ムゲンの果てで、愛を唄う少女ユウリ   作:銀杏鹿

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 暗い部屋で映像を再生する。

 

『オニオンさん!生あるものの自由の為に!死者は退いてもらいましょう!』

 

 彼女は大見得を切った。

 

 あの、手を掲げる派手なポーズ。

 

 響き渡る"彼女宛"の歓声。もう、すっかりジムチャレンジに馴染んだ光景だ。

 

『……死者は去るべき、か。寂しいね…まだ続けたかったが仕方ない』

 

 白い仮面に、足元まである黒いコートをユニフォームの上から着た長身の男……俺が録画の中で冴えない言葉を返している。

 

 前の二試合の映像から対策を考え、全力を尽くした。しかし悉くポケモンを瀕死にされ、最後には俺の背後に立つキョダイマックスしたゲンガーだけだった。

 

 向かい合っていたのはダイマックスした漆黒の鳥ポケモン。

 

 翼から赤々としたエネルギーを放ち、それが炎のように轟々と揺めいている。明確に敵意を周囲に振り撒いている凶悪なそれ。

 

 ゴーストタイプに慣れた俺でさえ、感じたことのない怖気が止まらなかった。

 

 それが大人しく従っている彼女は……一体、あの顔の下に、どんなモノを隠しているのだろうか?

 

 時々彼女は相手を意地悪く挑発したり、露悪的で反抗的な態度を見せる。

 

 ジムリーダーやトレーナーからすれば、試合運びとパフォーマンスの一部としてやっているだけに見えるだろうが……。

 

 俺には何か、別の理由があるように思えてならなかった。それがどうしても気になって、一人、録画を見続けていた。

 

 映像を先へ飛ばす。

 

 画面の中ではゲンガーは既に倒され、ファイヤーが翼を広げていた。

 

 試合が終わり、握手をしている。

 

 その時の会話、試合の映像には記録されていない声が、俺の頭の中でだけフラッシュバックする。

 

『ユウリさん……以前の君を知らない俺……いや……僕は……何かを言う理由は無いかも知れない』

 

 サイトウなら何か、もう少し言うことができたのだろうか。20年前、対戦した彼女なら。

 

『……何ですか?』

 

『なんで、そんなに……嬉しくなさそうなんだ?』

 

『そんなこと、ないですよ』

 

 その時の微笑みは、ただ、笑った形を作ったようにしか見えなかった。

 

 試合中の激しい表情とセリフとは真逆。

 

 握手で触れた手の平に全く力が無く、僅かに震えていたことを俺は忘れられなかった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「オニオン、話っていうのは?」

 

 ホップの研究室には何故か壊れた扇風機が転がっていた。

 

 少し黄色く汚れた壁には禁煙の張り紙。

 

「わかるものかと思って……来たんだがな……」

 

「……ユウリのことか」

 

 壊れた扇風機の方を見て呟く。

 

 何かあったのは間違いないだろう。

 

「ヤローさんと…ルリナさんの話も聞いている」

 

 20年前の事故と昏睡、そして後遺症。

 

 二人はホップに頼まれて、ユウリを止めようとしていた。それは危険性からだった。

 

 ポケモンは弱体化したベベノムのみ、本人は杖が無ければ歩くこともままならない。

 

 家出する前はボールすら投げられなかったと言う。今は試合でダイマックスボールを何とか投げるほどには回復しているが、旅の途中で手持ちが皆瀕死にでもなれば、身を守るものは何も無いし、野生ポケモンから逃げる術は無い。命に関わる。止めようとするのも分かる。

 

 だから、その彼女がいつの間にかポケモンを揃えていたことには、誰もが驚いた。

 

「じゃあ、頼んで止めようとしてたのも知ってるか」

 

「……だがもう遅い、リーグの運営は……彼女を新しい神輿にする気だ」

 

「兄貴はそうするだろうな。あの時、ユウリを失ったのは兄貴も変わらない。ユウリもバトルが好きだし、好きにさせてやろう。わざわざ俺たちの反対を振り切って強引に参加するくらいだからな」

 

「ホップ、あの子がそう言ったのか?」

 

「もう合わす顔が無い。あの子が母親と会えなくなったのは俺が原因なんだぞ?」

 

「そう……じゃないだろ」

 

「ユウリが前にここに忍び込んだのを、見つけたことがある。最初は理由は分からなかったが、今は分かる。あの子は探してたんだよ、母親に繋がる手掛かりをな。そして俺が来る前に全て知ってしまった。だからだろ、俺とは全く目も合わせないで逃げたからな……隠してた俺を責めもしなかったよ。信用されてないんだろう、もう」

 

「だから……違うだろう」

 

 人と話すのが得意だったら、俺の言いたいことはもっと簡単に伝えられたのだろうか。

 

 どう言えば、あの感覚を伝えられる。

 

「ホップ……聞いてくれよ」

 

「俺は本当に間違えてばかりだ」

 

「……聞いてくれ」

 

「あ、ああ、すまない」

 

「あの子は勝っても……全然嬉しそうじゃ無かった」

 

「そうか?ユウリはいつだって勝ったら楽しそうにしてたぞ、今の映像だって見てる。確かに昔の方がもう少し優しかったかも知れないが……」

 

「あの子は震えていた」

 

「……オニオン?」

 

「俺が顔を隠すのは、それは……人の目を気にしない為だ。あの子も……仮面を被っている、同じだ。俺には分かる……だけど、知らない俺には……あの子の過去を知らない……だからわからないし、あの子には伝わらない」

 

「……どういうことだ?」

 

「あの子は、子供だ。一人に……してはいけない」

 

 生きて側に立てる筈なんだ、まだ生きているなら。

 

「ジムチャレンジは子供でも一人で旅をするものだ、それにユウリはそれほど子供じゃないぞ」

 

「……違う…そうじゃない」

 

「……そうだな、確かに二人で旅立った。だけどずっと一緒だったわけじゃない。俺達はそれぞれ自立して、旅を通して成長し、大人になった。俺は目指していた場所とは違うところに着いたが、それも結局はユウリのお陰なんだ。あの子がいたからこそ、今の俺がある。最初は止めようと思った。危険性はまだ幾らでもある。でも、もうあの子の意思を尊重しようと思ってるんだ。試合であの子が言っていたことを、二人から聞いてな……俺達は良かれと思っていたがお節介だったかも知れない」

 

「頼むホップ……聞いてくれ。それじゃ、ダメなんだ。今のあの子は……」

 

「オニオン、ユウリは強い。それも誰も勝てなかったくらいに。バトルだけじゃない、俺達に弱音なんて吐いたことないし、絶対に挫けなかった。もう俺のことを信じてはくれないかも知れないが、俺はあの子を信じてる」

 

 ……本当に、そうなのだろうか。俺よりも長い間あの子を見ているホップが言うのだから、俺には反駁しようがないが……

 

「信じるだけじゃ……伝わらない、せめて隠していたことくらいは……謝るべきだ。それは……俺がどうにか出来ることじゃない……」

 

「……分かった考えておくよ。俺に会ってくれたなら、必ず謝ろう」

 

「必ず……そうしてくれ……」

 

「ああ。すまないがオニオン、そろそろ時間なんだ。学会に出席しないと」

 

「……手間をかけさせたな」

 

「いいや、ユウリを心配して話しに来てくれたんだろう、手間なことは何もないさ」

 

 笑うホップは果たして本当に俺の言いたいことを理解してくれたのだろうか?

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 その日の夜も墓場に立っていた。

 

 俺を見つけ、ゴーストタイプのポケモン達が顔を出す。

 

「お前たちといる方が、人前より落ち着くな」

 

 仮面を取る。

 

 取り出したタバコに、寄ってきたランプラーが火をつける。人の生命力を狙って徘徊すると恐れられちゃいるが、仲間なら話は別だ。

 

「ありがとう」

 

 墓石の前に座る。煙が昇る。

 

 物心ついた時には一人だった。

 

 事故当時の記憶は無い。気がついたら俺は……僕は一人だった。

 

 あの車には両親も乗っていたが、生死の境を彷徨ったのは僕だけだ。

 

 僕が知っている両親の顔は、墓石に刻まれた名前でしか無い。

 

 失ったと言う感覚は無い、最初からそう言うものだったからだ。

 

「母さん、父さん。僕はどうしたらいい?分からないんだ」

 

 両親は何も言わない、いつも通り無口だ。

 

「墓に葬式、何度も経験した。だけどそれだけは分からない。迎えが来るのは普通のことだろ、誰だって居なくなる。遅いか早いかだ」

 

 ……連中に生命力を吸われて寿命が無くなるのは若干違うかも知れないが、まあ、そういうこともあるだろう。

 

 それが自然だ。

 

「まあ、僕に普通なんて分かりようも無いんだけどさ」

 

 僕が扱うポケモン達は余程のことが無ければかなり長生きだし、いつの間にか居なくなってるものだ。ただそれだけ。

 

「そうだな、僕に分かるのは寂しさだけだ」

 

 ここにいるポケモン達は暖かくは無い、ヒトモシなんかは触るとこちらの体温が下がって暖かいように錯覚するだけだ。

 

 ここは少し寒くて、静かで、賑やかだけど、寂しい。それでも、今の僕には悪くは無いと思える。

 

 だけどそれは、昔の僕には少し酷な気がするのだ、昔の僕と同じ仮面を被ったあの子には。

 

「何か言ってくれた方が良いのは分かるさ、どうしたものかな……大人の俺よ」

 

 静かにタバコの煙は昇る。

 

 仮面を手に取って、月の光に翳す。

 

 無言の両親は、俺に何か言いたげな様子に見えた。

 

「分かってるさ、自分の痛みは自分しか知らないことくらいは」

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