ムゲンの果てで、愛を唄う少女ユウリ   作:銀杏鹿

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17 ロストマン

 

 

 あの日のことは忘れられない。

 

 実験の所為で、一人がこの世から永久に姿を消し、彼女が命を賭して守った少女が眠りについた日を。

 

 俺達は前途を期待して、それぞれの道を歩んでいた。

 

 ユウリは既に数回防衛しているチャンピオンとして。

 

 俺は、新人研究者としてソニアの助手をしながら、飛び級で大卒資格を得る為に必死に勉強していた。

 

 俺は彼女の隣に立てるようになるまでは、俺の気持ちを形にするつもりも、口にするつもりも無かった。

 

 どんな関係である以前にも、俺達はライバルだったからだ。対等である為にはそれが必要だと考えて。

 

 そして、マクロコスモス、ソニア、そして俺のムゲンダイナに関する共同研究が立ち上げられた。

 

 あの時の俺は何でもできる気がしていた。

 

 世界で唯一の研究になる、その独自性が有れば立派な研究者になれると思っていた。

 

 ユウリに協力を頼めるのは俺だけだとも思っていた、子ども染みた万能感だった。

 

 ……どうして事故が起きたのか俺達には全く理解できなかった。手順も、準備も全く問題がなかった筈だった。

 

 何度も確認したにも関わらず。それは突然起こり、何かが狂ってしまった。

 

 彼女が眠って、時間はただ過ぎていき、一ヶ月……最初はすぐに目覚めるような、気がしていた。そんな根拠のない希望が。

 

 普通、植物状態になった人間は一年以上の経過を以って、その症状は恒久的なものとみなされ、回復の見込みはないとされる。

 

 期待も虚しく、時間だけが経っていった。容体はそのままに。

 

 昏睡してから月日が経てば経つほど、俺達は認めざるを得なかった。目の前にあるのが夢では無くて現実であることを。

 

 俺は探し回った。彼女を目覚めさせる方法を。一番はムゲンダイナについて知ることだった。他に方法が見えなかった。

 

 だが、一年の猶予は余りにも短く、俺が何かを解明することは出来なかった。

 

 ただ安らかに眠っているだけのような彼女の前で、ひたすら謝り続けていたのは覚えている。

 

 俺は無力だった。

 

 その後マクロコスモスは、医療費を全て支払い続けることを決定した。贖罪の為だけじゃない。

 

 研究を続行する為だ。

 

 その決定は、俺が必死にムゲンダイナの研究が如何に有用なのか説明し続けた成果だった。

 

 当時の俺には、それくらいのことしか出来なかった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 俺は研究し続けた。

 

 彼女を生かし続ける為に。

 

 いつか、彼女とまた話す為に。

 

 気がつくと俺は博士と呼ばれるようになっていて、それだけ、がむしゃらに前に向かって進んでいた。

 

 ムゲンダイナやそれ由来のエネルギー研究においては他の誰よりも詳しい自負があった。

 

 だからこそ、俺はムゲンダイナは封印するべきだと考えていた。

 

 調べれば調べていくほどに、その危険性が浮き彫りになってくる。

 

 ガラル全土を支え得るような常識を外れたエネルギーは、確実に人の手に余るものだ。

 

 もしこれが、ガラルだけのものとして独占されているとなれば、それを巡って確実に争いが起きると予想出来た。

 

 また、それが何故生み出されているのか全く解明出来ていない、それによる影響は多岐に渡る。

 

 その最たる例が、全く姿の変わらないユウリだった。

 

 植物状態だとしても、身体の成長や老衰は確実に起こる、だがユウリは全くと言って良いほど、見た目に変化は無く、傷の再生速度は人間では考えられない速さだった。

 

 事故により、ムゲンダイナの暴走したエネルギーを全身に浴びた結果だ。

 

 彼女の身体の中では異常な程のエネルギーが、細胞を延々と若々しく保っていた。

 

 だが、これは発表出来なかった。非科学的だと揶揄されるのは間違い無いのもあるが、原理は不明なまま、人間の有史以前からの望みである不老を発見したとすればどうなるか。

 

 そうなっても、ムゲンダイナを巡って戦争が起きる。いや、ユウリの身にも危険が及ぶ。

 

 全く歳も取らず、傷も再生する寝たきりの人間の有効な使い道など、言うまでも無いからだ。喉から手が出るほど欲しくなるだろう。

 

 俺は一部の研究データを隠しつつ、ムゲンダイナの危険性を語りながら、望んだ利用は出来ないということを証明する必要があった。

 

 誰にも言えなかった、言えるわけがなかった。信用してない訳じゃない、手段を選ばなければ、尋問する方法も自白させる方法も幾らでもある。

 

 他の誰かにそんな危険性を背負わせる訳には行かなかった。

 

 そして、研究を続けさせる為にやったことと、反対のことをする事になった。

 

 皮肉なことに、それに説得力を持たせたのは発端である事故、そして全くユウリの側から離れようとしなかったムゲンダイナの弱体化だった。

 

 俺は彼女を助ける為に研究していたはずが、いつの間にか彼女をより危険に晒し、彼女を眠らせたあの事故と、ムゲンダイナに頼らなければ、自分の過ちを正すことが出来なかったのだ。

 

 自分が始めてしまった研究が、争いを起こさないようにするには、そうするしか無かった。他の方法を考えつくほど、俺は賢くなかったとも言える。

 

 積み重なった本や資料、データの山は様々なことを俺に教えたが、結局、彼女を起こす方法は闇の中。

 

 機械が示すバイタルサインはいつだって健康な少女のままで変わらなかった。

 

 見舞いに来ていた人々も、そのいつまでも変わらない姿に耐えられず、少しずつ来なくなって、減っていった。

 

 最初の一年で、もう本来は見込みが無くなっているのを考えれば、当たり前なのはそうだ。誰だってそんな痛ましい光景を見続けたくは無いだろう。

 

 生活だってある。やらなければならないことはいくらでも。大人になっていく俺たちと、既に社会の中にいる大人達には、彼女に構ってあげられる時間は限られていた。

 

 最後まで残ったのはマリィくらいだ。

 

 あの最強を打倒した天才少女が、物言わぬ肉の塊として、様々な管を繋がれ、栄養の補給から排便の世話までされ、体位の交換など、生存に必要な全ての看護をされているのだ。

 

 希望を持てと言われて、持ち続けるのは容易なことでは無い。

 

 俺でさえ、俺の中でさえ、彼女がゆっくり、ゆっくりと過去へ遠くなっていくのを感じた。

 

 彼女への思いが、いつからか思い出に変わってしまっていたのに気が付いたのは、ソニアと暮らし始めた頃だった。

 

 同じ罪悪感を抱えた俺達は自然と支え合うようになっていた。

 

 乗り越える為に、生き続ける為に。それがゆっくりと愛情に変わっていった。依存なんかじゃなく、前を向いて生きる為に。

 

 後悔はしなかった。それは今も変わらない。

 

 ユウリの代わりでも、ソニアでなければならない訳ではなく、俺は自分の意思でソニアを選んだ。そうで無ければ、ソニアは望まなかっただろうし、眠り続けるユウリに合わす顔が無かった。

 

 だがその頃には彼女を起こすことを、もう半ば諦めていたのだ。

 

 彼女に会いにいけば、いつだってどこにも行かずにそこにいるが、俺達のユウリはもうそこには居なかった、ただ無言の肢体があるだけで。

 

 もし完全にムゲンダイナの有用性を無くしたように主張してしまえば、ユウリの延命措置を維持するのは厳しくなってしまう。

 

 だから、誤魔化し続けることで、彼女を生かし続けることで俺の贖罪になるのなら、そう考えて、俺は研究を続けた。

 

 そうすることで乗り越えたつもりだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 目を疑った。

 

 俺は……子供が産まれたことを伝えに、ユウリへ会いに来ただけだった。

 

「ゆ、ユウリ……?お、起きたのか?」

 

 俺の声に気が付いたのか、寝ぼけた目でユウリは此方を見た。

 

「……誰?」

 

 何を言われたのか、一瞬理解できなかった。

 

「……っ……分からないか?俺は……俺だ……ホップだぞ?」

 

 彼女から見て、もう誰か分からなくなるほど、時間が経ってしまっていた。

 

「ホップ……?ホップって……同じ……」

 

 全く知らない人間を見るような目に、言葉。

 

「……いいか、ユウリ。よく聞いてくれ。君は──」

 

 可能な限りゆっくり説明した。彼女はすぐに何が起きたのか理解したように見えた、ただ、いつかのユウリとは少し様子が違うように見えたが。

 

 俺とソニアは目覚めたユウリにどう接したら良いのか、全く分からなかった。

 

 ユウリの関係性がどんなものだったのか、覚えているはずなのに、上手に振る舞うことが出来ずに、酷く戸惑って。

 

 ユウリに怒って欲しかったのか、許されたかったのかも、分からなくなって何度も謝った。

 

 自分達の気持ちが全く整理出来なかった。

 

 俺たちにとって、ユウリという名前は、もう過去の少女で、そして罪滅ぼしの為に世話をし続けなければならない儀式だった。

 

 20年もの間、何も言わないユウリに俺達は話しかけ、都合の良い返事を空想し続けていた。

 

 俺たちの中で、想像のユウリが20年を共に生きていた。だが、起きた少女とそれは一致しなかった。

 

 俺はどんな顔をしたらいいのか、全く分からなくなった。

 

 話したいことは山程あった、いくらでもあったはずだった。伝えたい言葉があったのに、俺は言葉を失ってしまった。

 

 俺たちもまた、夢を見ていたのだ。

 

 それだけで俺にとっては十分な罰だった。

 

 彼女が何処かへ行こうと言い出した時は、引き止めようとすることしか考えられなかった。

 

 俺達の溝を埋めるには、時間をかけることしか思いつかなかったからだ。

 

 それに彼女が、いつ長い眠りに戻るのか見当もつかない、彼女の身体は昏睡していた時と何も変化が無い。なぜ今起きていられるのか理由も分からない。

 

 だからこそ、引き止めようと画策した、だが結局は逃げられ、いずれ話すつもりでユウリに隠していた母親のことを知られ、俺達はさらに十字架を背負うことになった。

 

 だから、俺は……あの子を止める権利なんて、何もない。

 

 あの強いユウリが、戦いたいのならその願いを尊重しよう。

 

 それでユウリが今、笑えているのなら、俺は……間違いにも意味があったんだと、思える筈だから。

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