ムゲンの果てで、愛を唄う少女ユウリ   作:銀杏鹿

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18 モーターサイクル

 

「計画は首尾よく進んでいるようで何よりです、試合での演技も上々。子役もこなせそうですね」

 

 マクロコスモスの応接室。磨かれた黒い革張りの椅子に座り、好々爺のように微笑むローズ。

 

 向かいに座る私は、ベベノムを抱えていた。

 

「いい気分じゃない。いくら若者層を掴むためって、あんな発言ばかり。確かに色々思うところはありますけど……」

 

 よく平気な顔で話を聞けるものだ。

 

「ファンに囲まれて喜ばしいことではありませんか?それに言い訳があれば悪態も文句も言いやすいでしょう?私にしたように」

 

「こころ入ってますかー?もしもーし?」

 

 頭をノックするようなジェスチャーをしても微笑んだままだ。

 

「ファンが増え、願い星の回収もでき、しかも貧困層の掬い上げに繋がっている、しかもユウリさんは言いたいことを言える。一石二鳥どころではないと思いませんか?」

 

「こんな大人になりたくないね、ベベノム」

 

「──?」

 

 ベベノムはよく分からなさそうだった。

 

「この人はそう言う人ですよ」

 

 紅茶を持ってきたオリーヴさんが呆れたように言う。

 

 昔と比べると皺が少し増えたような気がする。それだけの回数、この人に対して怒ったらしい。今は週に一度。

 

「ふむ、計画に何か問題が?順調だと思いますが……?」

 

 破壊光線を人に向けて良いならすぐにでも向けてやろうかと思った。

 

「無駄や、嬢ちゃん。言葉が通じんやつには何言っても分からん」

 

 スコーンを勝手に頬張っているヨクバリスがモソモソしながら言う。

 

「私の分は?」

 

「あ……べ、ベベノムが食ったんや!!嬢ちゃんの話している隙に、無意識に吸い込んだんや!」

 

「──!?」

 

 ベベノムは驚いて自分の口を確かめる。

 

「どあほぉ、かかりよったわ、今、口を確かめよんのが、その証拠や、余の無実は証明されたな!ぶはは」

 

「そんなわけないでしょ」

 

「何度見ても珍しいポケモンですね」

 

 その様子を見てまた微笑む老人。

 

「そやろ?世界広しと言えど、これほど話の分かるポケモンは……いや、いないな!今いなくなった!唯一や!」

 

「ですが研究施設から勝手に出るのは悪いことです。ニャイキング」

 

「ちょっ、やめ、やめーや。まだぁスコーン残っとるやろ!余は王やぞ!待たんかい!話せば分かる!ちょ、離せえ──」

 

 入ってきたニャイキングがヨクバリスを連行して行った。

 

 あんなナリで、ムゲンダイナの再生の鍵らしいから驚きだ。

 

「……アレもストレスが溜まっているようです、度々脱走を繰り返しています、少しは解放させた方が良いのでは?」

 

 オリーヴさんがヨクバリスの検査結果を差し出して言う。

 

「私がストレス発散したいですよ、全く」

 

 珍しく本心が勝手に口に出た。

 

「お爺さんと一緒にジョギングでもしますか?」

 

「私、そんな元気に歩けないんですけど、忘れましたか?お爺さん」

 

「はい、忘れていたお爺さんです。ああ、そう言えばこんなものが届いていましたよ、渡すのも忘れていたお爺さんです」

 

 ローズが渡してきた小箱の中には、仮面が入っていた。

 

「……何ですかこれ?お面?」

 

 ベベノムが一つ取り出して何故かバシバシと叩いている。多分そういうものじゃないよ。

 

「送り主不明です、ファンからのプレゼントの中に、いつの間にか交ざっていました」

 

 何枚かある仮面は、何処かで見たような気がする白い物で、間に手紙のようなものが挟まっていた。

 

『これで顔を隠せる』

 

 という短い一言。

 

「仮面なんだからそうでしょうよ」

 

 変な贈り物だけれど、少しだけ笑えた。

 

 顔を隠せるか。そうだ。

 

「ベベノムはバレちゃうからボールの中だね」

 

 首を傾げたベベノムは仮面を付ける。

 

「!」

 

「顔だけ隠してもダメでしょ、有名だから」

 

「──、!」

 

 よく分かってなさそうだけど納得したらしい。大人しくボールへ戻った。

 

「ローズさん、ヨクバリスも連れて行きますが良いですよね」

 

「貴女を止められる人がいるんですか?」

 

「……それもそうでしたね、忘れてました」

 

 私は仮面を付け、真昼のシュートシティへ繰り出した。

 

「忘れてた私ですっと」

 

 そう言えば、今の私を引き止める人なんていなかった。……自由だ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「なんや、空気ゲロまずやん!」

 

 外に出て一言目はそれだった。

 

「こんなん吸って生きてると、ああいう腰の曲がった大人に育つんや、気い付けや!」

 

「これが自由の味だよ、噛み締めて」

 

「自由ってこんな味やったんやな、知らんかったわ。あかんな、どいつもこいつも吸っとったら、そら王政も終わるで」

 

 確かに街は綺麗に開発されているけれど、なんだか息が詰まる。仮面を付けてるからじゃ無い。

 

 多分、綺麗すぎるんだと思う。人の都合の為に整えた平坦な道も、背の高いビルも、立ち並ぶブランド店やチェーン店も。

 

「しっかし、なんかごちゃごちゃしとるな、木も草も全然生えとらんし、わかった、ここは貧しい土地やな」

 

「そう?」

 

「見てみぃ、どこもかしこも目に悪い色の変な石、岩ばっかりや、それに地面もよう分からん石で蓋されて硬い。大地が死んどるがな」

 

 みんなみんな綺麗で、光っていて、自分が立派だと言っているみたいで。

 

 人が欲しいものが何もかもがあって。

 

「……嘘やろ、ほんまに何もないな、ここ。大変やろな、きのみも取れんし……水も空気も汚い、良い感じの木陰も無いんか?」

 

「うん」

 

「信じられんわ、ここはほんまに首都か?」

 

「うん、シュートだよ」

 

「これが地獄か」

 

 みんな、等間隔に並んでいて、気味が悪かった。

 

 街路樹は丁寧に剪定されているし、ゴミなんてまるで落ちていない。

 

 歩いている人達も、上等な服を着て、それなりの生活をしているように見える。

 

 だけど何処か忙しそうで、上等でも着ている服はみんな似ていて、よく分からない機械を頭に付けたり、それを片手や両手に持って一生懸命見ていて、お互いを見てはいない。

 

「なんやあれ、ぶつくさ言っとるが、人間もテレパシー使えるんか?それとも空腹でおかしくなったんか?」

 

「さぁ?仕事でしょ」

 

「仕事か……そやな、こんな貧しい土地やからな、祈祷師もおらんとやってられんか……雨の一つやふたつ降らさんとな……可哀想に」

 

 多分、これは今の日常の風景なんだと思う。あの機械が何なのかも分からないし、使うつもりもないけれど、きっとアレを使っている人達は互いを見なくても平気なんだろう。

 

 私がホップと列車に乗っていた時のように。

 

 それにしても変な気分だった。

 

 私はどこに行くでもなく、ヨクバリスと歩き回っていた。

 

 誰も彼もあくせく動いて働いたり、学校に行ったりしているのに、私は昼間から仮面なんかつけて歩き回っている。

 

 流れている時間が違う。私は、彼らにとって通り過ぎる道に一瞬すれ違う光景で、何処にいても気が付かない。仮面を付けてるからじゃ無い。

 

 前を向くように、いや、あの並べられたビルや店、学校に入って行くように導かれているようだった。

 

 入る時間も、出て行く時間も、大体同じだった。それはどこでも一緒だった。そうしないと怒られるみたいだった。

 

「なんでみんな一緒に動いてるんだろ」

 

「あれは狩りやな。同じ場所で群れがしばらく狩ったら、ちょっと離れた場所で暫く狩る。群れやから一緒に動かんとならん。これがコツや、覚えとき」

 

「大人の仕事って狩りだったんだ……」

 

 知らなかった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 そのうち、日が暮れてきて、住宅街の方へ帰って行く人達。

 

 子供達は皆、同じように遊びながら帰って行った。

 

 若い人達は大体同じような服を来た男女二人で歩いていた。

 

 同じような二人組の大人は、彼らによく似た顔の一人の子供を連れていた。

 

 大体、似た人達で、似た会話をしていて、似た顔をしていた。

 

「こんな土地でつがいを作るんは大変やろな、しかもあんな狭そうな箱に住んでなぁ、ほんまに不憫な奴らや。ここの群れを支配しとるオサは相当なワルやろ」

 

「不憫……かなぁ?」

 

 忙しそうに動き回っていた彼らだけれど、ヨクバリスの言う、人達の顔には笑顔のようなものがあった。

 

「笑ってるけど」

 

「ちゃう。子供だけで行動しとるのは、世話をする大人がおらん孤児や。子供を大勢連れとる奴もおらん、オスはメスを一匹しか連れとらん。あれ以上養いきれんのや。二匹から一匹しか産まれんかったら、群れはいずれ滅ぶ。それがなんとく分かっとるんやろ、だから不安で群れる。やけどそれは群れやない。一緒にいるが、孤立しとる。笑ってれば、楽しいから笑ってんのか、笑ってるから楽しいのか分からんくなるからな」

 

「そうなんだ」

 

「そんなもんや、本当にどうにもならんときは涙も枯れる。もう、最後には笑うしかできんくなる。あの笑顔はあいつらの悲鳴や」

 

 夕日に、人々の影が伸びて行く。

 

 同じ形をした、手を繋いだ影がどこかへ去って行く。

 

 振り返ると私の伸びた影は違う形をしていた。

 

「あっ」

 

「どないした?」

 

 気が付いてしまった。

 

 私から見ているから、みんな同じに見えるんだ、多分彼らには彼らの違いがあった。逆なんだ。

 

 "私が"あの人達と同じじゃ無いだけなんだ。

 

 幸福には多分、きっと、一つの形があって。

 

 不幸にはそれぞれ違う形がある。

 

 私の影は私にそれを静かに語っていた。

 

「ヨクバリス」

 

「なんや」

 

「帰ろう」

 

「なんや急に。見てられんか?」

 

「うん」

 

「そやな。あまり気分良いもんでもない。あの爺さんに群れのなんたるかと、支配について教えてやらんと。まずは土やな」

 

「うん」

 

「ん?嬢ちゃんは笑わなくてもええんやで。あいつらみたいに囚われとるわけや無いからな」

 

「うん」

 

「そんなに腹減ったんか?飴ちゃんいるか?」

 

「うん」

 

 毛でベタベタの経験アメ。

 

 不味かった。人間の食い物じゃない。

 

「ヨクバリス王朝の為に忠誠を誓うか?」

 

「それは嫌」

 

「なんでやねん、全然元気やんけ」

 

「……はやく帰りたいな」

 

「いま帰っとるやんか」

 

「そうだね」

 

 帰り道は随分と長そうに思えた。

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