キルクススタジアムは熱気が充満し、人々の体温と興奮が会場を暖めている。
「やっほー、めっちゃ久しぶりじゃん」
軽かった。
ふわっとしたプラチナブロンドの毛先をピンク色に染めた、薄い褐色の女性。
もこもこした白いコートを肩から落としてルーズに着こなし、ダルダルなソックスを履いた足を露出して、岩タイプのユニフォームの上からでも豊満なスタイルが見て取れる女の人。
私から見ても古臭い服装のような気がするし……もはや化石なんじゃ?
エキシビジョンでマリィと戦ってた筈だけど……
「えっと」
「シャクヤだよ?カンムリ雪原で一緒にダイマックスポケモン倒したり…」
「ごめんなさい覚えてません」
「そう言うこともあるよねー。あるあるだわー、ありよりのありだわー」
でも軽かった。
「気にしてないんですか?」
「同窓会でいる奴、仲良さげに話してきたりするじゃん。話し合わせとくかー、まあ知らんけどって人。その枠だった系っしょ?」
"ドーソーカイ"がなんなのか知らないけど。
「ごめんねユウリちゃん?」
シャクヤさんは何ともないように微笑む。
「えっと……はい」
何か釈然としない、悪いことをしているような気になる。
皆が知ってる私って、何なんだろう。
「じゃ初めましてだね。アタシはシャクヤ。蘇った恐竜の力、教えてあげる!──」
「私はユウリ!この世は適者生存!淘汰された生き物なんて、また絶滅させてあげます!──」
◆◆◆◆◆◆◆◆
「行っておいで!アマルルガ!」
「行け、サンダー」
アマルルガが飛び出すと、私達の周囲が急に底冷えするような寒さに代わり、霰が降り始める。
寒空の下、堂々と立つサンダーはオレンジ色の羽を少し震わせ、バチバチと音を立てている。
カンムリ雪原での訓練が効いているのか、苦では無いらしい。
「アマルルガだよ、ユウリちゃん」
「……そうですね?こちらはサンダーです」
アマルルガは何かそわそわしていた。私の方やシャクヤさんの顔を見たり忙しい。
無表情なサンダーがそれをジッと見ている。
「なんでサンダーが地面に立ってんの?」
「え…普通じゃ?」
「マジで言ってんの?つか恐竜相手に鳥とかウケる」
「恐竜より鳥の方が進化した生き物だって知らないんですか?──」
「初耳。でもポケモンがそうとは限らなくね──」
「雷鳴蹴り」
サンダーは圧倒的な速度で残影を残し、アマルルガは吹き飛ばされて戦闘不能になった。
「──って、アマルルガ!?だ、大丈夫!?」
「やっぱり鳥の方が"先"を行ってましたね」
「古いのは新しいのに一蹴されるってこと?」
「それが世の常です」
「じゃあ、古い子達も強いってとこ、見せたげるよ!──頑張って!ラプラス!」
芝生の上に出るラプラスはこちらを見る。そして何やら楽しそうだった。
「いや、それ恐竜っていうか……?」
「そしてキョダイマックス!」
ボールに戻されたラプラスがキョダイマックスしていく。
ここで……か。
前のジムリーダー達は、温存して私に敗北していた。同じだろうと侮っていたかも知れない。
サンダーの一撃じゃ倒せない……ダイマックスしても速さを殺すだけ。
「私の指示に完璧に合わせて」
サンダーは返事の代わりに羽を震わせてバチバチと鳴らす。
「サンダー!」
「──ラプラス!キョダイセンリツ!」
ラプラスが放つ強烈な冷気と、数えきれない氷塊の霰が降り注ぐ。
思考が加速し、時間が止まる。
冷たい暴力の塊が、それがどうなるか、見える。静止した世界で、私は活路を探す。
辿るべき道が線として現れ、枝分かれし、広がっては砕けて消える。
可能性が波のようにぶつかり合って、研ぎ澄まされた一本の線が生まれる。
そして、私はサンダーの背に乗り込んだ。
「──いくよ」
瞬間、サンダーは跳び、氷塊の雨の中へ。
私の思考を生かすには、一緒に行動するのが最適だ。
乗りこなせ、傷は直ぐに治る。痛くともしがみ付け、私。
「右、右上、左上、後ろ、上、前、右前、前、下、左前、右前、後ろ、右前、左前、左、上、右上、左上、右前、右、前──」
稲光のような音を鳴らし、氷塊を蹴りながら、隙間を縫って翼ではなく、脚で空を駆ける。
「そんなのあり──!?」
「ありよりのありです!サンダー!瓦割りで壁を叩き割れぇぇ!!」
駆け抜けたサンダーの蹴りが、展開されたオーロラの結界を叩き割ってラプラスを直撃する。
「まだ、この子は倒れないよ!弱点も食らったし、もう一度──」
弱点保険か──
こちらもかなり冷気を浴びている。特訓で慣らしたとは言っても限界がある。
だが持ち物はこっちも一緒だ──!
「ここで負けるなぁぁぁ!!起死回生!」
サンダーは更に、ラプラスの脳天に全力の一撃。
瞬間、爆発と共にダイマックスが解ける。
無事に降り立ったのは、サンダーと私だけだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
集中し過ぎた所為か、頭痛がした。鼻血も出た。でも痛みはすぐに消え、血も止まる。
ホップはやっぱり正しい、治ったんだろう。
でも、常に再生しててこれか。連発は止めよう。多分タダじゃ済まない。
サンダーから降りて、戻る。
「ちょっと、無茶し過ぎだって!」
「新しいものはいつだって無茶なものです!」
「やっぱり、新しい方がいいのかな?」
シャクヤさんは唐突に言い出す。
「化石みたいな戦術は面白くない。シャクヤさんも定石に囚われてないし、新しいです」
「知らなかったんだけどねぇ、ただのトレーナーだったしさぁ……でも」
「なんの話ですか?」
「弱いと過去は古くなって、一蹴されるんでしょ?大丈夫、この子達は強いから。フリーザー!」
一瞬で会場の空気が凍りついたような気がした。その存在感は圧倒的だった。
戦いの舞台へ、静かに舞い降りるのは冷気を纏った美麗な翼。
寒気なんて次元じゃない、今までとは比べ物にならない練度なのが見て分かった。
サンダーじゃなく、私を見る静かな目線。
全く想定していなかった。イマイチ掴めなかっだけれど、まさか。
……あれが、本物のフリーザーなの?
「めっちゃ綺麗でしょ?まあ、今はダイマックスしてないけど、ほら」
「そうですね……?」
私の知るフリーザーは分身して目からビーム出す奴だ。綺麗な鳥さんじゃ無い。
「ごめん。ユウリちゃん、忘れてくれていいよ。今から教えてあげるから──」
「結構です!──雷鳴蹴り!」
一足で飛び込み、偽フリーザーへ飛び蹴りを食らわせるサンダー。
痛烈な一撃だったはずだが、フリーザーは涼しい顔でそれを受け止めて、鷲掴みする。
「そう来るのは分かってた、でももう限界でしょ?──吹雪!」
ゼロ距離で放たれた風雪の冷気によって、捕まった哀れな鳥は凍りつく。
「くっ、よくやった」
フリーザーは態々私の目の前にまで来て、固まったサンダーを置いた。ボールへ戻す。
「丁寧に運んでくれてありがとう、でもそれ挑発だよね」
凛として落ち着いた表情のフリーザーは、ジッと私の目を見た、近付かれると寒い。
なんで私を見てる……?さっきからシャクヤさんのポケモン達は集中してるのこれで?
何か別の事を考えてる気がするんだけど……何の作戦……?
「フリーザー!戻っておいで!」
シャクヤさんの声に、フリーザーは直ぐに戻って行った。
「うん、そっか。じゃあバトルで分かってもらうしか無いね!」
フリーザーは何かをシャクヤさんに伝えている。
何を確かめてた……?
「なら、見せてあげますよ、本物のフリーザーを!」
繰り出すフリーザーは当然浮いてるし、目が光ってる。本物だ。
「鳥っていう共通点しかなくね?ウケるんですけど、つか何?浮いてんじゃん」
「じゃあ、シャクヤさんは、恐竜がコンセプトじゃ無かったんですか?」
「恐竜が進化すると鳥なんでしょ?進化したポケモンが同じポケモンなら、鳥だって恐竜じゃね?──」
「確かに……!──」
天才か……?この人。
「「原始の力!」」
スタジアムの地面から岩の塊が引き摺り出されて浮かび上がり、射出され、空中で激しく衝突し合って相殺される。
こちらのフリーザーは何考えてるか分からないけど、向こう側は得意げにも見える。
"それにできることは私にもできるのだ"と言っているようだった。
そうしているうちに、霰は止む。
これで吹雪も避けられないことは無い。
氷・飛行というタイプだと予想して命令した技だったけれど、同じことをしてくるってことは、それで正解か。
まだ吹雪を当てやすいのに、原始の力を使う理由がない。多分こっちも同じタイプだと思ったんだろう。
「あいこだったね、ま、これでフリーザーが強いって分かったでしょ?」
「まだ分かりませんよ、それに私のは本物、シャクヤさんのは偽物ですから」
「新しい方と、古い方で良くね?偽物とか決める意味ある系?てか古い方が良くね──」
「いいえ、あるのは古い間違いと、新しい正解だけです──」
「──フリーザー!封印!」
「もう一回げん……え、マジか!?避けて!」
目の光るフリーザーから、波のような光線が放射状に放たれて、綺麗なフリーザーは逃げ切れずにそれを全身に浴びた。
「これでもう、本物の技は真似出来ません、貴女のフリーザーは足掻く事しか出来ないでしょう」
本来、封印なんて大した技じゃないだろうけど、私の場合は覚えさせられる技の量も種類も多いから、一方的に相手の使える技を縛れる。ポケモンにもよるし、封印覚えるポケモンは妙に少ないけど。
「真似?何言ってんの?ユウリが知らないだけじゃん?」
私が知ってることが間違ってる……?そんなわけない。
「私の知ってるフリーザーはこっちです──」
「じゃあ、新しく記憶しなよ──」
封印がどの程度作用しているのかまでは分からない、間違いなく飛行技と原始の力は無い。
確実に氷で弱点を突いてくる──
「吹雪が来る!暴風で迎え撃て!」
「分かってても凍らせてあげるし!吹雪!」
フリーザーが巻き起こす風と吹雪が重なり、竜巻のように渦を巻く。
二匹は何度も風と吹雪を巻き起こしながら飛び、一歩も譲らない。
やはりというか、こちらもかなり鍛え上げているはずなのに──
「そのフリーザーは強い。それは認めます」
「当たり前じゃん!この子達は──チャンピオンが育てたポケモンなんだから!」
嬉しそうなシャクヤさん。でも何で?
チャンピオン?誰だ……?氷タイプのジムリーダーがチャンピオンに?
ここまで強力なポケモンを育てられる人間に心当たりは……
「ですが、生き物は、同じ種類の生き物に、同じ縄張りを渡そうとはしません!相手を追い出すまで戦います、それが生き物です!──」
「……そっか」
そろそろ、決着をつける時だ。
「未来予知」
「高速移動!予知なんてそうそう当たらないよ!動き続けて──吹雪!」
飛び回りながら、吹雪を再び放つ。
「当たりますよ、絶対に──瞑想」
吹き荒ぶ壮絶な雪風を前に、私のフリーザーは静かに瞑想した。恐らく体力はもう限界に近いだろう。
「な、何で避けないの」
「これで終わりだからです──」
「終わらせないよ!もう一回吹雪!」
「──サイドチェンジ」
フリーザー達の位置が入れ替わる。
「え……!?」
シャクヤさんのフリーザーは不意を突かれ、自らが放った吹雪を背中から受け、墜落して、私の目の前に落ちる。
「耐えて!まだ戦える!」
フリーザーは墜落の衝撃にも、何とか持ち堪えた。まるで悲しませたくないようだった。そんな表情をして私を見る。だけど。
「──タイム・イズ・オーバー、です」
未来予知によって放たれ、凝縮された念動力によって空間が歪み、フリーザーが落ちた位置で爆ぜた。
そして私の目の前で、フリーザーは倒れた。
「勝者!チャレンジャーユウリ!」
勝敗を告げる声と歓声が響く。だけれど、私には何か違和感だけが残っていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
試合が終わった後、私は違和感を解消する為に、シャクヤさんの控室へ向かった。
けれど、扉を開けることは出来なかった。
声が聞こえてしまったからだ。
「ごめん、ごめんね。うまく出来なかった……思い出してもらえなかったよ……ユウリ、覚えてないってさ。一緒に捕まえたのに……」
泣いていた。
とても、先程まで軽い口調で戦っていた彼女だとは思えなかった。
「みんな、ごめんね……あんなに大好きだったのに……ユウリに会えるの楽しみにしてたのに……」
そうか……私が……忘れてるんだ、シャクヤさんのことも、彼女が使ってたポケモン達も。
チャンピオンが育てたポケモン達──
──私のポケモンだった子達のことを。
シャクヤさんは覚えていない私が混乱しないように、それとなく思い出させようとしてくれてたんだ……
それを、私を何度も見ていた視線や表情の意味にも気づかないで、古いと言って切って捨てたんだ……私は。
それは……私が置き去りにされたこと、思い出にされたことと、何も変わらない。
「ぁ…ぁ……」
もう、合わせる顔が無かった。背を向けて、急いで逃げ出した。
フリーザーが持ち堪えたのは、シャクヤさんを悲しませたくなかったんじゃない。
私を悲しませたくなかったんだ。
それを偽物と言って、私の元には新しいフリーザーが居て。忘れられてて。
それでも私の為に全力を出してくれていたのに。あの子なりに向き合ってくれたのに。
インテレオンがしてくれなかったことをしてくれたのに、そんなことも分からなかった……
ポケモンのことなら何でも分かるつもりだった。でも、つもりは所詮つもりに過ぎない。
私は置いて行かれただけじゃない、置いて行ったんだ。……ずっと被害者面して、誰かを傷つけてるのも、知らずに、分かってくれなんて言いながら、自分のことしか考えてなかった……
自分の浅ましさに吐き気すら覚えて、私はひたすら逃げた。