ムゲンの果てで、愛を唄う少女ユウリ   作:銀杏鹿

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02 ハロー・ワールド

 

 目が覚めると知らない天井を見上げていた。

 

 物々しく明滅する機械が部屋に並び、何かの数値を指し示す計器の針が揺れ、私の腕には点滴が繋がっている。

 

 枕元にはいつ撮ったのか分からないポケモン達や友人達との写真が飾られ、すぐ側の花瓶には、マリーゴールドの花が挿してあった。

 

「……なんで?」

 

 なぜこんな場所にいるのか、全く見当も付かず困惑していると、突然扉が開く。

 

「ゆ、ユウリ……?お、起きたのか?」

 

 入ってきた見知らぬ男性が、驚いた顔をして此方を見た。

 

「……誰?」

 

「……っ……分からないか?俺は──」

 

 何を言われたのか、一瞬理解できなかった。

 

 全く知らない、おじさんと言っても良いくらいの年齢の男の人がまさか、そう名乗るとは思わなかったからだ。

 

「ホップ……?ホップって……同じ……」

 

「……いいか、ユウリ。よく聞いてくれ。君は──」

 

 彼の慎重な説明は一言に要約できた。

 

 つまり。

 

 ある日、目覚めると20年経っていたのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 20年前の私は、マクロコスモス、そしてホップとソニアさんが研究の為に行った、ムゲンダイナに関する実験中に発生した事故で、それ以来ずっと、意識不明になっていたようだ。

 

 事件前後の記憶は無い、私が覚えているのは伝説のポケモンであるザシアンとザマゼンタをめぐる戦い迄の記憶。

 

 私に敗れたホップが、目の前で別の道を行くと宣言したあの日より先の記憶は無い。

 

 だから、どれだけホップやソニアさんに謝られても実感は無かった。彼らは何度も同じ季節を巡ってきたのかも知れないが、私にとっては寝て起きた次の朝なのだから。

 

 それに、どれだけ危険だと分かっていても協力してしまうと思う。他ならない彼の頼みなら、どんなことだってしただろう。

 

 私はそれを理由に彼を恨むことはなかった。

 

 けれど、彼の指に嵌められた指輪と、ソニアさんの指に嵌められたものが、同じ物だと気がついた時、私の心臓は止まったような気がした。

 

 それだけの時間が過ぎた、私にそう説明するのにはこれ以上の説得力は無かった。

 

 ただ、受け止めるにはあまりにも荒唐無稽過ぎて、私はずっと夢の中にいるような気分だった。

 

 私が現実を思い知ったのは、ふと、外に出てみようかと、歩こうとしてまるで歩けなかった時だった。

 

 体に力が入らず、ふらつきながら壁を伝って扉の外に出るも、バランスを取ることもできずに転び、身体を床に打ちつけてしまった。

 

 その時の痛みはあまりにも鮮明で、それが私に現実感というものを与えた。

 

 何故か無性に悔しくて、痛くて、気がつくと涙が流れていた。転んで泣くなんて、考えもしなかった。

 

 見舞いに来たマリィが私を見つけると、大慌てで抱きしめてくれた。

 

 私は最初、マリィではなくお母さんだと思って、ずっとお母さん、お母さんと言って泣きじゃくっていた。

 

 マリィは私を抱き抱え、ベッドへ戻してくれた。彼女は綺麗で、そして立派な女性になっていて、私の知っている少女の面影は、あまり無かった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 それからまた、何日か経った。

 

「……えっと……これは」

 

 部屋に来たらしいホップの、困惑したような声が聞こえた。

 

「なんね」

 

 私を抱きしめて撫でていたマリィが、私の代わりに聞く。

 

「いや、その。そろそろリハビリを始めた方がいいんじゃないかと思ってな……」

 

「そげんまだよかやろ、この子が自分でやりたいって言った時に始めるのが一番でしょ」

 

「……ユウリに聞いたのか?」

 

「まだ、聞いとらん。ユウリ?どう?」

 

「やだ。出たくない」

 

「ずっとここにいるわけにも行かないぞ」

 

 ホップが屈んで目を合わせようとする。

 

「や、やだっ!」

 

 私は思わず顔を逸らしてしまった。今の私の顔を見られたく無かった。

 

「しょんなか子やなぁ、ほら、ユウリもこう言ってるし、まだいいでしょ?」

 

「……わかった」

 

 静かにホップは外へ出て行く。

 

「ん?ユウリ?どげんしたと?」

 

 何とも言えない、いくつもの感情が渦巻いて、それは恐怖という形に変わって私の身体をカタカタと震わせた。

 

「分かんない」

 

「大丈夫、大丈夫だから」

 

 マリィは優しく私を抱きしめてくれている。その暖かさだけが、今の私にある唯一の平穏だった。

 

「……お母さん」

 

「もう、ユウリ?マリィはお母さんじゃなかよ」

 

「……じゃあ、私のお母さんはなんで来ないの」

 

「……いろいろあったんだよ……だから……」

 

 このままじゃ良くないことなんて分かっていた。ただ一人の肉親であるお母さんが来ないのも、20年が経ったことも、ホップがソニアさんと結婚していることも、私には受け入れ難い現実で、それは私を酷く孤独にした。

 

「う、うう」

 

「大丈夫、大丈夫だから」

 

 私は泣いた、赤子のように。思いを伝える言葉を持っていたはずなのに、それを失くしてしまったように、ただ泣くことしか出来なかった。

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