ムゲンの果てで、愛を唄う少女ユウリ   作:銀杏鹿

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◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 剣が振り下ろされ、鮮血が散る。

 

 青狼は剣を咥えたまま、呆然と立ち尽くす。

 

 彼女の額と剣には返り血がこべり付き、青い毛の先を赤く染めていた。

 

 その目の前にはかつての主人。

 

 目を瞑り、

 

 倒れ臥して、

 

 血を流す少女。

 

「──」

 

 雌狼は少女の望み通りにした。

 

 そうすることでしか彼女を救う術は無いように思えた。

 

 そうしなければ、何もかもに害を及ぼすと言った。

 

 そうすることを、強制されているという言い訳を与えられた。

 

 王である彼女には、やらざるを得なかった、誰もが望んだ通りに行動しただけだった。

 

 にも関わらず、狼はただただ、虚しかった。

 

 流れていく血、失われていく体温。

 

 誰にでも理解できる、この命は、もう終わる。

 

 狼はただ、主人を待っていただけだった。

 

 また戻ってくると言った主人をずっと待ち続けていただけだった。

 

 ただ、共に歩む日を。

 

「──」

 

 墓標の前で、少女がただの冷えた肉の塊へと変わっていく。

 

 狼は再び、長い眠りにつくことを選び、最後の一撃を与えるべく、少女に寄り添った。

 

 せめて、共にあれるようにと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんや、これ……おい……お前……」

 

「─!!」

 

 そこへ人の言葉を話す奇妙な獣、紫色の小さきものが現れる。

 

「嬢ちゃん……?嘘やろ?」

 

 近寄ろうとする二匹の他所者。

 

「──」

 

 狼はその前に立ち塞がった。

 

 その役割はもはや墓守となっていた。

 

 見ず知らずの者に主人の安らかな眠りを妨げさせる訳には行かなかった。

 

「その剣……なんでやねん……お前、なんでこんなことしよったんや!」

 

「……」

 

 狼は人の言葉を持たない、狼は人と言葉を交わさない。人の言葉を持つものとも、また。

 

「……嬢ちゃんは……返して貰うで。今からなら、まだ間に合う……間に合わせるんや!行くでベベノムぅ!」

 

「─!」

 

 向かってくる二匹は、狼にはまるで止まって見えていた。

 

 彼女の目には遅すぎるのだ。

 

 血に濡れた剣が振られ、その剣圧だけで二匹は吹き飛ばされた。

 

 苦しみに満ちた狼の目が二匹を見る。

 

「そうか……そう言うことか……あかんな、こりゃ」

 

 冷や汗を流す獣、その目に映る敵はあまりにも強大、とても敵う相手ではない、だが、それだけでは無い。

 

 相手は明確な意思と信念を持って対峙しているのだ。

 

「ベベノム、お前は下がれ、お前には無理や」

 

「──!─!──!」

 

「これは王の戦いや。お前の出る幕は無い」

 

「──っ」

 

 渋々下がるベベノム。

 

「それでええんや……いいか、ベベノム、お前は今すぐ誰か呼んで来いや、お前にできるのはそれくらいや」

 

 狼の前に立つ獣は背中越しにそう言う。

 

「──?」

 

「余は王やぞ。王が臣下より先に倒れるかいな。行けぇ!」

 

「──!」

 

 そうして去って行くベベノム。

 

「それでええ、ええんや──」

 

 ゆっくりと、前へ進む獣。

 

「……貴様の苦しみに敬意を表し、余は名を名乗ろう、余はヨクバリス朝の王。ヨクバリス=ヨクバリスである!王の何たるかを見せてくれよう!タマァ取る覚悟でこいやァァァ!!」

 

「ゥゥルォォォオオオオ!!」

 

 苦悶の雄叫びを上げ、狼は剣を振りかざし、ヨクバリスは願い星を掲げてダイマックスした。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 かつて彼は暴力そのものだった。

 

 星に落ちた隕石から産まれ、それだけでいくつかの種を滅ぼした。

 

 生まれるだけで、既に罪を背負っていた。

 

 やがて目覚めた彼には親はなく、彼を守るものは何一つとしてなかった。

 

 彼は泣き叫んだ、自らの親を探し、自らの保護を求め、何処にもない優しさを求めて。

 

 それを聞いた者は恐ろしい雄叫びにしか聞こえなかった。それ故、忌み嫌われ、恐れられた。

 

 どんな生命よりも大きく、強く産まれてきた。

 

 彼は、自分が生きる術を誰かに教わることも、習うことも出来なかった。

 

 だが、彼を脅威として排除する自然や生き物、世界全てに対し、戦いを選ばなければならなかった。

 

 暴力と破壊だけが、世界との繋がりだった。

 

 何も知らなかった、自分と同じものは何もいなかった。

 

 巨大な黒い手のような姿は、あらゆるものを恐れさせた。

 

 ただ、何よりも強く産まれてきた、それだけで彼は孤独に生きることしか出来なかった。

 

 だから自分と同じくらいに生命が大きくなることを願った。

 

 願いは叶い、生命は大きくなった。

 

 彼は、相手を自分と同じ存在になったと思い込み、近づいた。

 

 やっと、一緒に生きることができる誰かが出来たのだと。

 

 だが、生命は彼を恐れ、牙を剥いた。

 

 そして、大きく変わったのは自らとは違い、永遠ではなく、ほんのわずかな間だけだった。

 

 彼は、自らの願いによって自らの孤独を教え込まれた。

 

 悲しみに暮れた彼は、ひたすらに破壊を繰り返した。それだけが彼の存在証明だった。

 

 やがて、ブラックナイトと呼ばれた彼は、何も知らないまま、ニンゲンとポケモンというものに討伐され、深い眠りに落ちた。

 

 時が経ち、彼は地下深くで目覚めた、訳もわからず、また泣き始めた。

 

 目に映るのは変わり果てた世界、自分の知っているものは何もない。ただ一匹であった彼は、繋がっていた世界さえ失った。

 

 だが、その嘆きは雄叫びにしか聞こえない。

 

 誰一人としてそれを理解するものはいない。

 

 また、世界と繋がろうとして、彼は破壊することを選んだ。自分の証明のために。

 

 戦うしかなかった。

 

 滅ぼすまで戦うこと以外に、何も知らなかった。

 

 だが、彼に立ち向かったニンゲンの少女は、彼を殺すことも、地下深くに埋めることもしなかった。

 

 今まであらゆるものが敵わなかった自分を打倒し、その上で仲間とした。

 

 そして、彼をムゲンダイナと呼んだ。

 

 彼は自分に起きたことが信じられなかった。

 

 衰えたとは言え、未だ遥か巨大な自身を他の生命と同じように扱った。

 

 共に過ごし、旅をし、食事をした。

 

 どれも初めてのことだった。

 

 彼は初めて、一匹で眠らずに済んだ。

 

 与えられた感情が、優しさというものだと、初めて知った。

 

 やっと、"おや"をみつけたのだ。

 

 長い夜がようやく明けた。おやが彼の泣く叫び声にやっとたどり着いたのだ。

 

 彼は気がついた、どんな怪物も従える彼女の目には、彼が持っていた孤独と絶望が宿っていたことに。

 

 獣と共に戦うことにかけては、どのようなニンゲンよりも優れていた少女は、彼と同じく、強すぎる存在だった、それ故に、孤独を抱えていた。

 

 彼はこの小さな少女を、自らのおやを守ることを決めた。

 

 共に立つことで、その孤独を癒そうとした。

 

 彼は未だ人々には恐れられ、ブラックナイトと呼ばれていたが、それでも共に、少女は戦い続けた。

 

 自分の力を、破壊する以外に使えることを知った。

 

 少女のために、ムゲンダイナは戦い続けることを誓った。

 

 少女はいなくなった。

 

 彼は暴走した力によって、少女の母を消し飛ばし、彼女を殺してしまった。

 

 大き過ぎる力は、やっと見つけた幸福すら破壊してしまった。

 

 彼は悔やみ、自らの力の消滅と、少女の復活を願った。

 

 そうして、彼女を眠らせた。

 

 自分が眠りに落ち、時を経て目覚めたように、彼女もまたいつか目覚めるだろうと信じて、自分の力を与え続けた。

 

 そうして待ち続けた、いつか感じた温もりが、帰ってくると信じて。

 

 少女に出会うまで、永遠にも感じられるほど、長い間待っていたのだから、いくらでも待ち続けられると思っていた。

 

 だが、自らの力を恐れ、力の源である石を口にしなくなってから、ゆっくりと彼は力を失い、小さくなっていった。

 

 それでも、石を口にすることは無かった。

 

 待って、待って、待ち続けた。

 

 そして、やっと出会えた。やっとおやが目覚めた。

 

 力を使い果たし、もう以前のようには戦えなくなってしまったが、彼はそれでも満足していた。

 

 自分は誰かを守ることが出来たのだと。

 

 そして、小さくなった彼は産まれて初めて抱きしめられた。

 

 彼はようやく、自分の産まれた意味を感じた、この温もりを守るために、自分は産まれてきたのだと。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 ムゲンダイナ──ベベノムはまどろみの森を飛び続けた、以前のような力を持たない彼には、一匹でこの森を抜けることは非常に難しかった。

 

 既にその身体は限界に近かった。

 

 彼はエネルギーの塊のようなもの。

 

 力を求めるポケモンにとっては格好の餌でしかない。

 

 行きに無事だったのはヨクバリスを恐れて一匹として手向って来なかったからだ。

 

 衰えたとは言え、試合のように指示のある一対一ならそうそう負けることはないだろうが、野生にはそんなルールは通用しない。

 

 群れで襲われれば、生き残るので精一杯だ。

 

 人を襲わないポケモンは、報復があることを知っているが、ポケモン同士では話が違う。

 

 彼らには野生か否か、などと言う区別はすぐには分からない。あるのは、食うか、食われるか、追い出すか、追い出されるか、だ。

 

 野生においては、ダイマックスの力を得れば、種の頂点に立てる。だからこそ、彼は狙われる。

 

 彼は自らが行った行為の因果によって、未だ苦しめられていた。

 

 立ち向かうたびに、次々に襲いくる暴力を前に、彼はかつての自分を思い出した。

 

 ひたすら自分が繰り返した破壊は、ただものを壊しただけではなかったのだ。

 

 生態系を破壊し、力なき者達に更なる苦境を強いて、その打開のために、彼らをエネルギーへ走らせたのだと。

 

 そうして憎しみが生まれているのだと知った。

 

 現実を目の当たりにしながら、何度も何度も倒れかけ、少女を救うために持ち堪え、進み続けた。

 

 そうして、あと少しの道のりを越えれば、縄張りの境界、そこさえ突破すれば、強力なポケモンが減るその寸前だった。

 

 奇襲してきたアーマーガアに攻撃され、漁夫の利を狙ったガラルマタドガスに追い詰められて、草むらに転がされるベベノム。

 

 もし、彼に目的も生きる意味もなければ、ここで食われることで、憎しみや食物の連鎖の中に生命を終わらせたかもしれない。

 

 だが。

 

 ──あの確かな温もりを守るため。

 

 ──ここで倒れるわけにはいかないのだ。

 

 立ち上がろうとするベベノムの手に、何かが触れた。

 

 そこにあったのは、"かいふくのくすり"。

 

 かつて、少女が使っていたものと同じ。

 

 "きのみ"と違って本能的に使えるものではない。

 

 しかし、昔の手では掴めなかったものが、今の手ならば掴むことが出来る──!

 

「──!!!」

 

 途切れる寸前だった意識を薬によって繋ぎ止め、ベベノムはポケモン達の隙を縫って抜け出す。

 

 縄張りを抜け、まどろみの森から一直線に飛び出す。

 

 道を塞いでいた柵を破壊し、少女の故郷へと帰還する。

 

 牧場の空は未だ曇ったまま、光は見えない。

 

 かつて自分を打倒した剣の王を退けられる存在を見つけなければならない。

 

 同等の存在を連れ、それと共に戦う者を。

 

 そんな者は一人しかいないのだ。

 

「──!!!!!」

 

 ベベノムは少女を救うことが出来る唯一の者へ目掛けて飛んだ。

 

 祈るしかなかった、あの男がそこにいることを。

 

 そんな偶然を願うしか、彼には残されていなかった。

 

 彼はその男の家の扉をぶち破り、中へ転がり込んだ。

 

「べ、ベベノム!?どうしたの!?」

 

 視界に映ったのは、男の妻、そして、その子ども。まだ赤子のニンゲン。

 

 

 

 

 

 

 その視界に、求めた者はいなかった。

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