ムゲンの果てで、愛を唄う少女ユウリ   作:銀杏鹿

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25 カルマ

 目に映るのは赤く滲んだ石畳。

 

「嬢ちゃん!聞こえるかぁぁ!!」

 

 声がする。

 

「ォォォォオオ!!」

 

 雄叫びが聞こえる。

 

 地響きと何かがぶつかり合う音。

 

 ……戦ってるのか。

 

 人というのは、案外すぐには死なないらしい。

 

 死ぬまで苦しめってこと?介錯くらいちゃんとしてよ、ザシアン。そんなのに構ってないで、早くトドメをさしてよ。

 

「っ、返事はいらん!くぅ!意識を手放すなぁ!!」

 

 ヨクバリスか……よくもまあ、私を見つけたものだ。

 

 体は動かない、お腹が焼けるよう熱い。

 

 大事なものが、どろどろ流れていって、私の周りに水溜りを作っているようだ。

 

 ポケモンはみんな自由にした筈なのに、ここまでどうやって……いや、もうどうでもいいか。

 

 どうせ死ぬ。私はもう助からない。

 

 せいぜい、無駄に命を使い果たすがいい。

 

 それが、お前の強欲に相応しい浪費だ。

 

「ぐっ、何を考えとんのかは知らんからなぁ!手当たり次第に言っておくでぇ!」

 

 分かるわけがない、人ですら私のことは分からない。誰も、分からない。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「嬢ちゃんは……っ、くっ、うぅ、余の臣下や、勝手に、死ぬことなんぞ、許さんぞぉぉ!!」

 

 ……うるさい……いつからそんなものになった。

 

「余のものは余のもの、お前のものも、余のもの。嬢ちゃんの命も、余のもの!勝手に助けるからなぁ!」

 

 馬鹿みたいだ。いいや、馬鹿か。

 

「案外死ねるものでもない!そう死なんし、勝手に生き残る、死にたくなるほど恥ずかしくてもなぁ!」

 

 お前の話なんて知ったことか。

 

「死んだら終わりや、生物の根源は生きること、生き残ること、それだけや!」

 

 生きて何の意味がある、私には生きる意味も価値ももう、感じられない。

 

「生きる意味も価値も最初からない!探したって見つからん!そこらに置いてあるもんやない!木になっとるわけでもない!」

 

 ……え?

 

「ほんまに馬鹿げとる!抗うことも馬鹿げとる!意味なんて与えられとらん!生きれば生きるほどに分かる、しょーもない世界や!」

 

 ないなら、私は間違ってないじゃないか。

 

「おまけに恥ばっかかかされる、見たくないもんばっか見させられる!」

 

 ほら、わたしは正しい。

 

「やけど、どんだけクソッタレでも、どんだけ馬鹿げてようとも……それが命なんや!」

 

 こんなものを受け入れろって言うの?

 

 受け入れた結果が、死じゃないの?

 

「いつでも不平等で理不尽なんや!いつ死ぬかも分からん、突然何かを失うかもしれん、頑張ったところで突然無駄になるかもな!くっ……このっ、話の途中やろがい!」

 

「ォォォォオオオオオ!!」

 

 ザシアンの雄叫びと、何かが激しく叩きつけられるような音、地鳴り。

 

「く……ええもんやなぁ!強いポケモンっちゅうのは!余がこれだけやってもまるで倒れんわ!」

 

 じゃぁ、諦めればいいじゃない。

 

「だからこそ、余は諦めん!抗うことこそが、このクソッタレな世界と向かい合う方法や、抗う心が、縛られん自由を!絶対に屈しない情熱を生む!」

 

 私は抗った、抗ったよ。まだ頑張れって言うの?そんな馬鹿みたいなこと……しなきゃいけないの?

 

「馬鹿げたことをしてはならんなんて決まりは何処にもない、いや、決まりなんて最初からない!与えられとらんからこそ、自由に生きることが出来る!」

 

 しなきゃならない道理もないでしょ……

 

「勝ち取るしかない、ねだるもんでもない、意味も価値も、生きていくうちに手に入っとる、自分が与えとる……このっ……うぅぅ!!」

 

 それは真っ当な存在なら、そうなんだろう、正しい生き物はたとえ意味などなくても、どのみち生きる道を見つける。

 

 わたしはそうじゃない、意味も意義も手に入れられなかった。生きてるだけで誰かを傷つける、そんなものに、わたしにはそんな価値を自分で与えることはできない。

 

「生き物は皆、生まれながらに誰かの場所を奪っとる、生きるためには誰かを、何かを傷つけずにはいられん、獣は縄張りを、植物は陽だまりを奪い合う!人は食うために何かを屠る!それは罪やが、悪ではない!」

 

 それでも、そんな辛いのに生きてなきゃいけないなんて、もう十分だよ、もう嫌って言うほど味わったよ……

 

「嬢ちゃんはまだ生まれて間もない、見たものなんて一部に過ぎんのや!終わらせるにはまだ早い、賢くなるまで老いてはならん!死ぬのは見れるだけ見てからでもええやろ!」

 

 これでまだ、一部なの……?まだ嫌なことがあるの……?

 

「くっ、嬢ちゃん!嬢ちゃんが死んだら!っ、ベベノムはどうなるんや!あいつはな──」

 

 大丈夫、あの子は一匹でも生きていける。

 

 私と過ごした時間なんて、あの子の生きた時間のほんの僅かなものでしかない。

 

 それまでずっと、あの子はあの体で生きてきたのだから。

 

「嬢ちゃんは──あいつのたった一人の親やろがぁ!」

 

 なんで、そんなこと。

 

「あいつはなぁ!嬢ちゃん以外にはおらんのや!嬢ちゃんには他のポケモンがおっても、あいつには嬢ちゃんしかおらんのや!」

 

 嘘だ……そんなこと……

 

「それでもまだ生きたくないなら、余がひとまず理由をくれてやる!余が命じる!──生きろ!」

 

 もう、おそいよ。大事なものは全部流れてる。何もかも、今更。

 

「余は無条件でお前の生を肯定する!お前がどれだけ自分を無価値だと考えようが、罪を背負っていようが、そんなこと関係なしにお前は生きろ!生きていてええんや!」

 

 本当に、それで、それで生きて良かったなら、何もなくても、良かったなら、どれだけ良かったんだろう。

 

「だから生きろ!生きてくれユウリぃぃ!!余は、ベベノムは、嬢ちゃんがこのしょーもない世界にいて欲しいんや──!」

 

 そして、崩壊するような爆音が聞こえた。

 

 ごめん、ごめん、私は──

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「まだ、まだや、余は……負けん……!」

 

「──」

 

 ダイマックスさえ解け、力尽きる寸前のヨクバリスは、ただひたすら呼び掛けながら、持ち堪えていた。

 

 ザシアンは彼を前にしても、それでも、主人の願いを守る為に、剣を構え続けた。

 

「余は……負けん……ぞ」

 

 しかし、限界は訪れる。

 

 ヨクバリスは倒れ臥し、自らの血に沈む。

 

「生きろ……生きてくれ……頼む……」

 

 ヨクバリスの隠し持っていたいくつもの願い星、そしてアイテムやきのみが散らばる。

 

「──」

 

 また、一つ。ザシアンは苦しみに呻く。

 

 これで、全ては終わった。主人の眠りを妨げるものはいない。

 

 ザシアンにはまだ一つ、終わらせなければならない命があった。

 

 自分自身だ。

 

 狼は、剣を振りかざし。

 

「ユウリィィィ!!」

 

 だが、それはようやく訪れた英雄が引き止めた。

 

 盾の王……ザマゼンタに乗って現れたホップの乱入によって。

 

 彼の片手にはベベノムが抱えられていた。

 

 ベベノムは間に合ったのだ。

 

「ザシアン……いや、理由は後だ」

 

「──」

 

 しかし、青き狼は剣を差し向ける。

 

「ユウリを返し──ベベノム!?」

 

 戦おうとしたホップの手から、ベベノムが飛び出し、倒れ臥したヨクバリスに近寄る。

 

「──!─!」

 

 しかし、ヨクバリスは何も言わない。

 

「──」

 

 王は倒れ、残ったのは残骸のように散らばった願い星の数々、そして命の珠。

 

「──」

 

 ベベノムは理解した、王はもう戦えない。だが、願いはここに残っている──

 

 かつて、彼は傷つけることを拒み、願い星を自ら飲み込むことをやめた。

 

 抱きしめてもらうために、小さな体のままでいた。

 

 命じられるまま、生きていた。

 

──だが、それでは守れない。

 

──あの確かな温もりを、二度と感じられなくなったとしても、それを守るために。

 

 たった一人の少女を守り抜く為に──!

 

「────!!」

 

 願い星が輝く、凄まじいエネルギーが渦巻く。

 

 ベベノムは自分の意思でそれを掴み、光に包まれる。

 

「こ、これは……!」

 

 ホップは目を疑った。今まで全く観測されなかった事象だった。

 

 ダイマックスでも、キョダイマックスでもない。

 

 それは、進化だった。

 

 だが、あの禍々しい姿では無い。

 

 かつてのムカデような姿ではなく、蜂と竜が融合した巨大な針を持つ者。

 

「アーゴヨン……!!」

 

 小さな体を捨て、戦うための姿を手に、彼は竜となった。王の残した命の珠を握りしめて。

 

「──!」

 

 脅威を感じ取ったザシアンは剣を振り上げて飛び込み、巨獣をも屠る一撃を振るう。

 

 彼が幾度も受けたその一撃。

 

 それ故、彼はその剣の軌跡が見えていた。

 

 一度だけ、それを耐えることが出来ると。

 

 避けることは出来ない速さ。

 

 だが──

 

「──!?」

 

 ザシアンは切り捨てた筈の竜に捕まえられた。

 

 斬撃を浴び、鱗は傷付いた、しかし、命には届かない。

 

「──!!!!!!!」

 

 アーゴヨンの全身全霊の火炎がザシアンを焼く。

 

 予想しなかった反撃を食い、これまで蓄積した疲労と合わさり、ザシアンは一撃で戦闘不能になった。

 

 彼は殺したのではなく、戦えなくした。

 

 彼が彼女から教わった、技術であった。

 

「──!!」

 

 そして、アーゴヨンはザシアンを下ろし、少女の元へ行く。

 

 触れた少女は既に息絶えている。

 

 もう、その体に温もりはない。

 

 彼は祈った、彼女の命を。

 

 眠らせるのではなく、共に生きるために。

 

 しかし、少女は動かない。

 

「ユウリ……?ユウリ、な、なぁ、嘘だろ」

 

 駆け寄るホップ。しかし、もう彼の声は届かない。

 

「──、──」

 

 竜は悔やんだ、最初から戦っていれば良かったと。

 

 握りしめていた王の命の珠が砕け散った。

 

「──!?」

 

 珠の力が逆流し、アーゴヨンの力を代償に生命力を放つ。

 

 それが今のアーゴヨンに足りなかったものを補った。

 

 彼は少女を抱きしめた。

 

 彼女が彼を抱いたように。

 

 墓標の森の中、雲の切れ目、木々の間から、光が差して、彼と少女を照らす。

 

 アーゴヨンに宿る凄まじいエネルギーが少女へ流れ込み、傷を癒す。

 

 彼は僅かな鼓動を感じた。

 

 鼓動はゆっくりと規則的に、鳴り始めた。

 

 やがて、その振動は大きくなり──

 

「………っ」

 

 少女は息をはじめた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「ユウリ!聞こえるか!ユウリ」

 

「……ホップ……?」

 

 男の声に目を開ける少女。

 

「……なんで……私、それに……ベベノムなの?」

 

「──!」

 

「進化したんだ、ユウリを守る為に、ユウリの傷を治したのもそのアーゴヨンなんだ」

 

「…………そっか、じゃあ、しょうがないね」

 

 ふらつきながら、ホップの肩を借りて起き上がる少女。

 

「ザシアン……ごめん……失敗しちゃった」

 

 少女は倒れたザシアンを撫で、肩を借りたまま、倒れ臥したもう一匹の元へ向かう。

 

「ヨクバリス……」

 

「……生きろ……嬢ちゃん……生きるんや……」

 

 もはや虫の息のヨクバリスは、何に反応するでもなく、うわごとのようにそう口にした。

 

「……呪いだよ……それは……そんな呪いはいらない……私のために死なないで……私は生きるから……お願いだから置いて行かないで……」

 

「ヨクバリス王朝のために……忠誠を誓うか……?」

 

「こんな時まで!お願いだから!」

 

「……………………」

 

 ヨクバリスは何も言わない、今度こそ沈黙は訪れた。

 

「ねぇ、何でもする!生きるよ!だから……」

 

 そして、少女は気が付いた。

 

 もう、言葉を交わしても意味が無いことに。

 

「帰ろう、ヨクバリス」

 

『そやな……』

 

 少女には、そんな返事が聞こえていた。

 

「ユウリ………大丈夫か?」

 

「うんだって──」

 

 涙を拭い、微笑む少女。

 

「ちょっと深く…寝てるだけ……なんだから」

 

「っ、そうだな、静かに眠らせてやろう、ここは、墓でもあるんだからな」

 

「違うよ」

 

「……?」

 

 少女は散らばっていたきのみの中から、一つを拾い上げ、ヨクバリスの口の中へ入れる。

 

 少女は彼の口を動かして、咀嚼させる。

 

「美味しいかな、ねぇ……」

 

「ユウリ……!」

 

 ホップは涙を堪えられなかった。

 

「帰ろう、みんな、一緒に」

 

「ああ、そうだな、みんな、一緒に」

 

『そやな!はよ帰ろか!』

 

 ホップにすら、幻聴が聞こえていた。

 

 それは、いち早く森の外へ向かって駆けていく。

 

『何しとんねん、ボケーっとしとると、置いてくで!』

 

「……ヨクバリス──」

 

「ああ、俺にも見えるぞ、なんでか分からないけど、喋ってる……きっと、まだ──」

 

「──よくも私の自殺を止めてくれた上に、こんな茶番までやってくれたな」

 

 少女は、凄まじい目で睨んでいた。

 

「え、ユウリ?」

 

 そしてホップの肩を離れ、ザシアンの剣を拾って杖代わりに歩き、待っていたヨクバリスをしばきはじめた。

 

「たわばっ!」

 

「なんでやねん……全然元気やんか!何を死ぬ寸前みてぇな雰囲気だしてやがんだよ!私にはポケモンの体力がどんぐらいあるかなんて、みりゃあわかんだよクソぼけ!」

 

「な、なんや、生き残ったのに、何が悪いんや!」

 

「お前のせいで生きなきゃならなくなったじゃねぇか!」

 

「ゆ、ユウリ!?どういうことなんだ!?」

 

 突然豹変した少女に驚愕するホップ。

 

「あぁん?……あ、う。えっとね、ホップこいつ、眠って回復し始めただけなんだよ、だからカゴの実をぶち込んで起こしてやったの、したら当たり前のような顔して、帰りだしたの」

 

「え、えぇ?喋ってるし、幻覚か何かかと思ってたぞ……」

 

「気にすんな」

 

「お、おう……」

 

「なんや、余の何が悪いんや!」

 

「全部だよ!私はお前に呪われて、生きようとすら思った、お前が命をかけるなら、呪われてやってもいいかって、だけど何普通に生きてんだよ!」

 

「ええやん、別に。生きとるもんはしゃあないやろ。死ななきゃならん理由もないわ。余は王やぞ、一人のために死ぬわけには行かんのや、死なせるわけにも、行かんのや」

 

「ふざけんなよ……」

 

「く、くく」

 

「何がおかしい!」

 

「痛いとき以外で泣くのは、人間だけや。嬢ちゃんも、れっきとした人間、ちゃんと生きとるで、今も、これからもな」

 

「大人しくくたばっとけよ……どあほぉ」

 

「嬢ちゃんの泣き顔、笑えるで」

 

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