目に映るのは赤く滲んだ石畳。
「嬢ちゃん!聞こえるかぁぁ!!」
声がする。
「ォォォォオオ!!」
雄叫びが聞こえる。
地響きと何かがぶつかり合う音。
……戦ってるのか。
人というのは、案外すぐには死なないらしい。
死ぬまで苦しめってこと?介錯くらいちゃんとしてよ、ザシアン。そんなのに構ってないで、早くトドメをさしてよ。
「っ、返事はいらん!くぅ!意識を手放すなぁ!!」
ヨクバリスか……よくもまあ、私を見つけたものだ。
体は動かない、お腹が焼けるよう熱い。
大事なものが、どろどろ流れていって、私の周りに水溜りを作っているようだ。
ポケモンはみんな自由にした筈なのに、ここまでどうやって……いや、もうどうでもいいか。
どうせ死ぬ。私はもう助からない。
せいぜい、無駄に命を使い果たすがいい。
それが、お前の強欲に相応しい浪費だ。
「ぐっ、何を考えとんのかは知らんからなぁ!手当たり次第に言っておくでぇ!」
分かるわけがない、人ですら私のことは分からない。誰も、分からない。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「嬢ちゃんは……っ、くっ、うぅ、余の臣下や、勝手に、死ぬことなんぞ、許さんぞぉぉ!!」
……うるさい……いつからそんなものになった。
「余のものは余のもの、お前のものも、余のもの。嬢ちゃんの命も、余のもの!勝手に助けるからなぁ!」
馬鹿みたいだ。いいや、馬鹿か。
「案外死ねるものでもない!そう死なんし、勝手に生き残る、死にたくなるほど恥ずかしくてもなぁ!」
お前の話なんて知ったことか。
「死んだら終わりや、生物の根源は生きること、生き残ること、それだけや!」
生きて何の意味がある、私には生きる意味も価値ももう、感じられない。
「生きる意味も価値も最初からない!探したって見つからん!そこらに置いてあるもんやない!木になっとるわけでもない!」
……え?
「ほんまに馬鹿げとる!抗うことも馬鹿げとる!意味なんて与えられとらん!生きれば生きるほどに分かる、しょーもない世界や!」
ないなら、私は間違ってないじゃないか。
「おまけに恥ばっかかかされる、見たくないもんばっか見させられる!」
ほら、わたしは正しい。
「やけど、どんだけクソッタレでも、どんだけ馬鹿げてようとも……それが命なんや!」
こんなものを受け入れろって言うの?
受け入れた結果が、死じゃないの?
「いつでも不平等で理不尽なんや!いつ死ぬかも分からん、突然何かを失うかもしれん、頑張ったところで突然無駄になるかもな!くっ……このっ、話の途中やろがい!」
「ォォォォオオオオオ!!」
ザシアンの雄叫びと、何かが激しく叩きつけられるような音、地鳴り。
「く……ええもんやなぁ!強いポケモンっちゅうのは!余がこれだけやってもまるで倒れんわ!」
じゃぁ、諦めればいいじゃない。
「だからこそ、余は諦めん!抗うことこそが、このクソッタレな世界と向かい合う方法や、抗う心が、縛られん自由を!絶対に屈しない情熱を生む!」
私は抗った、抗ったよ。まだ頑張れって言うの?そんな馬鹿みたいなこと……しなきゃいけないの?
「馬鹿げたことをしてはならんなんて決まりは何処にもない、いや、決まりなんて最初からない!与えられとらんからこそ、自由に生きることが出来る!」
しなきゃならない道理もないでしょ……
「勝ち取るしかない、ねだるもんでもない、意味も価値も、生きていくうちに手に入っとる、自分が与えとる……このっ……うぅぅ!!」
それは真っ当な存在なら、そうなんだろう、正しい生き物はたとえ意味などなくても、どのみち生きる道を見つける。
わたしはそうじゃない、意味も意義も手に入れられなかった。生きてるだけで誰かを傷つける、そんなものに、わたしにはそんな価値を自分で与えることはできない。
「生き物は皆、生まれながらに誰かの場所を奪っとる、生きるためには誰かを、何かを傷つけずにはいられん、獣は縄張りを、植物は陽だまりを奪い合う!人は食うために何かを屠る!それは罪やが、悪ではない!」
それでも、そんな辛いのに生きてなきゃいけないなんて、もう十分だよ、もう嫌って言うほど味わったよ……
「嬢ちゃんはまだ生まれて間もない、見たものなんて一部に過ぎんのや!終わらせるにはまだ早い、賢くなるまで老いてはならん!死ぬのは見れるだけ見てからでもええやろ!」
これでまだ、一部なの……?まだ嫌なことがあるの……?
「くっ、嬢ちゃん!嬢ちゃんが死んだら!っ、ベベノムはどうなるんや!あいつはな──」
大丈夫、あの子は一匹でも生きていける。
私と過ごした時間なんて、あの子の生きた時間のほんの僅かなものでしかない。
それまでずっと、あの子はあの体で生きてきたのだから。
「嬢ちゃんは──あいつのたった一人の親やろがぁ!」
なんで、そんなこと。
「あいつはなぁ!嬢ちゃん以外にはおらんのや!嬢ちゃんには他のポケモンがおっても、あいつには嬢ちゃんしかおらんのや!」
嘘だ……そんなこと……
「それでもまだ生きたくないなら、余がひとまず理由をくれてやる!余が命じる!──生きろ!」
もう、おそいよ。大事なものは全部流れてる。何もかも、今更。
「余は無条件でお前の生を肯定する!お前がどれだけ自分を無価値だと考えようが、罪を背負っていようが、そんなこと関係なしにお前は生きろ!生きていてええんや!」
本当に、それで、それで生きて良かったなら、何もなくても、良かったなら、どれだけ良かったんだろう。
「だから生きろ!生きてくれユウリぃぃ!!余は、ベベノムは、嬢ちゃんがこのしょーもない世界にいて欲しいんや──!」
そして、崩壊するような爆音が聞こえた。
ごめん、ごめん、私は──
◇◇◇◇◇◇◇◇
「まだ、まだや、余は……負けん……!」
「──」
ダイマックスさえ解け、力尽きる寸前のヨクバリスは、ただひたすら呼び掛けながら、持ち堪えていた。
ザシアンは彼を前にしても、それでも、主人の願いを守る為に、剣を構え続けた。
「余は……負けん……ぞ」
しかし、限界は訪れる。
ヨクバリスは倒れ臥し、自らの血に沈む。
「生きろ……生きてくれ……頼む……」
ヨクバリスの隠し持っていたいくつもの願い星、そしてアイテムやきのみが散らばる。
「──」
また、一つ。ザシアンは苦しみに呻く。
これで、全ては終わった。主人の眠りを妨げるものはいない。
ザシアンにはまだ一つ、終わらせなければならない命があった。
自分自身だ。
狼は、剣を振りかざし。
「ユウリィィィ!!」
だが、それはようやく訪れた英雄が引き止めた。
盾の王……ザマゼンタに乗って現れたホップの乱入によって。
彼の片手にはベベノムが抱えられていた。
ベベノムは間に合ったのだ。
「ザシアン……いや、理由は後だ」
「──」
しかし、青き狼は剣を差し向ける。
「ユウリを返し──ベベノム!?」
戦おうとしたホップの手から、ベベノムが飛び出し、倒れ臥したヨクバリスに近寄る。
「──!─!」
しかし、ヨクバリスは何も言わない。
「──」
王は倒れ、残ったのは残骸のように散らばった願い星の数々、そして命の珠。
「──」
ベベノムは理解した、王はもう戦えない。だが、願いはここに残っている──
かつて、彼は傷つけることを拒み、願い星を自ら飲み込むことをやめた。
抱きしめてもらうために、小さな体のままでいた。
命じられるまま、生きていた。
──だが、それでは守れない。
──あの確かな温もりを、二度と感じられなくなったとしても、それを守るために。
たった一人の少女を守り抜く為に──!
「────!!」
願い星が輝く、凄まじいエネルギーが渦巻く。
ベベノムは自分の意思でそれを掴み、光に包まれる。
「こ、これは……!」
ホップは目を疑った。今まで全く観測されなかった事象だった。
ダイマックスでも、キョダイマックスでもない。
それは、進化だった。
だが、あの禍々しい姿では無い。
かつてのムカデような姿ではなく、蜂と竜が融合した巨大な針を持つ者。
「アーゴヨン……!!」
小さな体を捨て、戦うための姿を手に、彼は竜となった。王の残した命の珠を握りしめて。
「──!」
脅威を感じ取ったザシアンは剣を振り上げて飛び込み、巨獣をも屠る一撃を振るう。
彼が幾度も受けたその一撃。
それ故、彼はその剣の軌跡が見えていた。
一度だけ、それを耐えることが出来ると。
避けることは出来ない速さ。
だが──
「──!?」
ザシアンは切り捨てた筈の竜に捕まえられた。
斬撃を浴び、鱗は傷付いた、しかし、命には届かない。
「──!!!!!!!」
アーゴヨンの全身全霊の火炎がザシアンを焼く。
予想しなかった反撃を食い、これまで蓄積した疲労と合わさり、ザシアンは一撃で戦闘不能になった。
彼は殺したのではなく、戦えなくした。
彼が彼女から教わった、技術であった。
「──!!」
そして、アーゴヨンはザシアンを下ろし、少女の元へ行く。
触れた少女は既に息絶えている。
もう、その体に温もりはない。
彼は祈った、彼女の命を。
眠らせるのではなく、共に生きるために。
しかし、少女は動かない。
「ユウリ……?ユウリ、な、なぁ、嘘だろ」
駆け寄るホップ。しかし、もう彼の声は届かない。
「──、──」
竜は悔やんだ、最初から戦っていれば良かったと。
握りしめていた王の命の珠が砕け散った。
「──!?」
珠の力が逆流し、アーゴヨンの力を代償に生命力を放つ。
それが今のアーゴヨンに足りなかったものを補った。
彼は少女を抱きしめた。
彼女が彼を抱いたように。
墓標の森の中、雲の切れ目、木々の間から、光が差して、彼と少女を照らす。
アーゴヨンに宿る凄まじいエネルギーが少女へ流れ込み、傷を癒す。
彼は僅かな鼓動を感じた。
鼓動はゆっくりと規則的に、鳴り始めた。
やがて、その振動は大きくなり──
「………っ」
少女は息をはじめた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「ユウリ!聞こえるか!ユウリ」
「……ホップ……?」
男の声に目を開ける少女。
「……なんで……私、それに……ベベノムなの?」
「──!」
「進化したんだ、ユウリを守る為に、ユウリの傷を治したのもそのアーゴヨンなんだ」
「…………そっか、じゃあ、しょうがないね」
ふらつきながら、ホップの肩を借りて起き上がる少女。
「ザシアン……ごめん……失敗しちゃった」
少女は倒れたザシアンを撫で、肩を借りたまま、倒れ臥したもう一匹の元へ向かう。
「ヨクバリス……」
「……生きろ……嬢ちゃん……生きるんや……」
もはや虫の息のヨクバリスは、何に反応するでもなく、うわごとのようにそう口にした。
「……呪いだよ……それは……そんな呪いはいらない……私のために死なないで……私は生きるから……お願いだから置いて行かないで……」
「ヨクバリス王朝のために……忠誠を誓うか……?」
「こんな時まで!お願いだから!」
「……………………」
ヨクバリスは何も言わない、今度こそ沈黙は訪れた。
「ねぇ、何でもする!生きるよ!だから……」
そして、少女は気が付いた。
もう、言葉を交わしても意味が無いことに。
「帰ろう、ヨクバリス」
『そやな……』
少女には、そんな返事が聞こえていた。
「ユウリ………大丈夫か?」
「うんだって──」
涙を拭い、微笑む少女。
「ちょっと深く…寝てるだけ……なんだから」
「っ、そうだな、静かに眠らせてやろう、ここは、墓でもあるんだからな」
「違うよ」
「……?」
少女は散らばっていたきのみの中から、一つを拾い上げ、ヨクバリスの口の中へ入れる。
少女は彼の口を動かして、咀嚼させる。
「美味しいかな、ねぇ……」
「ユウリ……!」
ホップは涙を堪えられなかった。
「帰ろう、みんな、一緒に」
「ああ、そうだな、みんな、一緒に」
『そやな!はよ帰ろか!』
ホップにすら、幻聴が聞こえていた。
それは、いち早く森の外へ向かって駆けていく。
『何しとんねん、ボケーっとしとると、置いてくで!』
「……ヨクバリス──」
「ああ、俺にも見えるぞ、なんでか分からないけど、喋ってる……きっと、まだ──」
「──よくも私の自殺を止めてくれた上に、こんな茶番までやってくれたな」
少女は、凄まじい目で睨んでいた。
「え、ユウリ?」
そしてホップの肩を離れ、ザシアンの剣を拾って杖代わりに歩き、待っていたヨクバリスをしばきはじめた。
「たわばっ!」
「なんでやねん……全然元気やんか!何を死ぬ寸前みてぇな雰囲気だしてやがんだよ!私にはポケモンの体力がどんぐらいあるかなんて、みりゃあわかんだよクソぼけ!」
「な、なんや、生き残ったのに、何が悪いんや!」
「お前のせいで生きなきゃならなくなったじゃねぇか!」
「ゆ、ユウリ!?どういうことなんだ!?」
突然豹変した少女に驚愕するホップ。
「あぁん?……あ、う。えっとね、ホップこいつ、眠って回復し始めただけなんだよ、だからカゴの実をぶち込んで起こしてやったの、したら当たり前のような顔して、帰りだしたの」
「え、えぇ?喋ってるし、幻覚か何かかと思ってたぞ……」
「気にすんな」
「お、おう……」
「なんや、余の何が悪いんや!」
「全部だよ!私はお前に呪われて、生きようとすら思った、お前が命をかけるなら、呪われてやってもいいかって、だけど何普通に生きてんだよ!」
「ええやん、別に。生きとるもんはしゃあないやろ。死ななきゃならん理由もないわ。余は王やぞ、一人のために死ぬわけには行かんのや、死なせるわけにも、行かんのや」
「ふざけんなよ……」
「く、くく」
「何がおかしい!」
「痛いとき以外で泣くのは、人間だけや。嬢ちゃんも、れっきとした人間、ちゃんと生きとるで、今も、これからもな」
「大人しくくたばっとけよ……どあほぉ」
「嬢ちゃんの泣き顔、笑えるで」