ムゲンの果てで、愛を唄う少女ユウリ   作:銀杏鹿

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26 魔法の料理

 

「マリィ、だっこして」

 

「あぁー、しょんなか子ばい、愛らしかぁ」

 

 久しぶりに戻った自宅兼病室で、私はマリィに抱きついたり、甘え倒したりしていた。

 

 体調は良好。

 

 せいぜい、悪夢を見るようになったくらい。

 

 死ぬことに比べれば大したことない。

 

 説明したから、ザシアンは剣を取られるだけで済んだ。ボールから出れるんだったらそうするしかない。

 

 信じられないくらい落ち込んで、今ではただの犬のようになってしまった。

 

 戦うのがもう嫌なんだとか。そりゃそうだ。

 

 数日は様子を見るとして、私は実家に滞在することになった。まあ、ホップが過保護なのは仕方ない。

 

 実際、目の前で死んでたんだから、むしろ気が狂わなくて良かったと思う。

 

 もし私が反対の立場なら……考えたくない。

 

 逃したはずのポケモン達は、私を各地で探し回っていたらしい。

 

 私が好きにしろと言ったから、好きにしたとか。

 

 置いてきた携帯から出たロトムが、他の通信機器に入って連絡してまわり、私の失踪をジムリーダー達に伝えて回っていたとか。

 

 なんでそういう時だけしっかり働くんだろうか、あのポンコツは。

 

 そして偶然脱走してきたヨクバリスと合流して鳥共に乗り、ベベノムはまどろみの森まで来たのだ。

 

 そのまま連れてくれば傷つくこともなかっただろうに、捜索のために余所へやって死にかけてりゃ、ざまないよ。

 

 ホップは連絡を受けて、すべての仕事を放り出して心当たりを探し回っていたとか。 

 

 私のこと好き過ぎかな?いや、罪悪感だろうけど。

 

 ポケモン達に、それもベベノム……今はアーゴヨンか、彼らに止められたとあってはおちおち死んでもいられない。

 

 少なくとも私はあの子達のおやなんだから。

 

 死ぬわけにいかなくなってしまった。

 

 どれほど嫌なものを見ようと、恥をかこうと、生き続けなきゃならない。

 

 ……多分、私が死ぬのを止める存在が全て、この世から消えて無くなるまで。

 

 もはや、私は死ぬことすら許されない。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「みてて」

 

 リハビリのためにボールを投げる。飛距離はしょぼい。私の野球生命は終わった。始まってもいない。

 

「ワンッ!」

 

 完全にただの犬と化したザシアンが、尻尾を振りながら、ボテボテと転がるボールを追いかけて拾い、私の元へ持ってくる。

 

 一応撫でてやると、腹を見せて転がった。もはや尊厳やプライドのかけらも捨て去ったようですらある。

 

 これが剣の王の姿か……?

 

「ワフッ!」

 

 これで良いらしい。

 

「ユウリはボール投げるの上手やねぇ、もう一回見せて?」

 

「うん」

 

 力のない放物線を追いかけて、歴戦の勇者が尻尾を振って走る。

 

「上手やねぇ、前よりも良くなったと?」

 

「うん」

 

 マリィは、こんな大したことないことで褒めてくれる。

 

 あれだけ死のうとしていたのに、今やこんなザマ。思い出すだけで恥ずかしくて死にたくなる。

 

 今も生き恥を晒している。

 

 本当に死ぬつもりだった、なのに生きてる。

 

「マリィ、なでて」

 

「ユウリは良い子やね〜」

 

 私もザシアンのことを言えるようなものでもなかった。

 

 ……一度、完全に死んだと思う。意識は途切れて、暗闇の中に消えた。

 

 思い出すと、全ての感覚がまた、いつ闇に消えてもおかしくない気がする。

 

 なのに生きてる。訳がわからない。

 

「おんぶして」

 

「しょんなかねぇー、ほら」

 

 目を閉じると、いつでもあの闇がそこにあるような。

 

「おなかすいた」

 

「はいはい、すぐに作るからね」

 

 しかし、生きて何をすれば良いというのだろう。

 

 そもそも私はなんだ。生きて良いとしても、何をすれば良い?

 

 本物をある意味、上書きして殺した、偽物と言っても過言でない存在が。

 

「はい、ユウリ、あーん」

 

「あーん」

 

 考えていると、いつのまにかご飯を食べていた。いや、食べさせて貰っていた。

 

 ……マリィがいればそれだけで生活できるのでは?

 

 このまま口を開けて待っていれば、一生幸福に生きていけるんじゃ……?

 

 そんな気がした。……気がしただけ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「どう?美味しい?」

 

「うん」

 

 私の口の中には、懐かしい味のカレーが入っていた。甘口で、ずっと昔に食べていたような。

 

「ねえ、ユウリ、隠し味はなんだと思う?」

 

「……お母さん」

 

 ずっと、昔に。

 

「お、お母さん?」

 

「……うん、お母さん」

 

 マリィに抱きつく。

 

「もう……私はお母さんじゃ、なかよ?」

 

 わかってる。

 

 バレないように、ふと伺うマリィの顔は、いつだって、困ったような微笑みなのだ。

 

「ほらぁ、また無表情になっとるよぉ?笑顔笑顔ぉー」

 

 自分の口元に指を当てて微笑むマリィ。

 

 私が見ていることに気が付いている時は完璧な笑顔なんだ。

 

 昔見た、笑顔の練習を思い出す。

 

 あんな練習をしていた人が、今はこんなに笑うのが上手になっている。その意味がわからないほど、私は自分のことばかり考えていられない。

 

 知らない方が良かったことばかりだ。

 

「この方が愛らしかぁ、きーぷすまいりんぐ!笑顔を盛るぺこぉー!」

 

「むぅ」

 

「ほら、可愛い」

 

 指で私の口角を上げる彼女は、心の底から楽しそうに見えた。

 

 私は限りなく、彼女に甘えている。それは、別の意味でも、そうなのだろう。

 

 ホップが過保護になったように、マリィがここまで献身的になるのにも、理由があるのだろう。

 

 それを語らず、悲しみなど欠けらも見せずに、彼女は私を甘えさせてくれている。

 

 いつか、話を聞こうと思う。マリィがそれを話す気になったら。

 

「私、お母さんに会わなきゃ」

 

「……そうだね、でも。今日も一緒におねんねしようか?」

 

「……電気消さないでね」

 

「そうだね」

 

 マリィはすごく強い、たぶん、私よりも。

 

 チャンピオンで忙しいはずなのに、付きっきりで面倒を見てくれる。

 

 寝るときに、私が暗闇に怯えれば、優しく背中をさすってくれる。

 

 寝てる間に泣き出せば、泣き止むまで抱きしめてくれる。

 

 悪夢を見れば、夢が醒めたと教え、撫でてくれる。

 

 すごく心地よくて、暖かくて、だけど。

 

 すごく、申し訳なかった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「ユウリ、ついたよ」

 

「うん」

 

 母の墓は、それほど家から離れていなかった。

 

「……お母さん」

 

 誰かが普段から掃除しているらしく、花が添えられ、墓石は綺麗に拭かれていた。

 

 涙は出なかった。死は隔絶して遠い場所にあるような感覚ではなく、すぐ隣で無言で黙っているだけに思えてならないからだ。

 

 明確な死の証として墓石がそこにあっても、私はそれを体感できなかった。私が死から戻ってきたように、当たり前のように帰ってくるような気がしてならないのだ。

 

 まだ、何処かにいるんじゃないかとすら思ってしまう。

 

 既に事故から20年が経過している、そんなことは絶対にあり得ない。

 

 私が泣かないのなら、今は誰が彼女のために涙を流すのだろう。きっと、もう誰もいない。

 

 最初はみな、それぞれ悲しみに暮れて、私と同じような感覚に落ち入り、涙を流して。

 

 やがて、忘れていくのだろう。

 

 彼らにとって、私はとっくに死んでいた。

 

 そこにある、ただの石ころだったのだ。

 

 晴れ渡った空の下、遠くには牧場の風景が広がっている。

 

 そこに、母はいない。

 

 あの事故で跡形もなく消えた、足元に埋まってすらいない。

 

 もう取り返しがつかない。

 

 空洞に痛みだけが残って、ただそれだけ。

 

 私は私の命を終わらせることで、皆の苦しみ、自分の苦しみを手早く終わらせようとした。

 

 だけど、それで終わりじゃあ、なかった。

 

 この石が未だに世話されているのを見る限り、私が生きていようが、死んでいようが、どちらにせよ同じなのだ。

 

 全員が石のこと、それにまつわる因果から抜け出さない限り、この空洞は埋まらない。

 

 或いは完全に忘れない限り。

 

 ……恐らく、忘れられたときこそ、存在はこの世から本当に消えることができるのだろう。

 

 "悩むことでもないでしょう。いずれなかったことになるのですから"

 

 ああ、そうだ、あの独りよがりな老人の吐いた戯言は正しかった。

 

 過去を変えれば、全てを助けられる。

 

 私が傷つけたものも、失ったものも、何もかも全部元通りに出来る。

 

 みんなを助けてあげなきゃ。

 

 私は……みんなの英雄なのだから。

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