ムゲンの果てで、愛を唄う少女ユウリ   作:銀杏鹿

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27 ウェザーリポート

 

 病室には相変わらず物々しい機械が点滅している。

 

「……もう、大丈夫なのか?」

 

 ベッドの隣で椅子に座ったホップが聞く。

 

「そう見えるなら、そうなんじゃない?」

 

「すまない」

 

「……冗談だって」

 

 私がジムチャレンジに戻ることをホップに告げると、彼は深刻そうな顔で謝罪した。

 

「……何を考えてるのか、全然聞かないで、一方的にここへ閉じ込めようとした、ごめんな、俺には他にどうしたらいいのか、分からなかったんだ……忠告も聞いていたのに、すぐにでも話すべきだった」

 

「……それで?」

 

「……言い訳にしかならないが……お母さんのことを言わなかったんじゃなくて……言えなかったんだ。ただでさえ、あの様子だったからな……」

 

「そう」

 

 やっぱり、そうだったんだ。

 

「俺は……恐れていた。また、ユウリが突然いなくなるんじゃないかって。だから……ジムチャレンジの参加も反対したんだ……急に、今の俺たちや、今の世の中を見せるには早いと思っていたんだ……それに……」

 

「それに?」

 

 それをつまらない大人だなんて思った私は……

 

「俺達にも……心の整理が必要だった……身勝手だと思う、だけど……俺達の知ってるユウリがどんなだったのか、どんな関係だったのか、自信が持てなかったんだ。俺たちは……ずっとユウリに色んなことを話してるつもりだった……夢を……見てたんだ。眠ったままでも、一緒に生きているものと思っていたんだ……でも、それは俺たちの空想に過ぎなかった……それを受け入れるのに、時間をかけようとした」

 

「……ホップ達の知ってる最後の私と、今の私が認識してる20年前は何年かズレてるみたいだし、まあ、しょうがないと思うよ」

 

 こんなことを、私は思わせてたんだ。

 

「ユウリにそんなことを言わせてる俺が情けなくてしょうがないよ、本当に」

 

 暗い顔をしてばかりのホップ。

 

 私が見たかったのはそんな顔じゃ、なかった。

 

「情けないのは今に始まった話じゃないと思うけど?」

 

「手厳しいな……全く」

 

 冗談がただの皮肉になってしまう。私は何を言えばいい?どうしたら彼の苦しみを和らげられるんだろう。

 

「……大人になっても変わってないみたいだね」

 

「すまなかった。どうしてもバトルがしたくて飛び出したんだと思っていたんだ、それに…ユウリなら大丈夫だろうって言い訳を作って、正当化していたんだ」

 

「……ホップは間違ってないよ」

 

「じゃあ……なんで」

 

「……言いたくないかな……でも、どうせ分かってるんだろうなぁ」

 

「どういう……意味なんだ?」

 

「メッセージ、見たよ」

 

「……?っ──!それは……」

 

「ホップ。私の時間はあの日よりずっと前にある。ホップがあのメッセージを送った私とは、同じ思い出を共有してない。だから、どんな返事をしたのか、どんなことを考えていたのかなんて、私には、分からない」

 

「あ、ああ」

 

「だから……だからさ私は……」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 手が震える。

 

 私は思考して、止まった時間の中へ逃げる。

 

 本当に時間を止められるのなら、止めてしまいたい。

 

 次の瞬間には全てが終わっているのだから。

 

 色んな考えや言葉が、浮かんでは消えていく。

 

 決定的に違えた道は平行線で、もう二度と交わることはない。

 

 それを口にしてしまえば、私の思いは。

 

──だが、わざわざそうしなくても、願いの代わりは手に入るんじゃあ、ないのか?

 

──例えばそう、この男の罪悪感に漬け込めば、いつまでも甘えていられるのではないのか?

 

──それどころか……手に入れることだって容易だろう、それほどまでにこの男は弱っている。

 

 そうしなければ、自殺するとでも言うか?

 

──そうすればこの男は逃げられない。

 

 でも、私が望んだ笑顔は二度と見られないし、この男もいずれ死んで私一人になる。

 

──果たして、それが救済でないと言い切れるか?

 

──20年ものあいだ、私を生かし続けた執着に応えてやれば良いだろう。

 

 そんなことをして、本当に救われると思っているのか私は。

 

 私がそうしたいだけじゃないのか。

 

──それの何が悪い、望むものを手にするのに、良いも悪いもあるか。

 

 そんな自由のない感情で尽くされても、私は嬉しくなんかない。虚しいだけだ。

 

 そんな抜け殻のようなものを受け取って何になる。

 

──少なくとも、欲望は叶えられるだろう?私が欲していたのは……

 

 だとしても、私の望んだ通りにはならない。そんな夢はずっと昔に終わったんだ。

 

──終わりにしていいのか?

 

 いい。全てをやり直すのなら、一度終わらせてしまっても問題ないでしょう。

 

──ホップは今、目の前にいる。過去でも未来でもなく、そこにいるんだ。私とは違う。あの石のように何も感じないわけじゃない。

 

 本当に目の前にいるのはホップなの?そんなこと言ったら、私にはよく似た他人にしか見えないよ、こんな暗い顔ばかりしてる男がホップだなんて思いたくない。

 

──現実を見るべきだ、そこに紛れもなく存在している。私がいくら否定しても、過去の私が私であるように、ホップもまた、ホップなのだから。

 

 分かりきってる、そんなのは分かりきってる。私が考えることなんてそんなのは。

 

──なら、せめて彼を。

 

 私と会話したところで、私の考える以上の言葉は出てこない。

 

 結局はただの自問自答。ただ、私にある後ろめたさが言葉を紡ぐのを邪魔している。

 

 答えはだいたい見えていて、そこから逃げ続けているだけだ。

 

 それが完全には正しくなかったとしても。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「ホップ、私、許すよ。全部」

 

「ユウリ?」

 

 想像もしなかったという顔だった。

 

「……頑張ったね、ずっと、私を守ってくれたんでしょう?」

 

 そっとホップの頭を抱いて撫でる。

 

「ユ……ウリ……ごめん、ごめんな。俺……」

 

「いいんだよ、ホップは悪くないよ。辛かったね……もう、いいんだよ」

 

「ぅ……く……」

 

「大丈夫、大丈夫だから」

 

「俺は……何も出来なかった……そのせいで……」

 

「ちゃんと、私を守ってくれたでしょ?よく出来ました、はなまるをあげます」

 

「俺は間違ってばかりで……ユウリのことを……俺達の理由で生かし続けた……」

 

「大丈夫、大丈夫だよ。間違ってないよ。ホップのお陰で、私は今、ここにいるんだよ」

 

「本当に……良かったのか……俺は」

 

「うん、ありがとう、ホップ。私を守ってくれて」

 

「ごめん、ごめんな……」

 

「いいよ、好きなだけ泣いても。他に誰も見てないよ。ここには私しかいないから」

 

「……ぅ……っ……」

 

「ホップがしたことにはちゃんと意味があったよ。それは、凄いことだよ。だから、気にやむことなんて、なにもないんだよ」

 

「ユウリ……ありがとう……」

 

「私は何もしてないよ。ホップがしたの。今まで本当に頑張ったんだもんね、いいんだよ、それで」

 

「ぁぁ……ぅぅ」

 

「──それでね」

 

「ユウリ……?」

 

 頭から肩に手をかけて、膝の上に乗り上げて抱きしめる。

 

 もう、全然体の大きさが違う。

 

「私、一人ぼっちになっちゃった」

 

 ホップの耳元で囁く。

 

「ユウリ?」

 

「もう、お母さんもいない。私の家族は誰も残ってない」

 

「そ、それは俺達の実験の……」

 

「そっか……それはどう思ってるのかなぁ?」

 

「許してくれなんて、言わない……許さないでくれ……それが俺達の……」

 

「いいんだよ、仕方ないよ。ホップは全然悪くないよ」

 

「仕方ないことなんか……」

 

「でも、それを気に病んでるのなら……」

 

 耳に口が触れるか触れないかギリギリまで近づける。

 

「……?」

 

「──私のお願い、聞いてくれないかな?」

 

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