病室には相変わらず物々しい機械が点滅している。
「……もう、大丈夫なのか?」
ベッドの隣で椅子に座ったホップが聞く。
「そう見えるなら、そうなんじゃない?」
「すまない」
「……冗談だって」
私がジムチャレンジに戻ることをホップに告げると、彼は深刻そうな顔で謝罪した。
「……何を考えてるのか、全然聞かないで、一方的にここへ閉じ込めようとした、ごめんな、俺には他にどうしたらいいのか、分からなかったんだ……忠告も聞いていたのに、すぐにでも話すべきだった」
「……それで?」
「……言い訳にしかならないが……お母さんのことを言わなかったんじゃなくて……言えなかったんだ。ただでさえ、あの様子だったからな……」
「そう」
やっぱり、そうだったんだ。
「俺は……恐れていた。また、ユウリが突然いなくなるんじゃないかって。だから……ジムチャレンジの参加も反対したんだ……急に、今の俺たちや、今の世の中を見せるには早いと思っていたんだ……それに……」
「それに?」
それをつまらない大人だなんて思った私は……
「俺達にも……心の整理が必要だった……身勝手だと思う、だけど……俺達の知ってるユウリがどんなだったのか、どんな関係だったのか、自信が持てなかったんだ。俺たちは……ずっとユウリに色んなことを話してるつもりだった……夢を……見てたんだ。眠ったままでも、一緒に生きているものと思っていたんだ……でも、それは俺たちの空想に過ぎなかった……それを受け入れるのに、時間をかけようとした」
「……ホップ達の知ってる最後の私と、今の私が認識してる20年前は何年かズレてるみたいだし、まあ、しょうがないと思うよ」
こんなことを、私は思わせてたんだ。
「ユウリにそんなことを言わせてる俺が情けなくてしょうがないよ、本当に」
暗い顔をしてばかりのホップ。
私が見たかったのはそんな顔じゃ、なかった。
「情けないのは今に始まった話じゃないと思うけど?」
「手厳しいな……全く」
冗談がただの皮肉になってしまう。私は何を言えばいい?どうしたら彼の苦しみを和らげられるんだろう。
「……大人になっても変わってないみたいだね」
「すまなかった。どうしてもバトルがしたくて飛び出したんだと思っていたんだ、それに…ユウリなら大丈夫だろうって言い訳を作って、正当化していたんだ」
「……ホップは間違ってないよ」
「じゃあ……なんで」
「……言いたくないかな……でも、どうせ分かってるんだろうなぁ」
「どういう……意味なんだ?」
「メッセージ、見たよ」
「……?っ──!それは……」
「ホップ。私の時間はあの日よりずっと前にある。ホップがあのメッセージを送った私とは、同じ思い出を共有してない。だから、どんな返事をしたのか、どんなことを考えていたのかなんて、私には、分からない」
「あ、ああ」
「だから……だからさ私は……」
◆◆◆◆◆◆◆◆
手が震える。
私は思考して、止まった時間の中へ逃げる。
本当に時間を止められるのなら、止めてしまいたい。
次の瞬間には全てが終わっているのだから。
色んな考えや言葉が、浮かんでは消えていく。
決定的に違えた道は平行線で、もう二度と交わることはない。
それを口にしてしまえば、私の思いは。
──だが、わざわざそうしなくても、願いの代わりは手に入るんじゃあ、ないのか?
──例えばそう、この男の罪悪感に漬け込めば、いつまでも甘えていられるのではないのか?
──それどころか……手に入れることだって容易だろう、それほどまでにこの男は弱っている。
そうしなければ、自殺するとでも言うか?
──そうすればこの男は逃げられない。
でも、私が望んだ笑顔は二度と見られないし、この男もいずれ死んで私一人になる。
──果たして、それが救済でないと言い切れるか?
──20年ものあいだ、私を生かし続けた執着に応えてやれば良いだろう。
そんなことをして、本当に救われると思っているのか私は。
私がそうしたいだけじゃないのか。
──それの何が悪い、望むものを手にするのに、良いも悪いもあるか。
そんな自由のない感情で尽くされても、私は嬉しくなんかない。虚しいだけだ。
そんな抜け殻のようなものを受け取って何になる。
──少なくとも、欲望は叶えられるだろう?私が欲していたのは……
だとしても、私の望んだ通りにはならない。そんな夢はずっと昔に終わったんだ。
──終わりにしていいのか?
いい。全てをやり直すのなら、一度終わらせてしまっても問題ないでしょう。
──ホップは今、目の前にいる。過去でも未来でもなく、そこにいるんだ。私とは違う。あの石のように何も感じないわけじゃない。
本当に目の前にいるのはホップなの?そんなこと言ったら、私にはよく似た他人にしか見えないよ、こんな暗い顔ばかりしてる男がホップだなんて思いたくない。
──現実を見るべきだ、そこに紛れもなく存在している。私がいくら否定しても、過去の私が私であるように、ホップもまた、ホップなのだから。
分かりきってる、そんなのは分かりきってる。私が考えることなんてそんなのは。
──なら、せめて彼を。
私と会話したところで、私の考える以上の言葉は出てこない。
結局はただの自問自答。ただ、私にある後ろめたさが言葉を紡ぐのを邪魔している。
答えはだいたい見えていて、そこから逃げ続けているだけだ。
それが完全には正しくなかったとしても。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「ホップ、私、許すよ。全部」
「ユウリ?」
想像もしなかったという顔だった。
「……頑張ったね、ずっと、私を守ってくれたんでしょう?」
そっとホップの頭を抱いて撫でる。
「ユ……ウリ……ごめん、ごめんな。俺……」
「いいんだよ、ホップは悪くないよ。辛かったね……もう、いいんだよ」
「ぅ……く……」
「大丈夫、大丈夫だから」
「俺は……何も出来なかった……そのせいで……」
「ちゃんと、私を守ってくれたでしょ?よく出来ました、はなまるをあげます」
「俺は間違ってばかりで……ユウリのことを……俺達の理由で生かし続けた……」
「大丈夫、大丈夫だよ。間違ってないよ。ホップのお陰で、私は今、ここにいるんだよ」
「本当に……良かったのか……俺は」
「うん、ありがとう、ホップ。私を守ってくれて」
「ごめん、ごめんな……」
「いいよ、好きなだけ泣いても。他に誰も見てないよ。ここには私しかいないから」
「……ぅ……っ……」
「ホップがしたことにはちゃんと意味があったよ。それは、凄いことだよ。だから、気にやむことなんて、なにもないんだよ」
「ユウリ……ありがとう……」
「私は何もしてないよ。ホップがしたの。今まで本当に頑張ったんだもんね、いいんだよ、それで」
「ぁぁ……ぅぅ」
「──それでね」
「ユウリ……?」
頭から肩に手をかけて、膝の上に乗り上げて抱きしめる。
もう、全然体の大きさが違う。
「私、一人ぼっちになっちゃった」
ホップの耳元で囁く。
「ユウリ?」
「もう、お母さんもいない。私の家族は誰も残ってない」
「そ、それは俺達の実験の……」
「そっか……それはどう思ってるのかなぁ?」
「許してくれなんて、言わない……許さないでくれ……それが俺達の……」
「いいんだよ、仕方ないよ。ホップは全然悪くないよ」
「仕方ないことなんか……」
「でも、それを気に病んでるのなら……」
耳に口が触れるか触れないかギリギリまで近づける。
「……?」
「──私のお願い、聞いてくれないかな?」