ムゲンの果てで、愛を唄う少女ユウリ   作:銀杏鹿

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28 君と僕と委員長

 実家を出る。私は私の戦いに戻らなければ。

 

 彼は快諾してくれた。

 

──当然だろう、ムゲンダイナを元に戻すために、研究データとこれからの全面協力を依頼しただけなのだから。

 

 その程度で心が休まるのなら、安いものなんじゃないかな。

 

 それ以上のことは望まないし、望むべきでもない。今の私には。

 

──弱った人間というものは実に御しやすいものだ、それを理解した上で都合よく動かす……

 

 なんて……最低なことをしているんだろうか……吐き気がする。

 

 私が嫌った大人というものは、こういうことをする奴のことを言うんじゃないのか?

 

 しかも、与えているのは単に罪悪感の払拭に過ぎない、救いでもなんでもない。

 

──生き恥を晒し、人に犠牲まで要求してまで目指す過去はよほど素晴らしいものだろう。

 

 そうでなければ、私は……

 

「もー、だめでしょ、勝手に出ちゃ」

 

「──?」

 

 それを見た瞬間に、私は自分が思っているよりも、もっと愚かだったことを知った。

 

「あ……ユウリ?もう、出発するの?」

 

 ソニアさんと……子供だった。誰の子供かなんて、目や髪の色を見れば、聞かなくても分かる。

 

 なんで、こんな簡単なことに気が付かなかったんだ……私は……

 

「…う、うん」

 

 全身が後悔で痺れ、引き摺られるような感覚に陥る。

 

 ……ホップに協力させたら、この子の命を否定することになるんだ。

 

 具体的に何をするか伝えなかったのは、失策だった。かと言って、今それを話に行って撤回すれば、いずれホップは違和感に気がつく。

 

 ムゲンダイナを元に戻す研究というだけなのに、この一件だけで撤回すれば確実に。

 

 話す機会がなかったのだろう、母親すら失った私がそれを聞いて、平静でいられるとは自分でも思わない。

 

 現に、こうして何を言うべきなのかすら、分からない。

 

 正しい答えが浮かばない。

 

 言ってはいけないような言葉が大量に湧き出そうになるのを耐えるので精一杯。

 

 私が寝ている間に……そのことを知っておきながら……でも私を守った人でもあるし……彼を支えていたのも、彼が選んだのも事実……

 

 だめだ、どうしたいのかわからない。

 

 子供が私の目を見る。

 

「っ……」

 

 もっと洗いざらい話させておくべきだった……こんなことなら最初から頼むべきじゃなかった……

 

 何故、私はここまで愚かなのだろう。

 

 私を見るその瞳は、私のことを何もかも見透かしているように思えてならない。

 

──私一人の願いのために、存在を消そうと言うのか?と、問い詰められているように。

 

 やめて、私をそんな目で見ないで。

 

「私、もう行くから……ソニアさんも……気をつけてね……」

 

「ユウリ!?」

 

 アーマーガアに乗って逃げた、逃げるしかなかった。

 

 どうして私のやることなすことはこう、上手くいかないのだろうか。

 

 ……人の心に付け込んだ罰が下ったのかもしれない。

 

 それでも、後には引けないのだけれど。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 応接室で老人は変わらず微笑んでいた。

 

「ようやくお戻りですか、待っていましたよ」

 

「……人の心配をするような人間でしたっけ」

 

「そのようですね。私も知りませんでした」

 

「……そう、ですか。じゃあ、心配をおかけしました」

 

 暇ではない筈だ、けれど、私が訪ねると必ず出迎える……腹は立つがそれでも私のために動いているのは間違いない。

 

 でも無性に腹が立つ。

 

「ええ、これで滞りなく計画を進められますね……と、その前に……入ってきて下さい」

 

「……?」

 

 応接室に、スーツを着た男性が入ってくる。

 

 目にかかりそうな少し長めの黒髪に、高い身長。

 

 一見好青年にも見えなくも無い……けど、そこまで若くない……?私には死んだ魚のような目にも見える……歳がよく分からない。

 

 何処かで見たような気がするけれど、思い出せない。

 

「今日から、彼がユウリさんの護衛です」

 

「……よろしくお願いします」

 

「えっと……私と、どこかで会ったこと、ありますか?」

 

 多分、あの写真の中にはいなかったはずだ。

 

 あの写真、また確認しておかないとダメか……いつ誰かを傷つけてしまうか分からない。

 

 見るだけでもかなり消耗するのに、あれを覚えなきゃならないのか……

 

 いや、この質問をした時点でもう相当酷なことを言ってるのか私は……何してるんだろう。

 

 忘れてることを悟られないような質問の仕方も考えないといけないな。

 

「……いえ、これが初めてかと」

 

 微妙な間があった……これはどっちだろう。

 

 少し落ち込んでいるような気配はするけれど……

 

 表情が読めない……何考えてるんだろう。

 

「まぁ、別にいいですけどね」

 

 老人を見る。

 

「どうかしました?彼以上の適任はいないかと」

 

 何の適任だ?私の飼育員か?

 

 計画は知っているのだろうか。

 

 そうそう言えることでもないだろうけど……

 

「委員長、この人は"私のために"働けるのですか?」

 

「それは貴女次第でしょう」

 

 即答。

 

 この野郎……一体なんのつもりで……

 

「名前は?」

 

「……ニオと」

 

 男は苦笑いした。妙にぎこちない。無理に笑っているのが分かる。それをさせていると思うと、胃がキリキリする。ちょっと吐きそう。

 

 もう、誰に会ってもこんな気分になるのかな、嫌だな。

 

 誰にも会いたくないな……でも会わなきゃ行けないんだろうな……

 

 視界の端、机に置いてあるリストには、相変わらず名前がぎっしり。

 

 想像するだけで口の中に嫌な味が広がる。

 

 今すぐマリィの元へ逃げたい。

 

「……何でもいいですけど、私の邪魔、しないで下さいね」

 

「身が守れる……限りは善処します」

 

 止められないなら、首輪をつけておけってことか、正しい。正し過ぎる。

 

 私は一体どんな奴に見えてるんだろ。

 

 ……突然自殺しようとする奴か。

 

 ヤベー奴だ……

 

 ホップみたいに負い目があるわけでもなし、全然関係のない人間を計画に賛同させるなんてどうやる……いや。

 

 ムゲンダイナと願い星、それと装置さえ完成すれば何だっていいんだ、別に協力させなくても良い。ホップは必要だったからだ。

 

 でも、この男を委員長が寄越したのには何かしらの理由があるはず。

 

 どうせ説明はしないだろうけど。

 

「……取り敢えずはよろしくしておきますよ、護衛のおじ……お兄さん?」

 

「ええ、よろしく」

 

 まずは、一体どんな人間なのか見なければ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 シュートシティの路地は相変わらず人が忙しなく歩いている。

 

「……」

 

「……」

 

 互いに無言。

 

 何を話すかに必死になって、何処に行くのかすら決められなかった私は、黒服の男を従えて延々と街を歩いていた。

 

 私を見た人は何者に見えるのだろう。

 

 というか、何故、何も喋らない……!

 

 さっきの反応からして知り合いだったんじゃないのか……?

 

 忘れてるけど聞いてきたら話すくらいの心の準備はしてるんだぞ。話してよ。

 

 いや、こういう時こそ特技を活かそう。

 

 思考を加速させる。時間が止まる。

 

 暫く考えた結論は、私から話し──

 

「「あの」」

 

 か、被りやがった……!私が意を決して吐き気すら堪えて絞り出した声を……!

 

 慌てて思考時間に逃げる。

 

 目と目が合った。これは……バトルなのか?

 

 落ち着こう、まずは冷静になれ。

 

 よし、多分、バトルだ。

 

 どうする……?次の手は何だ……?話題切り出し読み沈黙か?

 

 何を考えてるんだ?全然分からない。目が死んどるがな。

 

 いや、ここまで黙っていたんだ、また沈黙する可能性も高い。

 

 なら私から切り出すべきなんじゃないのか……?

 

 いや、それでまた被ってみろ、私の精神力は一瞬でなくなるぞ。そして泣く。

 

 ここは、相手が考えた話題を尊重しよう。

 

 やはり切り出し読み沈黙が正解だ──!

 

「「……」」

 

 ……なんか言ってよ!

 

 なんて高度な読みをするんだこの人は……!

 

 何故黙った……?私の止まった時間で、落ち着いて考えた思考と同等の読み……只者じゃない……

 

 いや、あえて黙ったのか?沈黙読み沈黙?

 

 なんのために?

 

 ……試されているのか?この私が?

 

 考えろ、この人に読み勝たないと会話はできない、私の負けだ。

 

 勝つことでしか前には進めない!

 

 一度被ったんだ、二度目はない……いや、その私の心理を読んで被らせてくる可能性もある。

 

 沈黙読み沈黙をしてくる相手だぞ、並の思考回路じゃない。

 

 ポケモンバトルだったら初手降参読み降参で相手に屈辱を与えるのと同等の技能にあたるだろう。

 

 だが、私ならそれでもあえて──

 

「「あの」」

 

 ……こいつ!出来る……!

 

 私の思考を盗みやがった……!

 

 ここまでやられたのは初めてだ……

 

 ダメだ、思考量が足りな……いや、言葉に縛られるな、コミュニケーションは言葉が全てではない。

 

 会話を切り出す、沈黙するという二択に縛られている限り、この読み合いを制することはできない。

 

 ならばこそ。

 

 マリィ、私に力を貸してくれ──!

 

「……?」

 

 ど、どうだ?私の渾身の微笑みは。

 

 疑問符を浮かべているような男。

 

 完全に読み勝ったぞ。まさか言語ではなく表情を選択するなんて考えもしなかっただろう?

 

 さぁ!降参して私に首を垂れるがいい!

 

「……!」

 

 どうやら自分の敗北に気がついたか──

 

 しかし、男は先程のようになんとも言えない苦笑いをした。

 

「……っ」

 

 やられた……同じように返したということは、私の笑みは完成度がその程度のなんとも言えない笑みだと言うこと。

 

 このままでは負ける。負けちゃう。

 

 これでは読みに勝って勝負に負けている。

 

 やはりマリィのようにはいかないか……!

 

 勝負が振り出しに戻された……また読み合いを強制するつもりだな……

 

 いいだろう、私はバトルの申し子。

 

 会話バトルでも負けない!

 

 この世に絶対に勝てないバトルはないのだ!

 

 考えろ、考えろ、考えろ、視界に映る全て、今の環境、相手の状態、これまでの会話……

 

 知覚しうる限りの情報を全て思考に回せ。

 

 これまで相手のことを見ているだけで考えてはいなかったのだ、相手が隠していること、相手から見えているものでさえ、考慮に入れろ。

 

 その全てを結集すれば──

 

「あっ」

 

 急に、視界が暗くなり、足元がふらつく。

 

 鼻から大量に血が出る。

 

「だ、大丈夫ですかっ!?」

 

 男が私を受け止める。タバコの匂いがした。

 

「ふ、くく、計画通り……!」

 

「えっ!?何がですか!?」

 

「私が鼻血を出して倒れれば、貴方は介抱せざるを得ない、そして、言葉を切り出すのは私ではなく、貴方だ。つまり私は貴方の行動を完全に読んだということ」

 

 これが私の選択だ。

 

「この会話バトル、私の勝ちです」

 

「会話バトル!?」

 

「ですが、私をここまで追い詰めたことを認めてあげましょう……ニオさん、貴方は会話マスターです……」

 

「いつ会話したんですか!?」

 

 その後、私はバトル以外で思考加速を使うのを禁止された。

 

 オリーヴさんにめちゃくちゃ怒られた。

 

 泣いた。

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