ムゲンの果てで、愛を唄う少女ユウリ   作:銀杏鹿

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29 宝石になった曰

 

「お母さん、なんで……他の人は当たり前なのに、私はそうじゃないの?」

 

「っ……」

 

 母は言葉に詰まったまま、困ったように笑う。

 

「ごめんね、ユウリ、ごめんね」

 

 私を抱きしめ、ただ、彼女は謝るだけだった。

 

 私は謝って欲しいわけじゃなかった。

 

 謝られたら、間違っているみたいじゃないか。

 

 私には、母がまるで、誰かにそうして貰いたいことを、私にしているようにしか思えなかった。

 

 私は誰かの代わりなのか。

 

 私がいつ謝ってくれと言った。

 

 何故、謝るんだ。

 

 それじゃあ、私や、母が、間違っているみたいじゃないか。

 

 これでいいんだって、言ってくれれば。

 

 間違ってないって言ってくれれば、それだけで良かった。

 

 私はただ、なんでそうじゃないのか、知りたかっただけだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 どこだか覚えていない場所。

 

 テレビには試合が映っていて、何人かの子供と私がそこにいた。

 

「次、ダンデさんがリザードンがソーラービーム撃つよ」

 

 私の予想通りになった。

 

「わ!すごいねユウリちゃん!なんでダンデさんが何するか分かったの?」

 

「どうやって?そんなの簡単でしょ?集中すれば良いんだよ、ほら、まず、ダンデさんが見える、その目線が見える、指示を聞くポケモンが動き出そうとする前兆がある、バトルの展開から判断できる材料は沢山ある、覚えさせている技と、相手の相性から考えれば、別に集中しなくたって判断できる」

 

「え……何言ってるの……?」

 

 得体の知れないものを見る目。

 

「普通、だと思うけど」

 

「……ぜんぜん、ふつうじゃないよ」

 

 同年代の子供たちが私を見る目には、尊敬や好意が宿ることはなかった。

 

「……へんなの」

 

 気持ち悪いものを見る目だった。

 

 私の話を聞くと、試合がつまらなくなるからと言って、一緒に見ることはなくなった。

 

 私がいると、"せいかい"を勝手に答えられるから、一緒に居たくないと言われた。

 

 私は一人でいるようになった。

 

 私はあまり喋らなくなった。

 

 あんな目で見られ、一人になるくらいなら、何も言わないで黙っている方が遥かにマシだった。

 

 一人でいる者に近づく者はいなかった。

 

 喋らない者は余計に気味悪く思われた。

 

 私は一人だった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 田舎に引っ越した。

 

 家は田舎の端の端にあって、周囲は見渡す限り牧場、封鎖された柵の奥には深い森。

 

 都会とは違う、開放的な空間。

 

 古びた家には、いばらの蔦が絡まっていた。

 

 母は、この地を気に入っていたが、私は、どこにいようと同じだと思っていた。

 

 自分の好きなものを並べた部屋でずっと寝ているのが好きだった。

 

 誰かと関わっても、私には良いことなんて何もないと思っていた。

 

 あの日は、窓の外に雪が積もっていた。

 

 でも、外の景色は、私とは何も関係がない。

 

 一人でいれば、何も嫌なことは起きない。

 

 私が誰かに触れることはない、だから誰も私には触れることは出来ない。

 

 痛みもない、痛みを感じさせることもない。

 

 ずっと、何も感じない石のように。

 

 ただ、一人でいるつもりだった。

 

 ……はずだったのに。

 

 窓が、開かれた。開かれてしまった。

 

 吹き込む冷たくて新鮮な風に目を細め、私は見た。

 

「ユウリって言うんだろ!俺はホップ!よろしくな!」

 

 彼は、外から私に手を差し出した。

 

 眩しかったのは、雪が光を反射しているからだけじゃなかった。

 

 私には眩し過ぎたのだ。

 

 私はたぶん、その光に焼かれて、焦がれてしまったんだろう。

 

 それから、連れ出された私は、普通の子供のように遊ぶようになった。

 

 奇異の目で見てくる者は何処にもいなかった。

 

 私が恐れていたようなモノは何もなかった。

 

 初めてだった。私には友達なんてものはいなかった。

 

 なんの利害もなく、負い目でも代用品でもなく、対等に振る舞ってくれる存在なんて、いままで、どこにもいなかった。

 

 だからだろう。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「アニキの試合、すぐ始まるから見るぞ!」

 

「……う、うん」

 

 私はもう二度と人と見ることがないと思っていたから、それが当たり前のように出来ることが信じられなかった。

 

 だから、気を抜いてしまったのだ。

 

「次……リザードンに……交代する」

 

 つい、口から出てしまった。考えていることが勝手に漏れ出してしまった。

 

 そして、私の予想通りに交代が行われる。

 

「ユウリ……どうして分かったんだ?」

 

 気がついた時には遅かった。

 

 ホップは驚いて私を見た。

 

「え……ぁ……ぅ……その……次の技を読んで……ダンデさんなら……交代出来る……」

 

「すごいぞ!ユウリ!よく分かったな!」

 

「へ……?」

 

 彼は、私のことを褒めた。その目は光っていて、私の知らない感情がこもっていた。

 

 何故、褒められるのか分からなかった。

 

 でも。

 

「どうしたんだ?」

 

 私はそれが嬉しくて仕方がなかったのだ。

 

 私にとって当たり前のことを褒めてもらうだけで、たったそれだけのことが。

 

「……うん、なんでもない」

 

「やっと笑ったな!その方が可愛いぞ!」

 

「ぇ……?」

 

 それだけで、彼は私の英雄になったのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 起きると視界は暗い。

 

 締め切った部屋の中で、ムシャーナが黒い煙を吐いている。

 

 悪夢を食べ過ぎたらしい。

 

 本当は電気をつけておきたいのだけれど、ムシャーナが嫌がるから仕方なく消している。

 

 ……悪夢だけじゃなくて、他の夢も全部食べて欲しいんだけど、そう上手くはいかないらしい。

 

 ボールに戻して、別のムシャーナを出す。

 

 今日もまた、あの日の夢だった。

 

 まるで理由を忘れないように、何度も何度も教え込まれているようだ。

 

 あの日、雪の上に残った足跡を未だに私は覚えている。忘れてなんかいない。

 

 そんなことをしなくても、その記憶を忘れるわけ、ないのに。

 

 ……それでもまだ過去を改変しようと言うのか?と言われているようだ。

 

 人の人生を否定してまで、彼の子の命を否定してまで、自分の願いを叶えるだけの理由はあるのかと。

 

 いや、あの理由があるからこそ、私は過去を目指す、失われたものは何も命だけじゃない。

 

 もう、あの日の彼はいないのだ。

 

 私が見たかった顔も、私を笑わせた声も。

 

 もう、何処にもない。今、残っているのは脱殻、それで良いじゃないか。

 

 あの子の目を思い出すたびに、私は自問自答してしまう。

 

 毎日のようにそんな夢を見る。

 

 今日は悪夢を見ずに済んだことをムシャーナに感謝すべきだろうか。

 

 これだけ悪夢を食べ続けていたら、私より先に精神的に参ってしまいそうだけど。

 

 一体、どうしたら正解なんだろうか。

 

 私はどうしたら、正解が選べるのだろうか。

 

 いくら考えても、私は答えが出せずにいる。

 

 また、目を閉じてれば悪夢を見るような気がしてならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 夢の中にいることに気がつく。

 

「待って!」

 

 追いかける、私は彼を追いかけている。

 

 どこまで追っても距離は近付かない。

 

 何故かうまく走れない、空回りしているように足が重い。

 

 夢の中でさえ、私は彼と共にいることができない。

 

──忘れていないのでなくて、囚われているのではないのか?

 

 そうかも知れない。20年前の幻影をいつまでも追っている私は……

 

 私は諦めて、立ち止まった。

 

 どうせ夢の中で追い続けたところで意味はない、ただ、虚しいだけだ。

 

 夢が早く醒めることを祈りながら、私は一人。

 

 早く夢を食べてくれることを祈って待つ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「どうしたんだ?ユウリ?」

 

「……何でもないの」

 

 ベッドの横で寝ていたホップが聞いてくる。

 

 何故か私の指には、彼と同じ指輪が嵌っていて、彼の家にいるのだ。

 

 当然のように、彼は立派な博士で、私はチャンピオンや他の仕事もしていて。

 

 何もかも充実していて、子供すらいて。

 

 それが夢だと気が付いた時には、何もかもが虚しくなる。

 

 夢だと気が付かずに、長い時間が過ぎる時がある。

 

 そう言う時は大概、ムシャーナが黒い煙を吐き出して倒れている時だ。

 

 こういう夢を見させられると、耐え難い吐き気に襲われる。

 

 こんな幻想を今の私に見せて、何の意味がある。

 

 叶わない夢を、何もかも成功した世界を私に見させて、どうしろという。

 

 私には手に入らないと言いたいのだろうか。

 

 どうしてこんな夢を。

 

「ユウリ!?どうしたんだ?」

 

「……どうせ全部夢なのに、心配したような顔しないでよ。早く夢から醒ましてよ……」

 

「なにかあったのか!?」

 

「……今、見ているものが、都合の良い夢だったらどうする?」

 

「大丈夫だ、そんなことないさ。俺だって何もかも安心してるわけじゃない。一緒にどうにかしていこう」

 

「……じゃあ、もし、私か子供の命、どっちかを選べって言われたら、どっちを選ぶの?」

 

「俺は……」

 

 こんなことを聞いて、何になる。

 

「子供っぽいかも知れないけど、どっちも、守りたいな」

 

「……は、はは……」

 

 乾いた笑いしか出なかった。

 

 そんなのは無理だ。どちらかなんだよ。

 

 夢の中でもホップらしくて、笑うしかなかった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 やっと、夢から醒めて解放された。

 

 ちゃんと電気は点いている。

 

 ムンナが倒れている。

 

「あれ……?」

 

 時計の針は5分も進んでいなかった。

 

 まだ、朝が来るまでは時間がかかりそうだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

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