ムゲンの果てで、愛を唄う少女ユウリ   作:銀杏鹿

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30 embrace

 

 

 彼女に与えられたホテルの部屋に入ると、中は閉め切られて暗く、電気も付いていなかった。

 

 黒い煙を吐いているムシャーナが何匹も転がっている。

 

「あの……ユウリさん」

 

「へぅ、なんでございますか、ニオさん」

 

 ユウリは目の焦点が合っていない、それどころか、鼻血の跡がある。

 

「集中するなと……言われましたよね?」

 

「して、な……ません……」

 

 ふらふらとしながらそんなことを言う。

 

「別に…敬語じゃなくてもいいですよ」

 

「わかりま……わかり……わかった」

 

 以前の様子とはまるで違うが、気付かれたと言うわけではなさそうだ。

 

 そんなものだろう。

 

 俺の素顔は20年前のリーグカードぐらいにしか写されていない。

 

 あれを誰が撮ったのかは未だに分からないが。

 

 彼女は集中すると、一瞬で最適解を選べるほどの思考が出来るらしいが、負荷がかかって血が出る。

 

 にも関わらずそれを繰り返している。

 

 俺はそれを、自傷なのではないかと疑っている。

 

 自殺を止められた以上、身体に傷を負わさずに自傷するには他に方法がない、ということなのではないだろうか。

 

「今日は……午後に診察があります、それまでは……何もありませんが、何処かへ行きますか?」

 

「…わ、分かん……あ、写真、見なきゃ……」

 

 随分と古い携帯を取り出して画面を見始める。

 

「ロトム……映して」

 

《い、いいロト?やめた方がいいロト、無理しない方が》

 

「……うるさい、やれ」

 

《わ、分かったロト、泣いても知らないロト》

 

 ロトムが暗い部屋の壁や天井一面に、写真や動画を表示する。

 

「ぁ……ぅっ……」

 

「な、何をしているんですか!?」

 

 鼻から血を垂らして倒れ込む。

 

 受け止めたユウリは、カタカタと震えていた。

 

「……なに、なにって、見れば……わかる……今が、現実か……そうじゃ……ないか」

 

「ロトム!今すぐやめるんだ!」

 

《で、でもユウリが》

 

「やめるんだ」

 

《分かったロト》

 

「ユウリさん、答えてください、いつもこんなことをしてるんですか?」

 

「こんなこと……?だって、わたしは……覚えてないと……全部……」

 

 虚ろな目でぶつぶつと繰り返すユウリ。

 

 ……こんな状態でジムチャレンジに復帰?

 

 いや……事故や彼女の過去に関わっている人間には止められないのか……少なくともこんな様子は外には出していない……

 

 だから委員長はわざわざ俺をこの子に……

 

 これは随分と難しい依頼だな、全く。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「落ち着いてきましたか?」

 

「……はい」

 

 温めたココアを飲ませ、休ませて暫く、辛うじて会話が成立するようになった。

 

 委員長に向かって毒を吐いていた少女と同一人物には思えない。

 

「ユウリさん、何があったんですか?」

 

「……ムンナ……はいないか、そっか。そう言うことか。ニオさん……何か私の知らない話をして」

 

「……それはどうして?」

 

「現実か確かめる。また夢だったら、話しても意味ない」

 

 ……言う通りにする他ないか。

 

「では……そうですね……恐竜が実在したというのは……実は嘘です」

 

「……はい?」

 

「……化石、というのは……見つけた人間が……その大きさの動物、或いはポケモンがいたのだと考えているだけで……実際は違います」

 

「でも、現にポケモンはいるんじゃ?」

 

「……人間が復元して作った人工ポケモンと、人間が発見し……化石の元になったと思われる生物や概念が……いつの間か成り代わってポケモンになっているだけです。なので……本当の姿は誰も知りません」

 

「じゃあ、化石は何?」

 

「ただの骨です。生物の骨が成長して、大きくなるのです」

 

「……なんで?」

 

「……竜になるためです。骨は時間をかけて周囲から力を吸収し、一つの大きな竜になろうとするのです。……本来はそれを恐ろしい竜、恐竜と呼ぶのです。困ったことに……昔から埋まっていることは……変わらないので……調べるとその時代のものだと分かります……まるで、昔はそう言う生物がいたように見えます……大きくなるのは……時間がかかるので……最近見つかるものが大きいのはそう言う理由です」

 

「……なるほど?」

 

「……というのは嘘です」

 

「えぇ……?」

 

「全てでは……ありませんが」

 

「……く、くく、なにそれ……へんなの」

 

 ……そんなに面白かったか?

 

「空想は得意なので……知らない話をして……と言ったのはユウリさんですよ……私の考えた作り話なら……ユウリさんが知っているはずは……ありません」

 

「ありがとう。これで確かめられた」

 

「……何故確かめる必要が?」

 

「寝てる間、勝手に集中してるみたい。だから悪夢が凄く長くなる。夢を見続けてると、現実と夢の区別が段々つかなくなる。定期的に見たくない写真を見て、記憶の確認をしてるの。そうしないと頭がおかしくなりそうだから……さっきのはちょっと限界だっただけ」

 

 ちょっと……?そんな生易しい状態には見えなかったが……

 

「ムシャーナ達を側に置いておくようになってマシになった方、今は一人だし。あの子達には悪いけど」

 

「……ではマクロコスモスに用意させます」

 

「え?」

 

「……ポケジョブとして集めましょう、そうすれば対価も支払える。無理をさせることもない。まずは30匹ほど用意させましょう」

 

「そんなこと……できるの?」

 

「ユウリさん……貴女が齎している利益はそれを遥かに超えているんです」

 

「利益……?」

 

「……貴女の参戦以降……願い星は以前の数倍もの数が回収されていると聞いています。それに観戦者も増え……グッズすら売られている」

 

「……グッズ……?なにそれ」

 

「……まあ、色々ですね」

 

 ……犯人はまた委員長か。

 

 以前、急に金が振り込まれた時は何事かと思ったが、勝手に販売されていた仮面のレプリカの利益だった。

 

 出来が悪いのに腹が立ち、自作品を作って売ろうとした結果、ポケジョブの依頼から制作販売まで俺がやる羽目になった。

 

 委員長の最善に喧嘩を売るとそうなる。

 

 じゃあ、お前がやれとなるのだ。

 

「……ユウリさん、自分から苦しむことはないんです」

 

「そんなこと、してない」

 

 また目を合わせなくなった。

 

「……自分を傷つけなくても、誰も怒ったりしませんよ、ユウリさん」

 

「私は……」

 

 言葉に詰まり、瞳が揺れる。

 

 動揺が激しいか……まだ聞き出すには早いな。

 

 これは医者の仕事のような気がするが……

 

「……取り敢えずの対処はこれくらいにします……できれば診察の時は……まあ、自分の好きなように答えて良いですが……みんな貴女を苦しめたいわけではない……と言うことを覚えておいてください」

 

「……」

 

 俯く彼女が何を思っているのか、俺には知る術がなかった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「問題なし……か」

 

 "元"の診断書には全くの正常という結果しか記されていない。

 

 ……予想はしていたが、そうなるように答えたのだろう。彼女なら造作もないことだ。

 

 だが、後から俺が説明した結果、複数の薬剤が処方されている。

 

 副作用の都合や、自分自身を病人だと思い込ませないよう、慎重に処方する必要があるという。

 

 しかし、彼女にはどうしてもジムチャレンジを続ける理由があるらしい。

 

 それが現実逃避にせよ、妄信にせよ、

 

 今の彼女の支柱はそれしかないように見える。

 

 ……止められないわけだ。

 

 だから監視ではなく、"護衛"か。守るのは体だけではなく心とでも言いたいのか、委員長は。

 

「ニオさん」

 

「何でしょう」

 

 ベッドに横になったユウリ。

 

 浮かんだムシャーナが天井にすし詰めになっている部屋には、彼らの吐く煙が充満している。

 

 流石に30匹は多過ぎたか……

 

 ……いや、大は小を兼ねる。どれくらいが適正なのかも分からない。

 

「これから、私を起こしたら、私の知らない話をして欲しいの」

 

 薬を飲んだ彼女は幾分か落ち着いたような表情だった。

 

「……寝る前じゃなくて、起きた後に話すんですね」

 

「そう、私が知らない話を、毎日して。そうすればちゃんと起きられたって、分かるから」

 

「……承知しました」

 

「おやすみ、なさい」

 

 俺のホラ話で自傷を止められるなら、それに越したことはない。

 

 誰も気がつけなかったのだろう。

 

 ……いや、気付かせなかったのだろう。

 

 俺にできることはそう多くはないが、他に出来る人間がいないのなら、やるしかない。

 

 生きている人間に、墓守と似た願いをするのは滑稽だが、

 

 ──せめて、彼女の安らかな眠りを祈ろう。

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