旧スパイクタウンの路地裏のような対戦コート、真新しい柵の向こうに、ガラの悪い観客が集う。治安を気にしてか、これまでの試合で見たような客層はまるでいない。
街は昔のような暗く怪しい街ではなかったが、無理矢理立て直されたらしい建物の中身には、店も何も入っていない。
歓声と違う、ガヤガヤした声が雑音のように満ちている。
物凄いアウェー感がする。これは本当にジムチャレンジの試合会場なんだろうか。
見たことないけど、不良の集会か何かにしか思えない。
「ユウリ様!」「ヤベッ、ヤベェ、近え!」「ロッケンローッ!」「いつ見てもパンクだ…」
どっかで見た連中もいて、ファンが随分と増えたような気がする。
その喧騒の中、一人のトレーナーが現れてマイクを弾き、耳をつん裂く高音を鳴らす。
集団は一斉に注目し、静かになった。
ユニフォームの上から黒いジャケットを羽織り、マイクスタンドの前に立つ。
「よぉ、ユウリ、久しぶりだなァ?」
エレキギターを担いだ──
「悪夢の最終兵器、アイアンメイデン・クララちゃんだぜぇ?」
──毒々しいピンク髪の少女は言う。
その胸には鋼タイプのシンボル。
観客の狂乱したような声が上がる。
「「メイデン!」」「クララ!」「クララ!」
すごい人気だ。私のガラの悪いファン達よりも圧倒的に多い。
そして、また知らないトレーナーが私のことを知っている。
「私、その……写真でしか……」
写真とは全然違う、本当にクララさんなら見た目が若返ってるし。……娘?
「無理もネェ、私は"変わった"……!"毒"じゃあ、"鋼"には勝てねェ、だから私自身が"鋼"になった……!"
「え……えぇ?」
それ、バトルと何の関係あるんだろう。
「ユウリ、これで同じ土俵だぜェ?」
「何が……!?いや、ネズさんは……?」
「──あの男は私が殺した」
「!?」
「伝説の男はステージから降りた、そう言うことだ」
なんだ、そういう意味か。
「さあ、その腑抜けたツラに焼き入れてやるよォ!」
「……ふぅ、いいでしょう──やれるものならやって見せろ!」
委員長からは、今回は好きにして良いことになっている。
なら精々好きにさせてもらおう。相手には悪いけどね。
「……っとその前に」
クララさんはマイクスタンドについた、何かのスイッチを入れた。
足元に紫色の鈍い光が見える。
「どくびし、懐かしいとは思わねェか?」
「……あらかじめ仕込むなんて、しかも鋼タイプには効かない……凄い戦術ですね」
「…何言われたって構わねェよ、勝つ為ならなんだってやるぜェ?私は"筋金入り"の勝利主義者だ!ハンパなモラルで叩けるほどヤワじゃえねェ!」
清々しい卑怯さだ、尊敬する。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「行け!エアームド!」
「行っておいで、ストリンダー」
繰り出したストリンダーは、足元の毒菱を蹴飛ばして散らした。
「鋼相手に毒タイプ……なるほどォ?パンクじゃねぇーの?」
「貴女がメタルなら今日の私はパンクです!」
観客の一部が絶叫しているのが聞こえた。
「……そうだったなァ……あんときも最初からムゲンダイナが出てきたせいで仕込みが無駄によォ……笑えたな、ありゃ……」
「……ごめんなさい、覚えてません」
「…そうか、そうだろうねェ!あんたは私の心を裏切り、姉妹弟子の絆も断ち切って、ヨロイ島のことなんざ覚えちゃいねェんだ!」
「ち、違う!私は……そもそも記憶が……」
「お前は師匠を傷つけた、それだけは許さない」
「えっ……」
「師匠はボケちまったが、お前の話ばかりしてたんだ、なのに、お前は師匠の目の前で覚えちゃいないと抜かしやがった……許せるかよ……私はお前を許せねェ!」
「わ、私は……」
「──なんちゃってなァ?エアームド!ステルスロックだ!」
私の動揺した隙に、エアームドが透き通った岩をばら撒く。
「す、ストリンダー!オーバードライブ!」
ストリンダーが放つ電撃を纏った音波がエアームドを直撃するが、倒れない。
「……やってくれましたね……!」
「…勝つためには、なんだってやんなきゃなァ?こいつの仕事は終わった、一匹目はくれてやる──」
「ストリンダー!もう一度オーバードラ──」
「……とでも思ったかァ?戻れエアームド!行けトゲデマルゥ!」
交代して繰り出されたトゲデマルが、電撃を受け止めて吸収する。
「どォしたよユウリィ?完全封殺はどこにやったァ?あ!そっかぁ!私が今やってるのかァ!ごめんなァ?つい真似しちまったよォ〜」
「……人が真剣に悩んでいることにズケズケ踏み込んで、その言い様、何様ですか?」
「くたばりぞこなった程度で人生察したようなツラしてんなァ!悲劇のヒロイン気取りやがってよォ?お前はそんなタマかぁ?」
「貴女が、お前らがどう思ってようが、私は私なんだよ、勝手な理想を押し付けんな!──ストリンダー!」
「らしい顔になってきたじゃねェか!トゲデマル──」
ストリンダーじゃ、一撃は受けられても、倒す前にやられるか──
でも!
「ストリンダー!ほのおの──」
「交代、行け。ヒードラン!」
繰り出されたヒードランに、ストリンダーの攻撃は吸収されてしまう。
それどころか、ヒードランの体は激しく燃え上がり、力が漲っている。
やられた……特性による強化か……
「こいつァ、借り物だがよォ?分からなかったつーこたァ、そういうことだよなァ?」
「その子たちも私のポケモンってことですか……?」
「自分で考えてみなァ!ヒードラン──」
強化されたヒードランの技を喰らえば殆どのポケモンは一撃で倒れるだろう。
「ストリンダー!」
速さでは元々勝てない。私の答えは──
「交代!──行け!ホエルオー!」
「──は?」
ボールから光線が放たれ、その巨体はコートの真上に繰り出される。
「皆さーん!潰されないように逃げて下さいねー!」
私は予測した落下地点から余裕を持って離れる。
急がなくても、無事な場所くらいは分かる。
「な、なんつーパンクだよ──!」「ユウリ様ぁぁぁぁ!!」「ロッケンロォォォ!?」
スタジアムと違って保護するものが殆どないからか、周りの観客やカメラマンは悲鳴をあげて逃げていった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
対戦コートギリギリにようやく収まり、フェンスを一部弾き飛ばしたホエルオーは、ヒードランの熱とステルスロックの痛みにジタバタして、辺りを激しく振動させ、自分の身体に刺さった邪魔な岩を排除する。
五月蝿いのも足場のゴミも、これで消えた。
……それで良い。余計な雑音は消えてくれるに越したことはない。
「ふざけやがって──」
逃げたクララさんはこちらを睨んでいた。
「勝つためならなんだってするんでしょ?──ホエルオー!地震!」
陸に座礁した巨大な鯨が跳ね、大地を揺らす。
その凄まじい威力に、ヒードランは一撃で戦闘不能となった。
いくら速かろうがトレーナーの指示もなく、身動きが取れなければなす術もない。
私の思考を鈍らせるから、同じことをして返しただけのこと。
「やりやがったな」
「ふ、ふふ、最初から反則してくる相手と、同じ土俵で戦ってやる理由、どこにあるんですか?」
「なんだよ、笑ってんじゃねぇか」
フェンスの端へ追いやられたクララさんが、凶悪な笑みを浮かべて言う。
「反則の上に挑発、私を動揺すらさせる。オーディエンスに貴女のファンを揃えてアウェーにしている。もし、ホエルオーを連れてきてなかったら、私は負けてたかも知れない、貴女は私に勝つために本当になんでもしてるのがわかって、可笑しくて……ふ、ふふ。──まあ、全部封殺してやりましたけど」
私を倒すためにここまでした相手は初めてだった。
もしかしたら、私は今日、初めて負けるかもしれない。
そんなことを思った。