目を開けると、ムシャーナ達が全員床に落ちて、黒い煙を吐いていた。
酷な仕事だ。夢をいくら食べたところで、殆ど徒労に終わるのを知らないのだろう。
薬なんて効いてないし、本当にただの気休め。
ニオさんには、言わなかった。これからすることと、考えることを思えば、とてもじゃないけど治るとは思えない。
わざわざ彼に無意味だと教える必要もない。
哀れなポケモン達をボールに戻し、別のムシャーナ達を浮かべ直す。
……一番酷いのは、犠牲にしてる私か。
見ていた夢がまだ瞼の裏に残っている。
私は何処かで、クララさんとバトルしていて、そこには、この間の試合と同じように、どくびしが撒かれていた。
全く記憶にない風景。
その中で私は同じようなことを言っていた。
クララさんは、泣いていた。
どうしてそんな夢を見たのかは分からない、あの言葉を確かめるために、写真をいくつも眺めたからか、この間のバトルが印象的だったからなのか、はたまた、ただの妄想か。
……でも、もしそれが本当にあったことなら。
「……馬鹿みたい」
彼女はあの頃の私を知っていて、
だから、同じことをした?
それも、私のために?
凄い言い方にやり方だったけど、私に勝つために全力を尽くしていた……のかも知れない。
……また、シャクヤさんの時と、同じことをしてしまったのだろうか。
写真には、道場で彼女と写っているものがあった。
彼女の言ったことは……
せめて、今は涙を流していないこと、そして、あの涙が悲しいものでないように祈った。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「えっと……その」
何処から聞いたのか、ホテルを訪ねてきたシャクヤさんは、何を話して良いのか分からない様子だった。
ベッドに座った私の隣で、何かを言い出そうとしては口を噤む。
私から、何か別の話を切り出そう……この間みたいに、困ったらすぐバトルみたいに考えるのは良くない。
会話はバトルじゃない。
「……あの、クララさんと、知り合いなんですか?」
「え……うん。ジムリーダーの先輩。うちの親父が師匠なの」
「その上着、写真と同じ……」
「ああ、これ?お下がり。メタルには似合わないからって」
「……そうなん、ですね」
クララさんが彼女から話を聞いていたのは本当らしい。
アレが夢が現実かどうかはともかく、私のことを知った上での発言なのは間違いない……か。
流石にどうかとは思うけど、私の状態を気にして戦われる方が嫌になる。
あの人はあの人なりに、本気で私を止めるつもりだったんだろう。何でもするつもりで。
涙も流さなかったあの人は。
「なんで……あの人がスパイクタウンのジムリーダーなんですか?ネズさんは?」
「……それは……その、マリィが……」
やっぱり……そうだったんだ。
「ジムリーダー、辞めたんですね」
「……そう。ユウリが眠ってから一年で。ネズさんは引退した以上アンコールはないって、でも復興はするって、それで、クララさんのプロデューサーになって……」
「ふふ、アンコールはない、か。らしいと言えばらしいですね……」
どうしてプロデューサーになったのか良く分からないけど。
……マリィが最初から、毎日のように私の世話をし続けていたのは聞いている。
ジムリーダーを続けながら、そんなこと出来るわけがない。
私が眠っただけで、何もかもが変わった。私の犠牲になったものは、数多い。
「そっか、そうだったんですね」
「……ユウリ……この間はその……私……」
やっと話してくれる気になったかな。
「いいんです、私が忘れちゃっただけですから」
「でも……」
「私は全部、許します」
私は手を握って、向かい合った。
「ごめん、ユウリ……私、マリィみたいには出来なかった……」
「いいんです、大丈夫……大丈夫、だから、全部、話してください」
シャクヤさんは大人なのに、子供みたいに泣いた。
私はまた、ホップにしたように抱きしめて、懺悔する彼女の話を聞いていた。
カンムリ雪原で出会って仲が良くなったこと。
話せなくなって悲しかったこと。
私と捕まえたポケモンを預けられたまま、返せなかったこと。
ポケモン達のためにジムリーダーにまでなったこと。
私に会いに来るのをやめてしまったこと。
私が目覚めても、会いに来れなかったこと。
バトルのとき、私を喜ばせようとして失敗していたこと。
そして、自分のせいで上手くいかなかったと思っていること。
「シャクヤさんは……シャクヤは……ちゃんと頑張ったよ、ずっと頑張って偉かったね、私のために、私のポケモンのために、ありがとう」
「ごめんね……ユウリ……」
彼女もまた、十字架を背負っていた。
私の所為で人生を大きく変えられた人だった。
……彼女は望むだろうか……いや、私がそれを願っているようなことを言えば、多分逆らえない、それが願いだと思い込ませることも難しくはない……
私はそんなこと、していいの?
人々がそう望むのなら過去を改変するという言い訳を作っておいて、それをしてしまったらただ強制しているのと、変わらないんじゃない?
でも、話さなければ、何も伝わらない。
……言う言葉が一緒でも、言う人聞く人で意味が変わるなんて、普通のことじゃないか。
言い訳だ、全部言い訳。言い訳ばかり。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「ねぇ、シャクヤ?」
「ユウリ?」
「もし、過去に戻って、全部やり直せるとしたら、シャクヤはどうする?」
「……え?どゆこと……?」
「事故が起きないように、できるって言ったら、どうする?」
頼むから断って。
「本当にそんなことができるなら……」
断れ、そんなものは幻想だと言え。
「としたら?」
「私は……」
ありもしない夢だと一蹴して。
「出来るなら、やり直したいかなぁ」
「そっか……そうなんだ」
「……出来なかったこととか、沢山あるし?間違えたことをやり直せるなら……」
「本心からそう思ってる?嘘じゃない?」
「え……うん」
私は卑怯なことをしている。仮の話なんて、何の意味もないし、理由にもならない。
「そっか、じゃあ、いいんだね、言ったこと。後悔しないでね」
「え……?」
私は残酷なことをしていると思う、自分が悩んでいることに、他人を巻き込んで、しかも無理矢理、肯定させるのだ。
でも、そうしないと私の欲しいものは手に入らない。
奪われたものは返ってこない。
いいじゃないか、そうすれば彼女の罪悪感は払拭され、辛かった道をやり直せる。
それの何が悪い。……悪いよ。
「あのね、私は……」
私は、全てを説明した。
今、何をしようとしているのか。
何故、ジムチャレンジを再開したのか。
そして、私が欲しいものは何なのか。
シャクヤの表情は、淡々と話す私の言葉を聞いて、沈み切っていった。
「私の話を聞いた上で、選んで。私を止める側に回るか、私の味方になるか」
「……ユウリ」
「ずるいことまた言うようだけど、私、全然味方いないんだ。ここまで話したのは、シャクヤが初めて。……マリィにだって、話してない」
「……私は……」
「どうする?」
「ユウリの味方になる」
「…ありがとう。後悔しても良いけど、一度聞いた以上、どっちにしても逃げられないから」
「……別に良くね?後悔することある?」
「え?」
「ユウリが今の方がいいって思えるようにすればいいだけっしょ?それ。だから、私はユウリの味方で、今の方がいいなーって思えるように頑張る。んで、協力もする。10年もあるんでしょ?何とかするから、ユウリ」
今度は、私が抱きしめられて、撫でられた。
そんな発想……あったんだ……
「何しても、多分、私は……」
「でも、何もしないなんて、私の気がすまない。だから自己満足。いいでしょ?どっちに転んでもいいなら、どっちに転んでも、ユウリが笑えるようにするだけ」
「そう……そっか……」
この人は、ちゃんと20年を生きて、悩んで来たんだな、そう思った。
少し、嬉しくもあった。
だけど、私には少し眩しく見えた。
それに照らされるように。
全く反対の感情が影のように心の底でざわめいているのを感じた。
結局、記憶にない私にとっては他人なのだと、その暗い感情が告げていた。
その影は救われようとすること自体が間違っていると主張していた。
それを否定出来なかった。