何が正しいのか、一人でいくら考えても答えが出ない以上、誰かに聞くしかない。
けれど委員長は私の意思を問うだけだし、ニオさんには全てを話すわけにはいかない。
ホップやソニアさんには聞けば、彼らには直接の利害が生まれている以上、純粋な答えは返ってこないだろう。
私に関わった人達で、負い目なく私と話せて、計画の是非を問える人なんていないように思える、けど、この際、人でなくても良いのだ。
例えばそう。
「久しぶりやな。なんや、嬢ちゃん。そんな顔して」
研究所の一室の扉を開けると、ヨクバリスは太々しく座りきのみを頬張っていた。
誰でもいい、言葉を解するのなら獣でも。
「私の願いを叶えるためには、いくつもの犠牲を必要とする、それって正しいの?」
「何かを得るためにはそれ相応の対価を支払う、当然やな。まあ、対価を支払ったところでそれが手に入るとは限らんし、等価でもなかったりするかも知れんけど」
考える間もなく、あっさりと肯定された。
「ヨクバリス、貴方、王様なんでしょ」
「そやな」
「じゃあ、もし親か子供、どちらかを犠牲にしなければならないとしたら、どうするの?」
「場合によるやろ。年老いた親が囮になって群れを生かすこともあれば、群れについて行けん子供が食われる時もある。それだけや」
いくつものきのみを転がし、一番離れたオレンの実と手前に残ったオボンの実を取り出す。
「……そういえば獣だったか」
思ってた質問とは少しずれた回答だったけれど、無理もないか。発想の根本が違うし。
「余は獣、嬢ちゃんは人。本来なら、獣と人は言葉を交わしたりはせん。人が神と言葉を交わさんようにな」
◆◆◆◆◆◆◆◆
手すりの下にはシュートシティの淀んだ川が流れている。
そんな汚れた水でも平気でポケモンが泳いでいたりする。
「私たちと同じ尺度じゃない、か」
「まあ、あんたら人が思っているより、獣にも自ら選びとる能力あるで。獣とて死を知り、悼む。だからこそ、自身そして他者の生を願う」
川で蠢くポケモン達に向かってきのみを投げて与えるヨクバリス。
「じゃあ……誰かを生き返らせたいとか、あの時に戻りたいとか思ったりしないの?」
「獣は群れが進む先が崖だろうと前へ進むことしか知らんのや。あらかじめ決められたもの、死は変えることができん」
何匹かのポケモンに投げ返されて来たきのみを齧りながらそう言う。
「じゃあ、私を止めたのは何で?あれは定められたものじゃなかったの?」
「獣の尺度で言うなら、嬢ちゃんが死のうとしたのは群れを生かすためでも食われるためでもない。摂理に反しとる。それに、死はあらかじめ決められとるが、その時がいつか分からん。妙な話になるが、今生きとるってことは、その時じゃなかったんやろ。知らんけど」
「無責任な」
「嬢ちゃんなら、確実に死ぬ方法なんて思いつくやろ、そうしなかったのはそう言うことやろ」
「それもう言われた」
「獣から見てもそうなら、多分そうなんちゃうん?」
「じゃあ、貴方達が生かした私が、誰かを傷つけることになっても良いの?」
「手塩にかけて育てた自分の子供が、王の座を簒奪しに殺しに来る時もあれば、悪しき王になる時だってある。そんなもんやろ、そんときはそんときやな」
「どうするの?」
「場合による」
「そればっかじゃん」
「その時々で正しかったとしても後になって悪い結果を生むこともあれば、その時には間違った選択でも後に貢献することもあるやろ。それを納得するかどうかちゃうん?知らんけど」
ヨクバリスの視線の先、先程与えたきのみを奪い合って喧嘩しているポケモン達が見えた。
投げ返した筈のポケモンもその中にいた。
「まだ何もわからない、ということが分かった」
「得たいものがあるなら、そのために生きても良いやろ。ただ、そのためだけにあるわけではないということを忘れんようにな」
「私は願いを達成しなければ、一人で生き続けるハメになるんだよ、この姿のまま」
「それがどのくらいの長さか知らんが、獣や人よりも遥かに長い間生き続ける者達もいるやろ、それと変わらん。たまたま嬢ちゃんがそういう生き物だっただけや。余は群れる生物である。やけど、世界には群れず、果てしなく長い間生きる者もまた存在しとる」
「そんなのいるの?」
「猫や。奴らは自由や。犬とは違う。奴らは群れない。猫が集まるのは一つの家族だけ。そして群れではない。遥か昔、大いなる猫は何者にも縛られず、恐れられ、人の王すら退けたという。いつの間にかいなくなったがな」
「どの猫のポケモン?本当?」
「ポケモンやない。猫や。今となっては伝承やけど、文字を残さない者達は言葉で伝える。かつて世界には、今より多くのものが存在したんや。今はポケモンの方が目立っとるけど」
「伝承って」
「ザシアンやらザマゼンタ、ムゲンダイナとか言うのはおったんやろ。じゃあなんで猫がいないと言えるんや?」
「いるとも言えないでしょ」
「余に伝えて来た者たちの中には確かに存在したんや。ともかく、嬢ちゃんはそれと同じやろ、力を持つが不滅やないし、孤独でもない。家族はおる。ベベノム……いやアーゴヨンか?もおるし、ホップやら、母親みたいなねーちゃんもおる。嬢ちゃんは、あいつらよりも長生きするかも知れんが、犬の姉弟とアーゴヨンは残るやろ、多分余もな。そう悪くもないやろ?」
「……そうかな」
「ま、番は思いの外、あっさり別の相手が見つかったりするもんやで、思い詰めてた筈がなんてよくある話や」
「ホップの話はしてない!」
「しとらん。嬢ちゃんが何をしようと咎めることはせんし、余は欲望を肯定するが、余はあくまで一時的に理由を与えたに過ぎん。ま、悪いが悩んでくれや。余は獣で人ではない。人の問題は人にしか解決できんからな」
川のポケモン達は騒いでいる間にきのみを落としたのか、いつの間にか争いをやめていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「ユウリ?いいの?マジで本当に話すの?」
シャクヤは心配そうに私を見る。
「……答えは今出るものじゃない。けど、包み隠しにしたまま進めれば……もっと後悔することになる」
「それは……そうかも知れないけどさ」
「知らないままにするのは良くない。私がお母さんのことを隠されていた時と、同じことはしたくない……だから、ホップにもソニアさんにも──」
私が一人じゃないなんてことを誰もが言うのなら、その言葉通りに、そう思わせてもらおう。
大概の悩みの解決策として大人が語る、対話と時間で、どうにかなると言うのならその通りにして見せよう。
「──私と一緒に地獄へ落ちてもらおう」
私達の顔をハロンタウンの家の灯りが照らす。
暗闇の中にいる私達を。