ムゲンの果てで、愛を唄う少女ユウリ   作:銀杏鹿

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38 シャドー

 

「……見えてるんですか?」

 

 携帯の画面から顔を離し、指で隠しながら写真を眺めていると、ニオさんが聞いてきた。

 

「肝心なことは、目には見えないのだよ、ニオ君」

 

 寝転がった私の上にはムシャーナが乗っかっていた。

 

「なら、いらないですね、これ」

 

 没収され、過去が私の手から離れていく。

 

「SNSは憲法が認める人権だぞー、人権守れー、侵害やめろー」

 

 ムシャーナのせいで身動きがとれない。

 

「……回線繋がってませんよね?」

 

「公衆電話に接続すれば使えるよ、ピーヒョロ鳴るやつ」

 

「その時代に生まれてないでしょう?」

 

「私30代なんですけど?アラサー?ってやつなんですけど?」

 

「……良かった、大人ならマクロコスモスからの依頼が」

 

「歳で大人になるわけじゃないし、子供だから働かないし」

 

「……私は子供の頃から働いてます」

 

「世の中が間違ってたの。子供は健やかに、両親の稼ぎで楽に暮らすべき……」

 

「そう……できたら良かったのですが」

 

 ……ニオさんにはいなかったのかな。

 

「子供部屋に長年籠って、職にも就かず、言葉の代わりに壁を殴る。父親は諦めて放置。パートに内職までしてる母親は、育て方を間違ったと泣くの」

 

「……撤回します」

 

「どうだ、幸せとは限らないぞ」

 

「……私には、断言出来ませんね」

 

 静かに遠くを見るような、その目。

 

「ニオさんって寂しい人?」

 

「……昔は多分」

 

「今は?」

 

「もう、大人ですから」

 

「そう思わなくなるなんて、悲しいことだと思うよ、私は」

 

「……ユウリさんには」

 

「分かってる。でも罪悪感とか、思い出とか、そういう義務感なんだよ、みんな。お墓と一緒。何かすれば、何かした気になれるから」

 

「それだけでは……」

 

「ニオさんには、好き放題言えて気が楽。色々してくれるし、ほんと、感謝してる」

 

「なら……」

 

「でも、これは仕事だから、そうでしょ。私の護衛。それ以上でも、以下でもない」

 

「その程度には、信頼してくれているようで」

 

「じゃあ、私が悪いことしたら、ニオさんはどうする?叱る?」

 

「……そうするかも知れません、大人としては」

 

「そっかぁ、じゃあ悪いことしなきゃなぁ」

 

「……困りましたね」

 

「なんたって、私、悪い子だから」

 

「……では、悪いことでもしに行きましょうか」

 

「え?」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 旧バトルタワーは工事中、でも会社はそのまま、各階のオフィスには働いてる人が大勢。

 

 昔あった巨大なエレベーターも、流石に使い勝手が悪かったのか、複数のものに取り替えられていた。

 

 まあ、バトルでも展望室しか使ってなかったし、そんなものだろう。

 

 その新しいエレベーターは、何故か行き先がそれぞれ分かれていて、妙に複雑だ。

 

 いつもの応接室や展望室に行くのには結構時間がかかる。

 

 混雑対策だとかなんとか。

 

「お願いします」

 

 エレベーターの前に立ったニオさんの指示を聞いて、ロトムは何かをした後、すぐに戻った。

 

「後は設置の連絡をして下さい」

 

《了解ロト》

 

「何したの?」

 

「…ちょっと変えました。さ、次に行きましょう」

 

 説明もないまま、市街に連れていかれる。

 

「さて、悪いことをしましょうか」

 

 見渡す街頭は相変わらず忙しない。

 

「何、悪いことって」

 

「……そうですね、例えばこれ」

 

 ニオさんは何かの書類の束を取り出した。

 

 マクロコスモスの正式なもの……みたいな用紙だった、よく見ると社名やロゴが書いていない。

 

「"最新式の音声認識になりましたので、起動するには、本体から離れて、声をお掛け下さい""起動しない場合はジェスチャーでも動きます"……裏にもなんか書いてるし……何これ」

 

 全て同じ内容のものが何十枚も。

 

「これを、こうします」

 

 未だに残っている古臭い公衆電話ボックスの中に、一枚貼り付けた。

 

 どう見ても音声認識なんて搭載されてなさそう。 

 

「後は……ロトム、設定を」

 

「それは?」

 

「まあ、今は少し離れて見てみましょう」

 

 そうして眺めていると、割と何人も引っかかっているのが見えた。

 

 ボックスの中に入って、暫く何かを言ったり、受話器に何度も叫んだり、ジェスチャーで起動させようとしてみたりしていた。

 

 そして、不審がって張り紙の裏側を見ると、"最新式のジョークです、気がつくまで優しく見守りましょう"と書かれているのだ。

 

 しかも電話ボックスの外側から張り紙の裏側も、騙されている様子も良く見えると言う。

 

 通りがかって見ていた人も、引っかかったことに気がついた人も笑って去っていった。

 

「ねえ、入る前に気が付かないの?」

 

「……案外、人の視野は狭い……顔を上げて、やっと気付く」

 

「良く見てればってわけか、性格悪ぅ」

 

「……バトルでユウリさんが良くやるでしょう」

 

「はは、確かに」

 

「……次へ行きましょう」

 

 シュートにある電話ボックスへ、手当たり次第に貼り紙をしていく。

 

 下らないことだし、迷惑なことなのに、妙に楽しくなってしまった。

 

 なんせ機械みたいに歩いてる街の人達が、あっさり騙されて、笑ったり、怒ったりしているのだから。

 

 私とは、全く違うような存在に見えた人達も、その時ばかりは同じように思えた。

 

「……こんなものですかね」

 

 街中に張り紙をして、観察を続け、気がつくと夕暮れになっていた。

 

「もう終わり?」

 

「はい。これで終わりです、そろそろ時間なので」

 

「そっか」

 

 また、帰って行く人々の影が伸びる。

 

「……ねぇ」

 

「……空を見てください、何故、夕焼けが赤いのか知っていますか?」

 

「知らない」

 

「……空気があまり綺麗じゃないからです」

 

「なんで?」

 

「……空気のチリが光を拡散するんです。この街の汚れた空気も、役に立つんですね」

 

「へぇー」

 

「嘘ですけど」

 

「なんだ」

 

「……赤いのは嘘ではありません」

 

「まあ、嫌いじゃないけど」

 

「……さて、戻りましょうか。準備も終わったことですし」

 

「準備?」

 

「……本番はこれからです」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ローズは応接室へ向かう。

 

 各地を巡り、リーグ運営やジムリーダーとの会議を終え、今の雇い主であるユウリに今後の予定を告げるだけだった。

 

 そして……新たに研究に参加した二人からの報告を。

 

 いつもと同じエレベーターが彼を運ぶ、同じように停止し、扉が開く、各階でも殆ど変わらないような構造の通路を行き、ユウリの反応を想像しながら扉を開ける。

 

「……おや?」

 

「ろ、ローズ会長!?如何なさいましたか!?」

 

 扉の先は全く別の応接室だった。その部屋を使っていた社員が驚愕に目を見開く。

 

「……どうやら間違えたようです」

 

 扉を閉め、部屋の表示を確かめる。

 

「……この階ではありませんね」

 

 自分の乗った物は目当ての階数へ止まらない割り振りだったことに気がつく。

 

「そろそろ、私も歳でしょうか」

 

 セキュリティのために、かつて内部の構造を全く同様に設計させたのも、最近、停止階を変更させたのも彼自身だった。

 

 タワー内部は全て把握している筈だった。

 

「耄碌している場合では……」

 

 エレベーターホールに戻り、応接室への移動経路を確認するが、いつもと変わりはない。

 

「ふむ、これが此方へ向かうなら、こうすれば良いでしょうね」

 

 エレベーターの到着階のズレを把握し、応接室へのルートを考えたローズは、その通りに向かい、本来の目的地へ辿り着く。

 

「お待たせしま……私が一番ですか。耄碌しているのはエレベーターですね……修理の依頼を……」

 

 時計は予定通りの時間を指していた。

 

 そうして部屋から電話をしようとするが通じない。

 

「すぐにでも直したい時に限って──な!?」

 

 窓の外の夜景に、巨大なポケモンの姿が映る。

 

「む、ムゲンダイナ!?何故外に──ユウリさんへ連絡も……やむ終えない、先ずは外に──!」

 

 老人は大慌てでタワーの外へ走り、ムゲンダイナの姿を探す。しかし、影も形もない。

 

「電話が通じないのは、ムゲンダイナの影響ですか……すぐにでもユウリさんへ連絡を……」

 

「あら、委員長、こちらで何を?応接室へ向かう時間では……?」

 

 慌てるローズは、タクシーから降りたオリーヴと出くわす。

 

「緊急事態です!ムゲンダイナが……見ませんでしたか!?」

 

「いえ、私は何も……」

 

「ともかくユウリさんへ連絡します!連絡可能な……ここから一番近い電話はどこですか、旧式の回線を使っているものです!」

 

「公衆電話なら街に……」

 

「助かります!」

 

 ローズは公衆電話へ駆け込む。

 

 貼られていた張り紙を見る。

 

「……音声認識?早く起動して下さい!緊急事態なのですよ!」

 

 しかしうんともすんとも言わない。

 

「ダメですか。ジェスチャー?どうしろと……両手を上げて跳ねろ?全く、誰がこんな不便な……担当者は変えなければ……反応しない!なぜですか!……これが使えないなら別の物を」

 

 そして電話ボックスから飛び出し、別の公衆電話へ駆け込む。

 

「これもダメですか……!一体どこの部署ですかこんな欠陥品を……」

 

 そうして剥がした張り紙を裏返すと。

 

「"最新式のジョークです、気がつくまで優しく見守りましょう"……?」

 

 電話ボックスがノックされる。

 

「……全く、なんなんですか」

 

 そこには満面の笑みのユウリと護衛が立っていた。

 

「悪戯だぞ」

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