「ユウリ?試合を見に行かない?」
ある日、いつものように私を抱きしめて撫でていたマリィが、聞いてきた。
「試合?誰の?」
「私の。まあ、三ヶ月くらい先だけど」
そう言って笑う彼女。
私の知っている彼女と比べると、自然に笑うのがとても上手になったように思える。
「……」
私は躊躇してしまう。何もかもが変わってしまったこの世界を知ることが、知ってしまうことが怖かった。
そうすることで、もう二度と元には戻れないような気がするから。
「大丈夫。私、負けんから」
「……誰との試合なの?」
「チャンピオンのエキシビション」
こともなげに言うマリィ。恐ろしくは無いのだろうか。相手はチャンピオン、ガラルにおいて"最強"の象徴な筈だ。
それなのに、負けないと堂々と言ってのける。彼女の扱うタイプは悪がメイン。私が知っているままなら、弱点を突かれれば容易に瓦解するチームだ。
……流石に20年も経てば、メンバーも変わっているだろうか?
「本当に勝てるの?」
「んー、来てくれたら、勝つばい」
「……意地悪なこと言うね」
「そりゃ、悪タイプの専売特許だし」
「ねぇ、今は──」
今は一体誰がチャンピオンなんだろう、20年も経っていれば、流石に選手層は変わっているだろうし──
そう言いかけて、なんだかんだ私も戦うのが好きだったのかもしれない、と気が付いた。
「どげんした?」
「……なんでもない」
むしろ私にはもう、それしか残っていなかった。
何もかもが無くなって、変わって、置いていかれてしまったとしても、私にはその"私"が残っている……のかも知れない。
「それで、どうする?」
「……行く」
「じゃあ、その為に、リハビリ頑張らんとね」
「……うん」
私はそうして、外へ出る事を決めた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
少し時間は掛かったけれど、私は何とか一人で歩ける程度には回復した。
杖が必要だけれど、それでも歩けないよりは遥かにマシだ。
自転車には、もう乗れそうにも無い。まあ、今の私にはあまり必要なさそうだった。
最初に部屋の外に出て、自分のいた場所が自宅だと聞かされた時は驚いた。
以前の内装は見る影もなかったからだ。
母がいなくなって暫くというのは本当らしい。
家を覆っている荊は随分と増えたように思える。
スボミー達の姿はもう、何処にも無かった。
変わらなかったのは私の部屋だけ。
そのままになっていた。ずっと、子供部屋のままに。
貼られていたポケモンのポスターは色褪せていたけれど、変わらずそこにあった。
「ホップ……私のポケモンは……?」
彼らのことを考えもしなかったのは、他のことを気にかける余裕が無かったからだろう。
「……ザシアンはいつのまにか、ボールから出て、何処かに行ってしまった。他のポケモン達は……それぞれジムリーダー達が預かっているぞ。彼らも選手だからな、戦いたかったらしい」
ホップはバツが悪そうな顔をしてそう言った。
「……私のところに帰って来てくれないかな」
「……ユウリ」
「わかってる。長い間、別のトレーナーのところに居るんだし、ジムリーダーのチームにいるなら仕方ないよ。今更急に抜けて、なんて言えるわけない……そうでしょ?」
「……ごめんな。ずっとボールの中に居続けるよりは良いと思ったんだ。彼らも嫌がってはいなかったから」
「わかってる、でも一匹くらいは待っててくれても良かったのに」
「……それなんだが、いるぞ、一匹だけ」
「……え?」
「……まあ、もうそんな力は残って無さそうだからな」
「どういうこと?」
「見ればわかるさ」
ホップが手渡したボールから、ポケモンを繰り出す。
「──」
不思議な音色の鳴き声を上げ、飛び出したのは紫色の身体に、楕円の頭に針を持つポケモン。
「だれ……?」
「こいつは……ムゲンダイナ……だったものだ」
「──!」
そのポケモンは私の胸に飛び込んできた。
「えっ……?え?」
「こいつは事故が起きてからずっと、ユウリを守っていた。どれだけ時間が経ってもずっと。何を言っても動こうとしなかったんだ」
「でもこんなに小さく…」
「──?」
それは首を傾げて私を見上げる。
「少しずつ力を無くして、ベベノム……というポケモンに似た姿に変わったんだ。進化系なんじゃ無いかと言われていたが……まさかな。皮肉なことだが、お陰で俺の博士論文にも役に立ったんだぞ?」
ホップは苦笑いしながら、自嘲気味に説明した。
「そう……なんだ……」
ムゲンダイナ……だったものは私の腕の中で、嬉しそうにはしゃいでいる。かつての姿からは想像もできない表情だ。
皮肉と言ったけれど、私の協力が結果的に彼の為になったのなら、それでも構わない。
「ありがとう、私を待っててくれて」
ふと、目から涙が溢れた。
「──?」
ポケモンの小さな手が、私の頬を伝う滴を拭う。
例え、事故の原因だったとしても、この子だけは、待っていてくれた。
「ありがとう」
私は絶対にこの子を置いていかないと決めた。