ムゲンの果てで、愛を唄う少女ユウリ   作:銀杏鹿

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40 ホリデイ

 

「……うわっ」

 

 部屋の扉を開けると、ムシャーナの雪崩が溢れて出てきた。

 

「……くっ、はは、誰かなこんなことしたの、ニオさん?」

 

「いいえ、私では」

 

 振り向いた彼はシラを切ってる感じでもない。

 

「……ごめんユウリ……私」

 

 ムシャーナの隙間から汗だくのシャクヤが這い出て来た。

 

「大丈夫?」

 

「流石に多過ぎた……めっちゃ暑い……湿度ヤバすぎ……こんなに待つと思わなくて」

 

「あー、ちょっと悪い子たちを」

 

「また例のカツアゲ?」

 

「そう」

 

「怪我するよ?」

 

「私、不死身だからさ、ほらちょっとした傷がついても……」

 

 腕を見る。傷一つない。引っ掻いても、傷もつかない……

 

「治るだけでしょ」

 

「……ところでさ、シャクヤ、なんで私の部屋に入れたの?」

 

「なんでって、ニオに話したんだよ、ユウリを驚かすために手を貸してって」

 

「そ、ニオさん、今、何か知らない話して?」

 

「え?では、空が何故赤いのかお話しましょう」

 

「……こっちか」

 

 ムシャーナをかき分けて、枕元の本を開く。

 

 題名は『スローターハウス5』

 

 私が置いたのは『夏への扉』だったはずだ。

 

 中身を開くと、めちゃくちゃな文章が羅列していて読めたものではない。

 

 当たり前だ、ホップのところでタイトルだけは一度見たけれど、中身は読んだことがない。

 

「……どうしてこんな夢……いや……いつから」

 

「貴女の夢なら、貴女が知る以上のことは知りません、答えられるはずもないでしょう」

 

 当然のように答えるニオさん。

 

「随分と冷静なこと言うんだね、夢なのに」

 

「貴女がそう言うことを喋る存在だと思っているからでしょうね」

 

「じゃあ、シャクヤのことを悪戯しようとして自爆するような人だと思ってるの?」

 

「そうなりますね」

 

「え、マジ?ちょっと酷くね?アホだと思われてんの私?」

 

「ごめん現実を受け入れて」

 

「いや夢だし、受け入れないし」

 

「まあ、今日は悪夢の方がマシだよ。というかニオさん何でいるの?」

 

「夢は記憶や感情の整理、無意識の願望、普段表層に現れない自己の一部を反映すると言われています、我々の意識は氷山に例えると海面に出ているその一部で──」

 

「うわめっちゃ喋るじゃん、本当にニオなの?」

 

 シャクヤが驚いてニオさんを見る。

 

「そう思っている限りはそうなのでしょう、或いは想像の中の私はこうして饒舌に蘊蓄を語る人種か、或いはこうして欲しいのか──」

 

「喋ってる以上、私の知ってることなんだろうけどさ」

 

「その通りです、そして、そろそろ時間のようですよ」

 

「今日は思ったよりも早いね、そんなに悪い夢でもないし」

 

「現実の方が酷いからそう思うだけっしょ」

 

「そんなもんかな……そんなもんか」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「ありがとうございました!スタジアムからは以上です!それでは来年の大会でお会い致しましょう」

 

 テレビからの声で目が覚めた。

 

 悪夢から覚ましてくれたことを感謝しようとしたけれど、やめた。

 

 暗い部屋、つけたまま寝たその画面に、見たくもない映像が映っていたからだ。

 

 画面越しに、茶髪の少女が物憂げな表情を浮かべて、こちらを見つめている。

 

 胸に青い剣と赤い盾が描かれたユニフォームシャツ、そしてガウンのようなマント。

 

 正直、趣味がいいとは言えない組み合わせ。

 

 しかし、チャンピオンの称号とスタジアムという舞台が揃えば絶対王者の装束へと変わる。

 

 身に纏うのが、中学生くらいの小娘だったとしても。

 

「……くだらない」

 

 "自分の姿"をこうして映像で見せられると、本当に変わっていないのがよく分かる。

 

 乱雑に転がったトロフィーの山がテレビの光に照らされているのが見えた。

 

 あの新品も、早々にそのガラクタの仲間入りを果たし、錆び付いていくことだろう。

 

 私は何度も何度も、こんなことをしているのだと、そして、なんの進歩もなく子供のままなのだ、トロフィー達がそう言っているようにしか思えない。

 

 鏡はないのに、テレビの所為で見たくも無い"旅立った時"と全く変わらない自分の顔を、見る羽目になった。

 

 見るたび、思い知らされる。無敗の青年が萎びた壮年になり、幼馴染の少年は今やいい歳した大人で、その子供はもう、"今年"のジムチャレンジャーだ。

 

 "若く見えていいですね"

 

 そう、世間は勝手に言う。私は置いて行かれた気分なのに。

 

 留まり続け、成長していない私の心が、私の姿を作っているだけだ。

 

 何故、こうなった。

 

 どうして間違ってしまった。

 

 私には何をすれば正解なのか、或いは正解だったのか、もはや分からない。

 

 ただ一つだけ確かなのは、私の時間は喪われてしま──

 

 

 

 なんだ、これは……私は何を見てる?

 

 どうして?

 

 それに、ここは?

 

 同じ言葉が繰り返されている。

 

 画面に越しに少女はただ、こちらを見つめている。

 

「ありがとうございました!スタジアムからは以上です!それでは来年の大会でお会い致しましょう!」

 

 お前は誰だ。

 

「ありとがうございました!スタジアムからは以上です!それでは来年の大会でお会い致しましょう!」

 

 お前は誰だ、お前は何故私を見ている。

 

「あがりとうございました!スタアジムからは以上です!そでれは来年の大会でお会い致しましょう!」

 

 お前は誰だ、何故そんな目で私を見る。

 

「ありとがうござしまいた!スアジタムからは以上です!それでは来年の大会でお会い致しまょしう!」

 

 お前は誰だ、何様のつもりだ。

 

「あとりがうごしまざいた!スジアタムからは以上です!そでれは来年の大会でお会い致しょしまう!」

 

 お前は誰だ、何が面白くて、私を見る。

 

「あとまがざごしりういた!スジタアムからは以上です!そでれは来年の大会でお会い致ししまょう」

 

 お前は誰だ。私の無様な姿が、そんなに面白いのか?

 

 

 

 私は……誰なんだ?

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「お母さん、なんで……他の人は当たり前なのに、私はそうじゃないの?」

 

「っ……」

 

 母は言葉に詰まった。

 

「ユウリ」

 

 私を抱きしめる。

 

 そして。

 

「それはね。貴女一人だけ生き残ったから」

 

「……やめて」

 

「ユウリ、貴女は私を置いて行ったの、だからその報いを受けてるの、貴女は私の人生を奪ったの」

 

 その腕から逃れることも出来ず。

 

「やだ、やめて、いや」

 

「全部、貴女が悪いの……何もかも、貴女が……貴女さえ生まれなければ……」

 

「やめて……やめてよ……お母さん……」

 

「どうして貴女に父親がいないか知ってる?」

 

「知らない……知らない……!」

 

「それはね、捨てられたからなの。私も、貴女も」

 

「知らないっ!そんなこと知らない!」

 

「何言ってるのユウリ、貴女が知らないことを私が喋るはずがないでしょう?」

 

「ちがう、ちがう、お父さんは私達を捨てたり……しない……お母さんもそんなこと言わない……私に優しくしてくれる……」

 

「本当にそう言い切れるの?貴女が覚えているものが正しいなんて、誰が証明できるの?貴女が勝手に作り上げた記憶じゃないの?」

 

「そんなこと……ない」

 

「何で生きてるの?ユウリ。貴女が生きてるせいで、困ってる人がたくさんいるの、貴女は……生まれて来たこと自体、間違ってるのよ」

 

「……」

 

「良かったねぇ、生まれてこれて。貴女みたいな化物はそうやって人を苦しめるために生まれて来たんだものね」

 

「私は……」

 

「生まれて来てくれて、ありがとう。ユウリ。貴女は好きなように生きて良いのよ、私はそれを無条件で肯定するわ。大変なことも沢山あると思うけど、頑張ってね」

 

「まだ頑張れって言うの……?」

 

「そう、頑張って。頑張って頑張って、頑張って──無様に死ね、そのザマを私に見せろ」

 

「……そっか……夢か、現実じゃない」

 

「夢じゃない」

 

「分かってないんだね……私の中のお母さんは、多分、分からない人なんだね……いや、違うな……ホップ達と同じか……私は責めて欲しいんだ……自分の失態を。裁かれたいんだ…だから、お母さんの姿をしている」

 

「何を?」

 

「……私はね、死なないんだよ。死ねないんじゃない、死のうと思えば死ねたんだ、確実に。結局、生きることを選んだんだよ。結局、生き恥を晒して……ああ、安心して、何を言われても平気なわけじゃないから、好きなだけ責めていいよ、苦しいけど、それで私の気が済むなら、そうしてよ……ねぇ?私?」

 

 いつのまにか、私を抱いていた母親は、髪の長い私に変わっていた。

 

「ごめんね、貴女の人生とっちゃった。でも返せない」

 

 手から離れる。

 

「だからさ、好きなだけ怒れば良い、責めれば良い。一生ここで、そうしていろ。お前が何度、悪夢を見せようが、私は止まらないんだよ」

 

「……」

 

「まあ、結局お前も、私の罪悪感でしかない。こんな会話に意味なんかないんだ……」

 

 幻影が消えて、真っ暗な空間だけが残った。

 

 目が覚めるまではまだまだ時間がかかるらしい。

 

 次の悪夢の準備に勤しんでいるんだろうか。

 

「いくらやっても、現実より恐ろしいものなんて作れないと思うけどね、せいぜい頑張ってよ、悪夢の方が断然マシなんだからさ」

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

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