旧バトルタワーの展望室から黄昏に染まった街を見下ろしていると、足音が聞こえた。
「ユウリ……」
「ホップ、あれはなにごと?」
振り返ると、ホップは死にそうな顔をしていた。
「今、解決法を考えている……次の試合後までには、必ず答えを出す」
「へぇ、自分の子供が消えなくて済むかも知れないのに、解決しちゃうんだ?私に諦めさせる絶好の口実なのに」
「納得できるか?それで」
「そう思う?」
「だからだ。選択肢がなかったら選択したことにはならない。そうする他にないものを選んだことには出来ない」
「こうするしか私を止める方法がなかったんじゃないの?」
「いいや、違う、俺にはユウリを止める権利も方法もない、バトルで勝てないのと一緒だ」
「どうしてそこで諦めるんだよー、もっと頑張れよー、私を倒して止めるとかさぁ、漫画みたいなこといってみせろよー」
「……それが出来れば良かったな」
「そ。まあ、いいよ。次の試合までには解決してくれるんだね?」
「そのつもりだ」
自信に満ちた顔は、ほんの少しだけ、私を安心させてくれる。
「信じてるから……そうだ、私が借りた本、覚えてる?」
「『夏への扉』だろ」
「……ねぇホップ」
「なんだ?」
「……早く私を助けてね」
ホップを置いて、その場を後にする。
◆◆◆◆◆◆◆◆
気が付くと夜になっていた。
チンピラ達から巻き上げた願い星が、この時間まで何をしていたのか私に教えてくれる。
「……夢中になり過ぎたか」
部屋の扉を開けると、ムシャーナが山のように重なって寝ていた。
「まさか、夢と同じ展開にはならな…」
「誰かー、助けてー」
……そのまさかだった。
ムシャーナをかき分けると、シャクヤが下敷きになっていた。
「何してるの」
「この子達と遊んでたらさー、眠くなっちゃって。んで、気がついたら下敷きになってた」
「そうじゃなくて、何で部屋に?」
「あ、そうだ、誘いに来たんだけど……」
「……今から出かけるの?」
窓の外は既に夜の闇。
「あー、まあ、今日はそんな遠出するわけじゃなくてさ、すぐ近くの公園とか?」
「……別にいいよ」
「じゃ、遅くなる前に──」
シャクヤが立ち上がって扉へ向かおうとした時だった。
「ユウリー?起きてるー?」
部屋の外からシャクヤの声が聞こえたのは。
「……え?」
私と今、会話していた筈のシャクヤは影も形もなくなり、残ったのはムシャーナの吐き出す煙だけだった。
「どうしたの?」
扉を開けた先のシャクヤは、私の顔色に気が付いたらしい。
「……なんでもない、何の用?」
幻覚……か。
「んー、夜のデート的な?」
「……行き先は公園?」
「え、何で?」
「みらいよち、だよ」
「うわ、笑えな」
「忙しいんじゃないの?」
「大丈夫、ジムにはカタイのが三人もいるから」
「マクワさんと、そのお母さんと、シャクヤのお父さん……だっけ」
「そ、オヤジもユウリに会いたがってるからさ、気が向いたら会ってあげてよ。まあ、知らんおっさんなんて困るかもだけど」
「気が向いたらね。……それにしても、幼気な子供を夜遊びに連れ出すなんて」
「ちょいワル系だからさ、ウチの家系」
悪戯っぽい笑みで、私を部屋の外へ連れ出す。
◆◆◆◆◆◆◆◆
夜でもシュートシティは、煌々と灯る電飾や光に照らされ、昼間とさほど変わらない明るさのように思える。
この街はガラルで最も栄えている街のはずなのに、私は全く気にかけてもいなかった。
服を買いに行く気も起きなかった。
見せる相手もいない。
街は私にとって無意味な石や岩の群れでしかなかった。
「さ、お手をどうぞ、お嬢様?」
「…エスコートお願い致しますわ?」
シャクヤが大袈裟に差し出す手をとる。
「ノリいいじゃん」
「今の方がいいって思わせてくれるんでしょ?」
「そ、だから今日は私が彼氏役ってワケ」
「
「バトルで勝つのより難しそー」
「自信ないの?」
「それ挑発?んー、まあ、どーかなぁ」
腕を組んで歩く街、私には少し眩し過ぎる。
この街の光を浴びると、私の影が殊更大きく伸びていくような気がしてくる。
上から見下ろすだけなら、照らされはしないのに。
こうして近付くと、私がどんな姿をしているのか見せつけられるような。
「どうしたのユウリ?」
「眩しいなって、思って」
「じゃあ、目瞑って」
「え、うん」
目を焼く光は瞼の向こうに隠れ、ぼんやりとしたものに変わる。
「私が教えたげる、ちゃんと掴まってて」
「え?」
「さ、足元に気をつけて、車道渡るよ」
耳には夜でも賑やかな街の声。
何処からか楽器の音色も聞こえる。
「街灯はオレンジ色のガス灯、私達が通り過ぎるのを四頭立の馬車が待ってる」
「馬車?引いてるポケモン何?」
「ギャロップ」
「空飛びそうな馬車だね」
「んで足元は石畳み。歩道に戻るよ、今、すれ違ったのは日傘を差したマダム」
コツコツという足音が近付いて、遠ざかる。
「夜なのに?」
「あの人も眩しいんでしょ、あ、聞いてユウリ、バリコオルがタップダンスしてる。その隣でメロディオン演奏してるよ」
軽快に打ち鳴らすリズムと鍵盤が奏でる音。
音楽はここから聞こえていたらしい。
「この音、アコーディオンじゃないの?」
「ボタン鍵盤だからメロディオンだよ」
「へー」
「街灯のフリしてるバケッチャ居るよ、ベビーカーに乗ってる赤ちゃんが三匹のクスネを見てる、クスネ達はマラサダの屋台を見てる」
「マラサダ?」
「アローラのお菓子だよ、あ、この匂い分かる?ステーキハウスのおいしんボブがあるよ」
「ここにもあるの?」
「シュートだし。あ、でも看板のボブの髭が欠けてる。店から出てきたおじさんはボブにそっくり、笑った顔に皺ができてる」
「ヨクバリスに似てるよね、あの顔」
「それな、そろそろ繁華街を抜けるよ、段々お店が少なくなってきたね」
「…私にはそのくらいの暗さが丁度いい」
「慣れてないだけだよ、多分さ」
「そう……だといいんだけど」
「さ、到着しましたよ、お嬢様?目を開けて下さい」
「うん……え?」
シャクヤに連れられてたどり着いた公園の中心。
暗い空に、七色に輝く光の帯のオーロラ。
私達の周りで、その静かな光に照らされるのは、氷で出来た花々の彫像。
そして、そこで待っていたのはフリーザーだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「……久しぶり」
「──」
音を立てず、そっと舞い降りたフリーザーが、顔を近付ける。
「……ごめんね、酷いこと言って」
「──!」
私が撫でると、鈴のような音で喉を鳴らし、頬擦りしてきた。
この間のことなんて、まるで気にしていないみたいだった。
「わ、わ、冷たいって」
羽毛はふわふわしてるけれど、ひんやりしている。
フリーザーは機嫌が良いらしく、そんなのはお構いなしでスリスリしてくる。
今更、シャクヤと繋いでいた手が暖かったことに気がついた。
「寒い?じゃあ、これ着なよ」
シャクヤがふわふわのコートを貸してくれた。
良い匂いがする。香水だろうか。
「私……シャクヤにも謝ってなかった。ごめんなさい」
「全然。みんな気にしてないって。今日はこの子だけだけど、みんな、ユウリのこと覚えてるし、会いたがってる……覚えてない子達に懐かれてるのは、変な気分かもだけどさ」
「うん……ちょっと、変な感じ……でも、私のことが好きなんだなって、わかるよ」
だからこそ、申し訳ないのだけれど。
「みんな、ユウリのこと、大好きだから」
「シャクヤも?」
「うん、それでねユウリ。私、決めたんだ。フリーザー、おいで」
私からフリーザーは離れ、私と向き合って立つシャクヤの後ろへ。
「──私、ファイナルトーナメントでユウリに勝つ。そんで昔の男も忘れさせたげる」
シャクヤは私の正面に立ち、フリーザーが手の平に作り出した氷の花を差し出す。
「……挑戦状だね」
私はそれを受け取った。
「こう言うの好きでしょ?ユウリ、厨二病だし」
「ちゅ、厨二病じゃないっ!」
「じゃあなんで、いつも決め台詞みたいにタメるの?」
「そ、それはその、カッコいいから?」
「んふふ、やっぱりお年頃じゃん」
「しゃ、シャクヤこそ、わざわざ用意してカッコつけてるじゃん!」
「カッコつけてるんじゃないし、カッコいいんだし」
「く、はは、堂々と言われると敵わないなぁ」
冷たいし、寒い筈なのに、不思議と暖かった。
手の中で、氷った花が少しだけ溶けたような気がした。