オーディションのようなミッションもなく、ジムまでの通路を素通りする。
「あら、ユウリちゃん、試合?」
「え、あ、はい、そうです」
「頑張ってねぇ、劇団員が増えるのを待ってるわ」
ジムトレーナーの叔母さま方は、もう私がこのジムの人間になるものだと思ってるらしい。
苦笑いで誤魔化して通り過ぎる。
「……ごめんなさい、そうはならないよ。多分」
似たように見えても、私のジムチャレンジの時にいたトレーナーは、もう誰もいないんだろう。
それか、忘れられてしまったか。
スタジアムへの入り口の端には、未だにそれぞれの短評が置きっぱなしだった。
埃は被っていないけれど、あまり整えられてはいなかった。
"ユウリ:3問正解。悪くはない。チャンピオン並みか……それ以上によく分からない。危うさがある。自分自身の為に戦うべき"
"ホップ:全問正解。知識、意欲、気遣いも申し分ない。だけど目指す場所はここじゃない"
ダンデさんやソニアさんのものも、変わらずそこに置いてあった。
もうポプラさんはいないのに、言葉だけはそこに残っていた。
「私も話したら……」
でも、もう遅い。今はもう、紙切れの上にしか、彼女はいない。
生きているうちに、何か聞ければ良かった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
辺境染みたアラベスクスタジアムにも、観客は集まるし、席は全て埋まる。
トレーナーじゃない人達には空路くらいしかアクセスする方法なさそうだけれど、どうやってるんだろう。
テレポートでも使ってるんだろうか。
「余所見ですか?余裕ですね」
「余裕だよ、ビートなんて怖くない」
長い丈のユニフォームを結んでいるのは昔も今も変わらない。
身長が伸びたせいか、前よりはサイズが丁度良くなっているようにも見える。
「……さあ、早く終わらせよ。私は先に進まないといけない」
「いいえ。始まるんです。物事の終わりはいつだってそうです。挫けてしまったまま終わる物語などありません」
「……結局死ぬ話だってあるよ──行っておいで!ウルガモス!」
「重要なのは過程です──開幕ですよ!アシレーヌ!」
優雅に立つ、青と白の二色。
水色の長い髪を持つ人魚のようなポケモン。
そして、写真に写っていた子だった。
事前に確認していた先鋒とは違う……私が鋼との複合を警戒して炎タイプを持って来るとわかっていたのか。……読まれた、素直過ぎた。
普段から思考加速を使わないとこうなるのか。……いや、見せ合いでもなければ考えたりしないか、別に先鋒の読み程度で負けるわけないし。
「……最初から私のポケモンか。ごめんね──」
「謝るのは僕の方です」
遮るビート。
向かい合っているアシレーヌは、私を見ても動揺していない。
これまでとは何か違う。
なんで、謝る……?
ビートが悪くなるような……そうか。
「……もしかして、私と同じなの?」
……私のこと……もう忘れてるんだ。
「……ユウリのポケモンと言えど、いつまでも覚えていられるわけではありません。まして貴女はパーティを毎回、入れ替えていた。覚えていてもらえる方が珍しい」
「"有効なポケモンを並べればいい"……か。何を言ってたんだろうね。いいよ。私は言葉の通りにやるだけ──」
「行きますよ──」
思考加速するまでもない。
「─ウルガモス交代!行け!ドクロッグ!」
高速でボールを回し、技が放たれる瞬間に入れ替える。
「泡沫のアリアで冷やしましょう!」
アシレーヌが泡のような水のバルーンを放つ。
歌声で拡散しているようだ。
加速させていたら良く聞けなかっただろう。
「──!」
水に囲まれたドクロッグは、正面からそれを受ける。
けれど、効いた様子はまるでない。
「……なるほど。ルリナさんの試合と同じですか──」
「……意味は違うけどね──」
もう、歌を聞く必要はない。
私がしたように鋼タイプに交代させれば毒技を受けることは出来る。
だから逆だ。私はそのまま攻撃しなければならない。
先鋒の読み、そしてルリナさんの試合という言葉が出てきた以上、これまでと同じ読みをすれば外れる。
「ダストシュート!」
「泡沫の──」
正解だ。鋼タイプ対策のウルガモスに戻すと見てそのまま打って来た。
私のことを見てるのは、ほんとらしい──でも残念、それが仇になる。
浮かぶ水球の群れに正面から突っ込み、ドクロッグが投げつける毒の塊。
アシレーヌは避けることも敵わず、一撃で戦闘不能となった。
好き勝手に入れ替えて、20年放置した挙句、"ダストシュート"か。……最低だな、私。
こうなるのがわかってて繰り出してくるビートもビートだけどさ。
「頑張りましたね、アシレーヌ。流石ですね、ユウリ」
「サイコキネシスでも打った方が良かったんじゃないかな、交代しても安牌でしょ」
「ここは、ステージです!常に観客の目がある!求められるのは鮮やかな勝利です!出番ですよ──」
手を広げ、優美な立ち振る舞いでボールを丁寧に投げる。
──交代時だ。気付いてるのかな、次に何出すのか分かりやすいのに。
「ブリムオン!」
「──交代!ランクルス!」
次鋒でエースを出してくるか。
「なるほど、今日のパーティはそう言うことですか」
「さぁて、どうでしょ」
となるとやるとは一つ。彼の言うようステージだと意識するなら!
「──キョダイマックスです!」
「──ダイマックスだよ!」
双方同時にダイマックスを切る。
観客の歓声が上がる。
ブリムオンはいつかの試合で見たときと変わらない。違うのは纏っている覇気だろうか。
相当鍛えられているのが分かる。
「そうです、そうやって相手と息を合わせるんです。上手ですよ」
「……誰に向かって言ってるんだか」
笑顔で教えるように言うビート。
本当にやめてほしい。
「さあ!あなたにもまごころを教えましょう!──キョダイテンバツ!」
「ランクルス!──ダイホロウ!」
ダイマックス同士の凄まじいエネルギーのぶつかり合い。
黒い光と白い光が、互いを喰らい合う。
こうなると、やることはあまりない。
加速した思考は既に答えを出している。
絵画のような空間の中で、ただ、一人思う。
随分と久しぶりに感じる。ルリナさん以来か。思えば、インテレオンは本当に私のことを覚えていたんだろうか……彼は本当に、手を抜いたと言えるんだろうか。
最後は確かに思い出したにしても……私は一方的に怒ってただけじゃないのか……?
1年と20年。その差をなんで考えなかったんだろう。……私には考えられなかったのか。
「……ランクルス、押し通せ」
拮抗していた力の奔流が傾き、黒い光がブリムオンを飲み込み、そして、天に伸びる黒い柱となる。
ダイマックスが解ける爆発が起こり、爆風が吹き荒れる。
「……私は……理想を追ってるんだ。邪魔しないで」
風の中に声は掻き消え、代わりに聞こえるのは歓声。
「お疲れ様です、ブリムオン。やりますね!ユウリ!」
目線の先では爽やかに風を受け止めているビート。
白い歯が眩しいような気がする。
そういう、何もかもが腹立たしい。
私を置いて大人になった彼が。