「本当にいいんですね、ユウリ」
ビートは屈んで、私の目を見て言う。
「ここじゃない。私が欲しいものは……違う……だから」
目を合わせていられない。
「今以上に辛いことになっても、ですか?」
「もう……転がってるんだよ」
「……分かりました。いつでも戻ってきていいですからね、ここはもうユウリの家でもあるんですから」
「……」
「煮物はあっためて食べて下さいね」
私の鞄にはビートの作った料理のタッパーやら何やらが、限界まで詰め込まれていた。
重い。色んな意味で。
「夜更かしは禁物ですよ」
「…いつもぐっすりだよ、死ぬほど悪夢を見るけどね」
「では、これを」
ビートはピンク色の羽の束を私に持たせた。
「クレセリアの三日月の羽です。これを持って眠れば良い夢を見れると言います」
「……ありがとう」
「ユウリ、忘れないでくださいね、どんな時でも貴女は僕の娘なんですから……」
「……いや、いい話風に纏めて誤魔化さないでくれるかな?いつから私、娘になったの?」
「家族は血の繋がりだけじゃ、ないんです。家族は最初からあるんじゃありません、なっていくんです、共に過ごした時間が家族を作るんですよ」
涙目になりながら熱弁するビート。
何日も過ごしてないでしょ。
「誤魔化されないから、私、誤魔化されないからね!」
「もしや反抗期……ッ!」
「せめて母親を用意するんだね」
「サーナイトじゃダメですか?」
「……その歳になって相手の一人もいないビートが逆に心配だよ」
しかも第一候補がポケモンって。
「……その気になれば奥さんの一人や二人!」
「あっそ、頑張って……ザシアンは?」
「先に行きました。何処にいるかはわかってるでしょう?」
「……そう、それじゃ。またね」
「いってらっしゃい!ユウリ!今度はちゃんと新しいお母さんを連れて来ますから!」
笑顔で手を振っている。
本当にふざけた奴だ。
私は家族ごっこがしたいわけじゃないのに。
そんなわけじゃ、ないのに。
◆◆◆◆◆◆◆◆
ピンクの魔の手から逃れた私は、公衆電話で自分の居場所と何があったのかを知らせた。
アラベスクタウンにも通信手段はあるんだなぁとか。
電気が通ってるんだから、流石にそれくらいはあるだろうとか。
屋根の上になんでチョンチーがいるんだろうとか。しかも昔もいたような、とか。
下らないことを考えながら、ぼんやり光るキノコを眺めていた。
「ユウリさん!!大丈夫ですか!?」
迎えに来たニオさんは心配そうに私を見る。
「え、うん、まあ」
「……ビートさんに悪気はない……筈です。話だけですと……危険な響きですが……触られましたか?」
目は死んでいるけれど、珍しく慌てているような感じがした。
だから。
「触られた」
「え?」
「私を舐めるように眺めて、可愛らしいピンクだって、そして嫌がる私の口にドロドロした物を何度も無理矢理……怖かったし、気持ち悪かった」
ニオさんの袖を握る。
「な……!いや……先に通報か……!」
「怖かった。どうしてすぐに助けに来てくれなかったの……」
「テレポートで飛ばされてしまって……」
離れてもらってるって、そう言う意味だったんだ……ほぼ誘拐じゃん。
やっぱりピンクは危険だ。
「うぅ、ひっ、くっ」
「……お話しが必要らしいな」
ニオさんの目が妙に鋭くなった。
「うぅ」
「大丈夫だ、もう怖いことは起きない」
私と目線を合わせてそう言う。
「う、くっ、く、ははは!」
「ど、どうした?」
「……なんちゃって」
「……ユウリさん?」
「ふ、くく、急に態度が変わったから、私の演技はそんなに迫真だったかなって」
案外向いてたかも、劇団。
「素は敬語じゃないんだ?」
「……仕事です」
「そう、仕事だからね。ちゃんと守らなきゃ」
私も。私との距離感も。
言えば踏み込まないから、ニオさんは安心できる。
「……二度と起きないようにしましょう……こんなことは」
「次は、ちゃんと助けてよね」
「……ええ、必ず」
ニオさんは私の手を握った。
戻ってこれたような気がして、少しだけ安心した。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「……それで、どういうつもりだったの?ホップ」
揺れる列車は暮れていく夕陽に向かい、西へ進む。
テーブル越しに向かいに座るホップ。
昔のように携帯を眺めているわけでもないのに、目が合うことはない。
彼の足はもう、しっかりと床についていて、私のように揺らすこともない。
「止まってくれるなら、止まって欲しかった……それに言われたんだ、一人にしてはいけないって。……でもどれも俺にはできない、だからビートに頼んだ」
そう白状して、窓の外を見る。
「……それで、パパってわけ?」
「それはビートがおかしいだけだ」
「ま、もしそうだったらホップは私を娘にしたいけど出来ないって意味になっちゃうし、あ、それともパパって呼んであげようか?なんか別の意味に聞こえちゃうけど」
「冗談じゃないぞ……」
「そういう関係になっちゃう?ほら、私、子供できないし、安全じゃん」
「…本当に洒落にならないことを言うのはやめてくれよ」
周りを見るホップ。でも下りの列車に乗り合わせた人は誰もいない。
「こう言う時は笑うもんだぞ?そんな深刻な顔しないでくれるかな?で、答えは出たの?」
「ああ」
苦々しい顔をするホップ。
「まあ、答えを見つけても楽になれるわけじゃないか。寧ろ自分から地獄に向かってるし」
「……本当に地獄に落ちるかも知れないぞ?」
「今以上の地獄なんて、私にはないと思うよ」
「後悔、するなよ。先に進んだことを」
「勿体ぶらないでよ、ホップも厨二病?」
「……願い星を人工的に精製すれば良い」
ガタリ、と座席が大きく揺れた。
別のレールにでも乗り換えたのだろうか。
「それの何処が、深刻な話なの?」
「……願い星みたいな膨大なエネルギーを持つ物、どうやって作ると思う?」
「分からない」
「……あの事件以降、願い星に頼らない代替エネルギーを模索したがなかなか結果は出なかった。……その時、ポケモンの力を流用できないかと考えた」
「へぇ、それで?」
「軽いな……他の地方でやってるような炎タイプや電気タイプに頼る発電だと、ガラルの今のエネルギー需要には耐えられない。だからもっと純粋に、願い星から抽出するのと同じように──ポケモンから直接エネルギーを手に入れられないかと考えた。ムゲンダイナの研究から得た知識が有れば、そう難しくもないと思ってな」
「……それって」
「その結果が、これだ」
願い星をテーブルに置く。
「抽出は成功した、いや、してしまった」
「どう言うこと?」
「……これはポケモンだったものだ……俺の実験のせいで、もう戻らなくなってしまった」
「え──」
「だから、研究は凍結させた。俺の研究はいつもこうだ、知りたくないことばかりが分かるようになる」
「ねぇ、それって」
「……バイウールーだよ。ほんの少しだけ、エネルギーを貰うつもりだった……他の人のポケモンで実験したくなかった……一度それで後悔したからな……だから、今度は万全を期して、絶対に問題が起きないように……ってな。その結果がこれだよ。つまり、結論はこうだ。ポケモンからエネルギーを抽出しようとすると、その抽出量に関わらず、そのポケモンは願い星に変化する」
「ホップ……」
「俺はあまりにも犠牲にしたものが多すぎる。だから誰かと一緒に戦う資格なんてない。ユウリには、俺と同じことになって欲しくない……止まって欲しかったんだ……だから、すぐには解決策を言えなかった……」
「だから剣、返したんだね」
「止めてもらうつもりだった。これは犠牲を必要とする。それも、とんでもない量の犠牲を。以前のムゲンダイナなら、話は違った。だが、今はもうまるで違う」
「……私が生き残ったせい?」
「……いずれにせよ、ブラックナイトの時とは違うんだ。作らないなら、それこそムゲンダイナが落ちてきた時の隕石でも落とさないとな。どこかの街が吹き飛ぶだろうが」
「全然笑えないね」
「これで良いなら計画は実行できる。……いいか、ユウリ、止まってくれるなら、こんなこと、しなくていいんだ。これ以上ユウリが傷つくこともない。これ以上進めば、絶対に地獄を見ることになる」
窓の外の光が突然、遮られて暗くなる。
トンネルに入ったらしい。
「えー、私と一緒に地獄に落ちてくれないの?」
「……本当に冗談じゃないぞ」
「私は先に進みたい。たとえそれが地獄だったとしても、私が欲しいもののために……それに、計画を実行したら20年前から今までの全てを殺すのと同じでしょ」
「……結果が同じでも、それは同じじゃないんだよユウリ。いつか死んで循環するからって殺してもいいことにはならない、それとこれとは全然違う話なんだ」
「じゃあ、どう考えるの?」
「自分の願いの代償に、他者を犠牲にする傲慢さを認めるしかない……進むなら」
「……起きたら置き去りになってて、元に戻ろうとしたら、それは誰かを犠牲にするから覚悟しろ?それが傲慢?」
「……道理を覆そうとしているからだ、ユウリ。普通は……現実は受け入れるしかないんだ……どんなに理不尽でも」
「……普通ってなんだよ……」
「ユウリ?」
「普通なんてなかった。家族も、私自身も!そう言ったのはみんなだ……!できるならそうなりたかった!私だって……もう、それも出来ない!死ぬこともだ!ただでさえ普通にもなれなかったのに、今は化け物だよ!どうして生かしたんだよ、どうして殺してくれなかったんだよ、最初の事件も、一年経った時も、自殺しようとした時も!」
「ユウリ……やっぱり俺達のことを……」
「許したかった!恨んだり、憎んだりしたくなかった!私の思いがなくなっちゃったら、もう……だから言いたくなかった!……なんで、なんで待っててくれなかったんだよ……私は置いていかなかったのに!」
「……全て、俺が勝手にユウリを生かしたせいだ」
「なんで一緒に死んでくれなかった!」
「……俺には出来なかった」
「そうだよ!目覚めない私のために命を捧げることも、ちゃんと諦めて私を殺すことも出来なかった!ホップは選ばなかった。私を選ばなかったんだ!私が傲慢って言うなら一番勝手で傲慢なのはホップだろ……!」
「……そうだな……その通りだよユウリ」
「それで、理不尽を受け入れろ?受け入れなかったのはお前だよホップ!あの日からずっと、犠牲も傲慢も、とっくに私達の一部だろうが!」
「……だから、俺にポケモン達を殺せって言うのか?自分の子供を見殺しにしろって言うのか?」
「そう!ホップは裁かれたいんでしょ?罰を受けて贖罪したいんでしょ?だから相応しい罰を与えてあげるよ……!」
「やめてくれ……関係ないだろ……俺の子も、ポケモン達も……罰なら俺に下してくれ……」
「いやだね。私が生き続けないとならないのと同じように、ホップも背負い続けろ。何が地獄を見るだ、とっくにここは地獄だよ。だから降りてきて、進み続けろ。……それがお前の理由だ、途中下車はさせない」
「……俺は……」
「あの日、窓から私を外へ連れ出したのも、願い星を渡したのもお前だ、違うか?」
「そう……だったな」
「お前が、そうやって始めたんだよ……責任……とってもらうから」
トンネルを抜けても、まだ日は暮れていなかった。
沈んでいく夕陽に向けて、列車は進む、進み続ける。
先に待つのが暗闇だと分かっていても。