ムゲンの果てで、愛を唄う少女ユウリ   作:銀杏鹿

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47 睡眠時間

 

 ブラッシータウンに着くと、もう夜だった。

 

 田舎らしく人気もなく、辺りは閑散として、研究所の前は静かなものだった。

 

「アーゴヨンを返してくれるって本当?」

 

「……ユウリが進むことを決めたら返そうと決めていたんだ」

 

 ホップはボールを構え、そう言った。

 

 委員長の報告のせいで、私はもう殆ど会えないものと思っていた。

 

 私にとっては生きる理由で、置いていかないと決めた相手で、私を待っていた存在。

 

 これで、ちゃんと一緒にいられる。

 

「…俺が良いって言うまで、動くんじゃないぞ」

 

 でも、彼の顔は私たちの再会を喜ばしく思っていないように見えた。

 

「──」

 

 外へ出されたアーゴヨンは何も言わず、私を見る。

 

「久しぶり、元気だった?」

 

 思わず、手を近づけて、

 

「ユウリ、ダメだ!動くんじゃッ──」

 

「──!」

 

 頬を、鋭い何かが掠めた。

 

「……え」

 

 たらりと生暖かいものが切り傷から流れて、拭き取ると、それは赤い液体で。

 

 アーゴヨンの針の先が赤く染まって。

 

「なん……で」

 

 痛みはすぐに引いて、再生した。

 

「ゆ、ユウリ!?いや、戻れアー」

 

「……いやだ」

 

 私はボールをひったくり、片手を広げて近付く。

 

「離れるんだユウリ!」

 

「大丈夫だから、おいで──」

 

 一瞬だった。

 

 アーゴヨンの針が私のお腹に刺さっていた。

 

 杖が転がって、カランと鳴った。

 

 足元に赤い水溜り、私の体に流れ込む毒液。

 

「ユウリ!」

 

「っふ……寂し……かったかな……?」

 

 口の中から血が漏れ出る。

 

 立っていられず倒れ込むと、針が肉を裂いた。多分、貫通した。

 

「あっ……うっ…」

 

 私は構わずアーゴヨンの胴体を抱きしめて撫でた。

 

「──!?」

 

 アーゴヨンは困惑していた。酷く怖がっているようだった。

 

「アーゴヨンは……ユウリへエネルギーを移したせいで……代償に記憶を……早く戻すんだ……」

 

「……忘れられたのか……私のこと守ったのに、誰かも分かんなくなっちゃったんだね」

 

 それじゃあ、もう私は本当に一人か。

 

 私の生きる意味だったのに、私を待ってくれてもいなかったのか。

 

 ビートとのバトルで会ったポケモン達からは、まるで実感が湧かなかった。

 

 自分が忘れられてるって言われても、何とも思わなかった。

 

 やっと分かった。期待したものが裏切られると、こんな気分なんだと。

 

 相手をどれだけ思っていても、それが全く通じない時、関係が全て消えて無くなったような、自分だけの錯覚だったような。

 

 こうして刺されて、幻想を断ち切られるまで、私は忘れられた者の気持ちを理解できてなかった。

 

 シャクヤも、クララさんも、多分、笑っていたヨロイ島の人達も。

 

「ごめんね……一人にして」

 

「──」

 

 胴体を撫で続けるとアーゴヨンは落ち着いて、針を引き抜き、跪くように地に降りて頭を垂れた。

 

 その頭を撫でる。

 

「大丈夫、大丈夫だから」

 

 アーゴヨンはただ、静かにされるままにしているだけだった。

 

 ボールに戻すと、お腹に空いた空洞に夜風が通り抜ける。

 

 すごく寒い気がするのは、血が一気に無くなったからだろうか。

 

「ねぇ見て、ホップ。これでも私、生きてなきゃ……行けないんだね」

 

 肉同士が繋がって、再生し始める。

 

「そんな顔して、どうしたの?」

 

「は、はやく治療を……」

 

 ホップの顔は血の気が引いていた。

 

「もう治るから」

 

 空洞が埋められて再生し、臍から毒液が絞り出されるように垂れ流された。

 

「垂れてきちゃった、服も濡れちゃったし、着替えないと……先にお風呂かな」

 

 ホップの袖を掴む。

 

「…これを」

 

 肩にかけられた白衣は洗剤なのか、香水なのか、ソニアさんと同じ香り。

 

「そう、じゃないんだけどな」

 

 傷が塞がっても、私の体には夜風が通り抜けていた。

 

 どこにも繋がってない。

 

 空洞だった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 明滅する光、液体が流れる音。

 

 少女が眠る部屋の外、ガラスの向こうで男達が口論していた。

 

「博士、延命を中断するというのは。本当ですか?」

 

「ああ……俺たちは……あの子を生かし続けるべきじゃない……ちゃんと諦めるべきなんだ、俺は……間違っていた」

 

「我々にはまだ時間があるはずです!」

 

「仮に、彼女が目覚めたとして、どうするんだ……あの子の時間は戻らない、母親もいない。あの子は全てから切り離されるんだぞ……なら、静かに終わらせてやる方が……」

 

「ですが!」

 

「あいつは研究のためのモルモットじゃないんだ」

 

「分かっているんですか博士!今まで何のために研究を続けてきたと……これが世に出れば……貴方は誰よりも……なのに!」

 

「世に出す?巫山戯るな!何のためにこうしていると思ってるんだ!本当にこの子がモルモットになってしまう!」

 

「博士、貴方こそ彼女を特別視し過ぎています!彼女は生理機能があるだけで、もう生きてはいないのです!現実を見てください!」

 

「死んだようなものだから、道具のように扱えというのか?あの子の尊厳を」

 

「親がいないのを良い事に、今まで生かし続けたのは貴方だ!博士!」

 

「そうだ、だからこそ終止符を打つ!彼女にしてやれることで、これは俺にしか出来ない唯一のことだ!」

 

 白衣を着た……博士と呼ばれた男が入り、機械を操作した。

 

 明滅する光が消え、生命維持装置が止まった。

 

「……俺は、きちんと諦めるべきだった。もう、いいんだ……」

 

 男は泣いていた。

 

 少女の体は動かなかった。

 

「おやすみ、ユウリ──」

 

 天井が吹き飛ばされた。

 

「なっ──」

 

 白だった部屋の天井が、黒い空と星に変わった。

 

 その中心にいたのは、紫色の異形の竜。

 

「ムゲンダイナ!?何故その姿──」

 

 男は弾き飛ばされた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 喧嘩をしたような気がする、理由は覚えていない。ただ、何故か母親と会うことはないだろうと考えていた。

 

 寝室には鍵がかかっていて、夕食はたべれなかった。何か、大事な用事があったような気がしたけれど、思い出せなかった。

 

 ベッドから起きようと思っても動けなかった。

 

 誰かの声がした。私におやすみと言っていた。

 

 だから眠ることにした。

 

 けれど、私の部屋の壁が倒れて砂浜が見え、空を飛ぶ大きな竜骨の船が、私をベッドごと空に引き摺っていった。

 

 幾つもの大きな光を飲み込んだ船は、街や山を砕きながら、どんどん進んでいった。

 

 ベッドに乗った私は、とても長い間後悔していた、ずっと長い間後悔すると、大きなポケモン達がいるところについた。

 

 ポケモン達は船と一緒に行進を始めた。

 

 行く先のものを手当たり次第に踏み潰して、何もかも壊して、次々に行列は長く、波のように広がっていった。

 

 狭い島から出て、海を渡って、大きな陸に着いて、どんどん先へ行進していった。

 

 誰かの声が聞こえた。

 

「おねがい、いかないで。ひとりにしないで、おねがいだから、たすけて」

 

 誰かはずっと泣いていた。私には何も出来なかった。

 

「もう、いい、やめて」

 

 やっと声が出た頃には、何もかもなくなっていた。

 

 巨大なポケモン達は疲れ果てて、煙になって消えてしまった。

 

 残ったのは、空っぽになった土地だけだった。

 

 他の誰かを探して、船は空を見上げた。

 

 私たちを見ていたのは星だけだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 目を開けると、天井にはムシャーナ。

 

 まだ、夜は明けていないらしい。

 

「何……今の」

 

 頭痛と鼻血。いつも通りの目覚め。

 

 近くに脱ぎ捨てられた服は大きな穴が空いている。

 

「……そこまで夢だったら良かったのに」

 

 三日月の羽を持って眠る気にはなれなかった。

 

 効果がなかったらと思うと、怖くて使えなかった。

 

 お陰でムゲンダイナがダイマックスしたポケモンを率いて、全てを破壊する夢なんかを見たわけだけれど、あれが私の願望なんだろうか。

 

 そんなわけないとも言い切れないのが恐ろしい。……やろうと思えば不可能でもないのが、本当に。

 

 それとも、ホップが私のことを諦めてしまったら、ああなっていたという予測を私自身が突きつけているんだろうか。

 

「ひとりにしないで、ね。誰の声なんだか。私にしては随分素直なこと言うもんだね……全く」

 

 泣き喚いたところで、もうとっくに一人だって言うのに、何を今更。

 

「うっ……くっ……う」

 

 お腹の空洞が痛むだけ、寂しいわけじゃない。

 

 涙なんて、流れていない。

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