ムゲンの果てで、愛を唄う少女ユウリ   作:銀杏鹿

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 全く眠らずに過ごしていると、幻覚を見るようになった。

 

 ムシャーナをニオさんだと思い込んで会話していた。

 

 すごく心配された。

 

 画期的な方法だと思ったけれど、結局大人しく悪夢を見るしかないらしい。

 

 朝、何を思ったのか私の様子を見たニオさんは、旧式のテレビを部屋に運び込んだ。

 

 別に娯楽に飢えてるわけでもないのに。

 

 今でも普通に見れるのは、その性能がいいのか、それとも技術が停滞しているのか知らないけれど、少なくとも、ニュースを見た限り今のガラルは思ったような未来ではなかった。

 

 正直、ガッカリした。

 

 車は空を飛ばないし、宇宙人もイルカも攻めて来ない。

 

 財政悪化だの、暴動だの、子供が減ってるだの。

 

 人々には持家もなければ給料も安く、子供の頃に聞かされた安心の保障は風前の灯火。

 

 呆れて電源を落とそうとした時、映画のCMが映った。

 

 それを見て、部屋を抜け出した。

 

 殆ど人のいない映画館に入ってポップコーンを手に、チケットに表示されたシアターへ向かう。

 

 テレビの画面には見覚えはないものばかりだったけれど、通路のポスターには、私の見知った作品が並んでいた。

 

 20年経っても、昔とそれほど変わらない風景。違うのは人がいないだけ。

 

 上映中の作品は昔の名作やそれのリメイク、そして、未だに終わっていなかった作品の完結作。

 

 絵画のように額縁で飾られたポスターを眺めていると不思議と安心感を覚えた。

 

 ラインナップを見た時はまだ20年前にいるんじゃないかと思った。

 

 昔の私に言っても、多分信じてもらえないだろう。

 

 それを喜ぶ人達がいて、売れているのなら。

 

 そんなことを思いながら、座席に座る。

 

 シアターには私以外、誰もいなかった。

 

 私が選んだのは未だ続いていた作品の完結作、暗く重い作風だったもの。

 

 長々とした宣伝が終わり、スクリーンが広がって行く。

 

 映画が始まり、そして終わった。

 

 長い上映時間は一瞬で去った。

 

 エンドロールが流れ始めた。

 

 全く知らない物が映されていた。

 

 シアターを間違えたのかとチケットを確認し、作品の名前を見て、私は現実に引き戻された。

 

 私は20年前の映画館に座っているつもりだった。

 

 もう、今は私の時代が"リメイク"されるような扱いで、それに親近感を持つ私は過去の存在でしかない。

 

 グダグダと続いてくれると思っていた暗い作品は、爽やかに綺麗さっぱり完結して。

 

『まだ、そんなところにいるの?』

 

 とでも言いたげな様子に思えた。

 

 帰ろうと席を立つと、背後で拍手が鳴った。

 

 振り返ると、どこかで見たような老婆が座っていた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「最後まで見ていかないのかい?」

 

 私の隣に座った彼女がそう言う。

 

 すぐ近くに居るはずなのに、スクリーンの光が彼女の大きな帽子を照らし、顔はよく見えない。

 

「……休憩用にエンドロールが挟まれたのは昔の作品です。もう、これで終わりです」

 

「私はスタッフクレジットも大事だと思うがね」

 

「……ただの文字列でしょう」

 

「小説だってそうだ。そこに意味を読み取れば、作品に変わる」

 

「名前が並んでいるだけでも?」

 

「作品に関わった人間が一人残らず記されている。これは素晴らしいことだよ。……それで、どうしてそんな不満げな顔を?」

 

「……話の結果が全てです」

 

「なら最後まで見た方がいい。見ようとしたものが何故、こうなったのかその一端を知ることができる」

 

 エンドロールは上映時間に比例するように、長々と続いている。

 

 映画に携わったありとあらゆる人々の名前が私達の前を通り過ぎて行く。

 

「これが、なんなんですか?」

 

「どんな優れた脚本もそれを映像化して初めて映画となる、一人では作れない」

 

「……一人で作れるなら世の中は映画だらけになりますよ」

 

「なら、分かるだろう。私達が話している間もまだずっと並んでいる名前の意味が」

 

「……先に進めた人たちの自慢ですか?」

 

「卑屈だねぇ。まだ14年も生きてないだろうに」

 

「こう見えて30過ぎですよ」

 

「私には子供にしか見えないがね」

 

「子供が見るような映画を、貴女くらいの年齢の人が見るんですか?」

 

「こう見えて16才と何ヶ月ってところなんでね」

 

「……88歳に見えますよ」

 

「心の年齢と体の年齢は必ずしも一致しない、そうだろう?この映画を作った人もそうだ、大人になったのさ」

 

「それが、この人達のお陰って言いたいんですね」

 

「作品には制作者の考えや経験が散りばめられている、表にも、裏にも。暗い話が明るく終わったのにだって理由がある」

 

「なおさら気に食わないです」

 

「どうして?」

 

「助けてくれる人が大勢いて、運があって、どうにかできることで、初めてそうなるようにしか思えません」

 

「自分の悩みはそうじゃないってことかい」

 

「希望なんて見せられても、それはその人のものです。私のじゃあ、ない」

 

「希望はごくありふれたもの、大層なものでもないさ、探そうと思えば、すぐ近くにある」

 

「貴女にはそうなんでしょうね」

 

「誰にだってそうさ、それは人かも知れないし、物かも知れない、どこにでもある。どこにあるかは人それぞれだ」

 

「そうとは思えません」

 

「いずれ分かる日が来る。私がそうだったようにね。道を歩くことと、道を知ることは違うんだ」

 

「時間が解決するとでも?本当に大人は無責任にそんなことを言いますよね」

 

「30歳の大人が16の子供に言う台詞とは思えないねぇ」

 

「大人みたいなこと言うからですよ」

 

「子供みたいなことを言うもんだね」

 

 しばらく経っているのに、未だにエンドロールが流れ続けている。

 

「時間は解決するさ、どんなものだってね。解決してしまうし、なるようになってしまう」

 

「人生は映画でも小説でもないですよ、報われるとは限らないでしょう」

 

「藝術は須く自然を模倣している、現実を超えたものじゃない。必ず解決されるさ」

 

「そんな希望的な……」

 

「希望はいいものだよ。多分最高のものだね。そして、いいものは決して滅びないのさ」

 

「なら、私はこう言います。"希望は危険だ、正気を失わせる。塀の中では特に危険だ"」

 

「引用したわけじゃあ、ない。私は実感を持って言える。希望はありふれていて、とても良いものだよ」

 

「それがない人生は牢獄ってわけですね」

 

「もし、本当にそう思うのなら、あの映画を見返した方がいい。一度見たものでも、もう一度見れば違って見える」

 

「……そんなものですかね」

 

「そんなものだよ。だから私はまたここに来た」

 

「……この映画を見るのは二度目なんですか?」

 

「だから拍手できるのさ」

 

「……またか。上映中に私は寝てるのか……それかまた幻覚か」

 

「どうしてそう思う?」

 

「この映画は最新作で、そして貴女は随分前に居なくなっているはずの人。上映前、ここには私以外いなかった。だからまた夢を見てるか、幻覚見てるか、どちらかですよ」

 

「そう思うなら、そうなんだろうね。まあ、なんだっていい、何度だって言う。希望はいいものだよ」

 

「……じゃあ、一応聞いておきますけど、人は死んだらどうなるんですか?」

 

「さぁ?映画館にでも来るんじゃないかねぇ」

 

「…ここは天国じゃあ、ありませんよ」

 

「生きていこうと思えば、どこだって天国になるさ。希望はどこにでもあるのだから」

 

 エンドロールが漸く終わり、監督の名前が画面の中心に映る。

 

「そろそろ帰る時間だ、そこにいつまでも座ってるつもりなのかい?」

 

 そう言って席を立つ老婆。

 

「……見ろって言ったり、立てって言ったり、本当に勝手ですね」

 

 私が席を立って歩き始めると。

 

 暗かった視界が晴れた。

 

 灯がついた──わけではない。

 

 スクリーンや壁をぶち破り、赤黒い光を帯びた巨大な何かが、私の座っていた場所を踏み潰していた。

 

「え──?」

 

「──!!!!」

 

 半壊したシアターに響き渡る雄叫び。

 

 目の前にいたのはダイマックスしたバンギラスだった。

 

「いずれ分かる日が来るさ、いずれね」

 

 老婆は言葉だけを残して、いつの間にか消えていた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 瓦礫の山に爆風が吹き抜け、私の掌にはボールに収まったバンギラス。

 

『ダイマックスポケモンの暴走です!みなさん避難してください!』

 

 避難警報が鳴っていた。

 

 ずっと前に同じことがあった。

 

 それは、ムゲンダイナが目覚める前に。

 

 私達がジムチャレンジをしていた裏で、ダンデさんが解決していた事件だ。

 

 今、それが起こるということは。

 

「……私の所為か」

 

「──ユウリさん!」

 

 息を切らしたニオさんが駆けつけて来た。

 

「分かってる、すぐに行くよ」

 

 彼のように出来れば、私も大人になれるのだろうか。

 

 ……そんな日は来るんだろうか。

 

「……ムシャーナじゃないよね?」

 

「何か見たんですか?」

 

「多分、幽霊」

 

「……近くには何もいませんでしたが……」

 

「……そっか」

 

 今の私には、とてもそうは思えなかった。

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