ムゲンの果てで、愛を唄う少女ユウリ   作:銀杏鹿

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49 Hybrid Rainbow

 シュートシティの高層ビルに、タンクローリーが突き刺さって爆発した。

 

 残骸と塵が舞うようにゆっくりと落下していた。

 

 支えを失ったビルは内側に折り畳まれるように、上から崩れて粉塵に変わる。

 

 ダイマックスしたダストダスが暴れ回り、アスファルトを踏み潰して砕き、建物を薙ぎ倒す。

 

 日常も、生活も常識も、悉く薙ぎ倒す暴力と、響き渡る雄叫び。

 

 人々は狂乱して逃げ、立ち尽くす私の正面から後ろへ走り去っていく。

 

 誰もが恐怖が張り付いた同じような表情で、われ先と必死に駆ける。

 

 立ち止まれば、生ゴミとしてダストダスの一部になるのだから当然だろう。

 

 その流れとは反対に、私は一人、怪物を見上げていた。

 

 空を遮っていたビルが消え、怪物の背後から西日が差していた。

 

 怪物は街をゴミと瓦礫の山に変え、その上で光を浴びていた。

 

 それを見て私は。

 

 どこか、わくわくしていていたんだ。

 

「……仲間を増やしに来たんだ」

 

 景色が砕かれて、空が晴れていくような気がしていた。

 

 私は死ぬわけもないのに、生きた心地がしていた。

 

 これをずっと待っていたような。

 

 そのまま、何もかも壊れてしまえばいいとすら。

 

 変わらない景色なんて、吹き飛んで──

 

「だ、誰か!誰かぁぁ!!」

 

 転んだ人が助けを求めていた。

 

 その上にゆっくりと落ちるビルの残骸。

 

 私と彼らは向いている方向が違う。

 

 私は逃げている人達とは一緒になれない。

 

 なのに、見て見ぬふりが出来なかった。

 

 私は……私のせいで人が死ぬのを許容できなかった。

 

 人に犠牲を強いた癖に、それを自分には出来なかった。

 

 アーマーガアを繰り出して乗り、飛び出す。

 

「掴まって!」

 

 押し潰される寸前で救出する。

 

「大丈夫…ですか」

 

「ユ、ユウリ様!?どうして!?」

 

 転んでいたのはガラの悪そうな青年、私のファンの一人だった。

 

「俺、俺を?助けに?!……神か……?神なのか……いたんだ……!女神が……!」

 

「そんなんじゃ、ない…アーマーガア、この人を運んで逃げて」

 

 アーマーガアから降り、私は怪物へ向かって歩き出す。

 

「ありがとうございます!ユウリ様ぁぁ!」

 

 飛び去っていく音、安堵したような声。

 

「……何がユウリ様だよ……全部私のせいなのに」

 

 ダンデさんみたいに誰かを助ければ大人か?

 

 街を守れば大人か?

 

 こんなもの、偽善でしかない。

 

 留守番中に壊したものを誤魔化そうとしているただの子供だ。

 

 夕日を浴びているアレと同じだ、力を振り回すことでしか、私は生きることが出来ない。

 

 力は私のものですら、ない。

 

 原因が私なのは確かだ、私のせいでこんなことに。

 

 分かってるつもりだった、犠牲の意味くらい。

 

 でも、私には出来なかった。

 

 自分でちゃんと立って歩くことすら、出来ない、同じことだ。

 

 私には、何一つ出来ないんだろう。

 

「……行け、バンギラス──」

 

 でも自分の吐いたものは片付けなければならない。

 

 それが無駄だとしても。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 ダイマックスが解け、爆風は吹き抜けた。

 

「遅かったですね」

 

 背中越しに言う声の主は、黄色のパーカーをはためかせ、ラテラルタウンに着いた私達の前に立つ。

 

「お久しぶりです、ユウリさん」

 

「サイトウ……さん?」

 

 振り返った彼女は、パーカーの下にはインナーのみで裸足だった。

 

 鍛え上げられた筋肉がそう見せるのか、二回りも大きくなったようにも見える。

 

 特に太腿の筋肉は樫の幹にしか見えなかった。

 

 髪は左右のシニョンで纏められ、どことなくヨロイ島で見た門下生に似た印象を覚える。

 

「……えっと……その」

 

「ジムリーダー不在のここに来たのでしょう、ですが問題ありません」

 

 言われた通りだった、けれど釈然としない。

 

「今は、ジムリーダーじゃないんですか?」

 

「ここ暫くは」

 

「……オニオンさんはどこに?」

 

「何を言ってるんですか?すぐ近くに──」

 

「サイトウさん、ありがとうございました。ヨロイ島から駆けつけてくれるとは、ここはもう大丈夫です、次へ行きましょう」

 

 ニオさんがサッと割り込む。

 

「ニオさん?どうしたの?」

 

「前回の反省を活かしているんです」

 

「反省?何の?」

 

「次に行きますよ、まだ事態は──」

 

 私の手を引いて歩き出す──

 

「不要です、もう他の場所はジムリーダーが対応しています」

 

 けれど、真上から降り立ったサイトウが行手を阻む。

 

 どうやって前に?跳んで?

 

 ……私達を飛び越えて?

 

「話は聞かせてもらいました、大変でしたね。さあ行きましょうか」

 

「えっと、その、どこに?」

 

 私の手を握る彼女の手の平は、同じ人間とは思えない硬さだった。

 

「トレーニングですよ」

 

 場所じゃないし、離してくれない。

 

「サイトウ、お気持ちだけで──」

 

「"ニオ君"には話してません」

 

 私を抱き抱え、凄まじい勢いで跳躍するサイトウ、呆然とこちらを見上げるニオさんが見えた。

 

「ユウリさん──!」

 

「次は助けるって言ってたのに!」

 

 こうして私は、また誘拐された。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「──筋肉」

 

 "キバ湖の瞳"に建てられたキャンプへ、私を連れ込んだサイトウが最初に口にした言葉は、それだった。

 

 何が起きているのか分からなかった。

 

「なんで……わたっ……くっ!筋トレっなんかぁ!」

 

 強制的に腹筋をさせられていた。

 

「足りないからです、筋肉が」

 

 私の足を強靭な腕力で固定して、そう言う。

 

 私の背中の下には、レスラーみたいなマスクを被ったピカチュウが電気を流し続けていた。

 

「ピカチュウ、たとえ感電しても電気は止めては行けませんよ、いいですか」

 

「ちゃぁ!」

 

 元気なピカチュウが恨めしい。

 

 彼女の言うノルマをこなさずに上体を下せば、電流を浴びる羽目になる。

 

「壊れるっ!もうむりっ!離してっ!」

 

「この際、全部壊しましょう。筋肉は破壊と再生、さあ、壊せるだけ壊しましょう」

 

「うぎっ……くぅぅ!!」

 

 言われるままに上体を持ち上げ続け、体は小刻みに震え続ける。

 

「元通りに再生するから筋肉なんてつかない!多分!」

 

「さ、あと一回、あと一回しかできません。残念ですね」

 

 話、聞いてない、全然。

 

「上がんないっ!もう上がらないっ!限界!むり!できない!」

 

 ニオさんが助けに来たら絶対に訴えてやる。もう容赦しない。通報する!それにビートも!

 

「限界は超えるもの──」

 

「あっ」

 

 力が抜け、電流の待つ地面へ。

 

 私は脱力したまま電撃を浴びた。

 

「──!!!」

 

 私を掴んでいたサイトウも感電していた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 何度か感電してようやく解放された。

 

「次は素振りです。このバットを自由に全力で振って下さい。腕と肩と背中に理想的な刺激を与えられるでしょう」

 

 差し出されたバットは、見た目よりも重かった。

 

「杖ないとバランス取れないんですけど、全力で振ったら倒れますよ」

 

「心の問題です。怪我はないんですから、あと筋肉を信じるだけです」

 

「筋肉になったんですか?サイトウさん脳みそ」

 

「脳は筋肉で出来ています。筋力に優れた私は知性の塊と言えるでしょう」

 

「本当になったんだ……」

 

「筋力は科学の力です。アスリートの管理は数値、統計に基づき科学の下に行われます、その実践と研究によってスポーツ医学は発展し、さらに筋肉への理解を深め、還元されます。つまり、科学によって筋肉は作られ、筋肉は科学を作るのです。神は人間を作り、人間は科学を作った。そして科学は筋肉を作り、筋肉は人間を作──」

 

「それと私になんの関係が……」

 

「筋力は活動の量に関係なく、抑鬱状態のリスクを低下させ、症状を軽減します」

 

「私が鬱病とでも言いたいんですか?病気になんかなりっこないですよ」

 

「いいえ、殆どの抑鬱は正常な脳の反応です」

 

「じゃあ、なんなんですか、本当に」

 

「筋肉が目覚めれば、悩みは解決します。さあ、バットを振るのです」

 

「……何も解決しないよ、何をしても」

 

「解決しないのは筋肉が足りないせいです」

 

「何言ってるんですか」

 

「筋肉は誤解されています、一部の酔狂な変わり者が肉体美のために鍛えていると。筋肥大によって俊敏な動作や、関節の柔軟性落とし、寿命を縮めると」

 

「いや、知らないですけど」

 

「逆なのです、的確なトレーニングは俊敏性や柔軟性を増強し、寿命のリスクを低減する。鍛えれば鍛えるほど、体に良い。健全な精神は健全なる肉体に宿ります、精神が健全であれば物事を好転的に動かすことができるのです。つまり、うまくいかないことがあるのなら、それは全て筋肉不足と言って過言ではないでしょう」

 

「過言でしょ」

 

「筋肉は力の原点にして頂点なのです。今鍛えなければ鍛えなかったことを後悔するでしょう」

 

「じゃあ、筋肉があれば恋人もできるんですか?」

 

「ええ、勿論」

 

「社会的に成功できますか?」

 

「はい、成功者は概ね筋肉を鍛えていますし、私も鍛えています」

 

「欲しいものは手に入りますか?」

 

「手に入ります。筋肉がそれを望むのなら」

 

「……死んだ人は蘇りますか?」

 

「え、筋肉をなんだと思ってるんですか?」

 

 何を言ってるんだと言う顔。

 

「馬鹿にしてるでしょ!」

 

「──蘇るに決まってるじゃないですか」

 

「え?」

 

「その証拠に貴女が今ここにいる。何故なら私が筋肉を信じていたからです」

 

 その目には一点の曇りもない。

 

「私、死んだと思われてたの?」

 

「……?少なくとも20年も寝たきりですと、筋肉は死んでしまいますね」

 

 キョトンとした間の後にそう続けるサイトウ。

 

「思ってたんだ」

 

「良いですか、今は生きていることが一番大事なのです、他のことは二の次です」

 

 私の肩に手を置き、それらしい顔でそれらしいことを言う。

 

「このまま生きてても良いことなんてないよ、私のやることは迷惑にしかならない」

 

「そうですね」

 

「え」

 

 肯定するんだ。別に否定して欲しかったわけでもないけど。

 

「貴女の筋肉が泣いています。もっと輝けるのに、と。早く破壊して再生しなければ」

 

「何が破壊と再生だよ……」

 

「筋肉の成長は破壊、そして超回復による再生と増強による円環。いいですか、この世の理は筋肉が内包しているのです。生きる、というのは物事の繋がりを知ることなのですよ」

 

「私にはその発言の繋がりが分からないよ」

 

「破壊を恐れてはいけません。創造のためには破壊が必要不可欠。古きもの、力を失ったものを破壊し、創造し直す。世界はそのようにして転がっていくのです」

 

「……壊れたら壊れたままだよ、私には穴が空いたまま──え?」

 

 キャンプの入り口から巨大な目が見え、次の瞬間にはキャンプそのものが吹き飛んでいた。

 

「──!」

 

 私達を覗き込んでいたのはダイマックスしたオノノクスだった。

 

「……私を迎えに来たの?」

 

 オノノクスは倒れ込むように伸ばした前足で、私を掴み、持ち上げる。

 

「……はは…モテモテで困るなぁ」

 

 足元にサイトウが見える。

 

「ユウリ!」

 

「サイトウさん、私は掴まれててボールも出せない。この子は多分、すぐ近くのエンジンシティに行くだろうね」

 

「ま、待ちなさい!」

 

「"破壊を恐れるな"って言ったでしょ?──オノノクス!好きにするといい!」

 

「まだ一度もバットを振ってないのに!」

 

「遊びは終わりだよ!ご自慢の筋肉で解決してみろ!」

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