シュートシティの高層ビルに、タンクローリーが突き刺さって爆発した。
残骸と塵が舞うようにゆっくりと落下していた。
支えを失ったビルは内側に折り畳まれるように、上から崩れて粉塵に変わる。
ダイマックスしたダストダスが暴れ回り、アスファルトを踏み潰して砕き、建物を薙ぎ倒す。
日常も、生活も常識も、悉く薙ぎ倒す暴力と、響き渡る雄叫び。
人々は狂乱して逃げ、立ち尽くす私の正面から後ろへ走り去っていく。
誰もが恐怖が張り付いた同じような表情で、われ先と必死に駆ける。
立ち止まれば、生ゴミとしてダストダスの一部になるのだから当然だろう。
その流れとは反対に、私は一人、怪物を見上げていた。
空を遮っていたビルが消え、怪物の背後から西日が差していた。
怪物は街をゴミと瓦礫の山に変え、その上で光を浴びていた。
それを見て私は。
どこか、わくわくしていていたんだ。
「……仲間を増やしに来たんだ」
景色が砕かれて、空が晴れていくような気がしていた。
私は死ぬわけもないのに、生きた心地がしていた。
これをずっと待っていたような。
そのまま、何もかも壊れてしまえばいいとすら。
変わらない景色なんて、吹き飛んで──
「だ、誰か!誰かぁぁ!!」
転んだ人が助けを求めていた。
その上にゆっくりと落ちるビルの残骸。
私と彼らは向いている方向が違う。
私は逃げている人達とは一緒になれない。
なのに、見て見ぬふりが出来なかった。
私は……私のせいで人が死ぬのを許容できなかった。
人に犠牲を強いた癖に、それを自分には出来なかった。
アーマーガアを繰り出して乗り、飛び出す。
「掴まって!」
押し潰される寸前で救出する。
「大丈夫…ですか」
「ユ、ユウリ様!?どうして!?」
転んでいたのはガラの悪そうな青年、私のファンの一人だった。
「俺、俺を?助けに?!……神か……?神なのか……いたんだ……!女神が……!」
「そんなんじゃ、ない…アーマーガア、この人を運んで逃げて」
アーマーガアから降り、私は怪物へ向かって歩き出す。
「ありがとうございます!ユウリ様ぁぁ!」
飛び去っていく音、安堵したような声。
「……何がユウリ様だよ……全部私のせいなのに」
ダンデさんみたいに誰かを助ければ大人か?
街を守れば大人か?
こんなもの、偽善でしかない。
留守番中に壊したものを誤魔化そうとしているただの子供だ。
夕日を浴びているアレと同じだ、力を振り回すことでしか、私は生きることが出来ない。
力は私のものですら、ない。
原因が私なのは確かだ、私のせいでこんなことに。
分かってるつもりだった、犠牲の意味くらい。
でも、私には出来なかった。
自分でちゃんと立って歩くことすら、出来ない、同じことだ。
私には、何一つ出来ないんだろう。
「……行け、バンギラス──」
でも自分の吐いたものは片付けなければならない。
それが無駄だとしても。
◆◆◆◆◆◆◆◆
ダイマックスが解け、爆風は吹き抜けた。
「遅かったですね」
背中越しに言う声の主は、黄色のパーカーをはためかせ、ラテラルタウンに着いた私達の前に立つ。
「お久しぶりです、ユウリさん」
「サイトウ……さん?」
振り返った彼女は、パーカーの下にはインナーのみで裸足だった。
鍛え上げられた筋肉がそう見せるのか、二回りも大きくなったようにも見える。
特に太腿の筋肉は樫の幹にしか見えなかった。
髪は左右のシニョンで纏められ、どことなくヨロイ島で見た門下生に似た印象を覚える。
「……えっと……その」
「ジムリーダー不在のここに来たのでしょう、ですが問題ありません」
言われた通りだった、けれど釈然としない。
「今は、ジムリーダーじゃないんですか?」
「ここ暫くは」
「……オニオンさんはどこに?」
「何を言ってるんですか?すぐ近くに──」
「サイトウさん、ありがとうございました。ヨロイ島から駆けつけてくれるとは、ここはもう大丈夫です、次へ行きましょう」
ニオさんがサッと割り込む。
「ニオさん?どうしたの?」
「前回の反省を活かしているんです」
「反省?何の?」
「次に行きますよ、まだ事態は──」
私の手を引いて歩き出す──
「不要です、もう他の場所はジムリーダーが対応しています」
けれど、真上から降り立ったサイトウが行手を阻む。
どうやって前に?跳んで?
……私達を飛び越えて?
「話は聞かせてもらいました、大変でしたね。さあ行きましょうか」
「えっと、その、どこに?」
私の手を握る彼女の手の平は、同じ人間とは思えない硬さだった。
「トレーニングですよ」
場所じゃないし、離してくれない。
「サイトウ、お気持ちだけで──」
「"ニオ君"には話してません」
私を抱き抱え、凄まじい勢いで跳躍するサイトウ、呆然とこちらを見上げるニオさんが見えた。
「ユウリさん──!」
「次は助けるって言ってたのに!」
こうして私は、また誘拐された。
◆◆◆◆◆◆◆
「──筋肉」
"キバ湖の瞳"に建てられたキャンプへ、私を連れ込んだサイトウが最初に口にした言葉は、それだった。
何が起きているのか分からなかった。
「なんで……わたっ……くっ!筋トレっなんかぁ!」
強制的に腹筋をさせられていた。
「足りないからです、筋肉が」
私の足を強靭な腕力で固定して、そう言う。
私の背中の下には、レスラーみたいなマスクを被ったピカチュウが電気を流し続けていた。
「ピカチュウ、たとえ感電しても電気は止めては行けませんよ、いいですか」
「ちゃぁ!」
元気なピカチュウが恨めしい。
彼女の言うノルマをこなさずに上体を下せば、電流を浴びる羽目になる。
「壊れるっ!もうむりっ!離してっ!」
「この際、全部壊しましょう。筋肉は破壊と再生、さあ、壊せるだけ壊しましょう」
「うぎっ……くぅぅ!!」
言われるままに上体を持ち上げ続け、体は小刻みに震え続ける。
「元通りに再生するから筋肉なんてつかない!多分!」
「さ、あと一回、あと一回しかできません。残念ですね」
話、聞いてない、全然。
「上がんないっ!もう上がらないっ!限界!むり!できない!」
ニオさんが助けに来たら絶対に訴えてやる。もう容赦しない。通報する!それにビートも!
「限界は超えるもの──」
「あっ」
力が抜け、電流の待つ地面へ。
私は脱力したまま電撃を浴びた。
「──!!!」
私を掴んでいたサイトウも感電していた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
何度か感電してようやく解放された。
「次は素振りです。このバットを自由に全力で振って下さい。腕と肩と背中に理想的な刺激を与えられるでしょう」
差し出されたバットは、見た目よりも重かった。
「杖ないとバランス取れないんですけど、全力で振ったら倒れますよ」
「心の問題です。怪我はないんですから、あと筋肉を信じるだけです」
「筋肉になったんですか?サイトウさん脳みそ」
「脳は筋肉で出来ています。筋力に優れた私は知性の塊と言えるでしょう」
「本当になったんだ……」
「筋力は科学の力です。アスリートの管理は数値、統計に基づき科学の下に行われます、その実践と研究によってスポーツ医学は発展し、さらに筋肉への理解を深め、還元されます。つまり、科学によって筋肉は作られ、筋肉は科学を作るのです。神は人間を作り、人間は科学を作った。そして科学は筋肉を作り、筋肉は人間を作──」
「それと私になんの関係が……」
「筋力は活動の量に関係なく、抑鬱状態のリスクを低下させ、症状を軽減します」
「私が鬱病とでも言いたいんですか?病気になんかなりっこないですよ」
「いいえ、殆どの抑鬱は正常な脳の反応です」
「じゃあ、なんなんですか、本当に」
「筋肉が目覚めれば、悩みは解決します。さあ、バットを振るのです」
「……何も解決しないよ、何をしても」
「解決しないのは筋肉が足りないせいです」
「何言ってるんですか」
「筋肉は誤解されています、一部の酔狂な変わり者が肉体美のために鍛えていると。筋肥大によって俊敏な動作や、関節の柔軟性落とし、寿命を縮めると」
「いや、知らないですけど」
「逆なのです、的確なトレーニングは俊敏性や柔軟性を増強し、寿命のリスクを低減する。鍛えれば鍛えるほど、体に良い。健全な精神は健全なる肉体に宿ります、精神が健全であれば物事を好転的に動かすことができるのです。つまり、うまくいかないことがあるのなら、それは全て筋肉不足と言って過言ではないでしょう」
「過言でしょ」
「筋肉は力の原点にして頂点なのです。今鍛えなければ鍛えなかったことを後悔するでしょう」
「じゃあ、筋肉があれば恋人もできるんですか?」
「ええ、勿論」
「社会的に成功できますか?」
「はい、成功者は概ね筋肉を鍛えていますし、私も鍛えています」
「欲しいものは手に入りますか?」
「手に入ります。筋肉がそれを望むのなら」
「……死んだ人は蘇りますか?」
「え、筋肉をなんだと思ってるんですか?」
何を言ってるんだと言う顔。
「馬鹿にしてるでしょ!」
「──蘇るに決まってるじゃないですか」
「え?」
「その証拠に貴女が今ここにいる。何故なら私が筋肉を信じていたからです」
その目には一点の曇りもない。
「私、死んだと思われてたの?」
「……?少なくとも20年も寝たきりですと、筋肉は死んでしまいますね」
キョトンとした間の後にそう続けるサイトウ。
「思ってたんだ」
「良いですか、今は生きていることが一番大事なのです、他のことは二の次です」
私の肩に手を置き、それらしい顔でそれらしいことを言う。
「このまま生きてても良いことなんてないよ、私のやることは迷惑にしかならない」
「そうですね」
「え」
肯定するんだ。別に否定して欲しかったわけでもないけど。
「貴女の筋肉が泣いています。もっと輝けるのに、と。早く破壊して再生しなければ」
「何が破壊と再生だよ……」
「筋肉の成長は破壊、そして超回復による再生と増強による円環。いいですか、この世の理は筋肉が内包しているのです。生きる、というのは物事の繋がりを知ることなのですよ」
「私にはその発言の繋がりが分からないよ」
「破壊を恐れてはいけません。創造のためには破壊が必要不可欠。古きもの、力を失ったものを破壊し、創造し直す。世界はそのようにして転がっていくのです」
「……壊れたら壊れたままだよ、私には穴が空いたまま──え?」
キャンプの入り口から巨大な目が見え、次の瞬間にはキャンプそのものが吹き飛んでいた。
「──!」
私達を覗き込んでいたのはダイマックスしたオノノクスだった。
「……私を迎えに来たの?」
オノノクスは倒れ込むように伸ばした前足で、私を掴み、持ち上げる。
「……はは…モテモテで困るなぁ」
足元にサイトウが見える。
「ユウリ!」
「サイトウさん、私は掴まれててボールも出せない。この子は多分、すぐ近くのエンジンシティに行くだろうね」
「ま、待ちなさい!」
「"破壊を恐れるな"って言ったでしょ?──オノノクス!好きにするといい!」
「まだ一度もバットを振ってないのに!」
「遊びは終わりだよ!ご自慢の筋肉で解決してみろ!」