ムゲンの果てで、愛を唄う少女ユウリ   作:銀杏鹿

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50 Blues Drive Monster

 

 地が揺れ、鳴る。

 

 巨大な竜の歩み一つだけで地表はめくれ、反動で石礫が浮き上がる。

 

 その巨影を閉じ込める壁や囲いは、何一つとしてない。

 

 私を掴んだオノノクスが、私の中にある何かを吸収しているような感覚がある。

 

「エネルギーを求めて……ね。私がいる限りこいつらはどこにでも湧いてくるわけだ、笑える冗談だね」

 

「──!!」

 

 私から得た力で身に纏う赤い光を増したオノノクスが咆哮する。

 

 ポケモンの巣穴でもないのに、嵐のようなものが吹き荒れ、赤黒く空が曇る。

 

 掴まれてかなり高い位置にいるせいか、吹く風がとても強い。

 

 とても気分の良い天気ではないし、身動きも取れない。

 

 なのに。

 

 私は自由を感じていた。

 

 スタジアムじゃあ、絶対に見れない。

 

 アーマーガアに乗って飛ぶのとは違う。

 

 風に全く揺らぎもしない。

 

 私が巨大になったような錯覚があった。

 

 大人になれない私が、大きくなりたいなんて、馬鹿で間抜けな話だけれど。

 

「でもこれじゃあ、ただの大きな子供か」

 

「キョダイマックスです、カイリキー!」

 

 視界は遮られた。

 

 大きな人の形をしたそれが、街と私達の間に壁のように立ち塞がった。

 

 巨大な四本腕。一対の腕は腰に当てられ、残りの腕は前で威圧するように組まれていた。

 

 その組んだ腕の上に。

 

「筋肉を教えてあげしょう!」

 

 馬鹿げた大人が腕を組んで仁王立ちしていた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 本当は分かってる、どう足掻いたって、私の願いは叶いっこない。

 

 過去に戻ろうとしても。

 

 全部壊そうとしても。

 

 私の望みは一つも叶わない。

 

「……なんでそこにいるんだよ」

 

「ここに筋肉があるからです」

 

 ムゲンダイナも私を忘れた、ポケモンのダイマックスは暴走してる。

 

 誰も彼も私を置いて先に進んだ。

 

 続けたくない。先になんて進みたくもない。

 

 現実を突きつけられて、諦めさせられて生きるくらいなら──

 

「カイリキー!キョダイシンゲキです!」

 

 容赦なく技を指示するサイトウ。

 

 赤黒い光を纏った拳がオノノクスに放たれ、凄まじい衝撃が襲う。

 

「っ──あのぉ!私が!捕まってるんですけど!」

 

「ポケモンの攻撃くらい生身で耐えられないと、筋肉の加護は得られま──」

 

 オノノクスが私を掴んだまま、ドラゴンクローでカイリキーに反撃する。

 

「何が筋肉だ!面白いと思ってんのか!パンクだのピンクだのメタルだの!アイデンティティってそんな馬鹿みたいなもんじゃないでしょ!誰だよお前ら!そんなんじゃなかっただろ!」

 

 カイリキーの四本の腕が暴れるオノノクスを抑えつける。

 

「物事を難しくしているのは貴女自身です」

 

 腕から肩に移動したサイトウは腕を組んで言う。

 

「なんなんだよ筋肉って……」

 

「考えず、感じるのです」

 

「説教臭いんだよ……どいつもこいつも!」

 

「大人しかできませんからね」

 

「勝手に大人になった癖に!」

 

「……勝手に死んでたのそっちです」

 

「よくもそんな言葉が!」

 

「私は……どれだけ努力しても勝てなくなりました。あの道場に行っても、どれだけ鍛錬しても」

 

「だからジムリーダーじゃないって?」

 

「絶対に勝てないのです、分かりますか?何をしても……勝ちたかった、勝てなくなった」

 

「でも私にはそんな話、関係ない!」

 

「貴女の話です……貴女の」

 

「何が!」

 

「貴女に勝ちたかった。ですが貴女はとっくに死んでしまっていた……戦っても、鍛錬しても、何をしたとしても……私は見失いました、私だけではありません、それ以降のリーグは、ユウリさんが出ていれば、なんて言葉ばかりでした」

 

「好きで寝てたわけじゃない!」

 

「目標だったダンデさんはリーグから去り、彼を倒したユウリさんすら、いなくなった。私は空洞になってしまいました。戦っても、戦っても、頭から離れないのです。選出、戦術、読み、育成、何をとっても貴女は天才的だった、あの日の貴女が。でも、いなかった。もうどこにも。話したかったことも、一緒にやりたかったことも、何もかも残ったまま。……ですが、そんな迷える私に道を与えたのです」

 

「……誰が」

 

「筋肉が」

 

 マスタードさんとかじゃないのかよ。

 

「筋肉は応えてくれます。裏切りません。勝手に死んだりしません。ずっと一緒に戦ってくれます。信じれば救われるのです。筋肉を信じて、鍛え続ければ報われる、こうして、ユウリさんも生き返った。この世の全ては筋肉が解決してくれるのです」

 

 ずっと、違和感があった。

 

 冗談で言っているのかと思っていた。

 

 クララさんのメタルとか、ビートのピンクとか、あれは理想の形だ。

 

 だけど、サイトウさんが筋肉について語っている時は、違う。

 

「……筋肉は神さまなんかじゃ、ありませんよ、サイトウさん」

 

「当たり前でしょう?神が我々に与えた筋肉は実在します。だからこそ万能なのです。確かな信仰です。貴女も筋肉を感じましょう、世界と繋がるのです、筋肉、筋肉こそ救いなのです。あらゆる苦難に、筋肉によって立ち向かうのです」

 

 その目には一点の曇りもない、なさ過ぎた。

 

 一度壊れてしまったものを元に戻すのは困難、そう言った老人の顔が思い浮かぶ。

 

 破壊と再生、たしかに筋肉はそれで成長するかも知れない。

 

 けれど、骨はそう言うわけにもいかない。

 

 折れて曲がったまま再生すれば、二度と元には戻れない。

 

 サイトウさんは筋肉じゃない。

 

 私が折ったんだ、彼女を。

 

 私が壊してしまった人が、破壊を恐れるな、なんて、とんでもない皮肉じゃないか。

 

 ニオさんが庇ったのは、なにもビートみたいなことになるからじゃない。

 

「本当に"脳みそが筋肉に"なってしまったんですね」

 

「なったとか、なるとかじゃあ、ありません。なってるものです、さあ筋肉で解決しましょう」

 

「……何も解決しないよ、私は」

 

 もう、以前のようには戻らない、私の知っているサイトウさんは、私が殺してしまったのだ。

 

「筋肉が付けば体型が変わり、体型が変われば意識も変わり、意識が変われば世界が変わるのです、バットを振る前から、変わらないと言わないで下さい、先ずはやりましょう」

 

「……自己啓発でどうにかなるなら最初から解決してるよ」

 

「捻くれていても、筋肉は助けてくれません。素直に鍛え始めればいいのです」

 

「……私に勝ったことなんて一度もないでしょ、もういいよ、どいてよ、じゃないと全部巻き込んで壊すよ」

 

「やる人は宣言しません。筋トレする、じゃあありませんよ、筋トレした、です。実行すると心の中で決めたのなら、もうすでに行動は終わっていなければならない」

 

「やめて、もう聞きたくない、見たくない、私のせいでおかしくなった今なんて、もう嫌、オノノクス!」

 

「トレーニングの続きと行きましょうか!カイリキー!」

 

「──"りゅうせいぐん"」

 

「──キョダイシンゲキ!」

 

 私達の頭上に光るのは隕石。

 

 カイリキーの赤い拳などオノノクスはものともしない。

 

「もういい!消えて、全部消えて!」

 

「筋肉はこれを鍛え、律するために与えられた」

 

 サイトウはカイリキーの肩から飛び出し──

 

「これによって正義を推し進め、人の子らに与えたもうた地を従えた」

 

 腕の上を走り──

 

「そして今ッ!」

 

 オノノクスの体の上にまで来るサイトウ。

 

「筋肉はユウリさんを助けたッ!」

 

 彼女は跳躍して頭上にあったカイリキーの腕を足場に弾丸じみた急降下──

 

「これが筋肉だぁぁぁ!!」

 

 そして、私を掴んでいるオノノクスの前足を蹴飛ばした。

 

「っ!?」

 

 オノノクスの力が緩み、解放された私の体は落下し始める。

 

「さあ、貴女も筋肉になりま──ぶべっ」

 

 手を伸ばしたサイトウ、しかしオノノクスに弾かれる。

 

「そのバットを振るんです!振ってみれば分かります!筋肉さえ信じれば──」

 

 飛ばされていく彼女は、まだそんなことを言い続けていた。

 

「サイトウさん!オノノクス、止まれ──」

 

 オノノクスは言うことを聞かない。当たり前だ、私のポケモンじゃない。

 

 都合良く止まってくれるわけがない。

 

 命令を聞いたように見えたのは、オノノクスがそうしたかっただけだ。

 

「……そりゃ、そうだよね」

 

 ……エンジンシティのジムリーダーだっている、最初から何もかも壊すなんて出来やしない。

 

 私は駄々をこねて地団駄を踏んでいるだけ。

 

 何人も巻き込んで、犠牲を強いて、挙句ダイマックスを暴走させて。

 

 こうして隕石を降らせている。

 

 偉そうなことを言っておいて、私は許容出来ないんだ。

 

 このまま落ちて粉々になれば、私は自由になれるかもしれない。

 

 再生できないほどバラバラになって、踏み潰されれば。

 

 心中するのが嫌ならポケモンもボールから勝手に出て行くはず。

 

 目を閉じて、落ちる感覚に身を委ねる。

 

 悪いけど理由、見つけられなかった。

 

 全部壊せないなら、私が消えれば同じだ。

 

 悪夢はそれで覚めるだろう、きっと。

 

 憂鬱なこの世界ごと、私を踏み潰してくれれば。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「──ユウリ!」

 

 風が吹いた。

 

 何かが私を抱き抱えているらしい。

 

 目を開けると私達を乗せていたのは、ドラパルトだった。

 

「間に合ったか」

 

 ニオさんがいた、私を抱えていた。

 

「……何故バットを?」

 

「……サイトウさんが振ってみれば分かるってさ。立ってられないのに、振れるわけ、ないよ」

 

「……相変わらず分からない人ですね」

 

「こっちの方が分からないよ……私のことなんて放って置いてよ……」

 

「……仕事、ですから。身を守るのが」

 

「要らない時は間に合うんだ……そんな仕事辞めれば良いのに」

 

「次も必ず、間に合います──ドラパルト!ドラゴンアロー!」

 

 カイリキーとオノノクスは双方ともに爆散した。

 

 それなりに消耗していたらしい。

 

 さらに強い風が吹き付けたけれど、私はしっかりと抱えられていた。

 

「なんで、カイリキーまで?」

 

「苦手なんですよ、ああいうのは」

 

 爆風で舞い上がったドラパルトは、まだ上空に光っている隕石の群れを睨む。

 

「ドラパルト!流星群で撃ち落とせ!」

 

 オノノクスの隕石よりも速いそれが、私の"りゅうせいぐん"を砕いていく。

 

 その砕かれた残骸すら、ドラメシヤ達が破壊していった。

 

「……私には本当に何もできないんだ」

 

「出来るようになりますよ、いずれ」

 

「いずれって、いつ?私は歩けもしない。バットだって振れない、守られてるだけの子供でしかないのに、壊してばかり……」

 

「…子供が子供で何が悪い…んですか」

 

「私は……私は本当は大人になってる筈なんだよ…そうじゃないと、早く大人にならないと」

 

「…なろうと思って、なれるものでも……ありません」

 

「知らないから、そんなこと言えるんだよ」

 

「私は……俺は知らないから、知らないからこう言える。子供は…子供らしくいても良いんだ。今できないことも、いつか出来るようになる、それでいいんだ」

 

「……こんなに嫌なことばかりでも?」

 

「嫌なことは記憶に残りやすい。楽しいことや嬉しいことは一瞬で過ぎてしまうだけだ」

 

「なれるの、本当に?」

 

「……少なくとも俺はなれたと思っている……まだ子供かも知れないが」

 

「なにそれ、全然アテにならない」

 

「大人の言ったことが分かるのは、大人になってからだ、多分な」

 

 そう言っている間に、薄暗かった空は晴れていった。

 

「……晴れなくて、良かったのに」

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