試合の日は来て、私はチャレンジを突破し、そして、ナックルスタジアムに立っていた。
「……約束通り、来ましたよ、"ダンデさん"」
私の前に立つのは、ジムリーダーの男。
「ユウリ、今日は楽しい勝負にしよう!」
微笑む壮年の男は、かつてのガラル無敗のチャンピオンだった者。
「待ってたんだ!今日という日を!」
獲物を前にしたような顔には、影が見えない。
「ムゲン……ああ、今はアーゴヨンか。いないのか?」
「……まだバトルできる状態じゃないので」
「残念だ!最強と最高の組み合わせを正面から倒したかったな!」
「変わりませんね、本当に」
やっぱり私には眩し過ぎる。
10代でチャンピオンになった彼も、私と同じような"能力"を持っている筈で、境遇だって、そう変わらなかったはず。
絶対的な力は、彼を並ぶ者のない一人にしたはずなのに。
なのに、違う。
「貴方は笑っていられるんですよね」
「楽しいからさ!」
大人が子供のように笑う。
「でしょうね」
「ユウリ?」
「だって貴方、一人じゃなかった」
「ああそうさ!君だって!」
違う、絶対に根本的に、それは違う。
考えないようにしていたけれど、私は羨ましくてしょうがないんだ。
──だってどれだけ負かしても、勝ち続けても、絶対に諦めないで、同じ道を歩み続けてくれる人がいたんだから。
「…私にはいなかったのに」
「いるさ!今ここに!」
「嘘ですよ、そんなの──ムーランド」
「証明してみせるさ──バンギラス!」
◆◆◆◆◆◆◆◆
「──!!!」
ムーランドは激しく吠え立てて威嚇する。
「──!!」
繰り出されたバンギラスはそれを聞きつつも意に介していないように、スタジアムに砂嵐を巻き起こす。
「どのタイプのジムか疑わしいのも、変わりませんね」
「受け継いだのさ!バンギラス──」
「早速、惚気ですか?ムーランド──」
思考が加速し、周りの時間が遅れていく。
僅かな空気の動きが延々と伸びている中、私は。
彼と目が合った。
そして、視線の動きが全てを物語っているような気がした。
彼にも、同じようなものが見えているのだと──
私はそう思いたかった。
だから気が付いて欲しかった──
「交代!ジャラランガ──」
「──じゃれつく!」
予測通りの動きだった。
「──右に避けろ!」
交代して場に出たばかりのジャラランガは、ムーランドの攻撃を冷静に回避する。
「……めちゃくちゃなことしますね」
「初手も交代後の選出も読んでくる奴の言うことじゃないぜ……いや君たちなら当然か」
「ええ、これくらい普通ですよ──ムーランド!」
「インファイトだジャラランガ──」
2体は同時に動き出すも、ジャラランガの懐に潜り込む一撃が先んじる──種族的な能力で言えば、ムーランドよりもジャラランガの方が速度に優れるのは間違いない。
当然、弱点の一撃は向こうが先に放つことになる。
何もなければ。
「──じゃれつく!」
ムーランドは舞う砂を蹴り、後の先を取った。
迫るジャラランガよりも速く、一撃を喰らわせて吹き飛ばす。
「──!?」
フェアリータイプの力を纏ったそれと、ジャラランガ自身の勢いが威力を増強し、戦闘不能となった。
「威嚇じゃない……すなかきか……!」
「速さで負ければ、対処できませんよね」
私と似たように"分かる"能力を持っていたとしても、指示を聞くポケモンが対処できなければそれまで。
それに……"本当に同じ能力なら"この程度分からないはずがない……だから……分かっていて欲しかった。
「……最初から天候も選出も読んでいたのか」
「貴方が"晴らして"くれるなんて、期待してないんで」
嘘をついた。もしかしたら、その可能性があるのかも知れないなんて、期待していたんだから。
「言うじゃないか!出番だ!──リザードン!」
「──!!」
繰り出したリザードンは私を見据えて咆哮する。
彼の象徴とも言える歴戦の相棒……じゃない。
「……その子、私のリザードンですね」
「ああ、そうだ、俺が譲った子だ」
「貴方のリザードンは?」
「交換した!」
「……そういうことですか」
だから、あの夜、あそこに迷い込んだ?
ずっと道案内していたリザードンじゃないから?
……私には分かち合ったものなんてもう残ってないのに、"彼ら"だけにはそういう証があるんだ。
「さあ行くぞリザードン!──メガシンカタイムだ!」
手を掲げ、かつて幾度も見たポーズをすると、彼の白い腕輪が虹のような輝きを放った。
ずっと昔、一人だった時に真似て練習した気がする。
同じようにすれば一人でも立っていられるように見えて。
彼が誰よりも強く、孤高の天才として君臨していると思っていた頃。
かつて眩しく見えたものは、今や物理的に眩しく光っていた。
リザードンはその光に包まれていく。
「……また、それですか」
ダイマックスじゃないのは想定の範囲内だった。
これまでの試合やジムリーダーからしてそうしてくるだろうとは思っていた。
私を倒すのなら、私の知らない物事を持ち込むのが正しいだろう、私でもそう思う。
「──!!」
光を破って堂々と飛び上がったのは、二回りも大きくなった翼を広げるリザードン。
その頭には一本の角、腕に小さな翼、尻尾には棘。
そして、その咆哮は砂嵐で曇っていたスタジアムの空間を一瞬で快晴に塗り替えた。
ダイマックスのように暗雲は齎さない。
本当に、一片の曇りもない。
「……技も交代もなしで天候を」
「どうだ!晴れたな!」
なるほど、メガシンカとやらは特性も変えるらしい。
「これが!修行と絆の力だぜ!」
「ズルいですね、ほんと」
晴れ、というより日照り。焼けつくような空気の中、そして見て分かるリザードンの圧倒的な練度と力。
今、誰かに交代しても、ムーランドが抵抗しても全くの無駄。砂嵐が止んだ今、ムーランドには先手は取れない。
「ごめん、ムーランド──」
「リザードン!熱風だ!」
リザードンが巻き起こす凄まじい熱風を前に、私の盾になるよう覆い被さったムーランドは、熱風を受け切って戦闘不能になった。
その凄まじい熱量を前に、いつかの記憶がフラッシュバックする。
チャンピオンの座を賭けて、彼と戦ったあの日の風景が。
立ち塞がっているのはキョダイマックスしたリザードンでもなければ、空は晴れているのに、私の視界にはその光景が重なっていた。
どうしてあの日、勝ってしまったのだろうかと──
「ダンデさん、私は今日、負けると思ってました」
「どうしたんだ?まだ始まったばかりじゃないか?」
「終わってるんですよ、私のジムチャレンジはもう、ずっと前に」
「君は……」
「今日の試合は勝つ為のものじゃあ、なかったんです。頑張ったけどダメだったって、説明する為の」
「勝負は負けるためにするものじゃないぜ」
そう言うだろうし、降参なんて認めない。そんなことは分かりきっていた。
でも、私が負ける可能性は、"もうなくなって"しまった。
「ですよね──カバルドン」
カバルドンが晴れ渡っていたスタジアムを再び砂嵐へと引き戻す。
「さあ!勝負の続きだ──」
「いいえ、もう決しています──」
彼は言い訳もくれて、私はちゃんと戦ったけれど、負けてしまって、私が我儘でレールを敷いた物語はここまで終わり……それなら諦めがついたのに。
なのに……もう私にはこの試合で負ける予測は何一つとして見えなくなってしまった。
ただ作業のように、勝利する未来しか。