沸き上がる歓声。
「勝者!チャレンジャー!ユウリ!」
「良い勝負だった!あの頃よりも強くなって──」
私の手を取って握りしめる。
でも、かつての無敗の男はそこには──
そう思った瞬間に、勝手に期待して、勝手に失望しているのが自分でも分かって、すごく嫌な気持ちになった。
街に出た時と同じだ、未来はより素晴らしいものになっていて当然なんて思い込んで、私は勝手に幻滅していた。
何も見てないのは私の方だ。
「……ごめんなさい」
「なんで謝るんだ?」
「だって、私、全部、ダンデさんのせいにしようとしてたんです」
「何を?」
「辞めることを」
「本当に嫌なことなら、やらないだろう?」
「……それは」
「そうするってことは、それを望んでるってことだよ」
何を犠牲にしても構わないって?そんなこと──
「私は」
私の声は、歓声に遮られる。
いつもよりも騒がしい、讃えられるようなことはしていないのに。
こんなのは──
『こんなものは間違っている!!』
「え?」
拡声器のノイズと叫び声がスタジアムに響く。
『こんな勝負は八百長だ!』
『彼らはブラックナイトを引き起こそうとしている!』
『そこのユウリは委員長の手先!ダイマックス事故はマッチポンプだった!』
『被害者の生活を!命を返せ!』
観客席の複数の位置から、怒号のような非難が飛び出す。
『犯罪者を許──、お、おい何を──』
『ユウリ様の悪口は許さ──』
どこかで聞いた声が、声に割り込んだ。
『ふざけるな!お前らのような──』
被害者団体を名乗る者達が起こしたその騒ぎは、私のファンと衝突し大規模な乱闘へ変わるのに、そう時間は掛からなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
私は拠点を特定のホテルではなく、複数の場所を時間毎に移動することになった。
街頭で目にする画面の映像は、延々とあの時のことを報道している。
『先日のフーリガンが起こした騒動は多数の重傷者を出し──』
フーリガン、試合に際して意図的に暴力事件を起こす人々をそう呼ぶ。
かつて私達の道を妨害したエール団はまだ可愛い方で、世の中には組織的に破壊行為を繰り返す連中がいる。
参加者には今の情勢に不満を持った貧困層が多いという。
でも自分で望んで暴れて、それに呼応して傷を負うのならそれは因果応報というものだろう。
「……ユウリさん、あまり」
「分かってる」
ニオさんは警戒のため、私の側から離れない。
今回の件は貧困層の暴動とだけで判断するには不審点が多い。
マクロコスモスの監視から逃れてあんな大規模な暴動を計画、扇動できる相手。それ故に以前の願い星を狙っていた組織の可能性が高い、だから警戒が必要……だそうだ。
次の試合は警備体制の強化やら、各方面との調整とやらで暫くは延期。
私達に批判的な情報が少しずつ出回り始めている。委員長が統制しきれていないのだろう。
調整というのはそのあたりだろうか。
『フーリガン達はマクロコスモスがダイマックスを意図的に暴走させていると主張し──』
彼らの主張は正しくはない、けれど原因は私にあるのは間違いない。
それに被害者は殆どいないっていうのは嘘だ。
現に怪我をしている人々を見ている。
「ユウリ様!」
聞き覚えのある声。
「申し訳ないが今はプライベートだ、対応はしかねます」
近寄ってきたファンを遮るニオさん。
それにしても私が移動する丁度よく現れ……まさか。
「ニオさん、移動時間は誰にも知られてませんよね?」
「ええ、あり得ません」
「し、しらみつぶしに探してるだけさ!人数が多いから」
そう語るけれど、正直怖い。ダミーの車や変装した影武者を歩かせているらしいのに。
「……行きましょうユウリさん」
「待って!待ってくれよ!ユウリ様!」
「ごめん、相手してられないの」
「願い星が有れば願いが叶うんだろ!」
「え?」
「ほら、もって来たんだ!これがあれば!」
差し出される願い星。
余程握りしめていたのか、青年の手は赤くなっていた。
「やめなさい、それ以上近寄れば──」
「これで、これで母さんを起こしてくれよぉ!」
「……どういうこと?」
「ユ、ユウリ様は願い星があれば何でも願いを叶えられるんだろ!聞いたんだ!」
誰が、そんなことを?
「そ、そうじゃなくて」
「もう、生の試合が見たいなんて我儘言わないから、母さんを返してくれ!」
「お母さんがどう、したの?」
「この間のフーリガンだよ、そのせいで母さんが起きないんだ!頼むよ!お願いだから母さんを起こしてくれよ!」
"騒動は多数の重傷者を出し──"
「あ──」
結局、私は私と同じ境遇の相手を作ってしまった。
願い星がなければ、スタジアムのチケットだって買えなかった筈の彼ら。
私の試合に来ることが出来たのは、願い星を買い集めさせてたから。
それだけじゃない、フーリガン達に呼応して争い出したのもファン達なんだ。
それが、私のせいじゃなかったら、誰のせいなんだろう。
体の力が抜けて、手が震える。
私に懇願する青年の顔が、揺れて見える。
目眩がして、吐き気が止まらない。
「わ、私は、私には」
「ユウリさん!」
ニオさんは私を抱えて走り出した。
「ユウリ様ぁ!」
懇願する必死な声が離れていく。
「ごめんなさい……」
私のせいだ。怪我だけじゃない、もう取り返しがつかない。
続けるなら、これから先こんなことばかりで、そして彼らの願いを叶えたとしてもそれを彼らが知ることはない。
……だって全て、なかったことになるだけなんだから、彼らの記憶だって残らない。
ダメなんだ、どうあがいても過去の改変で救われるのは私だけだ。
ここに居る彼らは……それだけじゃない、誰も救われない。
私が一方的に救おうと思っていた人達は……過去に囚われ続けたままだ。
そんな報われないこと、続ける意味があるのだろうか。
私一人が諦めれば、これ以上問題も起きないじゃないか。
「……辞める」
「ユウリさん?」
「辞めるから…全部、だから、許して……」
私は目を閉じて、真っ暗な視界に逃げ込んで。
何も聞こえないように、耳を塞いだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆
部屋のドアが軋み、誰かの足音がした。
「ユウリさん」
ベッドに潜り込んだ私には声しか聞こえない。
「……ニオさん。もう、戦えない」
「では帰りますか?」
「帰らない」
「貴方を待っている人は、いますよ」
「行かない」
「では」
「待ってる……?私は嫌だよ……待っててなんて欲しくない」
「……」
「帰れるわけない、私は……それだけのことしてる、保護されて良いような奴じゃない」
「誰も貴女のことを責めたりは……」
「だから嫌、私は保護されたくもない……こんな、こんなままで、嫌、全部嫌」
「……ならどうしたいですか?」
「どうして聞いてくるの……?どうしたらいいのかも、どうしたいのかも分からない……出来っこない」
「出来る、できない、ではなくどうしたいか、どうなったらいいのか、です」
「……無意味だよ。私が望みを叶えようとすれば絶対に犠牲はいる、そんなの分かってるつもりだった、でも、見て分かった。私は……誰かに自分と同じ思いなんてさせられない。誰かをあんな風にしておいて、自分だけ思い通りに生きるなんて出来ない」
「貴女に原因があるわけでは」
「知らないからそう言えるだけ」
「…そうですね、僕は何も知りません」
「なら放っておいてよ、関係ないでしょ」
「ずっとここにはいられませんよ」
「じゃあ、どこに行けば良いの?どこに行っても、誰のところに行っても私は過去なんだよ、どう取り繕っても、負い目しかない、私が望んだものなんて、ない」
「……なら……離れるしかない」
「たかが護衛が、分かったようなこと──」
「……では護衛は暫く暇を頂く」
私を包んでいた布団は剥ぎ取られた。
「……私の望みが知りたい?なら教えてあげるよ、私は何も見たくない。どう?貴方に何が出来るの?離れたら解決?私がガラルに居る限り逃げられるわけないでしょ」
「ガラルを出れば良い」
「……え」
「世界は何もガラルだけじゃない」
「ガラルから出てけって言いたいの?」
「違う」
「じゃあ」
「何処にだって連れて行く」
「なんで?ニオさんは関係ないでしょ?」
「関係ないからだ」
「……わけわかんない」
「わからなくても良い、望むならそうしようというだけだ」
「……」
もういっそ、それも良いかもしれない。
そうすれば、何も見なくて済むんだから。
「……分かった」
「何処へ行く?」
「どこでもいいよ、そんなの」
なんだって構わない、嫌なものを見なくて済むなら。