海流に流されるように浮かぶプルリル達がこちらを眺めているのが見えた。
深海の住人がわざわざ海面に。
「船酔いは大丈夫か?」
「もう出ない」
ユウリは船上で遠い海をじっと眺めていた。
随分と前に見えなくなったガラルの陸地を、水平線の向こうに探しているようだった。
見えるはずもない。もうこの船はその遥か先の洋上を進んでいるのだから。
「ニオさん」
「何だ?」
「……なんでもない」
何を見ているのかわからない目だった。
「食事は」
「今それ聞く?」
余程船旅が体質に合わないのか、それともガラルを離れたことが原因なのかは分からないが、彼女は目に見えて憔悴している。
だが現状で他に手段は見当たらない。
関係のあるもの全てから離れる以外には。
……ガラルから距離を取る理由は、現実逃避させるためだけではないが。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「ユウリ?」
客室からは返事がない。
今度は部屋にこもったきりだ。
そっとしておくか迷ったが、ただ何か嫌な予感も拭いきれなかった。
「大丈夫か?」
ノックしても返事はなかった。
「……入るぞ?」
扉は開いていて、鍵もかけられていないようで──
「ユウ──」
「……生きてるよ」
ベッドの上に座り込んでいた。
「……良かった」
「死んでるかと思った?」
覗き見るような視線のユウリ。
「……プルリル達が見ていた」
彼らは獲物を住処である深海へ引き摺り込む。
その相手が人間だろうがポケモンだろうが。
「別に沈んでも、問題ないことくらい知ってるでしょ」
「そう言う問題では……」
「一度止められた。自分から死んだりはしない」
「……そうか」
「向き合えって、言わないんだね」
「俺に言われたままその通りにして、納得できるのか」
「……優しくないね」
「護衛じゃないからな」
「じゃあ何のつもりで、どこに連れてくの?」
「…少なくとも、ユウリのことを知る相手はいない場所だ」
「どこに行ったとしても、私を知ってる人ならいる」
「どこに」
「私の目と鼻の先に」
「なら……どうする、戻るか?」
「……戻れないよ、あれだけ偉そうに言って、辞めるんだから」
「だとしても迎えてくれる」
「だから、でしょ」
「……そうだな」
「認識も価値観も違うんだ。私は……保護される相手で、対等じゃない……自分の選択に責任も持てない子供でしかない」
「選択?」
「私は…私のすることで誰かが傷付いたり、嫌な思いするのを……許容出来なかった」
「フーリガンなら──」
「なら、誰の所為?委員長が私を売り出したから?マクロコスモスが反感買ってるから?」
「参加するのは…自らの意思だ」
「選択は自由に出来ても、与えられる選択肢の数は、自由じゃないでしょ……願い星を盗んだり、強奪してた私のファンの人達は生まれた時から悪者だったわけじゃないでしょ……」
「それでも、全てが自分のせいだと言うのは……傲慢だ」
「……私のせいだよ。なんて言われてもしょうがないくらいに」
「何故そう言える」
「──今のガラルの状況は、20年前の実験に失敗したこと、そして、私が原因だから」
「……どういうことだ?」
「ふ、くく、どうせおしまいなんだから、言うよ。全部、私のせいだよ!ブラックナイトをもう一度起こすため願い星が必要だった!だから集めさせた!そのせいで暴走が起きてる!言い訳できないよ、だって犠牲が出る前提の計画なんだから!」
「そう…… か」
これまでの彼女の行動には不可解な点がいくつもあった、そして過剰なくらい自罰的な思考をするのにも。
全て目覚めてからの経緯に理由があるのだと……俺はそう思い込んでいた。
心理的に追い詰められた故に、強迫的な観念に苛まれているのだと。
彼女は、ずっと被害者だったのだと。
……だがそれと同時に……彼女は加害者でもあったのか。
ここまで話さなかったのも理解できる……が、それ以上に疑問が勝る。
「幻滅した?私は見知らぬ未来で健気に生きてる女の子かと思ってた?違う!どうしようもない我儘のために人を振り回して、勝手に死のうとして、そのせいで……大事なものもなくなっちゃった。理想のために動いてた委員長なんかとは違う……あんな風に割り切れない。中途半端なんだよ……こんな風に逃げるなら最初からやらなければ……誰も傷つかなかったのに……」
「……そうまでして……何を叶えたかったんだ?」
「あの頃に戻れると思ってた……勝って、前に進んで、進み続ければ戻れると思ってたんだ。でもできない、誰かを苦しめてまで、できなかった」
ありえない、そんなことは不可能だ。
あの頃に戻る、過去に戻ることなんて。
ましてや──
「まさか、誰も傷つけずに生きられるとでも、思っていたのか?」
「──っ、そんなのわかってる!死のうとした時だって言われた!」
……図星だったのだろう。出来ることなら、こんなことは聞きたくなかったが。
「……何と言われたか覚えているか?」
「生きていく以上は避けられないって、罪だけど悪じゃないって。それを含めて自分の生を肯定しろって」
「なら、答えはもう知っているだろう」
「生きていいなんて言われても、私には──」
「その言葉は生きてもいいなんて、生易しい意味じゃない」
「え」
「"何を傷つけてでも、その罪を認めた上で生きることを是認しろ"という意味だ」
「そのせいで誰かが死んでも、生きるためだから仕方ないって言うの?」
「仕方ない、じゃない。生きるために自らの意思でそれを選んでいると、認めろと言うことだ」
「認められるような理由……ないよ私には。委員長にはガラルを救うって理由があるから犠牲を認められる。ホップには自分の子供を守るって理由があるから、私を傷つけてでも止めようとした」
「……そうしていることが最も犠牲を無駄にしているとは思わないのか?」
「どういうこと?」
「今までの犠牲は全てお前が生きるため必要だった筈のものだ。だが、お前はそれを認めるつもりがないと言っている。理由がないからと言って」
「私はそんなこと頼んで──」
「望もうが望むまいが、結果はついてくる。何処へ逃げてもな」
「……急に言うようになったね」
「犠牲者の中に俺の関係者がいるかも知れない、そうは考えないのか?」
「──っ」
「……安心しろ、仮定の話だ。だが、直接的に関係があるにしろないにしろ、犠牲は出ているのは間違いないだろう?…俺は責めるつもりもない、謝罪もいらない。どこへ逃げても構わない。ただ……その犠牲を無駄にはして欲しくはないだけだ……そうでなかったのなら……それは……嘘だ」
「……そう」
信じられなかった。ここまで甘い考えで国家一つの命運を左右していたとは。
俺は彼女の心身のためならば、一時的に逃げることも何ら悪いことだとは思っていなかった。
だが、それは彼女が被害者だった場合だ。
委員長とは、こう言った話は……彼の姿勢は子供には極端に過ぎるか。
彼の手にかかれば、もっと都合良く利用することも出来るはずだ……そうしていないと言うことは……出来ないか……或いは。
いずれにせよ、俺のやるべきことは。
「もう船には乗ってしまったんだ。その意味は分かるな?」
「……わかった」
関係のある者達が誰も言えないのなら、俺が言うしかないのだろう。
たとえ、彼女を傷つけたとしても。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「……もう楽しい船旅は終わりかな」
全くそうは思っていない顔でユウリは聞く。
「そうだ」
「一生船の上にいるのかと思った」
辺りを見回す彼女。
「……でも、水の上なのは同じかな」
視線の先にあるのは石造りの街。
それは海の上に浮かぶように建てられ、張り巡らされた水路の上を、小舟が行き交う街。
「ここがお前を知らない土地だ」
「……それで、どこなの?」
「アルトマーレ。永遠に守られし水の都だ」