ムゲンの果てで、愛を唄う少女ユウリ   作:銀杏鹿

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58 謎と少女(迷宮)

 

 ホテルから出る気にすらならなかった。

 

 何のやる気も起きない。

 

 "誘拐犯"は私を置いてどこかへ行ったし。

 

 ……私がしたことを聞いたら、関わる気も起きないか。

 

「ロトム、今ってネット見れないんだよね」

 

 繋がってもいない携帯に話しかける。

 

《そうロト、今のネットのプロトコルにも無線の周波数にも対応してないロト》

 

「とにかく使えないんでしょ」

 

《このスマホで通信をしようと思うのなら、設備を作り直す必要があるロト》

 

「出来るの?」

 

《お金と時間が有り余ってる物好きなら出来るロト。まあ、作り直しても接続する端末はこのスマホだけで接続先も一つだけロト》

 

「意味ないじゃん」

 

《だからやる人は物好きロトね》

 

「まあ、金も時間も余ってはいるけどそんなことしてる暇は──」

 

《メールを受信したロト》

 

「……え?」

 

 そして勝手にメールが開かれる。

 

 件名は空白。

 

 本文はたった1行。

 

 『すぐに部屋か』

 

 送信者は……私本人。

 

「……なにこれ……ロトム?」

 

《そう言われても……受信しただけロト。あ、もう5通あるロト》

 

 『ら出て、海を』

 

 『見に行って』

 

 残りのメールも、そんな短い文章だけだった。

 

「部屋から出て、海を見に……」

 

  『このメールは』

 

「え?」

 

 『未来から送信』

 

 『されている』

 

 送信日時はちょうど、10年後の今日を示していた。

 

「……なにこれ……」

 

 私が決めた……過去を改変する是非を問いかける期限。

 

「……まさか」

 

 私は辞めたのに……何で、こんな。

 

「この日付、正しいのか調べられる?」

 

《偽装されてはいないロト》

 

 何で今の私にこれが送られてくる?

 

 もしこれが届かなかれば、私は暫く篭っているつもりだった。

 

 でもこのままだと、こうして結局過去の自分にメールを送ることになる?

 

 それなら、私は行くしかない……

 

 海を見て何が変わるのか、知らないけどさ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……何もないじゃん」

 

 未来からわざわざ送ってきた割に、何かが起こるようなことはなかった。

 

 あるのは凪いだ海に明るい日差し。

 

 水平線の先は空と繋がっているように錯覚する。

 波止場に座ってそれを 眺めていると、本当に何も関係のない場所に来たんだと実感する。

 

 時折水面に水棲のポケモン達がちらほら現れては、私の顔を見るとすぐに何処かに去っていく。

 

 この島にはスタジアムはない。

 

 歓声もライトの瞬きも。

 

 熱に浮かされたような騒ぎはどこにも。

 

 競技ようなものは、ポケモンと協力した水上レースくらい。

 

 それも比べれば、ささやかなものだ。

 

 珍しい街並み以外は、なんの変哲もない田舎の観光地としか思えない。

 

「こんにちは、いいお天気ですね」

 

「え、あ、こんにちは」

 

 どこの地方なのかは分からないけれど、言葉は通じるらしい。

 

 ……彼らの様子から見るに、本当に私を知る人はいないんだと思う。

 

 私は大言壮語を吐いて、あれだけ騒いで、心配をかけて、なのにあっさり辞めて逃げた。

 

 それなのに、こんな場所にいて。

 

 空は馬鹿みたいに晴れていて。

 

 私を責める人も、憐憫の目を向ける人もいない。

 

 バトルもやめて、何もかもから逃げ出して。

 

 結局、私に何が残るんだろう。

 

 視界では海がただ、凪いでいた。

 

「君、旅行?」

 

 また住民に話しかけられる。

 

「……ええ、まあ」

 

「静かでしょう、ここの海は」

 

 その赤髪の女の人は近くに座り、スケッチブックを手に何か描き始めた。

 

「博物館とか、塔には行った?」

 

「……いいえ」

 

「観光なのに?もったいないよ」

 

「……時間はいくらでもあるんです」

 

「じゃ、私の頼み事を聞く時間もありそうだね」

 

「……頼み事?」

 

「これ、探してきて欲しいの。観光ついでに」

 

 渡されたのは曇ったガラスのような丸い石。

 

「何ですかこれ」

 

「シーグラス。捨てられたガラスが海で削られて出来るの。すごいよね、宝石に生まれ変わるんだよ?」

 

「砂浜にあるようなものじゃ?」

 

「最近、街にも落ちてるらしいの」

 

「なら、自分で拾えばいいじゃないですか」

 

「探しても見つからなくて」

 

「住んでる人が見つけられないのに、そんなの」

 

「あったらでいいよ。見つけたら持ってきて!」

 

 メールはこれをやらせるため?

 

 海って言ってもどこにいくか分からないのに?

 

 でも、もしそうなら……

 

「分かりましたよ」

 

「よろしくねー」

 

 杖をついてその場を去る。

 

 ……ジムチャレンジの旅の途中で同じように頼まれごとを聞いたような気がして……それがもうずっと昔のことのように思えた。

 

 私とっては一年前くらいの記憶のはずなのに、内容を思い出そうとすると、それは朧げになっていて。

 

 ハッとした。

 

 あの日々のことが私の中で過去になり始めているんだと気がついて。

 

 忘れるつもりなんてなかったし、今の自分を作った全てだと思っていた。

 

 それでも……忘れていくんだろうか。

 

 大事に思っているものも、何もかも。

 

「……嫌だな」

 

 水路に沿って歩き始めれば、私がどんな気分でも空は勝手に晴れているし、見渡す街は華やいでいる。

 

 杖をついて歩いているのを見れば、当然のように優しくしてくれる人達ばかりで。

 

 私のせいでどれほどの人が被害を受けたのかなんて、誰も知らなくて。

 

 明るすぎる空や街、人々から目を逸らしたくて、足元を見た。

 

 濡れている道の上に、曇った石が転がっていた。

 

「……生まれ変わっても結局、曇りガラスじゃない」

 

 それが捨てられたガラスだったことは変わらない。

 

 願い星じゃあ、あるまいし、石ころを拾い集めて何になるんだか。

 

 なんて、思いつつ拾っている私も私だった。

 

 石は足元を見れていれば、いくつも見つかった。簡単すぎるくらいに。

 

 私が下ばかり見ているだけかも知れないけどさ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 拾い集めた石ころでポケットが一杯になった。

 

「そろそろ戻ろ……あ」

 

 気がつくと、私は人気のない路地に立っていた。

 

 どっちから来たのかも分からない。

 

 完全に迷った……けれど、どうにもならなくなったらアーマーガアにでも乗れば──

 

 手を伸ばした先に、モンスターボールはなかった。

 

 ……気が抜け過ぎていたかも知れない。

 

「……ロトム」

 

《接続されてないロト》

 

「だよね」

 

 当然ボックスも、現在地も分からない。

 

「住民でもいれば早いんだけど……ん?」

 

 一瞬、路地の奥に赤い髪の毛が見えた。

 

 ……私の後を追ってきてる……?

 

「ロトム、今近くに誰かいた?」

 

《……?反応はなにもないロト?》

 

「絶対いたってば」

 

《迷うロト、今は帰り道を探した方が》

 

「聞こえない」

 

 路地の奥へ奥へ姿を追って歩き続ける。

 

 足元には道標のようにシーグラスが点々と転がっていた。

 

「……誘導されてた?」

 

 もう帰り道はわからない以上、行くしかない。

 

 たとえ行く先で、何が待っていようと。

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