書き置きだけを残して、私は自宅から出た。
背中には昔母親がくれた鞄、腕に願い星を収めた腕輪。
服はあの日と同じ。
見送りはいない、勝手に飛び出した私にはそんなものは必要ない。
ジムチャレンジに参加すると言ったら止められたからだ。
医者やホップは、容体がまだ安定していない以上、旅をするのは危険だと言うのだ。
大人が子供に諭すように、憐れみと優しさを持って言われた。
私はそれが我慢ならなかった。
随分とつまらない大人になったものだ。
やはり"線引き"が大好きなのだろう、大人というやつは。
いつぞやのチャンピオンやローズ会長のように、大人と子供の線引きをして保護はすれど、結局は彼らの都合で物事を進めている。
そこに挑戦は無く、安全に整備されたレールを引いて、その上を自分達の想定通りに走ることを願う。
そんなものを"チャレンジ"と呼んでいたのだから皮肉なものだ。
子供達への愛情だろうか、確かに盲従すれば楽に生きてはいける。だけど、そんなことをしてくれと頼んだ覚えは無い。
いつか、私は見た。大人が子供に継承する様を。
それはジムリーダーであったり、研究者であったり、形は違えど同じ継承と呼べるモノ。
それは果たして自ら選び取ったものか?
ビートは傷心につけ込まれたと言えないか?
ソニアさんはダンデさんに匹敵する技量があった筈だ。
エール団やネズさんからの期待をある意味、背負わされ続けていたマリィに他の選択はあったか?
そこに自由な意思はあったのか?
私にはそうは思えない。
そんな"物分かりのいい選択"をして"大人"を継承するくらいなら、私はまだ子供であることを選ぶ。
なんとでも呼べばいい、笑いたい奴らは笑え、私はまだ、大人にはなれない。
なれないだけ、かもしれないけれど。
◆◆◆◆◆◆◆◆
柵を超えて微睡の森の中へ入る。
歩き回っているポケモン達を避けて、奥の泉へ向かう。
草むらに近づかなければ、彼らはこちらに向かってくることもない。
霞む視界の中、歩き続けると気配がした。
必ずいる筈だ、そうでなければ、私は一体何を認められて、あの伝説を捕まえることを許されたのだろう。
「いるんでしょ」
「──」
霧の向こう側から、狼の声と静かな足音。
「久しぶり、勝手にいなくなるなんて酷いんじゃない?」
「……」
剣を咥えていないザシアンは、無言で私を検分するように眺めると、背を向けて歩き出した。
「ついて行けばいいの?」
私が杖を頼りに歩く速度に、そのどうしようもなく遅い歩みに合わせるように、ゆっくりとザシアンは先を歩き続け、私はそこに辿り着く。
私の時間が止まった場所に。
石碑には朽ちた剣が突き立てられている。
ザシアンはそれを頭で指して、私に何かを促す。
「……まるで御伽噺みたい。剣に選定されれば英雄ってわけ……なら」
束を握って引く。けれど。
以前はすんなり抜けたものが全く微動だにしない。
「……ふふ…そっか……やっぱり抜けないよね……!そうだよね!」
「……」
ザシアンは何も言わない。
「……英雄足り得たのはホップの片割れ……彼の代わりに、攻める為の力、剣を行使する役目だったから……そうでしょ?」
「……」
何も言わずにただ此方を眺める青い狼。
「分かってる……それに足りる出自も無ければ、それに見合った理由も何もない!だから私は言われたんだ!」
「"決め手にかける"って!まさにその通りだよ!街の為に、皆の期待の為に戦っていたマリィ、自分を拾った男の為に生きていたビート、最強の兄を越えようとしていたホップ!」
「でも私には何もなかった!ただ、ホップと一緒にいたから、たまたま推薦状を手に入れただけ!」
「私がチャンピオン足る理由も、ダンデさんの椅子を継承する正当性も、何も無い、私はそこに至る何もかもを、タダの力だけで簒奪したんだ!」
「……だから私は継承できない!だって……ムゲンダイナと同じなんだから」
「……」
ザシアンは何も言わない。ただ、悲しそうな顔で此方を見ている。
こんなのは八つ当たり、自分でも分かってる。
「そんな目で私を見ないでよ。これではっきりしたよ、私がするべきなのは轍を辿る事じゃない──」
「私はチャンピオンを超えるよ」
「認めてくれなんて言わない、黙ってそこで見てて。私が座る席は、私が作る。私が英雄を超えた時、その時もう一度ここに来るよ」
私は朽ちた剣を置きざりにして、背を向けた。