「何が聞きたい?」
カフェのテーブルで向かいに座った彼は悪びれもせずにそう聞く。
「何がしたいの」
「要望通りだ」
「じゃあ、あのメールは?」
「何のことだ?」
「とぼけないで、今日だって外に出るようにメール、送ってきたでしょ」
「通信は出来ないはずだ」
「出来なくてもロトムにお願いすれば偽装くらいできるでしょ」
「……そう、かも知れないな」
「10年後って言うのは誰に聞いたの?」
「……知らない」
「じゃあ、質問を変えるよ。あの庭園にいたのは、本当にニオさんなの?」
「そうだ」
「一応、信じる。流石にあんなこと見ず知らずの他人と話したくないし」
「……復唱するか?」
「やめて」
「……得意の思考で行く先を探ったのかとばかり思っていたが」
「はい?」
「気にするな」
「ねぇ、まだ隠してることあるでしょ?何隠してるの?」
「……答えられない」
「なんで?」
「そうしない方がいい」
「……そう。話せないなら話せないで良いけどさ、どこに行くのかくらい教えて」
「善処する」
「……やっぱり私が加害者だから?だから冷たくするの?そりゃそうだよね、私は」
「違う、護衛でも保護者でもないからだ」
「旅費もそっちが全部払ってるのに?」
「……そのことだが」
差し出されたのは請求書。
それなりの金額が書かれてるけど……
「依頼料に経費だ」
「……はい?」
「当然だ」
「……まあ、このくらい払えないわけじゃないし……私の口座から下ろせば……」
「マクロコスモスの口座か?」
……私の収入源は全てマクロコスモスのものか……使いたいお金じゃないな……
「……性格悪いね」
「他に手段があるのか?」
「ある……筈」
「ここの食事代はおまけにしておこう」
「……私は私でどうにか……する」
「そうしてくれ、自分の力で歩かない旅は旅の内には入らない」
ここの会計には多過ぎるくらいのお金を置くと、ニオさんは博物館のほうへ歩いて行った。
「……知ってるよ、言われなくても」
いつかの日々がそうじゃなかったことくらい、自分が一番知ってるんだから。
◆◆◆◆◆◆◆◆
私は広場で挑戦者募集の立て札を置いたまま、座り込んでいた。
近づいてくる人々は、立て札とガラスのコップに集められた賞金──これまでの無謀な挑戦者達が置いていった金額──を見比べると苦笑いして、挑戦もせずにどこかへ去っていく。
野良試合で稼げる量なんてたかが知れていた。
もう少し倒せそうなくらいの演出をすべきだったんだろうか。
《いくらなんでも弱すぎるロト、ボクは本職じゃないロト》
「私が強いんだよ」
流石に手持ちを出すのは酷だと思って、ロトムには捨ててあった洗濯機に入ってもらったけど、それでも過剰戦力だった。
見上げた空は今日も快晴。
天気が良くて私の財布もカラカラに乾いている。
バトル以外でお金を稼ぐには……何か拾い集めて売れば足しにはなるけれど……ワイルドエリアでもあるまいし……
「ねぇ、お姉ちゃん」
声の方を向くと、青いバンダナを巻いた年下の男の子。
「……ん?なに?挑戦?」
「バトル強いの?」
「見てなかった?そこにあるの、全部賞金」
「すげー!」
純粋な尊敬を感じる目だった。利害や崇拝じみたものはカケラもない。
「……ありがとう」
今思えば、昔の私にとって特別に感じたあの言葉も、子供の感性からしてみれば大したことじゃなかったんだと分かる。
彼以外に私を認める相手はいないなんて思っていたけれど、結局は思い込みでしかなかったんだって。
たまたま、それを口にしたのがホップが最初だっただけで。
彼じゃなきゃいけない理由なんて、なかったのかも知れない、なんて。
……そう言い聞かせようとしても、私はその過去を引き摺ってしまうのだけれど。
「……冷やかしなら帰って」
「ひやかしってなに?」
「挑戦しないなら帰って」
「ポケモンもってないよ」
「連れてなきゃバトルは出来ないでしょ」
「じゃ!ポケモン捕まえてくる!」
そう言って駆け出したが、程なくして私の前に戻ってきた。
初めてにしては手際が──
「つかまんない!」
ではなかったらしい。その割には全く気にしてなさそうな様子。
「そう、残念だね」
「つかまえかた教えて!」
捕まえ方?そんなの教わるまでもない気がするけど。
「モンスターボールを投げて、当てる」
これ以外にあるのだろうか。
「ボールあたんない!」
「どうして?」
「動くから!」
「じゃあ動けないようにするか、動いても当たるようにすれば良いんじゃない?」
「どうやるの?」
「麻痺させたり、体力減らして動き鈍らせたり……投げる時は動く先に投げたり……」
最も、今の私はあまり投げるのは得意じゃない。前は外したことなんて、一度もなかった。
「お手本見せて!」
「……あのね、私暇じゃないの」
「ずっと座ってるだけなのに?」
痛いところをついてくる。
「バトルしてお金貰ってるの」
「もうみんな強いの知ってるからこないよ!」
でしょうね。
「えっと、お姉ちゃん!僕、おこずかい、いっぱいあるよ!」
「……じゃ、教えたらくれるの?」
子供相手に何を言ってるんだか。
「いいよ!だからお願い!」
「……はぁ、わかったよ。教えれば良いんでしょ」
◆◆◆◆◆◆◆◆
街中には野生のポケモンがそこかしこにいて、人には慣れてるらしく、あまり警戒していない。
「……じゃああそこにいる……黒い鳥ポケモンで」
名前がわからなかった。
「ヤミカラス?えー、もっと強いのがいい!」
「別に君にあげるわけじゃないし」
「そっか!」
「じゃあ、見てて──行け、ロトム」
《次はどこの馬の骨ロト?》
「今は捕まえ方教室だから」
洗濯機に憑依したロトムはやる気に満ちてるらしい。挑戦者相手に無双したから調子に乗ってるんだろう。
……流石に素人相手に出すのはやり過ぎだったかも知れない。
「先ずは……麻痺させ──いや」
そのままモンスターボールを投げる。
「え!?一発で!?すご──」
「──!?」
ヤミカラスは突然のことに驚いたが何なく回避して見せた。
「──え」
「…ロトム、電磁波」
《カッコつけて外したロト》
うるせぇ。
「──」
動けないヤミカラスの真上からボールを投げる。
そしてたった一度だけ揺れて、カチリと音が鳴った。
結局麻痺させて捕まえた……情けなかった。
「なんで一発でやろうとしたの?」
「……次は外さないから」
ダンデさんみたいにやりたかっただけ。
「おれにも出来る?」
「慣れるまでは弱らせた方がいいよ」
「わかった!」
……そこからは、初めての一匹を捕まえようとする彼に付き添った。
私からヤミカラスを借りて、一生懸命走り回って、何度失敗しても延々と繰り返す彼に。
私は昔からどうしたらいいのか分かりきっていたから、捕まりそうもない時はそもそも向かっても行かなかった。
だから理解出来なかった。
「全然捕まらないね」
「あとちょっと!次はつかまる!」
楽しそうなのが、理解出来なかった。
「楽しいの?これで」
「うん!」
即答だった。
私の考えている楽しさと、彼の感じている楽しさと言うものはまるで違うらしい。
「捕まらないのに?」
「頑張ってできるようになるから楽しいんじゃないの?」
思いもよらない返事だった。
「…誰に教わったの?」
「おとうさん!何回転んでもね、立てばいいって言ってた!何回出来なくても、いつか出来ればいいって」
「……そっか、いいお父さんだね」
「うん!」
頷いて駆け出す彼を羨ましいと思って、次に自分に呆れた。
何回転んでも……うまくいかなくても、きっと本来はそうやって楽しさを学んでいくんだろう……そんな小さな子ですら知っていることを、経験すらしてこなかったんだ。
最初から向かって行かなかった私は。
父親なんていなかったから、余計に眩しく思えてしまうのかも知れない。
それで羨ましく思ってしまうのは……結局私は……親を求めているだけなんだろうか。
クララさんには言われた。私は一人で飛び出して寂しくて勝手に泣いているだけだって。
でも迎えてくれる親代わりはいくらでもいるって。
……父親を名乗る異常者とか?
あの人達に甘えていれば、過去に戻れなくても、私は満足なんだろうか。
ニオさんは時間は何もかも癒すと言った。
私を置き去りにした時間が、私を癒すなんて信じられないけれど。
いつか負い目を感じなくなって、過去に戻る必要もなくなる日が来るんだろうか。
そんなことが……許されるんだろうか。