ムゲンの果てで、愛を唄う少女ユウリ   作:銀杏鹿

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62 I think I can

 

「何が聞きたい?」

 

 カフェのテーブルで向かいに座った彼は悪びれもせずにそう聞く。

 

「何がしたいの」

 

「要望通りだ」

 

「じゃあ、あのメールは?」

 

「何のことだ?」

 

「とぼけないで、今日だって外に出るようにメール、送ってきたでしょ」

 

「通信は出来ないはずだ」

 

「出来なくてもロトムにお願いすれば偽装くらいできるでしょ」

 

「……そう、かも知れないな」

 

「10年後って言うのは誰に聞いたの?」

 

「……知らない」

 

「じゃあ、質問を変えるよ。あの庭園にいたのは、本当にニオさんなの?」

 

「そうだ」

 

「一応、信じる。流石にあんなこと見ず知らずの他人と話したくないし」

 

「……復唱するか?」

 

「やめて」

 

「……得意の思考で行く先を探ったのかとばかり思っていたが」

 

「はい?」

 

「気にするな」

 

「ねぇ、まだ隠してることあるでしょ?何隠してるの?」

 

「……答えられない」

 

「なんで?」

 

「そうしない方がいい」

 

「……そう。話せないなら話せないで良いけどさ、どこに行くのかくらい教えて」

 

「善処する」

 

「……やっぱり私が加害者だから?だから冷たくするの?そりゃそうだよね、私は」

 

「違う、護衛でも保護者でもないからだ」

 

「旅費もそっちが全部払ってるのに?」

 

「……そのことだが」

 

 差し出されたのは請求書。

 

 それなりの金額が書かれてるけど……

 

「依頼料に経費だ」

 

「……はい?」

 

「当然だ」

 

「……まあ、このくらい払えないわけじゃないし……私の口座から下ろせば……」

 

「マクロコスモスの口座か?」

 

 ……私の収入源は全てマクロコスモスのものか……使いたいお金じゃないな……

 

「……性格悪いね」

 

「他に手段があるのか?」

 

「ある……筈」

 

「ここの食事代はおまけにしておこう」

 

「……私は私でどうにか……する」

 

「そうしてくれ、自分の力で歩かない旅は旅の内には入らない」

 

 ここの会計には多過ぎるくらいのお金を置くと、ニオさんは博物館のほうへ歩いて行った。

 

「……知ってるよ、言われなくても」

 

 いつかの日々がそうじゃなかったことくらい、自分が一番知ってるんだから。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 私は広場で挑戦者募集の立て札を置いたまま、座り込んでいた。

 

 近づいてくる人々は、立て札とガラスのコップに集められた賞金──これまでの無謀な挑戦者達が置いていった金額──を見比べると苦笑いして、挑戦もせずにどこかへ去っていく。

 

 野良試合で稼げる量なんてたかが知れていた。

 

 もう少し倒せそうなくらいの演出をすべきだったんだろうか。

 

《いくらなんでも弱すぎるロト、ボクは本職じゃないロト》

 

「私が強いんだよ」

 

 流石に手持ちを出すのは酷だと思って、ロトムには捨ててあった洗濯機に入ってもらったけど、それでも過剰戦力だった。

 

 見上げた空は今日も快晴。

 

 天気が良くて私の財布もカラカラに乾いている。

 

 バトル以外でお金を稼ぐには……何か拾い集めて売れば足しにはなるけれど……ワイルドエリアでもあるまいし……

 

「ねぇ、お姉ちゃん」

 

 声の方を向くと、青いバンダナを巻いた年下の男の子。

 

「……ん?なに?挑戦?」

 

「バトル強いの?」

 

「見てなかった?そこにあるの、全部賞金」

 

「すげー!」

 

 純粋な尊敬を感じる目だった。利害や崇拝じみたものはカケラもない。

 

「……ありがとう」

 

 今思えば、昔の私にとって特別に感じたあの言葉も、子供の感性からしてみれば大したことじゃなかったんだと分かる。

 

 彼以外に私を認める相手はいないなんて思っていたけれど、結局は思い込みでしかなかったんだって。

 

 たまたま、それを口にしたのがホップが最初だっただけで。

 

 彼じゃなきゃいけない理由なんて、なかったのかも知れない、なんて。

 

 ……そう言い聞かせようとしても、私はその過去を引き摺ってしまうのだけれど。

 

「……冷やかしなら帰って」

 

「ひやかしってなに?」

 

「挑戦しないなら帰って」

 

「ポケモンもってないよ」

 

「連れてなきゃバトルは出来ないでしょ」

 

「じゃ!ポケモン捕まえてくる!」

 

 そう言って駆け出したが、程なくして私の前に戻ってきた。

 

 初めてにしては手際が──

 

「つかまんない!」

 

 ではなかったらしい。その割には全く気にしてなさそうな様子。

 

「そう、残念だね」

 

「つかまえかた教えて!」

 

 捕まえ方?そんなの教わるまでもない気がするけど。

 

「モンスターボールを投げて、当てる」

 

 これ以外にあるのだろうか。

 

「ボールあたんない!」

 

「どうして?」

 

「動くから!」

 

「じゃあ動けないようにするか、動いても当たるようにすれば良いんじゃない?」

 

「どうやるの?」

 

「麻痺させたり、体力減らして動き鈍らせたり……投げる時は動く先に投げたり……」

 

 最も、今の私はあまり投げるのは得意じゃない。前は外したことなんて、一度もなかった。

 

「お手本見せて!」

 

「……あのね、私暇じゃないの」

 

「ずっと座ってるだけなのに?」

 

 痛いところをついてくる。

 

「バトルしてお金貰ってるの」

 

「もうみんな強いの知ってるからこないよ!」

 

 でしょうね。

 

「えっと、お姉ちゃん!僕、おこずかい、いっぱいあるよ!」

 

「……じゃ、教えたらくれるの?」

 

 子供相手に何を言ってるんだか。

 

「いいよ!だからお願い!」

 

「……はぁ、わかったよ。教えれば良いんでしょ」

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 街中には野生のポケモンがそこかしこにいて、人には慣れてるらしく、あまり警戒していない。

 

「……じゃああそこにいる……黒い鳥ポケモンで」

 

 名前がわからなかった。

 

「ヤミカラス?えー、もっと強いのがいい!」

 

「別に君にあげるわけじゃないし」

 

「そっか!」

 

「じゃあ、見てて──行け、ロトム」

 

《次はどこの馬の骨ロト?》

 

「今は捕まえ方教室だから」

 

 洗濯機に憑依したロトムはやる気に満ちてるらしい。挑戦者相手に無双したから調子に乗ってるんだろう。

 

 ……流石に素人相手に出すのはやり過ぎだったかも知れない。

 

「先ずは……麻痺させ──いや」

 

 そのままモンスターボールを投げる。

 

「え!?一発で!?すご──」

 

「──!?」

 

 ヤミカラスは突然のことに驚いたが何なく回避して見せた。

 

「──え」

 

「…ロトム、電磁波」

 

《カッコつけて外したロト》

 

 うるせぇ。

 

「──」

 

 動けないヤミカラスの真上からボールを投げる。

 

 そしてたった一度だけ揺れて、カチリと音が鳴った。

 

 結局麻痺させて捕まえた……情けなかった。

 

「なんで一発でやろうとしたの?」

 

「……次は外さないから」

 

 ダンデさんみたいにやりたかっただけ。

 

「おれにも出来る?」

 

「慣れるまでは弱らせた方がいいよ」

 

「わかった!」

 

 ……そこからは、初めての一匹を捕まえようとする彼に付き添った。

 

 私からヤミカラスを借りて、一生懸命走り回って、何度失敗しても延々と繰り返す彼に。

 

 私は昔からどうしたらいいのか分かりきっていたから、捕まりそうもない時はそもそも向かっても行かなかった。

 

 だから理解出来なかった。

 

「全然捕まらないね」

 

「あとちょっと!次はつかまる!」

 

 楽しそうなのが、理解出来なかった。

 

「楽しいの?これで」

 

「うん!」

 

 即答だった。

 

 私の考えている楽しさと、彼の感じている楽しさと言うものはまるで違うらしい。

 

「捕まらないのに?」

 

「頑張ってできるようになるから楽しいんじゃないの?」

 

 思いもよらない返事だった。

 

「…誰に教わったの?」

 

「おとうさん!何回転んでもね、立てばいいって言ってた!何回出来なくても、いつか出来ればいいって」

 

「……そっか、いいお父さんだね」

 

「うん!」

 

 頷いて駆け出す彼を羨ましいと思って、次に自分に呆れた。

 

 何回転んでも……うまくいかなくても、きっと本来はそうやって楽しさを学んでいくんだろう……そんな小さな子ですら知っていることを、経験すらしてこなかったんだ。

 

 最初から向かって行かなかった私は。

 

 父親なんていなかったから、余計に眩しく思えてしまうのかも知れない。

 

 それで羨ましく思ってしまうのは……結局私は……親を求めているだけなんだろうか。

 

 クララさんには言われた。私は一人で飛び出して寂しくて勝手に泣いているだけだって。

 

 でも迎えてくれる親代わりはいくらでもいるって。

 

 ……父親を名乗る異常者とか?

 

 あの人達に甘えていれば、過去に戻れなくても、私は満足なんだろうか。

 

 ニオさんは時間は何もかも癒すと言った。

 

 私を置き去りにした時間が、私を癒すなんて信じられないけれど。

 

 いつか負い目を感じなくなって、過去に戻る必要もなくなる日が来るんだろうか。

 

 そんなことが……許されるんだろうか。

 

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