ムゲンの果てで、愛を唄う少女ユウリ   作:銀杏鹿

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63 carnival

 

 少年の持っていたボールが底を尽く寸前だった。

 

 彼は青いメタモンみたいな、得体の知れない粘液の体の……不気味な何かを捕獲し、何とか捕獲教室は終わりを告げた。

 

 日が暮れる頃、例の父親が少年を迎えに来た。

 

 ポケモンの研究者でどこぞの地方の博士らしい。捕まえたポケモンを見ると驚いて、お礼にしては多過ぎるほどのお金を私にくれた。

 

 新種だったんだろうか。こんな街中で。

 

 私には変身に失敗したメタモンにしか見えなかった。

 

 手を振って去る少年と会釈する父親の姿に私は……何故か胸が痛んだ。

 

 ボロボロになりながらもやり切った少年の顔と、それを見守る穏やかな表情が忘れられない。

 

 私にはそれが色んなものに重なって見えた。

 

 ともあれ旅費は足りた……けれど目先の目標がすぐに達成されて、またやることがなくなった。

 

 私には達成感はなかった。

 

 部屋に戻っても誰もいなかった。

 

 ベッドの近くには書き置きが一つ。

 

『博物館に行っている、もし来るのなら仮面を用意しておけ』

 

 とだけ。

 

 なんでメールに送らないのか分からない。

 

 にしても仮面?前に使ってたアレのこと?

 

 こんな時間から何処かに……いや、誰がどこに行こうとどうだっていいはずなのに……気にしているのは……

 

 結局、私は寂しくて仕方ないだけ……?

 

 自分の持ってない関係性を色んなものに投射して、満たされたかっただけ?

 

 そうなら……逃げても同じことじゃない。

 

 向き合わなかったら、こんなのをずっと抱えて生きるしかないのに……どうしろって言うの?

 

 説教するくらいなら責任を持って教えてよ……私を置いて何処かに行ったりしないでさ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 夜の博物館には全くと言って良いほど人がいなかった。

 

 入り口に警備員すらいなかった。

 

 来る途中の道でも人とすれ違うこともなかった。精々が水面から私の方を見ていたポケモン達くらいで。

 

 ライトアップされた展示を眺めながら歩いていると、足元に埋め込まれたポケモンの化石が目に入った。

 

 化石ポケモン……シャクヤはどうしているだろうか。

 

 約束したのに、私だけ逃げ出して……怒ってるかな。

 

 あんな弱みに漬け込んでまで、味方に──

 

「化石が気になるか?」

 

 声に顔をあげると、死んだ魚の目をした男が立っていた。

 

「……古いものに心惹かれるのは変なことじゃないでしょ」

 

「用件は?」

 

「子供を見知らぬ土地に一人で置いておくのって、悪いことじゃないの?」

 

「……場合によって都合良く弱者と強者の立場を使い分けるのはやめたほうがいいな」

 

「言葉の綾だよ、そのくらい分かって」

 

「……まあ旅というのはそういうものだし、そういう感情を体験することもあるだろう」

 

「何なの?私が寂しがってるとでも言いたいわけ?」

 

「俺は何も言ってないが、そうなのか?」

 

「違うから。そう言うんじゃないから」

 

「それに、自分で稼いでくると啖呵切った奴の──」

 

「お、お金ならもう集めてきた!」

 

「……もう支払いに来たのか?」

 

「こう見えて私、チャンピオンだったから」

 

「賞金稼ぎはお手の物…か」

 

「新種の発見?……にも貢献したんですけど?」

 

「……それは……凄いな」

 

「オマケにポケモンの捕まえ方まで教えてきた」

 

「そうか」

 

「だから耳揃えて払う」

 

 札束を押し付ける。

 

「……確かに」

 

「これで満足?」

 

「簡単過ぎたか?」

 

「楽勝」

 

「そういう顔ではなさそうだが……?どうした?」

 

「──」

 

 思っているより、表情を隠せていないらしい。

 

「教えた子を迎えに来た父親、どっかの博士だった。それで……その」

 

「……そうか」

 

「私は全然楽しくなかった。逃げて、嫌なものは何にもなくなった。私を責める人もいない。だけど全然関係ないもの見ても、思い出す。……私の中で解決しない限り、私はずっとこのままなんじゃないかって思って……違う?」

 

「時間をかけて、忘れていくこともある。どんな感情だろうと」

 

「普通の人なら……でしょ?ただでさえ普通あるはずの記憶もない。私の姿は全く変わらないよう再生し続ける。記憶はそうじゃないなんて、言い切れるの?」

 

「……定かじゃない、だがもしそのままでいるなら……"何を見ても何かを思い出す"だろう」

 

「それ、学習しない子供と父親の話でしょう?」

 

「上手くいかなかった関係性を追っているのは同じだろう?」

 

「何で……そんな分かったように言えるの?」

 

「両親は物心つく前に事故で死んだ。だから……誰かにそれを見てしまうのも分かる」

 

「……その……ごめん、」

 

「すべき事はもう分かってるんじゃないのか?」

 

「恥知らずにも戻って、平気な顔で犠牲を出せって?」

 

「それを決めるのはお前だ」

 

「……そう、だよね」

 

「この街の成り立ちを聞いたか?」

 

「カノンさんからある程度は」

 

「この街は犠牲の上に成り立っている。それもあの御伽噺だけじゃない。長い間交易の要所として栄えたこの街は、支配者に常に狙われて続けてきた。血を流してきた。それも生きるためだ。流れたのが外敵の血だけではないことくらい、想像しなくても分かるだろう」

 

「……そう、なんだ」

 

「犠牲にしたからこそ、語り継ぐ。それを無にしないために。だからこそ災禍を起こしても、あの機械が未だあそこに置かれている。この街は……忘れないことを選んだんだ」

 

「それって凄く苦しいことじゃないの……?」

 

「そうだろうな」

 

「私にも苦しめって言うの?」

 

「そうやって生きる道もあると言うことだ。……逃げきれないなら」

 

「……そんなの、答え決まってるじゃん」

 

「選択するのは自由だ」

 

「……でも選択肢の数は自由じゃない」

 

「何も悪いことばかりでもない、物事には表裏がある。その選択をしたからこそ残るものもある」

 

「そんなもの……ある?」

 

「それを今から見せよう、ついてこい」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 博物館近くの大聖堂に建てられた"太陽の塔"、ラティオス達への感謝のために作られたはずのこの塔の中には、皮肉にも彼らの力を利用する装置が今も置かれている。

 

 天秤のような機械には、座席らしきものとその反対側に金属の輪で作られた……球体の檻のようなもの。

 

「こころの雫は持っていたな?」

 

「あるけど……」

 

 誰が何のために送ったのか分からない代物だけど。

 

「俺に掴まってろ」

 

「えっ」

 

 抱き上げられて、装置の座席へ。

 

「そこにこころの雫を」

 

 丸い窪みを指差すニオさん。

 

「この機械に使ったから、こころの雫はなくなったんじゃないの?」

 

「それを持っていて、一度でも濁ったことがあるか?」

 

「……ないけど」

 

「こころの雫はそれを持っている者の心を映す。庭園のものも、今持っているものもお前のことを悪しき者なんて全く思っていない、悪しきものが扱う時に消滅するのだから」

 

「……いいの?勝手にこんなことして……?」

 

「博物館の館長には、許可を取っている。少々高くついたがな」

 

 "博物館に全面的に協力して欲しい"って言ったのはニオさんか……ポットデスが紛れ込んでたラテラルタウンからの寄贈品……だから、ここ何日か姿がなかったのかな。

 

「……分かった」

 

 嵌められた宝玉が輝き、座席を乗せた天秤は高い位置へ動く。

 

 駆動音が鳴り始め、街の様子がモニターのように空中に投影される。

 

「本当に動いた……」

 

「……そうだな」

 

 ニオさんが装置のコンソールに触れると、映し出されていた街の静かな照明は、全て明るい青一色に変わった。

 

「……これ本当に変わってるの?」

 

「確認してみるか?」

 

「え──」

 

 私の返事を待つことなく、塔内部の壁面が稼働して一斉に開き、座席はエレベーターのように街を一望できる高さまで一気に上昇した。

 

 ちょっとしたアトラクションくらいの勢いだった。

 

 足元では眩しいくらいに青の光が瞬いている。

 

「これだけじゃない」

 

 座席周囲の全天に街の様子が投影される。

 

「……夢写し?」

 

「その応用だ。さてユウリ、化石のことを覚えているか?」

 

「え、うん」

 

「実は、博物館の化石は夜になると勝手に動き出すんだ」

 

「嘘でしょ、それ」

 

「前に言ったな。化石ポケモンは化石から復元したと人々が思っているだけで、実際はどうか分からない、と」

 

「……だから?」

 

「あの化石達は、元々あれで生きていたとしても、おかしくないだろう?」

 

「床に埋まってるのに?」

 

「俺たちだって布団で寝るだろう?」

 

「なにそれ屁理屈──」

 

 投影された街の景色に、化石のままのポケモン達が闊歩し、目の前を通り過ぎていく。

 

「えっ」

 

「だから言っただろう」

 

「だって、でも、おかしい!確かカンムリ雪原には野生の──」

 

──この世界に存在する概念がポケモン化することによって概念や存在に成り代わり、或いは消滅してポケモンの形をとり、我々の前に現れる──

 

 随分前に読んだ、ホップの論文の意味が今理解できた。

 

 一度でも復元されたという一般的な認識があれば、あり得なかったとしても、復元していなくても存在し得る……それが彼らなんだ。

 

 化石のキメラ達が良い例じゃないか……

 

「……そっか、嘘じゃなかったんだ…」

 

 やっぱりちゃんと研究してるんだな、あの人は。

 

「急に物分かりが良くなったな」

 

「…それよりさ、皆んな好き勝手に動き回ってるけどいいの?」

 

「単なる悪戯だ、大目に見てもらおう」

 

「ふ、くく、なにそれ暴走したら不味い街の防衛装置使ってやることが、ただの悪戯?」

 

「悪いか?」

 

「悪い、すっごく悪い」

 

「お気に召したようで何よりだ」

 

「……そんなこと言ってない」

 

 口元に手を触れて確かめた。……自分じゃあまり分からない。

 

「そう言うことにしておこう、仮面は忘れていないか?」

 

「持って来たけど?何に使うの?」

 

「仮面舞踏会には必要だろう?」

 

 ニオさんが操作すると、青く光る街中に奇抜な仮面をつけた人々やポケモンが現れ、練り歩き始めた。

 

「降りるぞ」

 

 そして装置をゆっくり地上まで下ろす。

 

「さあ、行こうか」

 

一足先に降りたニオさんは仰々しく手を差し出す。

 

「……う、うん」

 

 手を引かれ、大聖堂前の広場に着く。

 

 そこでは落ち着いた楽器の演奏、そして幻影とポケモン達が円を描くような静かな踊りを披露していた。

 

「一曲踊ってくれるか?」

 

「え、その、私、全然動けないし──」

 

「俺に掴まっていれば良い」

 

「わっ──」

 

 導かれるまま、私は闇に華やぐ幻の群れへ入っていく。

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