ムゲンの果てで、愛を唄う少女ユウリ   作:銀杏鹿

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69 ひとりぼっちじゃない


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 声も出ない、何も見えない。

 電流の音が頭の中から直接聞こえる。

 人間の体は電気を通すようには出来ていないし、ずっと私の中で滞留しているような気がする。

 痛みなんてとっくになくて、寝ぼけたように別のことを考えていた。

 

 服が焼けてることとか、迎えが来たら恥ずかしいからどうにかしなきゃだとか。

 助けに来る相手がなんでホップじゃないんだろう、とか。

 何で自分がこんなことしてるのかも分からなくなって来て──自分の体が殆ど焼け落ちてるような気がして──

 

 感覚もなくて、再生が間に合ってなくて、このままだと本当に──

 

 そして電気とは別の衝撃が私を襲った。

 

「っ──!?」

 

 電流から解放され、ここが海底だと思い出す。何かに弾き出されたらしい。

 

「ロトム…生きてる?」

《……その状態で生きてるそっちが怖いロト》

 

 何故か壊れていないスマホからロトムの声。

 

「よく壊れなかったねスマホ」

《で、電流を受け流すくらい…なら簡単ロト》

 

 言葉の割にはスマホがめっちゃ熱くなってるし、結構ギリギリだったらしい。

 電流から逃れたおかげで体はすぐに再生した、むしろいつもより早いくらい……服は……再生しないもんかな。割とするんだよなぁ値段。

 

《本当に人間ロト?》

「だれよりもね……さて、あっちの追撃か」

 

 見上げた先、上層の海にはカイオーガ。

 そりゃ、10万ボルトで気がつくんだからこっちに来ないわけがない。

 

「あっ!ヤミカラス!」

 

 装置を動かして離れた場所に置いておいたボールを回収し、カイオーガへ向かって上昇する。

 

「ごめん、置きっぱなしで」

「──」

 

 ボールから出したヤミカラスは疲れ切ったような鳴き声を上げた。

 

《"もう、何が起きても驚かない"らしいロト》

「助かるね」

「……」

 

 ヤミカラスは無言。前向きな意味じゃなかったか。

 まあ、本当に生死の境だったんだろう。

 

「……カイオーガの言葉もわかる?」

《海上だと雷のせいで少ししか分からなかったロト》

「こっちの言葉伝えられる?」

《落ち着いて話せる環境じゃないロト》

「そ。まあ、やれるだけやってみますか──」

 

 ロトムの洗濯機はもうないし、ヤミカラスは水の中には出せない。

 自分でも分からなかった。

 不利な状況は変わらないのに、全然負ける気がしないのは。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「ヤミカラス──挑発!」

「──!」

 

 接近したカイオーガに向かって、ヤミカラスは装置の中から鳴き声で暗示を放つ。

 指示していてオーロンゲと同じ感覚がするのは多分、同じ特性ってことなんだろう。

 

「──?」

 

 カイオーガは何をされたのかもわからない様子で、動作を取ろうとして上手く動けずにもがくような素振りを見せた。

 今回は黒い霧と違って、成功したらしい。

 

 そして他の技が使えないと判断すると、即座に凄まじい水流をこちらに放った。

 それを避けるのは簡単、装置は問題なく動く。

 海上では効果のなかったヤミカラスの技がここに来て効くようになっているのは……技が音波によるものだからだろう。

 

 海で暮らすポケモンが音波を使うのはよくあることで……カイオーガも例に漏れないらしい。なら俄然、勝機は見えてくる。

 

「──いちゃもん!」

「──!!」

 

 さらに音波で暗示を重ね掛けしていく。

 

 カイオーガは暴れる、これ以上の暗示を避けようとしたんだろうけど、遅い。もう自由に技を撃つことは出来ない。

 

 不思議だった。思考は勝手に加速したまま、何もかもが手にとるように分かる。

 

「なんで追い詰められてるのか、分かんないって顔だね」

 

 接近して、カイオーガの目の前で呟く。

 これまでの威厳は陰に隠れ、ほんの少したじろいだ様子を見せる。

 

「──黒い眼差し!」

 

 ヤミカラスの瞳が漆黒に染まり、カイオーガを射抜くように見つめる。

 

「もう逃げられないよ」

 

 身動きも取れなくなったカイオーガはただ私を見つめるしか出来なくなった。

 完璧に決まったけれど、長続きはしない。すぐに終わらせなきゃ。

 

「ロトムこれならどう?」

《問答無用でお話出来るロト》

「なら聞いて。一体何のためにこんなことしてるのって」

《直接電流で伝えるロト》

 

 カイオーガに向かってロトムがチカチカと発光する。

 

 そして返ってきた返答は。

 

《"我が主ために、迎えに来た"だそうだロト。他はノーコメントでフィニッシュロト》

「お話は難しいか、じゃあ倒すしかないね」

「──!」

 

 返答代わりなのか、咆哮するカイオーガ。

 

「じゃ、これでおしまいね」

 

 音を使う技が恐ろしいのは、相手が隠れようと身代わりを用意しようと、当てることが出来ること。そして、技によっては誰が相手でも下すことができるからだ。

 

 つまりは。

 

「ヤミカラス、滅びの歌」

「──!」

 

 小さな烏ですら状況を整えることで、伝説を滅ぼし得る。

 

 水中に響き渡る滅びへの誘い。その悍ましい音階を聴いているだけで、私まで不安な気持ちになってくる。

 海上では届かなくても、この状況なら確実に相手の脳髄に響き渡る。

 

「──!!!」

 

 歌い続けるヤミカラスを遮るようにカイオーガはうなり声を上げる。

 どれだけ喚いてもヤミカラスの歌声を止められはしない。

 同じ鳴き声でも周波数が違う。

 

「まぁ、こっちも危ないんだけど」

 

 このまま何事もなければ。

 

「─ッ!──!!」

「まぁそう簡単にはいかないよね」

 

 暗示を振り切るように、のたうちまわったカイオーガは、強引に海流を操作して私たちを遠ざける、開いた距離は逃げるには丁度いいくらいの──

 

「いや、違うな」

 

 加速している思考の中に何か予感じみたものを感じた、そうすれば予想通りのものがそこにあると、直感は私に告げた。

 

「ロトム!光の壁を限界まで張って!」

《そこまで耐えられないロト!退くべきロト!》

「退くよ、勿論!」

《なら張っておくロト──》

「勿論!前に向かって撤退する!」

《ロ!?》

 

 加速、加速、そして加速。

 カイオーガの操る水流を躱し、その頭上に回り込む。

 

「ヤミカラス、さきおくり!ロトム──手助け!」

《ヤミカラスにして何の──》

「カイオーガにだよ!」

《どうなっても知らないロト!》

 

 ヤミカラスの暗示で動きを遅らされたカイオーガに、ロトムがエネルギーを受け渡す。

 当然、さっきよりも強い水流が私達を襲う──私達がいる、真上に向かった水流が!

 

「ロトム!壁張り続けてよ!」

《無茶苦茶ロト!》

 

 私達を乗せた装置は凄まじい勢いで上昇していく。

 

《せっかくヤミカラスの技が効くのに──》

「それ以上の得があるんだよ!」

 

 そして、海を抜け出して私達は海面から飛び出した。

 まるで、ポケモンが海から跳ねるように、高く、高く。

 鳴り響く雷鳴を間近に、曇り空の下、私達は跳ねた。

 空にも雲の上まで届かなくても、その一瞬だけ私達は飛んでいた。

 ポケモンを回収し、装置から身を投げるように、飛び降りる。

 

 自殺行為だろう、でもそんなの関係ない。

 

 この一瞬があれば、それで十分なんだから。

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ユウリィィ!」

 

 完璧なタイミングで、ドラパルトに乗った私の護衛が到達し、私を受け止める。

 

 ドラパルトは雷を避けながら滑空するように飛行する。

 

「私の迎えは皆んな遅すぎるね」

「いいからこれを着ろ!」

 

 ニオさんが真っ黒なコートを私に着せる。

 

 ……そういえば服ないわ……ないじゃん!

 いやコートずぶ濡れだし、寒いし!ないよりマシか!うわ、なんなの、何勝手に乙女の柔肌見てんだこいつ!なんでホップじゃないんだ!

 

「ちょっとニオさん!?」

「遅くなった!文句は後でいくらでも聞く!」

 

 ……なんか責める気もなくなった。すごく息切れしているのを見ると、相当急いで来たんだろう。

 

「……ポケモンは?」

「全て揃っている!」

 

 ニオさんの腰にはちょっと多すぎるくらいのボール。

 

「うん、じゃあ。反撃と」

「お、お姉ちゃん……?」

「えっ」

 

 この間、捕まえ方を教えた青いバンダナの男の子までいた。目を隠そうとしながら指の隙間から覗き見るな。

 

「……どうも、すみません」

 

 その父親まで。

 

「そちらの方はかなりの使い手だ…まあ本命はこれだが」

 

 気にせず無骨な機械を差し出すニオさん。何か腕に装着するようなものに見えるけど……

 

「それは……他人が捕まえたポケモンを強奪するための機械です」

 

 例の父親が気まずそうに語る。そりゃそうだ、もう少し気まずそうにしててくれ。

 

「なんでそんな機械……もしかして」

 

 捕まえ方教室には高すぎる謝礼、札束、明らかに非合法な機械……そっか。

 

「まだ試作段階ですが、これが裏に出回ればとんでもないことになるでしょう」

「あれは口止め料ってわけ」

「……後々組織の追手に我々親子と出会わなかったか聞かれても、あの金額で察して黙ってくれるでしょうから」

「なるほどね、ところで、これ試した事あるの?」

「まだ実証段階で相当なエネルギーが無ければ使え──」

「なるほど、ニオさん。ボール頂戴」

「安物でいいか?」

 

 投げ渡されたのはただのモンスターボール。

 

「誰だと思ってるの?」

 

 機械を腕に装着してボールを握ると、身体から急激に何かが吸われているような感覚になった。

 ボールが紫色の光を帯びて──

 

「──!!!」

 

 瞬間、海面からカイオーガが顎を開き、飛び出して来た。

 技が使えないなら直接噛み付こうってことか。奇襲でもしたつもりなんだろう。

 

「わざわざ来てくれてありがとう」

 

 真っ直ぐにボールを投げる。

 高速で飛ぶドラパルトの上で、暴風雨の中、おまけにカイオーガの体力は全然減ってもいない。

 捕まえられる状況じゃないと思うだろう──私以外なら。

 

 渾身の一投はカイオーガを捉え、当たったボールは今度こそ巨体を光に変換し吸い込んでいく。

 反動で戻ってきたボールを掴み取る、手の中で一度だけ揺れて、カチリと音が鳴った。

 

 ずっと前に教わったように、やっと出来た、私も同じように。

 

「お、お姉ちゃん……!?」

「言ったでしょ、"次は外さない"って」

「す、すごい」

「参考になった?」

「ぜ、全然」

「ふ、くく、そっか、そうだよね」

 

 何故だか笑えた。

 雲が割れ、朝日が差した。

 雨は止み、そして長い夜は明けた。

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