ムゲンの果てで、愛を唄う少女ユウリ   作:銀杏鹿

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70 アナザーモーニング

 海の都を巻き込んだ騒動は余人が真相を知ることなく、単なる災害として幕を下ろした。

 捕獲に関わったユウリや彼らでさえ、カイオーガは何者の手引きによるものか解明できず、全ては闇の中だ。

 

「お姉ちゃん、またね!」

 

「我々はこれで」

 

 親子は件の装置を手に、街を出て行った。追手を警戒し拠点を移すためだ。

 次の目的地は野生のポケモンが一部を除き殆ど生息しない地方だという。

 暴走した化物に命を危険に晒される恐れはないだろう。但し人間の脅威はその限りではない。

 

「……私たちも帰ろう」

 

「いいのか?」

 

「過去は結局追ってくるよ、どこにいたって」

 

「そうだな」

 

「……護衛、戻るなら敬語」

 

 関係はそれ以上でも以下でもないと、念を押す。

 

「承知いたしました、ユウリさん」

 

「よろしくね、護衛さん」

 

 ぎこちなく微笑むユウリに、男は苦笑いで返す。

 彼女の鞄の中では、こころの雫が静かに輝いていた。

 

 これで旅行は終わりだ。帰りのチケット代は例の口止め料で事足りる。

 関係は元鞘に戻り、見た目も何ら変わらなかったが、彼女は漸く現状と相対する決心がついたような気がしていた。

 

 きっと夏への扉を求め、冬に辿り着いたあの日から続く、長い長い逃避行が終わりを告げたのだろう。

 乳飲み子がいつか歳を経て、母を探し求めて泣き喚くことをしなくなるように、彼女にもその時が訪れたのだろう。

 

 幼年期の終わり、と言うものが。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 揺り籠のような客船の揺らぎを感じながら、私は三日月の羽根を握りしめ眠った。

 

 そうしても大丈夫な気がしたから。

 今更ながら父を名乗る狂人からの贈り物を使う気になった。

 

 悪夢も、私を苛む過去の私も暫くは顔を見せていない。だからもう使ってもいいのだろうと思って。

 連れてきたムシャーナにも偶には悪夢以外の夢を食べさせてやろう、なんて思いながら。

 

 そうして過去のような夢を見た。

 

 草を掻き分けて歩く、いつかの旅の夢を見た。

 

 道中には友人達や、かつて立ちはだかった大人達が私のよく知った姿でそこにいた。

 

 トレーナー同士が目を目を合わせてすることなんて他にはないけれど、夢の中でもバトルするしか能がないなんて、自分でも呆れてしまう。

 

 少し変なのは、ビートの見た目は子供なのに、まるで父親みたいなことを言ってくるし、でも大して強くなくて。

 

 ジムリーダーの皆も、ダンデさんも挑んできた。まあ私には勝てないけど。

 

 マリィはずっと私のこと後ろから抱きしめて撫でてるし。くっつき過ぎなんだけど……まあ悪くないけど……

 

 見覚えのない若いシャクヤは何度負けても泣きそうになりながら勝負挑んできて……でも倒すんだけど。

 

 だけど、ホップはその中にはいなかった。

 

 ……それでもいい。夢の中でさえ会えないけれど、まだ夢に見てしまうようだったら私は結局現実を受け入れられてないってことなんだから。

 

 過去みたいに見えるけれど、関係は今のものなんだろう。

 

 ニオさんもその中にいないのは…現実で嫌と言うほど顔を合わせるんだから、別に。

 

 私は育て上げたポケモンを山ほど繰り出して、何度も挑んでくるトレーナー達を次々に倒して。

 

 私の手元にムゲンダイナがないのは……まだ折り合いがついてないってことなんだろうか。

 

 ……こんなものがいい夢って言えるのか分からないけれど、悪夢よりは全然良かった。

 

 良いんだこれで、私はこれから先の道を歩いて行くんだから。

 

 これから全部、向き合って行くんだから。 

 

 自分のことだけで、他に意識を向ける余裕なかったけれど、ムゲンダイナだって一緒なんだ。何も分からない場所で、ひとりぼっちになってるんだから。

 

 ちゃんと──

 

「……?」

 

 ほんの一瞬、誰かの視線を感じて振り返ろうとしたけれど、私を抱きしめている優しい目線があるだけで、他には何もなかった。

 

 いつか慣れていくだろう。

 

 慣れていけるように願う。いつか、私を置いていってしまった世界の速さに追いつけるように。

 

 そんなこともあったね、なんて、世間話をするくらい簡単に、振り返ることができるように。

 

 なんて、考えながら。本当にしつこいくらい挑んでくる相手を蹴散らして──

 

「おねがい…………いか……ないで」

 

 誰かの声が聞こえたような気がした。

 

 確かめようとした。

 

「振り返っちゃ、ダメだよ」

 

 誰が言った制止も聞かず、振り返った先。

 

 そこには燃え盛る街に、倒れ臥した人々、そして傷ついたポケモン達の姿があった。

 

 倒れた人には、何故かとても見覚えがあって──

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目覚めると、ムシャーナは黒い煙を吐いて倒れていた。

 

「……なんで……?」

 

 手の中の三日月の羽根も輝きを失っていた。

 

「ユウリさん!」

 

「……な、なに?」

 

 扉を開けた彼は息を切らし、深刻な表情を表情をしていた。

 

「今すぐドラパルトで移動します!」

 

「ど、どうして……?」

 

「すぐにわかります!」

 

 着替える間も無く、最低限の荷物だけ持って抱えられた私は船から飛び立ち──直後、客船は飛来した赤黒い巨影に潰され二つに割れた。

 

「なん……なの……?」

 

 逆巻いた瀑布のような水飛沫を浴び、頭をもたげて、飛び去るこちらを見る。

 

 強襲者の名はプテラ。

 

 ダイマックスし赤黒い光を纏う遥か過去の怪物。

 

「──逃げます!」

 

 スピーダーを投与されたドラパルトは一瞬にして最高速に達し、プテラの姿は水平線の向こう側に消えて行く。

 

「ユウリさん、アルトマーレの一件、目的はこちらではなかった、そう言いましたね」

 

「……つまり」

 

「相手の本当の狙いは……ガラル地方だったんです」

 

 その言葉を聞いて、私の脳は勝手に答えるように、最悪の想像をした。

 バトルなら、あらゆる可能性から最適を選べると言うのに。

 

 その最悪の想像が頭から離れなかった。

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